※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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B-6 ラキュース頂戴

 ラキュースは叫びたかった。

 誰か助けて。と。

 後ろのゴリラ(ガガーラン)が好みだったらいいのに。化け物同士お似合いだと思いますわ、とでも言いたかった。

 仲間達に顔を向けようとするとそれぞれ顔を逸らした。

「は、薄情者が!」

 イビルアイも聞こえない振りをしていた。

「ふむ。アインドラ殿も良いお歳ですしな」

「確か、もうすぐ二十歳になられるのでしょう?」

「アダマンタイト級は冒険者の中では一番命の危険が伴うもの。ここで伴侶を得ておけばご両親も安心するのではないでしょうか」

 貴族共の無責任な声が聞こえてくる。

 ラキュースは王の御前でなければ持てる全てをかけてヤントラを葬りたい。しかも奴は本気らしい。とても喜んでいる顔が見えていた。

 レエブン侯はこの中でラナーに結婚してください、と言った事を思い出していた。

 あれも本当は本気だったのだろうかと。

 即座に断った姫殿下はさすがだと感心した。

「……ころす……」

 と、言ったところでガガーランが彼女の肩に大きくて無骨なガントレットをはめた手を置く。

「おめでとう」

 場の空気が凍るような殺気がラキュースの身体からもれ出る、ような印象を双子は感じた。

「あ、あれはもしや……、闇のラキュースと呼ばれる前兆では!?」

 と、クライムはラナーの前に出て防御の姿勢を取る。

 『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』がカチャカチャと音を立てて互いに触れつつも必至に姿勢を保とうとしていた。

