※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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N-13 確実に死んでくれ

 あくる日、個人レッスンを終えた後で第九階層に向かったヤントラはメイド達に囲まれる。しかも、側にはアインズが居た。

 メイドに聞かれても大丈夫そうな話題だと判断した上での事だが、念のためにアウラとマーレとプレイアデスとセバスも同席させた。

 冒険者モモンの仕事は午後から向かう予定なので、それぞれ次の仕事までに時間が合ったから、という理由で集められた。

「メイド達は食事なり、食べてていいぞ」

「そ、そんな……」

「今は自由時間だ。遠慮はするな。二人でひっそりと会談するのは可哀相だと思ったのだがな」

「アインズ様が許可してくださったのです。それぞれ食事に入って構いませんよ」

 セバスの言葉にもメイド達は困惑する。

「私は階層守護者としか話しをしないと思っているのか? あまり堅苦しく考えるな。今は私が許可を出しているのだから。それでもダメなら、どうすればいいかな?」

「食事ができない者は黙って座っていればいいのでは?」

「アインズ様の前でぺちゃくちゃするのは恐れ多いって思っているのかも」

「賑やかなものは嫌いではないぞ。もちろん、重要な会議の場で飲み食いされるのは困るのだが……。ここは憩いの場だ。特別な場合が無い限り、楽にしていいのだぞ」

 というか、話しが進まない。

 いつも以上に優しく言っているのだが、メイドは顔を青くしている。

 アインズ当番は比較的、平気そうな顔に見えた。こちらはメモ要員という仕事なので食事などしなくていいと思っているのかもしれない。

 第九階層は階層守護者とアインズの寝室がある。緊張するほどのことはないと思う。

 特別な場合が無い限り、大浴場にメイドを連れて行かない。代わりに八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は着いてくる。

「では、それぞれ食事は自己判断で行(おこな)うが良い。私がアンデッドだからと遠慮する事は無いぞ。お前達が飢える姿は見たくないからな」

「あ、ありがとうございます」

「せめて飲み物くらいは用意しておけ」

 ユリ・アルファから現場に居る全てのメイドに通達が言い渡される。

 それでも席を立つものは少ない。

 上に立つ者はつらいな、とアインズは思った。

 それらのやりとりを口を挟まずにヤントラは眺めていた。

「年が明けて嫌な話しを聞くことになるわけだが……。あくまで素直な感想だけ聞かせてくれ」

「ここ数年の思い出話しとかか?」

「長そうだから遠慮しておく」

 ばっさりとアインズは言った。

「今まではたっち・みーの存在があったから平気だったのかもしれん。もし、お前が敵対ギルドの一員だったら……。このナザリック地下大墳墓に対してどういう思いを感じる? 急な事だから答えられない事もあるだろう。素直な感想でいい」

