※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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M-6 リグリットが現れた

 斬り落とした尻尾はかなりの大きさがあるのだが、どう処理するのだろうか。

「話しが終わったのであれば帰っていいですか?」

「帰れ!」

 すっかり嫌われてしまったヤントラ。

「こらこら、ツアーよ。え~と、諸々の話しはイビルアイにすればいいんじゃな?」

「アインズは私が関わると機嫌を損ねますから。会談の日は妻のところにでも行ってますよ」

「うむ。あい分かった」

「あのギルド武器はここに置いて平気ですか? 壊されると大変ですよ」

「奪われると、ではなくてか?」

「……それは秘密としておきましょう。武器については後で資料を……、転移でも使ってイビルアイに……。イビルアイが連絡係りになってしまいますが……、アーグランド評議国としては問題は無いのですね?」

「彼女と連絡を取る事か? 特に問題は無い。我らの大事な友人だ」

「長く生きてきて孤独なのでは、と思いましたが……。私は友人が居ないようで、寂しいです。アインズとは仲が悪いので」

 イビルアイには多くの仲間が居て安心した。

 長く時を生きる上で短命の友人では寂しいだろうと思っていた。

 竜王(ドラゴンロード)ならもう数百年は生きているだろう、殺されない限りは。

「まあ、その……。尻尾の件はまだ驚いているのだが……。八欲王や魔導国の情報や意見はとても有意義だった。……出来ればもう少し穏便に頼むぞ……」

「綺麗な眼球も欲しかったけれど……。培養したものから取りますよ」

「……やっぱり殺すか、この変態野郎は!」

 八欲王を恐れていた白金(プラチナム)の(・)竜王(ドラゴンロード)が活気付いていてリグリットは楽しくなってきた。

 まだまだ現役で活動できるようだと。

「それにしても不思議な光景じゃ。斬り落とされた尻尾があるのに本体にも尻尾がある」

 念のために数回ほど『保存(プリザーベイション)』を掛け直した。

 生命力があるのか、尻尾だけでも微妙に動いている。

 竜王(ドラゴンロード)をも恐れない小さな人間。

 八欲王にばかりかまけてはいられないのではないだろうか。

 ツアーはヤントラも心配しているギルド武器の保管について考えなければならないと思った。

 奪われる事の他に破壊されるリスクも存在する。そして、破壊されれば武器が壊れるだけでは済まない何かがあるようだ。

 それを聞くためには眼球を提供しなければならない、気がしたので聞くに聞けない。

 偽物にすり替えられた、という言葉が浮かぶ。

 だが、見た目にも変化は無く、予め偽物を用意できるだろうか。

「この武器は本物だよな?」

 無駄と知りつつ尋ねてみた。

 ヤントラはギルド武器について詳しいわけではない。

 ただ、見分け方があったような気がする。

「ああ、鑑定の魔法……」

 秘匿された武器を他人に鑑定させることは出来ない。

 ならば出来る事は限られてくる。

「イビルアイなら真贋(しんがん)を見抜いてくれるだろう」

「う~む、それもそうだ」

 ここでヤントラが何を言っても信用はされない。ならばかつての仲間に鑑定してもらうのが一番良いだろう。

 少なくとも友の言葉は信じたい。

 色々と検討しなければならない事案が増えたのですぐに他の評議員達と連絡を取る必要がある。

 尻尾の鱗が硬くなってからでもいいか。

 後はリグリットに送り返してもらおうかと思ったのだが、尻尾も転移させなければならない。

 大きな騒動にならない事を祈った。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 国境を出るまで騒ぎにならないはずが無い。

