ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
長い熟考の後、ラキュースは軽く深呼吸する。
「月には連れて行ってよ。戦士として死ぬことが
「苛酷な環境だし、行ける保証はないよ」
「たとえ……。途中で死ぬことになっても……、亡骸だけでも側に置いてほしい」
アンデッドは嫌なので保存容器の中でも構わない。
活動をとめる魔法でなら亡骸のまま保存できると聞いた覚えがある。
「……永遠の牢獄というのは辛いと思うけれど……」
「出来るだけ配慮しよう。勝手に居なくなったりはしないよ。ほら、手紙も書くようにしているし」
「それでも心配してしまうの」
冒険に連れて行かないのはかなり厄介な敵が現れた時に守ってやれないから、というのがある。
イビルアイですら強敵と言うモンスターならば足手まといになる可能性が高い。
使い捨ての駒はメイド達だけ。
普通の支配者とは違うのだろう。
ラキュースは話しを切り上げて自らの頭部が入った包みを持ち帰ろうとしたが保存液に入れた方が安心かもしれないと思い、小さな容器に入れてもらった。
それを早速、ラナー王女のところに持っていった。
驚くかと思っていたが冷静に生首を観察するラナー。ただ、クライムと従者達は驚いていた。
「罪人の首よ。晒し首にするなり、好きにしても構わないわ」
「こんな綺麗なラキュースを腐らせるのはもったいないですわ。大切に保管してあげますよ」
容器に入っている首は苦しんで死んだ顔ではなくただ眠っているようにしか見えない。
「しかし、複製に精神は宿らないと聞いたのですが……」
伝え聞いた話しを聞いては見たものの信じられなかった。
胴体に宿らせる為に頭部をすぐ死なせたのかもしれない。だが、精神はそんなに簡単に移るものだろうか。
思い込みのせいかもしれないけれど、頭部にしか精神は残っていないと思っていた。
色々と予測は立てられるのだが、おそらくヤントラ当人も考えてはいるのだろう。
「頭と心臓のどちらかが無事なら精神は無事な方に宿るそうよ。今回は頭部に低位の治癒魔法しかかけなかった、からだとか」
「そんなに単純だとは思えませんが……」
神秘の魔法はラナーでも不可思議だと思わせる。
二人で生首を触りながら話し合う姿は異様に映っていたが本人たちは楽しそうにしていた。
夜な夜な目蓋を開いて恨み
「身体にも記憶が宿っているものらしいわ。基本的には
難しい理屈は分からないし、ヤントラも実験段階だから詳しくは分からない。
ただ、あくまで推論に過ぎない。
元となる肉体、主に脳が生存している場合、それ以外には精神は宿らない。
特殊なアイテムならば精神を色々な肉体に移すことが可能である。
では、頭部と胴体を分割し、先に頭部が死んだ場合はどうなるだろうか。
複製に精神は宿らない。だが、片方が死んでしまった場合は残った身体が代理を務めるのだろうか。
普通に考えればそうなるのだが、本体を始末した後の複製から複製を作る事に矛盾が生じてしまう。
仮設の段階だがオリジナルが生存している限り、複製の複製には精神は宿らない。
そして、それで作った複製はオリジナルが死んだとしても精神は宿らない。というか、何故、宿らないのだろうか。
魂と言う概念は不可思議なものだ。魔法と同じように。
重要なのはオリジナルの身体。
精神が宿っている方がオリジナル。それ以外は複製。
特殊な魔法の条件を満たしていれば複製に精神が宿る。
そのいくつかの『条件』を満たせば頭部を失っても復活できる可能性があるということだろう。
仮に失敗したとしても『
複製で宿らない精神も『
「何なのかしら……。魂は分割出来ないってことかも」
魂と肉体は別個の概念かもしれない。一緒に考えていると混乱するような気がしてきた。
「分割できそうですけどね」
実際に頭部は死んでいる。それは確実だ。
色々な疑問はあるが下手な実験は身を滅ぼすのだろう。それは便利な魔法であっても知りたくないデメリットかもしれない。
ラナーは縦に真っ二つにした場合はどうなるのだろうか、という疑問が浮かんだ。
あくる日にンフィーレアに以前から頼んでいた調査を無駄にしたことをヤントラは詫びた。
想像絶する方法には驚いたが、ポーションの研究はこれまで通り続けられるので文句は出なかった。