 もし、本当の意味で敵であったなら、ヤントラはどういう行動に出ていただろうか。

 人間の国に味方してナザリックの者達を討伐しに来るだろうか。

 アインズの頭では安易な討伐しか浮かばなかった。

「……ソロプレイヤーに聞かれてもな……。難しいな……」

 周り全て敵。孤高の戦士。

 無理して他のプレイヤーを倒す必要は無いけれど、PKなどもあるので。

 実際にヤントラはギルドメンバーと結構戦っている。決して倒しきらないけれど。

「それ程他のギルドと仲良くなった事は無いけど……。どうだったんだろうな。ゲームはゲームとして割り切っていた。あんまり恨みは引きずらない方だと思う」

 アインズは引きずる方かもしれない。

 結構、根に持つところは自覚している。

「仮にアインズ・ウール・ゴウンと知らなければ討伐イベントだと思って襲いに行くかもしれないな。珍しいアイテムを求めて」

 アイテム類目当てなら不思議は無い。

 高レベルモンスターが居るダンジョンなのだから期待はするだろうな。アインズ本人も捜索はするだろう。

 そして、大きな戦争に発展する。

 それ自体は特に問題は無い。

 ダンジョンの主としてはたまったものではないけれど、来る敵は迎撃する。

 至極当然の成り行きになるだろう。

 そこに怨恨は発生しない。

「討伐イベントか……。対象が自分でなければ私も同じ道を選ぶかもしれない。では、ギルド拠点ならどうだ?」

 ただのダンジョンではなくプレイヤーの拠点ではどうだろうか。

 そもそもソロプレイヤーがギルド拠点を襲うのはワールドチャンピオンか上の上プレイヤーくらいの実力が無ければ無理な話しだ。

「……う~ん」

 腕を組んで唸るヤントラ。

 それもそのはず、既に二つのギルド拠点を襲ったようなものだから。

 一つは確実に陥落している。もう一つは機を見て再確認する予定だった。

「ギルド拠点だと判明しているところは……、人員にもよるな……」

 野盗ばかりであれば襲いに行くかもしれない。

「浮遊都市は確実にターゲットに入っているし」

 アウラ達は自らの武器に手をかける。

 部下達の動きを察知したアインズが手で制する。

「今ならお抱えメイドが居る。あれらを動員する手はあるだろう」

「……つまらんな」

「つまらないのか?」

 ヤントラは両手を突き出したり、手を握ったり開いたりする。

「攻略しているっていう実感が無い。やれ、の一言で済む。アイテムを集めても自分で装備して戦うわけじゃない。収集したところで見せる相手が居ないと虚しいものだ」

「前にも聞いたな」

「せめてペロロンチーノだ。あいつなら大喜びだ。集めたかいがあるって実感できそうだ」

「……うん、まあ、変態仲間としては正しいな」

 狂喜乱舞する仲間の姿が目に浮かぶ。

 この世界なら俺の欲望が、とか騒ぎ出すんだろうな。

 ぶくぶく茶釜が居ればペロロンチーノの暴走はある程度は抑制できるだろうけれど、色んな修羅場が起きそうだ。

 魔法をなんてことに使ってんの、と。逆にむしろやらせろ、とか言い出し兼ねない所はあるだろうな。

 仲間が居ればヤントラは確実に味方で居てくれるだろう。敵対する風景が浮かばない。

 現実でも付き合いのある仲間がたっち・みーを含めて六人居ると聞いていた。

 ウルベルトと武人建御雷と弐式炎雷。

 タブラ・スマラグディナともう一人。

 候補が多いから忘れてしまった。

 森妖精(エルフ)と闇妖精(ダークエルフ)の二人組みは除外するとして。

 ゲーム内で仲が良いのも居るから最後の一人は思い浮かばないな。

 ペロロンチーノとぶくぶく茶釜。やまいこ。餡ころもっちもち。

 少し考えていたら以前はやまいこが候補に挙がったんだっけ、と思い出す。

 全盛期のアインズ・ウール・ゴウンだからこそ外部の者とも接点が持てたのかもしれない。

 時が流れてメンバーが諸事情で引退する頃にはヤントラもログインしなくなった。