 斬り落とした尻尾といえど竜王(ドラゴンロード)のものだ。それを苦も無く引きずるヤントラの力は改めて驚いた。

 ただし、ヤントラは軽いとは思っていない。結構な重さはちゃんと感じていた。

 武器が壊れているので細かく裁断するのは諦めている。

 国境の門は通さずに上から反対側に投げ捨てる形を取った。

 面倒くさいから。

 リグリットは友を慰める為にアーグランド評議国に残り、ヤントラは『マグヌム・オプス』に帰った。

 街を避けたとしても村々には目撃されただろう。

 小さなことを気にしていては仕方がない。

 途中から日が暮れて、闇夜に紛れるかと思ったが白銀の鱗は星々の煌きをよく反射する。

 銀色の排泄物が物凄い速さで移動するさまに見えた村がないとも限らない。

 現場に着いた時は深夜だった。

 すぐに解体作業とゴミの処分を行った。

 主要な武器が壊れたので新しく用意する必要がある。

 尻尾は大半は保管の容器に入れて、培養の方は専用の浴槽が出来てから考える事にした。

 残るクエストはそれ程無いような気がする。

 漆黒聖典と月開発。

 それ以上はもう思いつかないかもしれない。

 考えるのに疲れたので、寝ようかと思った。深夜だからリ・アインドルに行くのは諦める。

 翌朝にはリ・アインドルに行き惰眠を軽く貪り、午後に子供達と共に街を散策。

 こっそりと砂漠地帯の近くにある平原に行き、黒い仔山羊を遠目から観察する。

 不眠不休で重石代わりになり、フェルト制作を続けていた。

 まず洗浄した羊毛を石鹸水に改めて浸す。

 型枠に詰めた羊毛の上に黒い仔山羊が乗る。

 充分に時間をかけて水気を取る。

 上からただ圧力をかけて終わり、ではない。時間をかけることも大事だ。

 作業に従事している姿だけ見ると大人しいモンスターに見える。

 羊毛は定期的に運ばれ、完成したものは別の保管場所に溜められる。

 あと、適度に休憩を入れてメイドを休ませている。

 仔山羊の他に土精霊(アース・エレメンタル)も多数居る。

 少しの間、見学した後に施設に戻る。

 二十メートル規模のモンスターを入れる浴槽が置けそうな場所はやはり七の宝物庫しかないのかもしれない。

 ますます天井が低く感じる。

 金貨も低くなってきた。

 蘇生以外では中々減りにくいようなので、もうしばらくは追加しなくて良さそうだ。

 ついでにツアーのところで出たゴミを処分しておく。

 物質としての価値が無かったせいか、金貨は一枚も出てこなかった。ただ、壊れた武器は数百枚ほどになったようだ。

 柔軟性のある肉体ではなく、完全な鉱石と化したような硬い鱗では武器も傷みやすかったのだろう。

 ダメージより切れ味を優先しなければいけない。

 もともと使い捨て覚悟の武器なので壊れても仕方が無い。

 ゴムには強くて石には弱い。ただ、それだけのことだ。

 手持ちの武器も新調しなければならないだろう。

 あまりにも強力すぎると面白くない。程よい弱点がある方がいい。

 万が一の事態に対処できる武器も必要だろうけれど。

 鍛冶職を総動員して、と言いたい所だが十人ほどしか用意できない。

 素直にナザリックの鍛冶師達に頼むかな。などと思いつつ設計図を製作。

 大雑把な外観しか描けないけれど。

 数日後にイビルアイの元に様々な手紙が届き、ヤントラの元に訪れる。

「ご主人はついに白金(プラチナム)の(・)竜王(ドラゴンロード)にたどり着いてしまったようだな」

「成り行きでね。そういえば、内装を整えるの忘れていた……」

 六の宝物庫が一番無難だろう。

 タイルを剥がすより絨毯を敷き詰めた方がいい。

 テーブルは適当に作っておこう。

 必要な物をメイドに命令していく。

「ばばぁにも会ったようだな。会談とあるが……、評議国側は感触としてはどうなのだ?」

「感触と言うのは……、アンデッドに対する態度とか?」

「うん」

「恐れていたよ」

「やはりか。脅威の噂はけっこう響くようだな。国としては間違ってはいないのだが……。思い込みも過ぎれば戦争に発展する」

 今回の評議国はあくまで魔導国の国王とは本当はどんな人物なのか、の調査だろう。

 強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではあるけれど戦争以後は目立った行動は起こしていない。

