ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
ナザリック地下大墳墓の第九階層にあるアインズの部屋の一室にヤントラは寝かされていた。
普通なら地べたに放置されるべき存在が即席のベッドの上にあった。
既に三日が経過しているにもかかわらず呼びかけに応じず、寝言だけが聞こえる。
入れ替わり立ち代わりに一般メイド達が様子をうかがったり、床ずれの有無の確認をしていく。
警備体制としてはそれ程厳重ではないけれど、日ごろの語学レッスンのお礼として丁重に扱っている。というか、まだ勉強は途中なので起きてくれないと困る。
自力で出来なくは無いが、懇切丁寧な指導と言うものはありがたいと思っている。
数ヶ月も続くようでは強引な手に出なければならないのだが、とりあえずの猶予として二週間待つことにした。
「アイビーか……。私も知らないな」
時々、聞こえてくる名前に心当たりの無い名前が出てくる。大抵はヤントラ自身が『っていうか、お前誰だよ』と言ってくる。
ユグドラシルのプレイヤーは膨大だから、その中で特定の人物を探り当てるのは実は難しい。
余程の有名人でもない限り、印象には残らないものだ。
適当な名前だったりするし。
普通に考えれば自分やメンバーの名前も地味と言われれば地味かもしれない。
特別、かっこいいわけではない。
ぶくぶく茶釜とかペロロンチーノとか。
何かの意味があって付けたんだろうけれど。
ヤントラに関しては殺したプレイヤーの全てを覚えていたら恐怖だ。
どれだけ根に持ってんだよ、こいつと。
さすがに恨みを原動力にしているとは思えないのだが、寝言を聞いているとアンデッドではあるが怖く感じる。
時々、出てくるメンバーの事は安心できる内容なのでほっとしている。
特にウルベルトとは仲は悪くなかったようなので。
特定のメンバーと冒険することがあったのは知っている。
害の無い強さだから、ということもあるのだろうけれど比較的、メンバーはバスパを可愛がっていた。
社会人であるメンバーから色々と話しを聞いて人生経験を積むのが目的だったようだ。
ゲームは二の次と聞いた覚えがある。
確かにゲーム内なら遠くに居る相手と交流が持てるからツールとしては有効だろう。
家庭の悩みや仕事、健康なども普通に話していたし。
プライベートはタブーが多いけれど、それ以外は比較的内容に制限は無かった。
「メイド達よ、無理に起こそうとするな」
「は、はい」
「施設内で異常が無ければ見回りは従来どおり、
「畏まりました」
「第五階層が吹雪でなければお前達を向かわせたいところだが……」
送ったらすぐに死にそうだもんな、とアインズはがっかりする。
寒さ対策の装備をさせれば良いのか、というと弱いメイドにどれだけ装備できるものがあるのか。
出来れば重装備させたいが、おそらくは無理だろう。
居るだけでHPが減るようなところだし、死体等の保管の為に冷気は止められない。
容器の保存は金貨を大量に使うから、手が出せない。
敵視政策を早めに止めればよかったのに、と後悔するアインズ。
共に手を組めば色々と有利に事を進められただろう。
メリットとデメリットで言えば主義のぶつかり合いはデメリットばかりだ。
だが、それが自分の矜持なのだから譲れない事もある。
何でも相手の言い分を飲んでしまうのは支配者と言うかギルドマスターとしての存在意義に関わる、と思う。
「こいつの施設に行って見回りだけと言うのも退屈であろう?」
「い、いいえ。一室とはいえ広大です。特に七の宝物庫は容器を点検するだけで規定の時間いっぱいを使うほどでございます」
「えっ? そんなにかかるの? 五百メートル四方だろう?」
「確かに五百メートル四方でごさいますが……。容器は積層構造なので」
