ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
ヤントラはショートソード二本とミスリル製のガントレットを取り出す。
「一つはあなたにもう一つは仲間に。ガントレットは己の身を守る為に」
「ヤントラ殿?」
自分でも分からない。
何故、彼に与えようと思ったのか。
「あまりにも情けない国の様子に腹でも立てたのかもね」
それは独白に似た気持ちの吐露。
冒険者にすらなっていない自分が真っ当な戦士を哀れむとは。
そう。
哀れみ。
「金に換えようなどと思ったときは戦士などやめてしまえ。とはいえ、そうであったとしてもそれがあなたにとって生き延びる選択の一つかもしれない」
その言葉は戦士の胸に一撃を加える攻撃。
反論は出来なかった。しようとさえ思えなかった。
ヤントラはきっと呆れてしまったのだろう。
情けない国のありように。
ガゼフがこの場に居たら面目は丸つぶれ。それに比べたら自分のような未熟者が侮辱されるくらいなんでもない。
いや、これは侮辱ではない。
彼は少なくとも無駄に死ぬと分かっている人間に生き延びる選択肢を与えたのだ。
リ・エスティーゼ王国の戦士として命を懸ける相手を間違えてはいけない。
「せっかくの厚意だ。ありがたく受け取ろう。お恥ずかしい限りです。戦士が人様から武器をもらうようになるとは」
乾いた笑い。しかし、ヤントラはただ黙って戦士を見つめていた。
少なくとも、彼の碧玉の瞳は侮蔑には染まっていないように見えた。
ズシリと重みが一段と伝わる。気のせいではあるのだろうけれど、今までの武器より重く感じる。
これは責任の重さなのだろうか。
「さすがに人数分はあげられませんよ。あと、硬い甲羅などを持つモンスターがいた場合は戦うのはやめた方がいいです。武器がもたないかもしれないので」
「そうですね。折れては一大事です」
一応、ショートソードを鞘から抜いてみた。黒い刀身は先ほどのものに似ているが、これも同じものかは自信が無かった。
「剣は二つともオブシディアンソードです。ミスリルよりかは劣ると思いますが、手ごろな敵なら割りと重宝するでしょう。暗殺とかに適していると思うので護身用として使って下さい」
「暗殺……、物騒ですね」
ということは対人用に最適ということだろうか。
「変な魔法はかかってませんので火とか雷とか出ません。軽いのは軽くする魔法がかかっていると思ってください。なにしろたくさんありますからね。重いと運べないので」
「……なるほど」
実用的な武器をヤントラは好むのか、と戦士は思った。
いや、それよりも武器に詳しい人なんだなと感心した。こんな人が冒険者になれば王国にとって貴重な人材になるのではと期待してしまう。
戦士としては嫉妬でもするべきかもしれないが、なぜだか彼をねたむ事は出来そうにない。
「これはミスリル製のガントレット。あまり心許のないものですが武器を持つ手を守って下さい。あなた方は両手剣に慣れているようなので盾は苦手なのでしょう?」
「よくお分かりですね」
二十人ほどの中で殆どが両手剣。防りよりも攻めを重視した部隊だった。
ヤントラは侮れない。いや、先ほどから感じているが、戦闘に関して敵に回していけないのは充分理解しているが、味方でいればなんと心強い御仁なのだろうか、と思うほどだ。
時折見せる狂気も戦場の只中では微風に過ぎないのかもしれない。
未熟者ゆえの覚悟の足りなさとも言える。
「腕をやられて戦えない、なんて失態は嫌でしょう?」
「おっしゃるとおりです」
ミリルス製とはいえ一兵卒が手に入れるには相当な金額を投資しなければならない。
それだけおいそれと手に入れられない一品なのだ。
他の客もヤントラの姿を頭から足元まで見ているが当人は平然としているので声をかけられでもしない限りは放っておくことにした。
自分も何度、彼を見回したか分からない。
「……色々とお金を出してもらうのですから、ぜひ貰ってやってください」
小声で戦士に言うヤントラ。
「こんな立派なもの、大事にさせていただきますよ」
「もっといい武器があれば良かったのですが……。私も未熟者なので……」
これだけでも戦士にとっては立派な装備品だ。それを超えるものとなるとアダマンタイトくらいしか思い浮かばない。
