※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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K-2 イビルアイが現れた

 ヤントラに近い霜の竜(フロスト・ドラゴン)は素早く後方に飛び上がって移動し、極寒の吐息を吹き付ける。それが開戦の合図となる。

 相手に届くか、かわすのか、などという思考が霜の竜(フロスト・ドラゴン)の脳裏に残っている合間に前足と翼を切り裂かれた。

「!?」

 無言の攻撃。

 無音に近い速さで尻尾を根元で叩き切られる。

 硬い鱗と皮膚で出来ている、はずの竜(ドラゴン)の肉体を静かに切り裂く。それは驚愕としか言えない。

 翼を落とされているので空には逃げられない。

 仲間の霜の竜(フロスト・ドラゴン)は現状をまだ理解できなかった。

「胴体は……、ちょっと難儀しそうだな。あきらめて首にしておくか」

 その言葉がどこから発せられているのか、確認する間もなく下から物凄い勢いで振るわれるのは長大な剣。そして、霜の竜(フロスト・ドラゴン)は自身の身体の重みを失う。

 斬り飛ばされたわけではなく、飛ばずに静かに大地に落下する。

 その間は全く身体が動かなかった。だが、意識はある。

 不思議そうに見つめる仲間の視線を確かに見た。

「まだ生きているだろうな? 簡単に死ぬなよ。無理に抵抗しなかったら生き残れるぞ」

 そう言われた後で魔法が唱えられる。

 数秒間で肉片と化した霜の竜(フロスト・ドラゴン)の肉体の一部は詰め所の方に投げ飛ばされた。

 首だけになった霜の竜(フロスト・ドラゴン)はその場に置かれて残りは持って行かれた。

 かなりの重量がある肉体を一人の人間が引きずって持っていく。

 それは私の身体だ、と言いたかった。

 だが、驚きのあまり言葉が出ない。というか動けない。

「巨体が復活するまで結構かかるから大人しくしていろ。まだ意識はあるようだし、その間にもう一匹、解体しておこうか」

「がっふ! あう!」

 肺がまだ再生されていないせいか、それとも発声器官に異常があるのか、言葉がうまく出せない。

 強固な胴体は短時間では再生しない。

 心臓が無いのに生きられる理由。

 意外と生命体というのはしぶといもので、身体に命令を送る部分と体液を循環する部分が無事であれば少しの間は生きていられるようだ。

 頭と心臓のどちらかさえ残っていれば良い。それでも生存期間は短いので胴体部分の再生は一時間以内でなければならないだろう。

 後方に控えていた仲間が逃げ出すのが音で分かった。

 得体の知れない人間が二体目を瞬く間に解体していく。

 音が無情に聞こえて、視界の隅に転がる仲間の身体と思われるもの。

 翼を落とされれば地をかけるしかない。

 尻尾を落として、前足を叩き斬られた後で乱暴に胴体を分断された後に魔法が使われる。

 その後で首を根元で断ち切られる。

 攻撃する間もない。だが、使われる魔法はなぜか『大治癒(ヒール)』だ。

「混ざっては困るな」

 そう言いながら今度は容器を取り出す人間。

「胴体が出来るまで相当な時間がかかるようだな。また胴体を叩き斬ったりはしない。再生が終わったら帰ってもらうよ」

 その再生が終わるまで眼球を抉られ続けた。

 回数としては二十ほどだろうか。再生が終われば抉られる拷問のような感じだ。

 一思いに殺さないのは再生のためなのだろう。こんな人間は初めてだ、と霜の竜(フロスト・ドラゴン)は恐怖する。

