※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

178 / 213
M-12 アバターの疲労

 魔導国として活動するのはもう少し先であることを改めて宣言し、細かい分野で取り交わせる約束事の草案を作ることを約束する。

 覚書は日を改めて製作されることになった。

「我らは他国の政治に干渉はしない。冒険者組合のように要望がなければ、という意味もある。また話し合いの場が設けられる事を望む」

「こちらこそです、評議国の皆さん」

 アインズは手を出したが竜王(ドラゴンロード)は首を傾げた。

「握手はしないものか?」

「アンデッドの中には『負の接触(ネガティブ・タッチ)』というスキルを持っていると聞くが……」

 賢い種族の対応にアインズは唸る。

 そう言われれば納得する。

 竜王(ドラゴンロード)は少しだけアインズの差し出された手を眺めた後、自分の手を出す。ただし、手甲に包まれている。

「魔導国の挨拶であるならば申し訳ない」

「い、いや、こちらこそ。ぶしつけだったか」

「またいずれ……。同盟交渉の時などにお会いしたいものです」

 握手を交わし終えた後は転移で帰るのだが、リグリットはイビルアイに色々と話しかけて施設のメイドを呼びつける。

 どうやら『転移門(ゲート)』を使わせる気のようだった。

「……リグリット殿には個人的にまだ話しを聞きたいのだが……」

「そうか? まずは送り届けてからじゃ」

 若い女性が年寄り臭い言葉を言うのは違和感があるな、とアインズは思った。

 一人ずつ転移門(ゲート)を潜るのを見ていると竜王(ドラゴンロード)が握手を求めなかったことを少し考えてみる。

 アンデッドだから拒否したというよりは握手という文化自体、評議国には無いのかもしれない。

 人間ではない竜(ドラゴン)なのだから実際は握手など出来ない。

 そう考えれば相手の対応は至極当然だといえる。だから、決して嫌われているわけではない、と信じたい。

 確かにスキルによる接触を警戒するのは間違っていない。

 特殊な魔法で何をされるか分からないから。

 生身であれば皇帝もおいそれと手は出してこないだろう。

 相手に触れて発動する魔法はいくつか出てくる。

「他国の文化も勉強せねばな」

「アインズ様の御手に触れさせて良かったのですか?」

「挨拶の基本だと思ったのだが……。相手はそれ程毛嫌いしていなかったので良しとしておこう」

 モモンの時は結構握手していたような気がする。

 手甲によるものなのか、スキルを解除していたからか。

 それにしても賢い種族との交渉は重労働だ。疲労しないアンデッドであっても擬似的な疲れを感じた。

「……それよりお前達は相手の言葉はメモしたのか?」

「もちろんでございます。控えのメイド達もそれぞれ作業に当たらせていましたが、白金(プラチナム)の(・)竜王(ドラゴンロード)ばかり喋っていたので楽な会談でございましたね」

 アインズ的には全然楽ではなかったけれど。

 八欲王と言う過去の上級プレイヤーに怯える評議国。

 迂闊に攻めて敗北しようものなら永遠の牢獄が待ち構えている。

 万が一、こちらを敗北せしめる秘密のアイテムがあった場合は危険だ。戦闘は出来る限り避けられたら避けた方がいいだろう。

 リスポーンキルの手法を持っている相手だ。まずは同盟から少しずつ情報を集める必要があるだろう。

 そんな評議国も警戒しているのがスレイン法国だ。

 ここも危険な連中とアイテムがてんこもりのような気がする。

「無知は危険だな。爬虫類と侮ると手痛い反撃を受けていたかもしれない。デミウルゴスよ。きついことを言ってしまったが我らはどんな相手だろうと侮るわけにはいかない」

「はっ」

「メイドを残してお前達は……、アルベドも残った方がいいか。後は評議国の話しをまとめておいてくれ」

「畏まりました」

 一部のメイドは忘れ物が無いかの確認。

 八欲王の話題が出たのでアインズ単独の極秘会談はあまり意味が無いだろうし、後で小言や泣きつかれたりするかもしれないので、アルベドは同席させる事にした。

 デミウルゴスにも色々と説明を受けることになりそうで胃がまた痛むような感覚になる。

 支配者の深遠なる思考は奥深いと思ってくれた方がありがたい。

 調度品はイビルアイに好きにさせるとして、シャンデリアは持ち帰った方がいいのだろうか。

 今日のためだけに作らせたのなら持ち帰ってもゴミにしかならないだろう。

 内装に使った装飾品は回収すべきものはそれぞれに任せた。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 評議国側が全員居なくなった後、リグリットがやってきた。

