ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
リグリットを地上の執務室に連れて行った。
イビルアイが居ると文句ばかり言い合うだろうし、彼女には地下の内装を任せておいた。
改めて要望を書かせる。
「元に戻りたいと言ってもダメですからね。あと、モンスターにするわけではないので、それは安心してください」
つまりアンデッド化で不死にする、という意味だろうとリグリットは思った。
部屋で椅子に座って待っているとたくさんのメイドが姿を見せてきた。
同じ顔がたくさん居た。全てが無表情で少し怖く感じた。
ヤントラによる儀式は特別な事は無く、弟子になるというものだった。
それから眠らせられる事になる。
次に目覚めると鏡が無数に置かれているのに気付く。
そこには若々しい顔の女性が居た。
「お、おお!?」
どう見ても若い女性だ。老婆の姿がどこにも無い。
「ここからが本番ですよ」
と、部屋の外からヤントラが声をかけてきた。
「そこで服を脱いで、確認してください。希望通りなのか、どうか」
「う、うむ」
先ほどまで居たメイドは数が減っていた。
脱いだ服はメイド達によって丁寧に折り畳まれて
皺だらけだった顔や身体は
明らかに自分の身体ではない気がする。
それから少し経ってから身体が悲鳴を上げてくる。
今まで失っていた筋肉や骨の強さなどを取り戻そうとしているように。
老化していくと身体が縮む事がある。今は逆に水を取り戻して伸びようとしている。
「……こ、これは辛いわい」
身体の内部で起こる変化にもだえ苦しむリグリット。だが、メイド達が尋常ではない力で押さえつけてくる。
別のメイドは身体を揉み
更に水分補給や食料も食べさせてくる。
それらが終わる頃には痛みも収まってきて呼吸が楽になってきた。
数百年分の若返りなのだから反動は凄まじい。これでやり直そうものなら身体中の水分が一気に抜けてしまうかもしれない。
多用のできない魔法、かもしれない。
というか、何の魔法なのか想像がつかなかった。
「胸の大きさは充分ですか? 筋肉とかは?」
「んっ? そ、それどころではないわい……」
急な体力の増強は老婆の身体以上に辛かった。
ただ、寝ている間にゆっくりと若返らせていった、と言ってきた。
一気に若返ると身体が悲鳴を上げる。それは今の比ではないらしく、筋肉がはじけ飛ぶおそれがあるらしい。
疲労や筋肉痛程度なら成功という証しだとか。
イビルアイは失禁したか、しそうになった。と、言ってみたものの詳しくは覚えていない。
かく言うリグリットは裸が長引いているので尿意が襲ってきた。
急がないと漏らしそうだ。
「一旦、
「裸のままで?」
「むしろ見せたいくらいじゃ」
メイドがバスタオルをリグリットに巻いた。
トイレは近くにあるのでメイドが案内した。
戻ってきたリグリットは清々しい笑顔になっていた。
「まだ終わってませんよ。部屋に戻ってくださいね」
「うむ」
その後、微調整とも言うべき質問の数々にリグリットは驚いた。
大雑把な状態で終わらないところが凄いと。
鏡を見て何度も確認作業を繰り返し、納得したのは一時間後。
張りのある尻。突き出た胸。
若々しい肉体美。
遥か昔でもここまでの美しさがあっただろうか、と思うほどだった。
顔に異常は無く。変な模様も現れていない。
身体を風呂で洗ってから卒業の儀式が終われば終了。
服が少しきつく感じる。細かった身体に合わせていたのだから当たり前だ。
「魔法などはそのまま使えますよ。解呪の魔法にも抵抗というか、唱えられても大丈夫だと思います」
「ほう」
「寿命は延びているはずです。もう百年は生きられるのでは? 長寿の秘訣は良く分かりませんが。見た目どおりの年齢までは確実かと」
相当な若返りを果たしてしまった。
今更やっぱりやめます、はさすがに言えない。
イビルアイは寿命は変えなかったと言っていた。つまり経過した年齢は変えずに外見だけの成長だけ希望した事になる。
若返りではない。
「インベルンの嬢ちゃんは若返りではないのか?」
「ああ、そうでしたね。イビルアイは身体の成長だけです。……こっそり実年齢も若くしてあげたかったけれど……、勝手をすると怒るだろうから」
「わしの頼みではいかんかの? あの子を外見年齢に見合う歳にしてやってくれ。できるものならな」
「本人が希望するそうですから、それまでは待ちますよ。今はこの世界の行く末が気になるようです」
リグリットは軽い運動しながら話し続けた。
関節はまだ少し痛むが柔軟性はかなり戻ってきた。
