ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
M-1 『黒い仔山羊』で実験
空中に浮かぶ『
規模の大きい建築物は遅々として進まない。
半月かかって広い床一面の四割ほどが精一杯。
それでも常識的に考えれば早い方だ。
下準備もろもろを考慮しても早くて数ヶ月は必要だ。そして、それにかかる費用も軍隊を一軍ほど養えるほどではないかという。
ンフィーレアはナザリック地下大墳墓の
調べ者に忙しいアインズは執務室と図書室を往復していた。
「メイド達だけでは不満か?」
「現地の人達にも仕事を与えた方が色々と得るものがあると思いまして。技術の流失を恐れるゴウン様に意見を貰おうと思って」
「確かに過剰反応していることは自覚している。建築技術においてしっかりした建物を作ることはとても大事だ。……そうだな、エ・ランテルに居る職人に声をかけておこう」
既に設計士が関わっている事はアインズも承知している。というより設計士を勧めたのはアインズ自身だ。今更覆せない。
妥協できるところは支配者とて妥協する。
度量は狭くない、というところを見せる必要はあるだろう。
これが何故、ヤントラの前だと発揮されないのか。
「ありがとうございます」
「ところで、エンリは元気か?」
「はい。子育てに農作業と忙しく働いています。もちろん、無理な力仕事はせず監督役ですが……」
「そうかそうか。部下に任せたままだったが村は発展しているようだな」
カルネ村は未だに王国領だがアインズの人気がとても高いので破顔してしまう。
エンリと結婚し、子供が生まれた事も我がことのように嬉しかった。
「……ところで魔導国に作る浮遊する建築物はどうなっている? まさか嫌がってやめたとか?」
「そんなことは無い、はずなのですが……。精神的な疲労が取れないのか、ここしばらく眠っています。控えている予定が多くあり、どれも時間がかかるものばかりなので……。何も考えず寝て起きて風呂に入って、家族サービスするようにと……」
「ついに限界が訪れたのか、あいつにも」
面白くない事が続けばやる気もなくす。
まして楽しいと思っていなければ続けてこられない。
戦士の休息は邪魔をしてはいけないだろう。ただ、ナーベラルは邪魔しそうだ。シズに監督役として行ってもらおう。
「了解した。それにしても変態と名高いあいつは普段はどんな風なんだ? 献体をさわりまくったり、
「いえいえ。普段は勉強なさっています。女体モンスターは手に入れる時だけですよ。お世話も真面目ですし。メイド達の様子も真剣です。黙っていると変態的要素が見つからないくらい」
「マジで?」
「本来のヤントラさんは純粋に研究熱心な方だと思います。我々の目には変態的行動に見えているだけ、ということも……」
女体モンスターばかり手に入れるのは立派な変態、とンフィーレアは思い出す。
一体ずつ胸を揉んだりする行動はここ最近は見ていない。
最初の印象が強かったせいもあるだろう。
「話しは変わりますが……。
「んっ!? いや……、そんな話しは聞いた事が無いな」
やったことがないから。
もし出来るなら色々と興味をそそられる。
アンデッドは一律異種交配に参加出来ないのが残念だ。
掛け合わせで出来たのが
女性タイプなら誰でもいいのかもしれない。
「ペットなら有用かもしれないが生み出した後の責任は重大だぞ」
「そうですよね」
変なモンスターが生まれたから捨てる、というわけにはいかない。後に世界に深刻な被害を振りまくかもしれないから。
処分する覚悟を持っている者の方がちゃんと取り扱いそうだ。
ナーベラルの複製を使った後、随分と悩んだものだ。
愛着を持つ相手は選ばなければならない。
ソリュシャン・ダストも寄生している
しっかりと面倒を見るのは大変だ。
ヤントラをラキュースの元で寝かせている間にも『マグヌム・オプス』は稼動し続けていた。特に羊毛の採取が。
