ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
今日のンフィーレアの仕事は色々とあるけれど設計を考えつつ羊皮紙生産現場の浴槽を増やす計画も練ることにした。
床に線を引いても良いと許可を得て効率の良い現場を考えて見る。
他人に任せる事でヤントラはツアレに集中できる。
料理を習いに来たはずなのにモンスターを倒している風景は周りからすれば奇妙だろう。
当然、ヤントラも同じように疑問を抱く。
クラスレベルが低いうちはどんなに頑張っても程度が知れている。
普段使わない筋肉を酷使しているので肉体的にはあちこち悲鳴を上げているだろう。
魔法の補助によって少しは効率が上がるけれど、か弱い女性の筋肉は屈強な戦士より劣る。
ツアレはセバスの為に頑張ると誓っているので多少の無理も耐えてはいるのだが、腕は物凄く痛かったようだ。
「一気に出来るなら……、思いっきりやって下さい」
「楽ではあるけれど……。目隠ししていた方がいいね。腕は痛いだろうけれど……、ちゃんと治癒させるよ」
「……はい」
まず椅子に座らせてメイド達に身体をほぐしてもらう。
ツアレが休んでいる間に高レベルのモンスターを多数用意する。それも目一杯。
魔力譲渡や剣に長けたもの、治癒に長けたものを総動員する。
一時間後には追加のモンスターが数千体ほど屠殺場に現れる。ツアレには到底倒せないような凶悪なモンスター揃いだった。
それを見たツアレは目隠しが必要な理由を理解した。
無抵抗なのは分かっているのだが、戦闘では自分はとても無力であり、誰かに守られなければならない弱者であると自覚する。
セバスは強い。そんなモンスター達が相手でも負けはしないだろう。
そんな人を好きになって良かったと今は思う。
「ほんの一時間くらい我慢するだけです」
武器を持つ手を縛りつけ、目隠しする。悲鳴対策の為に猿轡もする。
「ここからは我慢せず身体を楽にしててください。では、行きますよ」
身体が宙に浮くような感覚の後で両腕に重い衝撃が走る。それから骨が折れる音、軋む音など色々と聞こえた。
その度に激痛で叫び声が出るが、何がなにやら分からない。
失禁やら脱糞も出ている気がする。
引きずられているせいか、足首も折れている気がする。
永遠に続く地獄。
かつて娼館で体験した恐怖が蘇るが顔は殴られないし、お腹を蹴られたりしない。
罵詈雑言も無く、小さなことかもしれないけれど、それだけ無いだけで救いだと思えてしまった。
怪我をしても治癒してくれない。けれども今は適度に治癒魔法がかけられているようで、何度も腕の感覚が戻る。だがすぐに折れてしまう。
何度も繰り返されると拷問に思えてしまうが、折れるたびに謝罪の言葉が聞こえる。
一時間ほどで地獄は終わり、折れているであろう手足は治癒されていく。
目隠しを外されると開放された気分になる。
拘束を解かれた後はメイド達にマッサージと温かい湯などをかけられて身奇麗にされていく。
「戦士は自分で倒した方がいいのだが、今回は特別だ。とにかく、食事を済ませたら風呂に入るといい」
「はい。……終わり、なのですか?」
辺りを見るとモンスターの姿はなくなっていた。
床も綺麗だった。
「お疲れ様でした」
食事の後に風呂に入り、気分が落ち着いたところで屠殺場に戻る。
当初の目的のクラスとレベルを得た後はツアレの希望を叶えていく。
スキルについても説明し、説明書を受け取る。
分からないものはセバスや仲間達に尋ねるように言われて卒業の儀式を済ませる。
「服を着たら、街に行こうか。外食めぐりだ」
「えっ?」
「変装用の装備をしていくから大丈夫だ」
分からないままツアレは服を着た後で王都以外の都市に向かい、宿屋から飲食店の料理を食べ歩き、果物や食肉の店の様子を眺めていく。
ただ、食べたものは都市の外で吐き出させられる。
必要なのは知識だけ。それは鬼教官のような感じでツアレは泣いてしまった。
容赦が無いというか、料理以外は斬り捨てろ、という感じだった。
三つほどの都市をめぐった後でヤントラの手製の食事を食べさせられた。
「店より大したことないだろう?」
専門店の料理の方が美味しい。それは分かった。
不思議ともっと美味しくするには足りない食材が何なのかが頭に浮かんでくる。
