ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
気がつけば年末に差し掛かっていた。
培養室は
「はい。アインズ様はお勉強はしなくていいんですよ~」
「そうか」
ナザリック地下大墳墓第九階層のアインズの私室にて。
「私達が働きますから~。余計な知恵はつけなくていいんです。ただ座って返事だけして下さい」
「分かった」
支配者として風格のある姿勢で佇むアインズ。
机の目の前に部下は居ない。ただ、側にヤントラが居るのみだ。
「いや~、アインズ様が何もしないお陰で好き勝手出来て最高だぜ。さすがはアインズ様。って言っておけば二つ返事でなんでも許してくれる」
聞いているアインズは出来るだけ冷静さを保とうとしていたが我慢には限界がある。
だが、怒るに怒れない。
今やっているのは部下に対する支配者としての立ち位置だ。
これが『実際』の事だとしても言う通りにする場面に覚えがある。
「そこまで酷い部下が居るとは思えないのだが……」
「居ては困るだろう。確実にギルドメンバーはよいしょ、しそうだがな」
顔色をうかがうという点では納得しそうだ。
いい顔したい気持ちがあるから。
中立を保とうとすれば色んな齟齬が生まれるものだ。
「つけたくない免疫だな」
「老人というか乳幼児だな。支配者に責任を押し付けて好き放題に行動するのが、よくあるパターンというやつだ。他人に責任を押し付けるのは種族問わず、なのかもしれない」
「う~む」
言い返せないから唸るしかない。
言い訳ばかりしていた自分にとっては仕方が無いのかもしれない。
責任という言葉が嫌いなところもあるし。
連帯責任や賠償うんぬんも。
「メイドに忘れろ、ばかり言っているとおかしな事になるぞ」
「例えば?」
今は部下の目が無いからか、色々と質問が出るようになっていた。
「大事な場面で何も答えてくれなくなる。忘れろと言ったから、本当に記憶から消去したり……」
「思い出してほしい時の弊害か……。それは……、不味いな」
『悪用方法』やこの先の国家運営においてヤントラはアインズに色々と指導していた。
良い支配者になるのは結構だが、丸投げして世界を潰さないように、と。
自分に何が起きるかわからないから、遺書代わりとして伝えている。
不測の事態に言い訳で逃げる事に限界を感じていたのでアインズも真面目に質疑応答していた。ただ、部下の前では格好がつかないから個人レッスンになっている。
王国語の方は何度かの
文字もだいぶメモを見ずに書けるまでになった。
一年以上かけたヤントラの苦労は身を持って知った。
これは短期間で出来る事ではない。
壁に貼られたたくさんの例文。
努力の結晶は自慢したいのだが部下には見せられない恥ずかしさがある。
支配者という肩書きが無ければもう少し楽になっていたかもしれない。
「貴族の対応はラキュースがすると思うのだが……。私は貴族らしい暮らしはしてこなかったな……」
「冒険者だったし、変な施設作ってたものな」
ラキュースとの特訓は部下の前でも出来る。文字を読むのとは違う。
部下にも知ってもらわないと困るからだ。
新しく大貴族入りした者達の情報なども得られるし、対応を協議する上では役に立つ。
その時は司書長達にメモを書かせる事で済む。
支配者は身振り手振りで覚えればいい。
国王になった今は平伏しなくて済むが嫌味は言われるかもしれない。
国王と皇帝は軽々しい発言はしないのだが、若い貴族は血気盛んなところがある。
部下より先にキレる自信がある支配者アインズ。
「あと一時間か……。免疫の特訓はここまでにして語学の特訓だ」
「よろしくお願いします」
部下に語学を学ばせたとしても公式の場で書類の交換などをする時、文章が書けない事が露呈すると色々と困る。
後で書いておきます。部下に書かせます。という言い訳が通じない場面が出るからだ。
下手でも書く。
地道に練習することは大事だ。
書物や妻から借りた誓約書の写しなどの文章を対訳で教えていく。
翻訳の弊害が途中で出るかもしれないが、それは仕方が無いと諦める。
執務室の外ではメイド達が心配そうに待っている。