 有り余る力で世界を瞬く間に支配すると思われていたが大人しいのが逆に恐ろしい、など。

「評議国といっても見知らぬ洞窟に飛ばされたので首都には行っていない」

「ばばぁの仕業だな」

「八欲王の二の舞を防ぐ為に評議国が戦々恐々としているのは分かったよ」

「そのようだな。私の場合は新たな魔神共の出現なのだが……」

「まだ敵が居るんですか?」

「魔神は六大神の従属神とも呼ばれていて、ある時に暴走して世界に破滅をもたらしたと言われている。死の神『スルシャーナ』の従属神だけは暴走しなかったとか」

 その従属神はNPCなのだろう。

 ギルド崩壊によって暴走する。または敵対行動に出るような何かがあったと考えるのが普通だろう。

 魔神は不死の存在らしく、数百年も暴れまわったとか。

「それにしても日常生活より見えない敵を恐れるのですね。そんなに頻繁に襲ってくるような敵だったんですか?」

「それは分からん。欲にまみれた敵は明日にでも襲ってくる、という強迫観念があるのかもしれない。それら以外は急ぐような事案ではないし……」

 国を統括するものには得体の知れない侵略者が怖いのだろう。

 暴走する敵も厄介な存在だ。

「今回の会談にご主人は欠席するのか?」

「居ても騒動になるだけだ。邪魔者は退散するよ。……あやうく死ぬところだった」

「竜王(ドラゴンロード)を撃破したのなら……、残る敵は……」

「漆黒聖典。……でしょうね」

「その者達が残っていたな」

「無理して倒そうとは思っていないけど、未来を楽しむ余裕は欲しいね。まだ二年しか経っていないから」

 二年と言うか三年目と言ってもおかしくない。

 人生はもう少しのんびりと楽しみたいものだ。

「ご主人は滅びは望んでいないのだな」

「どんな悪人ならば納得するのでしょうか?」

「力を奮うだけの欲望に取り付かれた者……、かな」

「命令する事に喜びを感じるような貴族なら良かったんでしょうね」

 土地や金を自由に使うような権力者。

 下々の者に好き勝手に命令する。

 そういう欲があれば月になど行かないのかもしれない。

 もし『星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)』が無ければ。

 信仰系の魔法だけでやりくりするだろう。

 後は鉱山の採掘。宇宙は無理でも空に浮かぶ家くらいは作るかもしれない。

 樹木を育てたり。

 金属の代替品を探したり。

 それこそ竜(ドラゴン)を素材として使ったり。

「悪党になってほしいわけではないぞ。とにかく、会談の件は任せてもらおう」

「任せました。テーブルや椅子。絨毯の用意をさせますから。食事は……、備蓄では困るか……。というか竜王(ドラゴンロード)達は食事しますかね?」

「食べなくても死にはしないだろう」

 今日明日、すぐに会談というわけにはいかない。

 これからナザリックの者と予定を調整せねばならないし、室内の内装も整えなくてはならない。

 ンフィーレアの場所は仕切りで充分だろうから、後で移動などを話し合うことにした。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 後日、リグリットが『マグヌム・オプス』に訪れた。

