※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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N-2 無い袖は振れない

 あくる日にはアインズから当たり前のように怒られるわけだが、言えなかったことを言ってくれた分は理解してくれたようだ。

「メイド達に言われると恥ずかしいじゃないか」

「我慢するのは良くないと思ってな。賢い支配者と賢い振(・)り(・)を(・)す(・)る(・)支配者では大違いだ。しっかりと勉強した方が今後の活動にも役立つだろう。それこそ一人だけ世界に残ったりしないためにも」

「……無い胃を小さくするような事を……」

 ギュウっと締め付けられる未来。

 とにかく、メイド達に勉強時間をもらったのだからしっかりと頑張らねばならない。

 語学の後で忘れかけていた国の未来について、こちらは巨大図書室(アッシュールバニパル)で話し合う事になっていた。

 せっかく特設会場を用意したのだから使わなければ勿体ない。

「聞かれて困る話題は無いと思うが……。始めようか」

 議事録の執筆は司書長が行(おこな)う。

 分からない事は各種死の大魔法使い(エルダーリッチ)達が引き受ける形となる。

 立会人はアルベドとアウラとデミウルゴスとセバス。

 マーレとコキュートスは不在。全員が立ち会う必要は無いし、外の警戒も解くわけにはいかなかった。

「……公開処刑みたいだな」

「脅迫するつもりは無い。……お抱えメイドは連れてこなかったんだな」

 そうアインズは言ったがヤントラが保身でメイドを連れてくる確率は低いと予想していた。

 確かに呼ぶ前の雰囲気では一触即発ではあったかもしれない。

 アーグランド評議国との橋渡しを実現してくれた礼もしなければならないだろう。

 こちらはアルベド達がナザリックに常駐しているので仕方がない。不可抗力だ。

 むしろ聞かれて困るのはアインズ側だったらどうしよう、という不安がある。

 メイドの話しから個人的な人格に関わりそうな話しは三割と見込んでいる。

 他のギルドメンバーが居たとしても会議はしていただろう。予行演習としては申し分ない相手だ。

 現時点で支配者はアインズ、という図式だから他のメンバーを下に見るかもしれない。

 少なくとも支配者よりは下だろう。その辺りはアルベド達はどう思っているのだろうか。

 一度は見放したと思って見向きもしないのでは困るな。

「……ま、まずはなんだろうな。アンデッドの活用から聞こうか。確か労働力をアンデッドにすると税収入が得られない……、だったか」

「得られないだろう」

 はっきりとヤントラは言い切った。既に答えは出ている、といった風に聞こえる。

「……なんで? アンデッドを活用したビジネスとして成立しないのか?」

「しないな。前提条件は世界征服……。言い方は悪いが全てを統治したとしようか。自分の国となったのに貨幣を使うのは、そもそも何故だ? 他国という概念が無いのに」

「はぁ!?」

 アインズは声を上げたがアルベドとデミウルゴスは納得したようだった。

「仰るとおりですね。そもそも自国で貨幣を融通するのはナンセンスです」

「ですが、労働力がアンデッドであれば国民はどうなるのですか?」

 と、部下が尋ねる。

「知らん。それは国王アインズが考えるんだろう? アンデッドビジネスの欠点は働く事だ」

「働く事? 当たり前のように聞こえますが……」

 アインズは言葉が出てこなかったのでアルベドに任せた。

「労働に見合った収入を撤廃する。それが平和な統治だ。誰かが富を多く持てば争いになる。全てを平等にする事を共産主義という。これは一見、素晴らしいもののように感じるが……」

「素晴らしいだろう」

 と、アインズは声に出した。

「ああ……、働かないものも平等に扱う、という事になってしまいますね」

「そうだ。強制労働を否定するならアンデッド以外は怠惰な生活をさせればいい。いっそ教育もなくしてな。最終的には生者そのものが邪魔になってくる。与えた命令だけ聞くアンデッドだけ労働させていけばいい。そこに貨幣だの面倒くさいシステムは綺麗に消えていくだろう」