 しかも痛みはすぐに消えてしまう。ただただ気持ち悪い感触が顔に広がる。

 憎しみもあるにはあるのだが、仲間を殺したわけではない。

 侮った自分が悪い。

「身体が大きいと持ち帰るのも大変だ」

 二体の霜の竜(フロスト・ドラゴン)の肉片は追加のメイドによって持ち去られていく。

 施設の扉を通らない可能性があるので身体の方は野外に置いていくように命令する。

 再生が終わった後はメイド達による軽い治癒魔法で全体的に癒しが行(おこな)われていく。

 竜(ドラゴン)級の再生は一時間はかかったかもしれない。

 再生が終わった翼や尻尾はメイド達がマッサージするのだが硬い皮膚の為に効果が無い。

 軽く押したり、撫でる方法に切り替える。

「竜(ドラゴン)の巨体は保存しにくいだろうな……。細かく分割しておくしかないのか……」

 そんな物騒な単語が聞こえてきた。

「な、何故、殺さない!」

「殺すのは短絡的だからねー。かといって拷問する趣味はないよ。乱獲してはもったいないし。色々と試行錯誤したら、こうなったわけだ。この方法が出来ない人が大勢居るから竜(ドラゴン)もいずれは狩り尽されるかもよ」

「こんなことをしてドラゴンロード(竜王)達が黙っていないぞ」

「そうだねー。ケンカを売る手間が省ける。向こうから来るのが楽しみだ」

 つまりドラゴンロード(竜王)達も標的にする気でいる、ということだろう。

 竜(ドラゴン)相手に怯(ひる)まないのは神話の時代の八欲王のような存在だけだと思っていた。

 人間の姿をしているが、八欲王の転生体か子孫なのではないかと。

「あと三十分くらいは大人しくしているといい。身体が安定するのに時間がかかるからね。急には飛び立てないだろう。そういえば、空腹だろう。人間以外で竜(ドラゴン)は何を食べる?」

「……野山に居る獣などだ……。人間でいうところの家畜も……食べる」

 答えたのは相方のようだ。

 確かに空腹を感じた。

 当たり前だが、胃袋に相当する部分を一度は失っているのだから。

「その身体だと相当量を調理しないといけないな。魔法で牛は出せないが……」

 備蓄していた野菜と肉と鍋を持ってこさせ、拾わせた薪を燃やして軽く茹でる。

 霜の竜(フロスト・ドラゴン)の側で料理を作り始める冒険者は前代未聞だろう。

 メイドの一人でも食材にすれば早いのかもしれないが、人間の調理法方は知らないし、知りたくなかった。

 お腹に優しいオートミール入り、肉と野菜のスープ。

 竜(ドラゴン)の味覚は分からないが、野菜を多めに入れておいた。

 それをそれぞれの霜の竜(フロスト・ドラゴン)の口に流し込む。

 霜の竜(フロスト・ドラゴン)というだけあって軽い吐息で冷ましてしまうので遠慮なく投入する。

「足りるか!」

「牛を持ち歩いているわけじゃないからな……。複製でいいなら牛も食べてみるか?」

 竜(ドラゴン)級なら、というか再生した身体には合うかもしれない。

 ちゃんと焼けばいいだろう。

 だいぶ身体が大きなった仔牛達も新たに用意しなおさなければならないだろう。

 アイテムを外した牛四頭の首と手足を落とし、豪快に焼いていく。

 ヤントラが料理している間、兵士達は物陰で状況を観察する。

 霜の竜(フロスト・ドラゴン)をものともしない銀プレートの冒険者。今は身体をバラバラにした霜の竜(フロスト・ドラゴン)と戯(たわむ)れているように見えるのが不思議だった。

 なにより、霜の竜(フロスト・ドラゴン)が抵抗しない。

 既に身体は再生し終わっているのに攻撃の意志を見せていない。

 