一部のメイドに命令できるので完全停止にはならない。
ナーベラルからシズに変わってもメイド達の見回りは特に問題がなかった。
封印された部屋が増えているけれど出来るところは残っていた。
午前は一の宝物庫の地下一階部分の開放されている部屋の見回りと掃除。
午後は大浴場の清掃と七の宝物庫の地下二階の見回り。
これだけでもけっこうな時間がかかる。
一回で全ての仕事を終えることは難しい。
ヒビなどを見つければンフィーレアに連絡する。
口では人間を
戦闘メイドのシズは両者の間に立って意見交換する。
ナザリックのメイド達は創造主である至高の四十一人こそが神であり、他の生物は取るに足りない下等生物だと思い込んでいる。
特別な場合を除いて一般人に心を開くことはない。
アインズの命令があればンフィーレアと言葉は交わすが信用はしない。それが当たり前だからだ。
ンフィーレアも基本的なことはヤントラから聞かされているので残念に思いつつも会話が出来るだけで我慢する。
過剰な期待は危険だ。
創造主側のアインズが許可すればナーベラル達などは声をかけてくれる。
「……質問」
ンフィーレアにシズが話しかけてきた。
「はい、なんでしょうか」
「……仕事が終わった後はンフィーレアに声をかけるべき?」
「留守にすることもあるので、仕事が終わればそのままお帰りくださって結構です」
「……了解。……報酬は?」
「そのようなお話しは伺っておりません。ナーベラルさんも報酬のお話しはされていなかったので」
無表情のシズは頷きながらンフィーレアの言葉を頭の中で精査していく。
五の宝物庫が封印されていなかったので金貨の持ち出しは許可されたものとして判断することにした。
アイテムの方は特に指令が無いので手は出さない。
「飲み物が欲しいのでしたらお作りしますよ」
「……では、それは仕事が完了した時に頂く」
「分かりました」
シズはお辞儀した後、メイド達の監視の任務についた。
大きな混乱も無く『マグヌム・オプス』は運用され続けた。
寝て起きて食べて、と繰り返すヤントラ。大半は日がな一日寝てすごしていた。
通常の睡眠は少なかったのだが今は半分以上になっていた。
今までの疲労が押し寄せているのかもしれない。
子供達は側に寄り添いつつ起きるのを楽しみにしていた。
起きている間は子供達の面倒を見て、外に散歩に出かけたりしている。
道端に倒れこんで眠ったりはしないようだ。
無心で数日は怠惰な生活をしただろうか。
今日は朝から顔を洗い、子供達と風呂に入ったりした。
食事は久しぶりにヤントラお手製。
「もういいの?」
「毒抜きは数日じゃ済まないかもしれないけれど、定期的に怠惰な生活もいいかな。……子供達が心配するかもしれないけれど」
「息抜きは必要よ。それでまた研究というか、建築関係かしら?」
「うん」
「王都の方に来ないわよね? 落さないでよ」
「魔導国に落としたら面白いだろうね。……でも、結局壊れちゃうな……」
「派手にね」
クスクスと小さく笑うラキュース。
「下らない事にとんでもない労力を割くことになるな。ンフィーレア君、大泣きしそうだ」
「確実にね。とにかく、落さずに作ってちょうだい」
「はい。そうそう簡単に落ちるものではないけどね」
「本当?」
「部品一つ一つに魔法がかかっているから。ああっ!」
ヤントラが叫んだので子供達は驚き、笑い出した。
「解呪の実験をやらせればよかった。今からでも間に合うかな……」
「食べたら戻っていいわよ。あなたは頑張っている方がいいわ」
「ありがとう」
子供達も連れて行くことにした。
後でンフィーレアにカルネ村に運んでもらおうと思った。
ずっと母親の側に居ても退屈だろうし、祖父達の村の様子を見せるのも教育に良いだろうと判断し、ラキュースは了承した。
食事を終えた後はヤントラと共に軽く散歩しつつ店を回る子供達。
