※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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B-4 銅プレートが真っ二つに

 結果として椅子に座ったまま気付いていないのか、ヤントラは普通に佇んでいた。

 感知できた事は驚くべきことに弱点だらけ。

 人間としてのあらゆる弱点が見えすぎるほどだった。

「………」

 単なるハッタリに我々は翻弄されていたのだろうか。

 ガゼフはヤントラの事がますます分からなくなった。

 それとも武技の存在を知らないのだろうか。

 仮に武技を知らなくても天使を屠ったあの戦いは決して幻ではないはずだ。

 そうなると能力に頼らず、彼は自分の身一つで激戦を生き延びたということになる。

 ただの肉体一つで魔法の弾幕を耐え切ることが果たして可能だろうか。

 ガゼフは無言のままレエブン侯を下がらせる。出来るだけ彼に気付かれないように気をつけながら。

 ラナーはガゼフのやろうとしていることに口出しせず眺めることにした。

 それに魔法的な行動に出れば魔法感知の防御網に引っかかるはずだ。

 先ほど椅子を出したのはマジックアイテムだったのかもしれないが、それだけでどうにかなるガゼフではない。

 スクロールを使っても同じ事。

 ガゼフが視界から消える時、ヤントラは笑った。

 レエブンは確かに見た。

「私はよ(・)く(・)狙(・)わ(・)れ(・)る(・)んですよ」

 後ろにいるであろうガゼフにはお構い無しにヤントラは言った。

 その言葉は戦士もよく聞いていた。

 それがどういう意味を持つのだろうか。

「しっかり狙って下さいね。首ですかね。胴体ですかね。斜め斬り。……真っ二つというところですね」

 楽しそうにヤントラは言った。

 〈戦気梱封〉相手の防御能力を無効化する武技。

 〈流水加速〉この武技の攻撃は流れる水のごとく。

 ただ一撃の下に斬り捨てる。

 最後まで避けるか反撃するか迷いはしたが、考えは途中で捨てた。

 結果としては驚くほど簡単にヤントラの身体を無骨な大剣は通っていく。まるで軟体生物かと思うほどに。

 驚きは一瞬。大剣は椅子すら両断していた。

 両断したが安定した座り方になっているためか倒れなかった。

 静寂が場に満ちる。

 何の反撃も無く、ただ人間が真っ二つにされただけ。

 期待していた誰もが驚きを隠せない。

 ただのバカが死んだ。

 数秒の空白の後、完成ではなくどよめきが起きる。

 当たり前だが、ここは王の居る会議室。

 ガゼフは王と王女の前で一人の人間を惨殺してしまった。

「ガゼフ様が人を殺してしまいましたね。あらあら、口だけは達者な愚か者だったのかしら?」

 ラナーは惨殺死体を前にしても特に気にした様子は見せなかった。

 床にまで食い込む大剣をガゼフは少し経ってから引き抜いた。

 ヤントラは左右に分かれる事無く、血をたらしたまま動いていない。

 おそらくは絶命したのだろう。

 

 ガゼフは知らない。

 ヤントラはとても弱い弱者だが、その死が数千から数万回近く繰り返されたことを。

 誰が彼が絶命したと判断できるのだろうか。

 誰が彼の死を定義できるのだろうか。

 片方の身体の目蓋が動き、もう片方の腕が異空間に吸い込まれる。

 それはとても流れるような動き。

 自然体で動く未知の生物。

 貴族たちが呆気に取られている僅かな間に変化は起きる。

 両腕が素早く頭を叩きつけるように接合される。と、同時に顔に赤い液体が振りかけられて、次に胸から一枚のスクロールが燃えて散っていく。

 更に会議室の魔法防衛が発動し城全体に『警報(アラーム)』が鳴り響く。

 『魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)・軽傷治癒(ライト・ヒーリング)』を唱える声がガゼフに届く。その間、数秒もかかっていないだろう。