 通常の『火球(ファイアボール)』は牛に使えば消し炭にしてしまうので料理には使えない。

 じっくりと時間をかけて焚き火で焼いていくしかない。

 肉体的に火の耐性を持っているモンスターなら炭にならないかもしれない。

 溶岩を作る魔法や炎の壁などの魔法もあるけれど、魔法なので料理に向くかはまだ実験していない。

 メイドの一人が触媒(しょくばい)アイテムをせがむ。

 第三位階の魔力系『火の吐息(ファイア・ブレス)』という魔法を進言してきた。

 この魔法は一度に三回まで火が吐けるが段々と威力が落ちていく。

 消し炭にしない程度に言いつけてやらせてみた。

 さっそく口から火を吹くメイド。持続時間一杯に次々と牛を焼いていく。

 二回の火吹きの後で表面を削り取り、余計な内臓は切り分けていく。

 三回目は適当に地面に火を吐いて終了させる。

「本来は内臓類は綺麗に洗っておいた方がいいんだがな」

 高いレベルだったのか、短時間でもしっかりと火が中に通っていた。

 ゴミはメイド達にまとめさせて、完成した焼けた肉を霜の竜(フロスト・ドラゴン)達に与えた。

 顎(あご)が強いので骨ごと噛み砕く。

「骨は取った方が良かったか?」

「いやいや、美味い。ほほう、これはこれで……」

 素直に焼肉を食べる霜の竜(フロスト・ドラゴン)達。

 巨体を維持するには物足りないかもしれないが、多少は腹に入れておかないと飢えるかもしれない。

 少しの満腹感でも気持ちは落ち着くだろう。

 メイド達はゴミ掃除などの後始末をした後は消えていった。

 別のメイドは霜の竜(フロスト・ドラゴン)達の顔の汚れや口周りを拭いて行く。

 食事を終えた霜の竜(フロスト・ドラゴン)達は少しだけ静かにした後、翼を動かし始めた。

「人間め! 我らは生物の頂点! ドラゴンロード(竜王)達が貴様らに鉄槌を下すだろう!」

「……素直に帰ろうよ。この冒険者はメチャクチャ強いって……」

 相方の方は参ったようで、大人しかった。

 捨て台詞を言いながら二体の霜の竜(フロスト・ドラゴン)は飛び去っていった。

 長居しているとまた身体をバラバラにされるかもしれないから。

 深追いはせずにメイド達を下がらせるヤントラ。

 複製も火を通せば問題なく食べられるのかもしれないが、後の祭りだ。

 食用として牛も備蓄した方がいいのかもしれない。

 とにかく、施設には食料保管庫も居るだろう。

 竜(ドラゴン)相手は想定したくないのだが暴れられては困る。

 今の霜の竜(フロスト・ドラゴン)はレベル的には三十台も無いだろう。若い竜(ドラゴン)に遅れを取ることはない。

 大群で襲われていたら部位の採集は出来なかっただろう。それは少し安心した。

 それと話しは通じるようだから無理な殺生はしなくてよかったのかもしれない。

 あの二頭はしばらく人間社会には関わってこないだろう。

 牛を焼いたせいか、匂いにつられて野生動物が集まってきた。

 それらを蹴散らすように大型モンスターが姿を現す。

 獅子と山羊の二つの頭を持つ混合魔獣(キマイラ)。

 似たモンスターでは人食い獅子(マンティコア)と鵺(ぬえ)だ。一辺に出ると迷うかもしれない。

 数は少ないがバラエティーに富んだモンスターが出てくるな。

 威嚇しながら走ってくる混合魔獣(キマイラ)。あと、空も飛べるモンスターだが、脅威というほどではない。

 飼う事は出来ないのでさっさと駆逐する。

「あっ!」

 長大な武器なので結構可哀想な攻撃だと気づいた。

 普通のブロードソードにした方がいいだろう。目立つし。

 混合魔獣(キマイラ)がそれぞれ独立した動物の肉片として転がる頃、新たなモンスターが現れる。

 上空から舞い降りるのは青いローブを頭から被り、青い薔薇の模様が描かれた仮面を被るイビルアイ。

「……次のモンスターは君か……」

 と、言いながら剣を構えるヤントラ。

「ご主人。なんとなく言いたい事は分かるのだが……。剣は収めてくれ」

「立て続けにモンスターが来ていたからね。犠牲は今のところ居ないようだ」