 聞きたい情報は他人の施設では心許ないのでナザリック地下大墳墓で聞くことにした。

 立会人はアルベドに限定しておく。

「お待たせした」

 今回は招待であって侵入者という扱いは避けるように天井に控えている八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達にも命令しておく。

「では、早速だが……。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの所在について分かる範囲で教えてくれないか?」

 イビルアイの話しでは見つからなかったと言っていた。

「インベルンの嬢ちゃんからもらった資料の名前は聞いた事が無い。似たようなモンスターはいくつか見てきたが……。話しの通じない連中ばかりじゃった」

 もし、この世界にアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが存在するならば武具を一切、身につけていないか、皮鎧などを買ったりして装備しているか。

 自作の装備を身につけているかだ。

 彼らの装備は全てナザリックの宝物殿に保管している。

 素の状態でも彼らは一般的なモンスターとは格が違うはずだし、姿も独自に製作されている。

 粘体(スライム)のぶくぶく茶釜は派手な色合いなので見つけやすい。

 ペロロンチーノは鳥人(バードマン)だが、周辺国には見当たらない種族だ。

 全員が異形種だから種族ペナルティがあったりするのだが、転移後にも適応されている可能性は色々と未知数だ。

 メンバーは素の状態でも強い。居れば目立つはずだ。

 評議国のように目立つ相手を極秘に討伐し、リスポーンキルしていれば助けてやりたいとも思う。

 交渉ごとにおいて全ての情報を開示する事は無い。だから、評議国にも未公開の情報はいくつかあるだろう。

 それは王国や帝国、竜王国も同じ。

 リグリットは旅で見聞きした情報を伝えるのだが、結果はアインズを満足させるものは無かった。

 あるいはリグリットですら見つからないような場所に潜伏、または幽閉されている、という事も無くは無い。

 というより幽閉できるような施設があるのだろうか。

 百年毎にプレイヤーが現れるならば時系列が同じである事は無く、六大神の一人だったかもしれないし、八欲王だったかもしれない。

 リグリットがメンバーの名前に覚えが無いなら六大神と八欲王は無関係かもしれない。

 聞き覚えがあるかどうかも尋ねていく。

「どれも不思議な名前じゃから、聞いておれば分かるのじゃが……」

「……そうか。いや、ありがとう」

「世界は広い。探し人はいつか見つかるかもしれん。あるいは……、百年先の事になってしまうかも……」

 百年毎にメンバーが来ていないか、捜索するのは苦痛かもしれない。

 二年経って音信不通は知ってて出て来ないのか、あるいはアインズ・ウール・ゴウンの名前が広まっていない地域に居るのか。

 後者であればまだ希望はある。

 地道に探すしかないのだが。

 全員は居ないだろう。ゲーム自体を引退した者は特に。

 引退せずにデータだけ残っている者が数人居る程度だ。

 同じ時間を共有していない仲間の捜索は無謀なのかもしれない。だが、希望を捨てなければいずれは出会えるかもしれない。

 結果としては失望だろうか。

 だが、居ない、という情報もまた貴重だ。

「魔導王よ。詳しくは聞いておらんのだが、探しているのは部下なのか?」

「部下ではない」

 他人に詳しく説明するのも本来は嫌なのだが、貴重な情報を提供してくれる相手には敬意は表したいと思う。

 部下でなければ殺したい相手、ということもある。

 アインズの言葉が真実であると他人には証明するすべは無い。

「大切な友人だ。何と言えばいいのか……」

「そうか……。しかし、四十人近くも探しておるならまとまって行動していそうなものじゃがな。バラバラであれば少なくともどこかしらで何か目立つような噂でも立ちそうなものじゃ」

