ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
ラナーは気付いた。
自分でも驚くほど取り乱しそうな身体を懸命に抑えようと必至になった。
椅子から突然、立ち上がった王女の顔は死人のように白くなってきた。
言葉に出すと吐き気を
冷静さでは王が横で殺されても平然としている自信があると自負している。
「山羊の鳴き声を聞くたびに生きていることを嘆くでしょうね。あれは見た人しか分からない恐怖の具現。国民の皆様が見る事になると哀れでなりません」
それを見た事のあるヤントラは何故、平気なのだろうか。
いや、それよりも王女の様子が一段とおかしい。レエブンは彼女に近寄って背中でもさすろうかとさえ思った。
「いやしかし! 走るだけなら倒せない事も無いのではないか?」
貴族の一人が発言したが、それは愚か者の言葉。というよりは愚かだからこそ言えたのかも知れない。
「壊れない武器を装備して数人で足止めできれば大した相手ではありません。ただ、複数体を止められるほどの人材が居れば、の話しです。私は一人で相手にすることを想定していますが……、木っ端微塵になるか、頑張れるか分からないところですね」
簡単に言っているが、倒せると思っているのか、この男は。とレエブンは言いたかったが言葉が出て来ない。
間違いなくヤントラは倒す方法を練っている。
彼にとっては珍しいモンスターの一体なのだろう。
頼もしいというか、恐ろしいというか。
「……失礼。私としたことが……」
冷静さを取り戻したラナー。しかし、顔色はまだ悪かった。
「さすがはアインズ様。私は少し侮っておりました」
そう言った後で護衛兵がアイテムを持ってきてレエブンに渡す。
さっそく想像図を絵にしてみる。
実際に見たことはないので雑になる。
「……へたくそで悪いが、こんな感じだろうか?」
「丸い身体を短い足が均等に支えるような感じです。巨体を支えますから太いですよ」
絵に描きたくないモンスターが出来上がった。触手は適当で良いというので適当になった。
「これが黒い仔山羊……」
名前は可愛らしいのに姿は異形そのもの。
山羊は足と鳴き声だけだろう。
「この巨大なモンスターが……」
レエブンもやっと想像と予想が合致した。
このモンスターの本当の恐ろしさが理解出来た。
すぐに紙を投げ捨ててしまった。まるでそこから湧き出してきそうな気がしたからだ。
「まさか……。そんなモンスターが存在するのか……」
「どうしたのかね、レエブン侯」
「こんなモンスター倒せるわけがないだろう!」
レエブン侯は怒鳴った。
全身から冷や汗を流しつつ、モンスターを書いた紙を何度も踏みつける。
「いやその前に、前線に兵士は送りたくない……。あまりにも理不尽だ。どうか、陛下。帝国と交渉の場を……。どうか!」
王の前で泣きながら嘆願するレエブン侯。
ガゼフは前々からレエブン侯の事を嫌ってはいたが、今の姿を見ると気の毒に思えてきた。
いやむしろ、兵士の為に泣いている彼を侮辱することなど出来ない。
「なにを言っている! たかがモンスター数匹くらいで」
「うるさい黙れ! このモンスターの恐ろしさが分からないのか! ヤントラ殿ですら倒せるか分からないと言っているのだぞ! 兵士は更に弱いんだ。こんなモンスターが現れたらひとたまりもない!」
最初でかなりの犠牲が出ることも思い出し、更に恐怖する。
なんだ、なんだ。と何度もレエブンは思う。
ふつふつと湧き上がる恐怖。
五メートルほどの硬い身体を持つ馬より早いモンスターだ。
兵士の武器で戦えるわけがない。いや、防御すら無駄だろう。
「ならば……」
と、言いかけた貴族の一人が口ごもる。
「アインズ・ウール・ゴウンを味方に引き込まなかった未来の我々の姿ですね」
敵に回してはいけない相手。
「だが、そんな魔法は本当にあるのかね」
ラナーはヤントラが嘘を言っているとは思ってない。というよりは人体を真っ二つにされた人間だ。疑う理由も見当たらない。
だから、真実に足る情報だろう。
そして、犠牲者の数はおそらく正しい。こんなモンスターとは想定していなかったけれど。
「帝国に付くとも限らんだろう」