「……ボスの真の姿が覚醒するのか?」

「鬼リーダーがなにリーダーになるんだろう」

「闇ボスかな」

 少し期待しているイビルアイと暢気(のんき)な双子。

 仲間がまたなにか言えば誰かが死ぬかもしれない、そんな気がレエブン侯とクライム、ガゼフは感じた。それほど彼女は怒り狂っている。

 要求は冗談かもしれないと仮定してもラキュースを差し出した方が穏便に情報が集まるかもしれない。

 実力はあるようだし、とレエブン侯は様々な事を思案する。決して悪い事ばかりではない貴重なチャンスだとも言えた。

 好みの変更はさすがに出来ないだろう。

 手出しをしない相手に手を出す危険性。

 ガゼフは後悔していた。

 相手をなめ過ぎていたと言っても過言ではない。

 アインズとは別の意味でヤントラという人物が恐ろしくなった。

 弱すぎるが故の強さ。こんな人間が存在するとは世の中は広いものだと感心する。

「……い、いやだ……。国の為に働いてきた私がこんな狂人を夫とするなど……。自害をお命じ下さい……。どうかお慈悲を……」

 誰か私の首を撥(は)ねて。

 本気でラキュースは思った。

「蒼の薔薇はこれまで通り活動し、国に貢献すればいいではありませんか」

「……ラナー。今日ほど君を殺したいと思ったことは無いよ。うん。友人として助けてくれるとありがたい、かな?」

「私はクライム以外の殿方には興味ないので」

 クライムの目には憤怒に彩(いろど)られた正に『闇のラキュース』としての姿が見えていた。

 人はこれほど怒ることが出来る生き物なのだとイビルアイやティアとティナ達は感心しながら思った。

 だが、悪い話ではないことがそれぞれ助けられない事態の理由になっている。

 未知の敵の情報が欲しいのは共通の願いだったからだ。

 ヤントラの説明だけでは確証が得られない。

 かといって相手を怒らせるのは王国としても避けたい。

 得られる情報が多いほど王国の未来は明るくなる。

 というより、ヤントラは冗談で言ったのか、本気なのかが分からない。

「……一つ確認したいのだが……」

 助けたくない貴族の一人がヤントラに問いかける。

 ラキュースに恩を売れるかもしれないという打算もあった。

「君は本当にアインドラ殿と結婚する意志があると思っていいのかね」

「素敵な女性は大好きです」

 即答してきた。

 いや、まだ本気だとは言えない。

「こういう娘さんを手に入れるのも旅の目的でしたし。あと一人は欲しいです。出来れば……、狂気をはらんだ凄腕の女戦士とか」

 紛うことなき狂人だとラキュースは感じた。

 この部屋の中で条件に合いそうなのはイビルアイとガガーラン。

「それはまた難しい注文ですな」

「さすがにそんな都合のいい素敵な女性は居ないかもしれませんね」

 狂気をはらんだ素敵な女戦士とはどんな化け物なんだ。と、色々な場所から疑問符が浮かぶ。

「居るかもしれませんよ」

 と、ラナーは言った。

「スレイン法国に確かそういう方が居たと思います。漆黒聖典(しっこくせいてん)の誰か……」

 名前までは思い出せません、とラナー。

「しっこくせいてん? 言葉の雰囲気からするとろくでもない気がしますね」

 お前が言うな、と誰かの声が聞こえた気がした。

「そ、そういう事なら結婚ではなくパーティということに……」

 いやいやいや。そうなってしまうと蒼の薔薇はどうなってしまうんだ。

「……次期リーダーは脳筋でいいか」

 暢気なイビルアイ。

「見た目は筋肉だるまだけどリーダーに負けないくらい冷静に判断できるし」

「うんうん」

 仲間が裏切った。

「お供は欲しいですよね。では、よろしく、ラキュースさん」

「ふざけるな!」

「まあすぐに婚姻というわけにもいかないだろう。お互いを知ってからでも……」

 暢気な王様を殴りたいと今日始めてラキュースは忠誠心を上回る怒りに満たされた。

 さすが王女の父親だ、と睨むような泣きそうな顔で見つめる。

「さて、ここから少し真面目に行きましょうか」

 ヤントラは笑顔を消した。

「なんだ、ふざけてたのか」

 怒りはまだ治まらないラキュースをガガーラン達が宥めるが、裏切り者が、という言葉が投げかけられる。

「本当にラキュースさんを頂けるなら、私はアインズと本気で敵対しなければならないかもしれません。つまり彼らの戦闘メイドとも殺しあう事になるかと」

「それはどうして?」

 話しの内容からでは理解できない。

「うまく言えないのですが……。人間側に着く以上はよくないことが待っている。戦争よりもなおおぞましき未来。彼らは敵を排除した後、どうするのでしょうか。その先の未来が明るく見えないのです。私にとってそれはとても……、つまらない」

 王に対して尚、平然と話しかけるヤントラは他の貴族からすれば目障りな厄介者にしか映っていない。

 王はヤントラの考えは理解できない。けれども真剣さは伝わってきた。

 彼の中では様々なことが渦巻いているのだろう。

「……このクソを殺す許可を」

 イビルアイが一歩前に出る。

「イビルアイ殿、少し待たれよ」

「こいつは王国にとってよくない。殺すべきだ」

 冷徹な言葉をイビルアイはノイズがかった声で言う。

 できることならラキュースが許可を出したいところだった。

「もし……私を信じてくれるのであれば……、深く感謝いたします。……えと、王様の名前は……ご存じないのですみません」

 知らない、というより部屋に入る前に聞いた名前をすっかり忘れてしまっていた。

「そなたにも色々と思うところがあるのだな」

 そもそも様々な情報を提供していて自分の身に危険が降りかからないと思っていない愚か者だろうか。

 殺される事を分かった上で話していたはずだ。

 今後の安全も保証されていない。

「君の安全は保証できないのだが……」

 レエブン侯は言った。

「そんなことは期待してませんよ」

 至極明るい返答だった。

「それはどうでもいいんです。私にとって大事なことは面白い旅、または冒険が出来るか、だけですから」

「……確かに娘の言う通り、面白い御仁のようだ」

 王は朗らかに笑う。

 レエブン侯はヤントラが面白い冒険が出来なくなる予感を感じた、と言っているのだと分析する。

 だが、それはどの程度の重要度があるものなのだろうか。

「と……」

 と、言いかけた王様の発言をラキュースは遮る。

「というわけで、とか言わないで頂きたい! 私の貞操(ていそう)とか家名とか名誉とか色々と関わってくる話しなので! こんな狂人を受け入れられるわけがない!」

「変人から狂人にランクアップするだけですよ」

「……ラナー、君とはじっくりと話し合う必要があるみたいだ」

 今日は厄日だ。と、大声で叫びたい気持ちでいっぱいだった。

 アダマンタイト級の冒険者を翻弄(ほんろう)する辺り、ヤントラは意外と大人物かもしれないと他人事のようにガゼフは思った。

 普通の人間ならば彼らの強さに気圧されてもおかしくない。

 いくら何も知らない異邦人だろうとイビルアイなどは自分でも近づきたくない雰囲気を放つときがある。

 ガガーランにしても見た目でも全く怯んでいない。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ラキュースはアインドラ家は今日で没落するのか、とか思い始めていた。

