※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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B-3 アインズは敵です

 脅威が去り、少しの間、沈黙が周りを支配した。

「申し訳ない。知り合いが脅かしてしまって」

「あれは……本当にモンスターなんですか?」

「そうですよ。とても可愛い娘でしょう?」

 生きた心地がしなかった。

「敵対すれば戦いますよ。そういう仲なんです。モンスターだって人間社会で暮らせないわけではないと思います」

「では、なぜ冒険者なんかに」

 モンスターを退治する仕事をするのは矛盾ではないだろうか。

「もちろんモンスターを退治したいからです。よその凶暴な奴は敵です」

 ヤントラの考えが全く分からない。

 ある意味、先ほどの娘よりも危険な人物かもしれない。

「私は人間種なので人を食べたりはしません。敵は殺す。ただそれだけですよ。やっぱり怖いですか?」

「はい」

 素直に答えてしまった。

「彼女についてはおいおい嫌でも分かると思うので、説明はしませんが。命令に忠実なのでそんなに害は無いですよ。人の世界でも暮らせるだけの能力がありますから」

「ヤントラ殿は凄いですね」

「ああいう人種に育てられたので。あと、恩がありますから。だからといって人間は皆殺しだ、とか叫びませんから。彼女たちは人間蔑視の教育を受けていますが、それほど人間が嫌いってわけでもないんですけどね。恨みは無いんです。嫌いなだけで」

「では……。あなたも命令があれば敵になると?」

「仲間になった覚えはありませんし、聞く気もないです。ただ、両者が仲良くなってほしいとは思います。その後、彼らが支配欲に溺れるような事態になれば私も彼らと敵対するかもしれません。その時は少し楽しみですよ」

「……恐ろしい御仁ですな、ヤントラ殿は」

「平民を平然と戦場に送る者よりかは優しいと思いますが?」

「……言葉もありません」

「あっと、それからお世話になったあなたをいきなり殺したりはしませんよ。ちゃんと守ります。見える範囲でですが。余計に騒いで殺されなくて良かったですね」

「は、はい」

 戦士は搾(しぼ)り出すように答えた。

 迂闊(うかつ)な事を言っていれば今頃はあの娘に殺されていたかもしれない、ということだろうか。

 生きた心地のしないまま馬車は次の目的地である王都リ・エスティーゼについた。

 既に深夜だったので中に入らず、城門近くで一泊することにした。

 寝袋は一人分だったが、ヤントラが戦士に貸した。

「得体の知れない相手ですみません。でも、私はまだ沸点は高い方なので。そうそう斬りかかったりはしませんよ」

「そう願います」

「アインズも彼らの面倒を見る立場ですから。ちょっと怖いところがあるように見えるかもしませんね。あと、実力は本物なのでふざけるのは無し、です。私でも勝てないので」

「はい」

「何度も言うようですが、スレイン法国とは関係ございません。たぶん、これを伝えないとダメな気がします」

「はい」

 言われるがまま戦士は返事を返した。

 話しは途中で終わり、二人共熟睡し、夜が明ける。

 今日も無事に生きて朝日が拝めたことを戦士は様々な神に祈った。

「また検問ですか?」

「そうなりますね」

「帰りも検問ですか?」

「冒険者プレートを見せたらもう少しは楽になるかと」

 すっかり検問が苦手になったらしい。

 そこだけ見るとヤントラは普通の人間に見える。

 いや、この人間に何度も命を救われているのは紛れもない事実だろう。

 得体は知れないが人間とモンスターの仲を取り持とうとしているのかもしれない。

 必要以上に恐れるのは失礼に当たる気がした。

 例によって検問が始まり、装備品の鑑定で騒ぎ出す。

「二回目ともなると慣れてきました」

「それは良かった」

 今度は戦士の持っている剣でも驚いたから。

 貧しい人はなんて卑しいんだろう、と戦士はあきれ果てた。

 この王国に命を預けても大丈夫なんだろうか、と少し思ってしまった。

 騒動が終わり、王都の内部に通された。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 リ・エスティーゼ王国の王都リ・エスティーゼ。