「ジルクニフなら手に入れると思います。あれはそういう人間です」
強大な
それを
そんな化け物にどうやって立ち向かえばいいのだろうか。
もちろん、戦いを想定すればの話しだが。
「私はあなた達に降伏勧告しに来たわけじゃない。間違ってもらわないでほしい。お互いが納得する講和のすべを考えてほしいだけだ。だから私が殺されることはどうでもいいのです。アインズとて楽しみを奪われた事を知れば追っ手でも差し向けるだろう。それはそれで結構なことだ」
ヤントラは静かに言った。
そこに傲慢さは無い。
圧倒的強者としての高圧的なものも無い。
「正直、アインズ以外には殺されたくない」
「では、使者を……」
「その前にアインズ様の住まう場所を見つけなければなりませんよ。とても友好的に振舞わないと殺されてしまいます」
ヤントラはその場所を知らないと言っていた。
リ・エスティーゼ王国の領内に本当にあるのかは不明だが、探さなければならないだろう。他の国が見つけるよりも早くに。
会議室の中が絶望に打ちひしがれている頃、新たな人影が現れた。
「どうしたんだい、お通夜みたいな顔して」
「完全装備と聞いて急いで来てみれば……」
「………」
室内に入ってきたのは四人、いや、五人だ。
一人だけ筋骨隆々で無骨な装備に身を包むのは女性というには男性と言った方が早い部類だ。
次に双子の金髪少女。身なりは簡素だが
更に黒いフードに身を包み、白い仮面を被っている存在。
最後に背後に六本もの剣を浮かべている白銀の鎧。ロールがかった金髪の女性。
そして、手には自らの身長よりも大きな大剣を持っていた。
彼女たちは女性のみで構成される王国が誇るアダマンタイト級冒険者パーティ『蒼の薔薇』だった。
ロールがかった金髪がラキュース・アルベイン・デイル・アインドラで、パーティのリーダーでもある。
「素晴らしい。いや、美しい、か」
ヤントラはメンバーを見て喜んだ。
美少女は大好きです、と言わんばかりだった。
「状況が……のみこめないのだが……。ラナー。何かあったのか?」
「今しがた王国の未来が終わったところです。皆様も椅子にかけてください」
椅子の数が足りないので護衛兵が別室の椅子を取りに行った。
大剣を壁に立てかけてからリーダーのラキュースだけ空いていた椅子に座る。
「……血の匂いがする」
「先ほど、その方を王国戦士長が斬ってしまわれただけですよ、ティア」
「んっ!?」
他のメンバーがそれぞれいぶかしげにヤントラを見据える。一人だけ仮面なので表情は分からないが顔は向けてきた。
証拠品たる切り裂かれた下半身の防具をティアの双子の片割れのティナが発見する。
「そういえば、こいつの頭の赤い線って……」
ティアがヤントラの髪に顔を近づける。
「確かに血の匂い。えっ、まじで?」
「ちょっと待って、ラナー……。これはなんの冗談なのかしら?」
護衛兵が用意した椅子にそれぞれ座るが仮面の人物だけ壁にもたれかかった。
ティナはレエブン侯の近くに落ちている紙を見つけて拾い上げる。
「なにこのへたくそな絵」
「それが王国の兵士を蹂躙するモンスターの想像図です」
レエブン侯は王の側で力なくうずくまる。
ティナは仲間にも見せていく。
「こんなまぬけなモンスター、見たこと無いけど……」
「現れたら俺が叩き潰してやる」
と、金髪ゴリラみたいな戦士は言った。
「そうそう、紹介がまだでしたね。こちらは世界を破滅に導くヤントラ様です」
「どうも。別に好きで破滅に導きませんよ」
「こちらの方々が『蒼の薔薇』のメンバー。ラキュース。ガガーラン。ティアとティナ。イビルアイです」
「お初にお目にかかります。ヤントラ・サルヴァスパです」
ラナーは彼の正式名称を聞いて少しだけ眉根を上げた。
聞いたことの無い名前。
スイレン法国風でも無いのが少しだけ意外に思えた。いや、色々な意外性で表現が少し分からなくなった。
「ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラだ」
「この子が欲しいです」
「どうぞ」
と、ヤントラの言葉にラナーは即答で答えた。
「ラナー! なんなのいったい!」