査定はまだ半分を終えたくらいなので、もう少し話しを続けてみようかと思った。
「防具もたくさんお持ちなのですね?」
「裸で冒険するわけにはいきませんので。あと、わりと私は肉体的に脆弱のようで……」
少しがっかりするヤントラ。
戦士の目から見てもガゼフとつい比べてしまうが、肉体的にがっしりはしているが筋肉質というほどではない。
顔は優男。腕も不思議と女性的に細く見える。しかし、それで無数の魔法に耐え切ったのだから弱くは無いはずだ。
魔法的な耐性が外套にあったのかもしれないが。
検問のことが思い出される。
本当はちゃんとした装備をしたいのかもしれないが装備品で足止めを喰らってしまうのであればヤントラにとって煩わしい事態なのだろう。
自分でも軽装の装備で騒ぐ事態にはならないというのに。
この国はミスリルで大騒ぎするようでは先が思いやられる。
「……ヤントラ殿。ミスリル程度で騒ぐような国で申し訳ない」
バハルス帝国はアダマンタイトの装備品だ。
そんな国に勝てるはずが無い。全く情けない国だ。今ならそう思ってしまう。
「ミスリルっていや、高額な鉱石だ。おいそれと手に入るわけないだろう」
と、客の一人が言った。
それは正しい。実際に貴族の一人が鉱山を独占して利益をむさぼっているという噂を聞く。しかし、おいそれと持っているのがヤントラなわけだが。と、苦笑しつつ戦士は思った。
貴族が様々な資源を独占しているから下のものの装備が粗末なのかもしれない。
それで命をかけられるはずが無い。
裸で戦争をする兵士のほとんどが平民なのだから。
ミスリルは高額だが、それ以上の値打ちものがアダマンタイト。もちろんオリハルコンも相当な代物だ。
資源でもリ・エスティーゼ王国は帝国に負けているとも言える。
領土拡大の戦争と言われるが、何で戦争をするんだろうと今更ながらに思う。
「興味本位ですが、アダマンタイト製はお持ちですか?」
「あれは……重いので今回は保留にしました」
普通に答える辺り、いろんな意味で恐ろしいと思った。
ヤントラの上級にはアダマンタイトも当然のように入っている。
最上級はどんなものが入るのか。
冒険の旅で手に入れた希少金属から作られる武具である。
店では買えないレベルになると奪われる確率が高まり、戦闘に使えなくなる。
玄人プレイヤーとは違い、それ程の実力が無いヤントラは仕方なく金庫に保管して眺める日々を送っていた。
腹いせとして銃でモンスターを虐殺する事もある。ファンタジークソ喰らえ、とか叫んでいた日々が思い出される。
世界観ぶち壊し。アップデート後の楽しみでもあった。
弾丸数が異常に多かったのは、その時の名残だろう。
それで間違って誰かを射殺したのかな。手投げ爆弾とか使っていたからな。
「それ以上ともなると物質名が分からないものになります。おそらくは……魔法金属のような部類かと。宝石を原料にしたりしますし」
魔法武器に類するものになってくる。
炎の刀身。などに代表される特定の
質としては神器級には遠く及ばないものの比較的入手が簡単なものもある。
氷。雷。麻痺に毒と石化。
組み込めるデータは少ないけど、見栄えだけは良い。
ヤントラの最上級品もナザリックの武装に使われていたりする。
低レベルのモンスターではなく高レベルモンスターが持っている可能性があるくらいだ。
レベル70以上は苦戦するだろう。魔法補助無しでは。
実際、レベル80規模なら各個撃破する自信はある。十体まとめてだときついレベル。
少なくとも戦闘メイド六人同時なら互角以上は戦えるかもしれない。一対一なら勝てる自信があるけれど。
守護者達はまだ届かないかも。二、三発くらいは殴れるだろう。
これらはもちろんソロでの話しだが。
バッドステータスという弱点がある分、苦戦するのは仕方ない。
課金アイテムというハンデもあるし。
「そういう凄い武器があれば戦争に勝てますか?」
「無理かな」
即答。
「使いこなせない武器を持たせても熟練の兵士には勝てません。確かにとんでもない武器というのはあります。ただ、そういうのはおいそれと兵士に持たせないでしょうし、隠し続けると思います」
「なるほど」
「あと、戦士と魔法使いでは魔法使いに分があります。武器が良くても相手との相性も戦いには関わってきますから」