 確かに確率的には高いだろう。

 逆に何も無い、というのがアインズの無い心臓に深くダメージを与えてくる。

 たった一人だけでキルドの名前を連呼する愚か者。

 居ない友をいつまでも忘れられない未練がましい男。

「リグリット殿には引き続き、噂などを集めてほしい。報酬が欲しいなら、ものによっては考えてやろう」

「ほう。それは魅力的な話しじゃな。なら、ここの図書館を利用させてほしい、というのは無理かの? なにやら知識を独占しておるようじゃが。全てとなるともったいない事じゃ」

「……ふふ。確かにな。自分で扱わない知識を独占していては発展が無かろう」

 それぞれ専門的な知識を持つ者に研究させる方が健康的だ。

 アインズなら死霊系統と思われるが、専門知識は実は持っていない。

 分かるのは魔法の使い方と戦略の立て方くらいかもしれない。

「だが、フールーダですら難儀している文字の解読だ。すんなりと書物を利用できるとは思えんな」

「おやおや、王国語の書物は置いていないのかい? それは厄介だねー」

 置いていません。

 素直に言えたらどれだけ楽だろうか。

 むしろ逆に王国語を理解できたら自分で翻訳作業をしてみたいところだ。

 いつまでも文字が読めないのは不味いだろう。

 話す分には問題ないのだが、いつまでもそれだけに甘えているわけには行かない。

 相手が理解していない事を見抜いて逆手に取るような方法を取らないとは限らない。

「気軽に利用させる事はできない。置いているのはただの書物ばかりではないからな。礼の方はちゃんと考えておこう」

 新しい発見は見込めないと判断し、リグリットを地上に案内する事にした。しかし、アルベドが進み出て口封じすべきと言ってきた。

「お、おい」

「このまま戻すのは危険かと」

「それには及ばない。魔導国はもう世界征服の宣言はしたのだ。今更隠す事は無いであろう」

 ナザリックの内部を見せた、という理由ならば多少は理解出来る。だが、それだと招く者全てを処分することになる。

 外交がしにくい。

 守られるべきは第八階層のみ。

「イビルアイや皇帝、フールーダまでも処分する事になるぞ。あと、最終的にはアルベド達も」

「人間は処分しても良いと……」

「荒立てることばかり考えるな」

 アインズは優しく言った。

 部外者はすぐ殺せ、と教えたのは誰だ。

 支配者であるアインズ様です、と見えない相手が答えた様な気がした。

「招いた客人には手厚いもてなし。これは基本だぞ。我々はアインズ・ウール・ゴウン魔導国として振舞わねばならない。侵入者はこの限りではないがな。アルベドよ。良い国を作る手助けをしておくれ」

 アルベドは片膝を付いて深く頭を倒す。

「御身が望むままに」

「客人には引き続き噂を集めてもらうとして……。我々も法律の制定などを終えねばまた訳の分からない騒動に巻き込まれそうだ。メイド達にヤントラの様子を確認させ、来れないようなひどい状態ならばペスを向かわせろ。今、奴に死なれては困るのでな」

 翻訳の仕事とか。

 大変だが個人レッスンとやらも受けねばなるまい。良い支配者になる為に。

 あと、デミウルゴスに今後の予定とか話し合わねばならないだろうな。

 仕事が全然減らない。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 評議国との非公式会談から数日後、ヤントラは寝て起きてを繰り返すようになってきた。