悪魔の波動を打ち消す方法が見つからなかったのも事実だ。
ただ、他の人間の為になるかもしれないので研究だけは挑戦することを伝えた。施設に居る悪魔達の協力を得られるように命令を与えておいた。
「それはいいんですけどね。……それだけですか?」
「うん。君の研究全てを台無しにしたいとは思っていないよ」
販売や交渉ごとをンフィーレアに任せている。それは素直にありがたいと思っていた。
「うまく行かないこともありますよね。でも、解決してよかった」
「失敗が多いから私でも心配したよ」
方法が誰にも真似出来そうにないし、安全策を考えていたら何年も経過しそうだ。
手っ取り早いのだが、それはとても恐ろしい方法で結果が不鮮明。
普通の人間は挑戦すら出来ないだろう。
倫理観のある人間と無い人間の差かもしれない。
それはそれでンフィーレアの探究心に触れるものがある。
エンリの手前、おぞましい実験は出来ないけれど。
「それと
「広い空間ですからね。一緒で構わないかと……。開発系ならお互い意見交換も出来ると思いますし。イビルアイさんは魔法開発に長けているんですよね? 僕は構いませんよ」
「……私も随分と秘密が無くなったものだな……」
一人で使う宝物庫を他人に使わせている事態。
孤独は寂しいから様々な人に使わせて実験していたんだっけ、と思い出す。
これが自宅なら普通は不法侵入のような気がする。
「私にも敵が居た方が……。しつこい敵は嫌いだな……」
「この施設は一人で研究する為に作ったんでしょうか?」
「その方が迷惑がかからないからね。邪魔されずに研究する施設……」
「あらら」
「店の経営は私が供給を止めると立ち行かなくなると思うのだが……。それは大丈夫かな?」
「道具類を残してくれればなんとかなりますよ」
元気な返答にヤントラは苦笑する。
「……千年分の在庫は置いておこう……。ん……、二百年くらいが限界かな?」
「ありがとうございます。お礼は必ず致しますよ。無限に生産できると言っても無限に使えるわけではありません。日持ちしないものは腐るだけです」
羊皮紙も代替品が現れると用なしになる可能性がある。
ヤントラが生産できる量は膨大ではあるが二年で消化しきれそうだ。
この施設は生産工場ではなく、あくまで可能性の実験場だ。
食料も大規模農園に劣る。
数百年の未来を想定しているのかもしれないけれど、まだ世界は受容できる範囲に治まっている。
「前向きな意見はありがたいね」
ンフィーレアに感謝しつつ施設内を点検していく。
大部屋以外は立ち入り禁止にしてンフィーレアにはメイドの扱い方を色々と教えておく。
入れ替えることもあるので特定のメイドに固執しないように言いつける。
愛玩動物のように扱うと後々、辛くなる。
イビルアイに手紙を送り、後は増産体制だ。
意味も無く増やした容器が目立つ七の宝物庫の地下二階。
人間の国が滅んでも世界としては困らないのかもしれない。
全人口の千分の一にも満たないだろう。
使い道に困る悪魔なども居るし、これらはどうすればいいだろうか。
考えても仕方が無いのでアイテム整理をしておく。
武具は問題ないのだが素材や本を収蔵する部屋を用意しなければならない。
一の宝物庫はまだ空きがあるので種類別に収容していく。
ベッド類は六の宝物庫に移動させてンフィーレア達に使わせることにした。
空室の分は
それから数日後にンフィーレアとしばらく姿を見せなかったエンリが施設に訪れた。
「とうとう生まれましたよ」
と、待望の赤子をヤントラに見せる。
頭が二つあったりはしなかったが、健康そうな男の子だった。
「おめでとう。子沢山で実はまだ十人ほど控えていたりはしないのかな?」
「……そこまでは……。とにかく、名前はこれから考えますが、元気に育ってくれることを望みます」
「世界が混沌として憎しみを持つような子になったらダメだぞ」
と、赤子に言うヤントラ。
「そうですね。……極端ではありますけど」
エンリは苦笑する。
子供に地下施設を見せても仕方が無いので地上の実験農園の様子を見せていく。
果物類を豊富に生産し、食糧の備蓄も始めた。
全ての人間に『
なので調理と食事はするように心がけている。
エンリもその辺りは理解出来たので納得した。