 王都というだけあってとても広くて豪華な印象を受ける。

 道路は整備されていた。ただ、下水はちゃんとあるのかは分からなかった。

 目的地は最奥に位置し、等間隔で建つ二十もの円筒形の巨大な塔の間を城壁が結ぶ、王城ロ・レンテ。

 その敷地内にあるヴァランシア宮殿。

 カルネ村の報告をする為にガゼフ・ストロノーフが居る場所だ。

 手続きは戦士に頼み、城内を散策する。

 贅を尽くした建築物。

 平民の苦しみなど全く感じさせない豪華さがあった。

「………」

 期待を裏切らないファンタジーに登場する城。

 ヤントラの感想はそんなものだった。

「宮廷会議の場にガゼフ殿達が集まっております。それとランポッサ国王陛下もいらっしゃるとのことなので……」

「作法は知りません。さすがに気楽に王様に挨拶するのは勇気が要りますが」

「それは我々に任せていただきたい」

「お世話になります」

 丁寧にヤントラはお辞儀した。

 素直なところは嫌いではない。

 途中でヤントラは武器をしまい無防備であることを確認した。

 戦士も確認し、頷く。

 大理石で敷き詰められた通路は歩くたびに高い音が響く。

 会議室のある扉には護衛兵が二人立っていた。

 通常の兵士よりも重厚な全身鎧を身にまとっている。

「遠方よりヤントラ殿をお連れした。是非ともお取次ぎを」

 扉を開けるのは門番の兵士の役目のようだ。

 ナザリックでもあったが手続きが面倒くさく感じる。つい蹴破りたくなる。

「今は会議中だ」

「じゃあ蹴破るから引っ込んでろ」

 迫力ある言葉でヤントラは兵士たちに言い放った。

「ヤントラ殿!?」

 先ほどは沸点が高いと言っていたばかりなのに。と、戦士は慌てた。

 戦士に宥(なだ)められてヤントラは軽く息を吐く。

「すみません。つい本音が……。こういう面倒臭いの苦手で」

 検問に類するものは苦手だと戦士も理解した。

「落ち着いてください。ここは我慢しましょう」

 会議とやらがいつ終わるのかは不明だったので、魔法をいくつか使用して暇でも潰そうかなと思った。

「そういえば魔法を使うと何か警報とか出ますか?」

「出ると思います。そういう防御魔法がかけられていると聞いた覚えがあるので」

「良かった。遊ばなくて」

「……ちなみに攻撃魔法ではないですよね?」

「多少の探知魔法でもと。中に居る人数とか」

「おお、そういうのも出来るのですね」

 二人が会話しているのを兵士たちは不審な目で眺めていた。

「派手な攻撃魔法は無いと思います。戦士職がメインですから」

「というと戦士職の魔法詠唱者(マジック・キャスター)?」

「混ざってますからなんとも言えませんね。戦士と盗賊(ローグ)の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)……。めちゃくちゃです」

「いやいや、それ凄いことですよ!」

 つい声を大にして戦士は言った。

「そうですか? 派手な攻撃魔法は持ってないんですよ、……たぶん」

 一人で活動する為の職業(クラス)を色々と取得しているので一芸に特化していない。

 戦士職のみに特化していれば攻撃力は今よりも高かっただろう。

 パラメータを色々と割り振っている為に全体的に劣ってしまう。

 決定打にかけるかもしれない。

 

