ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
無防備なヤントラは今が殺し時だ。
だが、もはやナザリック地下大墳墓は磐石の体制になりつつある。
アインズ側が大人しくしていればヤントラも大人しくなる。
警戒は解かないけれど利用できるうちは友好関係も必要だろう。
図書室に残してきたイビルアイを思い出し、会いに行く。一応、王国語の書類も持っていく。
「すまない、忘れかけていた」
「急ぎではないが……。色々と見せてもらっていた。スクロールの製作もしているのだな」
「ああ。それより評議国側は外部の人間というか種族は受け入れるのか?」
「ばばぁがよく行っているから正式な手続きを取れば入国は可能なはずだ」
「だが、警戒しているのだろう?」
「人間は食料だ、という亜人などが居るからな。亜人の居る国はどこもそういう問題が付きまとう」
「
「若い
多種多様な種族が居るから食料になる種族も居ないとは言えない。
アンデッドのように飲食不要は食糧問題は考えなくていいけれど、肉体を持つ生き物は食料が必要だ。
栄養は身体の成長に必要だから。
「アンデッドは生者を憎むと言われている」
「それはよく聞くな」
「死者の世界にするかもしれない、という恐怖があるのだろう。それは生者の居るどの国も抱く思いだ。憎むから襲ってくる、という……」
「……つまりアンデッドである私が全ての国に襲いませんよ、そんな単純な理由では。と説明し続ける事になるんだな」
「なるだろうな。建国宣言で発布する時に言うのも有効だろう。何も言わず、時だけが過ぎていくのが不健康ともいえる。アインズ側が一生懸命に考えているんだとしても」
大々的に発表する場があれば自然と周りに広まっていく、という考えだろう。
いちいち会談の席で言うより市民たちに広めさせるのも有効な手段だ。
英雄モモンのように。
「遠い国ほど伝えるのが難しい。だからといって、急に恐怖に駆られて大量の兵士をけしかけてきたりはしないぞ。頭の悪い貴族でもない限り」
「宣戦布告もしていないのに襲われるのは面白くないな」
「……傍目には面白いがな……」
そんなバカな国があるなら見てみたい。
一番、可能性として高いのがリ・エスティーゼ王国だ。
特に大貴族に
今でもカルネ村は危険だと言っているみたいだ。
確かに
一匹だけとはいえ今の王国軍を単騎で滅ぼせる強さがあるらしい。
関節が弱点だが暴れられるとスキルを発動して厄介な事になるとか。
カルネ村しか防衛しないので少し離れた位置で村人が襲われても助けに行かない可能性がある、と言われた事がある。
命令は絶対。それ以外は守る義務無し。
村に入った敵は襲うけど、村から離れている敵は襲わない。などの正確な事は聞いていない。
実際に敵が来たら分かるだろう。
「無闇に宣戦布告されても困るがな」
「そうだな。書き終わったらイビルアイに渡せばいいのか?」
「私からばばぁに渡す。そうすれば
「分かった」
「会談の場所が……、
「……ああ。下の階はもう無理だろうし……。あそこは魔導国とは関係ないからな、と伝えてくれ」
「もちろんだ。ご主人の責任だ、それは」
「ああいう場所を見せられると……。私も生き物を大切にしようと思う。貴重なモンスターはしっかり守ってやらなければ」
殺してばかりだったな、とゲーム時代を思い出す。
レアアイテムの為にどれだけ乱獲したことか。
「保存内容にもよるな。だが、私は……慣れないな……。生物標本というのは。特に人間のは」
「優しいなイビルアイは」
「
イビルアイは仮面を外す。
「けっこう中途半端で困る」
「それは悪い事か? 私は人間を愛そうとするイビルアイの気持ちは尊重したいぞ」
「……素直に嬉しいな、その言葉は」
せっかくなのでアインズはモモンへと姿を変えた。
ナザリックの中でモモンの姿になってはいけない規則は無いし、見られて困るシモベは存在しない。
「会談が終わったら冒険者の仕事を再開しよう」
