※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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J-15 他人のセキュリティは怖い

 ロマンについては後でも議論できるが次の部屋にも興味があった。

 念のために薄いシーツのようなローブやマスクを提示した。

「ゴウン様の場合は隙間にゴミが入らないためと言いましょうか……」

「魔法を使うのももったいないだろう。ありがたく使わせていただく。アルベド達も良いな?」

「これを被るのですか?」

「洗濯は済んでいると思いますが……。もし、人間に抵抗がおありなら待っていただくことに……」

 せっかくアインズと一緒なのだから離れたくはない。

 綺麗なのだろうけれど安物を被るのは、と思いつつある事に気付く。

「これは……、使い捨てでしょうか?」

「浴場で洗浄されると思いますよ。使用するたびに洗うように言われているそうです」

 農民や一般市民は使い捨てにするような装飾品は無く、ボロボロになるまで使い潰すのが一般的らしい。

 王家の者でもない限り、頻繁に洗う余裕は経済的に無い者が多い。

「アルベド、ナーベラル。服は後で洗えばよい。一時の汚れくらい我慢してくれないか? 作業場が不衛生なのは仕方がない事だ」

「ゴウン様。床の洗浄や水の浄化はちゃんと行(おこな)っておりますので、血の匂い以外はけっこう綺麗だと思いますよ」

「ほう。それは感心だな。発生する匂いまではどうにもできないか」

 匂いを出さずに料理が出来ないことと一緒だ。

 ナーベラルはアインズの命令ならば従うまでだがアルベドは少し抵抗を感じていた。

 匂いは無くともナザリックの物ではない、というだけで不快感が沸いてくる。

 それでもヤントラが用意した物であるならばまだ我慢できるだろう。

「やはり汚れてもいい服の方が良かったのではないか?」

「うふん……。一緒に出かけるのですからおめかししたいです。まさかこんな豚の飼育小屋のようなところだとは……」

「掃除が行き届いている分、そこらの都市より清潔だぞ」

「それはそうですが……。もう少し香水を振り撒くとか、宝石を散りばめるとか」

「あまりに華美にしてしまうと盗賊や金の匂いを嗅ぎつける貴族に狙われてしまうぞ」

「……うう」

「アルベド様。宝に類する部屋は封印されております。おいそれと盗賊が入り込めるとは思えません。許可する相手によって警備体制が変化する仕組みが備わっていると思われます」

 恭しくナーベラルは言った。

「どうせ汚れるのだ。そのシーツのようなローブで我慢してくれないか?」

 見た目にも使用済み、という汚さは無く、ちゃんと綺麗に畳まれていてシワが少なかった。

「……はーい」

 しぶしぶ了承したアルベドは服を防護するローブと顔を守るマスク、薄手の手袋と足を包む袋を履いた。

 足は滑らないように毛がフサフサした獣の皮で作られたようなものだった。

 ンフィーレアの場合はローブとマスクと手袋は同じだが、足元は長靴になっていた。

「一つ聞くが、皮を剥ぐと毛が飛び散るのか?」

「毛足の短い仔牛達ですから、実際は殆ど舞いませんよ。テントの方から細かい砂粒が出るかもしれないくらいです」

 話しだけでは埒(らち)が明(あ)かないのでアルベド達を伴い、地下二階へと降りていく。

 そこには数千頭の仔牛と山羊が居た。

「……おお、すごい数だな」

 どの仔牛達も大人しく、ほぼ微動だにしない。

 それらは複製かもしれないとアインズは思い、ンフィーレアは説明を始めた。

 全ての仔牛に飲食不要のアイテムが着けられているので飢えない。

 色んな事を聞きながらアインズ達は作業場の近くまで向かう。

 完全装備のメイドと思しき数百人ほどの人材が浴槽の中を確認していた。

 皮を剥がれた仔牛の足元は血まみれなのだが、それらはすぐに掃除されていく。

「剥いだ皮はまとめて浴槽に入れます。石灰などを入れた溶液で数日かけて混ぜながら脂(あぶら)分を落としていきます」

「頻繁に混ぜるのか?」

 殆ど黙っているメイドが多い。

「一日に二回か三回ほど混ぜる程度です。それを四日から八日続けます。漬け終わったら皮を取り出して専用の道具で余分な部分を削り取ります。それが終わったら、新しい水に取り替えて石灰を入れなおした浴槽に同じだけ漬け込みます。一日一回程度かき混ぜて……。それが終われば木枠で皮を満遍(まんべん)なく伸ばします。こちらは一旦、外で乾かして別の道具で削ります。薄く、均等に。石の粉末などを使うので、あちらのテント内で作業します。それが終わってから最後に鑢(やすり)などで削ってインクの乗りを良くします」