 あとはなんでこの職業(クラス)を取ったのか分からないのも混じっている。

 レベルダウンのペナルティの弊害だろうか。

 戦士のレベルだけ最大になっていたが、何故だろうか。その辺も覚えていないが攻撃力は大事だな、と思って納得した。

 階層守護者の中でアウラなどと単機で戦うことになれば良い勝負が出来るかもしれない。

 神器級装備では分が悪いだろうが、アルベドよりかは頑張れそうだろうか。

 自信を持って言えない所は彼らが強いと認めているからだが。

 レベルが上がるごとに三つの魔法を選べるというが、数はやっぱり多いな。

 90台なので超位魔法の一つくらい使えないのだろうか。

 『天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)』とか。

 そんな事を考えていると静かな宮殿内でカツーンカツーンという大理石に当たる音が聞こえてきた。

 硬い靴特有の音色のようなものだった。

「?」

 音のほうを見ると純白のドレスを着飾った金色の長い髪が背中に流れる美しい女性の姿が見えた。

 年のころは十代半ばほど。

 その彼女の後ろからついてくるのは純白の鎧を来た精悍(せいかん)な少年だった。短く刈り上げたような金髪に怒りの形相のような顔つき。

「ごきげんよう」

 ある程度までやってきた女性が軽く挨拶する。

「ごきげんよう」

 ついつられて同じ返事をするヤントラ。

 近くに来た女性の瞳は深みのある青さがあった。

 戦士は女性を見て、すぐ片膝をつく姿勢を取った。

「中に入れて差し上げれば?」

 女性の言葉に兵士たちは戸惑った。

「今は会議中でして」

「どうせ下らない権力闘争でしょう。中で待たせたほうが退屈しなくて済むのだけど」

 蹴破るか開けるかどっちがいい、というセリフを思いついたが我慢した。

「では、そこの人。代わりに開けてくださらないかしら?」

「了解しました」

 二つ返事で答えた為に兵士たちは驚き、急いで扉を開ける。

「最初から素直に開けなさい。では、お先にどうぞ」

「これはどうも」

 女性の笑顔にヤントラも笑顔で返した。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 会議室に入ると大きなテーブルがあり、厳(いか)つい面々が入ってきた者を睨みつける。