「そういえば、ツアレさんはお酒は飲まれるのかな?」
「はい、飲めます」
「私はダメだ。全くな。あとは料理長達から教わればいい。さすがに人間の料理は断るんだよ」
「はい」
ツアレを施設の地下にある木枠の下に連れて行った。
そこには見慣れないモンスターが数匹ほどうろうろ動いていたし、布団にはアイテムが散乱していた。
「……こういうアイテムを粗末にする奴が向こうに居るのかな? 一度確認するからアイテムを寄せててくれ」
「はい」
ヤントラは木枠の中ほどに触れると油膜がたわむように色が変わった。
それから中を覗き込む。
その間に拾えるだけアイテムを一箇所に寄せていく。
うろうろしているのは腕がたくさん生えている人間の女性と頭に角が生えた鬼のような女性だった。
鬼のようではあるけれど表情は柔らかい。
彼女達は天井付近を眺めていた。
その視線の先には数匹ほど妖精や虫のようなモンスターが壁や天井に張り付いていた。
部屋の壁に設置されている『
確認を終えたヤントラはツアレを手招きした。
「少し強引ではあったが……、お元気で」
「お世話になりました」
段差になっているから気をつけて、などと言われてツアレは気枠の中に消えていった。
その後で女性達に仲間が何人来たのか色々と質問していく。
それからリイジーにしばらく妻の元に居ることを伝えてリ・アインドルに向かう。
魔法の回数の都合もあり、一日で回収できるのは部位だけなら数千個が限界などという物騒な事などをラキュースに伝えていく。
「実際には一つの都市を制圧するのに一ヶ月近くはかかるものなのね」
一年単位で言えば早そうなのだが、ぶっ通しの作業であればの話しだ。
休息を入れれば思いのほか時間のかかる作業で、保管の容器も用意するのが大変だと聞いた。
殺すだけなら早い。
そういうことを食卓の場で話してはいるのだが牛の解体のように聞こえていて特に問題なくラキュースは肉を食べていく。
命を奪う仕事をしている。頂くものには敬意を表するのは戦士としての努めだと思っている。
「実際の複製は時間がかかる。早く作らないとオリジナルが寿命を迎えてしまう。などの問題点があったりする。色々と勉強になる」
「そういう利点を見つけるあなたも大したものね」
「育児もろくに出来ない。苦手なことは意外とたくさんあるものだ。街中に物騒な施設を作れるわけも無く……。好きにやらせてもらって分かったことは量産できるものは市場に流せない、ということかな」
「
それが一国ではなく世界全体の供給のことを考えての発言なのだろうけれど、一定量は流してもいいとラキュースは思う。
「心配なら王や皇帝に献上して判断を仰いだらいい。無限に生産する気なら困るかもしれないけれど」
何かの資料を作る為に大量に必要なのだろう。
経済破綻しないように考えてくれているのはありがたいが、ヤントラもまた思い込みの激しい人かもしれない。
またはタレントが危機を伝えているという事もあるので、馬鹿には出来ないだろう。
子育てが苦手とは思わなかった。
世話好きだから大丈夫だと思っていたのだが、女体好きの変態なのは変わらないようだ。
子煩悩ではないけれど子供が嫌い、というわけではなさそう。
世話は出来る。ただ、愛情の注ぎ方が下手。大声で泣いても怒らない。
ヤントラは滅多に怒りを見せない。
腹の立つことはあるようなのだが、色々と不思議な人だと思う。
アインズ・ウール・ゴウン魔導国とリ・エスティーゼ王国が会談を持った時、もしヤントラが居ない場合は確実にアルベドの前で爆散していただろう。
蘇生魔法を扱えるアダマンタイト級の人材を失っただけで大打撃だ。
イビルアイは他の悪魔に太刀打ちできないようだし。
無駄死にするのは戦士の勝手だが、多くの国民を悲しませてはいけないだろう。
堅苦しい会話の後は子供達の様子を見て
もうすぐ一歳になる双子。だいぶ歩き回る年頃だが滅多に会えない父親の顔を忘れずにいるようだ。
「この子達に残せるのは何があるだろうか」
「色んな武器を持っているなら迷うわよね」
魔剣キリネイラムに似た大剣は他にもあり、炎剣、雷剣、氷剣の三本が用意されている。
他の魔剣ではない理由は簡単で、知らないからだ。