 魔法による治癒も効き目が無いように見える。

 起きている間は問題が無いように見える。ただ、時間経過と共に表情が無くなり、呼びかけに応えられなくなる。

 それはまるで痴呆症のようなものだった。

 殴られすぎて本当に頭がぱーになったのではないかとイビルアイは心配になってきた。

 ヤントラの異常事態に対し、施設は平和だった。

 扱ってきた魔法は効力を維持している。

 遥か南方で今も仕事をしている黒い仔山羊が心配なのだが、そちらはアインズの部下に任せようと思った。

 こちらの世界に来てからずっとゲームしっ放し状態なので、ヤントラの肉体には多大な負荷がかかっているのかもしれない。

 アンデッドであるアインズには気付かないほどの。

 普通に考えれば二年もの連続ログインなど前代未聞だ。

 今は熱暴走状態ではないのかと思うほど。

 ラキュースが胸をはだけたり、揉ませたりしても効果が無かったようだ。

 エロい事では無理かもしれない。

 さすがにラキュースに飽きたわけではないだろう。

「身体が半透明になっているわけではないから、何ともいえないが……。鬱病かな……」

 それなら色々と納得出来るものがある。

 本人の意思に反して発現している場合もあるようだし。

 心の病は完治させるのが難しい。

 アインズはヤントラにかまけている場合ではないので法律の制定作業に集中する事にした。

 多種多様なモンスターが共存できるような国。それはとても難しいだろう。

 誰にも出来ないことをしてこその偉業だ。

 もちろん、敵勢力は排除する。アメとムチも必要だろう。

 『マグヌム・オプス』は一般メイド達に任せて、膨大な書類を片付けていく。

 合間にモモンとなり、エ・ランテルの動向も探る。イビルアイにも協力してもらうのだがナーベと三人チームになってきたような気がする。

 イビルアイはただの冒険者ではない。

 とても賢い女性だ。

 王国に居るかぎりは国のためなら頭脳を惜しまない。

 帝国の事は一切関知しない冷徹さも持ち合わせている。

「屠殺場を一人で運営したせいかも……。我々の想像を遥かに超えた長い時間の単純作業をやってきたのだ。今はその反動が来ているのかも知れない。たった一人であんな施設を作り上げるのだから」

 対してモモンガはナザリック地下大墳墓を四十一人がかりで作り上げた。

 個人の負担で言えばヤントラの方が大きいだろう。

「よく作ったものだ。考え付いたからって実現できるとは限らない。そこはさすがとしか言えないな」

 闇雲に金をかければ出来る、という単純な事ではない。

 前人未到と言うものは挑戦する事が大事であり、恐れてばかりでは前に進めない。

 ヤントラは前に進んで結果を出した。

 そこはモモンガとしても見習いたいところである。部下に丸投げしない支配者になる為に。

 