 気がつくとヤントラは僅かに移動した後で既に腕には太い攻撃用のガントレットが装備されていた。

 『生命感知(ディテクト・ライフ)』でついでに人数を把握する。

「ああ!」

 不敵に笑おうとしたヤントラがある事に気付き、叫んでしまった。

 周り者は驚かないほうが不思議なくらい驚きのあまり声が出せないようだった。

 ヤントラは床に落ちた奇麗に真っ二つになった貰ったばかりの銅のプレートを拾った。

「なんてことしてくれんのさ。あ~あ、これ新しいのに取り替えてくれますかね?」

 平伏していた戦士に尋ねたが答えられる状況では無い様だった。

「うふふふ。こんなに面白い方だとは。……たぶん、大丈夫だと思いますよ」

 ラナーは凄惨な現場とは不釣合いなほど明るく笑いかけていた。

「登録初日でクビは勘弁して欲しいです。馬車移動と検問は苦手なんですから」

 自分のケガの事よりもプレートの心配をしているヤントラ。

 ガゼフは次の攻撃に入るに入れない。

 これほどの奇妙な相手にはめぐり合ったことが無いからだ。

 異形のモンスターならいざしらず。

 否。

 人間の姿をしたモンスターだとしても驚きを禁じえない。

 信じられないを通り越してなんと表現すればいいのだろうか。

 『警報(アラーム)』が止む頃には会議室に控えていた兵士たちがたくさん入り込んできた。

「そいつを捕まえろ」

「ダメだ! 彼に触れるな!」

 貴族とレエブン侯の怒声が響く。

 ラナーは手を叩き、場を収めようとした。

「皆さん、何でもありませんのでお戻り下さい。『警報(アラーム)』は訓練です」

「そんなわけがあるか! なにをしている、化け物を捕まえるなり、殺してしまえ!」

 『魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)・軽傷治癒(ライト・ヒーリング)』と唱えると『警報(アラーム)』がまた鳴った。

 さすがのヤントラも三度、計九回相当の治癒魔法でようやく身体が安定する。

 もっと強い『大治癒(ヒール)』も出来なくはないが、それは今回は未知数だったので却下した。

 その後で下半身の防具が一気に落ちる。当たり前だが、真っ二つになったので脱げ易くなった。

 急いで替わりの防具を取り出し、履いていく。

「……ミスリル製の防具が一つお亡くなりになってしまった」

 しょうもない事で無くすことになるとは。

 潰して材料として売れるかな、とヤントラは思った。

「もしかしてですが……。あなたはアインズという方に向けられる敵意を自分に向けているのではないですか? そうまでして敵を助けたいのですか?」

 ラナーは不思議そうな顔で尋ねた。

「助けなくてもいいのですが……。王国の未来は見えたと思いますが。素晴らしく学習能力の無さに感動しました」

「なるほど。あれはあなたのおもちゃなのですね」

「あいつだけなら放っておくのですが。どうにも愛着の湧いた子供達は……、捨てられません。ついつい可愛がってしまう性質のようで。人様の子なのに」

「ぜひ、王国に招待してさしあげたら喜びますでしょうね」

「……それは難しいかと」

 ラナーと対等に話す怪人物ヤントラ。

 もう一度、ガゼフは剣を構えようかと思ったが王女が気さくに話しかけているので戸惑った。

 椅子も真っ二つになったので新しい椅子に取り替えた。その頃になって『警報(アラーム)』が止む。

「創造主に人間蔑視の教育を施されているので、仲良くなるのは難しいです。彼らを真に導けるのは創造主たるアインズ・ウール・ゴウンのメンバー四十一名だけです」

「よ、四十……」

「そんなに化け物が……」

 レエブンは一人の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の名前だと今まで思っていた。

 話しぶりからもあまり信じていなかったが、ようやくにして理解してきた。

 アインズ・ウール・ゴウン。とは一人の名前ではない、と。

 だから名前に対してこだわりを見せたのだと理解した。

「今はお一人なのですよね? その名前を一人で背負っていらっしゃる。確かにバカにすれば殺されても文句は言えませんね」

 つまりはメンバー全てを侮辱することになるからだ。

 一人ならば大して怒らないのだろう。

 スレイン法国と無関係を強調した理由も納得出来る。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 先ほどから大人しい王様なのでショック死でもしたのかな、とヤントラは気になり顔向ける。

 一応は黙って周りを眺めているようだ。

「正直に言えば……、平穏に暮らせる方法があればと思っています」

「王国では無理かもしれませんね」

「つまらなくなったら私は大人しく死んでおきましょう。それまでは出来る限り場を引っ掻き回したい。いっそ、王女を仲間にして……。ん~、仲間との冒険は苦手ですから無理か……」