四本あるという魔剣の実物で知っているのがキリネイラムだけなので外観の分からない剣の名前は使えない。混乱するから。
『炎剣キリネイラム』炎属性。刀身が灼熱のごとき赤い色。
『雷剣キリネイラム』電気属性。黒い刀身に黄色い稲妻模様が走っている。
『氷剣キリネイラム』冷気属性。刀身が氷で出来ているような青白い色。
それらはラキュースに預けておく。複数製作しているのでヤントラも同じものを持っている。
伝説の魔剣も複数あるとありがたみがない。だが、仕方が無い。
無い物は作った方が楽だから。探すのはとても大変で、それだけで一生を棒に振る事もある。
弱き者を助ける人になってくれるのであれば充分だ。
後は健康的に。
その後は子供達と共に散歩したり他の貴族と会ったり、施設とは関係の無い生活を続ける。
王都に居る真蒼の薔薇達は滅多に冒険者の仕事はしないけれど、若い兵士の育成に力を貸していた。
山岳地方や大森林にはまだまだ凶悪なモンスターが居るようでクレマンティーヌが単身で調査に赴くことがある。
技を磨くことにこだわりがあるようで強さよりは手数を優先させているらしい。
武技を使いこなし、スティレットで不利なモンスターも見事に打ち倒す。
甲羅のあるモンスターでもない限りは刺突武器のみで戦う。
気弱な
たまに広場で踊りを踊る。
イビルアイは事務仕事に明け暮れることが多い。
人生経験が長く王の信頼が厚い。
睡眠と食事不要の身体を生かし、書類の精査などをこなしていく。
空いた時間には『マグヌム・オプス』の金庫の管理も
息抜きはリイジーと世間話し。アイテム製作や魔法の研究も好きなので、意見を聞きに来る事がある。
王国側は平和な時を過ごしている。
魔導国ではナザリックの入り口周りの開発が進められ、都市化が進行しているはず。
短期間で都市化が完了すると思われていたが未だに完成した、という報告が入ってこない。
周りが平原なので見晴らしがよく、特徴と呼べるものが殆ど無い。
そんな平和そうな地域に街を作るのは数年がかりの事業となる。普通ならば。
アンデッドという労働力を駆使すれば不眠不休の作業ができる。
細かい部分は専門の業者にやらせた方がいいし、セメントなどを使うときは数日間の乾燥は必須だ。
ただの民間人用の家を作るだけなら簡単だが、店や役所などを設営し、下水道などを完備するとなれば大工事だ。
区画整理は大半が終わり、あちこち掘りぬいたりしていた。
帝国側から多数の職人が集まり、通路上では露天が並び、活気付いていた。
魔導国領のエ・ランテルからも職人は出ているのだが、都市の名前を改名しなくていいのか、都市長は何度かナザリックに手紙を出していた。
最初は『検討する』だったものが数ヵ月後には『古き歴史を尊重する』という返事が届いた。
今までの歴史はそのまま残すことが許されたが都市名はまだ検討する、とだけ返答があった。
アンデッドに相応しいおどろおどろしい名前にしてしまうと人が寄り付かなくなるおそれがある。
ふざけた名前にするとずっと変な都市名のまま歴史に残ってしまう。
アインズは安易な改名は控えることにしたようだ。
支配下の都市がエ・ランテルだけなので税収は期待できない。
現地通貨の獲得も課題ではあるけれど鉱山の取得に散財している場合ではなく、新しい使い道も模索しなければならない。
王国と帝国の貨幣価値は一対一なので双方から輸出入を
アインズにしてみれば
「アインズ様。バスパ様の施設に本のアイテムが投げ込まれていると報告がありましたが……」
「投げ込む? 誰がそんなことを」
玉座の間でアインズは各階層守護者の活動報告の後でアルベドの報告を聞いて驚いた。
ここ数日は外での活動の為に留守にしていたので報告を聞くのが遅れていた。しかも緊急を要するような案件とは思われて居なかった為に『
「本だけのようですが……。モンスターもご存じないと?」
「モンスターは私が直接確認している。送る時は投げ込んだりしていないのだがな」
各階層に残っている女性型モンスターを数体ほど送ったのは事実だ。
骨で女性と言われても困るだろう。
「司書長はなんと言っている?」
「ここ数日、何者かに荒らされていると……。
「侵入者なら誰かが探知するだろう」