 アバターとはいえ、ヤントラにも魔法で癒せない疲労などがあったのかもしれない。

 弱音を吐けない部分で言えばモモンガとしても支配者アインズとしても理解できないわけではない。

 アルベドを伴い地上施設の執務室に入る。

 簡素な建物で以前は置いてあった資源の箱などは無く、子供達の育児室とトイレと風呂。休憩室があった。

 二階はもっと物が無い。

 椅子だけ置いてある広間と執務室。後はトイレと風呂。

 台所はどうも作り忘れているようだ。

 トイレと風呂は人間種には大事な物かもしれないけれど、食も大事だろうに。

 アインズは執務室に置いてある机の上に顔を向ける。

 書きかけの書類がたくさん置いてあった。

 一部はまとめられていたが王国語の辞書のようだった。

 バラバラなので最終的にちゃんとまとめないと混乱するだろう。

「……おお、ちゃんと文字ごとに……」

 例文もいくつか書かれていた。

 壁には冒険者組合の依頼書にそっくりな羊皮紙が貼り付けてあった。

「……ちゃんと作っていたんだな……。ありがたいことだ」

 それなのに自分は攻めて来るという敵視ばかりしていて恥ずかしい。

 逆に同じような書類を自分は作ったことがあっただろうか。

 すぐアルベドとデミウルゴスに丸投げする支配者アインズ。

「辞書は相当な分量になるだろうな」

 一人で書くのは大変だろう。

 視線を外せば王国で手に入れたと思われる書物が本棚に入れられている。ただし、小さいものだった。

 地下の方に大きな本棚があるので、そこから運んでいるのかもしれない。

 小さなナザリックを目指して作り上げている『マグヌム・オプス』は侮れない。

 ふざけた性格をしているけれど仕事は真面目だ。というか、敵を倒す戦士職とは思えない。

 書きかけを持ち帰ると仕事が混乱するかもしれない。ここは我慢して魔導国に戻ることにした。

 例文が完成しているものは折角なのでメモして持ち帰る。

 丁度、ここには大量の羊皮紙とインクがある。

 インクの作り方を書いた書類も壁にあったが必要な素材の確保は大事だとアインズは感心した。

 一部のインクは削る事でしか消せない。水洗いのできないものもあるらしい。

 確かに司書長はナイフの手入れは大切だと言っていたことを思い出す。

 削って大丈夫なのか、と尋ねると羊皮紙は意外と丈夫です、と答えてきた。

 頻繁に間違えたりしなければ穴は開かない、とか。

 細かいところまでしっかりしている。

「……しかし、警備が甘い気がするな……」

 PKの鬼であったならむしろ普通か。

 盗難のおそれがあるから多少は気にしてほしい。というか、アインズがまさに泥棒だ。

 書き写しは盗難と言うよりは盗作か。

 どの道、自分の手元に来るものだから先行確認は見逃してほしい。

「対訳があるのはありがたい。鉄級から金級冒険者まで。報酬は相談応。……そういう風に書かれていたのか……。ふむ……、昼飯持参……」

 読めるようになると内容の理解度が上がる。

 アダマンタイト級はこの文脈、と雰囲気も掴み易い。

 闇雲に受付に丸投げでは意外と恥をかいていたのかもしれない。

 本当にこの依頼を受ける気なんですか、という心配そうな顔の受付嬢。

 雰囲気では失敗した事は分かるのだが、振り上げた手は降ろさなければならない。ただ、その下ろす手の位置の違いが問題だ。

 他の依頼は警備にモンスター退治が中心だ。中には清掃もある。

 薬草採取とモンスターの部位の提出。

 地味なものが多いかもしれない。

 未知の冒険は皆無だ。そもそも他国に向かう仕事が無いし、不法入国に当たる。

 ダンジョンに潜って宝を取って来い、とか。竜(ドラゴン)を三体倒せ、みたいな討伐クエスト。戦争に参加せよ、などは無い。

 王国内に限られた内容が多い。同様に帝国は帝国内で完結している。それが一般的なのだろう。

 仕事としては地味だ。

 名声を得るような仕事ではない。

 飛び級の依頼は強大なモンスターが突然、現れて倒さなければならない緊急性の高いものに限られるだろう。

 そんなに簡単に大きな事件は起きないものだ。

 起きたからモモンは短期間でアダマンタイト級になれた。

 それはありえない事でもある。

 充分に目立ってしまうだろう。他の国から目を付けられてもおかしくない。

 慎重に進めていたはずなのに後で振り返ると色々と失態を犯している。

 急に現れたモモンは目立つ役回りとしては優秀だが慎重さには欠ける。と、自己分析する。

 うっかりしているとのめり込んでしまう。

 じっくりと勉強したいのだがメイド達の視線はとても痛い。

 羨望の眼差しは時と場合によるな、とため息混じりに思った。

 