「エ・ランテルのギルドを見て来たが依頼が激減していたぞ。冒険者は絶滅寸前だった」
「む……。そうだった。すっかり忘れていた」
「モンスターの脅威は簡単には無くならないし、犯罪もしかりだ。一人で解決しない事もあるだろう。私はモモン様の頼みとあれば余程の無茶な願いでもない限り協力したいと思うぞ」
「……余程の無茶ですか?」
「国王の暗殺とか。本来は国に関わる事案に冒険者が介入してはいけないのだが……、ばばぁが持ってきた案件だから仕方が無い」
「そのばばーというリグリット……」
「リグリット・ベルスー・カウラウ。死者使いでモモン様好みの人間かも知れないな。……能力的って意味で!」
若返って美人になったから鞍替えするのでは、とイビルアイは鳴らない心臓が跳ねそうになった。
「その方と後で話しは出来るのか?」
「頼んでおこう。旅をしていた筈だから色々と知っている事があるかも」
味方が居るというのは頼もしい。特に現地の人間。
スパイは嫌いだが戦略的に必要な人材だ。
二重スパイは扱いが難しいがイビルアイはどうだろうか。
橋渡しといえば聞こえはいいが、ナザリックの情報を渡されるのはアインズとしては面白くない。だが、国として魔導国の情報を内外に伝えなければならないことも事実だ。
さすがにナザリック地下大墳墓の情報は厳重に管理するけれど。
「……イビルアイ。他の階層に行きたいとしたら、希望はあるか?」
「自由に行き来出来るなら……、どの階層も気になるが……。やはり宝物庫だろうか」
金銀財宝。光り物は女性の大好きなものだ。だから、その気持ちは理解出来る。
金貨は見慣れているだろうから、他の調度品などだろう。
イビルアイならマジックアイテムも興味を引くかもしれない。
種族で言えば入っても大丈夫そうだ。
入れるより持ち出して見せた方が無難だな。
アインズは危うく失態を犯すところだった。
「宝は急には用意できないが……。いくつか持ち出しておこう」
「おお。で、出来れば鑑定させてほしい。参考までに」
鑑定したところで神器級ほどになると超位魔法でも用意が難しい。
ただ、参考や勉強にはなるだろう。
貰うばかりでは心苦しい。
美術館の構想も準備しておく必要があるな。人を集めるという意味でも。
評議国と魔導国の非公式会談の日取りが決まる頃、ヤントラは辞書製作に励んでいた。
資材製作も大事だが、色々とやることが山積している。
ナーベラルとアルベド、アインズが現場の内装を確認しに来た。
安物と言われたが仕方がない。無駄に最高級の絨毯など手に入らない。
壁が質素。それも仕方がない。
会談用に作っていないのだから。というか、ここは元々は宝物庫だ。
自己責任にしてくれるなら壁を削って装飾してくれと言っておいた。
「王宮ではないのだから文句を言うな」
「失礼しました、アインズ様」
「絨毯は洗濯済みだぞ。
「壁の方は豪華なシーツでも打ち付けておけばいいだろう。あまり華美にするのも変だな。奴の施設だし」
だから安物でも責任はヤントラが取ればいい。
「アインズ様がおわす場所としては……」
「ナザリックに招く時はしっかりとしておればいいだろう。今回は非公式……。見栄えを競うのが目的ではない」
と、事前にいくつかラキュースから聞いていた。
イビルアイは良いとしてンフィーレアは同席出来ないだろう。大事な物は七の宝物庫に移動させておいた。
七の宝物庫も地上と行き来出来る。普段は利用しないので封印しているだけだ。
「下の階も作業は中断させている。トイレは……角に作ってあるのだが……。下にもあるし、それは自由に使ってくれ」
普段は自分たちが利用する。
念のために使い方などが書かれていることを伝える。
水の浄化の仕方とか、空気の洗浄方法とか。
排水の仕方も。
それらはヤントラが複数の言語で記載している。
「了解した。……安物の調度品ばかりとは……。節約はしているようだな。それは感心だ」
「初期投資が多かったからな。全部で金貨百万枚……、を超えたかどうか、というくらいだ」
