ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
書類を眺めているととんでもない数値が
単純計算とはいえ自然界ではお目にかかれない数字ばかりだ。
個人の魔法では決して支えきれない重量。それは見当も付かない重さで山くらいしか例えようが無い。
「この数字は何ですか?」
「たった一つの板で支えるのに必要な重量だ」
「……分散して支えられるものですか? 途方も無さ過ぎて……」
「途方も無いなら途方もない数を用意すれば良い。小さな金属板を編みこんだ積層構造ならば……」
積層構造。小さな金属板。
何層にも渡って作れば全体的に支えきることも可能となるかもしれない。けれども一点に集中してしまうと危険だ。
正八面体の頂点部分は部屋として空白地帯が設けられることになっていた。
点ではなく面で支えられるように。
「空気の逃げ道に水の循環……。本格的に凄いですね」
大きさは施設の側にあるものよりもはるかに巨大なようだ。
部屋の見取り図も作りかけだが、広い空間を確保しようとしている。
「それくらいになると人間には作業が出来ないという……。特に外での活動は」
「……無理ですか?」
「空気の薄いところは危険が一杯だ。それこそ呼吸を必要としないアンデッドや非実体系の方が適任だろう」
他には酸素ボンベでも
「これ、どれくらいの規模なんですか?」
と、壁に使われる板一枚の規模を尋ねた。
「一辺が一から二メートルあればいいんじゃないかな」
数字だけでは分からないが、実際に目にすれば相当な大きさになる気がした。
空中とはいえ巨体を支えなければならないし、階層も厚くしなければならないだろう。
乗せる資材が尋常ではないはずだ。
だからこそ天文学的数字の重量になるのだから。
「……もしかして、どこかにこれを作ってるんですか?」
「おっ、分かるかい?」
「分かるかい、じゃありませんよ! すぐ中止してください。材料がもったいない! 設計士を集めて相談した方が良いですって!」
「やっぱり専門家に聞いた方がいいか? でも、こんなふざけた建築の事を考えてくれるかな」
「ゴウン様も心配しておりましたよ。ちゃんと相談しましょう」
「……恥ずかしいな……」
子供っぽい顔で恥らうヤントラ。意外と羞恥心は持っているのだとンフィーレアは驚きつつ呆れもした。
人と相談することが実は苦手なのかもしれない。
ンフィーレアに相談するのはある程度、見せているからだろう。
「……というか、もう作ってる辺り凄いですけどね」
とりあえず、作ってから判断しよう、ということかもしれない。
本当にバカデカイ施設を作ろうとしている人間なのだ、ヤントラは。
この施設も内容はバカみたいだが、作り上げた。それは紛れも無い事実だ。
不可能をこれまで可能としてきたのだから天文学的数字など些細な障害だろう。
「見てみるかい?」
「え、ええ。どれくらい出来ているんですか?」
「大雑把な足場程度は出来ているだろう」
ルプスレギナ型ではなく眼帯にマフラーを巻いたシズ型が数人現れた。
それらに合図を送ると『
ンフィーレアは口を閉じて『
建設が始まったばかりとはいえ、全体的にシーツや
多少の風は吹いているが飛ばされるほどではなかった。しかし、とても寒かった。
「ど、どこですか、ここは?」
全体的にシーツで覆われているので外の景色が見えにくい。
所々に切れ目が入っているが目印となるようなものが見当たらない。あと、凄く呼吸がつらい。
「海の上だよ。人や物が落ちないようにしてから作業をさせている」
ヤントラはンフィーレアを抱えて『
「すごい……」
無数の金属板が浮かべられていて、それぞれに『
見えている限りでは凍り付いているものが多かった。
それが数百枚もあるのだから圧巻だ。
作業する者は腰に翼の生えた
「骨組みらしきものを設置して、長時間労働に耐えられるかの実験だ。本格的な建設と言うのはまだ少し先だ」
「夢物語を現実にすると……、幻想的って本当ですね」
「これでも月に行ける自信は無い。途中で瓦解するかもしれない。その辺りは怖いと思っているよ」
広い位置にンフィーレアを下ろす。
「この星を出ると魔法の効力が途切れるのではないか、とね」
「そうなりますか? それを調べないといけませんよね」