 正確には出来なかったのかもしれない。

 ユグドラシルが終わりに近づく頃に週に一回程度、顔を出してくる。

 参加プレイヤーが少なくなった頃を狙ったのか、一通りのイベントを支障なくこなしていったらしい。

「最後までギルドには加入しなかったんだな」

「そうなるな。こちらの都合で活動しにくい、という理由もある」

 こちらの都合というのは現実のヤントラの状態だろう。

「まあ……、そうだろうな」

 唸りつつアインズはヤントラの言葉を整理していく。

 そもそも論で言えば自分の知るヤントラはアインズ・ウール・ゴウンに恨みはないはずだ。

 下位ギルドならいざ知らず。

 変な向上心が無いから中途半端で妥協出来る。

 人間種は寿命からは逃れられない。

 何らかの方法で不死化しても世界征服しない者が何の目的で生活していくのだろうか。

「……うむ……」

 長考が続くアインズにメイド達やアウラ達が心配になってくる。

「犯人説では埒が明かないな……。お前が単独でナザリックに敵対する場合はどういう行動に出る?」

 遠回しよりストレートに聞くことも戦略の手だと思った。

「カルネ村が出発点とするなら……。さあ、どうするのかな……」

 急に聞かれても答えられない。

 最初から思考をやり直すようなものだから。

「普通に都市に行って色々と聞く。冒険者ギルドを見つけて仕事内容の確認。あとは日々の生活費を稼ぐだろう」

 という話しだとナザリックに敵対するまでが長くかかりそうだ。

 いきなり世界に君臨するわけではないから、それはそれで仕方がないだろう。

 世界にアインズ・ウール・ゴウンの噂が広がるのは意外と時間がかかっていた気がする。

 まして、冒険者モモンとして活動を始めてからアインズ・ウール・ゴウンの噂は殆ど聞かなかった。

 ガゼフが王に伝えた筈なのだが、冒険者ギルドでは一切の名前が出てこなかったと思う。

「少しずつランクを上げて……。今年中には襲う計画が……」

「……なげーよ」

 三年世界を満喫するつもりのようだな。

 冒険者になったら戦争には参加出来ないんだった、とアインズは思い出した。それでは長くかかるはずだ。

 兵士に志願していればまた違ったのかもしれない。

「いや、長く満喫するつもりならば当然か……」

「たくさん悪魔が出て来た、わーい。そこら辺で金級かな」

「遅い」

 地味な活動ならばありえないことはない。というか、確か今は銀級だったはずだ。

 のんびりしているなと呆れてしまった。

 遅い分、気長に冒険している事になる。

「もう三年後にラキュースと出会って恋でも始まるとか、かな……」

 その間に魔導国は同盟国を築き上げてスレイン法国を包囲しているだろう。

 というか三年後なら地域の統一も果たしていたりするかもしれない。

 のんびりとした冒険なら悪用方法も見つけずにモンスターを狩るだけの仕事に従事していたかもしれない。

 世界に君臨し始める魔導国の中で実験と研究はするようになっていただろう。

 フールーダを抱き込んで、魔法の研究。

 治癒魔法の実験によってはデミウルゴスが活気的なアイデアを見つけてくる可能性が高い。

 蜥蜴人(リザードマン)を特訓している頃にパワーレベリングの方法を模索し、デミウルゴスによって効率的になる事も否定できない。

 アルベドは外交で手腕を発揮するだろう。

 その間に自分は座っているだけで何も出来ず、部下の報告を怯えながら待つのだろうか。

 異種交配の件も確かデミウルゴスの発言があったと聞いた覚えがある。

 知らぬ間に危険な状態になっていたりして。

 捕らえた森妖精(エルフ)で、とか。

 思い出すと背筋に冷たいものが滝のように流れ出す。

 ヤントラがのんびり冒険している間、ゆっくりと破滅に向かっていくナザリック地下大墳墓。

 それに帝国やスレイン法国に行くこともありえるし、竜王国ということも。