十日ほど怠惰な日常を過ごしたが施設の中は平和だった。というかンフィーレアとイビルアイが管理してくれたおかげだろう。
バスディオ達は早速走り回ったがンフィーレアにしっかり守られて移動する。
「定期的に休んだ方がいいんだろうな」
数日間の留守の間に異常が無いか、さっと見回る。
部屋が荒らされた場合は仕方ないと諦められるが報告では異常はないようだ。
大浴場も浴槽が綺麗になっているし、五の宝物庫は追加が必要な感じではあるけれど異常は無い。
残りは特に特筆すべき事は無かった。
地上の方も同様だ。
地下に戻り、辺りを見回すと金属板が積み重なっていた。
「そうそう。これらを百枚以上並べてアインズに解呪してもらう実験をしてもらおうか」
「おおっ! それはいいですね。全体的なのか、局所的なのか知らなければ」
問題はアインズが来るのはヤントラが留守の時ばかり。
悪口を言えば転移してやって来そうだが、その方法はやめておく。
小さい金属板を早速並べ始める。それから一枚ずつ『
コストはかかるが大事な実験には必要経費だ。
それをいくつか用意しておく。
それが終わる頃にンフィーレアにバスディオ達をカルネ村に連れて行ってもらう。
メイドの一人を呼び出し、報告を受ける。
後は複製の生産と量産。同時進行で執務室の様子も再確認する。
次の日から再稼動が始まる。
数日放置していた地図の方は割りと進んでいた。
発見できたモンスターしか収録できないので隠れたモンスターは更に多いはずだ。
砂漠地帯にエジプト神話関係が居ると思っていたがそこまで都合は良くないか。
特定の神話が都合よく存在するのもおかしなものだろう。
住み易さを考慮するとしても。
めぼしいモンスターというか遺跡は空に浮かぶ城とその真下にある都市なのだが、水が常に降り注ぎ、その水源で
砂漠地帯にもかかわらず絶対量を考慮しない遺跡はとても危険だ。
水没しなくても気候変動は起きていなければおかしい。いくら魔法で天候を操作できるとしても。
魔法なら何でも出来てしまう、というのは問題があるだろう。
数百年も続く放水なら今更な話ではあるけれど、過剰供給は止めた方がいいだろう。
それともどこかで水源を消費しているのであれば別だが。
ダンジョンもそれほど数が多くなく、殆どが野盗のねぐら。あと、小さな遺跡程度だ。
空いた土地の多くは農村が占めていてモンスターに襲われつつも慎ましく生活しているようだ。
「しばらくは増産かな……」
失敗しても構わずメイド達を複数使っての増産。それは人間世界では見るもおぞましい風景に映るだろう。
屠殺場の地図は折りたたんで一の宝物庫の部屋に格納し、外に出ている地図作成のメイドだけを撤退させておく。
あとはどんどん積み重ねるだけ。
献体が劣化するのかの実験も出来るだろう。
まずは部屋に入るだけ増やして、それから積み重ねに入る。圧死すると思うので実際には部屋を埋め尽くすのは無理だろう。
床に敷き詰め終わったら浮遊する板に乗せたりする。
とにかく入れれるだけ入れていく。
あとは単純作業の繰り返しだ。
空いた部分に追加の複製を入れていくだけの仕事。
見回りのメイド達にとっては封印部屋が増えて困るだろうけれど、それらは案内役に任せることにする。
一の宝物庫と七の宝物庫の見回りだけでもやってもらうと安心する。
残りは性質上、清掃は難しいし秘密の部分がある。
完全量産体制に入る為に施設の管理はンフィーレア達に委ねようと思った。
その前にアインズに呼び出されるような気がしたので準備だけは整えておく。
地上施設もしばらく放置したままだから
呼びもしない客人用の部屋とか無駄なものを、と思ったがナーベラルを寝かせるのに使った事を思い出す。
それでも滅多に使わないのはもったいない。
「……バ、バスパ様。行ける部屋がどんどん無くなっていくようですが……、ナザリック地下大墳墓側に何か非があったのでしょうか?」