 イビルアイはすぐに蹴りを放ったが簡単に避けられた。というか本気で当てる気は無かったようだ。

「くそばばぁ。白金(プラチナ)がご主人に会いたいと言ったのは本当なのか?」

「いきなりなんじゃい、年寄りに足を向けるとは。しようがない娘だねー。ああそうだよ。ツアーは前々から接触を考えていたのさ」

「……それで返り討ちにあったと……。思わず笑ってしまったではないか」

 仮面を外してリグリットを睨むように見据える。

 それから諦めたようにため息を一つ突く。

「わしも笑ったよ。あれは強いねー。お陰でツアーも元気になったようで良かった良かった」

「出来れば白金(プラチナ)ではない竜王(ドラゴンロード)からぶつかってほしかったな」

 倒したといっても尻尾だけのようだが。

 部位を持ち帰った時点で敗北だ。

「まあいい。会談に向けて場を整備しているところだ」

 イビルアイはリグリットに六の宝物庫の様子を見せた。

 既に絨毯が敷き詰められていて丸いテーブルと椅子が用意されていた。

 丸い、というか丸く配置したのが正しい。

 大きな家具は高いし、転移で入れなければならない。あと、会談の場でしか使わないので終わったら邪魔になる。

「それで……、評議員は何名ほど来るんだ?」

「ツアーを含めて三名。後は亜人の評議員が何名か、というところじゃ」

「食事はどうすればいい? ここは保管庫だから食事処が無い」

 イビルアイはリグリットに色々と尋ねつつ必要事項をメモしていく。

 椅子の配置や警備体制など。

 他の宝物庫からの襲撃者など。

「それで他の宝物庫は見せてもらえるのかな」

「ご主人が居ない時は危険だぞ。もう少し待てば帰ってくるだろう」

 ヤントラは近くの都市で新しい料理の勉強などをしていた。

 毎日同じものでは飽きてしまうし、飲食不要はなんだか不健康に思えて仕方が無いからだ。

 イビルアイはまず五の宝物庫を見せる事にした。

 地下一階部分が金貨で埋まっているという財宝の山。

「これは凄いの」

「魔法の触媒だ。個人資産は別に保管してある。あまり詮索すると吐き気を催すぞ」

「ほう、それは気になるな」

「とにかくだ。綺麗な部分ばかりではない、と言いたいだけだ」

 イビルアイは次に六の宝物庫の下の階を案内させるべきか迷った。

 見せられないような場所ではないのだが、細かいゴミが舞っているという。

 服や目を守るような装備を身に付けさせてから降りていった。

「羊毛を刈る場所か」

「羊皮紙生産の施設だったが今はフェルト作りの為に羊の毛を刈っている。皮を剥いでは治癒魔法をかける。その羊や仔牛が人間でも可能と言うところがおぞましい所以(ゆえん)だ」

「人間の皮を、のう。作業している女子たちが複製の人間なのじゃな」

「そうだ。自我の無い人形に命令を与えている。知らなければ気付かないだろう。肉体的には本物と同じなのだから」

 普通ならアンデッドを使った方が寿命の問題が解決する。それをしないのは厄介なモンスターを発生させないためだ、と言われている。

 あと、見た目的(めてき)に女子が好き、という。個人的な趣向が含まれている。

 見るものを見た後で上の階に戻る。

 そして、メイドを一人呼びつける。

「何をしてもやり返さないメイドだ。腕を落としても喚かずに死んでいく」

「メイド……。女子が多いのか?」

「多いな。ご主人は女体モンスターが大好きだから。屈強な男の戦士よりも」

「……それで変態なのじゃな」

「いかがわしいのは最初だけだ。後は仕事に熱心な研究者となる。そこだけ見るととても真面目なんだが……。精神の安定には女の裸が必要なんだろう。柔らかい他人の胸の感触は……魔性のものだ」

 それは男女問わず、他人の身体は不思議と興味がわいてしまう。

 クセになる麻薬のようなものだ。

 自制は必要だが、時には本能を開放したくなる。

 やましい想像を振り払い、メイドに行き来の出来る宝物庫を訪ねた。

 屠殺場と二の宝物庫は立ち入り禁止。一の宝物庫はいくつかが立ち入り禁止だが宝物庫自体には入れる。

 大浴場は行けるが上の階は禁止、と淡々と答えた。

「七の宝物庫は不明です。命令を受けておりません」

「うむ、ありがとう」

 手順に従いメイドは消えた。転移魔法だろう。

「ということで、七の宝物庫に行ってみようか。メイドが入り口を封鎖していたら諦めてもらうぞ」

「嬢ちゃんはしっかりと生活していて安心した」

「お陰様でな。真蒼の薔薇の連中とも仲良くしている。ラキュースが脱退したのは少しもったいなかったが……。仕方ない……。あのままではあっさり死んでいただろうからな」

「蒼の薔薇のリーダーがか?」

 引退してもリーダーはラキュースで代理がガガーランとなっている。

 イビルアイがよく口を出すけれど責任所在という点ではガガーランが意外と適任だった。誰も口出しできない存在感という点で。

「女淫魔(サキュバス)に対してあれるぎーなる拒否反応を示すのだ。それはもう酷いものだったそうだ。目が破裂し、吐血に血尿が止まらなくなるほどとか」

 聞いているだけで自分の身体が痛くなりそうな気がした。

「低位の悪魔ならば問題はないだろうが……。今はどのような方法を取ったのか、だいぶ治ったらしい。それでも女淫魔(サキュバス)や高位の悪魔に近づくと具合は少しだが、悪くなるらしい」

