※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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第十四章 遥かに遠い銀の月
N-1 周りに人間は殆ど居ない


 辞書作りが一段落した後はアイテム生産。

 金属板。シリカ。フェルト。石鹸と製作物が続いていく。

 一気に全てを揃えることは出来ない。

 途方も無い時間と労力。そして、それらを保管するスペースが必要不可欠だ。

 メイド達の見回りと掃除により、幾分他の部分に労力は割けられている。

 対する魔導国は法律の制定が間もなく終わる頃に差し掛かっていた。というよりはどんな法律を作っているのかはヤントラは知らない。

 ラキュースの名言がうっかり採用されるのではないかと危惧したが、それは外(はず)しているらしい。

 間違って入れていたら大変な事になりそうだし、アインズもうっかり挿入されていないかしっかりと確認している。

 なにせ、物騒な単語ばかり書かれているので。

 私に逆らう奴は自殺しろ、みたいなことがあったらしいのでアインズは心配で仕方が無い。

 部下には好評というのがまた無い胃を痛める原因でもある。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ナザリック地下大墳墓第九階層にあるアインズの執務室ではヤントラとの個人レッスンが始まっていた。

 本来なら八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)による監視。お世話係の一般メイドの常駐などが基本なのだが支配者の命令で立ち入り禁止状態となっていた。ただ、扉の外での待機は許されている。

 室内の声は完全に防音されているので漏れる事はない。

「まずは書き取り。基本は大事だ。発音は絶望的と思った方がいい」

 地味な作業なのだが支配者としてはかっこ悪い、と思いさえしなければ面倒くさい事態にはなっていない。もちろん、アインズ自身も分かってはいる。

 変な見栄さえ張らなければ、と。

「……思うに、お前も変な思い込みに支配されていないか?」

「……かも知れん」

「アンデッドに息苦しさは無いのかもしれないけれど、不健康だな」

 不健康の権化だから別に問題は無いか。

 執務室は基本的には一般メイドでも立ち入りは禁止で掃除などはアインズ自身が行(おこな)っている。ただし、他の私室は一般メイドに行(おこな)わせている。

 アインズ当番。

 四十一人の一般メイドが日替わりで二十四時間アインズを監視し続けるという拷問。

「……やっぱりそのシステム……、拷問か刑罰にしか思えないのだが……」

「うまいアイデアが浮かばなかった」

「せめて息抜きの四時間は空けるとか……。密にしてどうすんの」

「その空白の時間に何かあったら……と……」

 ナザリックの地下大墳墓の中で不測事態をメイド達に解決できるわけはない。

 冥想の時間が必要だとか言えばいいのに。

「時計があるんだから、個人的な勉強時間を必要とするとか。まさか、支配者は勉強しないものだ、なんて頭の悪い考えでもあるのか?」

 はい、あります。と言えたら、どれだけ楽だろうか。

 アインズに引き続き書き取りをさせて部屋の外に出るとメイドの一人が心配そうな顔を向けてきた。

 お世話ができない時間があるので。

「アインズにも勉強したい時間が必要だと思うのだが……」

「お一人でお部屋にこもられては……」

「この部屋は最重要書類とか色々とあるからだよ。執務室はどこも秘密がいっぱいなものだ。問題は君たちをずっと待機させることだと思う」

「だ、大丈夫です。お側仕えの時は『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』を貸与されますから」

「四十一人に同じ説明はしたくないのだが……。他の従者から連絡が来るまでずっと座って待機しているのだろう?」

「もちろんでございます」

 元気よくメイドは答える。

「メイドが視線を外そうと不測の事態に対処できるとは思えないのだが……。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)や影の悪魔(シャドウ・デーモン)の方が強いし」