「あー、倍の倍というやつか……。それはそれで大変だろうな。容器が落下しては困るから迂闊に触ったりはするなよ」
「ご心配される価値は我々にはありません、アインズ様」
「バカ者っ!」
と、アインズが怒鳴るとメイドは床に頭を打ちつけるように平伏し、他のメイド達も集まってきて平伏していく。
「大事だから心配しているのだ。それを無価値と言うのか、お前は」
「……も、申し訳ありません……」
激怒したがすぐに沈静化される。
こういう時はアンデッドの特性がありがたいと思う。
いつまでも怒り続けたくないから。
「我らのメンバーが生み出したお前達を他人の施設に送るのだぞ。そこらのシモベとは違うのだ。……アンデッドだが、冷血な支配者にさせないでくれ。部下を労わる心まで失いたくないぞ」
「は、ははっ……」
「脆弱な存在とはいえナザリックの貴重な労働力だ。今は無きメンバーの部屋は清掃によって汚れがないのは感謝してもしきれないほどだ。そんな者の命を軽く見るわけがないだろう」
アインズは軽くメイドの頭を叩く。強すぎると簡単に死んでしまうので加減が難しい。
「良いか。私が無価値だと思ったものは無価値で構わない。だが、お前達の価値は私が決めるのだ。勝手な価値基準は許さん、と思え」
最後は優しく言った。そう言わないとあっちもこっちも自分の命を軽く見て、いざという時、すぐに自害と言い出してしまうので心配だからだ。
額から血が出ているメイドは治癒担当に任せて部屋から出した。
残っているメイド達はまだ平伏したまま。
連帯責任と言うものが発生しているのかもしれない。
自分たちも同じ気持ちだった、と言う感じだろうか。
「出来ればお前達メイドは命の価値については軽々しく言ってほしくない。特に己の命についてはな」
「ははっ」
「いつまでも平伏していないで顔を見せろ。私も怒る時はあるのだ。さて、お前達も奴の施設でケガとかしてほしくはないから充分に気をつけるのだぞ。向こうでは無理はするな」
「か、畏まりました」
「……アインズ様……、我々の事を気遣って下さり……、恐悦至極でございます」
「一時は複製騒動でお前達やアウラ達が取られてしまうのではないかと心配したぞ」
「……あ、そ、それは無いかと」
「んっ? どうしてそう言える? 何でも良いから言ってみろ」
「は、はい。バスパ様は我々を引き抜くおつもりは無いとおっしゃっておられました」
「はい。私も聞きました」
「ふむ。それは全員か?」
「お、恐らくは……」
アインズは寝ているヤントラを少しだけ眺めた後、部屋を移動する。
メイド達の他に休息を取っていたマーレとシャルティアも呼びつける。
アルベドは居るとケンカが始まりそうなので別の日に呼ぶ事にした。
「戦力ではないと言うのは聞いたのだが……。引き抜きでもないと」
「はい。記念だと……」
「本当は欲しい、けれど貰っても運用できそうにない、とも……言っていたような……」
「ああ……、それも言っておられましたね」
「……記念か……。まあ、ここにしか居ない者達が多いだろうからな」
コレクター魂があるなら理解は出来るが、酷いなと思った。だが、自分も似たような感じなので悪くは言えない。
珍しいモンスターは自分でも欲しいと思う。それはアイテムと一緒だ。
「アンデッドも手に入れていると、後々勝手に動きそうなものだがな」
「その為の『
「確かに、あれは有効的な魔法だ。解呪方法を持たなければ危険だが……。複製相手なら……。
綺麗にモンスターを標本とするならば自分でもやって見たくなるけれど、コストが高い。
充分な金貨や資源が無ければ手は出せないし、プレイヤー対策とかで標本などの発想は浮かばなかった。
余裕のある国として安定すれば自分も
「……裸なんだろうな」
「服を着せたままだと溶液に浸す時に都合が悪いそうで……」
「言いたい事は分かる」
普通に飾ったとしても服が