 どうみても貴族社会で生きていけそうにない風来坊。

 冒険者なのかどうかさえも不明。というよりヤントラなどという冒険者は聞いたことがない。

「こいつは請負人(ワーカー)か何かか? そういえば何も聞いていないのだが」

「昨日、冒険者になったばかりだそうです。銅のプレートが割られているので首にかけていないだけですが……」

 と、レエブン侯が言った。

「……はっ?」

 聞き違いか、とラキュースは思った。

 銅のランクの冒険者がアダマンタイト級を嫁にするのは前代未聞の珍事。というよりはあり得ない、という言葉しか出て来ない。

「これはまた凄まじい落差だな」

 ガガーランは少し楽しそうに言った。

「今回で色々と計画を練り直さなければならなくなりましたので、予定が随分と狂って楽しくなってきました」

 お前の頭がよっぽど狂っている、と叫びたくなった。

「鬼リーダーの『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』も今日で見納めか……」

 ラキュースが今、装備しているヴァージン・スノーという白銀の鎧は処女(しょじょ)でなければ着ることができないらしい。

 数日後には別の鎧を用意しなければならないとメンバーは気の毒に思った。

「鬼ボス。ごしゅうしょう様」

 レエブン侯はヤントラの様子を窺っていたがラキュースを大変気に入っているようだ。

 困っている彼女を楽しそうに眺めている。

「……少しの間、一緒に行動できる供は嬉しいな」

「はっ? なんだと貴様!」

 殴りかかろうとしたラキュースの腕をいとも簡単に掴み、そして、普通にへし折る。

 王国が誇るアダマンタイト級の冒険者。

 怒りがあったとはいえ、ラキュースは己の身に起こった事が理解出来なかった。

「……はっ?」

 外側に折られた腕から飛び出した骨が見えた。そして、血が出てくる。

 自分の耳に物凄い破壊音が聞こえたのは分かった。ただそれだけだった。

 静寂が広がる。これは何度目のことだろう。

 それから瞬く間にラキュースの絶叫が響き渡る。

「うっぎゃああぁぁ!」

 打撲や切り傷は経験がある。時には切断もあったかもしれない。

 人体をへし折る痛みはそう簡単には慣れない。

 『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』が全て床に落ちる。

「痛いっ痛いっ、痛いっ!」

 下手に腕が繋がっているいる分、痛みは増していく。動かしたくないけれど何かで押さえたくなる。

「なんだよなんだよ! か、回復……。うぁ……」

 久しく感じた事の無い痛みに頭が混乱してしまった。

「……うわぁ、痛そう……」

「骨が丸見えじゃん」

 ラキュースの魔法により『警報(アラーム)』が発動する。

 レエブン侯はヤントラを見て驚く、実に嬉しそうに笑っている。

 背筋に悪寒が走る。

 自分たちは何かとんでもないものを敵に回したのではないのかと。

 普段、温厚な人間を怒らせると信じられない出来事や最悪の結末が待っている、とでもいうような感じだった。

「銅になったからといって私が弱いと誰が証明したのでしょうか?」

 ガゼフは彼の言う言葉が決して的外れではない事を知っている。

 戦場を縦横無尽に駆け回る戦い方は幻ではないはずだ。

 それに先ほど説明していた恐ろしい化け物を倒したいと言ってことを思い出す。

 冗談やふざけたものではなく真実かもしれない。

「もう三回ほど折ってみたら大人しくなるかな?」

「ぎゃっ」

 ラキュースは涙目でヤントラから離れた。しかし、折れた腕はまだ治っていないので更に痛かった。

 信仰系の職業(クラス)を持つラキュースも魔法に集中できないほど混乱した。

 ヤントラは懐からスクロールを取り出す。

 ガゼフは更に何かするつもりかと剣に手をかけた。しかし、相手は両断から復活する化け物。