 身体を張って守りたい気持ちでもあるのかもしれない。けれども、限りなく雑魚モンスターである一般メイドに出来る事は掃除くらいだ。

「じっと見つめられると気が散る体質の者が居るくらいだ。調べ物などはこうして離れる事は許容してもらいたい」

「目を離すのは……」

「敵の監視ならいいが、調べ物などまで見つめられていると支配者を監視しているのと変わらない。もちろん、時間を決めて適度に声をかけるとか、柔軟な対応が必要だと思う」

 支配者を監視する、という言葉にメイドは顔を青くする。

 自分ではアインズの姿から目を離さずに不測の事態が起きても対処できるように待機しているだけだった。それが逆に不快感を与える結果となるならばおそれおおい事だった。

「執務室限定とか特別な場合が無ければ……。いや、これは後でまとめておこう。一人ひとりに言うのは面倒くさい」

 忠誠心は時と場合によっては厄介だなと思った。

 排泄行為がない分、二十四時間勤務でも可能だ。

「未知の世界に来たのだから学ぶ事は多い。支配者も勉強が必要だ。それは理解してほしい」

「は、はい」

「執務室にこもる時間は必要だろう。そのまま転移するかは知らないが……。メイドを置き去りにする事は無いはずだ」

 四時間。六時間。

 一日いっぱいの勉学はヤントラにとって苦痛ではあるけれど、疲労しないアンデッドならば数年は平気かもしれない。

 精神的にメイドに四六時中、見つめられるのはアンデッドであってもキツイだろう。ヤントラも拷問だと思うほどだ。

「今回のように時間のかかりそうな勉強は六時間でも足りないけれど、特定の行事が予定されていない。アルベド達の急用が無い日などを条件に加えるのは必要かもしれない」

「四時間の途中にお部屋を出られる場合は?」

「勉強の時間に急な用件が出たら中断となる。もちろん、アインズ側もメイドを置き去りにしないように約束しなければならない。この私室は特に重要施設だろうから、ぞんざいにしたくても出来ないはずだ」

 四時間ずっと執務室の扉を見つめ続ける刑、というのはさすがに酷だろう。

 秘匿情報が詰まっているから仕方が無いのだが。

「それはつまり……。アインズ様は我々に気を使っていらっしゃると?」

「早い話しが……、そういうことだ。満足な仕事を与えてやれないのだから」

「ひぃ……。そ、そんな恐れ多い事でございます」

「今は試行錯誤の最中だろうから、少しずつ柔軟に対応できるようにしようか。魔導国として始めたら少し忙しくなるだろうし、会議も多くなるだろう」

 アインズ当番の全てが同じように振舞う気でいるだろうから大変だ。

 説得よりは理解力を付けさせる意味で説明する。

 時を忘れそうだから時計を壁に付けるのはどうかと提案すればアインズ様の私室なので自分は判断できないという。

 当たり前だが、それぞれに権限というものが存在し、メイドに出来る事は限られてくる。

 時計についてはアインズに伝えるとして、メイド用のマニュアルは必要だろう。

 王国の文字はアインズも書き取りはしているので覚えは早い方だった。

 一日で全ては覚えられないので二時間は王国語の勉強。もう二時間は『悪用方法』や複製運用などを説明していく。

 裏がありそうなイメージを持っていたのだがヤントラは説明を始めると教師のような振る舞いでふざけた面が全然出て来ない、とアインズは感心しつつ思った。

 会議などは別に用意されているけれど一日四時間を目安に勉強に励んだ。

 