多少の不便さが人間を強くする。
「人任せにしているのも悪い気はするよ」
「ここはヤントラさんの土地ですものね。でも、大切に使わせていただきます」
ヤントラの私有地なので個人的に使う分には何も問題は無い。
一人で寂しくてもエンリ達が文句を言う権利はない。
それでも心配だから手伝いたいと思ってしまう。
半分はンフィーレア達のためもあるだろう。
「ンフィーレア君に異種交配の実験をしてもらおうか」
「……それは父親としてダメな気がしますよ」
「仮の話しとして、亜人と異形は人間と交配できるものですか?」
例えの話しとしてンフィーレアは言い、エンリも少し興味があったので頷く。
「出来るものと出来ない者が居る。まず、アンデッドは普通は不可能だ。特殊な方法があるのだが、交配とは呼べない。体温の低い、または高いモンスター。無機物。
「
「様々な条件があるんだろう」
エンリ達に椅子を勧めておく。
「
「……全てを試す光景は見たくないですね……」
エンリにはおぞましい乱交の宴のような気がした。
「今回は神クラスのモンスターが手に入った。こちらは同じ種族だと子供が出来るらしいのだが……、こちらは原理が分からないのだが装備一式が付属してくる」
「はっ? 装備って……?」
「まだ全ては確認していないが、子供が生まれた後でポンと成人になる。その時に装備一式がまとわれているという……、うまく説明が出来ないのだが……。赤ちゃんから成長して成人に……、という段階過程を吹き飛ばすらしい。種族として与えられた命令のみをもって知識を得る、ような感じだ」
自分で言っててよく分からない、とヤントラは続けた。
エンリも理解できなかった。
「本当に赤子から一気に成人になるってことですか?」
「らしいね。捕まえた神々は全て成人、または成長限界に達している。どういう身体をしているんだか……」
異種交配ならば種族的に混ざる気がするのだが、そういう個体は見当たらない。
それはまだ未確認だから、ということもあるだろう。
「基本は両親のどちらかが生まれる。混ざらない、のかもしれない。人間型だからかもしれないがゲイ・ボルグを持った
混ざるか、混ざらないかはまだ調査中なので確定はしていない。
処女の神は性行為によって処女性を失う気がするのだが、高速治癒などが働いて簡単に治ってしまうのかもしれない。
神の処女は安っぽいってことだろうか。
「現場に亜人などが居ないから、色んな種族で試したら気持ち悪い神が生まれるかもしれない」
総じて神や英雄は強者だ。亜人などに手篭めにされにくいだろう。
「……いかがわしい実験ですね」
「生物として生まれたなら子孫が生まれるのか気になるものだよ。私の戦力は真蒼の薔薇や君たちで充分だ」
「メイド達は?」
「管理要因。おぞましさに耐えられる人間が居るならいいが……。単純作業に耐えられるとは思えない」
単純作業。
それはエンリ達も体験したもっとも過酷な労働だ。
普通の人間には勤まらないかもしれない。
「ンフィーレア君達にさせているアイテム生産や設計くらいしかさせてあげられない」
「なるほどー。確かに出来ない仕事ってありますよね」
エンリは農場の様子や意見を出すことは出来る。
ただ、それを永遠に出来るかと言うと不可能と答える。
同じことの繰り返しより、新しいことに挑戦したいと思う気持ちがある。
働く意欲を育てるのも立派な仕事だろう。
「交配はおいといて、エンリ達は気になるモンスターは居るのか? 近くで触りたいとか」
「
「短時間なら平気だが。冷気対策は必須だよ。簡単なところではガントレットなどを装備するとか。極端な極低温と言うわけではないけれど、けっこう冷たくなる」
エンリ達を
簡易的な浴槽に複数体が沈んでいる。
保存液は
逆に火属性のモンスターに対しても蒸発はしない。
「これでもまだ若い
「
「……色んなモンスターを捕まえてきますよね」
「
重量などの制限がとても気になってしまう。
大量に入手していないうちはまだ保管に余裕がある。
「モンスターを近くで研究することは出来ないんだから、この施設は凄いんだよ」
「普通は倒してしまうことが多いからね」
「エンリにとっては身体を裂いて肉を食らう絵面が浮かんでいそうだね」
「弱肉強食ですから」