気弱なメイドの一人が尋ねてきた。その後ろには両手の拳を強く握り締めるメイド達の姿もある。
メイド達にとっては仕事場が減らされるのは気になることだったようだ。
事前に通知しない事もあるし。
「稼動すると邪魔になるからね。君達には毎日でも確認できるところをお願いしているだけだ。六の宝物庫みたく毛が飛散する場所は困るんじゃないか?」
「確かに……。清掃しても汚れてしまう所はかえってお邪魔ですね」
「こっちでたくさん働かせるとナザリック側が困るだろう?」
「はい」
「催促しているようで申し訳ありません!」
メイドの一人が平伏する。
余程仕事に飢えているのか、金貨一枚一枚洗うこともいとわない勢いがあった。
「封印の部屋は空中宝物庫の為に稼働中だ。広い部屋を利用した仕事と思ってくれ。大浴場以外は洗う仕事は無いし、見回りが中心だ」
移動が不便になるのは仕方が無い。
稼働中の部屋に入っても邪魔になるだけだし、かといってメイドに処分が出来るとも思えない。
「広い部屋の見回りは大事です」
「外敵は仕方ないとしても内部の異常を見つけてくれるのはありがたい。勝手に動き出しそうな容器が多いから」
「そ、そうですよね」
「変動する仕事があって混乱させてしまって申し訳ない」
「い、いえ、そんな……」
「困難がある方がやりがいがありますよ」
「不自由はあるだろうけれど、よろしくお願いします」
ヤントラが頭を下げるとメイド達もいっせいにお辞儀した。
それから与えられた現場に移動していく。
催促に応えてあげたいところなのだが今は宝物庫の仕事を優先してもらっている。
呼びつけるという事らしいが事前連絡はほしい、という旨を戦闘メイドや一般メイドに伝えておいた。
いきなり来いと言われても困るので。
アインズにばかりかまけているわけにも行かず、シリカの製作具合も確認しておく。
水分補給と休息を取らせる命令のおかげで日には焼けていたがメイド達は元気そうだった。
小麦色に焼けた大きな胸。
スカートを外すと色白の本来の肌が見えてくる。
焼きあがったシリカは保管用の倉庫に溜められている。
硬い鉱物のノコギリなどで規定の厚さに切りそろえて、ヤスリがけしていく。
強度的には加工し易い。
細かい加工は『マグヌム・オプス』で
砂漠地帯はあくまで耐熱タイルの大まかな製造だけだ。
メイド達を定期的に入れ替えて体調管理に務めていく。
皮を削ることはしないが治癒魔法はかけていく。
森の奥の拠点は敵性モンスターの襲来はあるようだが目立った異常事態は起きていないようだ。
更に先に進みたいところだが無難に引き返すか、メイドを増量して現場待機か、一時撤退か。
他の地域に送ったメイド達も今は拠点で待機中。
長期間の待機は厄介なモンスターを溜め込むかもしれないので、拠点を一時撤去することも検討しておこうと思った。
シリカは従来どおり。防衛や健康面で人員を追加しておこう。
ダンジョンや遺跡以外で優先すべき事柄は女体モンスターくらいだ。
ゆっくり攻略していけばいい。
アイテム製作が今の優先事項のようだ。
他の国の都市にも興味があるけれど遠い、というのが素直な印象だ。
亜人の存在が人間の国を脅かしているとも言える。
取り立てて得るもの、女体モンスターなどは無かった。エジプト神話のモンスターも少し期待していたけれど、砂漠の中心にはまだ行く予定ではないので保留にしている。
灼熱の世界でも一部の生物が生活していた。
夜になると気温が一気に下がり、水滴が生まれることがある。
一部の砂を女体モンスターの排泄物に置き換えて、植物を植えていく。
海から大量の水を注いでみたり、空から撒いてみたりする。
苛酷な環境でも植物が育てば月でも色々と育てられる。
砂漠化を止めておかないと将来の不安要素になってしまう。小さなことでも実験は必要だろう。
秘密裏に