 一週間ほど過ぎるとメイド達の対応に変化が生まれ始める。

 アインズの私室に時計がいくつか設置される。執務室の中にも。

 時を知ることは大事な反面、一日の経過を早く感じてしまう。だが、予定はとても大事だ。

「アインズ様がお勉強などされずとも、我々が苦労すればいいのではないでしょうか?」

 と、言ってきたのは本日のアインズ当番のメイド。

「お前達が代わりに勉強するというのか?」

「はい。愚かな(人間という哀れな)生き物の質問は我々に任せてくれれば……」

「交渉ごとで受け答えもろくに出来ない支配者だと思われるではないか」

 というか、すごいこというな、このメイド。と驚いた。

「そもそもアインズ様と対等だなどとおこがましいにも程があります」

 ナザリック地下大墳墓の支配者にして万物の神、とでも思っているのだろうか。

 前者はいつもの事なので否定はしないが後者は盛りすぎだろう。というか、自分でそんなことを思うのも少しおこがましいかもしれない。

「それを言うとアルベドたちの疑問にお前達が代わりに答えることになるし、そもそも私と会話する相手がメイドだけになるのではないか?」

 メイドというか守護者達かもしれないけれど。

 あるいはアインズ当番が全て担当するとか、だろうか。

「……あ……、申し訳ございません!」

 メイドは自分の言っている事がどれだけ傲慢なものなのか気付き、その場で平伏する。

 床に頭を打ちつけたのか、血が垂れてきた。

 人造人間(ホムンクルス)とてケガはするし、肉体を持つ者なので血の様な体液を流す。

 鉱石などの動像(ゴーレム)とは違い、生物の肉で出来ている。

「わ、私はただ……、アインズ様こそ至高の存在と思って……。己がアルベド様達と同等などと傲慢にも程がございました!」

「自分の意見を言う事は大事だろう。何事もやり過ぎは良くないのだ。安易に部下に頼りすぎても……な。……後、私は勉強は嫌いではない。知識欲はある方だ」

 メイドを立たせると額に裂傷が出来るほど打ち付けたせいか、派手に流血していた。

 すぐに治癒のメイドに連絡を取らせる。

「治療と着替えが終わったら、戻って来い。折角のアインズ当番だからな」

「……申し訳ございません。お気を使わせるこの身に勿体なきお慈悲を賜り、恐悦至極にございます」

 信仰系の魔法が使えたら、すぐに治癒するところだ。

 ポーションは少し勿体ないと思うし、メイドがもったいなくて飲んでくれない事態になりそうな気がした。上からかければいい、という事は失念していた。

 部下の扱いは難しい。好かれた上司も楽ではないなと思った。

 生意気な口を利いたからといって八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)がすぐさまメイドを処分することはない。

 戦闘メイドの誰かには説教を受けるかもしれないけれど、自分の部下は誰もが愛おしい。

 人形として処分するヤントラは非情ではあるが理にかなっている。

 支配者としては非情さが時には必要だろう。だが、やはりやり過ぎは良くない。

 健全な支配こそアインズが目指すものだからだ。

 力による威圧は誰でも出来る事だ。

 自分は優しさで世界を統治したい。もちろん、時には鞭も必要だ。

 悪のロールプレイをしていたとはいえ力による支配はブラック企業と変わらない。

 ナザリック地下大墳墓。アインズ・ウール・ゴウン魔導国はホワイト企業を目指して進むと決めたのだから。国民が安心して暮らせる国を作りたい。

 様々な種族が入り混じる平和な国を。

 誰もやった事が無いから試行錯誤が続いている。時には失敗もするだろう。

 この国づくりに成功すればかつての仲間達も賞賛するに違いない。

 圧倒的戦力による蹂躙では敵ばかり増えて結局は皆殺しという結末にしかならない。

 怯えた目より羨望の眼差しを向けられたい。

 ヤントラの言う千年後も幸せな国というやつを作ってみたい。

 実際に千年も先の事は考えたくはないけれど。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 全てのメイドにマニュアルが届いたようで勉強時間の間は私室の方で『大人しく』控える事になった。早い話しが秘書ということなのではないだろうか、とアインズは疑問に思った。