ヤントラの説明はためになるなと戦士は何度か頷いて思った。
理屈だけ立派という線もあるけれど、ヤントラの強さは自分でも確認している。
目の前の人間は確かに強い。
「兵士に志願された方がよろしいのでは?」
冒険者に期待しているようだが、個人的にはオススメできない。
貴族たちは冒険者も締め付けようとしているからだ。
力を持つ冒険者は危険だと主張する者が居る。
「……いや、下手に志願して武装を奪われるかもしれませんね」
富のためなら貴族はなんでもする気がする。だからこそ兵士達の装備がお粗末なのかもしれないのだが。
下っ端の命などなんとも思っていないのだろう。
自分たちが命をかけられるのは王国戦士長のガゼフだけかもしれない。
「単独行動が好きな人間に兵士の訓練は無理ですよ。えっと、傭兵、のようなものとかあるのですか?」
「雇われ兵ということならあります。あと
依頼されれば汚い仕事も請け負う可能性がある、という事をヤントラは脳裏に浮かべた。
「さすがに暗殺業はしないと思いますが……。聞いた話しでは探索系で情報を集めたりするようです」
探索と聞いてヤントラは髪の毛が逆立つような気持ちになった。
ヤントラの雰囲気が変わったのを戦士は肌で感じた。何か言ってはいけない事を言ったのだろうかと不安なる。
「……や、ヤントラ殿? 何か気になることでも?」
と、声をかけると殺気にも似た波動は消えていった。
「その
「えっ!?」
「いや~。そっか、可哀相としか言えないな。運が良ければ仕事を変えたほうがいいな」
彼の言葉が理解できない。
「その
「す、するかもしれません」
そう言うとヤントラがうなだれる。
「何か不味いのですか?」
「何も取らなければ生き残る確率は高まるだろう。ただ、あいつは部外者に遠慮しないからな……」
ヤントラの言う『あいつ』とは戦士の記憶では一人しか浮かばない。
アインズ・ウール・ゴウン。
怒らせればとても怖い
「それは詳しく聞いた方がよろしいのでしょうか?」
聞きたい反面、聞いたからには恐ろしい結末しか浮かばないような不安がある。
「王都に行ったら他の人達も集まるのでしょう?」
「はい。おそらくは、ですけど」
ガゼフ以下、どのような人達が集まっているのかは戦士には分からない事だった。
「今すぐ
聞きたくないな。と戦士は強く思った。
ヤントラですら危惧するほどの事態なのだから相当深刻なのだろう。
一時間ほど経って査定が終了した。
鑑定した人達はかなり疲れていたようだ。
「今日は冒険者の手続きだけして出発したいと思います。手続き自体は一日で終わりますから」
「そうですか? それはありがたいです」
買い取り金額は金貨にして二十枚ほど。細かい貨幣も混ざっていたが、ヤントラは満足しているようだった。
「当面の生活費としては多いほうなのですか?」
「結構な期間は持つかと……。日用品も充分買えますよ」
一気に金貨二十枚は戦士の給料としてはかなり高額の部類に入る。
武具の購入の手間が無い分、生活自体は何年か出来るのではと思う。
あえて問題があるとすれば代筆代がかかることくらいだ。
このリ・エスティーゼ王国領内全ての都市で代筆は有料である。
資金を得たヤントラは食料の買い出しに向かった。
戦士は貰った武具を腰に括り付け、馬車には置かなかった。
一般的な商店街はそれなりに活気があり、果物や干し肉はもちろん様々なものが売られている。
ヤントラは文字が読めないのと、品物に詳しくないので一つ一つ説明した。
「保存に最適なものとか。調理方法が分かればいいのだが」
コックを取得しているとはいえ、料理した経験が無いのでどんなものが出来るのか正直、不安だった。
取得していない
ユグドラシルだけではないが装備できない武器は基本的に装備できない。当たり前のようだが、それがゲームのルールだ。
だが、ここはゲームではない。ユグドラシルなどのルールが適応されることがおかしいとさえ思う。
アイテムボックスが使える時点で違和感を覚える。
これで整合性が保たれているとは思えない。しかし、アバターとして存在している時点で色んな物が狂っているのかもしれない。
いずれは強制力などが働くかもしれない。