はたきなどで管理するメイドのような者が居ないとダメだろう。
ただし、それを長くやってくれそうなのは目の前に居る
仕事としてはアリ、と思えるのだが人間標本というイメージが悪い。
モンスターも居るんだろうけれど。
エロい奴なら下着を脱がして観賞とかするんだろうな。特にペロロンチーノ。
男の子ならぶくぶく茶釜が手を出しそうな予感がする。
「標本とするならば他人に見せるのは……抵抗があるな……。お前達は気にしないのか?」
「僕は、ア、アインズ様に、見られても、恥ずかしくないです」
アインズ様限定で言えば全員が全裸でも平気と答えるだろう。
「……んー。一般向けに公開しないように隠されているようだから、今は問題は……。七の宝物庫はけっこう見られているな」
ただし、そこに居るのは赤の他人ばかり。
ナザリックの者達は全員、一の宝物庫だったはずだ。
異形種であるメイド達になら管理できると思っているから、見回りをさせているのだろう。
「……種族をうまく利用しているから成り立っているのか。それはそれで有効的だな。本当に……、感心するぞ」
エロい事にどれだけ知恵を使ってんの、
呆れはするが色々と学ぶことが多くて怒るに怒れない。ただ、怒るべき時は怒る。
「アインズ様は偽物というか複製と本物の区別は出来るんでありんしょうか?」
「い、一応な。あれらは私の知らないところで勝手に動いたりしないし」
自分で動かす時以外は勝手に複製が逃げ出す、という事は無い。
部下が勝手に持ち出したりしなければ、という条件は付くだろう。
仮に動かしたとしても所属がナザリックであるからコンソールで追跡できる。
動かす時に必要な事は『悪用方法』に書かれている。それを守る限りは
ナーベラルの時に少し失敗したので今は勉強中の為に稼動は控えている。
気軽に使えるものではない、と思い知った。
所属に加わった者は自分の意思で外れる事は出来ない。だから名前が残ったままになる。
弟子入りの状況は所属名が消えるだけで名前は残ったまま。この事実は相手に伝えられない。
無所属の名前はギルドマスターや施設の主の裁量で削除が可能になっている。
『消えろ』と本人が念じてもコンソールは対応しない。意外とセキュリティは堅い。
名前が重複することも無い、というのは実際に見て知った。
まだ色々とあるのだが、それらを部下に事細かく説明できないのがもどかしい。
「さすがにお前達に扱わせるような代物ではない。低位モンスターなら考えてやらんでもないが、色々と実証実験が必要だ。……それらの前に奴が
複製で遊んでいる場合ではないし、今は語学を優先させていた。
勉強に関して妥協しない姿勢は真面目で感心する。
ふざけた気持ちが入っていないからバカには出来ない。
複製の個人レッスンもおそらく真面目にやるのだろう。世界を潰さないために。
一部のモンスターは自己増殖する。特にハムスケは『
いくら可愛い生き物だろうと。
アウラが毛皮が欲しい。
一匹だけなのでおいそれと渡すことが出来ないので、ヤントラの方法はまさに渡りに船だった。
動かないのが難点だ。
毛皮なら動かなくても良いのだが、
「アインズ様は、教えを受けてから
「万全を期す為にな。こういうのは最初に考え付いた者からちゃんと学ばなければならない。失敗を知る者から学ぶことは勉強になる。私も知識欲はあるのだぞ、マーレよ」
何でも知っていると思われているのかもしれないけれど。
いくらなんでも一万年先まで見通しているわけではない。
明日のことも不安でいっぱいだ。
「無欲であれば国など作らんぞ。完全な無の境地ならナザリックすら必要なくなってしまうではないか」
「も、申し、わけありません」
本当に無の境地ならギルドすら作らず石のように佇むだろう。
永遠に。
俺は地蔵ではない、と強く思うアインズ。