 失念していたが秘書の役職も悪くは無いだろう。

 大きなことはアルベドとデミウルゴスに任せ、細々とした掃除などの雑務はメイドにやらせればいい。

「……あれ? 秘書にしても役割に変化が無いような……」

 変わったのは名前だけのようだ。いい案だと思ったのに、残念だ。

 力仕事と言える事は出来ないし。

 日替わり制だ。

 時には大きな行事で当番制が休止してしまう事がある。その時は担当は止まることになっているらしい。

「メイド達の仕事のローテーションが色々と決まって仕事がしやすくなってきたな」

「メイド達は一日のうち四時間も削られて不安がっていたようですが……」

 と、玉座の間にてアルベドが言った。

「そうは言っても……。私とて調べ物などを行(おこな)いたいのだ。部下任せより自分で勉強したい時もある」

 全て部下任せなら頭の悪い支配者で充分じゃないか、と胸の内で憤慨する。

 それこそ何をするにもメイドにやらせてしまうとか。

 肉体があったならばメイドに食べさせてもらう介護老人と一緒ではないか、と。

「それとも皆は私が能無しである事が望ましいのか?」

「いいえ」

「死の支配者(オーバーロード)なのに椅子に座っているだけなら死の大魔法使い(エルダーリッチ)にも出来る」

 むしろ誰も座って無くてもいいのではないかとさえ思う。

 支配者という幻想にしがみつくだけでアルベド達が幸せを感じるならば人形でも置けば事足りるのではないだろうか。

 それはそれで変な組織だ。

 私は御神体ではないぞ、と言いたい。玉体と言われたことがある。即身仏みたいな身体ではあるけれど。

「メイドには悪いが個人的な時間は作らせて貰うぞ。私室での話しではあるけれど」

「畏まりました」

「そういえば、竜人(ドラゴニュート)はどうしている? すっかり忘れていたが……」

「第六階層に居ると思います。マーレから特別な報告が上がっていないので大人しく過ごしているのではないかと」

「うむ。デミウルゴスは外か?」

「はい。聖王国の制圧許可を頂ければすぐに取り掛かるとの事でございます」

 聖王国も忘れていた案件だった。

 目の前の荒野で亜人達が紛争を繰り返し、時々聖王国に攻め込んでいるらしい。

 他国と交流したいけれど亜人達が邪魔する形で身動きが取れないのだとか。

「そうだな……。亜人達はデミウルゴスに任せよう。紛争を繰り返すようだから頭は良く無さそうだな」

 上がってきた報告書を読んでも仲良くしたいと思えない。

 賢い種族が居ればいいのだが、寝て食べて繁殖するしか能がなさそうな感じだった。

 砂漠からもモンスターが来るらしいが、こちらは豚鬼(オーク)を食料と見ているようだ。というか砂漠地帯なので食べ物に困っているのだろう。

 そちらは慈悲を与えれば味方になってくれそうだ。

 もっと南方に行けば浮遊する城があり、真下にも都市があるとか。

 浮遊する城から無限に水が湧き出しているそうだが、それが数百年も昔からあるのに砂漠化が止まらないのは疑問だ。

 砂漠の外延部にヤントラが作ったらしい拠点と基点跡がいくつか点在している。

 今も断熱用のシリカとフェルト作りに励んでいるようだ。

 黒い仔山羊が大活躍している。

 そこから先はまだ未調査だが広大な森林地帯が広がっているらしい。

「南方の平原で作業しているところは手出ししなくていいな。時間があれば砂漠にオアシスでも作ってみたいものだな。砂漠特有のモンスターと仲良くする上で」

 位置的にも遠いから向かわせるにしても適任が見当たらない。

 蜥蜴人(リザードマン)は森なら平気そうだが砂漠は不慣れだろう。

 あちこちに手を広げるのは想像以上に大変だ。都市部の制圧だけなら簡単そうだが人々の暮らしまで考えると短期間では出来ないことが次々と現れてくる。

 雨季や飢饉対策。気候変動も考慮しないといけない。

 犯罪もしかり。

 楽して世界征服できるマニュアルがあれば欲しいところだ。

 あればあったでつまらないんだろうな。誰でも出来る事という意味で。

 考えればキリが無い。そして、それは国や世界を考えるうえで避けて通れない問題だ。

 避けて通りたいアインズとしてはやりたくない仕事かもしれない。

 じゃあなんで世界征服なんかするんだろう。

 本人が一番知りたい男のロマンの理由だった。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 アインズと個人レッスンしながら妙な病と闘うヤントラ。