「それにしても若返りの魔法……。それはどんなものなんじゃ?」
「解呪対策もあるので詳しくは教えません」
「ケチ」
「魔力系第八位階『
第八位階と聞いてリグリットは驚き、呻く。
「この魔法はリスクがあります。経過年月に伴い術者、ここでは魔法を使う方ですが、弱体化します。なので多用は難しいですよ」
「……第八位階とは……」
「この魔法は老化も促進させることができます」
老化させて寿命を尽きさせることが可能で、そうなれば蘇生魔法が通用しなくなるおそれがある。
老人相手には危険な魔法だ。
「これだけの大魔法ならば報酬を差し上げなければならんのう。善意だけでは心が痛む」
若返ったのだから処女でも捧げようかな、という事が浮かんだ。
元々が老婆だったので抱く気にはならないかもしれない。
金銭やアイテムでは足りないだろう。
「長生きしてください。イビルアイや友達のためにも」
「うむ」
「あえて報酬としてツアーさんが居た洞窟にまた連れて行ってください」
「洞窟で良いのか?」
「ギルド武器は取りませんから。……ツアーさんの首を落したりもしません」
リグリットは苦笑した。
洞窟は下準備が整ったら手紙でも送ると伝えた。
というか、どこに出せば良いのか。
「後でインベルンの嬢ちゃんに教えておくよ」
お互いが納得したところでヤントラはリグリットの柔軟体操に付き合った。
見違える姿に変貌したリグリットにイビルアイは大声で『うわぁ、このくそばばぁ』と叫んだ。
「おい、ばばぁ! 顔まで変えたのか」
「変えておらん。わしは元々美人さんじゃったもん」
「ウソだ!」
「……全力で否定せんでもええじゃろう。本気で傷つくぞ」
はち切れんばかりの肉体美。
老婆だった姿がウソのようだ。
「無理な体型変化はのちのち酷いことになる。これでも無理の無い変化だよ」
「ううっ、ご主人……。もっと醜いばばぁだと思ってたのに……」
「失敬な」
ヤントラはイビルアイの頭を撫でた。
「フールーダのじじぃも実は美青年、というオチかの?」
「そうですね。探究心のある人間は生命力にあふれていますから。暴飲暴食をしていなければ……、引き締まった身体が拝めるかもしれません」
「暴飲暴食……。わしは太るかもしれん。食生活も考えないといかんな」
歳のおかげで太りにくいと思っていたが若くなった今、ちゃんと体調管理はしようと思った。せっかくの美貌はしばらく維持したい。女の子だもん、と。
「インベルンの嬢ちゃんも長生きしておくれ。少なくともわしよりもな」
「お、大きなお世話だ。……あ~、びっくりした。動かない心臓が破裂するかと思ったぞ」
「ヤントラ殿に頼めば人間化も不可能ではなさそう気がするのじゃが……」
「いい、いい。そこまでは望んでいない。この身体はこの身体で都合がいいのだ。そんなのは月に行ってからだ、まったく……」
「能力を奪う、という意味では可能かもしれません。不可能を可能にする超位魔法ならば……」
「超? なんだか凄そうじゃの。
「我々が第十一位階と呼称していたものだ。魔導王が使ったものは凄まじかった。専門の職を取っていなければ使えないものもあるらしいぞ。私もいくつか使う権利は得たのだが選定に時間がかかっている」
今のイビルアイが使えるのは一つだけ。もう少し強くなると十個ほど選べるらしい。
「なんと!?」
「魔法とは様々な条件を必要とする。若返りの話しはおいといて、こっちに来い、ばばぁ」
イビルアイはヤントラに深く頭を下げた後、与えられた場所にリグリットを引っ張るように連れて行った。
口は悪くても礼の心は忘れない。
ヤントラは余計な口出しはせずに見守る。
イビルアイはリグリットを椅子に座らせて目の前に四冊の分厚い書物を置いた。
「なんじゃ、こりゃ」
見た目は二十代ほどの女性なのに喋り方が年寄り臭い。
「簡易的な『
「四千……!? 砂漠にあるエリュエンティウから持ち出したのか!?」
「ご主人のお手製だ。自動的に書き込まれはしないが、これはこれで圧巻だぞ」
リグリットは魔力系の書物を開き、しばし眺める。
一枚めくるごとに唸る。
最初の方は低位の位階魔法なので珍しくはない。だが、第四位階から顔色が変わってくる。
一般に伝わっている魔法以上の情報がほぼ正確に記されている。
第五位階。第六位階とつづく。
「お手製……。いやしかし……。凄まじいの」
他の書物も確認する。
第八位階以降は真実味が出て来ないのだが疑う材料が見つからない。
自分だけしか知らない高位の魔法も書かれている。
「……これは凄いの。長生きはしておくもんじゃ」