 ヤントラはさっと顔を確かめるがガゼフしか見知った顔は居なかった。

 彼はテーブルから少し離れた位置で直立不動の姿勢を取っていた。

 奥には玉座があり、そこには初老の老人が座っていた。

 おそらくは国王だろう。

 周りに居るのが貴族という構図が浮かぶ。

「ごきげんよう、皆様。退屈な会議はまだ続いてまして?」

 そう言って入ってきたのは先ほどの女性だった。

「ラナー殿下。また勝手されるとは困りますな」

「ヤントラ殿か?」

 貴族の声の後でガゼフは驚きの表情で言った。

「皆様、どうも。とりあえず……、どこに居ればいいですかね?」

 戦士がヤントラを近くの壁際に移動させる。

 その間、ラナーと呼ばれた女性は王様の隣りに移動し、白い鎧を着た少年は彼女より少し離れた位置で待機する。

 彼女はリ・エスティーゼ王国第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

 『黄金』の二つ名を持つ齢十六の美しき王女。

「彼が我々を救ってくれたヤントラ殿です」

 と、ガゼフが王に紹介する。

「おお、そうであったか。このたびは我らの戦士長を救っていただき感謝する」

 王様自ら頭を下げて感謝の意を表す。

「これはご丁寧にどうも」

「王の御前だぞ。平伏したまえ!」

「平伏とは?」

 腕を組んでヤントラは貴族に言い返す。言葉は知っているがやり方は知らない。

 土下座ならまだ理解出来る。

「……そこから説明するんですか。……勘弁してください」

 後ろに居た戦士がヤントラの服を引っ張った。

「いやいや、よい。恩人にそこまでは求めん」

 と、王様が手を軽く振って場を収める。

「しかも冒険者ではないか」

「お陰様で仮ですが登録が終わりました。ガゼフさん、この人のお陰です。ありがとうございます」

 ヤントラは丁寧にガゼフに感謝の意を表した。

 そう言われてガゼフは少し困ったような顔をした。

「それでカルネ村の護衛については……、無理そうですか?」

「いや、全力でお願いしていたところだ」

「あんな村に回せる兵士などおらんわ!」

「それになんだね。スレイン法国風の名前の変な魔法詠唱者(マジック・キャスター)!」

 その言葉で戦士は顔を青ざめた。

 ヤントラから何度も聞かされた注意事項だったので忘れてはいなかった。

 戦士はすぐに貴族の下に駆け寄って跪く。

《/xbig》「おそれながら! その魔法詠唱者(マジック・キャスター)はスレイン法国とは関係がございません。どうか、お間違えなきように!」《/xbig》

 戦士の怯えとも取れる嘆願にガゼフ以下、周りの貴族が驚いた。

 ただ、ヤントラとラナーだけは涼しい顔をしていた。

「な、なんだね、貴様は」

「いや、あの……。すみません。興奮してしまいました……」

「その魔法詠唱者(マジック・キャスター)とは……?」

 ラナーが王に尋ね、貴族たちに顔を向けてきた。

「はっ」

 ガゼフがラナーに向かって片膝をつく。

「カルネ村を帝国から救った魔法詠唱者(マジック・キャスター)でございます。名前はアインズ・ウール・ゴウンと言います」

「……だからスレイン法国と……」

「その……名前は……とても大事なものだとヤントラ殿から聞かされて……。すみません、色々とあったもので」

「だから、スレイン法国のスパイじゃないのかね、と言っておったのだ」

 戦士はチラチラとヤントラの顔色を窺っているようにガゼフには見えた。

 その魔法詠唱者(マジック・キャスター)も得たいが知れないが、ヤントラも正体が掴めない。

「では何故顔を隠す」

「たかが魔法詠唱者(マジック・キャスター)ごとき。捕縛して聞き出せばよかろう」

 色々と言い争う声があるがヤントラは涼しい顔をしている。

 それは今にも沸騰しそうなマグマのようにガゼフは見え、腰に帯びた剣に手をかけようとしていた。

 一見、手ぶらに見えるヤントラはどこからとも無く武器を取り出す。

 油断は出来ない相手だ。この場に居る貴族を殺すことも可能かもしれないと、身体が訴えてきた。

 そんなガゼフの姿に気付いた純白の鎧をまとう少年は驚き、ヤントラを見据える。

 王国戦士長を脅かすようには見えないヤントラという人物は何者なのだろうか。

 ひれ伏す戦士は『俺を殺してくれ』と言いそうになっているのを堪(こら)えていた。

「まあまあ、皆さん。そうカリカリしても仕方がありません。特に悪い事をしたわけでもないでしょうに」

 そう言ったのは貴族の中でも金髪をオールバックで固めた切れ長の碧眼。

 不健康そうな長身痩躯(そうく)の白い肌。

 四十代ほどの男性貴族だった。

 平伏した戦士は『ありがとうございます』を胸の内で何度も唱えつつ感謝した。

「レエブン侯はそうおっしゃられるが……」

「まあまあ、一先ず聞いてみようじゃありませんか。居ない人間のことをあれこれ言っても詮ないことですし」

 他の貴族たちは口を紡ぐ。

 場の雰囲気が治まったところでレエブン侯という貴族はヤントラに向き直る。

「ヤントラと言ったね」

「はい」

 見た感じは特に何も感じない普通の人間に見える。