不可視化だろうと探知する方法はある。それをかいくぐれるのはナザリックの者くらいだろうか、とアインズは疑問に思った。
そもそもそんな侵入者の情報などを今まで問題視されなかった事にアインズは驚いた。
「あっ、いえ……。ここ数日の出来事なので調査が続いていたのです」
「数日だと? アイテムの紛失は軽い案件ではない」
「も、申し訳ありません!」
強い口調で言うとアルベドは
怒る時は怒らなければ支配者の沽券にかかわる。
「油断大敵と言う言葉がある。このナザリックにおいて軽い調子で侵入される事がどれだけ大問題か……」
「は、はい……」
軽い調子で侵入されるようでは程度が知れる。
しかも上からではなく下からだ。これはさすがに看過できない。
「……だが、下からか……」
報告では上からの侵入に関してはどんな警戒にも引っかかっていない事は確認した。
ヤントラの施設に居る不可視化の出来る素体でも侵入したのか、と少し焦った。
被害は本だけか、と尋ねるとアルベドは肯定する。
こうして報告を受けている間にも何者かを感知できなくてはおかしい。
スキルと魔法に引っかかる不審者は感じない。
アルベドが管理しているNPCコンソールに異常は見られない。
「ルプスレギナはどこに居る?」
「カルネ村でございます。先日までの報告では多少のずれはありますが、仕事はしているようです」
「アウラ達は?」
と、言われた目の前の階層守護者アウラはひざまずいた姿勢のまま報告する。
「確かに……。本を投げ込んだのはお前達か、と聞かれました」
それはつまりヤントラは知らない、ということになる。
次の仕事まで時間がある事を確認し、直接自分の目で確認することにしたアインズは
第一から第九階層まで警戒を最大に引き上げておく。
普段は物静かなところなのだが、今日は少し騒がしく感じる。
アルベドが扉を開けると書類が床に散らばっていた。
「なんだ?」
「ア、アインズ様!? 何者かが部屋中を走り回っているようで……。申し訳ありません」
杖をかざし、様々な感知魔法を展開する。
同時にアルベドに扉を閉めるように命令する。
感知出来ないわけではない。
敵は物凄い速さで動き回っていた。しかも縦横無尽に。物音もあまり聞こえない。
不可視化の出来る小動物のようだ。
「ふむ。このナザリックに侵入するとは生意気な」
様々な魔法を展開し、正体を突き止める。
不可視化しているので『
気配から、大きさは小動物ほど。本物のハムスターかもしれない。
「絶望のオーラ……、レベル1」
と、素早く動く謎の敵にスキルを放った。
「みぎゃ」
という子供っぽい声の後で何かがどこかにぶつかる。
羊皮紙の散乱状況からアルベドが敵の位置を割り出して手探りで掴みあげる。
それは不可視化したままなのでどんな生き物なのか分からないが、とても小さい生き物のようだ。
「縛り上げろ。それと司書長、すまないが片付けを頼むぞ」
「畏まりました」
アルベドと司書長の声が重なる。
豪腕と名高いアルベドの腕力に逃げられる者は無く、メイド達が持ってきたロープで縛られる見えない敵。
解呪されて姿を現した
正確には
しかも手足は食い千切られたのか、
小回りの利く身体とはいえ今まで感知できなかったのが不思議なくらいだ。
目が覚めると骸骨の顔が見えて驚くのだが、身体は何者かが掴んでいてびくともしない。
「起きたか、小さな侵入者よ」
「お、おう。おいらをどうする気だ!」
日常会話は出来るようだ。つまり知性ある生物という事になる。
「私はこのナザリック地下大墳墓の主アインズ・ウール・ゴウンだ。お前の名前はなんという?」
「おいらに名前なんて
使う言葉は比較的高度のようだから知能は高いだろう。
名前が無い。だから管理データに反映されなかったのかな、とアインズは疑問に思う。
ヤントラが手足を斬り落としたまま放置する人間とは思えなかったので、このモンスターの事は知らないかもしれない。
翼の生えた
「どこから来たんだお前は?」
「知らねー。おいらは気の向くままに旅する
アルベドが軽く身体を潰すように力をこめると小動物はうめいた。
「ちゃんと答えないと平たい生物に加工するわよ」
「おっおぅ……。いや本当に分かんねーんだよ。寝床と思ったら……、骸骨の居るところに来てたんだから」