「おお、自然淘汰(とうた)ですね。確かにおっしゃる通りです」

「えっ?」

 なにその『しぜんとうた』って、とアインズは疑問に思った。

 つまり最終的に誰も居なくなる、と言いたいのだろうか。どうして、そうなるのかまでアインズには想像出来なかった。

「国民にそもそも貨幣を与える必要性は皆無ですよね。支配者であられるアインズ様を崇(あが)めていればいいのですから」

「……しかし、国民をないがしろにしては国として崩壊の危機に陥るのではありませんか?」

 厳(いかめ)しい顔でセバスは言った。

「そういう国を作ろうとしているんだよ。平和は一時(いっとき)だ。反乱を恐れるようになっていくだろう」

「そうですね。徐々に厄介な者はアンデッドに挿げ替えていった方が静かになるでしょう」

「そうすると国民が居なくなっちゃうよね? それはアインズ様も困るんじゃない?」

「そ、そうだぞ。国民を幸せにする国にするのに居なくなってどうする」

「居ない方が反乱は確実に消えるぞ。税収入が足りない、と腹を立てることも無い。目の届く部下だけに全てを任せられる」

「おぅ……」

 信頼厚い部下ならば世界の運営は任せられるだろう。

 他人が居ない方が気にする案件も減って安心感が増す。

 反論できない。

「だ、だが税はどうなる?」

「無くしちゃえば? 金があるからトラブルが生まれるんだし。便利な魔法を駆使すれば少なくともアウラ達は食べるものに困らない」

「……いや、そうなんだが……」

 金貨を得る手段が減ってしまうのは将来的に不味い気がする。

 いや、それはそれで良い手なのか。

 でも、やはり悪い気がする。

「アウラ達の相手(恋人など)を見つけなければならない。ルプスレギナ達だって男を欲しがる女性だ。恋人の居ない世界では困るだろう」

 その困る世界をアインズは作ろうとしている。

「他国が無くなればアンデッドを貸し出して収入を得るのは不毛ですわね。ですが、金貨を得るのに必要だからこそビジネスは存続すべきなのでは?」

「そ、そうだ」

「なら、全てを統治する事をやめればいい。一定の国土で満足すれば、それはそれで色々と話しは変わってくる」

「国土は否定されないのですね?」

 デミウルゴスの言葉にヤントラは頷く。

 ナザリック地下大墳墓の建国はヤントラも肯定していた。

 国として成立すれば地下に隠れる必要が無いから。

「アンデッドを大型重機という特別な活用に限定すればまた違ってくる。お前がやろうとするのは全ての労働をアンデッドにやらせようとした事だ。だから、税収入は無い、と言ったんだ」