 悪魔系以外のモンスターの相手なら出来るのだが、戦力的に不安が残る。

 対魔導国は後進に任せて首都防衛や与えられた都市防衛に専念することにした。

 どの道、人智を超える化け物『黒い仔山羊』を目の前にすれば発狂ものだっただろう。

 女だから、という言い訳はしない。

 男だろうと巨大な暴虐モンスターに太刀打ちなど出来はしなかっただろう。

「そんなことがあったのか」

「魔導国のシモベ達は尋常ではない高位モンスター揃いだ。身体に異常が現れても不思議ではない。うかつに手を出せば総攻撃を食らうと言うのだから、戦わなくて良かったのだろう」

 今の段階でも階層守護者達と戦うのは無謀だと言われている。

 ナザリックにはまだ自分たちの知らない隠し玉が色々と控えている。

 ヤントラは部外者ではあるけれど全てを熟知しているわけではない。

 仮にナザリックを打倒する為に強くしても後々、力におぼれて犠牲者を多数出すような争いが生まれてしまう。

 無闇に侵略しない今の魔導国と交渉による政治的戦略で戦う方が無難だと言われた。

 

 七の宝物庫の扉に近づくがメイドは現れなかった。

 軽く息を吐いて安心した後、扉を開く。

 地下一階部分は資材倉庫と化していて、フェルトや金属板、シリカの板が山積みされていた。

 イビルアイは隠し部屋となっている転移の場所に顔を向けるとメイドが二名立ち塞がっていた。

「……その宙に浮いているのが……」

「竜(ドラゴン)用の浴槽だ。身体が大きいから浴槽に保存液を入れている」

 『飛行(フライ)』を使わなくても浮いている金属梯子で登れて浴槽を覗けるようになっている。

「培養するにしても半年以上はかかるとか」

「これらは動かないんじゃな?」

「命令が無ければな。この下はもっと凄いはずだ」

 竜(ドラゴン)は後回しにして地下二階へ向かう。

 夥しい容器の数にリグリットは呻いた。

「なんじゃこりゃ……」

「人間標本……と言った方がいいのかな。モンスターも居るぞ」

 想像を超えていた。

 ヤントラという人間を甘く見ていた、とも言える。

 数千個ではきかないし、数万でもない気がする。

 階層構造で積み上げられた容器はどれほどの数があるのだろうか。

 部屋自体がとても広いはずなのだが、狭く感じる。

 容器の間の狭い通路を巡回するメイド。

 高い天井付近には蜘蛛女(アラクネ)型が移動していた。

「これら全てが複製、なんじゃな」

「そのようだ。中には人間型のモンスターも居るから全部が一般人とは限らない」

「つい二百年前にはこんな施設は無かったぞ」

「つい二年前には、だ。ここは正真正銘、人間の手で作られている。合法的にな。知恵を振り絞れば誰でも作れる、という恐ろしい施設だ」

「誰でも!?」

「もちろん高い位階魔法を扱わなければならないだろう。帝国ならば作り方を教えたら、なんとか作れそうな気がする」

 リグリットはいつまでも眺めていると気が変になりそうな気がしたので移動を開始した。

 イビルアイも長居したくない場所だと言っていた。

 次に向かったのは大浴場。

 ここより先はメイド達が立ち塞がっている。あと、立ち入り禁止区域になっていた。

 浴場は静かな空間で僅かに湯気が立ち上る程度だ。

 一般メイドが利用するかもしれないので朝方に沸かしておいたらしい。

「あれは……花弁人(アルラウネ)か?」

「そうだ。森で見つけたものを採取してきた。複製の中には自我が残ったままのも居る。植物系だからかもしれない」

 花弁人(アルラウネ)達は眠そうな顔で大人しくしていた。

 日光にさらしたいところだが、良いアイデアがなくて『永続光(コンティニュアル・ライト)』で我慢してもらっている。

 元々光りの少ない森の奥地に居た花弁人(アルラウネ)なので生命力はあった。

 日光には不自由させているが土の栄養は適度に変えながら与えている。

 光合成の実験で必要だからと置いている。大気を作るのに必要だから、と言われているのだがイビルアイはよく分からなかった。