 集まってきた素材の整理と管理をしながら着実に『万魔殿(パンデモニウム)』の製作に励んでいた。

 合間に冒険者の仕事をしようとしているのだが日をまたぐ案件が多い。

 息抜きに真蒼の薔薇の増強も考えてみた。

「もう少し強くなってもいいだろう。技術は各々で磨けばいいのだから」

「まだ強くなれるのか」

「異存無し」

「同意」

「お前達……、力を発揮する場があるとは限らないんだぞ」

 イビルアイは少し心配になった。

 やる事がなくて意味の無い増強をしても良い結果は生まれない。

 ラキュースもやる気のようだし、反対派はイビルアイと怖がっているルリマリスくらいだ。

「せめてクライムより強いといいな」

「あの童貞に後れを取るのは面白くねーからな。強すぎても困るんだろうけど」

「都市の平和を守る兵士は市民よりは強いわけだし、過剰かというと……。水掛け論になりそうだねー。帝国の騎士達はどうなんだって話し」

「変なモンスターが現れねー限り、平和でいいじゃないか。迂闊に死なない方が安心感も高いだろう」

「帝国騎士も強くする予定だけど、いいかな?」

「ほう、そうくるか」

 ヤントラの提案に一同は驚くが次第に納得していく。

 イビルアイは少しだけ嫌な予感を感じる。

「物騒な事は無し。正直に言えば置き場所に困ってきましたし、無駄な素材は扱いに困ります」

「大規模戦争でも始まるのか?」

「どうなるんでしょうね。自衛は必要でしょう。竜王(ドラゴンロード)は鍛えるのが大変そうですが……」

 竜王(ドラゴンロード)は年齢で強くなる気がするので経験値稼ぎはあまり意味が無さそうだ。

 モンスターは独自の強さがあり、種族レベルの上限などはプレイヤーとは仕様が異なる。

 召喚モンスターは上限が決まっていて強くなれなかったり、死亡すると消滅したり、色々と様々な条件が付随しているようだ。

 家畜は意外と強く出来たりする。

「候補は武王と帝国四騎士。竜王国では意外と女王とかかな」

 ドラウディロンは人間形態ならば問題なく強くできそうだ。

 竜王(ドラゴンロード)と言っても二つ名であって実際は竜(ドラゴン)の一種だ。

「先の大戦の事は分かりませんが、可能性は伸ばすべきだと思います。帝国の生徒達を毎年強くするのは嫌な予感がしますけどね」

「特に魔力系だな」

 イビルアイはすぐに気がつき、ヤントラも頷く。

 安易な高い位階魔法は乱用厳禁なものが多い。

 覚えられてしまうのだから仕方が無い。

 もちろん物騒なものばかりではない。

 生活に密着したものもある、たぶん。

「質問」

 クレマンティーヌが元気よく手を挙げて言った。

「どうぞ」

「私達の強さとご主人の強さは同じなのかな?」

「そうだよ。特別な事は無い。……ただ、努力を無にするようなものだ。鍛錬で得た技術的な経験は決して無駄ではない、と……。だが、どこと無く数値化されているようなものだから君達にはどういう受け止め方をされるのだろう」

「数値化は特に……。難度で測ったりするから別に問題は無いんじゃない?」

「目安というものは必要だ」

「……ん、旦那さんは優しい人って事かな」

「気配りは本物。私達の努力を尊重したい気持ちはあった」

 と、言い終わった後ティアとティナは互いに顔を見合わせる。

「ガガーランは全てを台無しにする」

 と、二人同時に言った。

「はぁ!? なんだと、こら」

「細かい事を気にしない男女」

「旦那さんは意外と繊細ってこと」

 手を出してくるガガーランの攻撃をティア達は避けて行く。

「……でも、その数値は常に一定なのかな」

「一定のもあったらどうする?」

「んー、身も蓋も無いよね。なるほどー」

「第三位階が限界だと皆が言うから希望を示したのだな。同じ数値ならまだ上があると……」

 数値だからこそ言いたくなかった、とも言える。

 限界値というものが存在し、それを自分たちが知れば鍛錬に限界があると思うのではないかと。

 そう考えれば強さの秘密を秘匿するのは理解出来る。

 そして、それは明るみに出れば誰も努力しないかもしれない。

 楽して強くなる方法、というよりは努力の結果を否定しないように配慮した結果とも言える。

「簡単に強くなるとして魔法は全部覚えられねーのか?」

「三百という数は突破できないのだろう。必要な魔法を選ぶ事が出来れば戦略も立て易い。逆に数が決まっているからこそ誰もが強者となる資格を得られる」

「アインズ様は七百近くの魔法を習得しているのは何故?」

「死の支配者(オーバーロード)の種族スキルによる生け贄の儀式で増やした、と聞いた覚えがある。だからといって扱う魔法は我々のものと大差ない。ただ、数が多いだけだ」

 数が多いけれど戦略としては優位な立ち位置だ。

「死霊系統を極めていると言われている。もちろん、使えない魔法もあるからアイテムで補っていたりする。私とてスクロールでカバーしているからアイテムが尽きればお手上げだったりするよ」