恥ずかしがらなければ中に入れたいところだ。
アインズの見栄の犠牲者とも言える。
「手元だけ仕切り壁を作って一緒に勉強するのはどうだろうか。メイドに教えるという名目で……」
「横に並ぶとな……」
アインズとてなんとかしたい気持ちはある。
勉強机に座る姿を見せるのは恥ずかしい。
こういうことが無ければメイドを心配させないのだが。
あと、縦やナナメに座ればいい、というわけにはいかない。
たぶん、チラチラとメイドはアインズに心配の眼差しを向けてくるだろう。それはそれで勉強に集中できなくなる。
「アインズ様は文字を書かないで下さい。……介護老人になる日も近いな」
「……それは嫌だな」
分かってはいる。
なんでも部下任せにすれば痴呆と変わらないことは。
冒険者モモンのように自分で色々と体験して知る喜びを味わいたいと思っている。
かといって冒険者モモンになったとしてもナザリック地下大墳墓の部下達は承知しているから無駄な行為だ。
パンドラズ・アクターでメイドを挟み込み、どちらが本物か分からなくする、という案が浮かんだ。しかし、今度はメイドではなくパンドラズ・アクターがどんなオーバーリアクションするのか気になって集中できなくなるかもしれない。
ユリは冷静だが、それはそれで何か怖い。
シズは何か書くごとに小さく『あっ』とか言いそうで気が散る予感がする。
エントマは多分ずっと何かを食べているだろう。
ルプスレギナは教室の中を走り回るタイプだ。退屈な空気に耐えられるとは思えないし、卑猥な言葉を教えろと言い出すかもしれない。
ナーベラルは舌打ちが聞こえそう。
ソリュシャンは無言でメイドを脅しそうだ。
「……ロクな奴が居ない……」
全メイドを集結させると一斉に視線がアインズに集まりそうで恐ろしい。
「……ひぃ……」
「妄想するのは勝手だが……、覚悟は決めろよ。出来るだけ協力してやるから」
「おう……。後は覚悟だけか」
「私が強引にやるっていう手もある。いっそ、アインズにメイド服を着せた方が羞恥心が吹き飛ぶんじゃないか」
「お前も吹き飛ぶだろうな」
アインズの脳裏にふざけんな、クソ野郎という文字が大きく浮かんだ。
だが、それくらいのことがあればメイドと一緒に勉強するのはむしろ平気になるかもしれない。
恥ずかしい案だが、有効的なのは小憎たらしい。というか、色々と考えてくれるのに否定ばかりするのは情けない。
メイド服は着ないがな、と強く思った。
約束の時間になり、部屋を出る。アインズの私室は複数の部屋があり寝室もあれば衣装を変えるドレスルームもある。
それらの部屋を出たところにはメイドと不可視化している
無事に男の子が生まれましたよ、と言いそうになるような雰囲気だ。
ここはいつから産婦人科になったのだろうと。
ゲシュタルト崩壊の弊害かと思った。
毎回のことのはずなのにメイド達は涙を浮かべるような顔だ。
四時間は長いのかもしれないが、こればかりは我慢してもらわないと。
「とても難しい手術でした」
「こら」
メイドに妙な事を口走った直後に後ろから殴られる。
「アインズ様!」
「メイド達よ。大層なことは無いから、あまり心配するな」
「音が全く聞こえないので……」
「防音が完璧なら問題は無いな……。極秘会談で情報が漏れたら警備の意味が無いだろう」
「……はい」
軽く殴ってはいるのだがヤントラには結構なダメージが加わるようだ。
骨が直接当たるからかもしれない。
「執務室はさすがに極秘会談用だけど……。メイド達と同席できるような案は提示してきたよ」
「ありがとうございます」
ヤントラの言葉にお礼を言うメイド。
メイド達は同席を希望しているのは理解した。
それはそれで決断を迫られる事態なので唸ってしまう。
「候補としてはアインズ当番なのだが……。君達があまりにもかっこいい支配者を望むから、変な格好を見せられなくて困っているぞ」
「へ、変な格好ですか!?」
「普通の椅子に座る姿とか。地味な服装の姿とか、じゃないかな?」
「それは……、変ではなく地味では?」
「お召し物が汚れていなければアインズ様は地味でもカジュアルだと……」