 綺麗な空気を作る、という説明は受けた。

「この上の階は培養室になっている。眼球とか肉片が浮いた容器があるから見せたくないのだろう」

「意外と紳士的じゃのう」

「普通の人間には吐き気をもよおす場所だ。公開など出来ないだろう」

「インベルンの嬢ちゃんでもか」

「ああ。私は人間的なようだ。人の尊厳を守りたいだけなのかもしれない」

「随分と丸くなりおって」

「色々と世話にもなった。恩は感じるぞ」

 立ち入り禁止があるので六の宝物庫まで戻った。

 リグリットも膨大な保存容器の存在は驚いてしまった。

 詳しく調べたい気持ちと調べるのは危険だという気持ちがせめぎ合う。それほどの部屋だった。

「ところで、くそばばぁ」

「その呼び方はなんとかならんのか?」

「ふん、今まで姿を見せなかったくせに文句を言うな。おい、ばばぁ。まさかと思うが若返りたい目的でもあるのか?」

「そりゃあ、あるわい。女の子じゃもん」

 イビルアイはため息に似た息を吐く。

 呼吸を必要としない、ということだが人間的な動作は簡単には抜けない。

「ご主人をいいように利用して恐れるのならば帰れ」

「厳しいのう」

「当たり前だ。私は……、罪悪感から彼の力になろうと必至に頑張っている。びっくりするのは最初くらいだ」

 殆ど強がりだが、頑張って耐えようとはしている。

 一度植えつけられた恐怖は簡単には拭(ぬぐ)えない。けれども、ただ怖がってばかりではいられない。

 複製や巨大モンスターに散々脅かされたが悪用はしていない。異種交配は仕方が無いとしても。

 珍しいモンスターは保存して観賞。少し増やしておいたり、などと。

 一概に駆逐ばかりしてはもったいない、という気持ちがわいて来る。

 利用は出来なくても知識は増やしたい。

「ばばぁの部位を集めるのもある意味、気持ち悪いな……」

「失礼な。……もしかしてインベルンの嬢ちゃんも目玉の抜き取りなんかを手伝うのか?」

「するか、バカ! そんなこと……、出来るわけが無いだろう。罪人でもない限り……」

「ほう、出来んのか」

「強引なところのあるご主人は殆ど一人でやってしまう。なかなかあの人の助手にはなれない」

 一人で複製を作り上げ、一人で施設を運営している、というのだろうか。

 仲間を探しているようだったが、とリグリットは少し戦慄する。

 手伝えないなら一人で全部やり遂げる。それだけの実力があるという事だろう。

 寂しさを抱えながら。

 あまりバカには出来ないかもしれない。

 そういう寂しい人間は溜め込むと後が怖いという。

 その怖さが異種交配や部位の搾取ではないだろうか。

「ここにある全てのものは月に持っていくそうだから、世界の危機は回避されるだろう。ご主人は世界を潰したいとは思っていないようだ」

「つまり八欲王のような世界を支配する事はないと?」

「ご主人のタレントは最悪の未来を見せるらしくてな。それを回避したいのだろう」

「タレント持ちでもあるのか。凄いの」

 二人の会話が一段落したところで持ち主のヤントラが現れる。

 リグリットに軽く挨拶した後、荷物を整理し始める。

 黙って見ていると脅威は感じない人物なのだが、裏では人に言えない数々の実験を行(おこな)っている。

 アンデッドの実験だと思っていたが生身のまま実験しているのは初めて見る。

「リグリットさん。さっそく敵情視察ですか?」

「うむ。色々と見せてもらったぞ。正直……、度肝を抜かれた。なんじゃ、あの容器の数は」

「徹底的に集めていたら増えてしまいまして……。なにしろ、一人から複数採取するのが基本なので」

「あ、あ~……。なるほどなるほど。複数か……」

 なんて言えばいいのだろうか。

 一人に対して一つだと思っていた。

 いや、そもそも複数採取とはなんだろう、という疑問が過(よ)ぎる。

 未知の分野なので疑問がたくさん浮かんでしまう。

「……お主、面白い御仁のようじゃな。並みの変態ではないのは理解したぞ」

「ありがとうございます」

「……誉め言葉か?」