「全て……。全てとは……」

「確かに働かずに済む世界を作ろうとはおっしゃいましたが、税収入が得られないのは失念しておりました」

「なるほど。ビジネスも程度が必要なのですね」

 部下はヤントラの言葉を理解している。

 アインズは自分が考えた発想がとんでもない失策だったのではと思い、無い胃が痛む。

 アンデッドなので余程の事が無い限り回復してしまう精神構造なのでチクチクと色んな物が堆積する。

「ということは国民にも労働は必要という事になります」

「怠惰な生活は堕落しか生まない。運動は必要だろう。生物は同じ姿勢を取り続けると床擦れを起こす。飲食不要のアンデッドだけになれば作物も不要になる」

「金貨を得るのに作物は必要だとうかがいました」

「国民が何も食べなければ問題は無いな」

「はい」

 ヤントラの言葉にアルベドは納得したのか、素直に返事した。

「国民にだって食べ物は必要だろう」

「『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』を支給すればいいのでは?」

 二の句が告げない。

 あれをしようとすれば、これが不要になる。これをやればあれが問題になる。

 一つずつ問題をつぶしていけば国民不要論に行き着いてしまう。

 アインズとしてはそれは少し困る。

 みんなと仲良くなる幸せな国を作ろうとしているのに、誰も居なくなってしまう。

 働かなくていい。というのは幸せな事ではないのか。

「なら、国民に娯楽を与えたら良いんだろう」

「ずっと遊べるかね? ここにはゲームと呼べるものはカードゲームくらいだろう?」

「………」

 電子的なゲームは無い。

 ましてテレビも無い。

 無ければ作ればいい。どうやって、という問題が生まれる。

「『ミイラ取りがミイラになる』って教えたのに……」

 儲(もう)け話しに食いついて大失敗するこ(・)と(・)わ(・)ざ(・)だ。

 アインズはどうも気付かないようだ。こういう自分の考えが素晴らしいと信じている者は盲目的で厄介だ。

 なぜ、駄目なのかは失敗してから気付くタイプだ。

「素直な疑問なのですが……。バスパ様はアインズ様を貶めたい気持ちがおありなのですか?」

「まさか。いくら性格的に合わないとしても悪い結果は見たくないだけだよ。これが他のメンバーなら素直に聞くんだろうよ、きっと」

「う……」

 確かに他のメンバーのダメ出しならば聞きそうだ、とアインズは納得する。

「漠然としたイメージで世界征服は素晴らしいと思っているんだろうけれど、実際は色々と問題を抱えているものだ。八欲王のように欲にまみれて互いに殺しあう結果になったりするし。……まあ、これはツアーさんから聞いた話しではあるけど」

「では、ビジネスとしてアンデッドは有益なのでしょうか?」

「小さい範囲では可能だろう。貿易相手国とか大型建設でもしているところには」

「征服は抜きにして……。魔導国の収入源として活用できることはあるのだな?」

「貿易するのが基本だろうから、何を売るかで決まってくるだろう」

 魔導国の売りはアンデッド以外は未定。

 エ・ランテルにあるのは墓地だ。

 カッツェ平野は冒険者の資金源のようだが、これからどうなるのかは不明。

「鍛冶師や図書館を活用したり、第九階層の風呂を活用したり。色々と決まっていくんだろう」

「全否定されて心が折れるかと思ったぞ」

「ロマンはロマンでしかないぞ。理想と現実は結構、離れているものだ」

「アンデッドは引き続き活用法を検討するとして……。国民を幸せにする方法で良い案はあるか?」

「お前の国なんだから統治者が考えろ」

「分かっている。案だ、案」

 言っている事は正論だが今は何にでもすがりたい気持ちがあった。

 国としての運営に自信は無い。

 貨幣制度についても今のまま継続する事になるのだが、将来的には新しい金貨を用意しなければならないのだろうか。

 ユグドラシル金貨は魔法の媒体などで消費されてしまうので使えない。

 資源的にも金貨に使える金属は限られてくるだろう。

「治安維持という観点で言えば圧倒的なシモベの存在で犯罪率も低いだろう。それはシモベを打倒する者が居ないからだ。それでもいずれは法律を逆手に取る者は現れるだろう。既得権益とか。魔導国が後ろ盾なのでお前ら俺たちに逆らう気か。という輩が出ないとも限らない」

「……なるほど……。悪党の存在もあるな。国民だからとてやっていい事と悪い事の区別は……」

 どこにでも小悪党というものは居る。

 それは確か『虎の威を借る狐』というこ(・)と(・)わ(・)ざ(・)だったはずだ。そんな輩が現れるのは必然かもしれない。

 魔導国を逆手に利用されるのは面白くない。

「うちの国に限って、という考えは危険か……。難しいな、国民の意を汲む、というのは」

「なら、そんな下等生物は皆殺しが手っ取り早いだろう?」

「……そこに行き着くのか……。それは避けたいところだ」

 デミウルゴスが素晴らしい、と言おうと思ったところをアインズの言葉で止められた。

「良い統治者になるのが目的だ。それは変えたくないな」

「光りがあれば闇があるのは必定です。アインズ様に逆らう者は我等がすぐに排除いたします」

「それはその時だ。今は自国民の幸せを議論したい」

「生きているだけで幸せ以上の幸福を与える必要は無いかと」

 デミウルゴスの言葉にアインズは思わず呻く。

 そうくるか、と。

 支配者としては間違っていないかもしれないのだが、無駄に生きているだけでは人生が無駄になってしまう。

 息をするだけの肉の塊は要らない。

「どうにもお前達は力ずくが好きなのだな。戦闘が得意なお前達を不自由させているのは心苦しい。後で闘技場で歯ごたえのあるモンスターと戦ってもらおう。それでストレスを発散させるが良い」

「あ、アインズ様? 私達はアインズ様の命であれば我(が)を捨てて取り組む所存にございます」

「何かお気に召さない所がありましたでしょうか?」

「いやいや。人材には適材適所というものがあると思ってな。アウラもアルベド達と同じ気持ちか?」

「下等な国民に幸せを分け与えるところが分かりません。アインズ様に頭(こうべ)を垂れるのは義務かと……。ですが、それはアインズ様の本意ではない、ような気がして……。混乱しております」