「ンフィーレア君に変なものは食べさせていないよ。身体を悪くされては困るからね。基本的に施設の設計くらいしかさせて居ない」
それは何度も聞いているので知ってはいるがエンリはそれでも夫であるンフィーレアが普段はどんなことをしているのか心配だった。
村のこともあるし、今は子供の面倒も見なければならない。
出来るだけ休みを取ってンフィーレアの活動実態を把握したかった。
「ヤントラさん自体は変態なんでしょうけれど、ンフィーは仕事は真面目にしているようね」
「もちろんだよ」
「……でも、我慢ができない時は
「お許しが出たぞ、ンフィーレア君」
「ええっ!?」
「愛情はエンリ達に注げば良い。こちらは淡々と実験だと思えば良いのでは? さすがに気持ち悪いモンスターをあてがったりしないぞ。あと、身体が悪くなりそうなのは……」
エンリが目に炎を宿したような怒りをヤントラに向けてくる。
うちの夫に何かがあれば許さない。そんな感情が伝わってきた。
「精力が有り余っている若者の知り合いはいるのかな、エンリ?」
「……う~ん。兵士や騎士達にやらせればいいんじゃないですか?」
既婚者はもちろん除外する。
色々とエンリに許しをもらい、女体モンスターを調べてもいい事になった。
さっそく
生態よりは彼女の出す糸に興味があった。
人間の身体に似た部分は人間種とあまり差はなく、悪魔達のように青だったり黒かったりする肌を調べた。
見た目は可愛いけれど人間を食べる生物だ。
食べる、というか食べる事が出来る。ただ、人間しか食べないわけではない。
子孫を残そうとする年頃の
ただ、人間を食べることが出来る。
食べても病気にならないと言う意味では立派な異形種と言えるだろう。
「調査も良いが、部屋の区分けも頼むよ」
「はい」
その後、イビルアイを入れて部屋の使用方法について話し合わせた。
数日後に仕切り壁を設置することにした。
理由としては外部流出を防ぐためと思っていたが、そうではなく出来るだけ互いの研究の邪魔をしないようにするためだと言ってきた。
不測の事態に備えてのものなのでヤントラは文句は言わなかった。
ンフィーレアには地上の農園の様子も見てもらうことにした。
手ごわい敵が現れない時期にクレマンティーヌが姿を現す。
城で活動を続けていたが少し運動がしたいというので女神
「槍使いだが、手ごわいよ」
「了解。死なないように頑張るよ」
剣での戦闘が多かったので槍は少し新鮮だった。
武技を使ってこないけれど一撃は早く、重かった。
小さな傷は高速治癒によって治ってしまうので倒しにくい相手だとうかがった。
「うわっ、うわっ。本当に強い」
「英雄の師匠だからね。即死耐性もあるから一撃では死なないよ。首や心臓をちょっと傷つけたくらいではびくともしない」
「……わー、大変そう……」
対人戦闘なら急所を狙えば早いのだが、それが無い相手となると時間はかかるし、苦戦は必至。
ダメージ量が少なければ延々と回復されてしまう。
クレマンティーヌにとっては相性の悪い相手だ。
それでも歯ごたえのある敵だ。段々と楽しくなる。しかも、相手に配慮しなくて良い。
どこを狙っても良いのだから。
回復役のメイドを置き、三十分ごとの休憩を挟んで適度に戦ってもらう。
その間にアイテム増産に入る。
帝国側に向かい、他の
やたらと強いモンスターが出る辺りが可能性としては高いのだが、それを見つけるのは難しい。
帝国側だからと言って全く違うモンスターが現れることは無く、
複数のメイド達に命令して施設に戻り、クレマンティーヌの様子を窺う。
レベル差が開いているとはいえ善戦しているようだ。
武技などを使い、しっかり動きについていっている。
戦士の
武器の長さでは槍を持つ
足元にはクレマンティーヌの肉片が無数に散らばっていた。
メイドに治癒を頼んでいたとはいえ、手ひどくやられていたようだ。
「歯ごたえのある相手が居る方が張り合いがあるだろう? あまりに強くなると退屈してしまうからな。あと、変な敵が止め処も無く出てくるかもしれない」
「ははっ。まあ、一理あるよね。でも、だいぶ動きになれたよ」
「スティレットでは倒せないだろう?」
「ああ、これはこのままでいいの。技を磨くのが目的。倒すのは二の次。ちゃんと治癒も受けて頑張っているよ」
「技術にはうといが、ほどほどにな」