誰かが行って確かめなければならない。
頭では分かるのだが、それを実際に行動に移すのは途方もない事だ。
ンフィーレアも一生をかけて出来るかどうか分からない壮大な事業だと思っている。
「転移系での行き来しか通じないだろう。本当に無限なのか怪しいものだが……。こういうものをいくつも中継地点に置けば月との往復も不可能ではないだろう。何事も最初の一歩は大事だ」
「はい」
「……ンフィーレア君の言う通り、設計士の意見も大事だろうね」
飛び交う
「私は人に頼るのが下手だから……。間違いくらいなら自分で改善を模索する。そういう生き方をしてきた。君たちには破天荒に見えているのかもしれないね」
「多くの人材を操る手腕は素直に凄いと思っていますよ」
ヤントラは増やしているだけかもしれない。
凄い魔法は使っていないだろう。
敏捷をあげる事と
発想力は誰にも負けないだろう。それとそれを現実にする力も。
魔法の可能性を最大限生かそうとしている。
ある程度、見学した後で『
具合は多少は悪くなったが吐く程ではなかった。
滞在時間が短かったおかげかもしれない。
「あっ、そういえば皆さん服着てましたね」
「揃えるのは意外と大変だよ。あと寒さ対策は大事だからね」
手袋に充分な服装は工事には必須。
「アンデッドなら空気とか冷えとか関係ないけど、肉体を持つモンスターはちゃんと服を着せないとね。この施設の中は温暖な環境だから裸でも平気ではある」
「作業が終わると処分されるんですよね」
「そうだね。やっぱり欲しいかい? 悪魔系は色々と不味いかもしれないけど……」
「命令がなければ動かないんですよね、確か……」
自然に振舞っているようで、命令以外の事になると全く動かなくなる。
心臓だけが動いている肉人形。
「いずれ自我が芽生えて知恵を付けて、本体に責任をなすりつけて悪さをするかもしれない。それでも命は大切と言って大事にするかい?」
悪いことばかりではないかもしれない。けれども悪い事も起きるかもしれない。
突然、自分と同じ姿の分身体が現れたら仲良くできるだろうか。
命を大事にして分身体が増えすぎれば世界はおかしくなるだろう。
エンリとの間に生まれる子供は大事に出来るかもしれない。
自己増殖する生物ならばどうなんだろう。
分身体は本体と同じ寿命を持っている。何事もなければ同じ日に死ぬ。
「錬金術は……、命を冒涜するものかもしれませんね」
死んだ人間を復活させる魔法があるくらいだ。
自然の摂理は崩れているだろう。
「捨てるなら欲しい……。けれど、亜人や異形は人間を食すかもしれない。暴走を止める方法があれば……、調べたいことはあります」
「飼育や育成を考えているなら奴隷と変わらないぞ」
「……ん。そうなりますか?」
「彼女達の住む世界の摂理を人間に当てはめようとすれば、自然とそうなっていく」
「ヤントラさんは素材として手に入れているんですよね?」
「飾るためかもよ。ンフィーレア君。複製の複製……の利点は分かるかな?」
「潰しが利く?」
「絶対に本体の記憶が宿らないことだ。そして、とある魔法で標本として残せる」
収集家のような事を言ってきたが利点がよく分からなかった。
「生きた標本ということですか?」
「滅びる命があれば残す命がある。それはそれ理論だ。本体の人生は尊重し、複製はこちらの好きにさせてもらう。貴重な種族も絶滅してはもったいない」
「もったいないから複製を残したいと……」
残す素体は別にして複製を生産している。
使う素体。素体と言うか献体だが。
使わない献体と役割を決めているのだろう。
「役割がそれぞれ違うんですね」
「そうだね。問題がなければいいのだが、魂の無い道具は百年も使えば自我が芽生える、と言われている。迷信かもしれないが、不測の事態は想定しないとね」
意思を持つアイテムをインテリジェンス・アイテムという。それがこの世界にも存在する。
自らの意思を得た複製がどんな事をするのか。それは少し怖い。
命を粗末にしている引け目もある。
最も恐れるのは『
全ての献体が使い物にならなくなるおそれがある。
そうなる前に計画を進めて全て処分したいと思っている。
感染のようなものだ。
アンデッドが嫌いなのはしつこい、というところもある。
「ヤントラさんは色々と想定した上で複製の量産をしているのですね?」