「大量の人材を雇った上でなら……、安い方なのだろうな」
大規模に堀り抜いただけで普通は百万枚は軽く超えそうな勢いがある。自分で掘り抜いた事で経費削減になっている。
「帝国に資金を出してもらっている魔導国は凄い金額がかかっていそうだな」
国家予算は確実に傾いているかもしれない。
ほぼ丸投げだし。
多少、アンデッド兵で建築させてはいるが。
相当な額が動いている筈だ。
「……案外、ご主人が皇帝の為に資源を提供して国家予算の足しにさせているかもしれないぞ」
「……それは耳に痛いな……。ジルクニフに多大な負担をさせてしまったか……。その点は黙認しよう」
「装飾に関してはこちらでは用意できない。そちらの案に任せようと思う」
「分かった。さすがにこんな椅子とテーブルではみすぼらし過ぎる」
巨大な円卓テーブルは運び込めないが現地で作ることは可能だ。
現在の『マグヌム・オプス』は六の宝物庫だけ警備が外れている状態だ。
アインズ側が警備を強化しても良いのだが転移疎外や遠隔操作の魔法を阻害しないように頼んだ。
阻害魔法の代わりとして地上に警備兵を配置する。
地上はリイジーや農地を利用する農民くらいしか来ない。それとある程度のモンスターには免疫が付いているらしい。
アウラとシモベを呼び、即席で椅子とテーブルを作らせる。
ゴミは一般メイド達が片付けていく。
七の宝物庫から行き来出来るので割と便利だった。
「こうして見るとアインズとご主人は手を組んだ方が安心感が増すな」
「そうか?」
「少なくともお互いの事を知っている。手放しで任せられる相手なんだろう、アインズは」
逆に警戒ばかりしているのがアインズだが。
「知り合いは大切にした方がいいぞ。失ってから分かる寂しさは計り知れない」
「そういう気持ちは分からないでもない」
ギルドメンバーを失っている今のアインズは正しく寂しい。
引退した者が大半も居るし、栄光にすがりたい気持ちも残っている。
全盛期以上のアインズ・ウール・ゴウンというギルドにしたい欲望だってある。
人生に張り合いのある相手は必要だ。それは正しいのだろう。
「作るのはいいのだが、その後は解体していいのか?」
「欲しいならやるぞ。この木材は森林から持ってきたのか?」
アインズは監督役のアウラに尋ねた。
「南方の大森林から持ってきました。乾燥木材が多く倒れていたので」
「使い道はフィア殿と考えておこう。いちいち買うのも大変だ。では、出来れば片づけし易いように分割できるといいな」
イビルアイの要望にアウラはアインズに許可を求めた。
アインズが頷いたので予定を変更する。
「こういう事前の支度をせずに始めてしまっていたら、双方がっかりするんだろうな」
「評議国は平気かもしれないぞ」
「評議国との正式会談ではかなり広い空間が必要だろうな」
「吹き抜け階層の屠殺場が丁度いいか。今は使用中らしいが……」
「いやいや、あんな血生臭いところでは相手方に失礼だろう」
「……その意見には同意だ。魔導国は地下はどうしようもないとして地上に城クラスの建物は建てられるのか?」
「講堂などが作られている」
円卓の間を地上に再現した会議室のような施設で階層守護者達も利用できるように作らせていた。
玉座の間で直立不動のままでは可哀相なので。
ナザリック地下大墳墓は他人にはあまり使わせたくない。
イビルアイは五の宝物庫に続く扉を開けて壁の厚さを確認する。
あまりにも強く叩き過ぎれば壊れてしまうが、人間の力なら杭程度は刺さっても大丈夫だろう。
装飾も考えられており、補修も出来るようになっている。
魔法をぶつけると大破するらしい。
天井に装飾過多な水晶のシャンデリアを設置したいとナーベラルが言い出した。
「浮かべるならメイドを呼ぼう」
階層構造とはいえ天井は高いのでシャンデリアを
ある程度の高さに浮かべる方が見栄えは良いだろう。
「待てナーベラル。どこから持ってくるつもりだ? 予備などあったか?」
「作らせます」