その時はその時理論。
今は開き直って世界に合わせていくしかない。無理矢理、整合性を保つことになるけれど他には思いつかない。
当面の食料については宿によっては食事つきもあるし、遠出でもしないかぎりは飲食店で事足りる。
日用品の店に行く。
何にでも興味を持つところは子供っぽさのある人物だった。
「紙はどういう種類があるのですか?」
「羊皮紙が一般的ですが、木の繊維などから作る紙があります。書物用もありますが、どれも値が張ります」
高級品なのは製作が難しいから。
作る職人が少ないから、と理由は色々とある。
スクロール一枚に金貨二枚もかかるのだから当たり前かもしれない。
ヤントラとしてはメモ用紙が欲しかったのだが、一気にお金が無くなるようなので今回は保留にすることにした。
いざとなれば布に炭で書くことも覚悟しておこうと思った。
買い物を終えた後、いよいよ目的地である冒険者組合に到着する。
随分と長い旅をしてきたものだとヤントラは感慨深げに思った。
知らないことが多すぎるのは初心者の初プレイと一緒だ。
後は運命に翻弄されるように流れていくのだろう。
リ・エスティーゼ王国の領内にある大きな都市には冒険者組合と魔術組合がある。
ギルドとも言われる組織だが、本部は全て王都にある。
必ず二つあるとも限らないし、他のギルドもあるかもしれない。
ヤントラ達は冒険者ギルドに乗り込む。
受付を待っているのか多数の冒険者の姿があった。
「依頼は壁に貼っているのですがランクによって受けられないものがあります」
「う~ん。文字はやっぱり読めませんね。それも勉強しなければならないんでしょうけど……」
文字を解読する魔法があるらしいが自分は持っていただろうかと首を傾げた。
ユグドラシルに無い独自の魔法も存在するかもしれない。それは決してありえない事ではないだろう。
詳しい説明は受け付けで聞くことになった。
カウンターには受付嬢と思われる人間が二人居た。
奥には階段があり、大抵のギルドは四階建て。
「冒険者になりに来た者です。分からない事がたくさんあるのでよろしくお願いします」
低姿勢で対応する希望者に受付嬢は少し驚いたようだ。
「は、はい。では、まずお名前を教えてください」
「ヤントラ・サルヴァスパ」
戦士はヤントラの正式な名前を聞いて少し驚いた。
全く聞いたことはないけれど、立派そうな名前だと思った。
スレイン法国風でもない、ということに安心したのかもしれない。
「畏まりました。では、これから色々と説明させて頂きますので」
「はい」
長い戦いの幕開けだった。
書類作成に銀貨数枚が消えたし、代筆料も取られた。
もう少し買い取りを増やさなければ危ないかもしれない、とヤントラは危惧するが終わってから考える事にした。
懇切丁寧な説明だが、とにかく長い。
正直、三行で納めてほしいとさえ思った。
冒険者になる前に挫折しそうな気さえする。
一歩間違えたら受付嬢を斬り殺してしまうのでは、と少しだけ思ったものだ。
チームプレイが苦手なヤントラにとっては苦行以外の何者でもない。
冒険者にはランクがあり、最下層が
「アダマンタイト級……。そこが最大なのですね」
「はい」
順繰りと昇格できるのか、不安ではある。
何事もまずは一歩から。
報酬に関しては適当に聞き流し、罰則のほうを真剣に聞いた。
「実体の無いモンスターややたらと再生能力のあるモンスターはどうすればいいのでしょうか? あと、アンデッド」
「それはそれ専用の部位というものがありますし、実体の無いモンスターは……えっと、数に入れることが出来ないかもしれません」
アイテムボックスに腐った手とか入れたくないな。
勝手に増えても困る。
「あっ、倒してはいけないモンスターを倒すことになったらどうすればいいのでしょうか?」
「はっ?」
受付嬢はあからさまに嫌な顔をした。控えていた戦士も首をかしげる。
「そ、それは知りませんが……」
「いやほら。誰かが飼っているモンスターが居て、よその人が討伐なんかしたら怒られると思います」
「それは調査しますから大丈夫だと思いますよ」
「八つ当たりで依頼を出して嫌がらせ、という線も……」
「それはその……。事後報告で謝罪でもするんじゃないんですか?」
倒してはいけないモンスター。