「新たな魔法も開発されている。その分は残念ながら追記という形で用意せねばならないがな。使用できなくとも知識としては満足のいく書物だ」
「うむ。若返りの魔法も載っておったな、そういえば」
低位から高位まで。
圧巻と言う言葉が相応しい。
「我々は残念ながら全ての魔法を習得する事はできない、らしい。最大で三百……。それ以上は特殊なスキルを保有する種族や条件があるらしいが……。人間には得がたいものだとか」
「呪文を奪う職のことか? それとも儀式による呪文習得か?」
「どうだろう。その辺りは分からない。だが、危険な魔法もある。うっかり取得して取り返しのつかない事にはなりたくないな」
「不老不死を切望して人間をやめたり……。確かに迂闊な方法は身の破滅じゃ」
魔力系の中には厄介な魔法が多くあり、自分で使う分には有益だが敵に使われると困るものがある。
悪夢を見せたりはまだ可愛い方だ。
「市場には流せないが首脳陣には渡している。ご主人が我々に良い未来を作ってほしいという表れかもしれない」
「しかし、四千もの魔法を記すとは……」
「まだ後二千ほど魔法があるらしい。危険なものから用途不明まで。職により専用のものもあるとか。どうやって知りえたかは知らない方がいいだろう。悪用されては困るものもあるらしいからな」
「悪用か……。心配事は理解出来るが……。わしも欲しいぞ」
「個人利用するなら複写してやろう。魔導国がこういう書物の拡散を嫌うのでな。大量生産は出来ない」
「魔導国はこの書物の事を知っているのか?」
「ああ。魔導国と交渉したお陰で王国。帝国。竜王国の首脳が手にしている。城での共有に限られるだろう。帝国の場合は専門部署だろうか。一般に流通しないかぎりにおいて魔導国は手出ししないとか」
「う~む。これほどの書物は国家機密じゃな、普通は。確かにいい顔はせんわな」
魔導国の国王は
自らの弱点を晒すような書物の流布は神経を尖らせてもおかしくない。
それでもリグリットは欲しいと思うほどに魅力を感じていた。
「……ん、一般人に即死魔法などを連発されては困るな。そういう意図もあるのか……」
第十位階魔法には物騒なものがたくさん出てくる。
信仰系の場合は神殿連中には見せられない内容となっている。
「金貨二百万枚とは何なんじゃ? あの金貨の部屋の事か?」
「これは触媒に使う金貨だ。現地通貨だと一万分の一くらいになるらしい。王国金貨二百枚かかる、という意味かもしれない」
「おいそれと使えない魔法もあるようじゃな。……この経験値消費とは?」
「おそらく生命力を消費する事だろう。物質の触媒は普通だが経験値消費は弱体化を招く。量によっては習得した魔法を忘れて、再習得を必要とする場合があるとか」
「大儀式でしか使えんような魔法も掲載されておるの。適当に書いたとは思えん」
敵が
対策を取られてしまうから。
魔導国にとっては厄介極まりないものだろう。
今は無理でも将来的な意味では処分か隠蔽は検討されてもおかしくない。
「よく魔導国はヤントラ殿を葬らんな」
「仲は悪いが古くからの知り合いらしい。ご主人にとってナザリック地下大墳墓は故郷のようなもので無くしたくないと思っている。アインズが力を振り撒いて敵視されないように、と色々と口出しとかしているんだ」
「ただの変態ではないと」
「あえて無視するぞ。アインズの部下は強大な力を持っている。その部下達の為に支配者として振舞わなければならない。でなければ暴走するかもしれないとご主人は思っている。そうなれば虐殺が始まるだろう」
異形種揃いのシモベ達はいつでも人間を殺せる。
単騎で国を滅ぼす者達だ。抵抗するのも難しいだろう。
現存戦力は計り知れない。
無駄に死ぬより生き延びる方法を模索する方がいい。
「魔導国には強いアンデッドがたくさん居るから労働力は間に合っている。奴隷を必要とする事態は考えられない。彼らは自分たち以外はどうでもいいと思っている傾向にあるとか」
「どうでもいい? 支配してこき使うのではないのか?」
「国は支配するかもしれないが、統治できるほどの頭が揃っていない。実際、魔導国自体がまだ満足な法律が作られていない。エ・ランテルも警備はアンデッドに任せているが統治に関しては及び腰のような状態だ」
「……魔導国の国王は……なんなんじゃ?」
「強大な
相手を怒らせなければ。
短気を起こせば力づくで領土は奪われるだろう。
「……そういえば超い魔法は無いんじゃな……」
「魔導王が許可しないだろう。使用条件は色々とあるらしい。ただ乱発は出来ない。一日に最大で四回。中にはリスクを伴うものもある。攻撃ばかりではなく、天候を操るもの。生け贄を必要としない特殊な召喚魔法など、多岐に渡る、とか」