 多少、不自然な気配のようなものはあるが、ガゼフが緊張するほどの男かと思いかけて、顔は女に似ているが声質からは男なのだろう、と結論付ける。

「その……アインズというのは……君の友人かね?」

「敵です」

 にこりと笑顔で答えた。

 ガゼフはその言葉をカルネ村でも聞いていたので驚かなかった。

 一応、緊張を解き、姿勢を正す。

「ほう……。つまりは敵対者?」

「意見の合わないものは敵でしょう? そういう関係です。ちなみに殺し合いに発展するほどなので巻き添えになっても責任は取りませんよ」

「うん? それは……怖いな」

 全く怯まずに言い切るヤントラ。

 レエブン侯もヤントラは普通の人間とは違う気がしてきた。

 なにがどう違うのかまでは分からない。

「では、君は……質問ばかりですまないが」

「結構ですよ」

「アインズ・なんとか……。すまないが名前が長くてね。略させてもらうが、アインズというのは何者かね」

 ヤントラは懐に手を入れて、大き目の椅子を出した。

「!?」

 誰もが驚愕する。

 ほぼラナー以外が驚いた。

 どこに入れていたのか、椅子が出現した。

 ヤントラは椅子に座り、ふう、と一息ついた。

「立ってしゃべるのは疲れてきたので。すみません」

「……ヤントラ殿、穏便に頼みますよ」

 戦士が小声で話しかけてきた。

「こういうのは話しが長くなるのが定番なので」

「失礼だぞ!」

 と、叫ぶ貴族にレエブンは手で制する。

 彼も自分の椅子を少し移動させてヤントラに向き直る。

「どうぞ、続けたまえ」

「アインズ・ウール・ゴウンは個人の名前ではない。組織の総称だ。あなた方も王様の名前をバカにされたら相手国を虐殺するんでしょう?」

 その物言いに他の貴族は怒ったがレエブンは冷静に聞き入った。

「……確かに。貴殿の言うとおりかもしれない。これはこちらが悪かった」

 彼の言葉に戦士が安堵した。

「思いの詰まった名前を一人で背負っているのです。スレイン法国のことなどアインズは知りません。情報は集めようとしているかもしれませんが」

「無関係だと? 名、洗礼名、姓と続くのがスレイン法国の特徴だ」

「正式名称はさすがに怒るので割愛させていただくが、人の名前ではない。仲間の象徴的な名前だ。間違えると命取りだぞ」

 ヤントラのにこやかな笑顔が無くなり、迫力のこもった言葉として吐き出される。

 戦士はまたも平伏する形になってしまった。

「……いや、失礼。私もアインズ・ウール・ゴウン、という組織に昔からお世話になったもので。今の奴とは腐れ縁なんです。昔からソリが合わないので」

 場がどよめいた。

 ガゼフはヤントラが嘘を言っているとは思えなかった。今のが彼の本音なのかもしれない。

 ヤントラは少し疲れたような態度で息を吐き出す。

「あなた達の態度では近い将来、アインズはこの国を攻め込みそうですね」

「それは耳に痛いな」

「顔を見て怖いという人間が居るから顔を隠すしかない。それは別におかしなことはないでしょう。それがか弱い人間なら尚のこと。どこの騎士かは知らないけど、襲撃されて両親が殺されれば助けてくれるものなら何にでもすがりたくなるでしょう」

 レエブン侯はどう答えたものか、思案する。

 言っていることにおかしな点は無い。

 一方的にこちらが悪者として扱っているようにしか聞こえないのも事実。

「つまりアインズなる人物は化け物という事ですか?」

 場の空気をぶち壊したのはラナーだった。

「言葉の通じるモンスター。素敵な友達だと思いますけど」

「化け物だと!?」

「いやしかし、なぜ村を救ったのだ!?」

「ああ、なるほど。足がかりですか」

 ラナーがまたも発言する。

「結婚してください」

「お断りします。私はクライムにしか興味がありません」

 ヤントラの言葉にラナーは即答で答えた。

「敵ではありますが、仲間達が可愛いのです。どうにか穏便にできないものかと……」

 今の短いやりとりを無かった事にして言葉を続ける。

「仲間が居るのですか?」

「多くの主人を失った可愛い子供達です。そこの戦士の方は会ったのですが、まだ仲良くなるには時間がかかりそうでして」

「ど、どうかお助けを……」

 怯え方が尋常ではない事はガゼフの目から見ても明らか。

 彼は何を見て、何を知ったのだろうか。

「では、問いたい。彼と仲良くする事は可能かね?」

「無理かもしれませんね」

「それは何故?」

 と、問い返してみたが彼は後方に控える貴族を見ていた。

 つまり彼らが居る限りは無理だと言っているのだ。

「我々とは相容れないと仮定すると帝国につく可能性もあると?」

「後ろ盾は必要ですからね。その準備くらいするでしょう。……あなた達にとって最悪の方法を取ることも可能性としてはあるかもしれませんね」

 恐ろしいことを平然と言うヤントラ。

「力はありますから、あとは友好か敵対か見極めつつ行動するのでは?」

「ヤントラ殿、もし仮にゴウン殿と戦うことになった場合は勝てるだろうか?」

 これは完全に興味本位だが、ガゼフは聞きたかった。

「無理ですね。私でも勝てません。それはそれで別に構わないのですが、そう簡単にさっさと終わってもらうのも困るので、私はここで伝えているのです。もっと長く冒険させろ、バカ野郎と」