「や、ヤントラ殿……」

 平伏していた戦士が顔を上げて尋ねてきた。

「どうか、皆殺しだけはおやめくださいますか?」

 ダメもとで聞いてみた。

「私はどうでもいいのですが、あいつは沸点が低いです。カルネ村を本当に救いに来たのはただの気まぐれか、何か感じるものでもあったのだろうか。それは分かりません。少なくとも彼らの部下は皆殺しにする気でいたようです」

 聞けば聞くほど絶望的になる。

「どうせ出る犠牲は少ないほうがいい。……私はちょっと希望にすがっているのかもしれませんね」

「残念ですが、あなたの希望を打ち砕くのが我らの王国の貴族たちですので。申し訳ありません、お心遣いを理解できない愚か者しか居ない国で」

 ラナーは席を立ち、ヤントラに向かって深く頭を下げた。

 側仕えのクライムが始めて見る姫の謝罪に驚きを隠せない。

 ヤントラはラナーというこの国で初めて話しやすい人間に出会えた事が希望だと思えた。

 正直に言えば、それでもう満足だった。

 後は坂道を転がるように絶望に落ちる国を眺めて楽しむしかないのだろう。

 それはとても、つまらない結末だ。

 バハルス帝国に期待が持てるかと言われれば難しいだろう。

 スレイン法国は論外かもしれない。

 人間至上主義。ヤントラの嫌いな部類かもしれない。

 人間ではなく至上主義という考え方が。

 他の国に目を向ける事も考慮に入れなければならない。

「君はその化け物……、アインズとやらとどれくらいの付き合いがあるのだ?」

「十……年くらいですかね」

「我々と交渉のテーブルにつく事は可能かね?」

 何かを言おうとする貴族達を手で制するレエブン侯。

「あなたたちの態度次第です。……予想では、王の権力を利用して高圧的な態度で怒らせるのが関の山です」

「なんだと、貴様!」

「下手に出ろとは言わないが、せめて対等に接して上げて下さいな。仲間は殺意を振りまくかもしれないけど、アインズは少なくとも努力はします。一度しかチャンスはあげないと思いますが」

「対等に出来る方が居ません」

 ラナーは素直に言った。

「そういえば、仮面をつけていたそうだが……。素顔は見せてくれないのかな?」

 チラリと貴族の顔を見るヤントラ。

「『警報(アラーム)』を解除してくれますかね。レエブンさんでしたか?」

「そうだが。解除するとどうなるのだ?」

「とりあえず、解除が先。ここだけでいいので」

 レエブンは部屋を出て言われた通りに取り計らう。

 その間、ヤントラはガゼフを見据える。

「報酬は全て銀貨と銅貨に両替して一割だけ貰います。残りはカルネ村の復興財源としてエンリという少女に渡してください。敵として立派に強くなれとでも言っておいて下さい」

「あ、ああ。それよりもなぜ、反撃しない。君には私を殺す権利がある」

「メイド服を着て『お帰りなさいませ、ご主人様』と言わせる刑に処した方が面白いと思って」

「王国最強の戦士長がメイド服を着るのですか。ぜひとも見せてもらいたいものです」

 ラナーは楽しそうに笑った。

 こんなに嬉しそうな王女はガゼフも見たことが無いだろう。

 レエブン侯が戻り、魔法が解除された事を告げられた。

 『生命感知(ディテクト・ライフ)』で一応、確かめる。

 確かに何も起きない。別の魔法は発動しているかもしれないが、静かならどうでもよかった。

 懐から一枚のスクロールを取り出す。

「……ところで、王様は生きてますよね?」

「はい。残念ながら」

 朗らかなラナーの声にヤントラは安心した。

「……〈死者召喚(サモン・アンデッド)〉」

 スクロールが燃え尽きるとヤントラの側にゆらりと人影が浮かびだす。

「うわっ!」

「化け物!」

 呼び出されたのは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)というアンデッド。

 黒いローブをまとうアンデッド。顔に僅かな皮が張り付いているだけの顔は見る者を死者の世界にいざなうような雰囲気だ。

 ヤントラは手招きでレエブン侯を呼ぶ。

「もう少し顔を近づけてください」

「なんだと」

 レエブン侯が来ないようなので、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の方がレエブン侯に近づく。

「召喚で呼ばれただけのモンスターではありませんか。そんなに怖がるのは可哀相ですよ、レエブン侯」

 と、ラナーは言った。

「い、いや。そういうことではないでしょうに」

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はそこそこ強いアンデッド。城の兵士でも十人がかりでも勝てるかどうか分からないという。