「これでも勉強家だよ、私は。アンデッド化による弊害も当然のように想定しているさ」
ンフィーレアは唸った。想定していなかったから。
確かにヤントラはかなりの想定をしている。
安易な方法に見えて様々な試行錯誤が繰り返されている。
だからこそ、羊皮紙の出来栄えは見事なのだろう。
ただの命令で職人が唸るようなアイテムは出来はしない。
一つだけ良かったことがあるとすれば、エンリを
「そういえば……、
「対象の生命活動を止める魔法だ。
「……本当に止まったまま?」
「地中深く封印されたらお仕舞いだ。悪用の出来ない魔法のひとつだ」
それはとても危険な雰囲気を漂わせるものだった。
少しずつ背中が冷たくなるのをンフィーレアは感じた。
「『
規則正しい容器は管理しやすくするため。
ヤントラはふざけてたくさん用意しているわけではない事が分かった。
「月への旅はけっこう長い。低位の保存では心許ないからね」
「一日では無理ですか?」
「色々と下準備や実験があるから数年がかりになる。培養液に入れた最初の献体はもうすぐ出来上がる頃だろう。それくらい時間は過ぎてしまうのさ」
月に行くわけではないのだが、ヤントラは色々な事に詳しい。
詳しくないのは薬学関係だろうか。
現地の風俗もあまり詳しく無い様だったし。
文句などを言っても仕方が無いのでンフィーレアは話しに区切りを付けて書類を精査する。
自分の肌に合わないこともあるけれど知りえた情報は貴重な財産になる。
それから金貨の生産は到底、真似できない事は分かった。
『
というか、人体を切り刻むような方法は生理的に受け付けない処がある。
多少の内臓は平気だとしても。
間違って本物を殺しそうで怖い。
ネムがヤントラを恐れるように、ヤントラは人を殺せる人だ。
自分は殺せる人にはなれそうにないし、エンリ達も望んでいないだろう。
ルプスレギナを通じてアインズに尋ねてみた。
「僕はヤントラさんのような技術を体得できるでしょうか?」
『早まったマネは身の破滅だぞ、青年』
「人を殺したいわけじゃないんです……。凄い技術が目の前にあって、僕はそれに手を出すべきなのか、それとも違う方法を模索すべきなのかって……」
『……うむ。奴とて今の技術を得る為に想像絶する回数の死を体験している。そんな狂人と同じ技術はンフィーレアの為にはならないだろう』
想像を絶する死。
自分の死すら自在に操りそうなレベル、という意味だぞ、とアインズは言った。
『時間はかかるが『
「そうなんでしょうけど……。たぶん、僕は……、ヤントラさんの気持ちを知りたいんだと思います」
そう言うとアインズは鼻で笑うような息遣いをした。
『オススメしないぞ……。あいつは自滅型の人間だ。エンリを悲しませる結果にしかならない。やめておけ』
優しくアインズは言った。
『理解者になりたいのかもしれないが……。それはもう手遅れなのだ』
「えっ?」
『奴の事を知りたいのなら教えてやっても良いが……。君は確か口が軽いそうじゃないか』
「す、すみません。知りたいことが多すぎて……。つい口に出して喜びを表してしまうようで……」
『折りを見て私の執務室に招待しよう。そこで男同士、秘密の話しをしてやろう』
「ありがとうございます、ゴウン様」
『それでだ……。空中に作っているという宝物庫はどんな様子だった? まだ未完成だろうけど……』
「規模が凄すぎて……。でも、書類に色々と研究成果が書き残されて……。あっ! また僕、言っちゃった……」
『あはは。君は秘密を持つのが下手なようだな。正直者ではあるのだろうけれど……。……それって
「……よく言われます」
大抵の研究者は秘密主義なのだが、ンフィーレアは真逆のようだ。
正直者は嫌いではないし、好感の持てる青年なのだが、口が軽いのが欠点だった。
「一言で言えば凄まじいです。壮大です。本当に空中に広い空間が現れるんですから。……ただ、呼吸が大変らしいですね。地上に戻ったらメイドさんが苦しみ……、ああ、それは演技でしたね……」
『……高山病だな、きっと……。それを教えようとしたのだろう』
「なので呼吸に支障の無いモンスターというか女性達を使うそうです。
『……うわぁ……。大変そう……』
高い位置での作業は呼吸を必要とする種族では辛いだろう。