 最後の作業をしないとツルツルした表面でインクが馴染まない、らしい。

 当然、削りすぎればインクのにじみが強すぎたり穴が開く。

 鑢(やすり)を使う前にまとまった数の皮を重ねて重しで水分を完全に抜いて平らにするのだが、それをンフィーレアは失念していた。

「半月ほどはかかるのか」

「はい。こちらのメイド達は一日いっぱい暇にならないように時間差で作業できるように命令しているそうです」

 一日に一回か二回しか混ぜないなら暇になるだろう。

 人数が多ければいいというわけでもないようだな、と思って感心する。

「仔牛達は成長するだろう。大人になるまで使い続けるのか?」

「そこは秘密なのだとか。胎児生産だから見せたくない、と言われました」

 エンリの妊娠にも良い影響にはならない、という配慮かもしれないとンフィーレアは思った。

 想像できない酷い方法なのだろう。そういう事でもないと秘密とは言わないことが多い。

「使い終わった牛たちは食べるのか?」

「複製は食には向かない。食べられるかもしれないけれど、やめた方がいいと言ってました」

 化学薬品で複製するわけではないけれど、魔法というわ(・)け(・)の(・)分(・)か(・)ら(・)ん(・)方法で増やしたものは危ないかもしれない、と。

 理屈では分かるのだが、魔法で得た水を飲んでいるのも本当は危ないのではないだろうか。

 良くないイメージがヤントラにはあるから勧めないのだろうけれど。

 楽な方法には意外なリスクがつきものだ。

「ゴウン様。この人達はやはり処分しなければならないのでしょうか?」

「……処分? 反乱を防ぐなら従順なうちに処分した方がいいだろう」

「……もったいないというか、可哀相と言うか」

「急ごしらえの複製なのだ。不測の事態が起きては困るだろう。急に化け物になって暴れるかも、しれないぞ」

 さすがにそこまでは飛躍(ひやく)しすぎだろう。

 与えた命令を自分のものとして吸収し、独自の自我を得て反乱する。という予測では処分が妥当だ。

 本能に従い、動死体(ゾンビ)のような動きを見せるかもしれない。

 複製によって起こる最悪の結末にちなんだホラー要素はタブラ・スマラグディナの知識にもあるだろう。

「月に持っていく、という複製は最終的に全て処分されるだろう」

「えっ? 住人にするんじゃないんですか?」

「しない。それは確実だ」

 この言葉にアルベド達も少し驚いた。

「住人になるのは……、複製から生まれる子供だ。膨大な数が必要なのは献体が同じ相手との間に出来る子供が劣化するかもしれないからだ。それを防ぐには相手を変え続ける必要がある」

「あ、あの、アインズ様。複製から子供は生まれるのですか?」

「生まれるだろう。異種交配はもう確認しているはずだ」

 ラキュースは身体を取られた後で再生した身体で妊娠したのだから、出来ないわけが無い、ということをアインズは思い出し、自分の推測が間違っていないことを確認する。

「では、その子供は命令を与えなければ動かない人形……のままなのでしょうか?」

「いや……。生まれる命は本物として生きるのだろう。これは魔法で生み出すのとは違うからな。自然の摂理に従う可能性が高い」

 NPCが性行為が出来て妊娠するかもしれないのだから。

 ナーベラルでさえ自慰行為するのだから生物としての機能はあるはずだ。

「親は居た方が……」

「教育は親が居なくても出来る。亜人などは本能で理解していくだろう。育児施設はちゃんと作るだろうさ。その為に書物を集めて勉強しているのだから。いきなり全てを処分したりはしないだろうが……。不安要素の排除は自然だと思うぞ」