 女体目当てなら竜王国だろうか。

「……私の方が性急だった、事もありえるか……」

 既に性急ではあるのだろう。

 ものの一年で建国。その後は国の土台作りと法律の制定に一年以上はかかっただろうか。

 下水と基礎の工事は手抜きが出来ないから仕方がない。

 それでも実際には早いのだろう。

 アダマンタイト級の冒険者になるのに飛び級などして、なったのだから。かなり卑怯な方法で。

 百年毎のプレイヤー襲来が事実だとすれば今の時代に居る確率はあまり高くない。

 絶対に居る保証がないからだ。

 居てもヤントラ一人ということもありえるし。

 居たところでアインズ・ウール・ゴウンと戦争するだろうか。

 想定すればキリが無い。

 たった一人の敵に怯えても仕方が無い。

 これから人間の味方をつけたとしても戦争に発展するには色々と準備が必要だろう。

 竜王国に行った場合は向こうで何やら戦争をしているらしい。でも、こっちには関係ないか、と思うかもしれない。

 敵対プレイヤーが自分達の近くに居ないと騒乱の種にならない確率が高くなる。

 スレイン法国なら秘密部隊に入る、という手があるだろう。

 アインズはため息をつく。

 自分はヤントラを敵として処分したいのか、味方にしたいのか。

 嫌いな奴を殺す理由探しをしているような気がする。

 これがたっち・みーに知られれば軽蔑されるだろう。

 ウルベルト達とも親交の厚いヤントラを亡き者にした場合はかなりのリスクを払うことになるかもしれない。

 仲間との親交がなければ別に気兼ねなどしない。普通に敵なら殺せばいい。

 言い逃れとして他人に責任を押し付けたら確実に世界は支配どころではなくなるかもしれない。

 王国の人口を思い浮かべ、それら全てが死に絶えると世界征服などしている場合ではなく、生き残りを延々と探して処分する日々が続きそうだ。

 それにたっち・みー達は攻撃において最強の者達ばかり。敵に回せない。

 相変わらずPKされて灰になったらしいです、というのが最善かもしれない。

 プレイヤーは灰にならないよ、と言われるかもしれない。

 数回の殺害は許してくれるかもしれないが、完全に敵対する事はデメリットだらけだ。

 アイテムを欲しがらない点が唯一の救いとも言える。少し例外はあるだろうけれど。

「力による世界征服でもないかぎり敵にはなりそうにないか……」

 悪魔の討伐は不可抗力として、王国の依頼でも無い限り冒険者である限りにおいて敵対する理由は生まれない。

 不幸な遭遇戦から敵対する事はありえるだろう。その時まではおそらくお互い大人しく過ごせる。

 長考の続くアインズに対してヤントラは黙って様子を見ていた。

 声をかけようとするメイドに静かにするよう無言の合図も送る。

「……敵対理由を見つけるのは難しいようだな……」

 ヤントラを殺すためだけに各国を滅ぼすわけには行かない。

 それはそれで理不尽な理由だ。

 せっかく出来た友達を殺すなんて、もったいない。

 味方が多いと賑やかで楽しい。情報漏洩という点では多すぎても困るけれど。

 ただ殺すだけなら問題は無い。複製を取りやがって、と言えばいい。

 復活させないように蘇生呪文を使う人間を確保しておくとか、色々と手はある。

「うむ。もし、他のプレイヤーが居れば手を組むか?」

「……そうだな。内容によるな。勝手知ったるユグドラシル」

 仮に組んだところでナザリックを攻める理由は生まれるだろうか。

 自分も友達になろうとするかもしれない。

 亜人のプレイヤーだって居る筈だから。

 今は自分がアインズ・ウール・ゴウンだからかつての仲間は不要。

 アルベドよ、始末しておけ。という事があるかもしれない。

 一度は捨てた至高の四十一人。

 引退した仲間を自分はすんなり受け入れるだろうか。

 受け入れたい気持ちはある。