治癒できるとしても一般人には無理そうだ。
『まだ外観は出来ていないのだな』
「骨組みみたいな感じでした。更に巨大なもののようですから、これからですよ」
『……スカスカなら空気の魔法はまだ使えない、という意味なのだが……』
空気を生み出す魔法を駆使すれば人間種や亜人種も色々と助かるかもしれない。
酸素ボンベのようなアイテムの必要性というか技術は街には無いようだ。
というより、必要とする都市が近くに無いからかもしれない。
海沿いや高山側の都市や町にはあるかもしれない。
人の顔を見て驚いたり、恐怖を抱くものが多いので気軽に話せる人材は素直に嬉しかった。
皇帝の他には竜王国の女王も意外と話しやすいタイプだった。
後日、ヤントラが妻との会食で留守にしている間にアインズは数人の部下を引き連れて『マグヌム・オプス』に訪れた。
ヤントラに内密ではなく、ンフィーレアと秘密の話し合いをしても良いと許可は得ている。
秘密らしいことは殆ど出してしまったせいなのか、特につまらないことや腹の立ちそうなことは言われなかった。
六の宝物庫に降りる前に供としてアルベドとナーベラルを連れた。
残りの従者には姿を隠して監視者などの警戒に当たらせた。
地下一階は会議室のような状態にされていて、テーブルや椅子が複数置かれていた。
七の宝物庫からでも来れるのだが、変なメイドを警戒してのことだった。
ンフィーレアは早速、アインズ達を椅子に座らせる。
飲み物は用意はしていたがアルベド達は断った。それでもコップと飲み物を入れた容器はそばに置いた。
「会議室らしくなってきたな」
「設計のための部屋としても使って良いと言われまして。奥には動植物の標本が置いてあります。この下では羊皮紙生産が盛んです。人間はおりませんよ」
「後で見せてもらおうか。他の宝物庫は物置なのかな?」
「聞いた限りでは物置のようです。そうそう、ナザリックの依存度はかなり減らした、と言ってました」
それはつまり殆どの複製はナザリックではなく自前で用意したものということだろう。
早い話しが一般人を使っているという。
「地上にあった、空に浮かんでいるのが試作品と言うわけだな」
「はい。上空は風が強いのか、扉が開けにくいんです」
「気圧の関係だからだろうな。それにしても宙に浮いた階段は見事だ。久しぶりに安心した」
これぞ、ファンタジー。
透明な素材を使わないのは光りの収束による火災の防止だろう。それは少しだけ残念な点だ。もちろん見た目重視での意見だ。
火災が起きては困る事は理解している。
ンフィーレアはアインズの目の前のテーブルに羊皮紙を並べていく。
日本語で書かれている為にンフィーレアは読めなかったようだ。
「んっ? なんだ、この数字は……」
すぐに桁の名前が出て来ない長い数字に首を傾げる。
総重量が天文学的な数字なのは分かった。
「それは板一枚で今作っている施設を支えるのに必要な……、大雑把な重量だそうです」
兆、京と続く。その後は『
「……いくら魔法でも板一枚では……。仮に出来るとしてもどれだけの人材というか回数が必要なんだろうな」
正直、数えたくない。
「さすがに一枚では支えません。小さな金属板を編みこんだ素材で支えるようです。一枚一枚に魔法をかけないといけないそうですが……。それがこちらの書類です」
「これは防具ではないのか?」
「『
「バカみたいな事はしないのだな」
各頂点に空洞の部屋を作る。
施設は出来る限りそのままの状態で移動させる。部屋は積層構造にする。などなど。
それぞれの床の厚さ。部屋の高さ。色々と書かれていた。
扉は作れないから転移系で妥協せざるを得ない。という一文も見つけた。
アインズはしばらく羊皮紙を食い入るように眺めて、文章を読み込む。
男のロマンが詰まった一品だ。それは真剣に読む価値がある。
使われている魔法や使い方さえ分かればナザリックでも作れそうな気がする。
問題があるとすれば『どこで素材アイテムを仕入れている』かだ。
この点さえ解決すれば自前でも出来そうだが。
知りたいようで知りたくない。そんな気持ちがある。
いや、既に分かっている。
その為に屠殺場がある。
そういうバカなことができる魔法は一つしか浮かばない。だから、ヤントラは言ったんだ。
『ドラゴンハイドを願え』と。
素材アイテムも願える。つまりは