「アインズという方はそういう人間の為に仮面をつけていらしているのですね」

「なんで皆さんは話しが通じないのでしょうか? モンスターの方がよっぽど愛想が良いですよ」

 そう言いながらヤントラは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の頭を撫でた。

「私はアンデッドの中では骸骨(スケルトン)がわりと我慢できるほうです。腐った方は苦手ですね」

 アインズは特殊技術(スキル)のみでアンデッドを創造することが出来る。

「あのっ!」

 クライムが声を上げて尋ねてきた。

「なんですか」

「モンスターが怖くないようですが、どうしてそこまで出来るのですか?」

「自分で呼んだモンスターだから。アインズなら自分達で創造した仲間達だから、という答えになります」

 ごく当たり前のことのようにヤントラは言った。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は退去させられ、レエブン侯は安心することが出来た。

「仮面を取れだなんてもう言わないで頂たい。あと、黙って殺されなさい、あなたは」

「も、申し訳ない」

「先ほどから拝見していますが、あなたは一切、手を出していませんね。それは何かの計算で行っているのですか?」

「出してもいいのですが、冒険が台無しになるのはちょっと困ります。楽しみにしていたので」

「なるほど」

 不毛な会議は終わりにした方がいいとレエブン侯とラナーは思っていた。

 他の貴族は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の出現で恐怖に怯えていた。

 

 王国には王派閥と大貴族派閥の派閥に分かれて権力闘争に明け暮れていた。

 それがヤントラという未知の存在によってかき乱されていた。

「ヤントラ殿、もう少し穏便に願えませんか」

 戦士が懸命に訴えてきた。

「穏便だと思いますけど? 誰も死んでいないですよ」

「それはそうなのですが……」

「貴族に対して平伏しろと言いたいわけですか? どんな理由で?」

「ど、どんなと言われましても……」

「平民十万人の命と貴族に平伏する事とどちらが大事なのですか、あなたは」

 戦士は口ごもる。もちろん平民の方が大事だ。声を大にして言いたい。

 自分はただの一兵卒。口答えできる立場に無い。

 立場とか関係ないのは頭では分かっているのだが、王の前では勇気が萎む。

「平民の命を救いたい方を平民出身の戦士長様が刃を向けられる。こんな滑稽なことがあるのですね」

 鈴の音が響くような笑い方でラナーは言った。

 ガゼフも己の剣が誰も為のものか理解できないわけではない。

 王に忠誠を誓っているからこそ、血反吐を吐く思いで刃を振るうのだ。

「そんなあなたが本当に名声はお望みではないのですか? 今ならアダマンタイト級もすぐにご用意できると思いますが?」

「いきなり飛び級は勘弁願いたいです。一つ一つ世界を知りたいのですから。いきなり銅が割れるのは予想外でしたが、ちょっと残念に思います」

 せっかく貰ったのに、と本当に残念そうに割れたプレートを見つめる。

 欲望は無いわけではないのだろうけれど、無欲に近い御仁も珍しいものだとラナーはヤントラを見据える。

 平民の命を軽んじているはずなのに何故か平民を救うほうに誘導している。その意図はラナーをもってしても理解は出来なかったが、それはきっと些細な気まぐれなのかもしれない。

 ここに集まっている六大貴族の体(てい)たらくは見ていて滑稽(こっけい)で面白いのだが、本当に腐った人間達ばかりしか居ないのが残念な点だった。

「下らない質問なのですが、よろしいですか?」

 ラナーはヤントラに尋ねた。

「はい」

「六大神。八欲王。十三英雄。この中で聞き覚えのあるものはありますか?」

「……無いですね。英雄譚、神話や物語に伝えられるもの、でしょうか?」

「強大な力を持つ者は何かを恐れるとは思えないのですが。何か恐れるものが居るのですね?」

「それは……、居ると言えば居ると答えます。ついでに探している程度ですが。なにしろ特徴が全く見抜けない存在なので向こうから来て貰うように皆様方と仲良くなろうという計画です」

「素晴らしいご計画ですが、あなた的には実際にどうなのです? アインズという方をお見捨てになられ方が楽でしょうに。それとも、そのお仲間がとても愛らしくていらっしゃる?」