「そういえば、今更ですが戦争はいつぐらいに始まりそうですか?」
「二ヶ月ほど、ではないかと」
ラキュースは疑問に思った。なぜ、正体不明の人間の質問にラナーが答えたのかを。
というよりも貴族全ての顔色がおかしい。レエブン侯が泣いているし、クライムも顔中汗まみれになっている。
ガゼフに至っては殺気すら感じるほどだ。
「どちらが彼を手に入れられるかが運命の分かれ目のようですね」
ラナーの言葉にヤントラは頷いた。
「既に行動を開始しました。近いうちに接触するのは明らかでしょう。ただ、戦争のためだけに利用しようとすれば後々、貴族の亡骸が散らばるだけです。どちらが良い餌を提供できるのか楽しみですね。スレイン法国は人間蔑視の彼らを利用できますか?」
「無理ですね。彼らは人間以外は敵ですから」
「お気の毒に。探知とかして自動防衛に引っかかって面白いモンスターと戦うことになるでしょう」
くくく、と笑うヤントラにラキュースは気持ち悪さを感じた。と、同時にラナーは何故、この女顔の男と話しているのだろうと。
手をパンとラナーは叩いた。
「そういえば、そのモンスターは最大でどれくらい現れますか?」
「……想像では数匹というところですね。あまりにも強大すぎるので世界の強制力でも働くのかもしれません。普通は一匹、運が良くて二匹だと言われています。ただし、私が見た事がある時の数では一匹でした。百人程度の
「ということで、イビルアイ。あなたはイア・シュブニグラスという魔法をご存知ありますか?」
「はっ? 聞いたことないぞ」
女性の声というよりは様々な加工で秘匿されたノイズの入った音声だった。
仮面の影響だろうとヤントラは思った。
「その絵のモンスターを召喚する魔法だそうです」
イビルアイは改めてへたくそな絵を眺める。しかし、自分の記憶にあるモンスターに一致するものは居ない。
「ただ主人の命令で走るだけのモンスターだそうです。触手で攻撃もするらしいですが……」
「そんなしょぼいモンスターがなんだっていうんだ」
「我々もそう思っていたさ」
レエブン侯が力なく言った。
ラキュースも一応、絵からモンスター像を想像する。
火を噴く
「同じ説明をするならば……」
と、ヤントラが言った時、レエブン侯は耳をふさいで、壁際に逃げ出した。
「見た通り、触手が頭から生えてます。だいたい絵の通りで、丸くて黒い球体状の身体に無数の口があり、その身体を支えるように山羊に似た太い足が五本ほど生えたモンスターです」
「ほうほう」
ガカーランも一応は説明と絵を想像してみた。
「何の特殊能力もありません。やろうとすれば色々と付け加えられるでしょうが、そこまではたぶんしないでしょうね。それで、身体は尋常じゃなく硬いです。速さは馬より早いです。乗馬して戦う人は逃げられないほど。で、ちょこまかと走りながら召喚主の命令に従い敵を襲撃するだけのモンスターです」
先ほどよりも少し嫌な設定が加わったような気がする説明を蒼の薔薇のメンバーは聞いていた。
そして、ヤントラは続ける。
「鳴き声は山羊です。姿からは想像も出来ないのですが、可愛い声で鳴きます。あと、そのモンスター、五メートルほどの巨体ですから」
この言葉の後、部屋が沈黙した。
最初に誰が気付くのか、ヤントラは嬉しそうに待っていた。
「……五メートルの巨体が馬より早く走って追ってくるってこと?」
「はい。敵に向かって走るだけの単純なモンスターです。知能もありますから壁にぶつかりませんよ」
「知能……」
「確実に敵に向かうって事です」
それから数十秒は沈黙しただろうか。
ラキュースはレエブン侯の姿を見て理解した。
このモンスターがどれほどの危険な存在かを。
「……数体……。これが?」
「大群だったら移動に邪魔になるでしょうね。だから少ないのかな?」
「ふざけるな!」
ラキュースが怒号を飛ばす。それと同時に背中の『
「こんなふざけたモンスターなど居るはずがないだろう! お前の妄想の産物じゃないのか!」
「……こんなモンスターを召喚する魔法など聞いた事も無い」
「硬いってどれくらいだ? 倒せないのか?」