聞いた事の無い事態だが、どんなモンスターなのだろうと戦士は思う。
と、戦士は少し経ってから思い至る。
アインズ・ウール・ゴウンが使役する巨大な騎士風のアンデッドの姿を。
「ああ、なるほど。そういうことですか」
戦士が納得する姿を見て受付嬢は彼を睨みつける。
大事なことだと思うので戦士はヤントラに尋ねてみた。
「それは召喚されたモンスターでしょうか?」
「それもありますが……。もっと厄介なモンスターが居るんです。倒すと仕返しに来るかもしれないタイプですね。なにしろ大事にしていますから」
「えっ? アインズという人とは違うので?」
「説明が難しいのですが、大事にしているモンスターが討伐依頼に出される事態は奴にとっては困ると思います。もちろん、人は襲うなと命令はしているでしょうけど、何かの事情が発生することもありえますからね」
「……あの騎士風のモンスターが暴れたりとかですか?」
「召喚モンスターは倒されても気にも留めないでしょう。それ以外です」
騎士風のアンデッド以上に厄介なモンスターが居る、という意味だろうか。
それはとても恐ろしい気がする。
「私も大事にしているので、仕返ししないように説得はしてみますが……、短気ですからね、あいつは」
「その時は……是非お願いします」
戦士は頭を下げて言った。
ヤントラに対しては頭を下げてもいいと思えてきた。
「皆様が仲良くしてくださるのであれば私も協力を惜しまないつもりです。ですが……、私は弱いので、戦力としては期待しないで下さい」
「いやいや、ご謙遜を」
と、二人が会話しているところを受付嬢が大きな咳で遮る。
「失礼しました」
「どのようなモンスターかは調査しますが、トラブルが発生しないように慎重に仕事をしてもらっていますので安心して下さい!」
「……すみません」
受付嬢の迫力に小さくうなだれるヤントラ。
説教に似た説明が再開され、十分ほどで説明の全てが終わった。
気になる事を質問したのに怒られるとは思わなかった。
「ふぅ。これで説明を終わります。では、こちらが冒険者の証しのプレートになります」
最初の冒険者に与えられる銅のプレート。首にかけるネックレスタイプ。
魔法的な効果は一切無いただの首飾り。
「ありがとうございます」
「依頼は各冒険者ギルドにあるボードに張られているものから選んでもらいますが、ランク以上の依頼は受け付けませんのでご注意を」
銅のプレートはそれに見合った依頼しか受けられない仕組み。
ランクを上げるには数をこなして昇進試験をクリアする必要がある。
「それからメンバーカードの発行は明日になります。いつでも来ていただければカウンターでお渡ししますので。再発行の時は更に日数がかかりますので肌身離さずにおいてください。以上で説明を終わります。冒険者ギルドはヤントラ様を冒険者と認め、共に歩んでいけるよう祈っております」
最後は丁寧にお辞儀をする受付嬢。
顔を上げる彼女の顔は少し引きつっていた。
「はい。よろしくお願いします」
「では、いつでもということなら王都での用件が終わり次第に戻ってきても大丈夫ということですね」
「数日かかっても大丈夫ですか?」
「はい。……出来れば長引かないようにしてください。一週間かかる場合はやり直しになります」
「……出来るだけ早く戻ってきます」
そう言って戦士と共にギルドを後にした。
とにかく、仮登録は終わった。後は王都に行くだけだ。
王都に行ったらどうなるのかは分からないが、今のところは順調に進んでいる。
「と、忘れないうちに。地図は何所で手に入るのでしょうか?」
「周辺地図なら雑貨屋にあるかと」
何をするにも地域を把握しなければならない。
羊皮紙だと思うので、多少の出費は覚悟する。
と、言ったものの金貨一枚という値段はさすがに高いだろう。
物の価値が分かってくると自然と節約の大切さが身に染みる。
「ここから王都までは一日くらいで着きますので」
「正味三日くらいか……」
保存食も買ったし、水には困らない。
他の飲み物も買って飲んだが美味しかった。
王都にも武具の店があるなら更なる処分も検討せねばならない。
〈
移動しつつ魔法を唱える。
感知できる生命体の数は数えないが、相当数の人間が居るのは分かった。