「欲は果てしないものだが欲張り過ぎないように気をつけなければ破滅する。それが通説だ。あいつもその辺りを考えてはいるのだろう。私が破滅しないように」
「ア、アインズ様の為に?」
「まあ、それは殊勝な心がけでありんすね」
「私が破滅すると世界が滅びるかもしれないからな」
それはどうやらマジらしい。
いくつか身に覚えがある事柄があったので戦慄したものだ。
「国を統治しようとしている時にナザリックが崩壊しては困る。それも下らない事でだ。私はそうなりたくないぞ」
「はっ」
「具体的なことが言えないのは予防策ゆえ、お前達には悪いと思っている」
「い、いえ。アインズ様の気がかりに僕たちが邪魔、をして、足を引っ張ってしまうと、いけません」
「そうでありんす。
「シャルティアについては奴も憤慨していた。お前の事を心配してのことだったらしいな」
「バスパ様が……、わたしの失態に怒っていたでありんすか?」
そう言うとアインズは首を横に振る。
「元の状態に戻す為にお前と戦うと言った私に怒ったのだ。あの子を殺すなら私を殺すぞ、と……。このあの子、というのはお前のことだ、シャルティア」
「ひぇ? わたわた、わたしの事でありんすか!?」
「精神支配は不可抗力かもしれないが、解放の仕方が気に入らなかったようだ。……そもそも精神支配された事ではなく、名声を得る為だったか……。当時はお前を倒すしか方法は無いと思っていたからな。何が良かったのか……、今は分からんが……。ナザリックの者達の事を奴なりに心配しているのは確かなようだ。……だったら複製なんか取るなって思うんだが……。おかしな奴だ」
昔から頭がおかしいとは思っていたがな、と。
「あわわ……。それならば、もう少し部位を分けてあげれば良かったでありんすね」
「……いや、それはどうなんだ、シャルティア。部位を取られるのは許容できるのか?」
「あー、いえ。あのですね。方法は凄いのでありんすが……。きちんと元の身体に癒してくれなんしから、それ程気にはしておりんせん」
えー、マジで、とアインズは信じられない事を聞いたと思った。
アウラの時もそうだし、他の者も身体を元の状態に戻してくれた、というだけで許してしまう。その広い心がアインズには信じられない事だった。
ある意味、すげーよ、お前ら、と言いたかった。
確かに欠損したまま、という者は一人も居ない。
むしろ、それはそれで酷いのだが。
その手の話しもメイドは聞いていたようだ。
腕がもげたままだったら、どうすると。
困ると答えたそうだが。
「身体よりも至高の御方から賜った武具を奪われる方が、僕には困ります」
「か、身体よりも大事か?」
「はい! 再生の利かない唯一の神器級アイテムですから」
と、力強くマーレは答えた。
シャルティアもスポイトランスを取り出して、頷く。
「身体の欠損は魔法でどうとでもなりんすが、神器級アイテムはそうはいきんせん。命よりも重いかも……」
「おいおい……」
唯一のアイテムは替えが利かないのは理解出来る。
同じ材料があれば実は作れるのだが、確かに神器級は易々と量産できるものではない。
量産は出来ないが修繕は可能だ。
ケガも魔法で治せる。
それでも傷つくことに抵抗は無いのだろうか。
死んでないからオーケー。ということだろうか。
シャルティアはアンデッドだけど。
「それに複製は我々のアイテムを所持していんせんし、勝手にアイテムボックスから奪い取ることもできんせんと聞きいんす。ですから、神器級アイテムが我等オリジナルの手にあるうちは部位くらいどうということはありんせん」
「僕もそう思います」
「……お前達……。私はお前達が傷つくことはそう簡単に許容できないぞ。……いや、私もお前達のような広い心を持ちたいな」
大海のごとき。
マーレなどかすり傷でも大慌てしそうなのに。
凄い許容にアインズは脱帽する。
というか、神器級アイテムが凄いのか、と疑問に思う。