 〈六光連斬〉の武技で切り刻むくらいしなければならないかもしれない。だが、恩人を二度も手にかけることは戦士としては出来ない。

 ヤントラが使うのは『大治癒(ヒール)』だが、誰にも聞き取れない声で唱えられた。

 燃えるスクロールが消える前にラキュースの腕が強引に元に戻ろうとしていた。

「いたたた!」

「まあ、大方の予想通りで面白くは無かったな」

 彼の言葉はラナーでも理解できなかった。

「き、きさま!」

「おいおい、まだやる気か。さすがに助太刀するぞ」

 ガガーランは刺突戦鎚(ウォーピック)の柄でヤントラの頭をつつく。

 あまりのことに激しく息を吐き出すラキュース。涙もどんどん流れ落ちる。

「……復活するとして八回ほど死なないと君たちの方が強くならないか……。職業(クラス)に偏りでもあるのかな?」

 ラキュースの折れていた部分をヤントラは掴み、優しくさする。

 力が強く抗えなかった。

 それほどの腕力があるようには見えなかったのでラキュースは言葉が出ない。

「狙われすぎてよく分からないや。まだ痛いかい? もう一回、魔法でもかけようか?」

 相手が黙ってしまったので『軽傷治癒(ライト・ヒーリング)』をかけた。

 腕をプルプルと動かして傷の治りを確かめるヤントラ。

 

 レエブン侯は何か見落としている気がすると身体が警告を発している。

 今までの会話で思い出さなければならない、何か違和感を感じる。

 物凄い不安が渦巻くのだけは分かるのだが、答えが見えてこない。

 自然と歯が鳴る。

 なんだこの治まらない悪寒は、と全身から叫びだしそうになる。

「……銅……。銅?」

 なんで銅なんだ。

 目の前の化け物は何で銅なんだ。

「銅がアダマンタイトを? はっ? なんなんだ」

 自分でも何が言いたいのか理解できない。いや、理解したくない。

 一堂が混乱している最中、冷静に見守っていたのはガガーラン達とラナーだった。

 殴りかかろうとしたラキュースが悪いから黙っていたが、実際は驚きで動けなかった。

「えっと待ってくれ。つまり、君は……。違うな。アインズという魔法詠唱者(マジック・キャスター)は……でもないな」

 適切な表現が出来ない。

「ヤントラ殿がアダマンタイト級の冒険者より強いと?」

 レエブン侯はこれでも違うと感じた。

「弱者である私の強さとアインズの強さの差。とか言いたいのでしょう?」

「そうだ!」

 弱いと言っていた。いや、言ったかさえ分からなくなった。

 つまりアインズ・ウール・ゴウンとは想像を遥かに超えた強さ。超位魔法なるものも真実だとすると人間に抗えないのではないだろうか。

「いやいや。アインズは所詮、魔法詠唱者(マジック・キャスター)。弱点もある無敵な存在ではありませんよ。ただ、とても強いだけです」

 なんでもないことのようにヤントラは言う。それもやはり楽しそうに。

「何が言いたいかといえば、私もそれなりの武具を装備し、必要な魔法を得れば少しはぶちのめせるということです。残念ながら私は冒険が足りなくて、というよりは仲間と冒険する能力が足りなくて未熟なままなのです」

「?」

「あいつより強いやつは私の知る限り千……二千人くらい居たんですよ。今は誰も居ないから一番になっているだけです。まだ世界を探せば何か見つかるかもしれませんが、当然やつも自分の脅威を探しています」

「……それは本当なのか?」

「見つからなければあなたたちの負け。帝国も気付けば動くでしょう。スレイン法国もきっと動くかな」

「では、王国の未来は明るいのか?」

 と、言った後で疑問に思う。

 そんな簡単な話しではないはずだ。おぞましいモンスターの説明を聞いた時の様な恐怖が蘇ってくる。

 違う、違う、と言っている。

 ヤントラは我々に気付かせようと情報を提供してくれている。それは間違えようのない事実だろう。ただ、我々には活用できるだけの何かの準備が出来ていないだけだ。

 

 ヤントラ・サルヴァスパ。

 