 更に数日後に執務室に戻ったヤントラは自分が思っていたより弱っている事に愕然としていた。

 レベルは百のままだが存在の強弱ともいうべき目安で言えば消滅の危機、というところだろう。

 ラキュースと共に部屋の中を調査する。

「特に荒らされては居ないようね」

「乱暴なシモベを入れなければ比較的、安全だよ」

 特にアインズは罠を警戒する。迂闊な事はしない、と思う。

 いくつか書き写していったようだ。それは別に問題ない。

「地下の方はメイド達に丸投げしていたが変わったことは無さそうだ」

 花弁人(アルラウネ)の世話はンフィーレアとエンリが頑張ってくれたし、掃除などはメイド達が真面目にやってくれているので清潔だ。

 封印された部屋は仕方ないとして、それ以外の部屋、隠し部屋も今は任せている。

 警備体制としては致命的な気もするが。

「……本当に仕事以外は何も無いって部屋ね。台所がないようだけど?」

「当時は近くの都市で済ませていたからね。あと、宿舎には台所があったし」

「家というわけではないのね。お風呂とかあるのに」

「一人で考えていると抜けも出るよ」

 散らばる書類をまとめながらヤントラは引き出しなどを確認する。

 こんな施設でも大事なものはある。

 資金はイビルアイが管理しているので今は執務室には無い。

「中途半端に中断しても困るから、大急ぎで色々と用意しないといけないな」

「一人で悩まないでよ」

「そうだね。何かあってもいいようにメイドを増やしておくかな」

 意味も無く増やしても仕方が無い。そこは意外と難しい。

 命令の出し方など、未だに勉強中だ。

 勝手に分裂しないし。勝手に都市を襲いに行ったりしない。

「便利な魔法を十全に活用できていたら、この世界の歴史や文化はもっととんでもない形になっていたのかもしれない。これでも安定している方なのかな」

「高い位階魔法が広まっていないから。私達の世界は文明の度合いが低いのかも。高かったらもっと酷い有様もあり得なくはないわね」

 魔力系は死に関連した魔法がある。

 信仰系は死者の復活。

 精神系は符術など。

 位階が高ければ危険度は自然と高まって人々は不安の毎日を送るだろう。

「ラキュース、もうしばらく付き合ってもらうよ」

「ええ」

 机の上を整理した後、辞書作りの勉強が始まった。

 様々な書物から現地の言葉に変換し、依頼書の例文などを作る。

 手紙に書く文面や王などからの書状の内容。

 法律の文面など。

 書けるだけ書いていく。

 ラキュースは貴族としては剣と魔法以外に基礎的な教養も備えている。

 綺麗な文字の書き方など。

 指導は厳しいけれど教え方はとても丁寧だった。

 魔法も現地の翻訳をする上では役に立った。帝国語も嗜んでいるのだが、こちらは帝国から直接、教えてもらった方がいいのかもしれない。

 竜王国語も同様に。

 スレイン法国は差別と偏見にまみれていそうで行くと戦いになりそうな予感がする。

 クレマンティーヌにいくつか習おうかな。勉強が嫌いでなければ。

 

 辞書作りも大切だがアーグランド評議国からの依頼も大事だ。

 つい忘れていたが武器と防具も用意してあげる事にしていた。

 亜人の兵士達に着せるらしいが、人間用でいいのだろうか。

 一通りの種族名は教えてもらったのだが、後で文句を言われそうな気がする。

 体型を合わせられる武具は鍛冶師に作れるものだろうか。

 悩んでも答えが出ないので専門家に任せることにした。

 必要な材料は一通り揃っているから作るだけだが、誰と戦う気だろうか。自衛の装備は理解出来る。

 意外と厄介なモンスターが湧き出ているのかもしれない。

 痴呆が再発する前に出来る事はやっておこう。

 武器作りと平行して辞書作り、素材集め。遅々として進まないけれど出来る限り頑張った。

 新たな『悪用方法』は思いつかないが気になる注意点はまとめておく。

 出来そうでできない大規模なものとか。

 得て不得手があるのでアンデッドの事は未知数だ。

 正直、触れたくない。

 邪神系もそうだし、粘体(スライム)系も掃除以外は考えたくなかった。

 非実体系と鉱物系はどうしようもない。

 異形種は思ったよりも難題が多い。

 各種の竜(ドラゴン)はどうしようか。まだたくさん研究しなければならない事柄が多いな。

 モモンガに構っている暇が無いんじゃなかろうか。

「よし、ラキュースと寝てから頑張るか」

 昨日も寝ていた気がするけど。

 やましい事が原動力となるなら利用しようではないか。

 ここで実は自分は複製なのだ、と言ったら信用されそうで怖い。

 オリジナルの死体が遥か遠くの見知らぬ土地に転がっているという素敵なエンディング。

 本物と複製は身体の構造自体には差異は無い。ただ、即席であるので寿命的には短命であるのが普通だろう。後は老化しやすい、とか。

 ここはそういうデメリットが発生しにくい。それはそれで厄介な事だ。

 実際に本当に自分の複製を作ってもいいような気がする。

 問題は誰が解呪するかだ。

 複製が完成した後は『仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)』がかけられることになっている。