アインズは今の言葉で大体は把握できた。だが、アルベドは小首を傾げる。
この
それが本当かは確認しなければならないが、第一階層から忍び込むことはほぼ不可能だ。どうあっても第八階層を素通りなど出来はしない。
その前の階層は吹雪や溶岩地帯、魔獣達の敏感な嗅覚をかいくぐる事など出来ないだろう。
ならば直接特定の階層に来るしかない。
被害の状況から最近来たのだろう。
シモベ達が運ぶ都合上、管理を緩めているのであれば仕方がない事だ。
それは結局のところは支配者の責任が大きい。
「……そういえば、バスパ様は以前、マスコットが欲しいと言っていたような……。確か……、独裁者ちゃんか支配者ちゃんという名前が……」
「マスコット?」
「はい。カルネ村と友好を結ぶ上でナザリックのマスコットを置く案を提示されまして……。その時はエクレアを送るかどうか話した事がございます」
友好関係を結ぶ上ではマスコットは良い案だ。だが、名前が悪いな。
エクレアをマスコットにするなら『支配者ちゃん』は相応しいな。あれはナザリックを支配する、という野望を持たされている。
「……ナザリックを荒らすものには罰が必要だな」
「はい」
「それよりお前は一人でここに来たのか? 仲間は居るのか?」
「おいらは孤独な戦士さ。姿は不恰好だが、いずれは立派な
「それは……、立派な男の夢だな」
子供の野望は夢一杯だ。
悪い気はしないとアインズは何度か頷いた。
不可視化しなければ食事は自由に食べていいと言うと素直に従った。
根は優しいのかもしれない。素直な言葉に聞こえたので怒りはあまり湧かなかった。
金銭目当てのコソ泥と言うわけでは無さそうだし。
それよりも大事な事があった。
「お前が投げたのは本だけか?」
「ああ、投げたら壁に当たらず消えたから、面白くてついな」
そう言った後でアインズは子供の頭をスコンと殴った。
「バカたれが! あれは貴重なアイテムなのだぞ。ったく、その調子では何のアイテムか確認しないで投げやがったな。アルベド、すぐに確認を取れ」
貴重なアイテムの扱いが雑なのは例え子供でも許しがたい。
「はっ、畏まりました」
子供は別のシモベ達に拘束される。
ヤントラは今は家族団らんの最中で施設を留守にしているようだ。
メイド達は投げ込まれて布団に乗っている分は移動させていないと解答してきた。
受け答えしないと思っていたが質問に答えたのは少し驚いた。
呼んだら出て来た。それは事前に命令を受けたからなのかは分からないが敵対はしてこなかった。
名前を告げた後で姿勢を正し、答えられる質問には答えると言ってきた。
何故、敷布団が敷かれているのか疑問に思ったがアイテムが痛むのを防ぐためでは、と思い至りアイテムを大切にする人間であるならば当然かもしれない。
白い無地で統一されていたので見易さも考慮されているのかもしれない。
アルベドは布団の上に散らばっている分だけ回収してナザリックに戻る。
回収できたのは半分だけ。残りは当人が帰宅してから改めて訪ねるしかない。うかつに別の部屋に行けば何が起きるか分からない、とアインズから説明を受けていたので諦める。
「あいつもびっくりしただろうな。アイテムを投げてよこされて。いくら私でも貴重なアイテムをぞんざいに扱ったりはしないぞ」
「既に使われてしまった場合は……、どういたしましょう」
「本のアイテムは要望されて居ないし、ツアレの希望職とも関係が無い。すぐに使うとは思えないな。必要性があれば具体的な要望を出すはずだから」
以前に渡した神器級以下の武具も使わずにどこかに飾られているらしい。
自分の分や必要性のあるものは使うが、それ以外は自分と同じく保管し続ける傾向にある。貧乏性とも言うが。
「ただの読み物なら開こうが構わないが……。魔法がこめられたもの。外装データは使わないと思うな」
スクロールを使えるのに嵩張る本を使うのはおかしい。
というかアイテムの有用性はヤントラも承知しているから、それほど心配はしていない。
「戻ってきたら聞けばいいだろう。あいつにも家族の時間を大切にする権利はあるからな」
問題は侵入者の名前と今後の役割だろう。
罰とは言ったが具体的には何をさせようか、決まっていない。
手足が不自由な障害者を苛めるのは支配者としてみっともない気もする。