 並みの異形、いや、化け物ではない。

 伝説級どころではないかもしれない。

「敵を作るより味方を作る努力をした方がいい。という選択肢を提示しているのになかなか選んでくれませんね、あなたたちは」

 確かに彼の言う通りだ。反論も出来ない。

「王様。失礼致しました。どうにも私は協調性のない人間なので。皆さんと仲良くなる技術などが足りないのです。富や権力などは要らないので、冒険を楽しませてください」

 片膝を付き、ヤントラは言った。

「……多少は寝床が欲しいですけど。あとは……まだ欲しいものが出てきそうです」

「出来る限り叶えたいが……」

 ラキュースの事でかなり驚いてしまったが、冷静さを取り戻す。

「あと、……王様。心臓は丈夫なほうですか? 先ほどから少し心配しておりました。優しい王様は色々と大変なのは理解していますが、色々と申し訳ありません」

「いやはや。お気遣い感謝する」

 気配りの出来るヤントラ。それはそれで違和感を覚える。

 何がしたいのかレエブン侯には分からない。

 私を利用した報いとして王国を滅ぼしても良い、という言葉をガゼフは思い出す。

 本当にやるかもしれない。

 ヤントラは口だけの男ではないと認識を改めざるをえない。

 つまりはこの場にいる全てを殺せるかもしれない、ということにも繋がる。

 だからこそ平然と笑っていられるのかもしれない。

 末恐ろしい男だ。

 そして、そんな化け物をアインス・ウール・ゴウンは凌駕する。

「やばいな……。リーダー、嫁に行かないと王国が無くなりそうだぜ」

「鬼ボスの目にも涙」

「……なんなんだ、この化け物は」

 と、仮面のイビルアイは言った。

「あなたが化け物と言いますか、イビルアイ」

 楽しそうにラナーは笑った。

 王女も色々な意味で化け物だが、とレエブン侯は思った。

「アインドラ殿! 是非ともリ・エスティーゼ王国の為に!」

「……うるさい、ばか……」

 力なくラキュースは言った。

 腕はまだ垂れ下がったまま動かせなかったが、精神的な痛みが甚大だった。

 先ほどから黙っている面々をヤントラが見据えると視線を逸らそうとする。一人だけ真面目な顔をしていたのは強い力を秘めた白銀の鎧をまとう少年だった。

「私の場合は嫌がらせの方法を取ります。まず戦争します。アインズが出たら兵士には逃げてもらって敗北宣言を出す。わざと。奴は魔法を撃つかもしれませんが。それくらいなら犠牲も少なく戦争が終われます。交渉は別口にしてしまえばいい」

「敗北宣言ですか?」

 レエブン侯は言った。

 なぜ、敗北を自ら進んで出すのだろう。

「バカな! 帝国に勝ちを譲れというのか」

「戦争ではね。犠牲者の数だけ賠償しろと要求すればいい」

「暴論ですが……、それはそれで良いアイデアだと思います」

 とはいえラナーもすぐには良い案が出てこなかった。

 時間が欲しい。時間はとても貴重な財産だ。

「戦争はやってやる。領土問題は別問題だ。と言いつつ戦場の兵士を少なくしていく。しつこくやれば帝国もうんざりするのでは?」

「いやらしい戦法ですね。ですが、一気に攻め込むのでは?」

「そう簡単には来ないでしょう。今までの方法を覆すのは歴戦の騎士とて対応が鈍ると思います」

「素晴らしい。ですけど、こちらは不利のままです」

「良い武具を揃えている帝国にそもそも勝とうだなんて無茶な話しです。こちらは革装備なんですよ。そこを忘れてませんか?」

 ラナーに言い返すヤントラ。

 レエブン侯も関心していた。

「ヤントラ殿は戦争の方法も熟知しておられるようだ」

「いいえ。全然。平和主義者です。みんな仲良くなればいいのに」

 嘘をつけ、と言いそうになった。

 レエブンはヤントラは得体の知れない化け物だと思うが、兵士の為の発言だと思うと責めることが出来ない。というよりは本来は自分たちが言うべきものだったからだ。

 権力闘争の巻き添えになるのは力なき国民。

「混沌とした世界は私も大好きなのですが、アインズが活動すると全てがぶち壊しになりそうで困ります。それだけの力を持ってますから、いつ世界を壊すか、心配で仕方がない」