 アルベド。デミウルゴス。アウラと平伏して発言していく。

「頭ごなしに平伏させたいとは思わん。確かに国民に慕われる統治者にはなりたい。だが、強引な手法では反乱を生む。中々に難しい問題だ。逆に簡単であればやりがいは感じないだろう。竜王(ドラゴンロード)のように平和より弱肉強食の世界。それでいて国を見事に治めている。ああいうケースも国民にとっては幸せの形のひとつかもしれん。……というか評議国の国民がどんな暮らしか見に行かねばな」

 推測でものを言って実際に言ったらとんでもないところだったら困るな。

 どんな国なんだろうか、評議国は。

 亜人の冒険者が居るくらいだから国としてはちゃんと運営しているのだろう。

「話しを戻すが……。労働力をアンデッドにするとして国民は何で収入を得る? 払う金が無ければアンデッドはレンタル出来ないぞ」

「……そうだった……」

 元もとの資産で、と言っても増えなければ減るだけだ。

 では、国民の資産をどう増やすのか。

 国民が働くしかない。当たり前だが、無職では賃金は貰えない。

 都市の中に浮浪者を増やす結果になりそうだ。

「監視の目が届かないほど国を大きくすれば汚職が生まれるかも知れん。……だが、全てを監視しては幸せな国とはいえんな」

 色々と言われたが検討の余地はあるようだ。

 全部ダメと言われては折れる心が無くなってしまうだろう。

「冒険者組合もどうにかしなければならないんだった」

「頑張れ、支配者」

「ううっ。それよりお前の方は月をどうするつもりなんだ?」

「人の住める環境にするさ。太陽の光りをもろに受けるから厳しい開発になるだろうな」

 月は一つの通過点だ。

 だが、そこから先に進める自信はヤントラには無かった。

 飽きっぽい病が現れたら危険だ。

 意欲が一番の特効薬のようだ。

 色々と下準備は整えなければならないだろう。

「色々と問題点があるようだが……。魔導国はこのまま進める。その後で一つ一つ検討を重ねて改善していこう」

「地道な努力は報われるぞ、きっと」

「うむ。では、アルベド。デミウルゴス。私を支えてくれよ」

「仰せのままに」

「畏まりました」

「アウラは引き続き、森林開発だが……。それぞれ敵はまだ隠れているやもしれん。警戒は怠るな」

 それぞれ平伏していく。

 一部は下がらせ、セバスと数名の死の大魔法使い(エルダーリッチ)は残った。

「話しは変わるが……。体調は悪いのか?」

「悪そうだ。身体が透けたりはしていないようだがな。アバターの設定と世界の齟齬でもかち合ったのかな」

 急な睡魔というよりは脱力感が襲う。

 それこそ自分の意思では抗えない。

 複製の身体のような感じなのかもしれない。

「案外、私は複製で本物は遥か上空でほくそ笑んでいたりしてね」

「……それは信じたくないな」

 セバスの目からも偽物とは思えない。

 受け答えに違和感も無い。

 ヤントラはアイテムボックスに手を入れる。だが、複製も実はアイテムボックスからアイテムを取り出せる。ただし、本物とは共有していない。

「今すぐどうこうなるものではないなら、個人レッスンは引き続き、出来るのだな?」

「やらないと賢くて格好いい支配者アインズ様をメイド達が拝めないからね」

「……昔からムカつくと思っていたが好きにはなれんな、貴様は」

「ありがとう。私も骸骨の友達は勘弁願いたい」

「言ってろ、バカ。ゴホン、四時間とはいえ王国語はまだ不安だな」

「私も時間はかかったさ。一年くらい頑張ればいいんじゃないか。帝国語は未だになれないが、ある程度の文章は分かるようになった」

 一年。もっと手っ取り早く習得したいが仕方が無い。

 楽して覚えられたら苦労はしていない。

「国の運営とか帝王学とか聞かれても困るからな」

「分かっている」

 経済学を今日は聞いたような気がした。

 国家運営をしないヤントラにあれこれ聞く方もどうかしているのだろう。

 