日中は熱いので夜間の作業になる。充分な水分と堆肥を駆使して植物を植えていく。
強い日差しを受ければ枯れそうだが、そこは
日陰に
広大な砂漠を緑地化するのは簡単ではない。
百メートル四方の緑地化と避難所としての拠点作成を命じておく。簡易的なオアシスとして利用してもらおう。
メイド達には身体を壊さないように無理なく作業するように言いつけ、ヤントラは移動する。
次に向かったのは砂漠と森林の間にある平原。
国の影響が及んでいない未開拓地。ここにも拠点を作っていた。
見晴らしが良く、海岸線も見える。
適度に樹木を植えて拠点を隠すように配置している。
アンデッドは居ないが動物系と虫系のモンスターが徘徊している。
そこにンフィーレアとイビルアイを連れて来た。
「かなり南方のとある平原と言ったところだ」
「……とても静かなところだな。というか何も無い、って感じだ」
「秘密の実験をするには格好の場所ですな」
「背後は砂漠地帯なんですね」
「何年後かにはここまで砂漠化するかもしれない。ここでは重量実験をしてみようかと」
既に立方体が浮かべられていた。
「イビルアイには酷な黒い仔山羊の実験だ」
「……モンスターとしての強さなどは強大だろう。いつまでも怯えていてはご主人のやりたいことが出来なくなる」
辺りに街や村は無く、被害はほぼ無さそうだった。
巨大なモンスターともいずれは戦う運命ならば逃げるわけには行かない。
覚悟を決めたいところだが、一度味わった恐怖は簡単には抜け切らないようだ。
まずは浮遊する立方体の追加をメイド達が用意していく。
「重さがゼロ同士だと引き算できなくなるのでは、という思い込みを脱するために行使は一回に留める」
「『
「あまりに便利な魔法は本当に効果が現れているのか分からなくなる。再確認のためにもね」
「分かりました」
拠点には執務室があり、中から外の様子が確認できて執筆のための机も完備されている。
イビルアイも避難しつつ改めて室内の点検を
風呂とトイレがあり、寝室も出来ていた。
普通の建築物なので魔法的な防衛は無さそうだった。
すぐ撤去できるように配慮されているのかもしれない。
一時間ほどで無数の立方体の準備が整う。
持ってきた肉片に治癒魔法をかけて一定の大きさになったところで立方体群の中心に乗せる。
数回ほど治癒魔法をかけてから拠点に戻る。
みるみる大きくなるモンスター。
「……おお」
完成した後で転がり落ちないように十人規模のメイドが周りを取り囲んでいた。
数十分後に完成した黒い仔山羊。
十人がかりの召喚モンスターへの治癒の後で体勢を整えられる。
「改めて見ると大きいな」
人間という種族に抗うすべなどあるのだろうかと思わせる絶望の権化のようだった。
「しっかり支えているようですね」
「凄いな」
ンフィーレアはヤントラの許可を得て、モンスターの真下に移動する。
普通の人間ならば近づくことも躊躇うところだ。
探究心は並外れて高いことにイビルアイは驚いた。
ヤントラは一旦、施設に戻り、命令の確認をしておく。
ンフィーレアの元に戻る頃には触手を動かし、身体に無数に存在する口が開いていた。
「……急に動き出して驚いたぞ……」
イビルアイはンフィーレアを引っ張って避難していた。
「メエエエェェェ」
「はい」
と、イビルアイにゲイ・ボルグを渡す。
鳴き声にびっくりしつつイビルアイは槍を受け取る。
「飛んだりしませんよね?」
「しないよ」
触手を適度に動かしているが近づくンフィーレアに意地悪することなく大人しくしていた。
身体にめり込むような感じで立方体は形を保っていた。
口から粘液は出さないように言われているのか、汚くは無かった。
一部のメイドは転移を繰り返し、掃除道具を持ってきて黒い仔山羊の側に待機する。
「敵としては厄介だが自分のペットだと脅威は感じないものだね。一時はどうやって倒すんだろうと色々と悩んだものだ」