「……普通に考えて、何なんだ、至高の高みは」

「これでも普通な方だよ。世の中には理不尽を絵に描くと、こんな風になるんだっていう……」

「ああ~! なんか聞きたくない!」

 イビルアイは耳をふさいで叫んだ。

「おいおい、今、大事なところじゃねーのか?」

「分かっている! なまじ高みを知ると恐ろしいな……」

「イビルアイ。狂人の世界へようこそ」

 と、薄ら笑いを浮かべるラキュース。

 真蒼の薔薇の中で恐ろしい変貌を遂げたリーダーの笑顔がそこにあった。

「……おう、怖いな、その顔は」

「鬼ボスの風格が復活」

「これぞ鬼リーダー」

 ルリマリスは顔を真っ青にして震えていた。

「リリーは違う意味で真蒼の薔薇を体現しているね」

「可哀相に」

「……うん。ようこそ、真蒼の薔薇へ」

「このチームに加われてよかった。真っ赤な血が映えるから」

 クレマンティーヌの頭をイビルアイは軽く叩く。

「非合法な依頼も受けていたし、今までの『蒼の薔薇』の活動から言っても……。これでも普通……かしらね」

「ラキュース。人間を捨てるのは早いと思うのだが」

「いやいや、イビルアイ」

「周りを見て。人間は居ないよ」

「居てくれよ!」

「ご主人。イビルアイの心が綺麗になってるの?」

「おいこら、クレマン。このチームの心は昔から綺麗だったぞ」

 いつから一段と汚れてしまったのだろうか。いや、自分だけ浄化されたということか。

 イビルアイは周りを見回す。

 化け物(ラキュース)。化け物(ティア)。化け物(ティナ)。森妖精(ルリマリス)。化け物(ガガーラン)。人殺し(クレマンティーヌ)と続く。

 おかしい。まともな人間が一人しか見当たらない。

「この国の人間はどうかしているのだな」

「現実逃避し始めたね」

 イビルアイは肩をすくめてため息をつく。

「数値化されていようが要は能力の底上げでしょ? それほど気にしなくてもいいんじゃない?」

「数値に躍らされるかもしれない。ご主人は人間の限界を感じさせたくないのだろう」

「獣人(ビーストマン)は人間の十倍強いとか? それ、どこまで信憑性(しんぴょうせい)があるのかな」

 獣人(ビーストマン)の平均値はおよそ三十から四十ほど。

 普通の人間に比べれば十倍は間違っていない。だからといって何でも十倍というわけではない。

 でなければレベル百を軽く超えた種が現れてもおかしくないことになってしまう。

「ところで、私達が強くなったとして他の人を私達が強くする事は出来るの?」

「やり方次第では可能だろう。うちの施設だけ特別という事は無いはずだ」

「無駄ではないけれど効率的ではない……か……」

 技を覚えるなら鍛錬は無駄ではないのだろう。

 能力の底上げのやり方も加えれば完璧かもしれない。

 