「あいつをボコボコにするのは楽しみですが、確かに他のみんなは愛おしいです。よその子ですが成長するのが楽しみな親戚のおじさん、みたいな感じなので。自分の子だと可愛がりそうにないダメな親になりそうですし」

 レエブン侯は空いた口が塞がらないようだった。

 ラナーが普通の人間に見える。それは今までの人生でありえない出来事だった。

「それからもう一つ。『国堕とし』もご存じないのでしょうね」

「名前から察すると厄介なモンスターでしょうか。すみません。まだ何も勉強していないもので」

「あなた方はどうやら、異邦人のようですね。アインズという魔法詠唱者(マジック・キャスター)も。おそらくはその住まいごと、と言った方がよいのでしょうね」

「……そのようです。ですから困っているのです。人間と相容れない彼らが人間が多く住む国に放り込まれて攻め込まれでもしないかと。もちろん、来る敵はしっかり皆殺しにするように教育されているので、よほどのつわものでも居ない限りは大丈夫なのですが……。やはり心配は心配です」

 恐ろしい化け物を心配するヤントラ。

 レエブン侯は国の一大事だと身体が訴えているに関わらず、彼を拘束するのも危険だと判断していた。

 人類を脅かすモンスターが大勢いるかもしれない。

 アダマンタイト級冒険者でも対処できるのかどうか、必至に頭を働かせていた。

「是非、お邪魔させていただきたいものです」

「殿下!」

 無邪気に笑いつつ会話を続けるラナーにレエブン侯は怒鳴りつけた。

「国の一大事なのですぞ!」

「だからどうしたのです。つまらないことは聞きませんよ、レエブン侯」

 せっかく楽しいおしゃべりをしているのに邪魔をして、と頬を膨らませるラナー。

 『中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)』を唱えると『警報(アラーム)』が鳴った。

 毎回、鳴らすのは申し訳ないと思った。

「……失礼」

「面倒なので兵士達も部屋に入れておきましょう。そこのお方、外に居る者に伝えてください」

 平伏していた戦士は飛び起きて、急いで部屋を出た。

 一時もこの場に居たくない、そんな気持ちの表れのようだった。

「あなたがたが他国のスパイではないのはよく分かりました。おそらく勝手な想像なのですが、あなた個人はこれから我々とアインズという者と共存できる道をお探しなのでしょうね。他の国とも、かもしれませんが」

「彼ら的には……、人間のような下劣な生き物と対等に扱われたくない、と言うかも知れません。主人の命令なら従うのでしょうけれど、とても屈辱を感じると思いますね」

 他の貴族は怒り心頭だった。

 モンスターと馴れ合う気は最初から無い。

 急いで自分の領地に戻り、討伐方法を検討したくてたまらない様子だった。

「そうであってもあなたは……優しいのですね。両者の板ばさみに遭いながらもを取り持とうとしている。……家畜の如き我々に教えて欲しいのですが、どうしてそこまで気にかけるのですか? やろうと思えばこの場に居る全員を始末することも容易いでしょうに。やはり冒険がしたいからですか?」

「混沌とした世界になるかもしれません。けれども、誰も見たことの無い世界に変わるかもしれない。つまらない結果は私も受け入れがたい苦痛なので、抗っているのですよ。戦う相手はいずれ見つかると思いますが、それはその時に考えればいい未来です。始末に関しては……」

 と、ヤントラは貴族達の顔を見回す。

「彼らが処分するので放っておいてもいいと思います。よい食料や家畜になってくれそうですし。私も心を痛めることも無いようですから」

「ふふふ。そうですか。なるほど。あなたの人となりが読めてきましたよ」

「そう簡単には読めないと思いますが。あと……、この国において言うべきことは……、あるとすれば下水処理施設は無いのかなと」

 ラナーは急に目蓋を思いっきり見開く。

「未熟なものならありますよ。その点に気付くとは……、お話が合いそうですね、あなたとは」

 声に出して笑うラナー。それはこの場に置いて異様とも言える光景にヤントラ以外には映っていただろう。

 ヤントラは確かに異常な存在だ。性格破綻者かもしれない。

 ラナーからすれば多少は価値のある人間に見えた。

 本当に人間なのかは分からないが、愉快なおもちゃが目の前に転がっているのは理解した。

 久しく話しの通じる相手とめぐり合ってこなかったせいか、声に出して笑ってしまった。

 正直に言えば、手に入れるべき人材かもしれない。

 残念なのは今だ王国には邪魔者が多すぎるという点だ。

 レエブン侯以外の貴族に早く死んでいただきたいものだと思った。

「……随分と色々な情報を教えてくれていますが……。あなたの安全は保証できませんよ」

「きっと殺されるでしょうね。私はあいつを怒らせるのが楽しみなので、どうでもいいのですが」

 にこやかに答えるヤントラ。

「やはり、アインズという方はあなたのおもちゃ、みたいなものですか」

「意見をぶつけられるのはアインズくらいです。王国と接触した私をどうやってどんな方法で殺そうか考えているのかもしれません。さすがに足がかりを失うわけには行かないでしょうけど……」