 アンデッドビジネスは素晴らしいと思っていたのだが他国があってこそ成り立つ商売では征服など出来ない。

 貨幣も自国で完結するなら不要かもしれないと思ってしまう。

 仮に国民に貨幣を配給してもアンデッドビジネスは成り立つようで儲けが増えない。

 当たり前だが、増やさなければいけない。絶対量が決まっている経済は意味の無いゲームのようだ。

 はっきり言えば無駄な行為かもしれない。

 働かなくても幸せですよ、というのは結局は理想論だ。

 現実の厳しさは胃にダメージを与えてくる。

 税収入を得るには国民を働かせるしかないし、貿易も行(おこな)わなければならない。

 そもそも税は何に使うべきなのか。もちろん、ナザリック地下大墳墓の維持管理などだ。

 金貨を量産する方法が確立すれば安泰。と簡単に考えていたのが間違いだったのだろう。

 ヤントラの方法はとんでもないのだが、作物の大量生産は必要だろう。

 育てて増やせるものだから。

 鉱物資源はいずれ無くなる。再生成はされないものだ、普通は。

 最初の数年は様子を見ながら国家運営に励み、アンデッドの使用に関しても議論は重ねていかなければならないだろう。

 敵ばかりに構っていられない。

 ヤントラとの会談は終わったとしても個人レッスンは引き続き行(おこな)われる。

 懸案だった事柄は部下にも検討させておくが改めて国家運営の難しさを目の当たりにした気分だった。

 それはヤントラの責任ではない。

 そういう道を選んだ自分の責任だ。

「共用語がたまたま王国語なのだろう」

 竜王国は帝国語を参考に作られているらしい。なので帝国語が理解できればドラウディロンと手紙のやり取りも可能である。

 聖王国ことローブル聖王国は外交手段が亜人達に断たれているが人間の国である。

 幾人かの冒険者が使者として向かう事があり、外界と断絶しているわけではないらしい。

「真面目に勉強を教わってばかりでは悪いだろう。報酬はやはり要らないのか? さすがに女体モンスターはそれほど用意できないが……」

 妖精系は居ないし、非実体では困るだろう。あと、アンデッド。

 精霊で女体は他にも居たかな、ナザリックに、とアインズは呟いた。

「じゃあ、世界級(ワールド)アイテムを……」

「ダメ」

「ちぇ」

 言うと思った。だが、それは冗談だろう。

 本気でない証拠にすぐに諦めた。

 世界級(ワールド)アイテムを持っていても使い道が無い。強欲と無欲の貸与くらいは考えてもいいかもしれない。

「ダメもとで……。訓練での増強を七十台半ばまで許可してほしいな。全員は国家が混乱するから数十人というところだ。帝国の学生を定期的に幾人か第七位階くらいは……」

 具体的なものが本命だろう。

 アインズはため息をつく。

 秘密裏に進めることも出来るのにあえて言うところは憎めない。

 雑魚ばかり氾濫しても仕方が無いし、弱い冒険者ばかりでは将来が暗いだろう。

 同盟国である帝国からも、そんな要請があったような気がする。

 訓練施設があるのに活用しないのはもったいない。

 蜥蜴人(リザードマン)の訓練は何のためにさせていたのだろうか。

 ハムスケに武技を学ばせていた事も忘れかけていた。

 こちらはこちらで法律以外にも仕事や頼み事が山積していた。

 デミウルゴスにもアルベドにも出来る事は限られている。

 なるほど。

 こんな状態で世界を征服しようと考える支配者は愚か者かもしれない。

 バカにされるかもしれないぞ、アインズ様。

 まあ、自分なんだけど。と、アインズは頭を痛める。

 精神的ダメージの蓄積は簡単には癒せない。

 勉強が終われば風呂で気分をすっきりさせよう。

「七十レベルがそこかしこに居るのか……。把握できる数ならば……」

 極端に帝国騎士全員だとすれば強大な国家となるだろう。

 当然、王国側も同程度は用意するかもしれない。

 他人事として見る分には期待してしまいそうになる。その刃がナザリックに向かなければ、だが。

「……混沌とするかもな」

 階層守護者と七十レベルの民兵では少し手ごわい程度だろう。

 国の為に強くなるのであってナザリックを滅ぼす理由というのは極論過ぎる。

 敵を作らない為には魔法禁止という法律を作るのが良いのかもしれない。

 ヤントラが訓練せずとも帝国魔法省が育成に本腰を入れれば脅威は大して変わらない。

「帝国に関わることはすぐには結論が出せん。検討はしておこう」

 確実性が高いのは生徒と帝国四騎士だ。

 自慢の騎士が弱いのは帝国としても格好がつかないだろう。

 全ての国を傘下に収めたら訓練はどうすべきだろうか。

 それも考えなければならない。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 アインズと個人レッスンしながら『万魔殿(パンデモニウム)』の製作は続けている。