「基本的に数人で防御。遠隔から魔法の弾幕と殴打武器でぼこ殴り。それが一匹なら楽な方ですが、相当の硬度を持つ武器や防具でなければポキンと壊れますね。何でも切り裂ける剣、というものでもあれば多少のダメージは与えられるかもしれませんが、素人兵は居るだけでお仕舞いですね。魔法と言っても相当強くないと無視して突っ込んできます。弱点が無いので」
ガゼフは改めて驚く。
様々なモンスターを倒すと言っているだけに、攻略法も考えているとは。
だが、それでも勝てないかもしれない。というよりは前提条件を話していない、思った。
「その魔法の前提条件を言い忘れているぞ」
「おっと、失礼」
「な、なんだ。何があるっていうんだ」
物凄く聞きたくない予感がする。というより作り話しとは思えないのは何故だろうとラキュースは身体が震えそうになる。
ガゼフは言った後で前提条件は言っていた事を思い出す。
自分でも動揺して混乱しているのが分かった。
「す、すまない。説明していたな」
「改めて、前提条件は召喚に必要な
モンスター名は可愛い。だが、ラキュースはおぞましいモンスターだと理解した。
そのモンスターが眼前に走ってくるところを想像し、恐怖する。
「どうしたの鬼ボス?」
「鬼リーダーが震えている?」
「……これが……どこに出るんだ?」
「戦場でしょうね。見晴らしがいいカッツェ平野。走るのに最適です」
ラナーの顔を睨もうとラキュースは彼女の顔を見た。
物凄く顔色が悪い。
自分たちより前に聞かされたからだろう。こんな友人の顔は初めて見るかもしれない。
「五本の足。太い足ですよ」
「黙れ、ラナー!」
つい怒号を発してしまった。
想像できた誰もが恐怖しているはずなのに。
「全部嘘ってことはないのか?」
ガガーランは魔法に詳しくなかったために誰とはなしに尋ねた。
「私が見たもっともえげつない魔法なのですけどね。あ、召喚魔法で呼ばれたものは時間になったら消えます。だいたい三十分くらいでしょうか。実際、戦場にどれだけ兵士を送るつもりかは知りませんが、敵と味方。双方あれを見せられて喜べるか楽しみです」
実に楽しそうに言う得体の知れない存在。もはや狂人にしか見えない。
「なぜ、信じる? なにがあった?」
「彼が真っ二つになっても復活したところをみんなで見てしまったのだから嘘と笑えないのだよ」
レエブン侯は言った。
「もうダメですよ。さすがに対処方法は分かったと思いますから」
ヤントラは腕に太いガントレットを装備したままだった。次はガゼフを攻撃するかもしれない。
感情が爆発しそうなラキュースが『
結果としてガントレットに弾かれた。
そんなに弱い武器ではないけれど、ガントレットの硬度に負けたのだろうか、とラキュースはぼんやりと思った。
いや、そもそも今、どうやって防いだ。
ガントレットに当たったのは分かった。
「角度を付ければそんなに難しくないですよ」
「貴様……」
壁に立てかけた大剣を取ろうかと思った。
「私は
確かに
血のような
「まだ魔法の事を聞きたいと思いますが、えげつないのはさすがにそれくらいしか知りませんが、大規模殲滅型とか焼き払うような派手なものを好みます。基本的に普通の魔法は即死系。死霊系。洗脳、感知と探知。能力向上などのステータスアップ。情報偽装もありますね」
「どれだけの魔法を扱えるのですか?」
「七百ほどです」
「……それは多い方でいいのですね」
「そのためだけに特化したやつです。私でも三つくらいしか覚えてないのに。まだあるらしいですが、おいおい調べます」
「では、その究極ともとれる魔法は一つではないのでしょう?」
「そうですね。知る限りは二十個以上ではないかと。それから、一日に使える回数は決まっているので全部は無理です。使えば使うほどペナルティが発生しますし。そうそうおいそれと使いません」
「今の話しで少しだけ楽になりました」
それでも敵に回せば最悪の相手なのは確実だ。
位階魔法という定義すらしたくないような気持ちになってきた。
「アインズ・ウール・ゴウン。それほどまでの相手か」
「相手を知ることは良いことです。皆さんに話せて良かったですよ。気が変われば犠牲者は少なくなるかもしれませんが……」
「……それがまことならな」
小さく王様が言った。