 そこまで言ったヤントラにクライムは恐怖を感じていた。

 自分が殺されると分かっていてどうして笑っていられるのかと。

 話しから察するにアインズというのはとんでもない魔法詠唱者(マジック・キャスター)というのは感じた。

「……感知や探知を阻害するアイテムはお持ちなのでしょう?」

 それは興味から出た言葉だった。

 クライムは何の対処もせずに秘密をベラベラと喋る人間を見たことが無い。

「そういうのは苦手なので。バッドステータス対策くらいですよ」

「はぁ!?」

 クライムは驚愕した。

 普通に考えてもあり得ない。敵地に丸裸で平然としているようなものだ。

 度量の大きいバカなのか。いや、身体を両断されても平然としている化け物だから当たり前かもしれないが。

「洗脳系はさすがに気持ち悪いので対処しますけど」

 質問されれば普通に答える。

 曖昧な言葉ではぐらかす人間はたくさん見て来たが、ここまではっきりと答えている人間は見たことが無い。

 クライムは両手に拳を作り強く握り締めた。

「あなたはバカですか!」

「そんなに誉めないで下さい。恥ずかしい」

 彼の怒声の後に護衛の兵士たちが会議室に入ってきて、壁際に待機していく。

「この国ではアインズ……様とお呼びしたほうがよろしいのかは存じませんが……」

「アインズでもゴウンでもいいんじゃないですか? 変な名前と言わなければいいので」

「ありがとうございます。そのアインズ様はわが国は受け入れられないかもしれません。帝国にくれてやったらどうなりますか?」

「貰ってくれるなら安心すると思います。少し地盤が固まった、くらいには思って喜ぶと思いますね」

「その帝国を食い尽くす可能性は?」

「腹を立てない限りは大人しくすると思います。圧倒的に派手に世界征服するタイプではないし。地味にこつこつと世界に広がっていくんじゃないかと」

 圧倒的な力を持つ存在が地味に活動するのは対策がとても取りづらい事態だ。

 慎重な相手なのは分かったが、見えない相手はとても恐ろしい。

「亜人に対してはどうなのでしょうか?」

「人間同様、利用できるものは利用し、役に立たなければ滅ぼすかアンデッドの材料ですね。意外と面倒見があるので気に入ったら育てるかもしれません」

「では、異形の存在……。おそらくは彼らはこの部類なのでしょうが同類に対してはどうなのですか?」

「異形とて仲間ではないので役に立たなければ叩き潰しますよ、普通に。彼らは自分達の仲間以外は心を許しません」

 三種の存在に弓を引くアインズ。

 これは相当な難敵だとラナーは感じた。

 正直、ここまでとは思っていなかったのは事実だ。

「ますます会ってみたくなりましたね。それは我々の知らないモンスターなのでしょうか?」

 アインズはラナーの中ではモンスターだと定義した。人間であるはずがない。

 先ほどの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)がヒントであり答えかもしれない。

「あれを普通のモンスターと定義してはいけません。同じ種族もいますが全くの別物です。アインズは……いや、秘密にしておきましょう。君達に説明しても倒すことばかり考えると思うので」