 突然、わが子を食らう。なんてことも起こるかもしれない。

「重力の影響でこちらの人間のように健康的に育つかは不明だが。亜人や異形なら適応するかもな」

「まるで神様みたいです」

「そうかもな。だが、複製は野放しには出来ない。複製で無ければ処分などしたいとは思わないさ」

 陶芸家が失敗作を叩き割るように。

 残していては悪用される。ということもある。

 時には切り捨てる事も出来なければ神にはなれない。

 人間を食べる亜人を増やしたいと思うかどうか。

「案外……、仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)で生物標本として飾るかもしれないな」

 それをする場合は複製の複製でなければ本体の精神が宿ってしまって厄介な結末になる。それがちゃんとした『複製(クローン)』の魔法なら。

 今回は『大治癒(ヒール)』で作り上げているから一手間増えている。

 精神を転写する魔法。そんな魔法は存在しないがアイテムとしては存在するのは驚いた。

 それならば『大治癒(ヒール)』で作った複製にも本体の記憶を宿せる事が出来るだろう。

 問題点としては本体が生存しているのに複製も同じ記憶を持って動くことだ。

 利点ばかりではないだろう。

 相手は自分自身だが命令は聞かない。自分ならば命令されたくないと思うだろう。

 転写したとしても結局は他人だ。乗り移れるわけではない。

 魔法は解呪があるから安易には試せない。戻れない、ということもある。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 羊皮紙の見学を終えた後で七の宝物庫に向かう。