いつ喋るのか分からない王様だなとヤントラは思った。
「もし、そなたを迎えていなければ何も知らずに多くの犠牲を出していたやも知れぬ」
「少し戦士の彼を脅かしてしまったので慰めてあげてください」
「うむ」
「戦士長。偉そうにしてもダメですよ。メイド服の刑が控えていますからね」
「うっ……」
ラナーの言うメイド服の刑がラキュースには分からなかった。
「王よ。得体の知れない
「それにその話しが真実かどうかも判明しておりません」
「我々をたばかる
ガガーランは一応、ヤントラの首を掴んでおいた。
ラキュースは絵が視界に入った途端に踏みつけた。
こんなバカな。こんなモンスターなど居るはずがない。という呟きが聞こえてきた。
「普通の召喚モンスターだったらお見せできたかもしれませんが……」
「三十分経てば消えるのだろう?」
「バカですか!」
貴族の発言にレエブン侯は罵声を浴びせる。
「それだけあれば充分殺し尽くせるでしょう! 死ぬのは一般の兵士なんですぞ!」
ラキュースもその事が頭にあった。だからこそ殺戮劇が想像できた。
「だが……本当に強いのか? どれだけの強さか分からないだろう」
「硬い身体のモンスターが突進して来るんだ。並みの武器で止められると思うか?」
「俺の武器なら出来そうだな」
ガガーランは自らの武器『
「五メートルの巨体の猛攻を止められる勇気があるのか?」
兵士は巨大なモンスターが目の前まで走ってきたら戦えるだろうか。
戦争で戦うのは普通は人間相手だ。
「無理だ!」
ラキュースが叫ぶ。
「異形ならではの攻撃。効果的でしょう」
楽しそうにヤントラは言う。
ラナーはヤントラは決して異常者ではないと思っている。
異形の立場から喋っているのだ。それが当たり前。
人間がどういう風に恐怖するのかは人間の立場から理解している。
双方の気持ちを彼は代弁しているに過ぎない。
決して彼は狂人などではない。
アインズ・ウール・ゴウンの覇道を見抜く人間だ。
彼にとっては冒険を邪魔されたくないから人間に色々と教えてくれている。これを覆して見せろと。
手を出さないのは彼の良心かもしれないが、自分の無力さを知るから何もしない、何も出来ないともいえる。
「確実に戦意は消失しますね。それが帝国側だとしても」
勝負にならない。
圧倒的な力を見せ付ける事で敵意を消失させる。それが目的なのだろう。敵も味方も黙らせる。
恐ろしい存在かもしれない。
それが本当の話しと仮定するならば。
「やはり会うべきですね」
「殿下……」
「ジルクニフよりも先に」
大貴族派閥の横槍は必至。そう簡単にいかないのがもどかしいところ。
「ヤントラ様。恐怖の魔法はもう結構ですので、他の優しい方をお願いします」
「まだ続けますか?」
「貴重な情報源ですから」
ラナーが率先して話しかけるほどなのか、この男は。とラキュースは驚きを隠せない。
「よく使う先制攻撃には『
「知らん!」
「位階魔法とは違うのですか?」
「今のは超位魔法ですよ。回数制限のある魔法です」
普通に話しているが、イビルアイはヤントラを蹴り飛ばした。
「ふざけるな! 伝説級の魔法だと! でたらめだ!」
「私が使えたらいいのですが。戦士職なので。……
蹴り飛ばされても気にした様子も無く起き上がるヤントラ。
「帝国主席魔法使いでも連れてこれたらいいのですけどね」
ラナーは残念そうに言った。
ティアとティナはヤントラを指でつつく。
「あなたは未来を見る能力があるのですか?」
「ただの予感です。既にスレイン法国と思われる方達を撃退することになってしまいました。村にアインズ・ウール・ゴウンの名も名乗ってしまいました。ガゼフさんが皆さんに報告すれば、さてどうなりますかな?」
「……得体の知れない
全ては未来予知などではない。ラナーは理解した。
仮にガゼフが報告しなくても襲撃者がどこかに報告すれば様々な事態が動き始める。
「それだけのことを把握なさるとは……。面白い方ですね」
「ありがとうございます」
「待て待て!」
ラキュースはヤントラに詰め寄る。
「作り話しで我々を混乱させるのが目的か?」
「私の敵であるアインズ・ウール・ゴウンの危険性を出来るだけ詳細に伝えただけですよ」