「人間の分は多すぎるほどなので、今は出来る限りモンスターを中心に集めています。小鬼(ゴブリン)ばかりでは気持ち悪くて」

「あれらは……、どうするんじゃ?」

「月の住人にするのに必要な素材だという。モンスターは……、モンスターはどうするんだ?」

「飾ったり、野に放ったり……。自然に生息する動植物は必要ですから」

「竜(ドラゴン)もか? 奴らの場合は蹂躙が始まる気がするぞ」

「仲良くできない生物は居るでしょう。けれども絶滅させるのは可哀相だ。かといって多すぎては弱い種族が困る。難しい問題ですよね」

「……この世界でも同じか……。月だけ特別扱いは出来んな」

 未来がどうなるか、分かったままでは面白くない。

 一方的な理由で滅ぼす理由にもならない。

 種の保存という点は尊重したい。

「フールーダのじじぃが若返ったそうじゃが……」

「おい、ばばぁ。都合のいい時だけご主人を利用するな」

「人間は欲深いんじゃ。年寄りの耳は都合のいい言葉しか聞こえんな」

「そう頻繁には出来ませんよ。精神がおかしくなる、きっとね」

 死への恐怖心が溜まっていく。

 また百年。また百年と限界時間に怯え始める。

「なるほど。優しさとはそういうことか……。インベルンの嬢ちゃん。いい男を見つけたの」

「ラキュースの旦那だ。私は……愛人で構わない」

 この施設にこもってからラキュースどころか自分の子供にも愛着がもてないのではないかと。

 イビルアイは心配になっている。

 今でも人間を好きでいてくれているのか、という点が。いや、自分はもう人間ではない。どういえば良いのか分からない。

 生きながらアンデッドになっては色々と困るだろう。

 精神的なアンデッド。

 他人の寿命は操るが、自分の寿命はどうするのだろうか。出来れば長生きしてほしい。

 イビルアイの願いでもある。

「ツアーを寂しがらせるわけにはいかんでの」

「ばばぁは昔からばばぁだった気がするのだが……。お前、年はいくつなんだ?」

「内緒じゃ」

 最低でも二百歳は超えていないとおかしい。

「本人の責任問題だが……。いいか、くそばばぁ。やり直しは出来ないと知れ。慎重にことを進めないと後悔するからな」

「お前さんは後悔しているのか?」

「慎重にことを進めたから後悔はしていない。後はせいぜい寿命関連だ」

 ただ若返っただけでは解呪のおそれがある。その問題を解決するのに実年齢そのものをどうにかするしかない、と教えられた。

 今はそこまで遡(さかのぼ)ってはいないが解呪のリスクは頭の片隅に置いている。

「ご主人の言う事をちゃんと聞けよ。この人は軽はずみに力を使うような人ではない。メリット、デメリットを考えてくれる」

「ただの魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではないというのか?」

「大変な勉強家だ。算段が無ければ行動に移さないほどだ。……たまに大失敗するらしいが……」

 もちろん、それは他人に使わず自分で実験する時の話しだ。

「ふ~む、何も考えていないような顔をしとるのにな」

 リグリットの言葉にヤントラは苦笑する。

「イビルアイの友人は丁重に扱いますよ。先にも言いましたが頻繁には使えません」

「死を恐れやすくなるから、じゃな」

 リグリットの言葉にヤントラは頷く。

「無報酬……。段々と物欲が無くなってきたように感じます。いずれは女体にも興味がなくなったりするのかな」

「物欲どころか子供達の愛も無くすようでは困るぞ」

「……二年も経てば頃合かな……、と諦めに似た感情が湧いてきます。千年後に復活するような仕組みづくりをした方がいいのかな」

 千年は長すぎるかもしれないけれど数百年先に目覚めた方が新しい発見があるかもしれない、という期待はある。

 滅んでいる未来という事もありえないわけではない。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 欲が無いのは元々なのだろうか。