「カジュアルなお召し物は確かに休日などを過ごされるには相応しいかと存じます」
アインズはカジュアルってなんだっけ、と首を傾げた。
言葉の雰囲気では普通の服っぽい。
ヤントラは壁の近くに椅子を置いて、その椅子にアインズを座らせておく。
「見てごらん。今のアインズは本人は変な格好だと思っている。みんなも同じかい?」
「アインズ様が変な格好なら変なんでしょう」
「おい!」
すぐさまアインズは否定しようとした。
支配者が白いものを黒と言えば部下は黒と答えるのが当たり前。そういう風潮があるのかもしれない。
自分の意見を通すなら当たり前の反応だろう。
「やはり支配者の一言が大きいようですよ、アインズ様」
「ううっ……。それほどとは……」
「今の状態だとメイド達に恥ずかしい姿を見られるから、部屋にこもってしまうかもしれない。メイド諸君。かっこいい姿以外は見たくない、という場合はまた部屋に引っ込んでしまうよ」
「ひぇ~」
「あわわ。ど、どど……、どうすればいいでしょうか」
酷い例えだがメイドには効果があるようだ。
そういう意地悪はアインズは苦手だ。特に部下に対しては。
胸の内ではメイド達に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「部屋にこもる時間、ああいうアインズというか……。ん~、支配者に自然体になる時間を与えてくれないか?」
「しぜんたい? 変な格好のアインズ様ってことですか?」
「奇抜な格好はしないと思うけどね」
「しない!」
はっきりと否定するアインズ。と、声に驚くメイド達。
「えーと、息抜きしている姿を否定したり笑ったりしないようにってことでしょうか?」
笑う気か、とアインズは唸りつつ思った。
たまに凄い事を言うメイドには驚かされる。
「仮にパジャマを着るとしよう、アインズが」
「はい」
「その姿を笑うかい? あはは、アインズ様がパジャマ着てる~、変なの~、と」
ムカつく言い方だが我慢するアインズ。
「アインズ様が自らお持ちの服を……。今の感じでは嘲笑と思いますが、そのような事で笑う、というかバカにするメイドは一人もおりません」
毅然とした言葉に他のメイドも頷いた。
「だが、それを知らないアインズは嘲笑されるのではと心配しているようだが?」
そう言うとメイド全員の顔が青くなる。
「わ、我々はアインズ様を嘲笑など致しません!」
平伏しながらメイド達は言った。
「あ、ああ、良いのだ。私は少し思い込みが……」
「そのようなご心配をおかけする価値は我々にはありません。至高の御方々に生かされる事こそが我々の至上の喜びにございます」
「あ……うん」
「親の心、子知らず。子の心、親知らず。いい言葉だな」
「……言葉に出すと残酷な物もあるのだな」
言わずに怯えたりするのも不健康なのだろう。
メイド達の気持ちを知ることも支配者にとっては大事なことだ。
それからメイド達は意外と賢いのも驚いた。
命令に従う従順さがあると思っていた。きちんと善し悪しがわかる所は
「仮にだ。アインズが全身泥まみれとしよう。本人は豪華絢爛の服を着ていると思い込んでいる。この場合はどうする?」
「………」
メイド全員が顔を青くして沈黙した。
アインズは
「あ……はっ、あははっ、あっははは。あはは!」
「あれれ~! 私には何も見えませんっ!」
「ひゃひゃっ!」
メイド達はそれぞれ笑いながら涙を浮かべてあらぬ方向に顔を向ける。
つまり、アインズよりも愚かな自分を演出しようとしたのだろう。
自分こそが最も愚か者ならば支配者が侮辱されずに済むのでは、と考えたのかもしれない。
それこそ誰かに指摘されたらすぐに自害できるように。
愚かな部下に
「……ここでアインズが止めないと。……止まれと命じてみろ」
驚くアインズに小声でヤントラは言った。
確かにどう場を収めたらいいのか分からなかったアインズは言う通りに言ってみた。するとメイド達はそれぞれ止まった。
「最後は支配者の覚悟が決めるようだな。だが、これも大事なことだ」
「そ、そうだな。メイド達よ、楽にするがいい。今のは例えに過ぎない」
そう言うとメイド達は心の底から安心したように姿勢を正して平伏していく。