探知や探知阻害などの裏をかく戦法はヤントラの苦手とするところだ。魔法の無駄使いに思える。
毒やバッドステータスは対処するが高レベルの敵には徒労になってしまうかもしれない。
探知阻害による自動迎撃というのもあるし。
苦手としてもある程度は自分の魔法を把握しておかなければならないだろう。
数が多くなれば覚えることも多くなる。
頭が痛い問題だ。
馬車に戻る前に食糧の確認だけしてエ・ペスペルを出発する。
この都市には戦士の仲間は居なかったらしい。
首に下げた胴のプレートをつつきつつヤントラは少し嬉しかった。
ようやく冒険が始められる。
「銅からだとアダマンタイトまでは何年もかかりそうですね」
揺れる御者台から戦士は言った。
「順繰りと身体を慣らしますよ。銅からミスリルとか飛び級的なものは苦手なので。見習いが急に将軍にされても何も出来ませんよ」
「それはそうですね」
馬車に乗り込む頃にはヤントラの手ぶらも見慣れてきた。
何も無いところからアイテムが出るのはマジックアイテムのなせるわざなのだろう。
いつも通り途中から静かになるがヤントラは揺れる馬車が苦手なのだと思って前方に集中した。
強行軍なので日も暮れてくる。
盗賊やモンスターが出やすくなる時間帯だ。
「……ルプー。その人を殺したらお前を八つ裂きにするからな」
馬車から重々しい声が聞こえてきた。
声の主はヤントラなのだろうが、とても真剣な声に聞こえたので少し緊張した。
「ありゃ。バレちゃったっすか。さすがっすね、バスパ様」
今度は自分の後方。荷台の
先ほどまで気配が無かったのにいきなり聞こえてきたので手綱捌きが乱れてしまった。
「おっとと。大丈夫っすか? ちゃんと運転してくださいっすよ」
「だっ誰だ!」
「ルプーことルプスレギナっす。よろしくっす」
と、器用に御者台に座る戦士の隣り降りてきた。
御者台はせいぜいが二人並べるくらい狭い。
突如現れたルプスレギナという女性は不思議な服を着ていた。
赤い髪は三つ編みのツインテール。
日が暮れているせいか、瞳は獰猛な獣の如き光る金色。
生気溢れる褐色の肌。
顔はとても美人だった。
「アインズ様の悪口を言っていないか様子を見てこいって言われたんで来たっす」
「あ、アインズ!?」
「いいから、こっちにこい。運転の邪魔だ」
「それもそうっすね。失敬、失敬」
と言いながら走る馬車の上を器用に動き回り、御者台から居なくなった。
戦士になってから初めて恐ろしいものと遭遇した気分になった。
気配が全く無い。というか感じなかった。
いったいいつから馬車の上に居たのだろうか。
「その首から提げてるのなんなんすか?」
「冒険者プレート。後はメンバーカードをもらえたら晴れて冒険の旅が始まる。邪魔が無ければだが」
「おめでとうございます、バスパ様」
「それより、言い忘れたことがあった」
「はいっす」
二人の会話は御者台に居る戦士にも聞こえてきた。
「私の命は一回限りだ。おそらくはな。だから、お前にあげられるものは四肢くらいだ。他の者にも伝えて欲しい。ちゃんと言わなかったら八つ裂きな」
「怖いっす。分かったっすよ。う~んと、そうするとバスパ様はもう自動復活は無理ってことっすか?」
ユグドラシルのプレイヤーは死ぬと一定時間後に復活できる。もちろん、レベルダウンやアイテム喪失などのペナルティが課せられる。
魔法による蘇生の場合は金貨のコストが必要になってくる。
ペナルティを軽減しようとすれば当然、高額になる。
「あいつが復活させてくれるとは思えないし。コスト的にも割りとかかるだろう」
「はぁ。そうっすか。いや、分かったっすよ。このルプスレギナ、仕事は完璧にやるっす」
「それでルプーは命令で来たのか?」
「様子を見てこいってだけっすよ。本当っすよ。周辺国の調査もあるっすけど」
「調査はいいが人間に危害を加えるのはまだ早計だ。王都に行ってアインズが危ない人だと教えてやらないといけないんだから」
「……わりと酷い人っすね」
「お前達の為なんだ。討伐依頼とか出されたらどうするんだ? 守ってやれないぞ」
「ううっ……。確かにおっしゃる通りです……」
先ほど倒してはいけないモンスターと言っていたのは彼女の事なのだろうか。と、戦士は思った。