奪われて困るアイテムではあるけれど、命と比べると、と。
アンデッドだから、という理由よりも何かが違うと言いたい。
奪われても命だけは守れと、きっと自分は言えないだろう。
命を懸けてアイテムだけは死守しろ、と言う可能性が高い。いや、既に言ったような気がする。
「……心の狭い支配者で申し訳なくなってきたぞ」
「ア、アインズ様のお心は広いですよ。僕たちは、アイテムを守るばかりで……」
「いや、アイテムよりも大切と言いたいのだ。いやまあ、確かに……。
ああ、心の狭い支配者め、と罵りたいアインズ。
そんなことだから色々と失態を犯すんだ。全く、どうしようもない支配者だ、と。
かなり情けなさを感じる。
仲間達が居てもNPCは復活できるからアイテムは守って、と言うかもしれない。
宝物庫に並べられるアイテムは仲間達が心血を注いで集めたものだ。
今のアインズは国王として民を守りたい。NPCも守りたい。
もどかしい葛藤が襲ってくる。
「お前達からも色々と学ぶことがあるようだな。良い統治者。良い支配者になる為に」
「お、応援しています、アインズ様」
「わ、わたしも……。アインズ様に救っていただいた命、大切に使うでありんす」
なんか知らないが自然と好感度が上がってしまった。
これもヤントラの仕業なのだろうか。
少なくとも部下達はみっともない支配者に失望は無いようだ。だが、自分としては失望に値するので情けなさは
それと沈静化されないので、より無い胃が痛む。
「だがな、マーレ。それほど大切なら普段は代えの利く武具を持ったらどうなんだ?」
「あ……、そ、そうでした」
「シャルティアも簡単にスポイトランスを出すな。鎧の方は……すぐ装備できるようだが……」
「いざ、という時……取りに来るのも……」
油断しないようにするならば常に装備していた方がいいんだろうけれど。
精神支配されてしまうと意味が無いんだよな、と強気に出られないアインズ。
特に
しかし、ああ言えばこう言う。という感じで話しがなかなか前に進まなくなる。
いざという時、というものが障害となっている気がする。
このナザリックの中でそうそう異常事態が発生するとは思えない。特に神器級を持ち出すようなことは。
精神支配の一件は特別だとしても。
第九階層を物騒な装備でウロウロするのは精神衛生上、良くない気がする。
ここは憩いの場だ。戦場ではない。
支配者としてうまい文言を考えるのも大変だな、と頭を痛めるアインズ。
やはり瞬間装備できるアイテムを用意して、普段はもう少しラフな格好をしてもらいたいな。かく言う自分も派手なものは苦手なんだけど、と。
「第九階層に一気に侵入者が来るわけではないから、普段はやはり重要アイテムはしまってほしいと思う」
「ア、アインズ様……」
「お前達は階層守護者なのだぞ。外の事は出来るだけシモベで済ませたい。最後の砦たるお前達をしょっちゅう前面に出すのは戦略上の悪手だと思うのだが……」
この言葉にマーレとシャルティアは二の句が告げないようだった。
敵に手の内を晒した状態で突っ込む姿を想像したのかもしれない。
特に重要アイテムの情報は出来るだけ隠したいのがアインズの気持ちだ。
「……ところで、先ほどのケガしたメイドはどうなった?」
と、近くに控えていた一般メイドに声をかける。
「自室で謹慎しております」
「きん……。仕方ないな。今日いっぱい謹慎したらまた仕事に戻れ、と伝えておけ。お前達は戦力にならんのだぞ。それ以外ではこのナザリックの清掃を任せられる存在だ。いわゆる『縁の下の力持ち』的な存在だ。それぞれ役割があるから我々は安心して仕事に励めるのだ。そんな者達を労わる私の気持ちを察してほしいものだ」
「ははっ、下々の者にまでお心を裂いていただけるとは……」
裂くのは正しいのか、と疑問に思うアインズ。