「今の例えに出たような恥ずかしい支配者にはなりたくないが、堅苦しい時間ばかりでは困るのだ」
「はい」
「その楽にしている時間の姿をお前達に見せるのが……、恥ずかしい。だが、命令に従順なだけではない事が分かって嬉しく思う。笑うなとは言わんが……、嘲笑されるのは……傷つく。メイド達の目にずっとかっこいい私を焼き付けさせるのは重労働だ。本音で言えば息抜きする姿を見せてもいいだろうか、と聞きたい気持ちはある」
「も、もちろんでございます」
「我らの支配者たるアインズ様が過労で倒れられては一大事!」
「アンデッドだから疲労はしない。とはいえ気持ち的には疲れは感じるものだ」
メイド達は深く頭を倒す。というか一人は確実に床に額を打ち付けただろう。
「ここに居ないメイドにも同じ事を言うはめになるので、今の言葉は共有していい。その方が楽だ」
と、ヤントラは言った。
「はっ」
アインズに顔を向けるヤントラ。
これが言えないアインズは少し哀れだと思ったが仕方がない。
それがアインズの個性なのだから。
「次から試験的にアインズ当番と二人で……、執務室はさすがに不味いので、こちら側の部屋で始めようか」
「いつまでもこそこそしているのは精神的に辛いな。隠し事ばかり溜めては息が詰まるだろう」
「このお部屋で秘密の会談……でしょうか?」
「言うなれば語学の勉強だ。新しい国の言葉は勉強しなければならない。魔法に頼るのは危ないという意味合いもある」
「お勉強……」
「メイド達は支配者が勉強など恥ずかしい姿だと思うか?」
アインズが言うとメイド達は激しく首を横に振る。
いくら
「常に戦略を立てられるアインズ様はかっこいいと思います」
「読書は気持ちを落ち着けます。それを恥ずかしいだなどと……」
「言っておくが『あいうえお』や『足し算』が出来ない、ってわけじゃないからな。王国語や帝国語は我々の使っている文字とは違うから覚えなおす必要がある」
「はい」
「一から王国語を覚えなおすのだぞ。メイドにとってはどういう心境なのだ? 参考までに正直に教えてくれ」
「は、はい。おそれながら、発言いたします。言語の仕様が変更された場合、それが自動的ではなく手動での変更を余儀なくされた場合は仕方がありません。そして、それを
メイドの言葉とは思えない真面目な意見にアインズは素直に驚いた。
「そ、そうなのだ。手動でな。……手動って言葉は適切か?」
「雰囲気は間違っていない」
ヤントラは頷きながら言った。
「ただ、メイド諸君。自動的な仕様変更は危険だ」
「な、何故でございましょうか」
「正しいという確証が無い。地道な勉学は信用に足りるものがある。便利なものに頼りすぎるのは不測の事態に対処しにくくなるおそれがある」
「た、確かに……」
「ですが……。不便を良しとするのですか?」
「便利なものは不安を増大させる。本当に正しいのか、と疑問に思った時、確かめるすべはあるのかと」
「そ、そうですね。確かめるのは難しいかと……」
「だからこそ、地道な勉強が必要なのですね」
「私が習得している魔法も地道に増やしたものだ。やはり努力は大事だろう」
一つ一つをメイドに説明するのは恥ずかしいが解決すると気分的に楽になる。
全否定しないところが特に。
「アインズ当番となると四十一日ごととなって効率が悪いか……。三人か五人はまとまった方がいいのか」
「メイド達に覚えさせる利点はあるのか?」
「日本語を悟られない」
「なるほど」
すんなりとアインズは納得した。
未知の敵に対処するならメイド達のメモの内容は見られない方がいいだろう。
王国語が共用語なら隠しやすい。
「さて、メイド諸君。君たちを椅子に座らせるだけでは可哀相だ。君達用の教材を用意しておこう」
「きょう、ざい?」
「何所まで連れて行かれるか知らないが、いざという時にメモする事があるだろう。そこで日本語を書かれてはまずい事態があるかもしれない」
「は、はい」
「……お膳立ては済んだぞ、アインズ。しっかり頑張ろうな」
「……ギルドメンバーの何人かが居ればお前と同じ事をしたのかもな」
「どうだろう。……少なくとも文化は壊さないかもしれないな」