 大量の容器を生産していたが今は休止されて見回りのみとなっていた。

「これは圧巻だな。ん~、この下の板に魔法がかかっているのか」

 たくさんの容器の下には宙に浮く板が規則正しく並んでいた。

 手で触れても安全なようにヘリは丸く曲げられている。角は溶かされたように丸みを帯びていた。

「はい。容器にかけると取り出しに支障が出るかもしれない、とのことです」

「それにしても……多いな」

 数万個の容器は見ごたえがある。

 見回りをしているのは服を着た亜人タイプが多かった。

 ただ、メイド服だが。

「この者達は前まで裸だと……」

「はい」

 アインズが居るのに無視して歩き続けるメイド達。

 声かけや命令しても言う事は聞かなかった。

「ところで……、解剖とかはした事があるのか?」

「いえ、献体を使った酷いことはしていないかと。処分以外で、ですが……」

「錬金術は内臓には興味ないか……」

「外観が大事だから中身は面白くない、とか言ってました」

 そう言うとアインズは軽く笑った。

「内臓を見て可愛いとは思わないか」

 通り過ぎる獣人の尻尾に触れると立ち止まった。

 それはすぐさま前のめりに倒れて床に手を付き、四つんばいになる。

 軽く駆け出したと思ったら方向転換し、アインズ達を見据える。

「んっ……。今度は何が発動したのかな?」

 アルベド達がすぐさまアインズの前に移動し、主を守る。

「……ああ、こういう突発的な囮によるトラップ発動はタブラさんの好きな分野だっけ……。懐かしいな……」

 一見無害そうなメイドに侵入者を驚かせる案が出たが却下された。

 ペストーニャがまさにトラップとして作られたメイドの一人だが今は癒し系として鎮座している。

 ナザリックを参考に作られているんだな、としみじみアインズは思った。

 獣人(ビーストマン)虎型のメイドは立ち上がり、アインズの元に歩み寄る。

「骸骨発見」

 と、フサフサした毛並みに覆われた大きめの手の人差し指をアインズへ突きつける。

 次に何か言おうとしたときナーベラルの笏(しゃく)がメイドの腹にめり込む。

「おうっ」

「待て、ナーベラル」

「はっ」

 お腹を押さえるメイドはすぐに復活する。

 獣人(ビーストマン)虎型に攻撃したのが発端になったのか人間型のメイドが二人やってきた。他のメイドは今のところ見回りを続けている。

「現在『万魔殿(パンデモニウム)』は未完成。案内したいところでございますが……。申し訳ございません」

 機械的にメイドが喋り始めた。

「無理に行こうとは思わん」

 完成していると送られるのだろうか、とアインズは思い、獣人(ビーストマン)のメイドの後ろに控えるメイド達に目を向ける。

 『転移門(ゲート)』役なのかもしれない。

「主よりの伝言がございますが……、聞きたいですか?」

 聞きたいですか、という言い方が少しムカつく。

「……聞きたくないが……、言ってみろ」

 大抵、ろくでもないことなんだろうな、とアインズは苦笑気味に思った。

 受け答えによって質問や答えを変える選択肢型の命令が与えられているのだろう。

 こちらの性格を把握していないと頓珍漢(とんちんかん)な言葉になってしまうだろうに。

 関係ない死の大魔法使い(エルダーリッチ)だったら同じ事を言うんだろうか。

「もっと女体モンスターが欲しい! この世の全て……」

 最後まで言わせずにアインズはメイドを殴った。

 それだけで鼻、口、耳から血を出し、眼球が一つ飛び出て沈黙した。

 静かに床に倒れこむメイド。

「んっ……。殺してしまったか。ったく、あの野郎は……」

 軽く殴ったはずなのにあっさり死ぬとは。肉体的には弱い部類だったようだ。

 後ろに控えていたメイド達は仲間の死体を眺めた後でゆっくりと近づき、魔法を唱えていく。

 顔の状態が戻った後、数分後に息を吹き返す。

「おお、復活した。死ぬ前に治って良かったな」

 獣人(ビーストマン)のメイドは何事も無かったかのように見回りに戻っていった。

「あっ……」

 選択肢が消えてしまって元の任務に戻ったようだ。

 また尻尾を掴めば同じことの繰り返しかもしれない。