 平坦な話し方だったがガゼフは不思議と納得できた。

 清々しいくらいあっさりと結論を出す男に感動した。

 ずっと黙っている王様も話しを分析しようとしているのだが、いまいちアインズの正体が掴めないでいた。

 彼は敵なのか味方なのか。

「少なくとも皆さんの手の内は読んできますので、戦うとなったら……。たぶん物量でかかれば勝てるとかバカみたいな作戦に出る気でしょうね。あいつ大喜びしますよ」

 楽しそうにヤントラは言う。

「そ、それは何故?」

「それほどの実力を持っているという事ですよ、レエブン侯」

 ラナーが声をかけてきた。

 彼女は既に色々なことを察知しているらしい。

「そうそう、請負人(ワーカー)という仕事がありましたね」

 その言葉に戦士はビクっと身体を緊張させる。

「この国の愚かさの象徴にならなければいいのですが……。帝国や法国にも請負人(ワーカー)、という仕事があるんですか?」

「帝国にはあるようですよ」

 と、ラナー。

「お気の毒に。アインズは盗掘などに対して一切の情けはかけません。間違っても王国は依頼すら出さないことです。私でも説得しきれないですよ」

「だそうですよ、貴族の皆さん。アインズ、という方にちょっかいをかけたらこの国が滅びるそうです」

 ラナーも楽しそうに言った。

「……ところで質問してもよろしいかしら?」

 ラナーの言葉にヤントラは頷きで答えた。

「彼、だと思いますが……。どんな目的で世界を征服するのでしょう?」

「それを望む仲間になし崩し的に決めざるを得ない状況に追い込まれる、という予想は付きますね。人が良いですからあいつは。仲間意識が高くて、時々困ります」

 ラナーのトンデモ質問にヤントラは普通に答えた。

「ならば戦争をしている場合ではありませんね」

「無理でしょう。本当の絶望を見ない限りは。平民が可哀相です。……ざっと犠牲者は十万人というところですね」

「な、なんだと!」

 レエブン侯はヤントラが何を言ったのか理解出来なかった。

 対するラナーは涼しい顔だった。

「あら、その程度で戦争は終わりますか?」

「それ以上は更に喜ぶだけですから。そうならないように王国は頑張って味方に引き込んでほしいところです。私の予想では、領土内に居るはずなんですけどね。どこにあるのやら」

「かの魔法詠唱者(マジック・キャスター)の居場所が分からないのですか?」

「転移で移動させられましたので。地図にも載ってるわけもなく……。迎えには来てくれそうですが。場所くらいは把握したいです」

「……なるほど」

「殿下! 話しを勝手に進めないで頂きたい」

 大人しかったレエブン侯が声を荒げて叫んだ。

「倒す倒さないの議論ばかりしているから退屈で仕方ありませんわ」

「……い、いやまあ、そうなんですけどね」

「ゴウン殿にはどのような目的があるのだ?」

「うん。それですね。どうお答えしたものか……」

 腕を組んでしばらくヤントラは黙った。

 話しぶりからすればヤントラとアインズは同じ組織に属している者という事になる。

 組織内で対立でもしているのだろうか。そうだとすると彼もまた物凄い能力を秘めている、ということにならないだろうか。

 ガゼフはヤントラの戦いぶりを思い出す。

 尋常ではない戦闘能力。あれほどのつわものは久しく見たことが無かった。

「私は……冒険に。アインズは目的探しでしょうか? 見知らぬ土地の異邦人は変わりません。来てしまったものは慣れるしかない。……これ以上は私にも分かりません」

 静かに語るヤントラ。おそらくは嘘ではないのだろうとガゼフは思う。

「そんな危険な奴が我らの領内にいるのはけしからん事態だ!」

「すぐに部隊を編成し、討伐に向かうべきでは?」

 愚かな選択を、とガゼフとレエブン侯は同じ事を思った。

「犠牲が多いと喜ぶ部分についてお聞きしてもよろしいですか?」

 どこ拭く風、という形容が似合うようにラナーは質問してきた。

「犠牲が多ければ多いほど都合のいい魔法があるのです。私も見たことはありますが……、あれほどえげつないものはありませんね」

 聞くのが恐ろしい魔法、というのはなんとなくレエブン侯は感じた。

「いずれ挑戦したいものです。あれほどの化け物を倒せるのかどうなのか。犠牲が無いと戦えないというのは面倒なものですが……」

 想像を絶する化け物に対して喜ぶ人間も化け物なのだろう。

 レエブン侯は剣があればヤントラに斬りかかってみようかとさえ感じてきた。

 大人しくしていると思っていたが、正体は破滅をもたらす悪魔かもしれない。

「全ての魔法を知っているわけではありませんが……。攻略方法を自ら想定しているやつです。防げないでしょうね。そんなまぬけな奴でもないだろうし」

「帝国に居るという帝国主席魔法使いよりも凄いのかね?」

「誰ですか?」

「フールーダという方です」

「すみません。世間知らずなもので。帝国の皇帝がジルクニフという名前というのは聞いたばかりなので。スレイン法国はさっぱり知りません」

「これはこれは。面白い方ですね」

 コロコロと笑うラナー。

 彼女が『面白い』という人間は側仕えのクライムをおいて数人しか居ないだろう、とレエブンは思った。

「皆さんを怖がらせてばかりでは可哀相なので……。私は正式メンバーではありません。そして、人間の側から皆様と仲良くなりたいと思っているものです。ですが、皆様の方はどうも敵愾心がお強いようで、難儀しております」