そして、今は更に効率を上げている、気がする。
様々な事柄が頭をよぎるが忘れてはいけないのは、それらは『悪用方法』の一つだ。
無尽蔵に無茶な事をしているようでデメリットをヤントラはちゃんと恐れている。
いつか劣化する献体が現れて、すべてを台無しにするのではないかと。
自分のところで済むうちに渡せるアイテムは渡そうとしている、と言う事もあるかもしれない。
欲が無いのは死を覚悟しているからだろう。
溜めていても死んだらお仕舞いだからだ。
「これはまだ外壁は出来ていないのだな」
「あ~、そのようです。外部からの攻撃とか。内部崩壊とか色々と言ってました」
空気の流れや水の循環を維持しつつ強固な外壁を作るのは難しい。
まして、大気圏を離脱するのは出来ても戻るときに発生する『摩擦熱』は尋常ではないだろう。
あと、中身がどうなるのか不安だとも書かれている。
かなり強烈な重力が内部にかかるはずだ。
更に何倍もの重量に施設が耐えられなければ自壊してしまう。
「それと……。これか……」
星から出たら魔法の効力が消えるかもしれない。という物騒な一文だ。
かつて自分はこの世界に来た時に大気圏を突破し、落下実験をしたが魔法はちゃんと効果を維持していたと思う。
それはもちろんヤントラには伝えていないことだが。
摩擦熱にもびくともしなかったな、と数年前のことを思い出す。
ヤントラの危惧は理解出来る。
この世界にしか通用しない魔法かもしれない場合は転移すら出来ず、宇宙をさ迷うかもしれない。
人間であるヤントラはすぐ死ぬだろうが、死なない種族にとっては永劫の牢獄だ。
もし、自分が何も考えずに大気圏を突破して魔法の効果が消えてしまったら、それはとても恐ろしいことだろう。今だからこそ感じる恐怖かもしれない。
ヤントラもタレントなどで知りえたバッドエンドの一つとも言える。
『未来予測』などという優しい名称などではない。
ヤントラのタレントは『バッドエンドの未来』そのものだ。
自分だったらログアウト、どころかゲームは二度とやりたくないだろう。
それを今までヤントラは耐えてきた。凄まじい精神力だろう。
それが今になって衰退を始めている。
当たり前だが、元は本当にただの人間なのだから、弱音を吐きたくなるのも自然なことだろう。
「中継拠点を作って転移での移動……。安全策と言うわけだな」
無限の転移とうたってはいるが限界があるかもしれない。
『無限』と名のつくアイテムはある。それなのに限界があるのだから信用は出来ないだろう。
都合の良い魔法で一気に月に行けたら苦労はしない。
行ったとしても空気が無い低重力の世界だ。
様々な問題が待ち受けているだろうし、下準備は入念にしなければならないだろう。
「……『
パンデモニウム。
施設名なのだが、下には斜線が引かれていたが『ヴァルハラ』と書かれていた。
ユグドラシル的には『ヴァルハラ』が相応しそうだが、おぞましいものが詰まっているという意味では、こちらの方も魅力的だ。
高位の悪魔を複数召喚する超位魔法『
月に行かずに空飛ぶ施設でも良いか、という諦めも書かれている。
この一文はアインズも納得してしまう。
無茶なことして派手に爆散するのはもったいないからだ。
「魔法で作っているなら……、解呪されたら瓦解するな」
「そのようですね。邪魔さえ無ければ平気だけど軍事には向かないかも、と言ってました」
アインズは一つ頷く。
物体の落下実験もしているようだ。
地上への影響も少ないけれど書かれている。
試作型も落下すれば危険だが、今作られようとしている巨大な『万魔殿』は海上だ。
近隣の都市に津波が来るかもしれない。
ご丁寧に『ここ弱点』と書かれている。
全ての重量を支えるのは中心ではなく、下方の末端。
全体的に重量を無くし、物理的にも魔法的にも守らせるのは難しい。
それこそ外壁全てを神器級のアイテムで堅めでもしない限りは。
後は
リスクはあるが挑戦する気持ちはロマンがあって嫌いではない。むしろ応援したいくらいだ。
人材は居ても意見を交わす仲間が居ない。ンフィーレア一人では心許ないだろう。
ナザリック地下大墳墓の大改造のように多くの仲間達の意見や趣味が反映されれば少しは退屈しないものに出来たかもしれない。
機能的過ぎても面白くない。