 能力の底上げは日を改めることにした。

 性急ではないけれど意味も無く強くなることにはそれぞれ否定的だった。

 欲のある戦士でもない限り、実力に見合った増強を望む。

 代わりに魔法詠唱者(マジック・キャスター)の増強は程ほどなら問題は無いとイビルアイは言った。

「そういえば……、武具の方はどうなったかな」

 長い武器や無骨な鎧などは箱に入りきらないのでロープなどで縛り付けるしかない。

 期限は特に設けられていないのだが、亜人達が装備するには強めの様な気もする。

 王国に侵略をかけるには数は少ない。

 何に使うのかは知っても仕方が無いのかもしれない。

 屠殺場に既に出来上がった武具がまとめられており、羊皮紙には終了した部分に斜線が入れられている。

 大浴場に向かい、花弁人(アルラウネ)たちの様子を見る。

 種族的な寿命は知らないけれど長生きするはずだ。頭の花が枯れ落ちてもまた新しい花を咲かせるだろう。

 種(しゅ)によっては女体そのものが花の花弁に包まれていたりするらしい。

 身体を揺らしつつ大人しく佇む花弁人(アルラウネ)。

 次に二の宝物庫を通り一の宝物庫を散策する。

 初期に出来た場所も様々なものが収められるようになった。

 無駄なものが多い、のだろう。

 意味も無く増やしたものが収められているので自己嫌悪には打ってつけだ。

 一通り自分の目で確認した後は培養槽に向かう。

 新たに追加した素体が着々と出来上がりつつあった。

 これらの培養が終われば部屋を整理しなければならない。

 本格的な培養は月で大々的に行(おこな)えばいい。

 そこならもっと広大な土地を利用する事ができる。

「……あと三百体ほどか……。随分と時間のかかる方法だ」

 時間をかけるから肉体的な崩壊が起きにくい。

 それはそれで侮れない。

 五の宝物庫の金貨は数枚程度の差異では全く分からない。増えているのか減っているのか。

 部屋が広すぎるせいもあるし、増やしすぎたせいもある。

 消費する事自体は難しくない。

 金貨は優秀なアイテムだが頼りすぎるのも不健康だ。

 かといって魔法の一部はコストがかかる。代替品は金貨以外に無いのも事実。

 もちろん、金貨以外のアイテムをコストとする魔法はある。そして、そのアイテムを金貨に代用することは出来ない。

 便利な魔法にも落とし穴はあるものだ。

 六の宝物庫の地下二階部分は完全に羊毛生産に入っている。

 羊皮紙は充分に在庫がある。仔牛と山羊も揃っている。

 羊毛などは見た目には膨大でも圧力をかけて潰すとかなり嵩(かさ)は減る。

 七の宝物庫の地下二階に並ぶ膨大な容器も七割以上は埋まっただろうか。

 天井近くまで階層的に積み上げられているとはいえ、これほど狭く感じるほど集まるとは思わなかった。

 天井に居る蜘蛛女(アラクネ)のメイドも移動が大変だろう。今のところ勝手に動く献体は無い様だ。

 地下一階部分は竜(ドラゴン)の入った浴槽が浮いている。

 数は少ないのに広い部屋を占領している。

 モンスターなら何でもいいわけにはいかない。多少の統一性があると気分的にもすっきりする。

 床部分にはたくさんの箱が並んでいる。

 殆どは素材。羊毛も含む。

 窓の材料や金属板も含まれる。

 膨大な数が必要だとはいえ増やしに増やしたなと。

 使う時は一気に無くなるのも寂しい限りだ。

 特に部屋に異常は無いので地上の宿舎に移動する。

 様々な作物を育てて一部の種は保存される。

 それらを積み込む日が遠くない事を祈る。

 製作途中の『万魔殿(パンデモニウム)』に向かうと警備していた蜘蛛女(アラクネ)型の戦乙女(ワルキューレ)は見慣れないモンスターを捕らえていた。

 有翼人(ハルピュイア)に似ているのだが毛深いというか寒さ対策の為に多くの羽に包まれている感じのが数体。

 炎熱鳥(ガルーダ)か何かだろうか。有翼人の歌姫(セイレーン)は海沿いに生息する有翼人(ハルピュイア)種。しかし、羽の色は黄色で身体も大きい。

 身体の背丈は二メートルほど。翼を広げると五メートルは超えるかもしれない。

 雷鳥(サンダーバード)か、それに類する有翼人(ハルピュイア)種のモンスターかもしれない。目つきが鋭く、好戦的で凛々しい顔立ちだ。

 雷系モンスターの『雷獣(ライジュウ)』というイタチに似た荒くれモンスターも居た。

 空気の薄い場所に拘束していては可哀想なので身体をバラバラにして持ち帰ることにしよう。と、もっと可哀想なことが浮かんだ。

 折角のモンスターなので観察の為に拘束だけにしておいた。

 広い床の上には資材が色々と置かれて工事の再開を待っていた。季節柄、とても冷えていて、人間が活動できるのは春ごろまで無理かもしれない。

 モンスターを移動させた後で工事を始める。出来る所まで、だが。

 金属板は従来どおり並べていく。範囲はロープで選定済み。

 とても巨大なものだから一ヶ月では出来ないし、一年でも無理かもしれない。

 本来は一年でも早いくらいだろう。

 短期間で作り上げて、動かした途端に瓦解するのはよくある失敗談。

 そうならないように慎重さも必要だ。

 上下階層の床板を並べている間に足元の床下の補強も行(おこな)う。

 作業に当たるメイド達には無理せず交代を駆使するように言いつけておく。

 新たな資材の搬入も行(おこな)わせ、少しずつ形を形成していく。

 人海戦術も大規模となると時間はかかるものだ。

 一気に材料が無くなるので補充も大変だ。

 メイドはしばらく放置しても大丈夫だろうから施設に戻るとナザリックの一般メイド達の姿があった。

「こちらはこちらで特に問題は無いな」

「点呼は終わりました」

「うん。君たちの懸念するアインズの勉強時間だが……」

「だ、大丈夫です。必要なお時間だというのは理解しております」

「我々のわがままを聞いていただいているのですから。それにアインズ様にもお仕事がございます」

「二十四時間はさすがに無茶だ。朝七時から夕方五時まで。普通の人間なら十二時には昼食などの空白が必要だ。残りの空いた時間は個人的な趣味の時間というやつだ。誰でも他人に邪魔されたくないという時間が必要だったりする。君達もご飯の時間を撤廃されたら困るだろう?」