「……私は今でも恐ろしいぞ……」
大勢の人間を踏み潰しながら突進する巨大モンスター。
本来は硬い身体を生かした盾のような役割と突進による場の混乱を引き起こす。
高位モンスターでもあるし、安易に捨て身にもならない。
弱点がほぼ無いので足止めは出来そうでできない。
「相当な重量があるようですが『
「フィア殿は怖くないのか」
「大人しいモンスターですから」
「いやいや、命令だからだ。実際の殺戮現場は凄まじいものがあったぞ。馬より早い勢いで人間を踏み潰していくんだぞ」
「モンスターですから殺戮する時は殺戮するでしょう。このモンスターだけ特別と言うわけではないと思います」
正論を言っているけれどイビルアイは身体を震わせていた。
確かに戦争の悲惨な現場を見ていない。だから言うのは簡単かもしれない。
ンフィーレアとて『マグヌム・オプス』での献体の処分は知っている筈だ。
殺戮の質はそんなに違わないのかもしれない。
とはいえ、猛烈な速度で襲ってくる巨大モンスターの恐怖はなかなか伝えられないのが現実だ。
見た目にも異形そのもの。それでも恐れないところは立派だといえる。
普通なら黒い仔山羊の姿だけでも充分、恐ろしいだろう。
「そうそう、私は戦争に加担しない約束を交わしているので、このモンスターをけしかけたりはしませんよ」
「お、おお、そうだったな」
「私は何もしない。けれども、モンスターは別だ。みたいな意地悪はしませんから」
「意地悪より、このモンスターが怖いです。あの暴風の権化のような行動をするのではないかと……」
「させません。ちゃんとイビルアイの側にメイドが控えているでしょう?」
「……うん」
「それにしても見たことの無い形ですが……。邪神系というモンスターはみんな変な姿なのですか?」
ンフィーレアは硬い足部分を触りながら言った。
素手で触らないように手袋は着用している。
「一般的な生物とはかけ離れたものが多いね。
「メエエエェェェ」
触手の一本がンフィーレアの側に垂れ下がる。
「これだけ大きいと兵士の武器は通用しそうにありませんね。肉体そのものが凶器……。確かに猛スピードで襲ってきたらひとたまりも無いですね」
「冷静な学者には分かるようだね。この丸い形も中々の曲者だ」
「硬い球面は槍や剣では攻略は難しい。まして強固な盾に武器を突いたり叩いたりするようなものですからね。殴打武器が有効そうですが……、肉体的にも強固なのでダメージはなかなか入れられないかもしれませんね。触手の方は素早く動くのでしょう? 硬直を狙われたらダメですし、足元は体重によるのしかかりは小さな生物にとっては脅威でしょう」
ヤントラからブロードソードを借りて、何度か皮膚を叩く。
戦士職ではないけれど戦うことになれば敗北は必死。
逃走以外は無残に死ぬかもしれない。
弱点がないと聞いているので状態異常の攻撃は通用しないだろう。
最終的には強固な皮膚にダメージを与える単純な物理攻撃。魔法による攻撃くらいしか攻略方法が浮かばない。
かなりの巨体なので低位の魔法ではびくともしない気がする。
これが複数襲ってくるようでは悪夢以外の何者でもない。
「今の我々に戦えるすべは無いでしょう。速やかに背走する方が良いのかもしれません」
「ん……。意外と冷静に分析するのだな、フィア殿は」
「標的を殺すまで追い続けるモンスターなら諦めるしかないのかもしれません」
「召喚モンスターは主の命令を遂行するまで動き続ける。それが基本だ」
消えないモンスターに厄介な命令を与えると世界の脅威でしかない。
どちらかが倒れるまで殺戮は止まらないだろう。
今のところ召喚モンスターは規定の時間になれば消える。だが、複製は消えない。
迂闊な命令はとても危険だ。
たとえそれがナザリックであっても。
倒す算段が無ければ悲しい結末しか待っていない。
「メエエエェェェ」