 自分の生い立ちなどを思い返すヤントラ。

 人に勧められて始めた『ユグドラシル』というゲームに夢中になり、生きる気力を得たのは事実だ。

 そのゲームは終わり、第二の人生が始まった。

 欲しいものは殆ど手に入った。

 これ以上の目的として月に向かうわけだが、一人で活動する事が多く、また情報を秘匿する者達があちこちに居るおかげで不満は溜まり続けていた。

 不老不死以外の欲望は既に満たしてしまった、はずだ。

 後は強大なモンスターと珍しいモンスターを集めたり、倒したりするだけ。

 国の発展も邪魔者が居るので非常に困っている。

 世界を征服するのはヤントラには面白くない事だ。

 様々な国があって様々な文化形態を取っている方が面白いはずだ。それが未知の冒険の醍醐味というもののはずだ。それをアインズは壊そうとしている。

 壊すならくれてやる。ただし、それ以外の星々は全て貰う。

 邪魔はさせない。

 人口の爆発によって食料危機が起きるかもしれないし、自然環境の破壊が進行するかもしれない。

 星の発展の為に良い支配者になってくれるのであれば潔く引いてもいい。

 百年毎に現れるというプレイヤーの脅威。

 冬眠などを許してくれるならば相手をしてやろう。

 遠い未来まで精神が保っていればの話しだが。

「………」

 リグリットの頭を掴んだまま物思いに耽っていたらしい。

 意識が持っていかれたのか。

 淡々と作業するうちにゲシュタルト崩壊でも起きたのか。

「何をしていたんでしたっけ?」

「ばばぁの頭を掴んでいただけだぞ」

 イビルアイが答えた。

「早くしないと精神が消えていきそうですね」

 自分の複製を用意して死ぬ事で精神的な疲労を解消する手があるのだが、自分で実践するのは怖い。かといって他人では分かりにくい。

 頭の再生では精神までは癒せない。

 精神を治癒する魔法がほしい。

 用意だけはしておこう。その時が来たら諦めるだけだ。

「イビルアイはこの人が若返る事に賛成か?」

「それは本人が決める事だ。私よりもツアーに尋ねたらいい」

「ちなみに竜(ドラゴン)に使うとどうなるんじゃ? 竜(ドラゴン)は歳を取る度に強くなる。若返ると弱体化するとか?」

「弱体化しそうですね。竜(ドラゴン)はそもそも年齢を重ねる事で強大になっていきます。モンスターとしての特性なのかもしれない」

「それはもったいないのう」

「実際に……」

 と、言いかけてイビルアイを見据える。

 イビルアイは弱体化していないように見える。

 身に付いた技術が維持されるのであれば竜(ドラゴン)とて若くしても無くさないものがあるのかもしれない。

 証明には実験しかないけれど。

「安易な実験は危険です。複製から試すのが安全策でしょう」

「複製の利点というやつじゃな」

 リグリットに必要事項を書かせる。

 イビルアイには内緒という事で。

「取り返しがつかない、というのは元の状態に戻せない。戻せる保証が無い、ということです。体重が増えた、やり直せ、とか。ほくろの数が違う、とか」

「……そんな細かい文句は言わんよ」

 というか言う奴が居るなら見てみたい。

 身体的特徴にこだわりを持つ者ならばありえない話しではないかもしれない、と思って納得する。

 過去の傷を自慢する者とか。

「私はずっと成長できず、子ども扱いされてきた。だから、今が一番幸せだ」

「そうじゃったのう」

「あまり不自然に成長すると身体が悲鳴を上げるらしい。ばばぁは地獄の苦しみを味わえばいい」

「ひどいことを言うな」

「ふん」

「ケンカしない、ケンカしない。若返らせるといっても記憶まで逆戻りはしません。口調は自分でどうにかしてくださいね」

 大抵はどうすることもなく、普段どおりの口調だ。

 見た目は若くても年寄り臭い。それは実は若返りの魔法を使っているのではないだろうか。

 例えば検問所に控えている鑑定の魔法詠唱者(マジック・キャスター)とか。

 

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