「うん」
メイドの魔力回復役を置いて、施設内を点検する。
ナザリックであれば部下やメイドに任せるところだが、こちらのメイドは何をどう点検しているのか分からない。
そもそも彼女達に『異常』が理解出来るのかが不明だ。
あくる日、実際にナザリックのメイド達の仕事を見学する。
「監視と言うわけじゃないから普段どおりで良いよ」
「はい」
それでも緊張するのだろう。手が少し震えていた。
普段は至高の存在に見つめられながら作業はしない。
一つミスをすれば自害、という選択が選ばれてしまうのではないかと言うほどだ。
「例えば……」
「あ、はい」
急に声を出したのでメイドがびっくりしたようだ。それでもヤントラは構わず言葉を続ける。
「部屋にゴミや得体の知れないモンスターが居た場合はどうするんだ?」
「ゴミは捨てますね。モンスターは対処できない場合は応援や意見を貰います」
「それは命令か? 自分の意思か? 少し意地悪な質問かもしれないが……」
「命令……ですね。自分で判断できるものは自分の意思が関わるかもしれません」
与えられた命令以外の言葉に柔軟に対応するメイド。
それが自分のところでどう与えてやれば良いのか、悩みどころだった。
「急に椅子が二つあった場合は取り除くのか? もちろん命令以外の事態だった場合だ」
「部屋の構造に変化を付ける場合は事前にメイド長などに尋ねますね」
作業自体は正確に淡々と進められる。
単純作業の繰り返しだが、彼女たちの最大の特徴は『ゲシュタルト崩壊』が起きない事だ。
おそらく百年も寸分の狂い無く作業を続けられるだろう。
肉体的な異常が現れない限りは永遠かもしれない。
例えば意地悪で足を掴んでみる。それとは別にスカートをめくる、という選択肢は選ばなかった。
「ひゃ!?」
「この場合はどうするのかな?」
「えと……、あの……。手を離してください、とお願いするでしょう」
「作業は止めるのか?」
「作業が出来ませんので、止めるしかありません」
「メイドでも作業は止めるか……」
「……はい」
「では、もう少し意地悪なこととして腕を落としたとする。部屋は血まみれになるかもしれない。その場合は作業を続けるのか? 逃げるのか?」
露骨に嫌そうな顔になり、涙目になってくる。
「作業が……出来なくなりますので……。逃げるというか……、助けを呼びます」
ヤントラはメイドの足から手を離し、椅子を出して座らせる。
「うちのメイドは君たちのような柔軟なことは出来ない。今言った腕を落とした場合でも作業は続けるだろう。部屋を汚し続けた後にきっと死ぬね」
「そ、そうなのですか」
「命令は絶対だ。出来ない場合の対処を与え忘れれば腕が無くとも掃除を続けようとする」
「……それは……凄いですね」
「使い捨ての人形ならそれで良いのだろう。だが、面白くない。話し相手にならない」
「えっ?」
「自分で与えた回答を自分で聞くようなものだ。一人芝居と言っても良いだろう。たくさんのメイドが居ても孤独に感じるよ」
ヤントラが寂しそうな顔になった事をメイドはすぐに気がついた。
相手の表情の変化に気付くメイドは感心する。羨ましいと思う。
『マグヌム・オプス』に居るメイド達にも自分の意思を持ってもらいたいとは思っている。
ただ、今は不安要素が多くて臆病になっている気がする。
折角構築した施設が破壊されるのではと。
「うちの施設はメイドではなく監視要員が居れば充分なんだが……。君達の方が信用できるように感じてしまって……、羨ましく思っているよ」
「わぁ……。それは誉めていらっしゃる、ということでよろしいのでしょうか?」
「うん。嫉妬を覚えるくらいにね。仕事の正確さより、明るい雰囲気を感じさせる。以前、君たちより複製を頂いたが、性格までは貰えなかった。いや、性格の書類はあるんだ。あるんだけど……、それは君達のコピー品に過ぎないって気持ちがあって……」
「えっと、複製よりオリジナルの方が安心できる、ということでしょうか?」
「
そして、不思議と話しやすいし、話していると安心してくる。
複製には出来ない何かがオリジナルにはあるんだろう。
それは欲しくても手に入らないものかもしれない。