「……はい。ああっ! アインズ様にもそのようなお時間が必要なのですね。仕事以外に」

 メイドの言葉にヤントラは頷く。

「支配者だからというか、意外と君達をがっかりさせないように黙っていたかもしれないぞ。だが、勉強はどうしても必要なんだ。これは呑んでいただかないと」

「分かりました」

「わー、アインズ様……。私達の為に……」

「……でも、アインズ様はお勉強が必要なのですか?」

「必要だ」

 はっきりとヤントラは言い切った。これはアインズには何故か言えない事だった。

 見栄っ張りだから、かもしれない。

「今まではナザリックだけを考えていればよかった。今は他国の情勢も考えなければならない。取るに足りない下等な存在だとしてもだ。世界を知ることは大切だ」

 頭の足りない奴でも皆殺しばかりすれば世界征服は簡単だろう。

 後に残るのは廃墟の山。

 その後はどうするのか、というところで問題が発生する。

 アンデッドの一大帝国にしたところで何年、耐えられるのだろうか。

 新しいことの無い死者の国。

「……最終的にナザリックすら必要なくなって孤独な支配者が出来上がる、なんて未来は困るな……」

「な、ナザリックすら必要なくなる!?」

「自分以外の下等な存在を不要と思うならそうなるだろう。究極的な極論で言えば」

「……確かに」

「それとなく聞いてごらん。間違いなく怒るだろう。それでいいなら勉強は不要だ。だが、様々な種族と共存し、多くの者達に囲まれて少なくともある程度の幸せを感じられる世界を作りたい、と思うならやはり勉強は必要だ。種族によって苦手とする様々な事柄があったりする。不得意な分野を当てては効率が悪くなったりな。例えばメイド達に動像(ゴーレム)のような力仕事は無理だろう?」

 ヤントラの説明を受けて顔を青くしたり、しっかり話しに耳を傾けたり、反応は様々だった。

「良い支配者になるっていうのは簡単じゃないよ。君たちは頭の悪い支配者と賢くてかっこいい支配者、どっちがいい?」

「それはやはり……」

「かっこいい支配者のアインズ様がいいです」

「例えばだ。……自然発生した死の大魔法使い(エルダーリッチ)が一体居たとする。魔法はとんでもなく強力でアインズを百倍程度上回るとしよう。それが魔法のみで世界を支配する」

「はい」

「世界を征服しました。だが、その死の大魔法使い(エルダーリッチ)はウボァしか受け答えが出来ない。魔法を使う時だけちゃんと喋るという条件でもいいや。そんな変な奴でも支配者だから素晴らしいと思うかね?」

「……嫌です……」

「うばーしか言えないんですよね?」

「うん。後、動くものに自動的に魔法を撃ってしまう厄介な者としようか」

「魔法だけ強くても……」

「そうですよね……。賢くて頼もしいアインズ様がいいです」

「我等の創造主は変な単細胞とは違います!」

 ヤントラは苦笑する。

「……メイド達にも尊敬される上司になりたいのだよ。それは口に出すと恥ずかしいから言わないだけで。紳士なんだよ、アインズは。時にはマンガ本も読ませてあげなさい」

「マンガ……?」

「ずっと息の詰まる真面目な空気に耐えられない時があるってことだ。娯楽は必要だよ。精神的な栄養という意味でも」

「おお!」

「そ、そうですよね。第九階層は至高の御方々の憩いの場。その存在意義を失念しておりました」

「……それはアインズに言ってあげなさい。他のメイドにも同じ説明は出来そうに無いから君達に任せるよ。ただ、急には変わらないだろう」

 マニュアルを作っても効果が薄い。

 というか良い例えが浮かばなかった。

「アインズ当番を辞めろ、という話しではない。これも妥協点を探るいい機会だ」

「はい!」

 メイドに説明していて思う。

 なんで自分はナザリックの為に苦労しているのだろうか、と。

 それもこれも引退していった奴らのせいだ。

 ギルドメンバーが居たらどう思うのだろうか。

 お前らが放置したNPC達が困っているぞ、と。

 裸に剥いてエロいことし放題をやめて欲しければ姿を現して見せろ。

 煩悩全開だから出て来ないと危険だぞ、と見えない相手に忠告しておく。正直、殆ど手遅れだがな。

 

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