「そもそもその……、アインズとは何なんだ。
「ラキュース。少し落ち着いて」
「……難しい話しは分からないけど……、アインズなんとかってのは王国に何かしたのか?」
ガガーランの疑問にラナーは両手を広げる仕草をした。
「とにかく、実際に情報集めをしないことには何も始まりますまい」
「冒険者を雇って調べさせた方が……」
レエブン侯も混乱している場合ではないと知り、懸命に正気を保とうとした。
確かに情報は集めたい。出来るだけ穏便に。
「たかだか
貴族の一人が言った。
確かにそれは間違いではない。
「それ以前に恩人を真っ二つにした人でなしが居るようですが」
ラナーの言葉にガゼフは床に平伏する。
確かにやり方は強引だった。しかし、王に危害を加える者は見過ごせない。そしてなにより、尋常ではない恐怖を振り撒いたのだ。恩こそあれど、引き下がれない。
そうしなければ誰かが殺されると全身が訴えていた。
ラキュースはガゼフの様子を見て困惑する。
本当に自分たちが来る前に何があったのだろうか。クライムが居るので後で聞いてみようかと思ったが詳しく聞けるかは不明だ。
「魔法と言ったが第十……」
イビルアイは言いかけて止めた。ヤントラが使えなければ確認出来ないと気付いたからだ。
「お前は『ネームレス・スペルブック』は知っているか?」
ガガーランが尋ねた。
少しだけ考えて首を捻る。
「……知りません」
「ついでに六大神とかの伝説はご存じないそうですよ」
「……ラナー。今日は随分と喋るわね。さっきから気になっていたけれど」
「だって私以外に物事を進められる方が居ませんもの」
ラキュースは周りを見渡し、そして納得する。
ガゼフは口数が少ない。貴族は論外。王様は殆ど喋らない。クライムは身分のせいで大人しい。
なるほど。確かにラナーの言うとおりだ。
レエブン侯も喋りたくない顔をしている。
「それよりもヤントラ様の欲はモンスター退治だけですか? 権力とかアダマンタイト級とかは魅力なしですか?」
「まずはモンスター退治ですね」
普通の質問に普通に答える分は特に何も感じない。
では、なぜあれほどの恐怖を感じたのだろうか。
ラキュースでも理解できない。
それとも話し方が上手いのか、と色々と考えてしまった。
「それからこういう装備の女性が仲間だと楽しいかもしれません」
と、ラキュースを見てヤントラは言う。
「背中に剣を浮かべていますものね」
「そういう装備なんだから」
少し元気になってきたレエブン侯は何度か深呼吸をして気を取り直す。
「先ほど召喚したスケルトンは他にも居るのかね?」
巨大なモンスターに比べたら人型の異形は可愛い方だ。
「死霊系は盾くらいにしか使いませんが、なんであんなの持ってたんだろうか? ……ああ、アインズを分かり易く説明するためでした」
普段は死霊系は使うほうではないので自分でも何故なのか忘れていた。
「私は天使系のモンスターが好きです。スレイン法国、スレイン法国っていうから見せづらい」
「ヤントラ殿も天使を」
「ガゼフ殿を襲ったのは君の仲間か?」
人の欠点を付こうとする時だけ貴族が喋るような気がした。
「私は沸点は高いほうですが、そろそろ溜まりましたかね?」
「悪気は無いと思う」
レエブン侯はヤントラに優しく声をかけて宥める。
「……すみません。来るのが早かったようですね。誰かが犠牲になってから説明した方が真実味があったでしょうに」
「そうなると帝国側が有利なります。それは是非とも避けたいところです」
ラナー個人としては貴族を一掃してくれるなら犠牲の案は受け入れたいところだ。
正体不明の
これほど魅力的なおもちゃはそうそうお目にかかれない。
おぞましいモンスターはアダマンタイト級でも太刀打ちできそうに無いのが分かった。
今回は貴重な情報を得られたが次は確証が欲しいところだとラナーは頭を働かせる。
「既に各地に散っているというアインズ様のお仲間というのですか? 部下というのか……」
「部下が無難ですかね。情報は収集はするでしょうから……。今は戦闘メイドが出てきているようだから」
「戦闘メイド?」
「近くに居ればいいけれど、リ・エスティーゼに居るかは分かりません」