「……超位魔法、か……」

「いえ。私は世界征服が大嫌いなんです」

 はっきりとヤントラは言い切った。その顔は微塵もふざけていない真面目なものだった。

 世界征服の先にあるのはヤントラの恐れるもの。

 それを防ぐ為にアインズの敵となる。

 それが戦闘メイド達を殺すことになっても構わないと思わせること。

 途中でアインズによる妨害があればそこで冒険は終わってもいいと思った。

 その時は奇麗に散ろう。

 というよりまだ一週間も経ってないのに冒険が終わるのは癪に触る。だから、色々と情報を流している。

「でも、美少女は大好きです。裸にして観賞する事も……、おっとと煩悩が漏れてしまった」

 ラキュースは聞き捨てならない単語が聞こえて怒りが再燃する。

「女性の肉体美は好きですが……。筋肉質すぎるのはちょっと……」

「あ~ん? 殺すぞ、てめー」

 ガガーランはヤントラの胸倉を掴んだ。

「筋肉だるまだもんね」

「脳まで筋肉」

「離れよ、ガガーラン。ヤントラ殿は多数の武器を所持している。何が出るか分からんぞ」

 と、後方からガゼフが声をかけてきた。

 イビルアイやティア達も手ぶらのはずのヤントラが色々と出している様は目撃していた。

「君に合うのは……、殴打武器かな。刺突武器かな。あと、その防具はどれぐらい硬い?」

 不敵な笑みを崩さないヤントラを突き飛ばすように離した。

 一瞬、本当に何かで刺される気がした。

「こいつ……」

「出来れば敵対したくない」

 ヤントラは手を挙げる。

「……反撃する時はするよ。今はちょっと死んでいる場合ではないので。驚かして申し訳ない」

 気が付けばヤントラの首元に双子の短剣が寸止めされていた。

「やはり職業(クラス)のお陰か。殺気がよく分かる」

「盗賊(ローグ)系?」

「戦士(ファイター)と盗賊(ローグ)が中心」

 双子の質問にヤントラは答えた。

 武器はすぐに引っ込められた。

 残るイビルアイは顔だけ向けて黙っていた。

 腕の痛みがだいぶ治まったラキュースは壁に立てかけた大剣の側に移動する。

「チームプレイは苦手?」

 双子の片方が尋ねた。

「苦手だね。相手のことも考えないといけないから。でも、援護が欲しい時がある。同じような実力で旅でもすればよかったんだろうけど、そういうのが居なかったからね」

「我らのチームプレイを受けてみるか?」

 イビルアイは言った。しかし、リーダーが戦えるかが分からない。かなり疲労している様に見える。

「……くっ、敗北か……」

「負けるの早い」

「でも、ここであばれるのマズイしね」

 完全装備で来ているはずなのに勝てる気がしない蒼の薔薇の面々。

「強そうに思われるけれど、所詮は戦士職。攻撃特化型の魔法詠唱者(マジック・キャスター)には敵わない」

「そうなんだろうがな」

 ヤントラは自分の弱点を知っている。

 だから強くないと言えるのだ。そうレエブン侯は思った。

「ここまで騒ぎを起こしたお詫びをしないといけない。何がいいかな」

「ぜひ、婚姻の破棄を!」

「え~。折角の美人さんなのに……」

 本当にラキュースを気に入ってしまったようだ。と、誰もが思った。

「見苦しいですよ、ラキュース」

「うるさい、だまれ! もういじめないでくれ!」

 また涙を浮かべながらラキュースは叫んだ。

 アダマンタイト級の冒険者であるラキュースは決して弱くない。

 齢(よわい)十九だが実力で上り詰めた猛者(もさ)である。

 それが今は見る影もない。

 幾多のモンスターを屠(ほふ)ったか分からないほどだ。それがいとも簡単に心をへし折られる。

 モンスターだけではない。街中にはびこる悪も大勢倒してきた。

 それが今日に限って何故、こんなことになるのだろう。

 絶対に恨み言は秘密のノートに書いてやる、と強く誓った。

「……アインドラ家も今日で没落か……」

「どんまい」

「まだ人生は長いって」

 二人の慰めも通じないほど疲弊しているラキュース。

 この中では強者なのだろうけれど、ヤントラの中ではまだまだ弱い部類なのだろう。

 ガゼフは真剣勝負を挑んだ場合は果たして勝てるのかどうか、分からなくなった。

 こちらも完全装備で向かえば、と少し想像したが何をしでかすが分からない相手だ。苦戦するだろう。

 弱点だらけの相手に何故、勝てない。

「……最後にこの『魔剣キリネイラム』で……」

「いやいや、ボス」

「まだ早まるなって」

 いつも持ち慣れている筈の魔剣が何故だか、とても重く感じる。

 十三英雄の物語に出てくる『黒騎士』が持っていた四本の剣。