「当たり前だ! 得体の知れない者など!」

「お静かに願いします! これは国家を揺るがす重要な案件だと存じますが」

 レエブン侯が叫ぶと周りが静かになった。

「武器を捨て降伏しろ、とか。そんなことは言ってません。ただ、このままだとあいつは今の言葉を言いそうで。とても、困ります。私の冒険も中断させられるのはとても迷惑です」

「なるほど。話しの分かる方なのですね、あなたは」

 ラナーは友人に語るような優しさで言った。

「らしくないのですが……」

 そこまで言ってヤントラは静かになった。

 これ以上の説明が出来ない。そんな印象を受けた。

 少なくともヤントラはアインズと仲良くなってほしいと願っている、ということになる。

 レエブン侯は敵であると分かっていた相手を庇う理由が分からない。

 それよりも王国と戦わせたいのか、回避させたいのか。

 戦えば十万人が犠牲になる。そんなバカな話しがあるものか。

 そのアインズという魔法詠唱者(マジック・キャスター)はそれを可能にする、なんてことがありえるのだろうか。

 ガゼフはヤントラは決して非道な悪党とは思えなかった。

 何人かは殺害したが全員を殺そうとはしなかった。

 どこかで彼は人間であること残している気がする。

「友好を結ぶ方法があれば教えていただきたい」

「ガゼフ殿! 血迷ったか!」

「これは由々しきことですぞ」

「どうして皆様方は生き延びるチャンスを棒に振るのでしょうか」

 静かなラナーの言葉が室内にこだまする。

「彼は見えているのです。これから起きるアインズという魔法使いの覇道の道を。敵であるので邪魔をする。それはとても理にかなっていると思いますが……」

 レエブン侯とガゼフは驚いた。

 なぜ、ヤントラの話しを理解しているのだと。

「……つまり殿下は彼の話しを信じているのですか?」

「疑う点があれば教えていただきたい」

 平然と言い放つラナー王女。

 疑う点だらけではないか、とレエブンは言いそうになった。

 得体の知れない魔法使い。普通なら信じないだろう。

 絵空事だと言えばいい。

「こいつは冒険者だ。名声の為に大言壮語をぶちまけているに過ぎないではないか!」

「……おそれながら。まだ仮です。メンバーカードは明日にでも取りに向かう予定になっております」

 消え入りそうな声で戦士は平伏したまま言った。

 仮であるので名声は関係ない。

 レエブンは一気に冷や汗が出て来た。

「そ、そうだ。味方に引き込めば……、帝国との交渉に使えるではないか」

「味方にする気が無い事を見抜いたらおしまいですよ」

 ラナーの言葉はレエブンの心臓に直撃する。

「ならばこいつを人質に……」

「ガゼフ殿。拘束したまえ。国家反逆罪とかなにかで」

 一応、ガゼフはヤントラの側に近寄った。

 隙だらけなのは見ていて分かっているが、何故か攻め込めない気がした。

 側仕えのクライムも王国最強と名高い人間が戸惑っている姿に驚愕していた。

 触れれば殺される。殺気がないのにガゼフはつい息を呑んでしまった。

 正直に言えば怖い。敵に回したくない。

「そうすると彼に理由が出来てしまいますよ。国家を滅ぼしていい理由が」

 ラナーの言葉でガゼフははっとなって引き下がる。

 恐怖の正体が分かったからだ。

 彼は理由が無いから大人しくしているのだと。それに理由が出来てしまうと何が起きるのか想像できない。

「……人間というのはどうも攻撃的でいけない。それでは彼らに殺されても文句は言えない」

 呆れつつヤントラは言った。

「モンスター退治は私にとっては様々な敵と戦う喜びです。いずれは竜(ドラゴン)も仕留めたい。そこまで行けるかは不明ですけど。色んな敵は見てみたいです」

「その敵の中に我らも入っているのだろうな」

「入りたいなら構いませんが」

 平然と答えるヤントラ。

 少なくともヤントラは今すぐ王国にあだなす気はないのかもしれない。

 もう少し彼の話しに耳を傾けた方がいいのだろうが、自分の立場では一段と踏み込むことが出来ない。

 平和の使者か破壊の使途か。

 どちらでもあり、とても恐ろしい相手。

 〈急所感知〉ガゼフは『武技』を発動させた。反撃のおそれはあったがあえて行った。

 責任を取ってまで相手の情報を得ることを優先させた。

 

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