 また一緒に冒険しよう、と。

 元の世界に戻りたい。妻子が居る、と言い出すかもしれない。

 アインズ・ウール・ゴウンしかない自分と待っている家族が居る者とでは考え方が合わないかもしれない。

 敵の倒し方より味方の仲をよくする方が大事ではないだろうか。

 部下達が暴走してはひとたまりもない。

「お前一人に頭を悩ませている場合ではない、ことは分かった」

 この調子では多くの味方にも敵味方の問答をし続ける事になりそうだ。

 一人ひとりを疑っていたらキリが無いし、最終的に味方が居なくなりそうだ。

 少なくともヤントラが月に行けばかなり秘密は守られる。戻ってきそうだが。

 開拓を数年で終えるとは思えないし、すぐに戻っても楽しみは無いのではないだろうか。

 他の星にも行きそうな気配は感じる。

 アインズ・ウール・ゴウンは敵が多すぎる。そういうプレイスタイルだったから仕方が無いけれど。

 ここはユグドラシルではないから妙なこだわりを持っても仕方が無い。

 協力して現状を打破しようと呼びかけることも大事だろう。それには支配者としての姿が障害になりそうだ。

 既に名前は広めてしまった。今更畳む事はできない。

 〈魔法即効(クイックアクシング・)無詠唱(サイレント・マジック・)・時間停止(タイム・ストップ)〉

 だが、即座に解呪された。

 魔法が崩壊する音が周りに響く。

 歴戦の戦士には通用しない事を確認してアインズは苦笑した。

 慌て始めるメイド達。アウラ達も椅子から腰を浮かせていく。

「……当然だな。むしろ安心した」

「どうも」

 魔法が通用しない原因は射程距離にある。

 いくら魔法とて万能ではない。

 持続時間もあれば射程距離や身振りに音声、触媒など。

 時間停止(タイム・ストップ)を永続化(パーマネンシー)すれば恐ろしい事態になるかもしれない。というよりは永続化はしたくないな。こちらから手出しが出来ないわけだし。研究するには万全の体制で臨まないといけない。

 この世界では一部は不可能を可能にしてしまう。ありえないことはない。

 戦争で使用した『黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)』もかなり長い時間が経ってから黒い仔山羊達は退去していった。

 命令すれば即座に退去する事も可能ではあるけれど。

 複製の場合は精神的に繋がっていないせいか、命令しても消えなかった。

「恩をあだで返すようだが……。確実に死んでくれないか?」

「了解」

 二つ返事で答えるヤントラ。

 その顔に恐怖心は無い。

 普通ならムカつく顔だ、と言うところだ。だが、アインズはしばらく眺めてみたが怒りなどは湧いてこなかった。

 自分でも何を言っているんだろうとは思った。

 ヤントラは身につけていたアクセサリーなどを外してアイテムボックスに入れていく。

「メイドさん」

 と、ヤントラは近くに居たメイドを手招きする。

 顔を青くするメイドはアインズを気にしながら向かう。

 タオルや掃除用具を整えるように通達する。

 言いつけられたメイドは他のメイドと共に急いで駆け出していく。

「……これは試練なのだろうな。新たな歴史を歩む為に」

 支配者として仲間は全て殺す。そんな物騒な言葉が浮かんだ。

 実際にはそうならない未来を選びたい。

 今は選びたくない未来を選んだ事による失態を教訓として受け止める儀式だ、と自分に言い聞かせる。

 殺人などゲームではありふれた事だ。

 既に何人も手にかけているし、戦争では多くを殺した。

 アンデッドとなってから人間への愛着も希薄だ。

 仲間を思う心はある。部下を大事に思う心も。

 普通に殴りつけるのは芸が無い。魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだから魔法で決めなければならない。