 かなりの大きさがあるけれど今回は五層目に取り掛かる。

 最終的に何層になるのかは不明。

 層が多ければ横の強度は増す。縦は太い柱と厚い仕切り壁などで支えればいい。

 正三角形の外壁はそれ自体が結構な強度になる。

 想像していたよりも大きいのは仕方が無い。

 問題は一層だけの吹き抜け状態は不味い、というところだ。

 複数の部屋は必要で自重の圧力を軽減しなければならない。

 金貨の部屋も複数用意し、安定させる必要がある。

 先に外壁を作ってもいいのか迷うところだ。

「普通は中から作っていきますけどね。三層目……。五層目に入りましたか……」

 高さが一キロメートルで二十メートルごとの階層なら単純計算で五十層は必要だ。

 床の厚さなどを加えるともっと減る。

 住居スペースなどを加えると百層も軽くかかるのでは、という。

「早く一面だけでも取り掛からないとフェルトとシリカで部屋が埋まってしまう」

 シリカの板と接着剤の在庫はかなり揃ってきている。

 ンフィーレアも工事内容は見学したくてたまらない。

 気圧の関係で短時間しか居られないようだが、見ごたえのある様相になっているだろう。

 魔導国に縮小版があるけれど巨大建築は興味をそそられる。

 床下はおよそ二メートルの厚さ。物置にもできる空間を作り、配管も通せる。

 補強に絶縁。色々と建築技術を駆使しなければならない。

 窓も一定数は用意できた。

 遮光装置もシズの助言を受けて製作している。

 戦闘メイドではあるけれど宇宙に期待を持つ人物だ。

 代わりにエントマは食料として人間を貰おうとする。

 音も無く背中に張り付いたり、蜘蛛女(アラクネ)の背中に乗ったり、自由気ままな性格のようだ。

「そうだ、粘体(スライム)をまとえば……」

「粘体(スライム)?」

「粘体(スライム)に包まれて気圧管理してもらえればいいんじゃないか? 気持ち悪さに我慢出来るなら」

 粘体(スライム)は人間を溶かす事ができる意外と危険なモンスターだ。

 物理攻撃はほぼ通用しないし、武器を劣化させる溶液を体内に持つと言われている。

「管理を間違えると危ないですよね」

「そうだね。味方であれば心強いぞ」

「あの黒いのじゃないですよね?」

「あれは……、危険だ。ソリュシャン型があるけど、青い粘体(スライム)がいいか?」

 ソリュシャンというと金髪の女性で人間を見る目がきつい。

 見た目は人間だが粘体(スライム)系モンスター。

「青い粘体(スライム)がいいです」

 『蒼玉の粘体(サファイア・スライム)』は掃除係として見かけているし、触れた事もある。

 物理的な攻撃力が高いとか。

 その粘体(スライム)を実際に身体にまとわりつかせた。

「服は着たままでいいよ」

「生きたまま溶かされるのは嫌ですよ」

「攻撃魔法は使わないように」

 大人しくしていると全身が粘体(スライム)に包まれていく。

 最後に頭部。こちらは耳と目を守りつつ口と鼻に入っていく。

「空気の管理をするけど、苦しいのは最初だけ。ゆっくりと呼吸をしてごらん」

 ズルリと喉の奥に入り込む気持ち悪さがあったけれど、言われた通りに呼吸をしようと務めた。

 肺が潰れないようにする為らしい。

 最初なので慣れない。というか粘体(スライム)をこんな風に使うのは聞いた事が無い。

 ヤントラの側に居ると新しい発見が多い。

 落ち着いたところで手足が露出される。

 粘体(スライム)をまとったままだとベタベタして気持ち悪いし、作業に支障が出る。

「粘体(スライム)は分裂で増えるからエロいことは這いずり回るくらいだよ」

「……何となくそうだと思いました」

「呼吸や気圧関係は粘体(スライム)が守るから、たぶん大丈夫だ」