「一時の使用とはいえアインズ様がご利用するのですからケチケチしてはなめられてしまいます」
「誰にだよ。私の施設ではないのだぞ、アルベド。ここの持ち主がどうなろうと別に問題ではないと思うのだが……」
「事前に視察される事は相手方も承知のはず……」
「調度品自慢をするわけではないので……。アルベド殿。警備体制だけしっかりしていればいいのでは?」
「そう、そうだぞ。宝物庫を無駄に装飾しても意味が無いと思うのだが……。多少だぞ。多少は会談に相応しければ……」
アルベドは腰の翼を少しバタつかせる。
「貧相なところで満足しては器が小さいと……」
「アルベド殿。評議国は人間的な趣味を持っているとは限らない。
「財宝などを敷き詰めているのでしょう。
「いや、
「汚い洞窟に居る
「腐っても
アインズは直接は見た事が無いが、名前から美しい
保管されている
低位の
「イビルアイは知らないかもしれないが、その
「はっ? あの鎧がボロボロだと? それは初耳だな。……あのばばぁ、言い忘れていたな」
「正式な会談ではないゆえ、質素な佇まいで行くぞ。相手方も正体を隠すのだから」
身体が大きいから仕方が無いのはアインズも承知している。
「で、では、我々は……」
「地味目でいいだろう。派手すぎるのは性格を疑われそうだ。感知対策などはおろそかにするな」
「畏まりました」
「私も立ち合わせてもらうが、中立は保とう」
イビルアイの意見にアインズは文句は無かった。
今回の会談に王国側の思惑は関係が無い。あくまで施設の所有者に不利益が出ないようにするためか、古き友人の言葉を正しく伝えるためだろう。
それから壁や天井に飾り付けが
浮遊はイビルアイがメイドを呼びつけて命令を与える。
間近で見る『
魔法の行使は不思議な魅力がある。
「アインズ様。そろそろゴミが舞うと思いますのでナザリックへお戻りになられてください」
今の服装は簡素なローブ。多少の汚れは気にしない。
自分はそう思っても部下達は顔を青くしている。ここは素直に戻るのが正しい選択かもしれない。
「うむ。本当はお前達の仕事ぶりを近くで眺めたかったのだがな。仕方ない」
「では、ナーベラル。後のことは任せましたよ」
「畏まりました」
アインズとアルベドは『
大層な魔法を使わずとも七の宝物庫から普通に転移できるのだが、支配者としての威厳の為に魔法で移動した。
ナーベラルは毎度顔を合わせるから勝手がわかるのだが現場監督として残っているアウラはイビルアイの様子を気にしているようだった。
「あんたさー、アインズ様に対して態度がでかくない?」
「モモン様なら敬語になるぞ」
「……部下ではない、と言いたいのかな?」
にこりとした笑顔で怒りを溜めるアウラ。
「敬意が無くてすまないな。私は昔からこういう言い方なのだ。それが王であってもな」
「信頼が厚いようだけど……。今度から跪いたらどうお?」
「何を言っている。お忍びで来ている王にそんなことをすれば秘密ではなくなってしまうだろう。公式の場でならば私だって形式を重んじる」
正論を言われてアウラは呻く。
間違ってはいない。
全ての支配者たるアインズには誰でも跪いてほしい、という願いがあった。
バハルス帝国皇帝であろうと。竜王国の女王であろうと。
対等の立場など至高の四十一人だけで充分だ。
「絶対に跪かせてやる」
「公式の場でなら跪くと言っているだろう。話しを聞け、バカ」
アウラにバカと言った時、ナーベラルの顔が青くなった。
「聞いているよ、人間」
「人間というのも正しくは無いのだがな……。それはそれで素直に嬉しいな」
「おお、そうだったそうだった。忘れていたよ。下等な吸血鬼」
「吸血鬼としての矜持は持ってないから何を言われても平気だ」
アインズの部下は支配者以外は全て下等生物なのかもしれない。
それはつまりアウラ達も下等生物扱い、ということになるのではないだろうか。
「平伏などはナザリックに属する者達がやればいいんだ。墳墓とか魔導国とかで」