どう見ても人間。いや、人間に擬態したモンスター。それも気配を消せるほど。
今の今まで気づかなかったモンスターだ。戦えるのか。
下手をすれば殺されていたかもしれない。
「質問してもいいだろうか?」
殺されるのであれば聞いておきたい。
「なんすか?」
「えっと……。君はモンスターなのか?」
「う~ん。それを言ってもいいのか判断出来ないんすよね」
「
「えっ!?」
「いや! バスパ様!?」
神話や伝承では聞いた覚えがある。強さまでは分からないが、人に変身できる狼のモンスターだったはずだ。
「この子はとても強いから。あと、敵対しなければ可愛い娘だよ。性格は君たちには相容れないだろうけれど」
とても優しく説明するヤントラ。
モンスターを退治する職業に憧れる人間のものとは思えない。
「いやまあ、……そうなんすけどね」
「付き合い方次第では味方にも敵にもなる。私はちゃんと怒らせない方法を色々と言ったと思うのだが……」
「あ、はい」
「無闇に人は襲わない。仲間の結束がとても硬いんだよ。ルプーも人間と仲良くする知能はあるんだ」
「バカにされてるみたいっす」
「いやいや。君たちと人間が仲良くなるようにこっそりと手伝っているのさ。私は人間種だから、どうしても人間に肩入れしてしまう。アインズは反対側だ。それは種族的な特性みたいだからどうしようもないんだよ」
ルプスレギナはヤントラの胸に頭を乗せる。
「いや、人間は家畜以下っしょ。
「お前達がそう言ってもアインズは違うと思うがな。さっき行ってきた都市にはめぼしい情報は無かったよ。時間も無かったから、今度はじっくり探してみるよ」
「……確かに様子を見て来い、しか言われなかったから今回は引きさがるっす。でも、バスパ様は一回っこっきりっすか。残念というか……、まだまだ殺し足りないというか……。今度はガチで殺し合いしたいっすね」
「戦闘メイドには負けないぞ。あと、アインズに我慢が必要なときがあるんだぞ、と言っとけ」
「う~。我々の平穏のためっすものね。敵には容赦しなくていいんすよね?」
「時には殺れ、と私も言うよ」
満面の笑みでルプスレギナは言い、身軽な動作で荷台の屋根に上る。それは獣の如き軽やかな動きだった。
揺れる馬車の上に仁王立ちするルプスレギナ。
「よく聞くっすよ、人間」
「は、はい!」
「アインズ・ウール・ゴウン様の悪口は死をもって
「バカ! それじゃあ逆効果だろう」
「えっ!? わたし間違えたっすか?」
「友好関係を結ぼうとする計画が出来なくなるだろうが。その為にカルネ村を足がかりにしたんじゃないのか? というか、あの村を滅ぼしたんじゃないだろうな?」
「い、いえ。見て来たっすけど……。暗い顔の村人が動いてた程度っす。襲撃も無かったみたいっす」
怯えるルプスレギナがしどろもどろになって説明する。
「そうか? それならいいが。助けたのに壊滅させるなんてバカのすることだ。ルプー。命令が無いからって何でもやっていいわけじゃないからな。怒られるのはお前なんだから」
「……はいっす。ごめんなさいっす」
得体の知れないモンスター娘を叱りつけるヤントラに戦士は驚いて何も言えなくなった。
というよりモンスターと対等に話しているのが信じられなかった。
「いいか、ルプー。今はアインズの悪評を広めるわけにはいかないんだ。プレイヤーの存在のことは聞いただろう。もう忘れたのか?」
「お、覚えてるっす」
自らの主人は敵対プレイヤーに攻撃する理由を与えてはいけない。という重要な目的があった。
人間は殺しても別に構わない、と思っていたが計画のためには我慢しろ、とも言われていた事を思い出す。
「悪口は言うさ。でも、アインズはそれほど怖い人ではありませんよ、と。こう付き合えば友達になれるから。とか、教えている最中なんだよ」
屋根の上で元気を無くすルプスレギナ。
「恥ずかしいこと、言わせんな。あと、カルネ村が襲われないように見守ってやってくれ」
「り、了解っす。……ごめんなさい、人間さん。怖がらせて申し訳ないっす」
「い、いえ。大丈夫ですから」
「帰りは気をつけるんだぞ。油断無く、行動しろよ」
「はいっす。心配してくれるバスパ様、大好きっす。では、失礼しました」
ルプスレギナは風に溶け込むように姿が消えて、気配も消えた。