「……どんとこいです」

 力強く言えないのは排泄行為は垂れ流しではないか、ということだ。

 掃除用だから仕方が無いのだが慣れなければいけないんだろう。

 視界の隅に自分の排泄物が漂う光景は見たくないな、とンフィーレアは思った。

 長期間、空に滞在する上で排泄や廃棄はとても重要になってくる。

 この程度で根を上げては宇宙とやらには行けないだろう。

 二人はメイドの『上位転移(グレーター・テレポーテーション)』によって『万魔殿(パンデモニウム)』に移動する。

「……うわー……。前見たよりも綺麗だ」

 整然と並ぶ金属板。

 作りかけの柱に上に作られた階層。

 階段は作られていないようだが、多くのメイド達が作業を行(おこな)っていた。

 金属板はとにかく数が多い。

「あっ、呼吸は楽ですね。うん、問題なく呼吸できます」

「よし。では、移動しようか。目新しいことは無い。広大な床を設置しているので手一杯だ」

 一番広い床は既に終わっているとはいえ、ここが本当に上空なのか信じられないほどだ。

 下の階層に行きたいと言っても今は床下に穴が空いている場所は少ない。

 所々は解呪を利用して床下収納などを設置しているようだ。

 『永続化(パーマネンシー)』を解くので無駄なコストとなっている。

 一発で設置する事は無謀かもしれない。だから、試行錯誤しながら無難な方法を選んでいる。

 今のところは設計図通りに作業は進んでいる。

「細かくしたのは失敗だっただろうか……。いや、最終的には色んな物を置くから……」

 ンフィーレアは設計図を見ながら調査し始める。

 床下収納の厚さも設計どおり。

 下の階層に降りたり、上の階層に登ったりした。

「個人で作る施設ではありませんね」

「だろうね。一軒家が精々だろう」

「素晴らしい。でも、あまり常駐できないのが残念です」

 粘体(スライム)をまとっても資材搬入に設置に、と。

「常駐するには粘体(スライム)に慣れてもらわないと……」

「そうですね。ヌルヌル好きには……、僕も悪に染まってきたかな」

「使い方によっては体内を綺麗にしてくれるよ。水圧調整が出来れば深海にも潜れる、かもしれない」

「相当な覚悟は必要でしょうね。……ああ、でも呼吸は楽ですね。慣れか……」

 広くて資材以外は置いていない床は見晴らしがいい。

 外壁で囲まれれば多くの職人を入れることが出来る。

 ただ、念のために極端に重いものは『懸架(サスペンション)』が必要だ。

 ンフィーレアは最下層に顔を向ける。

 現在はロープが目安として下げられているだけで下はシーツのみ。

 それでも結構な高さがある。

 天辺から最下層までおよそ千七百メートル強。

 設計図では分からない実際の高さはもっとあった。

「八十層は必要だと……。どれだけ時間がかかるのやら」

 普通の常識なら十年かかっても納得する。

 ンフィーレアの見立てでは五年以内には出来上がりそうだ。もちろん、やる気を出す必要はある。

 これが地上の建築物ならまだ常識的だが、ここは高度五千メートルくらいと言われている。そんな超高度で建設する人間はヤントラだけだろう。

 まずどうやって来るんだ、と。

「魔法の神秘ってこういう時に驚かされますね」

「うん。私も驚いているよ」

「宇宙は無理でも浮遊建築は可能なので最後まで作りましょう。……落ちない事を祈って」

「最後までやりきる事は大事だろう。余程の欠陥でも発覚しない限り」

「設計士によれば設計図どおりなら問題は無い筈です。空気の薄いところでの作業は経験が無いので何が起きるか……。大雑把ですが設計通り、大きな変更は今のところはありませんよね?」