見張りをつけて名前を考えておこう。その間にヤントラも戻るだろう。
第十階層の騒動を受けてアインズは警戒態勢の見直しを図る為に色々な意見を集めた。
『
無理に慌てふためいて混乱を増大するのは愚か者のすることだ。
失敗から学ぶことはとても多い。
火を吐かれていたら殺しているところだったかもしれない。
無闇な殺生は好まないが、それは相手による。
金目当ての不届き者など。
子供のいたずら程度で済む場合なら一発殴る程度の
アメとムチを使いこなすのは難しいが、よい教訓になった。
数日間の団らんを終えて宝物庫に戻るとルプスレギナがどこからともなく走りよってきた。
「ど、どうしたそんなに急いで」
「い、いや、カルネ村から……、全力で走ってきたっすから……。はぁ……。は~……」
荒い息遣いのルプスレギナに
少しこぼしながら飲み終えた後は姿勢を正す。
「急用か?」
尋ねるとルプスレギナは
『
「転移のある場所まで案内してくれるっすか?」
「了解した」
ヤントラはルプスレギナを連れて七の宝物個の地下一階部分に降り立つ。
階段を下りた先にはたくさんの布団が敷かれた風景が広がっている。
「……ん」
布団の上に転がっているはずのアイテムが全て無くなっていた。
ルプスレギナは壁際に設置されている木枠を確認する。
「こちらの手違いで投げ込まれたアイテムは全て回収するそうです。ここにあったものはアルベド様が回収されたそうっす」
「分かった。……くれたんじゃないんだ……」
女体モンスターの要望は出したがアイテムは何も言わなかったから変だなとは思っていた。でも、少し残念と思った。
「この木枠は隠蔽用に奥に引っ込めるか、ンフィーレア君と相談中だ。決まったら報告するよ」
「伝えておきます」
ルプスレギナは木枠の側に様々な工具が置かれているのに気づいた。
壁を掘りぬいたりするんだろう。
隠さないとダメなんだろうけれど、後付で隠蔽まで考慮されていなかったのだろうと思った。
「なんで、ここに付けたんすか?」
「ユリがここがいいと言ってポンと置くようにな。タイルと壁を少し削った程度だ」
「あ~、ユリ姉……。死角にはなるかもっすけど……。これじゃあセキュリティー甘々っすよ」
「落盤とか怖いから工事は慎重にする予定だ。土壁だからさ。中が汚れるだろう?」
「……簡単に彫りぬけないんすね。なんとなくは分かるっすよ。急ごしらえは危ないっすもんね」
うんうんと頷くルプスレギナに物置を見せた。
「ここの物置に置いておいた。私も外敵の侵入には気をつけているが……、シモベは感知が得意ではないようだな」
「そうっすね。命令以外のことは出来なかったりするっすから。地上の倉庫の警備はどうなっているっすか?」
「夜間、シモベが来たら解放される。この施設は侵入は割りと容易いが逃がさないように出来ている。破壊には弱いけどね」
「どれほどのセキュリティーなんすか? 全部教えてくださいっす」
「言えたらセキュリティーの意味無いだろう」
と言うとルプスレギナはいたずらっ子の笑顔を見せる。
「ルプーのような高レベルのメイドさんが手厚くもてなしてくれるよ。それからアウラの様子を確認できて安心した」
「来たんすか?」
「うん。そこからいきなりな」
「確認されたのなら言う事は無いっす。あ~、それ今使っても大丈夫っすか?」
「いいよ」
投げ込まれたアイテム類は物置に入れたものだけだ、と聞いた後で包みに入れられた。
ルプスレギナは軽くお辞儀して木枠の中に消えていく。
「……うむ。不可視化対策も必要か……」
ナザリックほど凶悪な侵入者対策は施されていないけれど不測の事態は想定しておかなければならないだろう。
とりあえず、敷布団は敷いておこう。
木枠周りもンフィーレアと相談していく。
次の日には資金を管理する為にやってきたイビルアイが地下に顔を出してきた。
壁を丁寧に彫っているヤントラの近くに行き、敷布団の上に座る。
タイルの上とは違い、柔らかい布団は足にやさしい。ただ、移動する時は滑りやすい。
元々が掃除しやすく滑りやすい表面のタイルなので布団ごと移動してしまう。
作業が一段落する頃にイビルアイ用に用意した様々な素材を入れた箱を用意する。
「真蒼の薔薇を放置しているみたいだが、あちらは元気で居るだろうか?」