「じゃあ玉座の前に呼び出したら平伏するの?」
「状況にもよるがな。前回は……、確かそこに座って待っていろ、と言うから待っていただけだ」
「そうであっても、アインズ様がお声をかけたらすぐさま平伏しなさいよ」
「無茶苦茶だな。平伏する相手くらい選ばせろ」
「下等生物の分際で。……遊んでいる場合じゃないわね。壁に杭を打ち込むけど、いいわよね?」
「密に打ち込むと崩れやすくなる。長さは……。ちょっと待ってろ」
七の宝物庫に行き、道具箱をいくつか持ってきた。
補修作業や急な改装に必要な道具類が揃えられていた。
「これくらいの杭だ」
「了解。開いた穴は補修できるの?」
「出来るように用意されている。壊さなければな。一応、銅版や金属などが埋め込まれているから丈夫だとは聞いている」
アウラはシモベ達に命令し、工事で出たゴミはメイド達が回収して掃除していく。
用意が良いと仕事がはかどる。
ナーベラルは食事の用意の為にナザリックに帰還する。
一般人の食べるものはアウラには食べさせたくなかった。
口ケンカしつつ内装工事を終えて、掃除はナザリックのメイドのみで済ませた。
魔導国の国王が座る椅子はとんでもなく豪華な仕様で他は簡素だった。
会談の場というよりはアインズ様を敬え、下等な
やはりナザリックの部下に任せるべきではないのかもしれない。
テーブル周り以外の内装は特に問題は無いだろう。
あとあと利用するイビルアイ達には派手すぎて恥ずかしくなるだけだが。
「素晴らしいのは認めるが……。会談には相応しくないな」
「ええっ!?」
と、一般メイドが驚く。
「普通は国同士対等の立場で話し合うのが基本だ。……いや、相手国の場合は上座とか主賓、国賓の扱いとかあったか……。極秘会談は確か……、こんなものではなかったはずだ」
そもそも丸テーブルではなく、長テーブルで対面に座る形だった。
完成してから思い出し、イビルアイは頭を抱える。
「今からやり直しても……。あいつじゃあ無理か……」
気付くのが遅れてしまった自分も責任がある。
メイドにアウラをもう一度、呼んでもらえるか頼んでみた。
「か、畏まりました!」
「これではダメなのですか?」
「印象は悪くなるだろう。まあ、椅子を対面に置けば、丸型でも大丈夫か。せっかく作ったんだし……。でもやっぱり……」
椅子の位置を微調整していくイビルアイ。
「食事が必要な場合は向こうから持ってくるのか?」
「必要とあれば」
「こちらは備蓄しかないぞ。
テーブルに乗せる調度品もナザリック側に任せる事にした。
七の宝物庫に運び込みやすいようにテーブルを用意し、メイド達も事前に情報を共有する。
扉の所を仕切り壁で隠し、今回に限り扉は外しておく事にした。
「細かい事はメイド達に任せてもいいんだな?」
「頑張ります」
「そちらのメイドに警備などをお願いしたいのですが……」
「こちらのメイドは施設防衛に専念している。お前達の邪魔はしないと聞いているぞ」
「畏まりました」
「一通りの掃除用具はあるが、洗い場は大浴場を使っても良いと聞いている。ちょっと浄化の棒なども確認してくれ」
イビルアイの言葉にメイド達は頷いていく。
ナザリックに居る執事は何をしているのか、尋ねてみるとメイド達が行けない階層の清掃作業に当たっている、と。
第九階層では男子専用の部屋など。
ラキュースから聞いた話しでは何を聞いても『イー』しか言わないとか。
地下の準備が整う頃、ヤントラは雑音の無い部屋で黙々と辞書作りに励んでいた。
識字率が低いのは教育機関が少ない。辞典類が高額である、などが原因だ。
文字を覚えるより身体を動かせ。金を出して代読してもらえ、という風潮が多い。
代読も立派な収入源だ。
この世界に来て二年以上が経過したのだが、随分と読めるようになったものだと感心する。
ラキュースに色々と教わったり、帝国語も竜王国語も簡単なものは分かるようになった。
現地に溶け込めば溶け込むほど、自分の存在が消えていくのかもしれない。
複製作りで気づくことは魔法による弊害の数々だ。