「無い。気になるのは菜園が作れるかだ」

「ホーローの浴槽は竜(ドラゴン)で実証されたのですから、それは大丈夫かと。移動の際にこぼれないかが問題ですが」

「頼れる助手が居るとありがたい。エロい事は別だがな」

「どうしようもありませんね、ヤントラさんは」

「あっはっはー。イビルアイにここを見せたらまた怒るかな?」

「さすがに怒らないと思います。更に巨大化したら分かりませんけど……。あのロープが基準ですよね?」

 真っ直ぐに延ばされたロープ。それは大まかな形にそれぞれ張り巡らせてある。

 高さの基準なので都合により変更が加えられる。

 形が正八面体。地上で作りにくい造形なので浮かべるしかない。

 これだけ巨大だと影が出来て都市を暗くしてしまう。

「引き算が出来るとしても出来る限り負担を軽くしたいと……」

 ンフィーレアは製作途中の柱に向かう。

 各所に太い柱が建てられるのだが中は密にできない。代わりに無数の配管が通されたりする。重さの分散は設計士によるもの。

 もちろん自重に潰れないように硬い金属が使われる。

「膨大な資源の無駄遣いだな。失敗するのが怖い」

「そうですね。国家予算は超えている気がします」

 中心部は一番大事なので厚さはもう少しあった方がいいだろう、という変更点により追加工事が進行中。

 それと末端は脆いので外壁を厚くする事も検討されていた。

 重さを気にせず作れたら楽だが、そうはいかないのが工事の難しさ。

 中央は巨大な柱、兼上下移動のための階段とする予定だ。もちろん、他の場所にも階段は作られる。

 数十人のメイドがそれぞれ作業に当たっている。

「問題は『万魔殿(パンデモニウム)』を作って終わりではなく、月に施設を設置しなければならない。相手は真空。難題は去ってはいない」

「そうですね」

「折角だから、もう一つ『万魔殿(パンデモニウム)』を作って空中帝国を作り上げる。という手もある。数百年は製作で遊べそうだ」

「退屈しないかもしれませんが、気の遠くなる話しです。研究はそれくらいが丁度いいのかもしれませんね」

「寿命が気になるなら若返ってみるかね? 将来の話しだが……」

「エンリが許してくれれば……」

「先の話しだし、絶望に落ちるかもしれないから、夢として」

「はい。夢は大きい方がいいです」

 しばらく辺りを散策し、異常が無いか確認して施設に戻る。

 粘体(スライム)から解放された後は急な胸の痛みは無く、頭痛も無い。

「よし、無事だな」

「はい」

「吐血するほど酷い状態にはならないけど、深呼吸しても大丈夫なら良し」

 ヤントラは大きな羊皮紙をンフィーレアに渡す。

 複数の羊皮紙をつなぎ合わせた大規模設計用。

「重心が偏ってはいけないし、追加分も考えると最初は……こんなとこかな。いくつか階層を抜いた状態にすれば木々も……。根の問題が残ってますね」

 小さな設計図では描けない細かい部分まで描ける巨大羊皮紙。

 飛行(フライ)が必要な場合はメイドが運ぶ。

「根はアダマンタイトは抜けないだろうから専用の浴槽型が必要ですね。植え替え用でなければ将来的には危険かと」

「うん」

 根の管理もしなければならないのは大変だ。

 森祭司(ドルイド)により、一般的な樹木の根の長さを色々と調査している。一定部分は切り落としても問題は無い。

 普通の作物は特に問題なし。

「想像を超える大きさでびっくりしました。よく浮いてますよね」

「徹底的に重さを無くしているし、停止状態だからね。魔法ってスゲー」

「凄いって言うか……。桁違いですよ。違いすぎます」

 作った本人も驚くほどだ。

「コストの掛からない魔法ばかりだと楽に世界を壊しそうだ。制限があるものは意外とありがたい事もあるよ」

「そうですね」

「第一位階魔法で大規模破壊魔法が使えたら困る」

「……確実に困ります」

 必要な材料をンフィーレアに書かせて、設計なども任せた。

 多重階層の安定化は必須。

 魔法に頼る部分は多いけれど不測の事態に対応する事はとても大事だ。

 特定の場所を解呪されても迅速に対応できるように計画する。それもンフィーレアに任された仕事だ。もちろん、一人で考えるのは大変なので後で設計士と協議することになる。

 粘体(スライム)を身に付けることを許容すれば現場の視察もヤントラは許可した。

 二十人分の粘体(スライム)を用意し、命令を与えておく。

「命令の出し方はこの羊皮紙に書いておいた。お供のメイドも数名。エンリは良いとしても子供は危険かもしれない。気をつけてね」

「はい」

「今更なのだが……。私はリイジーに何をさせようとして若くしたんだっけ? 何か目的があったような気がするのだが……」

「……本当に今更ですね。それは僕にも分かりませんよ」

「何か大事な事があったような……」

 自分で作業する事が多かったので他人の事はあまり記憶に残らないのかな、と思った。

 とにかく、設計は引き続きンフィーレアに任せて個人レッスン用の資料をまとめ、金貨の残量を確認しておく。

 金属板用の素材確認。

 封印されている部屋の確認と続く。

 

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