「その触手に掴まって天辺に登ってもいいぞ」
「あまり高いところは……。触るだけで……」
ンフィーレアは触手に触れた。
硬いゴムのような不思議な弾力だった。
これが猛スピードで奮われれば結構なダメージを受けるだろう。
硬いだけの無機質なら破壊できそうな気がするのだが、黒い仔山羊は硬い皮膚ではあるけれど柔軟性にも優れている。
斬撃に対する抵抗力は高いだろう。
このモンスターを攻略するのは大変かもしれない、というのがンフィーレアの感想だった。
後は実際に攻撃して感触を確かめれば確実だろう。
ブロードソードでの攻撃では刺さらないし切れない。
衝撃を吸収しているような感じだった。
「……このモンスター、よく倒せましたね……」
「簡単ではなかったな。丈夫でよく切れる武器のお陰だ」
「うむ。当時はメイド達が居なかった。よく一人で倒したものだ」
今ならメイド達の魔法などの支援を受けるだろうけれど、戦争当時はたった一人で撃破している。
最初こそ召喚した天使達を使っていたけれど。
イビルアイはゲイ・ボルグで突いてみた。
少し
「
手の感触からも分かる強固さ。だが、
ゲイ・ボルグという槍は
これを五体も相手にするのは一般の武器では不可能だろう。
武技でどうにかなるとも思えない。
魔法と言っても突撃してくる相手に通じるとも思えない。
第五位階でも心許ない気がする。いや、全く通じないだろう。
弱点が無いと言うのは
毒や石化などの完全耐性を持っているのに等しい。そんな相手に戦いを挑むのは無謀以外の何者でもない。
連携があっても受け止められる強固さが自分達に無ければならない。
ヤントラのように相手の動きについていく。または触手を捌く技術を持つか。
技術だけでは対応できない敵は確かに居るのだろう。
「倒すのは後にして強度的にはどうかな?」
「めり込んでて分かりませんが……、無事だと思います」
メイドにもう少し大きな立方体をいくつか黒い仔山羊の真下に配置していくように指令を与える。立方体に魔法がかけられると、どんどん上昇する巨大なモンスター。
「おお、すごいすごい」
転移により運ばれた液状化した金貨がメイド達の身体にまとわりつく。
小さな立方体は解呪されて回収されていく。
「金属が悲鳴を上げていますが……、無事のようです」
「分散と引き算は出来るようだな」
「イビルアイは遠くから魔法で攻撃してみては?」
「そ、そうか? もう攻撃してしまっているものな」
当てることは容易い。しかし、あまりにも巨大なモンスターは手を出すこと自体が無謀だ。
興味本位で手を出すべきではないとイビルアイの身体は訴えている。それほどのモンスターなのだ。
ンフィーレアは興味深く観察はしているけれど攻撃して倒したいとは思っていない。
あくまで純然とした研究対象として見ている。それは素直に尊敬に値するだろう。
「〈
のたうつ雷が黒い仔山羊の体表に当たる。
「メェ!」
短い鳴き声だけでダメージらしきものは与えられていないように見える。
イビルアイの現在の強さから言って攻撃は無効化されているとは思えない。ただ単に巨大すぎて通じていないように見えているのかもしれない。
人間相手なら怯んだりするだろう。一撃で倒したりする場面が浮かぶ。
巨大モンスターともなれば多少のダメージは無視できるのかもしれない。
「〈
水晶で出来た槍が当たった瞬間に砕け散る。
体表がくわえ込んで粉砕したのかもしれない。
「単独撃破は難しいようだ。魔法で倒せるとは思えない」
「弱点らしいものが無い場合は数をこなすしかないのかもしれませんね」
「……うむ。うちのチームを連れてくるしかないか」
少人数で相手が出来るとは思えない。
敵陣に向かわせるのに相応しいモンスターと言えるだろう。
自分達の陣営に置いておくことも危険そうだ。
「イビルアイが弱いというわけではありません。モンスターとして優遇された強さを持っているので誰だって苦戦しますよ」