 闇のエネルギーを放つ『魔剣キリネイラム』

 癒えない傷を与える『腐剣コロクダバール』

 即死の効果を持つ『死剣スフィーズ』

 謎の特殊能力を持つ『邪剣ヒューミリス』

「……ふふ」

 ヤントラはラキュース達を見て微笑む。

「いいですね。賑やかで。……アインズ・ウール・ゴウンのメンバーと共にすごした時もいつも騒がしくて楽しかった。冒険には参加出来ない人間でしたが毎日、楽しかった」

 いつもの不気味な笑ではなく、自然体で笑っているようにレエブン侯には見えた。

「……もう十二年も経ったんですね。こういう世界でまた楽しく冒険がしたいものです」

「いや、笑い事じゃないから」

「リーダーの人生がかかってるんで」

 息の合った双子。

「往生際の悪い令嬢様だ。王国の未来とどちらが大事だというのか」

「アダマンタイト級の冒険者としてのプライドはないのかね」

「……プライド、捨てたいです」

 いい年頃の女性の人生なのだからガゼフ達も手助けできたらいいのだが。

 貴族達はラキュースを人身御供として使う気でいる。

 国王もそれに反対できない立場だ。

「強情な女性も素敵ですね。ですが、それは何年続くのでしょうか」

「何だと?」

「……それは言わない方が幸せなのか、あなた達の人生として見捨てるべきなのか。私は何を選べばいいですかね」

 ヤントラが見ているのは何なのか。

 戦争の話しが急に思い出される。というよりも彼はいつまで会議室にいる気なのだろうか。

 

 彼は何かを待っているのか。

 考えが読めない。と、レエブン侯は少しまた恐怖が蘇る。

 ラナーに顔を向けるが黙って友人の様子を見ているだけだった。

「というか、いつ報酬が来るんでしょうか?」

「はっ? そ、それだったらさっさと言えばいいだろう」

「世間知らずで申し訳ない。しきたりとか礼儀とかさっぱりなもので」

 そういえば、そんなことを言っていた。

 つまり律儀に待っていたというのか。

 確かにこちら側の不手際だろう。

「ついでに鬼ボスももって行きなよ」

「鬼リーダーはさらわないとダメかもね」

「き、さ、ま、ら~!」

「闇ボス、爆誕」

 憤怒に彩られるラキュース。

 放つオーラはアダマンタイト級にふさわしいものだった。

「アインドラ殿。これも国を救う事だと思って折れてくれぬか」

「陛下……!」

 涙目でラキュースは王を見た。

「そ、そうですぞ、アインドラ殿。今は帝国との戦争を控えている大事な時期なのです」

「少しでも有利に進めるためには多少の犠牲は必要かと」

「命を取られる訳でもないのですから」

 狂人の妻になるくらいなら戦場で散りたい。そんなことをラキュースは呟く。

 ガゼフは忘れないうちに護衛兵に報酬の内容を伝える。

 これ以上、彼を残していても良くない気がした。

 確かにアインズ・ウール・ゴウンの様々な情報提供には感謝しているが、あまりにも内容が異常すぎる。少し冷却期間が必要だと思った。

「……ラキュース。あなたは良いお友達でした。お幸せに」

 去り往く友人を祝福するような微笑で言った。

「!?」

 とどめの一撃とも言えるラナーの言葉にラキュースは言葉も無かった。

「王よ。婚礼パーティの準備をしなければ」

「まずはヤントラ殿の身なりをなんとかしなければな」

 都合のいい時だけ結束する貴族達にレエブンは呆れかえってものが言えない。

 とはいえ、やはりヤントラはラキュースをとても気に入っているのは雰囲気で分かった。

 彼女を手に入れて何を企んでいるのだろうか。

 レエブンはそっとラキュースに歩み寄る。

「……この機会を利用して彼の情報を得て欲しい」

「……うう」

「……女性のあなたには死ぬよりも辛い事かもしれないが……、今はとにかく情報がほしいのだ。それに彼はもう一人の女性のパートナーを欲しているじゃないか」

 他人事だと思って、とレエブン侯を睨みつける。

 今日のラキュースの中では一番恐ろしい顔をしていた。

「とどめとして、子供は三百人くらいほしいですね。……とか言わないですよ」

 言ってるけどな、とイビルアイ達は苦笑した。

「あ、あまりアインドラ殿を攻撃しないで下さい」

 今にも床にひれ伏して号泣しそうなラキュースの背中をさする。

 『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』はもはや床に落ちたままぴくりとも動かない。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 実際のところヤントラは困っていた。