「今使っているメイドはナザリックなどは関係の無いモンスター種が中心だ。そういえば、厄介な敵が居たのだがナザリック周辺に人型で凄く強い敵が出たとかは話題に出たか?」
「いいえ。ナザリックは至って平穏です。地上の都市造りのお話しも耳に入ってきますが、特に問題は無いようです」
「そうか。そうそう、仕事を中断させて悪かったね。見学は続けさせてもらうけれど、痛いことは無しだ」
「はい。私の仕事ぶりに何か違和感があれば遠慮なく尋ねてくださいませ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
情報共有も許し、他のメイドからも似たようなことを尋ねていく。
人間種特有の倫理観の差もあるのかもしれない。
数日かけて十人ほどのメイドの意見をもらってみたものの自分のメイドに命令はまだ与えてやれそうにない。
ンフィーレアに任せる手もある。
自分には仲間に引き入れた真蒼の薔薇が居る。
色々なことが障害となっているのかもしれない。
『マグヌム・オプス』から直接ナザリックに来られるので楽ではある。
アイテムの投げ込みは無いようだが、
クレマンティーヌの次なる相手に
強さは
実力的にも少し苦戦はするはずだが、問題は魅了だろう。
「魅了され易いから注意してね」
「ほーい」
しっかりと相手の動きを捉え、的確に攻撃を放つ。
武技を使えば当てる事は出来る。
急所という概念が無いのか、神や英雄のスキルなのかは分からないが、一撃では死なない。
人間相手なら楽勝でもモンスター相手では勝手が違うのだろう。
それでも別に構わない。
倒れるまで攻撃するだけだ。
「……すぐ死ぬ人間じゃあ強いのか分からないか……」
的確に殺せる相手は自分の実力のほどを知るのは難しい。
こういうモンスターは貴重だとクレマンティーヌは思った。
「〈流水加速〉」
武技を発動するが身体の負担は気にならない。
自然に扱える。
「〈能力向上〉」
以前よりも格段に強くなっているのがよく分かる。
「〈戦気梱封〉」
スティレットと
前のゲイ・ボルグもそうだったが相当な強度があり、破壊は無理そうだ。
ヤントラ
「それはそれとして……。強いねー」
射程の短い武器には不利な相手だが、それをカバーする為に武技がある。
この戦いで嬉しいことは相手を殺しても良い事だ。
練習相手の人間では何かとうるさいが、この屠殺場では特定の人物を除けば殺害も許容される。
ただし、相手は命令に従順な人形ではあるのだが、それはそれで構わない。
悲鳴は二次的なものだ。特訓に不要なものは無理して欲しいとは思わない。
「……あとは……、これかな?」
互いの背後に控えるメイド。
適度に治癒魔法をかけてくるので勝負がつかない。
拮抗した戦闘ならばいつまでも続くんじゃないかとさえ思われる。
しかも、かなり素早いようで
上には上が居るんだろう。
スティレットは愛用品だが別の武器ももちろん使える。
無防備から一流の戦士まで。
訓練には最適な環境だ。
不満があるとすれば強敵と戦う機会が少ないことだろう。
大きな戦争は無いし、亜人達が攻めてくるでもない。
平和ではあるけれど、亜人狩りをしていた時代より身体が鈍っているのではと危惧したものだ。
元とはいえ漆黒聖典第九席次。
戦闘狂の自分に平和は似合わないかもしれない。
「……〈能力超向上〉」
以前よりも多くの武技を使えるとはいえ、苦戦する相手だ。
勝てそうで勝てない。
「〈流水加速〉」
相手の動きはよく見える。しかし、その相手とて一流の戦士だ。すぐに対応してくる。
『不落要塞』、『強打』
いかなる手ならば体勢を崩せるだろうか。それとも崩さないスキルがあるのかもしれない。
『即応反射』を連続的に使って強引な攻撃を仕掛けてみる。
六回ほど連続使用しても肉体的な負担はそれほど感じない。
武技は同じものを重ねても倍化はしないが、連続使用は出来る。
戦闘後には激しい疲労を感じるものだが疲れないところを見ると本当に強くなっているのだと分かる。
絶対に疲れないわけではないけれど。
だが、それでも悔しいと思う。
そういうモンスターだとしても武技を使っても勝てないのは悔しい。
聞けばヤントラの世界に武技は無く、クラスに付随するスキルというものがあって、それを使うことがあるという。
モンスターは色々と優遇された能力を持っている。武技は使わないかもしれないが何かしらのスキルを使ってくる事もある。