図面を見る限り、宇宙船としての移動手段のみのようだが、月では何を作るのか。それはまだ未定のようだ。
大気の問題があるから、これから考えられるのだろう。
『万魔殿』はさすがに人間を招くことは難しいだろうな。その辺りも課題だろう。
こういう面白そうなことを一人で考えて作らなければならない現状は精神的に不衛生この上ない。
もし自分が一人だけなら、寂しくて泣いてしまうかもしれない。
自分にはナザリック地下大墳墓という安定した地盤と多くのNPC達が支えてくれるから寂しくないし、仲間達が残した多くの資源と施設がある。
種族の特性である精神の安定もあって平常心が保たれている。
それでも手伝う理由にはならないだろう。
敵だからではなく。
違う人生を歩んでいるからだ。
興味があるからといっても他人に影響されて色んなところにNPC達を置いて行くわけにはいかない。
一介の冒険者ではなくアインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配者なのだから。
行けないけれど、空に浮かぶ施設は作りたい。落下が怖いけれど。
使われている素材はミスリルとオリハルコンだが、使いやすいのか、出やすいのか。
アダマンタイト以降は加工が難しいとかは書かれていない。
あればあったで貴重な素材だ。それを大量消費するのは大変だろう。
実際、様々な鉱山の金属を大量消費させて
「いやはや、時を忘れさせるな、これは」
眺めて感心したり、唸ったり、独り言を呟いたり。
とても興味津々で読み込んでいた。
「ロマンの分かる奴だな」
月を抜かせば男の隠れ家とも言える。
実際、ヤントラは男ではなかったが。男心を刺激するすべを持ち合わせている憎い奴だ。
「素材は木材や石材でも浮かせられるのだろう?」
「はい。タオルも。物体を乗せる、という目的であれば大抵の固体なら大丈夫かと思います」
「それらは入手しにくいのか?」
「え~と、森林伐採に当たるからと石材は山とか削り取ることになるからと……」
使っている素材は願って出しているので地域の地形などを変化させない、ということだろう。
自然を大切にしているのかもしれない。命を冒涜する者の言う事ではないな。
実際、素材不足で建設中止になっては困る。確実に手に入る素材で作るのだろう。
段々とナザリックの依存度を減らして、ここまで来た。
様々な実験の成果だろう。
本当に、小憎たらしい奴だ。と、アインズは苦笑する。
「ンフィーレアは出来もしない事を研究しているような気がするのだが……、お前は普段は何をしているんだ?」
「確かに魔法も素材も生み出せませんが……。僕はカルネ村で薬草を研究し、ポーションの開発が主な目的ですから。こちらは興味で意見などを出したり、新しい発想に触れるためですよ」
「そうだったか」
魔法のスクロールを使っているわけではなく、知識のみで複製を育てて魔法の行使を可能としていた。
ヤントラに出来ることは複製を増やして操作することだけだ。
それだけ聞くとたいした事が無いのだが、数の暴力を有効活用している手腕は凄まじい。
人間に『
永続的には使えない。
簡単な命令なら効率的だろう。
人間を多く使うのは同じ顔ばかりでは精神衛生上良くないからだろう。
目新しさがあるから続けられる。
「それとここに置いてる植物の育成方法などを書類にまとめるのも仕事のうちです」
「ここしか居てはならないのか?」
「そんなことはありません。下にも降りられますし、他の宝物庫にも行けます。……ただ、問題が一つ……」
「封印か?」
「いえ。裸の女性が多く居るんです。ああ、居たんです。メイド達のように服が用意されていないのは刺激が強くて……」
「……なるほど。……それは困った事態だな、男としては」
「はい。七の宝物庫以外は……静かですね。メイド達が見回りをしているらしいのですが、殆ど見かけません。あっ、この下で羊皮紙の製作をしている人達はちゃんと服を着ています。肌が荒れる材料を使った時や皮を削る作業で出る細かい粒子で目や喉を痛めないように配慮はされています」
「皮を剥いで乾かすだけではないのか?」
と、質問したが直接見た方が早いことに気付いた。
細かい粒子が舞わないように仮設テントの中で作業はしているが、あまり近づかないようにンフィーレアは注意を促す。