 というか獣人(ビーストマン)の進行方向に居たメイド達が押されて立ち往生するという事態になった。

 アインズがナーベラルに命じて妨害状態のメイドをどかせた。

「融通が効かないと一生はまったままになるかもしれないな」

 生物だから一生は無いかもしれないが、命令しだいでは致命的になるかもしれない。

 ンフィーレアが居なければ死ぬまで進路を妨害し続けるかもしれない。

 ゲームで言うところのバグや命令の失敗に不備のようなものだ。

 数分後には二人のメイドは転移して消えていった。

「……対応次第では敵対行動も取られるかも知れないな。ンフィーレアは彼女達から攻撃を受けたことはあるのか?」

「い、いえ。裸の場合が多かったので触れ合いは……、ほとんどありません」

「近づいたらダメだとか言われているのか?」

「そんなことはありません。ただ、僕が恥ずかしがっているだけです」

 純情な男子なら理解出来る、とアインズは思った。

 メイド達にぶつからないように移動していくのだが、容器の間は狭いのでどけて通るのは難しい。幸い、天井までは高いので『飛行(フライ)』で対処出来た。

 高い位置にも容器が積まれているので『飛行(フライ)』の制限はかかっていないはずだ。

「自分のところではないから色々と不安だな……。トラップ系は無いんだったな?」

 あったらンフィーレアは酷いことになっているだろう。

「はい。そのはずです」

 メイドがトラップという事もある。

 侵入者対策ばかり考えていたからトラップはどうしても気になる。

 対策していないように見せかけるのが基本だ。

 分かり易い罠を設置するのは素人だ。

 帰り際にメイドがどこからとも無く現れて、先ほどの獣人(ビーストマン)型メイドが倒れたときに出たであろう血の跡をふき取っていった。

 潔癖症のような対策だが、アインズは妙なモンスターが出現しないようにする対策だと思った。

 どんな媒介で何が現れるか、不明な点があるからだ。

 例えばメイドの一人を従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)にして放せばどうなるか。

 対処を与えていなければ次々と餌食にされて動死体(ゾンビ)化するだろう。

 そうなればあたり構わず破壊していくかもしれない。

 アンデッドを使役する方法があれば別だが。

「地下三階は無いんだったな」

「無い……と思います。後から掘ったりしていなければ」

 地下三階というか施設そのものが深く掘られすぎているので地下六階程度はある深さになっていてもおかしくない。

 ナザリックも天井はかなり高いけれど。

「装飾が無いのも寂しいな。派手好きではないようだが……」

 細部にまで拘りをもつメンバーが居れば色々と派手だったり、見ごたえのある部屋に仕上げただろう。

 城の内部なども結構な装飾が施されているので、これくらいの広い規模で質素なのは寂しく感じる。

 その後、アインズ達は地下一階へと上がる。

 多少の荷物が置いてある程度で何も無い空間が広がっていた。

 床の一部に敷布団が並べられている。

「ここは……、下の予備となるのか?」

「そのようです。元々、七の宝物庫は複製の保管庫だそうですから。下が埋まれば上にも置かれるのではないかと」

「ンフィーレア。君は色々と教えられているのだな。改めて驚いたぞ」

「秘密とは言われていませんが……、教えない方がよろしかったでしょうか?」

「こういう怪しい施設の内情は大抵が機密の宝庫だ。ナザリックでは口封じは考えるな」

 隠し部屋は詳しく教えられていないようなので、見せられるところはンフィーレアに任せているのかもしれない。

「そこに敷いてある敷布団は……、何なのかな、ンフィーレア?」

「そこは……内緒の……。アイテムが投げ込まれたときに傷つかないようにするためと聞いています。あと、誰かが飛び出してきてもケガしないようにと」

「そこの階段に物置の部屋があるのだな」

「はい。掃除用具が入っています。他の部屋にもあります。新たに作った宝物庫にはトイレと風呂が無いそうです。なのでここと向こうの六の宝物庫の壁を壊して共同の風呂とトイレを設置しようかと計画されています」