「そのようだな。それよりも……竜(ドラゴン)の姿があったようだが……」

 聞くまでもないのだが、つい言葉に出してしまった。

 というより大地の一部が凍りついているのは竜(ドラゴン)の攻撃なのだろうか。

 他のモンスターはバラバラにされているようだし、牛を焼いたような美味しそうな匂いも残っている。

 どういう状況なのかさっぱり分からない。

「若い霜の竜(フロスト・ドラゴン)が来た。襲ってきたから返り討ちにして牛を焼いたものを食べさせて返したところだ」

「……うん。よく分からない」

 霜の竜(フロスト・ドラゴン)を撃退するのは予想の範囲だが、牛を食べさせて返すとは何なんだ。

 足元に転がるモンスターの残骸からは牛どころではない色々なことが気になる。

「戦いの邪魔はしないつもりだが、何か手伝えることはあるか?」

「兵士達の食事の用意や他のモンスターの襲撃が無いか見張るくらいだな。それにしても巨体用の食事も用意した方がいいようだな」

「なんで?」

 イビルアイは条件反射的に尋ねた。

「竜(ドラゴン)級は大きい方が話しが通じるから。何か食べさせたくても野菜炒めでは足りないだろう」

「メイドを食べさせるわけには行かないな。そんなことだと思うけれど……、ご主人。余裕があるんだな」

「モンスターが居ないと寂しいからね。つい、逃がしてしまう。甘いんだろう」

 これがゲームなら全滅させても再生成されるから気にならないのだが、この世界は再生成される保証が無い。

 増えるものは適度に搾取する程度でいいだろう。

 猛毒でも持っていない限りは。

「それよりイビルアイはどんな用で来たんだ? 私の様子を見に来たのか?」

「『ばばぁ(リグリット)』が姿を見せに来るかなと思ってな。こんな国境には来ないかもしれないが……。それから『朱の雫』が来てご主人とは交代するらしいぞ。というか、アズスに会うのは初めてか……」

「親戚として会っておかないとね」

 それからイビルアイは兵士達に撤退の意思を確認したり、食事の用意などを手伝うことにした。

 買い出しは近くの都市でできるのだが山岳方面からは色々なモンスターが現れるので仲間が心配だった。

 今まで出て来たモンスターを告げると飛竜(ワイバーン)と霜の竜(フロスト・ドラゴン)の降(くだ)りで吹き出すことになる。

 妖巨人(トロール)の扱い方も見事だ。

 魔法のみならず、モンスターの倒し方も熟知しているようだ。

 十体の巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)を一人で倒しきったところも苦笑するところだ。

 このモンスターは体液が猛毒なので倒すのに手間取ってしまう。

「……さすがご主人だ。根拠は無いが納得させてしまうものがあるようだな」

 飛竜(ワイバーン)と竜(ドラゴン)を殺さずに返したところは謎だが、理由があるのだろう。

 それからたくさんのメイドが何故か出て来た。

 それは荷物運び用だろう。話しから戦闘に参加させていないようだし。

 冒険者としては少し卑怯な気もするのだが、やる気の無い今の状態では注意しても仕方ないんだろう。

 兵士達の無事を見る限り、人間側にとって安全であればいいのかもしれない。

 あるいは巨体を持ち帰れないから諦めた、とも考えられる。

 『マグヌム・オプス』に竜(ドラゴン)が打ち捨てられているんだろうな、とイビルアイは少し呆れつつ思った。

 確認するのが少し怖い。それはこの身となってから感じるようになった。

 自分はまだ怖いものがあるようだ。

 十メートルほどの『黒い仔山羊』を入れなかったのだから、外で保管するのだろうか。

 ヤントラの行動はアインズすら呆れさせる。

 自分は時々、どちらの味方なのだろうかと疑問に思うことがある。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 兵士の移動が激しくなる頃に物資の移動をイビルアイも手伝っていた。