「ま、まあよい。……自害などしないだろうな? 後で様子を見るように」
「畏まりました」
「すぐ死ぬのは許さんぞ。使い捨てのメイドではないのだから」
というか、作り出せるシモベ以外は使い捨てだと思った事は無い。
第八階層守護者ヴィクティムだって今は安易に処分したいとは思わないのだから。
誰だ、部下を使い捨てにするような冷血支配者だと触れ回っているのは。
「マーレ、シャルティア。部下を大切にしない支配者だとか誰かが言っているのか?」
「い、いいえ!」
「そんな不届き者は居んせん!」
「ところで重ねて聞くが……」
と、控えのメイドに声をかけると、ビクリと身体を震わす。
下っ端だから仕方が無いのかもしれない。
普通ならメイド長や戦闘メイドのような各上を通すのが筋なのだろう。
「向こうの施設ではお前達の扱いはどうなのだ? 酷いのか?」
「教えられた順路を回るだけですので、ケガとかなく。仕事が減る事にお気を使われることはありますが……」
「いや、ほら。掃除が出来なかった場合は殴るとか。奴のメイドがぶつかってくるとか」
よくある意地悪とかされていないか、なのだが。
「守られる事はありますね。というより、あちらのメイドがよくケガをしております。どうも、床がスベリ易いのが原因のようで……」
階段から転げ落ちるメイドの事をアインズは思い出す。
「お前達は大丈夫なのか?」
「はい。我等の装備品には行動阻害対策が施されておりますので」
「なるほど。では、向こうは施されていないのだな」
それはそれで可哀相だな。というか、そういうアイテムを持っていないのか、転ぶのも可愛いと思っているのか。
向こうのメイドの方が酷い扱いかもしれないな。だが、信仰系の魔法持ちが居る筈だからケガしても平気なのだろう。
「たとえ治癒できるとしても私は心配する。それは覚えておいてくれ」
よく忘れろ、と言うけれど。今回ばかりは覚えておいてほしいと思った。
「は、はいっ!」
「アインズ様はメイド達にも優しいのでありんすね」
「メンバーが創造した者は特に……。不公平感はあるかもしれないが……」
「時には厳しい態度で望まれなくてはならないお立場……。その心痛はあまり感じ取れない所が我々の不徳といたすところでありんす。ですが、慈悲深きアインズ様のお優しさは痛感しているでありんす」
胸に手を当ててシャルティアは片膝を付く。
その大きい胸は人工的に増強されているのでよく動く。
「優しさか……。時々、お前達のことを放っている自分が情けなくなる」
「お、お仕事が、忙しいからでございます」
統治者が全ての雑務をこなすのはマーレといえど大変だと思っている。
疲労しない、睡眠不要のアンデッドではあるけれど、少しは休んでほしいと思っている。
それでもアインズは前面に出て仕事をしようとしてしまう。
階層守護者としてはもう少し部下に任せてほしいという気持ちがあった。
マーレ達と話している最中に一人のメイドが面会を求めてきた。
アインズは扉で控えている今日のアインズ当番に開けるように指示した。
「し、失礼いたします」
少し慌てた様子の一般メイド。
アインズはまず落ち着くように良い含める。
「どうした? 奴が起きたのか?」
「い、いえ。お身体を拭いていて気づいたことがあるのです。あっ、発言しても……」
「構わない。どんな意見でも今は有用だろうからな」
「ありがとうございます。……ば、バスパ様は『
「指輪があればそうかもしれんな。……あっ!」
それを装備して眠る事は嘘寝でもないかぎり出来ないはずだ。
もちろん、実際に装備したメイド達も眠気が起きない、と言っていた。
「どうして、奴は眠れるんだ。鑑定は?」
「今、しているところですがアイテムは間違いないかと……」
アイテムの効果が通用していない。そうとしか考えられない。
「そうか……。実際にあれを装備したメイドはやせ我慢とかしていないだろうな?」