 計画がいきなりご破算になる未来しか見えないので。

 色々と更に考えてみたが、やはりたどり着く答えは一点に集約されそうだ。

 それならば多少は女性でも手に入れて気分を変えたい。

 貴族達もよく誘導されている。それはそれで別にどうでもいいことだが、ラキュースという女性は本当に魅力的だ。これが一目ぼれなのかもしれない。

 ラナー王女も素敵ではあるが、自分は戦う女性が好きだ。

 家に閉じ込めておく気はないが、とにかく彼女の家を拠点として手に入れたい。

 もう実力もだいたい分かった。あとはチームプレイに期待するしかない。

 他にも謎なアイテムがあるかもしれないが、それはヤントラにとってはどうでもいい。いや、少しだけ興味はあるけど、手に入れたいとは思わない。

 人様のものを無理に奪うわけには行かない。多少は触らせてもらいたいものだ。呪われた武具以外は。

 折角、冒険者の登録が終わったのに続けられなくなると思うと、つまらないものだ。

 敵対プレイヤーも居ないようだし、今日のところは何所に泊まろうか。

 またさっきの戦士に案内してもらうことになるのかな。

 検問とか面倒くさい。

 プレートは真っ二つにされるし、災難続きだ。

 胸の内でヤントラは何度もため息をつく。

 蒼の薔薇。実力派ぞろいなのは分かった。

 アダマンタイト級というだけあって良い装備をしている。普通の戦士とは雲泥(うんでい)の差だろう。

 その装備はどうやって手に入れたのだろうか。

 オーダーメードなのだろうか。

 どういう物質で作られているのか、少し興味がある。

 手持ちの武器でも破壊できそうな印象だが、一点ものなら我慢しよう。もったいないから。

 ラキュースのような魔剣も欲しかった。こういう一点ものもいずれは持ちたいな。

 鑑定とかさせてくれるかな。

 ヤントラが色々と思考している内にガゼフが貨幣の詰まった袋を持ってきた。

「残りは責任を持ってカルネ村に運んでおこう」

「戦闘メイドが居ると思いますが、戦わない方法を選んでください」

「うむ」

 レエブン侯の説得が思いのほか続いているようだ。

 あっさり結論が出るとは思っていない。

 この後の予定は彼女の家を把握すること。婚姻とかは実は二の次だ。

 だが、せっかく一人の女性が自分の人生を選択するのだ。少し興味がある。

 それにしても王女はともかく、貴族は薄情だ。

 これでは国も荒れるなと思う。

 城下町の治安もきっと悪いだろう。

「何か企んでいるな」

 思案している時に双子が興味深げにのぞき見ていた。

「よいパーティだなと思ってたところ」

 おそらく彼女たちは情報収集の為ならば自分を捨てられる人種だ。ただ、ラキュースは貴族令嬢のようで踏ん切りがつかないのだろう。

 だが、既に運命は動いている。

 引き返せないのだ。

「鬼ボスをよろしく」

「鬼リーダー、意外と家庭的」

 謎の仮面のイビルアイは顔だけ向けてきた。ガガーランも腕を組んで立ち尽くしている。

 よく無骨な鎧で腕を組めるものだと少し驚いた。

 意外と柔らかい素材なのだろうか。

 蒼の薔薇のメンバーの装備品を一つ一つ確かめる。

 女性的とはいえ、魔法的な補助がかかっているのだろう。

 軽装で戦い抜くのは腕に自身が無ければ難しい。

 ラキュースも重厚ではない鎧だ。

 ナザリック地下大墳墓に攻めるような事態になれば腕の骨折などかすり傷だと思うくらいのあらゆる絶望が待っている。

 ここで散らせるには惜しい。

 もう一人の方は見つかった時に考えよう。

 アインズが世界征服に出るまではまだ少しかかるだろうから。

 そうなってしまえば、もうこの世界を楽しめないだろう。

 あるのはつまらない蹂躙劇。

 結果が分かってるゲームを遊ぶ気にはなれはしない。

 いっそあらゆる陵辱(りょうじょく)に走ることもあるかもしれない。

 四肢を切り落として吊るして観賞。

 本当に狂人になってしまえたら楽かもしれない。

 だが、自分は人間種。異形種の特性が受け付けられない。

 色々と楽しみたいのにうまくいかないものだ。

 他の国にも行きたい。

 世界地図に記載されていない先の世界に行ってみたい。

 どうしてあいつが一緒なんだろう。

 ろくでもないことが始まるだけだ。

 彼らの設定された性格が全て忠実に再現される地獄絵図。

 坂道から転がり落ちる未来しか無い。

 その先にあるのが、きっと私の嫌いな執着地点だろう。

 

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