 空からやってくるモンスターを打ち落としたりしながら交代の兵士を先導する。

 元々モンスターの出現率が高い地域なので静かになることが少ない。

 竜(ドラゴン)は来なくなったが飛竜(ワイバーン)と竜蛇(ワーム)が姿を見せに来る。

 どこかに竜(ドラゴン)種の住処があるようだ。

 それと巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)が二匹出て来た。

「数は少ないけれど色々と出てきますね」

「そうですね。凶暴なものは少ないんですが……。繁殖期にかちあったのかな?」

 イビルアイが兵士達を先導して数分後にはモンスターが死体になっているという。

 確実に致命傷を負わせているようで戦闘時間が短い。

「そんなに弱いモンスターではないと思うのだが……」

 ヤントラが強すぎるのだろう。

 戦士職ではアインズも実力を認めているくらいだ。

 これでは竜(ドラゴン)くらいしか苦戦できそうな相手は居ないかもしれない。それもドラゴンロード(竜王)クラスだ。

 攻撃は凄いが防御が低い。

「それにしてもあの冒険者……、強いっすね」

「なんで一人なんだろう……」

 一人で冒険してきたから、とは聞いていた。だが、今は仲間は一応は居る。

 アダマンタイト級と人殺しと気弱な森妖精(エルフ)が。

 名前だけ置いているが冒険者を引退しているラキュースも。

 だが彼女は悪魔相手に成すすべが無い。

 悪魔と言っても物凄い強い悪魔だが。

 普通の女淫魔(サキュバス)では不快感がある程度だが、アルベドの側には無防備では数分も立っていられない。

「ご主人は仲間は作らないのだな。居ることは居るのだが……」

 と、イビルアイはヤントラに尋ねてみた。

 不毛な気もする質問だとイビルアイ自身が思った。

「一緒に楽しく過ごせれば仲間というこだわりはないですからね。他人の生活に干渉したくない、というのもあったのかも。結婚したところでラキュースや君たちを自由にするようなものだよ」