「いいえ、それは無いかと。ご飯を食べるのが一番の楽しみと言っているメイドですら指輪を装備した途端に食欲が湧かないと申しておりましたし、外した後は単にお腹が空いたと……」
「……新しい発見というやつか……。起こさないように調べられるだけ調べてよい。この世界における未知の問題を探る上でな。解剖はするなよ」
「は、はい。では、担当の者に声をかけてきます」
「ニューロニストはダメだ。あれは現場を汚しそうだからな」
というか、奴が寝ているのは俺の部屋だ、と。
「
メイドが居なくなってからアインズは長考に入る。
マーレ達は思考の海に沈み行く支配者の姿がかっこいいと思って、それぞれ頬を赤く染める。
「マーレは……、あの指輪を装備したことはあるのか?」
「は、はい。外で活動する時は装備します」
「その時は眠気は感じないのだな?」
シャルティアはアンデッドだからアインズ同様に睡眠は必要ない。
「一日いっぱいは意識がはっきりしますので……」
「その上で眠ることは出来るのか?」
「たぶん……難しいかと……。意識がはっきりしたままですので……。あと、疲れも感じにくい、というか」
「アイテムの効果はちゃんと発揮されているのだな。では、やはり……」
アバターそのものがアイテムの効果を無効にするくらい影響が現れている、ということだろう。
身体そのものに異常は無いはずだ。
精神体というべきプレイヤーの魂そのものが原因なのだろうか。
ヤントラの本来のプライベートから考えれば有り得ない話しではない。
次に目覚める時、ヤントラはヤントラではないかもしれない。
奴自身が言っていた複製の自我のようにアバターが自我を持って動き出すのかもしれない。
転移後のアルベド達のように。
データだけのアバターに意思が宿るように。
念のためとして本人からアバターの性格を教えてもらっているのだが、これが意思を持って動くとなると今まで以上に厄介でムカつく事が増えそうで怖い。
正直に言えば付き合いたくないな、と逃げ出したくなる。
悪口三昧言われそうだし。
エロい事は少し控えるかもしれない。煩悩は本体の方だから。
一番の問題は迂闊に殺せないところだ。
本体が我慢していたからこそ世界は無事だと言っていた。
今度はアバターが適当ゆえに迂闊な選択を選ぶかもしれない。その時、世界がおかしくなる可能性があるという。
二十四時間の狂乱。
この時間に根拠が無いけれど、目安として覚えておくようには言われていた。というか『悪用方法』にしっかり書かれている。
無限に増えるモンスター。倒せるものなら悪魔程度なら我慢できる。
ただ、その選択は殺さないと分からない。生かしておいている内は選ばれない、というのも書かれていた。
「き、危険ですか?」
アバターに乗っ取られる猶予はまだ数年はあるらしい。だからまだ大丈夫のはずだと聞いた覚えがある。
もちろん、途中で意識が無くなる事も想定内だ。
ちゃんと寝室に
「そろそろ盾役のシモベを配置しておくか。目覚めたらすぐに退避できるようになっているか?」
「はい」
「相手は高レベルプレイヤーだ。暴れないとは思うが……。動き出したらシモベに任せるように」
「畏まりました」
メイドはすぐに他のメイドに連絡を入れる。
「部屋くらいは壊されても問題は無いが……。ナザリック内で暴れられるのは困るな。シャルティア、マーレ。私よりメイド達を守ってやってくれ。それと目覚めの兆候があればすぐにアルベドを呼べ」
「か、畏まりました」
アインズはコキュートスに伝言で硬い身体のシモベを数体寄越すように命令する。
レベルは低いが頑丈さでは黒い仔山羊に匹敵する昆虫型のシモベが幾体か居る。それらなら剣と殴打を主体とするヤントラ相手でも時間稼ぎはしてくれるだろう。
信仰系だから派手な攻撃魔法はせいぜいスクロール頼みだ。