「そ、そういうものか」
「そろそろ倒してしまいますか。今回は黒い仔山羊ほどの重量級を支えられるかが目的ですから」
ンフィーレアも必要な情報は書き留めていた。
「もっと暴れた場合の状態も知りたいところですが……。攻撃を受けると金属板は普通に曲がってしまうのですよね?」
「そう。形が歪になれば魔法効果は解呪される。それがどの程度かは不明、というところだ」
重さに耐えられる金属板でも攻撃には弱い側面がある。
破壊する意志を持たない限り、浮遊しようとする。
ンフィーレアが観察している間、イビルアイは拠点で大人しくしていた。
自分の弱さを痛感する。だが、単に弱いだけというわけではなく、ヤントラでも苦戦する相手だ。単純な強さだけでは上位モンスターには勝てないだろう。
通常、頑強なモンスターは相手にしない。
どうしても戦う場合は捨て身覚悟で望むしか無いという。
観察が終わった後でメイド達と共に魔法の洗礼を黒い仔山羊に叩き込む。
数多の魔法攻撃にもびくともしないような雰囲気にイビルアイは素直に驚く。
「戦争で使うべきではないな」
ここまで強固だとは思わなかった。
人間同士の戦争がバカらしくなる。
最終的には武器を持つメイドも加わり切り刻んでいく。
メイド達ですら決定打に欠けるようだ。
「……うおぉ……、これほど強いのか、このモンスターは……」
黙っているだけなのに倒せる気がしない。
それほどのモンスターを倒すのは趣味の人くらいしか居ないかもしれない。
アインズの仲間のコキュートスという虫のモンスターは実際に黒い仔山羊を倒したという。
攻撃に特化した戦士職でなければ相手に出来ない。
掛け値なしの超ど級モンスター。
「ご主人の世界では黒い仔山羊は強い方なのか?」
「強いですよ。そもそも召喚モンスターですし、倒しにくいので大抵は倒しきれずに消えてしまいます。
「ほう……。まあ、そうだよな」
「雑魚モンスターだからポンポン倒されていると思われますが……。倒した事例は少ないです。強固ではあるけれどダメージを受けます。長時間残ってくれたからこそです。さすがに一人で五体は武器が壊れてしまうかもしれないので……」
自分でもよく倒せたと思う。
倒した後は自分のモンスターとしてしまったが、特に意味も無く凄いモンスターだと今は思う。
一人で楽に倒せるような生易しいモンスターではない。
チームを組んで対応するのが基本だ。
「運が良かったんですよ」
標的を人間全てから討伐者一人に減らしただけでも大きく違うだろう。
「メエエエェェェ」
「……ところでこのモンスターは何を食べるんですか?」
「何も食べないよ。呼ばれて消えていくモンスターだから。伝承では食べられる方だったらしい」
「……うそ……」
「伝承での話しで、このモンスターはどうあっても食べられそうに無いよ」
「モンスターを知ることも大事なのは分かっているのだが……。我々は敵か味方かの二極ばかり選んで勉強がおろそかなようだ。それは反省せねばな」
「イビルアイ。今なら大人しいから上に乗っても大丈夫だよ。色々と観察してみたらいい」
「そ、そうか? いつまでも恐れてばかりでは今後の活動に響くな」
「敵としての仔山羊には乗れませんけどね」
メイドにいくつか命令し、仔山羊に指示を与えると触手が大人しい動きに変わった。
イビルアイは『
黒い身体の頭部分は特に変わったものは無い。丸い身体なので弱点らしき特色は見当たらなかった。
この場所にかつてアインズは座り、地上を
座ってもいいと言われても生理的にきつい。
こういうモンスターが好きな人種でなければ無理だろう。
「実際に触手に触っても大丈夫なんですよね?」
「大丈夫だよ。噛み付いたりしないように言ってある」
「分かりました」
食べようものなら身体に悪影響が出るかもしれない。
得体の知れないモンスターは安易に食料にはできないものだ。