「ということはまだまだ発展の余地ありか……」

「そうですね。壊しては造りを繰り返すって言ってました」

「では、建設中の『万魔殿(パンデモニウム)』も中身は決まっているわけではないのだな?」

「そうですね。この宝物庫の拡張版のようですが……。僕が設計士と相談しましょうと頼んで、今は耐久の様子を見ているはずです」

「見ている? 誰が?」

「女淫魔(サキュバス)型のメイドさん達です。人間型、亜人型だと具合を悪くされるので悪魔型で体調の様子を見ているようです」

「女淫魔(サキュバス)……。このアルベドにそっくりな奴か?」

 と、名前を言われたアルベドは少しだけ唸った。

 ンフィーレアはアルベドの頭から足元まで眺めた。

 アインズはここでラキュースの事を思い出す。

「ンフィーレアは悪魔が近くに居ても平気なのか?」

「平気と言うか、特に何もありませんよ」

「ふむ。知り合いに悪魔型が近くに居ると具合を悪くするものが数名ほど居るのだ」

 そう言われてンフィーレアはヤントラの言葉を思い出す。

「ああ! ラキュースさんの事ですね。それは聞いています。魔法でも治せない病気みたいなものだそうで……。そういえば、その研究も頼まれてました」

「そうだったのか。それはそれとして頑張ってくれ」

「はい。あ~、女淫魔(サキュバス)でしたね」

 ンフィーレアは手を何回か叩いた。

「すみませ~ん。女淫魔(サキュバス)さんを一人出してもらえますか~」

 部屋に呼びかけると腰から黒い翼を生やし、頭に二本の角の生えた女性型悪魔が現れた。

 現れた、というか転移によって出現した。

 こちらもメイド服を着せられている。

 そのメイドが空を飛ぶようにンフィーレアの元にやってきた。

「ほう。呼べば出てくるように言われていたか」

「ちょっと恥ずかしいですけど。こちらが女淫魔(サキュバス)型のメイドさんです」

 何の変更も加えられていない生粋の女淫魔(サキュバス)だった。

 スカートをつまんで軽くお辞儀をする女淫魔(サキュバス)。

「あなたは敵ですか?」

 女淫魔(サキュバス)は微笑みながら尋ねてきた。

「客人だ」

「あなたは人間をどう食べますか?」

「食べない」

「私は大好物だけどな!」

 女淫魔(サキュバス)が口を大きく開けたのでナーベラルが攻撃しようとしたがアインズが手で制した。

「失礼しました。当施設のお客様以外は首から下を置いていってもらうことになっておりますが、お覚悟はよろしいでしょうか?」

「……たぶん、色々と置いてあると思うのだがな……」

 ンフィーレアは聞いたことも無い対応をする女淫魔(サキュバス)にただただ驚いていた。

「ご、ゴウン様。こんな対応するとは思わなかったので……。どうもすみません」

「いや、構わない。侵入者に対する一定の判断基準なのだろう」

 人間相手にそもそも悪魔型メイドは対応しないはずだ。

 亜人には亜人なりの対応。

 女淫魔(サキュバス)が手を叩くと武器を携えた別の女淫魔(サキュバス)が数十人も転移で現れた。

 一分ほどの沈黙の後で一斉に武器を収め、その場に座り込む。

「……どうした?」

 ンフィーレアの側に居る女淫魔(サキュバス)がアインズの言葉に反応し、後方を振り返る。

「待機しております。命令は以上ですか?」

「んんっ」

 相手を威嚇するだけのようだ。余計なマネさえしなければ襲ってはこないのだろう。

 特定のメイドは連動した命令を使うようだ。

 それはそれで割りと厄介だろう。

 迂闊な命令で命を落とすのは命令したものの責任という。

 それはアインズにも経験のある手法だ。

 つまり『命令したお前が悪い』だ。

 悪魔的ではあるが納得するものがある。

 亜人の場合は『食われても文句は言うな』だ。

 性質(たち)の悪い命令ではあるのだが警備の観点では有効的だろう。

 人はそれをハニートラップと呼ぶかもしれない。

「質問させてもらうぞ」

「女体モンスターと引き換えですが、構いませんか?」

 とことん女体にこだわるな、あいつは。とアインズは呆れた。

「居たらな」

「『万魔殿(パンデモニウム)』の詳細ならば五女体(ごにょたい)です」

「……単位にするな」

 そう言うと女淫魔(サキュバス)は微笑んだ。

「お前達が『万魔殿(パンデモニウム)』の作業を担当しているのか?」

「作業……。観察と建設のどちらでしょうか?」

「どちらでもだ」

「私は『マグヌム・オプス』の担当でございます」

「では、……『万魔殿(パンデモニウム)』を担当している女淫魔(サキュバス)を呼んでくれ」

 呼んだら一連の儀式が始まるのは嫌だな、と思った。

 後ろに座っていた一人が腰の羽を使いつつ飛んできた。

「『万魔殿(パンデモニウム)』の建築を担当している者でありんす」

「んっ……」

 どこかで聞いたような喋り方だったが無視することにした。

「そこはどれくらい高い位置にある?」

「『万魔殿(パンデモニウム)』の高さは千メートルほどかと」

「地上からどれくらいの高さで『万魔殿(パンデモニウム)』を作っているんだ、という質問だ」

「地上から……。目算では五千メートルほど……」

 そこでは人間は長時間滞在するのは難しいだろう。

 二千メートルほどから身体を慣らす為に長期間滞在し、さらに高みに向かうのが基本だ。

 登るたびに慣らしが必要で頻繁には往復できない。

「高山病になる者は居るのか?」

「地上に戻れば肺が潰れてしまうでありんすね」

 潰れるたびに治癒するのだろうが、それはとても大変な事だ。

「対策は取っているのか?」