「それはそうだろうな。特に自然とか」
メイドを一人ずつ立たせて怪我をしたものは治癒をかけていく。
普通は床などで勝手にダメージは受けないのだが忠誠心がありえない事態を引き起こしているようだ。
呼びかけに指定された返事しかしないのが普通。
ユグドラシルというゲームの中では血の通った対応が出来るのはプレイヤーだけだった。
改めてヤントラは自らのアバターも結構影響を受けていると自覚する。
それが七割近い最適化であっても信じるだろう。
次の日から改善されるかと言えばまだ無理と答える。
一日で四十一人分の教材は出来ない。
イビルアイ達に時間のある時に王国語の例文などを用意してもらい、ラキュースに子供の教材の調達を打診する。
貴族のしきたりなどは教材としても適しているので。
帝国と竜王国、今回はアーグランド評議国にも手紙を送り文化の教材をお願いしてみた。
武器の謝礼金として。物騒なことは無し、という事で帝国と竜王国にもなんらかの謝礼は用意すると書いておいた。
スレイン法国はクレマンティーヌの話しでは人間の味方とは言え信仰心のない者には厳しく、安易に交流は持たないらしい。
それでも同盟国は存在する。だからといって同盟国側の要望に素直に聞くとは思えない。
人類の守り手というプライドが物凄く高いらしいので。
「学校でも作る気か?」
イビルアイは疑問に思っていたので尋ねてみた。
「いい案ですが、今の世界情勢では少し大変そうですね」
「砂漠の方に置いている化け物は忘れていないだろうな?」
「日陰に移動させているので大丈夫だと思います。あそこで暴れるとスレイン法国が動くかも」
一体でも暴れれば大騒ぎになるだろう。
今のところは噂にも出て来ないようだから大人しくしているか、隠されているのだろう。
石鹸は即席では出来ないものらしく、活動しない日が出来てしまう。
「人間を襲うようには命令されていませんから。食事不要ですし」
「
「人を不安にさせるモンスターではありますけどね。狂気を与えるモンスターも居ます。邪神系は特に厄介なものが多いので」
もっととんでもないモンスターが存在する。
四大邪神『
レベルは当然90を超えるだろう。
モンスターとしてのステータスなので100を超えていても不思議は無い。
ワールドエネミー以外にもイベントボスが存在し、一般プレイヤーのイベント進行によって出会う特別なモンスターも居る。
吸血鬼の神祖『
「一人で倒せ、とは言いませんよ。イビルアイは充分に強い人です」
「せめて足止めくらいできるほどに強ければ、と……」
「普通は五体も出てきませんからね。対処できなくても恥ではありませんよ」
運が良くて二体が限界。
そういうモンスターだ。
イビルアイを慰めて、資料をまとめていく。
インクの製造に関しても勉強している。
古くから製造方法は伝わっているのだが、農村などでは炭を使うのが主流。
羊皮紙も家畜から独自に作る者でも居ない限りは布などを利用する。
後は木の板だろうか。
鉄のサビ、タンニンなどの化学反応がどうたらと難しい事があるのだが創作系のスキルで全てを台無しにするだろう。
大抵は最初からありました、で終わってしまう。
錬金術が発達しているので不思議な事はあまりないのかもしれない。
気がつけば四年目に突入していた。
アインズと生徒の日替わりメイドと共に勉強の毎日。終われば『
石鹸の第一陣が完成し、フェルト製作が再開されたりしていた。
最初の頃は様々なイベントがあり一年間を有意義に消費できたが、終われば新たな目標探しで一日が速い速度で失われる。
アイテムが出来るのに時間がかかるのも原因だ。
一瞬では完成しない。
個人レッスンの一部はメイドに非公開だが、それは我慢してもらっている。
支配者の側に居られる時間が増えて嬉しそうな顔にアインズは苦笑する。
最終目標としては法律書を読み込むことだ。これが読めたら大抵の文章は問題がないだろう。
ヤントラも殆ど理解できない難解な言い回しのオンパレードだ。
法律の抜け穴をあえて作る貴族の陰謀も少しは入っているだろう。
ラキュースがいくつか理解し易いように内容を記したメモを用意した。