「いやいや、そんなことは……、無いと思うぞ」

 レエブン侯は必至に言葉を吐き出す。

 富と名誉が目的ならくれてやる、というほど情報を欲している。

 アインズという化け物の事は国の未来に関わってくると感じたからだ。

「個人的に戦う分には止めませんが。拠点への勝手な侵入は私でも許しません。一応、私の財産も置いてもらっているので」

「ざ、財産?」

「なけなしの武具やアイテム類です。貧相でも無いよりマシなので」

「……それは私の部下が持っていた物と関係するのか?」

 ガゼフが声をかけてきた。

 見慣れない武器とガントレットを大切そうに抱えていたのが気になったからだ。

「ほんの気の迷いです。あまりにも命を懸けるには貧相すぎて悲しくなりました。王国の戦士も大変なんですね」

 本当に可愛そうな目でヤントラはガゼフを見据えた。

 それに比べて護衛兵の装備が立派なことにも少し驚いていた。

「戦士長もちゃんと装備すれば強いんですよ」

「だとしても天使相手に皮装備は……、死ねと言っているようなものです。……私もかなりランクダウンした粗末な装備しか持って無かったけれど……」

「誰かがミスリルの鉱山を独り占めにしているのですよ。兵士の装備が貧相なのは私も心を痛めております」

 少し悲しそうにラナーは言った。

「兵士など身体を鍛えていればよかろう。日頃の鍛錬がおろそかだったからではないのかね」

「我々の為に命を懸けるのは当たり前だと思うのだが」

 腐りきった貴族共め、そうガゼフは言ってやろうかと思っていた。そして、それはレエブン侯も同じ気持ちだった。

 彼らと同じ空気を吸いたくない。

「国の財政の一部でも兵士に回せれば苦労はかけないのだが……。国王としても心を痛めている」

 やっと喋った国王様。生きていたとヤントラは思い、少し安心した。

 ちょっと寝ていたのでは、と思ったほどだ。

「兵士の装備に回せる無駄な資金なぞ、あるものか。ただでさえ冒険者組合に無駄な補助金を出しているのだ」

 ラナーは思った。こいつらはアホだと。

 自ら殺してくれと言っているようにしか聞こえない。

 ヤントラは少なくとも我々とアインズとの戦闘を避けている節がある。それが何故だかは分からない。

 気の迷いかもしれない。

 ただ着眼点は面白いと評価できるところはある。

「あなたは惜しい人材かもしれませんね。これからの冒険を満喫してください」

 彼は志願兵にはならないだろう。でなければ冒険者を優先せずに自らを売り込むはずだ。だが、それをしなかった。

 人間の姿をしたモンスター。

 ラナーの記憶にも覚えが無いが探せば出てくるかもしれない。

「そういえば、誰かラキュース達を呼んでくださらないかしら? 完全装備で、と」

 ラナーの言葉に護衛兵の一人が部屋から退出していった。

 

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 

 王国が誇るアダマンタイト級冒険者でもある女性。

「そういえば……、興味本位なのですがアインズ様の魔法について諮問(しもん)してもよろしいですか?」

「……全部は知りませんよ。特徴的なものはいくつか知っているくらいで」

 レエブン侯は何か紙に記載した方がいいのか、辺りを見回す。

「勉強することは良いのですが、あなたたちに対処できるとは思えません」

 レエブンはドキリとした。

「バレたら殺されるのか?」

「殺す価値があれば。割りと自慢するので本人も教えたいと思うかもしれません。しかし、この国は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の扱いが酷いらしいので……、渋ることも考えられます」