「それなりに。よほどの事が無い限り大人数で移動はしないから、それぞれ個人か二人で当たることが多い」
大きな組織を潰したことで新たな巨大組織はしばらくは出来ないだろう。
各村も見回りはしているが麻薬の栽培は確認されていない。というよりはエンリの活躍で様々な作物の生産が活気付いていた。
戦争時の食糧不足の経験から充分な作物の備蓄政策が始められていた。
「……ご主人は今は穴掘りとは……。やはり自分で作業するのが好きなのだな」
道具を使って壁に四角い穴を作る為に少しずつ削っていた。
貴族になった人間は小間使いにやらせるはずだ。だからンフィーレアなどの人間に作業させるものなのだが、ヤントラは自分でもやってしまう。
技術を持っている分、そこらの職人よりも作業が丁寧だ。
商売させれば充分な報酬は貰えそうだ。
金貨を生産する上で商売はしないと決めているのかもしれない。
卑怯な方法だと自覚しているところはあるんだろう。そこは嫌いではない。
普通なら資金を溜めて良い武具やアイテムを買うものだが、ヤントラの世界では金では買えない物凄いアイテムがあり、それらは殺して奪うほどの価値があるという。
それもあって金貨はアイテムや魔法の触媒程度の価値しか無いらしい。
「凄いアイテムとはどんなものでしょうか?」
「アインズが普段着ているローブ類です。神器級と呼ばれる最上位に位置する武具は製作に必要なアイテムも希少なものばかり。ナザリックが総力を挙げてもおいそれと作れないほどです」
「……そこまでか……」
そういうアイテムを求める為に強くなっているし、奪われないための強さとも言える。
「さすがに神器級は量産できません。……あまり言うとまた怒られるかも……」
量産出来ないと言うよりはやったことがない。
出来そうな気はする。
対
知性の高い生物をのこのこ行って倒すわけにはいかないだろうし。
「君達の装備品も神器級より劣るけれど良い品ですよ。もっとも、アイテムの質は都合上低いかもしれないので今ならもう少しよく出来るかもしれない」
「そ、それは無理に変えなくてもいい。ありがたい申し出だが……」
新しい装備品は鑑定では以前よりも格段に良質なものであることは分かっている。
愛着は少しずつ出てきているが頻繁に変えようとは思っていない。
城の中を歩くのにも都合の良い綺麗な外套に仕上がっている。
特別な催し用に白と金を散りばめた荘厳な儀礼用装備の案も提示されていたが保留にしてもらっていた。
出来るだけ城の役人と相談した上で決定したいので。
ヤントラは用意が良すぎる。とてもありがたいが話し合いが終わってからだ。
イビルアイはしばらく作業を眺めた後に地上に戻る。そのまま執務室に行き、金庫の中身を確認した後はリイジーの元に行った。
ヤントラ達の作業はしばらく続いたが時間になるとメイド達が食料を持ってきた。
「綺麗に彫りぬくのは大変だな」
「段々下がったりしますからね。それにしても見事な作業で驚きました」
慎重に綺麗に四角く。雑にやれば数分で終わる作業のようだが、そうするとひび割れなどを起こしてしまうかもしれない。
彫りぬいた土は地上に持って行き、畑の材料にされたりタイルの材料にされる。
地下一階部分なので落盤の危険性は低いが天井に丈夫な金属板を埋め込む予定になっている。その板を支える丈夫な柱も用意すれば安全性はだいぶ確保されるだろう。
左右に『
大部屋は普段から明るくなっているので意図的に消さない限りは光りは保ったまま。
隠し部屋から漏れる光りが気にならないほどだ。
その前に空間内を適度に焼いておく。それからセメント類で塗り固める。
相当な重量も支えられる金属製の板を天井と床に差し込み、周りを銅版で埋めていく。
「セメントが乾いたらタイルを貼って終了だが……。それよりンフィーレア君は研究はいいのか?」
「物造りは好きなので。研究は研究でやりますよ。色んな発見があって楽しいです」
「エンリの側に居るのも大事だと思うけどね」
「はい」
真蒼の薔薇のメンバーはほぼ戦士。
物造りの手伝いには向かないし、創作系は苦手としている。
ヤントラ自身も創作に特化していないから専門職には劣る。
作業を終えた後で地上に戻る。
通気性に優れた造りとはいえ地上の方が澄んだ空気がある。