イビルアイは前に遠く離れた平原で見せてもらった。
実際に放たれると確実な死の効果を受けるので対策装備などをしておかないと危険な魔法だ。
超位魔法は一日に四回と決まっているので、たくさん持っていても全てを使う事は不可能。
発動するたびに再詠唱時間が長くなる。
強力である反面、隙の大きい魔法だ。
「後世に残すべき知識なのだが……。魔導国の采配次第では隠蔽もありうる。それはもったいない事だ。とはいえ、この書物だけでも各国首脳に公開出来たのは交渉結果によるものだ」
「知識を独占するのか。もったいないな。……わしも人のことは言えんが……。生け贄を必要とする分、
気軽には使えないし、それは広めるにはリスクがあるだろう。
街中で使われてはいけない魔法。
「フールーダは知識で帝国を裏切った、と言われている。ナザリックでは更に様々な知識を得ているかもしれない」
「欲深いじじぃじゃな」
ナザリック地下大墳墓なら膨大な魔法の知識が得られるだろう。
研究する場としては最も適しているともいえる。
ただし、それらの知識はナザリックが独占するだろう。
多少なりとも公開してほしい気持ちはあるし、知識の独占は欲のある者は誰もが思うことだ。ナザリックだけの問題ではない。
『マグヌム・オプス』はその中でも公開に踏み切っている珍しい場所だ。
公開できそうに無い場面も見てしまった気もするが。
「ヤントラ殿と魔導王は相反する性格のようじゃな」
「だからこそ仲が悪い……。水と油……。私はそれでもご主人に着いて行く」
「仲間はどうする?」
「仲間は仲間だ。来るなら連れて行きたい。だが、ご主人は彼女達に無理強いは望んでいない」
「じゃが、仲間を探しておったようじゃが……。寂しいんじゃなかったのか?」
「一人で完結している強さを持っているからな。仲間と冒険する経験が無い。一緒に出かけても我々は慌てたり、文句ばかり言うから……。中々、難儀しているんだろう」
「どっちが我がままを?」
「……我々だな……。巨大モンスターすら手駒にするような人だ。慌てるのも無理は無い。それに容器に入れられる部位がどうにも慣れないのだ。そういう趣味が合わないと言うか……。いやまあ、綺麗に飾っているのは分かるのだが……」
そうやって文句ばかり言うから仲間として一緒に連れて行けないのだろう。
自分の趣味を理解してくれる仲間、というのはなかなか居ないものだ。
アンデッドを使役するだけで恐れられたりする。
「小さいモンスターなら文句は無いぞ」
「大きい小さいで文句を言うとは……」
「あんなものまで使役するとは思ってなかったんだ! 心の傷を抉るようなモンスターはそう簡単には慣れん」
イビルアイが怯えるほどのモンスターはすぐには思いつかない。
「それはまさか、戦争に使われたとかいう巨大モンスターか?」
「ああ。邪神系の召喚モンスター『黒い仔山羊』だ。ここには肉片が保管されている。それを復活させてフェルト作りに利用している」
「フェルト? あの羊毛で作る?」
「そうだ。程よい重量があるからな」
大量虐殺を引き起こしたモンスターが可愛い使われ方をしているとは、リグリットには想像出来なかった。
相当怖い目にあったのだろう。
イビルアイは人に恐れられるほどの実力などを持っていたのに。
可愛くなったものだとリグリットは苦笑する。
「今は言う事を聞いているから平気かもしれんが……。敵としてのモンスターは恐怖そのものだった」
「話しではいまいち分からんのう。実物は見てみたいぞ」
「そう言うだろうとは思っていた。人間を潰す実験はしていないが……、直接触れるのは良くないと聞いている。あと、体液が……」
「なんじゃなんじゃ、注意事項が多いのう」
「当たり前だ、くそばばぁ! そんな気楽に扱えるモンスターじゃないんだぞ!」
イビルアイの絶叫に似た叫びにリグリットは驚く。あと、若返ったせいか、声がよく聞こえて耳が痛い。
「わ、分かった。そう怒るな。顔にマスクとか手袋を嵌めていけばいいんじゃろ?」
「死を振り撒くスキルは無いが、触る時は慎重に。攻撃はしてこないだろうけれど」
「人の心配がちゃんと出来るんじゃな」
「ふん! 何年生きてきたと思っている」
様々な人生経験を積んだとはいえ、中身はあまり変わっていない気がする。
精神的な部分では幾分か、成長しているのだろう。
泣き虫は変わっていないかもしれない。
明らかに巨大モンスターの下りは泣く様な目に遭ったはずだ。
それがイビルアイだけなのか、自分も目撃したら泣くほどなのか、少し不安になってきた。