「アインズ様は可哀相なお方なのですね」

「対等だった仲間達を失いましたから。あっ、これは内緒ですよ。これを交渉カードにしたら……、よくない事になります」

 ラナーの予想では仲間は全員異形の存在だろう。

 圧倒的な実力を持つ化け物が四十人近くも居れば他国からでも情報が入るはずなのに今ところは目立ったものは届いていない。

 それとも慎重に行動しているのだろうか。いや違う。彼らは最近この近くにやってきてしまった筈だ。だから情報が無い。

「そうそう、紙で思い出しました。もう少し書きやすくて安価なものは製造できませんかね? 羊皮紙はザラザラして書きにくい。木の根の繊維とか使ったりとか」

「多少はあるかもしれませんが……。まだまだ開発の余地があるようです」

 植物を利用する製紙技術はラナーも欲していた。だが、まだ満足する結果が得られていない。

 時間があればヤントラも各地の職人の様子を調べてみたい。

 科学技術の発展までは望まないが、少しは文明を発展させてもらいたい。

 文明レベルを急激に上げる事は難しいが考えることは必要だ。

「では、先ほど上がった大量殺戮の魔法について」

「はい。効果範囲にいる者を即死させ、それを贄として召喚する」

 聞いているとおぞましさが増してくるようだとレエブンは思った。

 いや、そもそもそんな魔法は聞いた事が無い。

「全員殺害しないのですね」

 その方が楽でしょうに、と思った。

「黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)」

 それだけで聞く者を怯えさせそうだ。

 魔法を詠唱するようにヤントラは言った。

「誰か聞いた事はありますか?」

 ラナーの言葉に誰も答えられなかった。

 つまり聞いた事も無いとんでもない魔法という事は理解した。

「死んだ数が多ければ複数体のモンスターが召喚されます。私が見たのは一体だけですが……」

 大勢を即死させて一体だけ、とラナーは首を傾げた。

 その一体はとてもまともなモンスターではないのだろう。それが複数体も出てくるとなると想像できない。

 ラナーをもってしても身震いしそうな魔法かもしれない。

「黒くて丸い。頭頂部から無数の触手が生えていて、足は短くて五本。それがちょこまかと可愛く走るんですよ。一生懸命に」

 身振りでモンスターの様子を説明する。

 聞いている分には可愛いのかな、と思ってしまう。しかし、大量殺戮魔法はそんな可愛いと表現できるものではないだろう。

「黒い身体には無数の口があって、鳴き声は山羊なんです。とても可愛く鳴きます」

 ラナーが黙ってしまった。

 彼女は何かよくない想像をしているのだろうとレエブンは思った。

 いや、誰も何も喋らない。

 そんなモンスターの存在は誰も知らないのだから。

 重い雰囲気に包まれた静寂を小さな存在が破る。

「その……魔法で召喚されるモンスターは……。なんなんですか?」

「『黒い仔山羊』というモンスターです。特殊能力は無く、走るだけのモンスターですが、頭は良いので獲物は逃がしません。走る速さは馬より早い。逃げられませんね、兵士などは」

「……は、走るだけですか?」

「多少は触手で攻撃してきますが、基本は走るだけ」

 普通に喋っているけれど、それがまともなモンスターではないはずだ。

「戦争するのがバカらしくなりますが、特徴をまだ聞きたいですか?」

 正直に言えば聞きたくない。

 それは誰もが思ったことだろう。

 クライムは勇気を振り絞る機会は今なのかどうなのか判断に迷った。

 ガゼフでさえも声を出したくない様子だ。

 この場にあって冷静なのはヤントラただ一人。というよりは楽しそうにさえ思っている。

「馬より早く走るだけのモンスター。聞くだけなら脅威はなさそうですが……」

 特徴も無いならなおのこと。

「大きさは五メートルほど。身体は全て硬いです。弱点も無い。それでも脅威はありませんかね?」

「ごっ!? 五メートル!?」

 馬車より巨大で頑強なモンスターが触手を振り回して猛スピードで走ってくる。

 それはそれだけで災厄を撒き散らすだろうことは想像に難くない。

 いや、まだあるような気がする。

 走るだけのモンスターがそんな簡単で終わるのか。

「召喚主の言う事を聞く知能があるので、とても厄介な相手です。私の手持ちの武器でも無理かもしれないが戦えたら挑戦したいですね」

「……よく平気で居られますね」

 ついクライムは言った。

「モンスター退治が好きなのであらゆる敵は倒したい。コレクター魂ってやつです」

 彼にとってモンスター退治は趣味と同然という事かとガゼフは不思議と納得できた。

「走るだけなら散り散りに逃げれば……」

 と、レエブンは途中まで言った言葉を止めた。

 馬より早い。つまりどうやって逃げられるというのだろうか。

 後方ならまだ助かる可能性はあるだろう。

 ヤントラの特徴を懸命に想像するが、やはり紙か何かで書かないことにははっきりしなさそうだ。

 護衛兵にいくつかのアイテムを持ってくるように依頼する。

「この魔法は連発できません。いざという時の決戦魔法ってやつですね。知っている人間なら対策を取ってきますが、もちろんアインズとてその裏のかき方くらいいくつか想定しているでしょう」

 そこまでして徹底的な対策を取る存在なのだろうか、アインズ・ウール・ゴウンという存在は。

「走るだけ。本当に走るだけですか?」

 それがどうしても嫌な予感に感じる部分だった。

「……えっとですね。体長が五メートルほどもあり、頭にある触手を振り回し、たくさんの口がついている黒くて丸くてとても硬い身体に五本の短くて太い山羊の足が生えていて、鳴き声をあげながら、ちょこまかと物凄い勢いで走ります。そして、敵を追い回します。どこまでも」

 にっこりと笑うヤントラ。

 

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