 一人で旅をしたいわけではなく、誰かが側に居ればそれで満足するのだろう。

 イビルアイがヤントラの様子を見るように。

 強制的なことが嫌いなのか、苦手なのか。

 はた目からは寂しいように見えたりする。

 一緒に冒険しよう。ではなく、相手の都合が良ければ手伝う程度。無理に誘うことはしない。

 最初はそうでなかったからこそラキュースを手に入れたのだろう。

 思惑が崩れて今の状態に至る。

 では、本来はどういう道を歩んでいたのだろうか。

 今更蒸し返してもやり直せはしない。それは自分の身が人間であったなら、と思うのと一緒だ。

 数十分後には妖巨人(トロール)が数体出てくる。

 再生力の強いモンスターだからイビルアイは魔法でどう倒そうか思案した。

「〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉!」

 ヤントラの側をかすめるように魔法が飛んでいき、妖巨人(トロール)の一体に命中する。

「ああ、ご主人の仕事の邪魔になるな。申し訳ない」

「いいよいいよ。こっちも派手な武器で頑張ろうか」

 鞘に収まった大剣を取り出し、鞘から引き抜く。

 赤い刀身の『炎剣キリネイラム』だ。

 魔剣キリネイラムを参考に作らせた炎の大剣。魔力を込めれば炎のエネルギーを放射することが出来る。

 ヤントラは軽く魔力を込めると炎が刀身を包み込み赤熱化する。それを奮えば炎の軌跡が現れる。

 駆け出し、妖巨人(トロール)を切り裂くと炎が時間差で燃え上がる。

 イビルアイは幻想的な攻撃に少しばかり見惚れた。

 離れた妖巨人(トロール)に剣を向けて炎を吹き付ければ、そのまま妖巨人(トロール)は炎上して倒れこむ。

「ん~、派手すぎるな」

 全ての妖巨人(トロール)を倒した後、派手な武器は仕舞うことにした。どの道、魔法を使うなら地味で充分だと判断する。

 派手さをアピールする気は無い。では、なぜ派手な攻撃をしたのだろう、と自問自答する。

 辺りに肉のこげる匂いが立ち込めて、更にモンスターが現れ始める。

 現れるモンスターは弱い部類なので兵士達にも充分に対応できる。

 妖巨人(トロール)から人食い大鬼(オーガ)に変わり、山岳特有の動物達が集まってくる。

 散発的な出現が普通で大部隊というほどの数では襲ってこない。

 そうして昼ごろには昼食が始まる。

 評議国と戦争していないのに最前線のような様相にイビルアイは少し笑ってしまう。

 都市周辺ではモンスターの出現頻度が低いので、少し羨ましいと思った。

 ヤントラは兵士達に食事を振舞った後、待機の為の部屋で一息つく。昨日から連戦で魔力の回復もしておかなければならない。

 程よい忙しさは嫌いではない。

 数分後には眠りに陥っていた。

「……眠っているのか?」

 イビルアイは彼の頬に触れたが静かな吐息だけ聞こえて目覚めなかった。

 通常なら苛烈な戦闘と言われてもおかしくないところだが、ヤントラの場合はようやく冒険者らしくモンスター退治が出来て、満足したので疲れて眠った印象がある。

 

 二時間後にヤントラが目覚める頃、兵士達がボロボロになっていてイビルアイも身なりが汚くなっていた。

「どうした?」

「い、いや……。巨人(ジャイアント)が大挙して襲ってきたから撃退したところだ」

 巨人(ジャイアント)と言っても様々な種類が混じった混成部隊と言ったところで、他にも人食い大鬼(オーガ)や狼系のモンスターも襲ってきた。

 兵士達を守りながら戦ったので防具が少し汚れてしまったようだ。

 それでも犠牲者を出さずに済んだのは助っ人が来たからだとか。

 リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者『朱の雫』の二人。

 チーム名の由来となっている赤い鎧は竜(ドラゴン)を模した重厚なもので火に対する耐性が強い。

 あと髪の毛も赤く染めている。この人物はルイセンベルグ・アルベリオンという。

 もう一人は魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではあるが魔力系と信仰系を第四位階まで扱えるラキュースの叔父、アズス・アインドラ。

「銀プレートが暢気に昼寝か……」

 厳つい剣士はヤントラを一瞥して言った。

 ルイセンベルグは背中に大剣。腰にもブロードソードと思しき武器を下げている。対するアズスも帯刀はしていたが魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしい杖を持っていた。