 解呪してくれる者が居なければ永遠の牢獄の出来上がりだ。

 あらゆる外的要因に対して強固な魔法。説明文ではそうなっている。

 『時間停止(タイム・ストップ)』中に相手に一切のダメージなどを与えられないようなものだ。

 楽をして作るものは大抵がろくでもない結果に終わる。

 大量に人造人間(ホムンクルス)、二重の影(ドッペルゲンガー)などを用意しても意味が無い。

 後でついついやり過ぎたことを反省する。

 二年後に大量の部位を見て、気持ち悪いと思って投棄しそうだ。では、なぜ採集したのだろうか、と。

 おっぱいが喋るわけもなく。

 バカな事を考えていないで仕事をしよう。

 注文から設計図を作れば後は丸投げで終わる。といっても相当数は必要なので一日では終わらない。

 あと、ついでに新作の武器も新調しておこう。黒い仔山羊を解体しやすくする為に。

 黒い仔山羊並みに防御が厚いモンスターが他にも居るので色々と揃えておく必要はあるだろう。

 防具は身軽がいいのだが検問所で騒ぎなるから、しばらくは革製品で済ませていた。

 全身鎧の貴族では困るだろう。というか、貴族らしい格好でもないけれど。

 

 単純作業だが、少しずつ前に進んでいるのだろう。

 この先は何が起きるのか、誰が立ち塞がるのか。

 ヤントラの旅はまだまだ終わりそうに無い。

 というエンディング。

 書き終えた辞書をまとめながら下らない事を考える。

 ぼーっとするのはやる事が思いつかなくなった時に多いようだ。

 飽きっぽい病。

 睡眠不要、飲食不要の指輪の悪影響ではないかと思う。

 ちゃんと寝て起きて食べて、という人間的な生活をしないとダメなのだろう。

 子供達の教育も残っているし。

 教育の邪魔をするのがアインズのような気がするから弊害が発生しているのかもしれない。

 そのアインズに個人レッスンするんだったとがっかりする。

 骸骨に勉強を教える日が来るとは。

 お前、死の支配者(オーバーロード)だろう、と突っ込みたくなる。

 教わる側から教える側か。

「……この身体はいつまで保つだろうか……」

 魔法による治癒はあまり意味が無い気がする。

 経年劣化はアバターにも起こりうる問題かもしれない。むしろ複製の方が長持ちしそうだ。

 急かされるのは苦手だな。

「お待たせ~」

 新しい書物を持ってラキュースが現れる。

「議事録の写しをいくつか借りてきたわ」

「もう少し頑張りますか」

「頑張って」

 妻の顔。

 その顔もいずれ忘れていくのだろうか。

 最適化されて本来の姿として見る事になるのか。

 それとも。

「………」

 ヤントラはラキュースを抱き寄せる。

 自分の存在が消えると世界からも認識されなくなる、という話しはよく聞くものだ。それがこの世界にも興らない保証はない。

 出来る限り傷跡は残さないようにしてきたのだが、残す事になる複製達はどうなるだろうか。

 確実にバスディオ達は派手に散りそうだ。

 最悪の結末としては相応しい事のひとつだが、何も起きなかった場合は杞憂で済む。だが、その杞憂はあくまでも希望であって、絶望とセットだ。

「……私の一目ぼれに嘘は無いよ……」

 性別、種族を抜きにして。

 たっち・みーも好きな部類だ。ただ、彼は既婚者だ。

 今なら男女問わず手当たり次第に惚れる事も可能だ。

 魔法はかくも便利なものだ。呆れるほどに。

 対するラキュースは何も言わなかった。

 言えるわけが無い、と思う。

 自分を陵辱した相手を好きだなどと言えば狂人そのものになってしまうだろう。

 戦争を回避する為に犠牲になった女性。

 ヤントラが好きだ、と言えばラキュースは目から血を流すほど拒否するだろう。

「私もよ。……殺したいくらい愛しているわ」

 さすがに今は体調も良いので目から流血する事は無いようだが。

「……いいえ。国を……、国民を守れるなら本望よ。でも、実際には自分には言葉を現実にするだけの覚悟が無かった……。罰だと思えば耐えられる。……少なくとも国民の笑顔が前より増えてきたわ。それは減らしたくない」