「……人間は弱いけど、負けたくないよ」
実力的には拮抗はしている。
あとはどれだけ隠し玉たる能力を発揮するかだ。
上体を床に倒したところでクレマンティーヌは戦闘をやめることにした。
運動は充分にやった。
鍛錬は続けてこそ意味があるもの。すぐに結果を求めては身体が壊れてしまう。
一流は決して無理はしないものだ。
あくる日、
「与えた命令でしか動かない。話しかけても無駄だという有様だ」
「触っても大丈夫ですか?」
「攻撃してこないよ」
尻尾を引っ張っても頭を撫でても微動だにしない。
「飲食不要なんですね」
「そうだ」
戦闘メイドのシズを連れてきて調査させてみた。
ここしばらく活躍の場が無く、銃器の手入れに余念がなかった。
様々なアイテムを与えているので鍛冶師と共に新しい銃器が作れないか挑戦していた。
「……肉体的には
口を開けさせて舌をつかんでも眼球を指で触れても無反応。
手を洗いつつ毛並みなどを調べていく。
「……自由意志は無い様だ。……精神支配とは違うの?」
「与えた命令しか知らない子供のようなものだ。肉体的な経験は存在するらしく、歩くことも食事することも出来る。それが不思議だ」
自分が何者かは知らないけれど、生物的な本能は持っている。
それは経験ではない何か、としか言いようがない。
「……いずれ自我を持てば暴れてしまうと……。……それは確かに脅威かも」
与えた命令以外の行動は主人を害するおそれがあるかもしれない。
自分達のように自由に行動しても主人に逆らわなければ問題は無いのだが、主人という意識を持っていない相手は未知の敵と変わらない。
「……命令することが精神支配なら、それから解放されれば何が起こるか分からない。……アインズ様はそれを恐れている」
自分達の主人が慎重である理由は直接的には教えてもらった事は無いけれど、こうして調べることが出来ると色々と学ぶことがあるのだなとシズは思った。
それを教えないのは信頼されていない、というよりは何が起きるかわからない不安があるためだろう。
ナザリック地下大墳墓の支配者としては当然の問題だ。
ナーベラルがよく自害しようとする理由もなんとなく分かってきた。
「……我々も自我を得ればアインズ様に迷惑をかけるだろうか?」
「シズ達は既に自我を得ている。自分で考えて行動している。今の君たちは全て命令されたことか? 質問一つ答えるのにも命令が必要な人形ではないだろう」
「……そうだろうか。……これも命令の一つかもしれない」
「ならば……。シズ・デルタ。メイドと同じ食事を食べろ」
「……命令不履行。……
表情は変わらないがシズはヤントラの言葉の意図を理解した。
今のが命令ならば従って当然だ。
出来ない。ということはあってはならないからだ。
人形と化した複製は不可能な命令も履行しようとするだろう。
「……質問」
手を挙げてシズは言ったのでヤントラは頷いた。
「……私の複製ならば今の命令を履行するだろうか?」
「するな、確実に」
「……命令を遂行しなかった私は問題児?」
「一般常識からは……、よく思いとどまったと言うだろう。鬼畜な上司なら絶対に食え、と言うかもしれない。アインズは前者だ。部下を大事に思っている。アルベドは……、少し後者の気があるけど……」
「……アインズ様なら止めるか……」
「自害抜きで尋ねてみるといい。部下の意見も貴重な情報だ。アインズはきっと真面目に聞いて考えてくれるよ」
「……了解した」
黙って聞いていたメイド達は息の詰まる思いではあったが感動していた。
ただ、ヤントラの連れて来たメイドは微動だにしないし、表情の変化も無い。
「バスパ様。
「特に無いよ。でもまあ、君達と区別するためだったかな。見分けやすいように」
「ほー。
メイド服はナザリックで調達したものが元になっている。
紛れ込まれると区別できない可能性があるので色は変えている。
「性格付けはしないのですか?」
「しない方が良いだろう。最初は研究の為に性格は付けていたが、ナザリックが大混乱するようだからな。君たちを怖がらせたかったわけではないのだが……」
「……研究にはリスクが付き物。……我らも覚悟は出来る」
「は、はい」
シズの言葉にメイド達も頷いた。