 それは魔力が込められた宝石が先端についた魔法金属で出来た杖。

 アズスの防具は軽装鎧風で二人共に外套をまとっていた。

「この方は昨日から今まで一人でモンスターを倒してきたので……。少し休憩をしてもらっていたのです」

「我々の食事の用意もしてくれたので、そろそろ休ませないといけないと……」

「命がかかっているのにか?」

 ルイセンベルグの厳しい言葉にイビルアイは身を乗り出す。

「お言葉だが……。戦士にも休息は必要だ。竜(ドラゴン)以外は我々でも対処できる。だから、犠牲者が居ないんだ。犠牲が出ていれば文句は言わん」

「犠牲が出るようであれば起こしてくれても良かったのだが……」

「銀プレートは警備任務が中心だ。あまりモンスターを倒しすぎると飛び級にされかねんぞ」

 イビルアイの言葉にヤントラは少しだけ唸った。

 今回の仕事は昇進には関係ないが、目立つこともあまり好きではない。

 だからといって無駄に手を抜くことも出来ない。

「それと、こちらがラキュースの叔父だ。アズス殿。彼がラキュースの夫のヤントラだ」

 口ひげの生えた中年の顔にはヤントラがひ弱そうな冒険者にしか見えなかった。

 伝え聞いたところによれば変態で姪を手篭(てご)めにした挙句に孕ませた、などといかがわしい噂が絶えない。

 実際にラキュースの子供を見せてもらった時は血の気が引いたものだ。

 可愛かった姪の姿が陵辱の限りを受けた後のような痛々しい姿に変えられたようで。

 なので、勢いに任せてヤントラを殴りつける。

「この変態野郎!」

「ちょっ! アズス殿!?」

 狭い室内で中年が暴れだしたのでイビルアイと兵士達でアズスを取り押さえる。

「初対面にいきなり殴られるとは……」

 姪の今までの人生を聞けば殺したくなるかもしれないが、イビルアイはとにかくアズスを宥めた。

 世界の命運がかかった戦いが続いたので妥協せざるを得なかったわけだが、それでも国の為に尽くしたラキュースの為にも拳は収めさせた。

「開口一番に殴りつけるのは……」

「イビルアイ。この変態は滅ぼすべきではないのか?」

 兵士達の間に『変態』という言葉が飛び交う。

 こうして世界に変な噂が広まったのだなと不思議と納得してしまった。

「その判断はラキュースがすればいい。我々は見守るだけだ」

 ここ最近は家族で食事をしたり、子供の面倒も見るようにしている。

 研究一筋という路線から外れて家族との触れ合いも増やしているようだ。

 精神的な安定が必要なのだろう。

「ご主人は何か言いたい事はあるのか?」

「弁明することは無いよ。それぞれの想像通りだ」

 言い訳してほしい気持ちはイビルアイにはあるのだが、潔(いさぎよ)い性格をしている。

 とはいえ、いつまでも諍いを続けるわけには行かない。打ち漏らしたモンスターが仲間を呼んでくるかもしれないから。

「アズス殿。この議論は虚しい。過ぎてしまった時は戻せないのだ」

「わ、分かっている!」

 ルイセンベルグはヤントラの胸倉をつかんで外に放り投げる。

 意外と身体が軽いことにルイセンベルグは疑問に思った。

 戦士職なら筋肉も付いて重い装備をしているものだと思っていたから。

 軽戦士(フェンサー)などでも重量はある方だ。

 疑問はあったが仕事はしてもらう。ルイセンベルグの目には熱い炎が揺らめいている。

 二時間の休息でも大丈夫なのか、イビルアイは心配になったが仕方ない。

 アダマンタイト級の戦士は厳しいのだから。

「……そういえば、聞いていなかったが奴のクラスは何なんだ? 戦士か?」

「暗殺者(アサシン)などの盗賊(ローグ)系と信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)。……そういえば信仰系は聖職者(クレリック)なのか?」

 アンデッドを退散させる聖印などは見た事が無い。叩き潰す方だからかもしれないけれど。

「戦闘聖職者(バトル・クレリック)。治療師(ヒーラー)。後は……ラキュースに似たものばかりですよ」

「神殿騎士(テンプラー)もか。錬金術師(アルケミスト)に……、多岐に渡るのだな」

 多岐に渡るようにクラスを得ている。

 平均的な強さと言うわけではない。

 世界王者(ワールドチャンピオン)を無課金で倒す為に選び抜いた、とは言いがたいがまだまだ改善の余地は残っている。特に上級職。

 今は創作系に傾きかけているが最強種が現れても対応できるクラスに調整している。

 このまま退屈しなければ変更の可能性はある。

 アイテム使いからメイド使いになっている。

「……なんてことだ……。敵襲っ! 赤帽子の小鬼(レッドキャップ)! 数は二!」

「はっ? この辺りに奴が出るのか!?」

「天然の赤帽子の小鬼(レッドキャップ)か……。持って帰ろうかな」

 暢気に首を動かすヤントラにイビルアイは苦笑する。

「撤退の準備を!」

 ルイセンベルグは命じるがイビルアイは物陰に控えるように命令しなおす。

「私も随分と強くなった。赤帽子の小鬼(レッドキャップ)に遅れは取らない」

「なに言ってるんだ。相手は凶悪なゴブリン(レッドキャップ)だぞ」

「ご主人が倒されるようであれば撤退してもいい」

 自信満々に行った後であっさりヤントラが倒されたら笑うしかないだろう。

 敵モンスターは武器を携帯しつつ物凄いすばやさで駆けてくる。その後方から巨人(ジャイアント)が数体、姿を現す。

 赤帽子の小鬼(レッドキャップ)の一体が脇に逸れていくがヤントラがすぐに『魔法の矢(マジック・アロー)』で牽制する。

「あの野郎! 余計な刺激を!」

 アズスは魔法の準備を整えつつ兵士達を下がらせる。

 無抵抗の赤帽子の小鬼(レッドキャップ)と戦いすぎたせいもあり、本来の動きは少しだけ驚いたが今のイビルアイには捉えられないほどではなかった。

 ただ、魔法を当てられる自身は、ない。

 ヤントラは何がしかの魔法を使ったようだがブロードソードを軽く振る程度でモンスターが来るのを待っていた。

 そして、手斧(ちょうな)を持つ赤帽子の小鬼(レッドキャップ)達がヤントラに飛び掛る。

 剣で攻撃するものと思っていたが武器は落とし、代わりに棘付きガントレットで二匹まとめて殴り飛ばした。

 それだけで赤帽子の小鬼(レッドキャップ)は沈黙する。

 