 アインズは『高山病に対する』と言い直した。

「調査中でありんす」

「悪魔でもダメか……」

「ダメでありんすね」

 『転移門(ゲート)』や転移を駆使して大人数で入れ替えながら短時間労働すれば少しは軽減できるだろう。そして、それはヤントラも実行に移すはずだ。

 外壁を覆ってしまえば外の気圧の影響は軽減できるだろう。それまでの辛抱かもしれない。

 最初は何でも大変なものだ。それを乗り越えれば少しは楽が出来る。

「早く外壁を埋めないことには作業は大変だろうな」

「普通の建築と違うのは何となく分かりますが……。作るのが大変なのか、作業する人材の体調管理が大変なのか……」

「人材の体調管理だろう。数千メートルもの高さで普段着で作業するのは拷問だぞ。呼吸を必要としない人材なら別だが……」

「で、では。えっと……。アンデッドの方や呼吸を必要としない方は居ますか~」

 教えられた手順でンフィーレアは呼んでみたが誰も現れない。

「首無し騎士(デュラハン)。自動人形(オートマトン)。粘体(スライム)、人造人間(ホムンクルス)のメイドは居ないのか?」

 アインズの言葉を復唱するンフィーレア。

 すると転移してくる者が現れた。

 一見すると清楚なたたずまいで夜会巻きの黒髪にレンズの入っていないメガネと首にはチョーカー。両腕に棘付きのガントレットを装備したユリ型だった。

「……アンデッドはおそらく初めて会うのかな?」

 報告ではプレアデスが複数居る事は聞いていた。

 シズ型も居るだろう。

「この人……、どこかで会ったような……」

 と、ンフィーレアが首を傾げた。

 見覚えはある。ただし、この施設以外で、だと思った。

「ンフィーレアは全員と会った事は無いのか?」

「全ての献体は見せてもらったことがないので……。人間が居るのは知っていたけれど、数体で怖くなって……」

 ただ、ユリはアインズ達に向かって歩いてきたが前に座っている女淫魔(サキュバス)型を避けずにぶつかり、転んでしまった。

 想定外の行動は取れないようだ。

 前に人が居たら避ける。などの簡単な命令でも亜人は殺せ、とか違うことも与えられているかもしれない。

 種族全てに対応させるのは難しいのだろう。

 異形種といっても色々と居る。

 ユリは前のめりで転び、首を固定するチョーカーが外れてしまい、首が取れてしまった。

「うわっ!?」

「あ~あ~。……ナーベラル。人形はまだ柔軟な対応は得意ではないようだぞ」

「………」

 ナーベラルは無言で頷いた。

「柔軟な対応も命令次第では可能に出来るのだが、すべてに対応するのは難しいだろう」

 性格付けをしていない者は不測の事態に対応しにくい。

 初期の複製は性格を植えつけられていた。だから、多少の柔軟性は見せられる。

 新しい複製は性格づけは設定されていないようだ。

 起き上がったユリは首を置いたまま前に進もうとして見当違いの場所に向かったようだ。

「ナーベラル。首を治してあげなさい」

「畏まりました」

 ナーベラルはユリの首とチョーカーを拾い、元の位置に戻した。

「ご親切にどうも」

「以前の複製とは違うのか?」

「初めまして」

 ナーベラルの質問に挨拶だけ返すユリ。

 アインズは複製の本来の姿を見た気がした。

 簡単な命令だけならば簡素な対応しかしない。

 複雑な柔軟性は性格付けがなせる技なのかもしれない。

「下がれ、ナーベラル。これが人形の本来の姿なのだろう」

 質問を待っている女淫魔(サキュバス)は直立不動で今も立ち尽くしている。

「アインズ様……。この者達は柔軟な対応が出来ないのですか?」

「出来ないのかもしれない。今は性格を付ける必要性が無くなり、本来の役目を担(にな)わせている、とも言えるだろう。無個性の人形だ」

「アインズ様。この者達に触れてもよろしいでしょうか?」

「攻撃の意志を見せれば襲われるぞ。気をつけろ」

「はい」

 アルベドは女淫魔(サキュバス)の近くに行ったが無反応。

 背後に回り、首筋に手を置くが無反応。翼に触れても反応は返ってこない。

 頭を叩けば動きそうだが、今はやめておく。

 ユリはンフィーレアの近くまで移動して止まった。

「御用は何でございましょうか?」

「こちらのゴウン様の質問に答えてあげてほしいんだ」

「畏まりました。与えられた権限の範囲でございますが、何なりとお申し付け下さい。……アンデッドなので性行為は……、オススメいたしません」

「しねーよ! ってか出来ねーって」

 つい勢いに任せて素で言ってしまったアインズ。

 素の自分は部下の前では恥ずかしい。

「おほん。お前は『万魔殿(パンデモニウム)』の建設には関わらないのか?」

「……ぱんでもにうむ……。確認いたしました。その『ぱんでもにうむ』についての情報は持たされておりません」

「未設定なのか……。で、では、お前が所有するクラス……。職業とも言うが、建設に関わるものは持たされているのか?」

「建設。それに類する大工、鍛冶などのクラスは持ち合わせておりません」

 端的に答えるユリ。

「お前の他に呼吸を必要としない種族はこの施設に居るのか?」

「……禁則事項です。ご質問にはお答えできません」

「シズとソリュシャンの存在は確認しているので、居ないはずはありません」

 答えたのはナーベラルだった。

「イビルアイも居るだろう。ンフィーレア」

「はい?」

「呼吸を必要としない種族は居るようだから、それらを使えば建設は容易になるだろう。観察には『水晶の画面(クリスタル・モニター)』などが必要となるだろうが……。それらで外観の問題はクリアする」