「アインズ様、バカ正直にこんなものを読んでも徒労でございます。読むだけが目的であるなら仕方がありませんが……」
「王国の人間……、貴族であるラキュースでもそう思うのか?」
「はい。法律は改定の繰り返しです。基本的な部分をしっかり覚えていれば細かい部分は法律家に任せても良いでしょう」
法律書を丸暗記できる人間は恐らくは存在しない。良くて七割だという。
難しい試験が存在するのだが、完璧に全文を書け、と言われて書けるのは人生を棒に振る者くらいという。
例外を挙げれば記憶力に自身のある異形種くらいだろう。タレントや記憶力がズバ抜けて優れている者ならばありえない事ではない。
内容を理解出来るかと言われると無理ではないかと思われる。
「あえて難解にし、理解を拒絶するものが混じるので。いわゆるどちらの解釈にも取れる厄介なものです」
「ああ……、そういうのもあるのか」
ラキュースは真面目だが分かり易く解説していく。
メイドはまだ文字と簡単な文章の書き取りで手一杯だった。
四十一人全員を並べているわけではないので。
「中には誤植もあります」
「だろうな」
外に出ている部下に文章を教えなくていいのか、ラキュースは疑問に思った。
部下達は記憶力に優れているので口頭で覚えさせている。問題は覚える気があるのか、という点がある。
書面の約束事はアインズが精査した物以外は出来る限り認めない事にしている。
それこそアインズ様にお伺いを立てなくては、という事態を生ませている。
小さな範囲まで及ぶと書類の束に押し潰されてしまうので特定の分野に限定して様子を見ている。
改訂作業のようなものだ。その時々で対応を柔軟に変化させるという意味で。
「いつもイビルアイを借りていたのだが、大いに助かった。冒険者は引退したそうだが……、やめることは無かったのではないか?」
「モンスター退治はモンスター退治で割り切っておりますから。依頼があれば剣を握ります。それ以外は国に携わる仕事に専念したいと思いまして」
「我々のような厄介なモンスターが現れて済まなかったな」
「いいえ。過ぎた事でございます。戦争は戦争です。……あの巨大モンスターはさすがに驚かされましたが……。
「仔山羊はあれで可愛いのだがな。召喚モンスターは主に従順だから、そう思うのかもしれん」
五体も出てくるとは思わなかったが。
異様な存在感を持つモンスターはかっこいいものだ、とアインズは思っている。
それがたとえアンデッドであっても。
基本的にモンスターはだいたい好きなアインズ。
嫌いなモンスターが実はあまり居ない。
居るとしても思い浮かばないくらい少ないかもしれない、という。
「この世界に居る全てのモンスターは私のもの、というわけではない。異形種という身であるから話し合いは難しいのだろうけれど……」
「そうですね。当時の六大貴族の殆どは否定的な者達ばかりですから。レエブン侯くらいではないでしょうか」
「あの者は平和主義者のようだな。他が強硬派ならどうしようもないな」
聞けば陰謀を企ててもおかしくない二つ名を持っていたそうだが、子供が生まれてからは優しい父親になったのだとか。
権力よりも大切なものが出来た、ということだろう。
アインズはそれを下らないとは言わない。
大切な家族を守る事を否定してはナザリック地下大墳墓の存在意義が疑われる。
強引な手法ならば今頃は他国を脅迫してもおかしくないだろう。
敵性プレイヤーが居ないからといって調子に乗れば失態を犯す。
油断大敵という言葉がある。
同盟関係を強化し、折を見て国を取る。
アンデッドの時は長い。
有限な寿命を持つ部下の為に出来る事は模索する。特に
トブの大森林で国を興した種族の捜索は続けられている。
スレイン法国が皆殺しにしていた証拠が発覚すれば責める事もいとわない。
アウラ達の調査では
同じ人間種とも争う国のあり方は疑問を感じる。
我らの教えに従わないものは全て敵、ということがあるのかもしれない。
特殊な武器の一部は彼らの手による。それらが世の中に出回っている。
良いものは高額だ。
帝国もスレイン法国も利用しているところを見ると顧客には事欠かないようだ。