 一撃。

 

 それからまだ生きている方の赤帽子の小鬼(レッドキャップ)の首を切り飛ばして胴体を詰め所の方に投げ込んでおく。

「なんだ? 俺たちに止めを刺せってことか?」

「……いや、あれは持ち帰る為の身体だ。既に再生が始まっているのが分かるか?」

 首の無い赤帽子の小鬼(レッドキャップ)の身体に異変が起きていた。

 切り口から肉が盛り上がり、僅かに微動している。

「再生する赤帽子の小鬼(レッドキャップ)!?」

「治癒の魔法をかけたからだ。あれがご主人の恐ろしい技だ」

 どんどん頭部が形成されていく。その間に先ほど首だけにした方も再生が始まっていた。

 巨人(ジャイアント)達が来るまで再生を眺めている。

 身体が小さいので全体的に出来上がるころに手足を落として軽度の治癒魔法をかけ、スティレットを取り出して頭部に触れさせる。

 暴れたところで問題が無さそうだと判断し、詰め所の方に置いておく。

「警備の仕事のはずがモンスター退治に変わるとは……」

 見たところ女体モンスターは巨人(ジャイアント)くらいだが、全て倒すことにした。

 外套と仮面を被り、軽く伸びをした後で駆け出す。

 すぐに攻撃するものと思っていたイビルアイ達だったがヤントラは相手のそばまで行った後で話しかけたようだ。

 メスの巨人(ジャイアント)が二体。オスの巨人(ジャイアント)が二体の四体。

 その後の交渉が決裂したのか、殴りかかられた。

 あとは遠めだが巨人(ジャイアント)達は身体をバラバラにされて地面に転がる場面が見えた。それが一分も経たないうちの出来事だった。

 戻りかけると人食い大鬼(オーガ)が一体だけ詰め所方面にかけてくるがイビルアイは〈雷撃(ライトニング)〉で撃破する。

 ヤントラが詰め所に戻る頃に物凄い勢いで滑空するモンスターが突撃してきた。それは見張り役の兵士でも視認できなかった。

 まばゆい光に包まれた天使。

 輪を描くような陣形で襲い掛かってくる。

「これは珍しい」

 ヤントラは素早く剣を構えて突撃するモンスターの猛攻に対処する。

 イビルアイもルイセンベルグ達も見たことの無いモンスター。というか眩しくて全体像がよく見えないのだが複数居て、剣や槍、盾などを装備しているようだ。

 目が慣れてくると分かるのだが背に白い翼が生えているようだ。

 レベル50後半のレアモンスター。

 『戦乙女(ワルキューレ)』という天使に似た人型のモンスターだ。

 人間であり森妖精(エルフ)の時もあり、種族はまちまちだがはっきりしている事は全て女性であること。

 超位魔法『指輪の戦乙女たち(ニーベルング)』で呼び出すことも出来る。

 この超位魔法は複数存在し、最終的には九体まで呼び出せる。

「全部、逃がさん」

 イビルアイの方向にヤントラは『魔法の矢(マジック・アロー)』を打ち込んできた。

 てっきり狙ってきたのかと思ってイビルアイは驚いたが、すぐに違う驚きに変わる。

 複数のメイドが姿を見せて物騒この上ない容器の準備を整えている。

「なんだ、この子達は?」

「……ご主人のお抱えメイドだ。どうやら、あのモンスターを全て捕らえるようだ」

 ヤントラにとって女体モンスターは格好の獲物だ。逃がさないだろう。

 イビルアイは少しだけ戦乙女(ワルキューレ)達が気の毒に思えた。

 

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