「スパイということか?」
「情報収集は基本だと思います。国の様子。自分達に危害を加えそうな存在の調査。そんなところですね」
「それが各国に散らばっているという事か」
ただの魔法自慢ではないということだろう。
「蒼の薔薇の目を潜り抜けられる猛者が居る可能性はあるのか?」
「ん~、ここに来る前にへんなひと居たって情報はないよ~」
「町はいたって平和」
ティアとティナが答えた。
「異形が目立たないという事は偽装しているのか、姿を消す魔法でも使っているのか」
「その者達は強いのか?」
「戦闘メイドは多少は強いですけど、倒すと厄介なので話し合いを頑張ってやって下さい。仲間意識が強いので仕返しが怖いですよ」
倒さずに話し合いするほうがいいならレエブン侯も少し気が楽になる。
「今の我々は周りが全て敵です。なので周りを調べるのは普通だと思います」
「入国をすり抜けられるのか?」
「不可視化ならば可能だろう」
と、イビルアイが答えた。
「ルプーの得意技ですね」
議論は結局は水掛け論に落ち着いてしまう。
アインズ・ウール・ゴウンとの会談を設ける事が戦争へのカードの一枚になる。
レエブン侯はそう結論付けた。
もちろん脅威が無くなったわけではない。
「今すぐ戦闘があるわけではないが……。私からは伝えられることはだいぶ伝えたはずだ。エ・ランテルに行くって伝えてたから、そっちに行ってる者も居るかもしれない」
ヤントラはアインズの次なる一手は実際に町で暮らして情報収集する事だと思っている。
玉座にのんびりするような男ではない。
同じ冒険者になるか他の国に行くのか。
貴族達としてはアインズなる怪しい
レエブン侯は災厄がふりかからない事を祈っている。
ラキュースは黒い仔山羊の妄想をかき消そうと必至に色々なことを考えていた。
「鬼ボスが混乱している」
「想像力が
転げまわりそうな勢いで頭を抱えている蒼の薔薇のリーダー。
イビルアイは超位魔法の事を考えていた。
位階魔法は十段階まであるのは知っている。ただ、内容までは詳しくは知らない。
「王様の手前で申し訳ないが、ご覧の通りの田舎者です。礼儀も知らず、数々のご無礼をお許し下さい」
ヤントラは見よう見まねで片膝を付く。
「い、いや、よいよい。そちには恩人であるはずなのに刃を向けるようなまねをして申し訳ないと思っておる。それに決して手を出さず耐え忍んでくれたわびをせねばならない」
王が喋った途端に一堂が片膝を付く姿勢になった。貴族達だけは椅子に座ったままだった。
思ったほど喋る王様なのだな、とヤントラは少しだけ驚いた。
「では、この子を下さい」
ラキュースに向かって言った。
「どうぞ。婚約もしていませんし」
と、ラナーが即答で答える。
「ラナー!」
「それはまた……。数々の無礼も考慮せねばなるまい。それに今は国の一大事……」
と、王様は色々と考えて始めてしまった。
本気で婚姻の話しを進めようとしている気がした。
「鬼リーダー、気に入られた」
「……たぶん、その装備のせいだろう」
レエブンは少しだけ驚く。
狂気をはらんだ人物が低姿勢で王に挨拶している。彼は本当に何者なのだろうかと。
確かに恐ろしい話しには今も震えが来そうだが、王国に危機を伝えてくれたことには感謝しなければならないのかもしれない。
本来、起こりうる悲劇。おそらくは事実なのだろう。そんな予感がする。
平民の犠牲の数。それはあながち絵空事ではない事をレエブン侯は知っている。
十万人の犠牲。これから起きる地獄絵図。それを回避しなければならない。
「アインドラ殿さえ良ければ本当に妻としてその者に嫁ぐこともありえるのでは?」
「ぐっ……。そ、それが国を救うことになるのならばこの身を捧げる覚悟はありますが……」
覚悟が無いから抵抗しているんじゃねーか。とガガーランは小さく呟いた。
「丁度いいじゃないですか、ラキュース。彼が情報漏洩した事を知ったアインズ様が様々な部下を送り込んで殺しに来るかもしれませんよ。敵が自ら姿を現す絶好の機会だと思うのだけど」
友人を平然と切り捨てる態度にラキュースは怒りを覚えつつも国のために犠牲になることも止む無し、という気持ちがせめぎあう。