「あー、それと部屋の調度品を移動させてくれ。執務室は頑丈だから、そこは心配は無い」
特に階層守護者相手でも簡単には侵入できないくらいの鉄壁さを誇る。
黒い仔山羊でも持ってこない限り、アルベドでも簡単には破壊できないほどだ。
それぞれに命令し終えるとアインズは軽く息を吐く。
後は待つだけだ。
「こ、コキュートスさんやセバスさんは呼ばないのですか?」
「仕事中の奴らはそのままがいいだろう。休暇のお前達を有効に使おうかと思っている。これもまた訓練の足しになるだろう」
必要な人材だけで難局を乗り切る、という。
いつでも完全に対応できるとは限らない。特には不足した状態で乗り切らなくてはならない事態というものは少なからず発生するものだ。
アイテムに
警戒は怠れないが階層守護者と他愛の無い会話を楽しむのは悪い気はしなかった。
その後、更に四日過ぎてもヤントラは寝言を言う以外は目覚めない。
その間にラキュースとイビルアイ、ンフィーレアには連絡は入れておいた。
音信不通では悪いと思ったからだが。
もちろん、勉強が無くとも魔導国の運営は止まらない。
エンリのお陰で畑の開墾は今のところ問題は発生していない。
土の質が悪くて何も出来ない、とかであればマーレの出番なのだが、魔法を使わずに作物を育てる方が何かと安心感がある。
『マグヌム・オプス』から持ってきたゴムや樹液を出す木の育成も始められた。
植えてすぐに採取できるわけはないので、気長に待つしかない。
家畜類の飼育もしなければ食糧問題にぶつかってしまう。
地下は物騒だがヤントラの施設は人の住める星を開発しようとしていただけに、様々な用意が整えられていた。
そこから持ち出すのは少し罪悪感がある。出来ればナザリック独自の物も無いとダメだろう。
だが、最初は試行錯誤と言う意味で利用させてもらおう。
さすがに羊皮紙生産は制作方法に人間側が抵抗を感じているようなので保留にしている。
だから、地下でこっそり作っていたのだろう。
異形の者達は平気なのだが。
「エンリ。ヤントラは目覚める兆候が無いのだが何か心配事があれば会わせてやるぞ」
「いいえ。普段から顔見せはしているので。あの人が寝ている間にゴウン様のお役に立つことも恩返しになるかもしれません」
「距離的にもカルネ村は近いと思うのだが……。柵については言ってくれれば撤去するぞ。物々しいと聞いていたのでな」
「は、はあ。では、少し低くできますでしょうか? 矢で攻撃を受けるような事態は無いかと思いますが……。中の様子が見えない村というのは……」
「ふむ。城塞の村では無いものな。だが、あれは防衛に必要だと思っていたが過剰だったようだ」
「ゴウン様からすれば徹底的な防衛の方がいいんですか?」
「そうだな……。簡単に命を奪われては困るからな」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「良い。それで……、子供達は元気か?」
「はい。もう走り回っております」
この世界に来て四年が経とうとしている。
その間に原住民は成長し、新たな家庭を築いている。
変わらないのはアンデッドの自分達なのだろうか。
ユグドラシル時代は大型アップデートでもない限り世界が変わることは無い。
それぞれのプレイヤーが縦横無尽に駆け巡るだけだ。
成長して家庭を築くことは現実の問題だろう。
例えばゲームの中でなら原住民はNPCのような存在。それが結婚して子供を産むのはイベントでも無い限り起きないものだ。
あと、毎年のように同じイベントが発生したりするし。
四年経過しているけれどループするような事態は認められない。
時間はちゃんと流れているようだ。
ネムも確か十三歳くらいにはなっているのかな。
背はだいぶ伸びたようだし。
ゲームとは違うのだな、と改めて感慨深げにため息をつきたくなる。