 国を支える国民が幸せを感じなければ国力は強くならない。

 バハルス帝国が強大なのは良い装備を下の者にまで与えるからだ。

 国民の為に皇帝が尽力しているから帝国は強い。

 命令だけで兵士は強くならない。

 しばらく抱擁した後は勉強に戻る。

 切り替えの速さはお互い似ていたので一緒に苦笑する。

 休憩に入れば夫婦にしか見えない子育ての時間だ。

 折角生まれた命は大切にしなければならないだろう。それは頭では分かっている。

 理想と現実は同じではない。

 短時間で出来る事に喜びは無いのだろう。

 これが本来の時間の流れだ。

 ラキュースは手甲を嵌める。

「国の平和のために私はこの身を捧げる覚悟がある」

 そう言って王に誓ったことは全て嘘だった。

 この身を捧げて平和どころか汚辱にまみれた毎日が訪れた。

 得体の知れないモンスターに無残に潰される光景を目の当たりにした。

 処女性を保った王国の戦士は色んな物を失った。

 今は生きている事が奇跡なのかもしれない。

 もし、別の可能性があったならばもっと酷い結末が待っていただろう。

 名誉ある死。

 聞こえはいいが、現実逃避と変わらない。

 生きている者は引き続き、地獄を見るのだから。

 無責任な死かもしれない。

 戦士としては辛い。人としては生きているだけで幸せ。

 相反する気持ちは常にせめぎあっている。

 名誉は回復した。子供も居る。自分の都市を持ち、王国の民の為に働いている。

 それはとても幸せな事かもしれない。

 無残に死ぬ自分は不幸だろう。

 だが、それでも憎悪は消えない。

 他国が憎い。そんな自分勝手な感情があるのかもしれない。

 目の前にはにこやかな顔をして数え切れない命を屠る狂人が居る。

「……罪人(つみびと)ラキュース……。それこそが名誉ある勲章……」

 『大罪ワルキューレ』とは言い得て妙だった。

「……いけないいけない、悪い想像ばかり……」

 頭を振りつつ手甲を外す。

 子供が生まれてから変な妄想は控えていたのだが、死につながりそうな事ばかり浮かんでしまう。

 鬱憤を晴らすメモは未だに続けている。

 ちょっとした小説五冊分は溜まっただろうか。恨みに燃える女騎士の復讐物語。

 方法が陰湿だったり拷問が多いので他人には読ませられない内容だ。

 自分でも後で読んで悪寒が走ったほどだ。

 酷い時は王を殺していたり、王女を生きたまま食べたりする。

 モンスターの方が善人に見えるほどだ。

 物心ついた子供達に読まれてはいけないので処分する予定だが、反面教師は必要だと思い残してはいる。

 本当に処分できるのか不安はある。

 弱い自分への戒めにもなるので決心は棚上げだ。

 平和だからと言って胡坐(あぐら)をかいてはいけない。

 子供達が自立するまでは剣を握り続けよう。

「かっこいい独白(どくはく)なんかも勉強になるかしら?」

「なるだろうね。アインズが使ってもいいのかな?」

「いいんじゃない? 私はちょっと恥ずかしくて妄想にとどめているけれど……。これでも役に立つなら他人の声で聞いてみたいわ」

 どれだけ恥ずかしい言葉なのか。人によって聞こえ方が変わるのか、などには少し興味がある。

 自分が言うとバカにされる事も別の人が言えば黙るかもしれない。あるいは、感心されたりすれば少し嬉しい。

 他人の役に立つのなら、それはそれで本望だろう。

 傲慢な貴族の鼻をへし折ってくれるならありがたいことだ。

 やる気を出した妻の姿にヤントラはもう少し頑張ろうと思った。

 まだ根を上げるには早い。

 運命に抗うのも立派な仕事だろう。

 

『第十四章 遥かに遠い銀の月』へ続く

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。