「そうですか」

「巨大な建築物になるだろうから、遠くからでも見えるかもしれないな。それは楽しみにしておこう。別に我々が工事に関わるわけではないし、うるさく言っても仕方ないな」

 出来れば建設の様子は見学したい。

 純粋な興味ではある。

「そこの女淫魔(サキュバス)よ。女体を渡さなければ襲ってくるのか?」

「任意でありんす」

「あっ、そう……」

 至極簡単な返答。

 尋ねれば素直に答えてくるのはありがたい。何も返ってこないと虚しくなる。

 ンフィーレアは彼女達を退出させる方法が何だったのか忘れてしまった。

 急いで六の宝物庫に戻り、書類を捜す。

 整理整頓は基本だとヤントラから教わっていたので目的の羊皮紙はすぐに見つかった。

 下手したらずっと現場で立ち尽くしていたかもしれない。

「えっと……」

 まずアインズ達に追加の質問がないか確認し、無かったので手を一回叩く。

「で、では、皆さん。仕事に戻ってください。ありがとうございました」

 と、ここまで言って初めて全員が一斉にお辞儀して転移で消えていった。

「あら、武器を忘れていきましたよ」

「後で片付けます」

「案外、ナーベラルたちの為に性格は外していたのかもしれないな」

「私達の為に、ですか?」

「既に自我を得て一個の個人であるお前達は人形などではない。様々な事柄を見聞きして経験を積んでいる。即席の人形とは違うのだ。これからも私やナザリックの為に働いてくれ」

 ナーベラルは片膝を付いた。

「あと……、安易な自害はしてくれるなよ」

「ありがたき幸せにございます」

「ンフィーレア。君はアルベドに似た女淫魔(サキュバス)は見た事が無いのか?」

「先ほどの女淫魔(サキュバス)くらいしか……。探せば出てくるかもしれませんね」

「戦闘メイドは使っているのに他の者は秘密とは……。もう出してきても良さそうなものだが……。解剖とかしているんだろうか」

 出て来たら出て来たでひと騒動起きそうな気はする。

「試しに呼んでみてくれ」

「分かりました」

 女淫魔(サキュバス)の時のように連動して大量に現れない事を祈る。

「アルベドさんという女淫魔(サキュバス)は居ますか~」

 そう呼びかけた。

「禁則事項、です」

 という声だけの返答が壁際から発せられた。

 アインズにとっては聞き覚えのある声だった。

「……今のは……まさか『ぶくぶく茶釜』さんか?」

 少し甘ったるい声だったし、気のせいかもしれない。

 本当にぶくぶく茶釜だとしても本物ではないだろう。可能性がある人物に心当たりはあるのだが、ここは指摘しない方が良いだろう。

「……深追いするのは得策ではないな……。全部見せろ、というのは無茶だろうな」

 というかルプスレギナが実際に尋ねたら困っていたようだ。

 当たり前だが、秘密は多少はある方がいいだろう。

 ここまで公開してくれたのだから。今は無茶な要求も女体以外ではされていないし。

 素直に引き下がることにして六の宝物庫の地下一階部分に戻る。

 そこで改めて施設に作られた簡易版の『万魔殿(パンデモニウム)』の中身について尋ねていく。

 現地の言葉に翻訳された書類と日本語書類を駆使して男のロマンを語り合い、設計士についての議論も重ねていく。

 アインズは空気に関する魔法をいくつか教える。

 ンフィーレアは施設とは関係ないがエンリとの婚姻や子供、将来などの事も話していった。

 複製の利点や問題点をアインズからも聞き、メモしていった。

 同じ仲間でもイビルアイはちゃんと秘密は守るのにンフィーレアは自分のところの仲間には不向きな面はあるが素直で好感の持てる男子ではある。

 自慢したい気持ちは理解出来る。

 話している間に地下二階から天日干し用に木枠を地上に運ぶ作業員が姿を現す。

 一枚ずつ丁寧に作業していると大事に使おうと思ってしまう。

 羊皮紙の作成マニュアルも書物としてまとめられていた。ページ数は多くないが手書きの絵が入っており、丁寧な説明と考察などが書かれている。

 書き損じについてもナイフで削ったり濡らしたり、などの説明などが書かれている。

 ナザリックに提出されていない書物もあるが、記憶だけに頼るのは心許ないだろう。自分もマニュアルは欲しい。

 部下に任せすぎて分からない事が多くなるのは不味いだろう。

 執務室で自分も勉強はするのだが覚えることが多くて大変だ。

 興味のある事を質問しているとアインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配者ではなく、一人の興味津々の生徒のような気分になれた。

 一部は不明な所はあるが空中の建築物についての議論はしばらく続いた。

 

『第十一章 女神狩り』へ続く

 

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