自然の法則を捻じ曲げている。
アバターの最適化も様々な影響を生んでいるかもしれない。
適当に作ったものは適当な性格になる、とか。
今まで蓄えた知識とこれから入ってくる知識。
このアバターはどれだけ蓄積できるのだろうか。
ここ最近、意識が持っていかれそうになるのは寿命だからだろうか。
本来の死ぬべき年齢というものがあって、それに近づいている、ということもあるのかもしれない。
本体同様長生きしてこなかったアバターだ。
二年は立派に長寿だろう。
そんな設定は無いのだが。
運営の寄越したアイテムの弊害だろうか。
そろそろ死ねよ、とアバターが死にたくて仕方が無い我がままを言ってきているのか。
どちらにせよ、月に行くまでは生きていたい。
というか、月に行ってからが本当の冒険だろう。
世界を潰すモンスターはことごとく回収したはずだ。まだ足りないのだろうか。
足りないとすればナザリック地下大墳墓しか思い当たらない。
それはともかく、宝物庫にある容器はさっさと月に移したい。
残しているのは精神衛生上、良くないから。
羊皮紙換算で千枚以上になる辞書。
和王辞書とも言うべき代物。
もちろん、抜けもあるが日常会話や手紙類はなんとか事足りるだけの分量はあるはずだ。
問題があるとすれば発音が分からない。
固有名詞ともいうべきものは名前くらいだし。
それはどうしようもないな。まあ、無理して発音する必要は無いけど。
それとモモンガとの個人レッスン。
正直、嫌だなと思う。
骸骨と二人っきり。
せめて『やまいこ』、『餡ころもっちもち』、『ぶくぶく茶釜』の三人は欲しい。
というか全員だった。
『ザリチェ』と『タルウィ』も含めたらケンカが始まるだろうか。
そういえば『アンリマンユ』という名前は微妙に間違っていたような気がする。
正しくは『アンラマンユ』ではなかっただろうか。
サルヴァスヴァは意図的に変えているけれど、色々とうろ覚えがあるようだ。
ザリチェもザリチュだったかな、とか。
自由気ままに冒険の旅。
それがあればダメ、これはダメ。情報は独占、秘匿。
束縛ばかりで面白くないし、モンスターが蹴散らされている。
強者は弱者を駆逐してはいけないだろう。
そんな悩みをアバターは解決しようとして思考力でも奪ってきたのかな。
「もう少し頑張らせてくれ、ヤントラ・サルヴァスパ」
いやだよ、バーカ。と、答えてきたら大したものだ。
やはりヴィマニカ・シャストラという名前の方が良かったかな。
宇宙船に名付けるならば
『
何かが違う気がするけれど、暫定的でいいか。
そういえば
事務仕事していて忘れていた。
保管容器に入れたんだったかな。
「随分と増えたな。例文も作った方がいいか。あいつ……、一人だったらどうする気だったんだろう」
一向に勉強せず、丸投げばかり。
自作自演と言い訳三昧。
とてもかっこ悪い支配者だな。
都合が悪いと魔法で口封じか。
とはいえ、だ。
お人よしだなと思う。
面倒見の良い性格だっただろうか。
まるで、モモンガが困る前に手を打っているようじゃあないか、と。
知らない土地で偽名を使うようだから話しを合わせてみたり。
なにをしているんだか。普通ならアンデッドは倒すべき敵だ。
アバターが丈夫なのか、吐血もしないな。
丁度死にごろだ、本当なら。
数十枚分の例文。冒険者ギルドの依頼書に似た内容。
飲食店のメニュー。
雑貨屋の商品名。
それらを書いている内にインクが無くなってきた。
インクも自作できるのだが、必要な材料があるので作る上では結構大変だ。
買い溜めは経済的な不健康として
色んな不健康な事は必要以外はしないようにしているのだが、モモンガはどうなのだろうか。
買い占めとかしているのだろうか。
もう少しこの世界の住人と仲良くしてほしかったな。
意外と敵対されてて困る。
ヤントラはメイドの一人を呼んでおく。
「仰せのままに」
命令を与えた後、メイドは消えた。
後はゆっくりと勉強だ。
時間はまだ残っている。