「〈暗黒孔(ブラックホール)〉」

 ヤントラの胸の辺りに小さな穴が空く。それは肉体にではなく空間に空いた。

 そして、周りの空気を吸い込むのと同時に広がっていく。

 素早くアウラ達と戦闘メイド達に一般メイドを下がらせていく。

 効果範囲は少し広めだが周り全てを巻き込むほどには大きく無い。

「!?」

 多少、椅子やテーブルは巻き込まれるだろう。アインズ当番の持っていたインクの容器が飛ばされて吸い込まれていったが羊皮紙とペンは守った。

 誰一人として叫ばない。それは口を開けると吸い出されるかもしれないと思ったからかもしれない。

 その中にあって身体の前面部分を空間ごと飲み込まれつつあるはずのヤントラは耐えていた。

 無敵の魔法があるならばそれだけ連発すればいい。

 それが出来ないのは弱点や欠点があるからだ。

 アインズが使用した第十位階魔法『暗黒孔(ブラックホール)』は範囲内の存在を削り取りながら別次元に送る。

 転移で逃げるか、効果が消えるまで耐え切るか、すればいい。

 射程距離があるから近づかない、という手もある。若干のタイムラグがあるので動きの鈍い者や魔法の内容を知らない者には有効だが、勘のよい者だと逃げられてしまう。

 あと、追尾はしない。

 持続時間は長くなく数秒程度。

 だが、その数秒でも致命的なダメージは与えられるし、大人一人を消し去る事も可能だ。

 効果が切れた時、ヤントラの削り取られた背骨が少し見える他に上半身は完全に飲み込まれていた。

 残っていた下半身から少し経って血が吹き出したがすぐに収まる。

 数秒しか効果を発揮しないので、いざとなれば部位を切り落として逃げる事もありうる。

 分析している分、アインズは自分の心には余裕があるのだなと苦笑しつつ思った。

 肉体の状況から復活してくる様子はない。

 残っている装備品からも偽物と入れ替わる事は無理だろう。

 自分で確認した中では二度目の死。いや、これが最初のヤントラの死になるのかもしれない。

 砕けていく自分をどう分析しつつ死んだのかは聞ける状況ではないだろう。

 いくつか物品が巻き込まれてしまったがメイド達は無事のようだ。

 インクの容器を失ったメイドは号泣しながら謝ってきたが、すぐに替えを用意するように言いつける。無くなってしまった物は仕方がない。メイドが無事であればいいのだから。

「居なくなったメイドは居ないだろうな?」

 念のために点呼させた。

 巻き込まれたメイドは居ない。アウラ達も無事であることがわかった。

「私の仇敵が死んだようだ。再生の兆候もないな。この場合はどうなのだろうな」

 少しの間、部下達は沈黙した。

 それは黙祷(もくとう)に近い。

 普通ならメイド達やアウラ達が喜ぶところだ。それが無い、ということはヤントラは特別な人間であるという事だろう。

 考えたくない例としては複製を取られた者達だからアインズの行(おこな)った事が分からなくなった、ということもありえる。

 だが、それは杞憂だろう。

「さすがはアインズ様。見事なお手前でございました」

 手を叩くのはナーベラル・ガンマ。その次にルプスレギナ、ユリと続く。

 たっち・みーに創造されたセバス以外が拍手喝采するのに一分もかからなかっただろう。

 さすがは、とまで言うメイドは居たのだが喜びの笑顔は少なかった。うれし泣き、と思われる者は居た。ただ、アインズは違うと思った。

 至高の存在に近しいものが死んで嬉しがる者は本来、居てはならないからだ。

「セバスよ。何か言いたいことがあるなら言ってみろ」

「戦士を侮辱する言葉を持ち合わせておりませんので、この場合は沈黙が正しいかと」

「私の敵であってもか?」

 胸に手を当てて深く頭を倒すセバス。

 罰する気は無いけれど相手に畏敬の念を示す姿は尊重しなければならないだろう。

 デミウルゴスが同席していれば処分だのと言い争いになるかもしれない。

「メイド達よ。装備を外した後は向こうの施設に置いておけ」

「……か、かしこ、まりました……」

 至高の存在に連なる者の死は他の人間の死とは違う意味に取られるのかも知れない。

 メイド達がここまで悲しそうな顔をするのは始めて見るだろう。

 ゲーム時代であればこれほど細かな表情は出来ない。

 数人のメイドが装備を外していく。

 事前に掃除用具を持ってきたメイドが手の空いている者達を呼び、水洗いの準備を整えさせる。

 残った肉片は折角なので保存して色々と独自に調査しようと思い、回収する事にした。

 脳と心臓は壊滅している。

 ここから再生するのは難しいだろう。

 

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