ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
A-1 目覚めたら
『ユグドラシル』というゲームの終わりを寝正月気分で満喫する予定だったプレイヤーは想像絶する事態で目が覚める。
完全に熟睡していたが、今はそんなことは問題ではない。
というか眠っていた方が幸せだったのではないかと思うほどに。
『目覚めは突然に』
そんなタイトルを付けるとしたら何を想像するだろうか。
平凡な登校シーンで始まる学園恋愛もの。
気が付いたら魔界で勇者になっていた。
幼馴染みのキスで目が覚める、ようなストーリー。
宇宙人が攻めてきた。
他にも枚挙に
「………」
選べるなら選びたい。
そんな思考はさすがに出来なかったが、とにかく突然に覚醒させられた。
これで混乱しない方がどうかしている。
無言なのは驚いていたり、呆気に取られているわけではない。
呼吸が出来ないのだ。
やろうとはしている。生きようとする生存本能が今も必死に酸素を求めている、はずなのだから。
身体が動かない。
覚醒したばかりだから、ということもあるだろう。
全身の骨を砕いていくような音が聞こえたのも目覚まし時計の合図だと思えば納得も出来る。
じわりじわりとやってくる痛みの波はもうすぐ大津波となることも少しずつ理解してきた。
感覚的には両腕と腹部の骨が砕けた程度だ。
形があるだけまだましだろう。というか確認はしていないけど、形はあってくれ。
となると。
冷静に分析するとおかしなことがてんこもり。
むしろ、てんこもりじゃない方がすごいのだろう。
ゲーム開始がこんな状態なら玄人仕様の無理ゲーだろう。
ダメージの感覚からすると、これが冒険の幕開けならキツイですよ、と言いたかったが言葉は出て来ない。
なんだろう。
スタート直後に死亡するゲーム。
様々な経験をしてきたとはいえ、理不尽な死は好きではない。
『ヤントラ・サルヴァスパ』
最後は『パ』ではなく『ヴァ』が正しいようだが、アニメか何かの影響で変更したと思う。
『ヴィマニカ・シャストラ』でも良かったのかもしれないが、深くは考えていなかった。
今はそんなことはどうでもいいか。
開始早々にゲームオーバーになったプレイヤーの名前だぜ。また一つ伝説を作ってしまったな。
そんな下らない事をぼんやりと考えてみた。
前の『バスパ』で伝説を作ったとはいえ、新たに伝説を作る予定は無かったのだが、世の中は理不尽だ。
動けない身体に鞭を打つ。出来ればそうしたいし、そうするべきなのだろう。
今もヒットポイントが減少して本当の死が訪れる気がするが、さてどうしよう。
熟睡していたとはいえトラップは避けていたはず。
ギルドメンバーのイタズラの線も浮かんだが、それはありえないだろう。
昔ならいざ知らず、最後に確認した人数は五人ほど。
わざわざ罠にかけるためだけにログインするバカは一人はすぐに浮かんだが、こんなトラップは身近には無い、はず。
覚えていないだけかもしれない。
寝正月を決め込んだせいもあるだろうが、誰か気付いて回復魔法をプリーズ。
両腕をやられたせいでアイテムも使えない。
割りと冷静な自分も思えば凄いな。
数ある変態プレイヤーにもまれて育ったお陰だろうか。私も変態の仲間入りを果たしたのだな。
そんなことを考えていると何故、骨が砕けているのか疑問に思った。
私の職業レベルは80ちょっと。一応は戦士職に傾いた設定になっている。魔法も少しは使える。特殊技術である
覚えていないというか、たくさんあるので。
戦士と言っても剣が使えれば良かった。二刀流の
熟睡している場所は拠点の中。しかも安全圏、だったはずだ。
いくら性格的に合わない『モモンガ』とはいえ最後の最後に嫌がらせをしてくるとは考えられない。
最後まで居た『ヘロヘロ』たちメンバーは手を出すようなイタズラ心は持っていない。
ではなぜ、私は今、瀕死なのか。
というより、ここはどこだ。
視界がはっきりしないが真っ白な空間に見えなくは無いが。
ゲーム終了時の何かの映像だろうか。
それにしてはおかしい。
肌に風を感じるのだから。
いや、薄々はわかっていた。少し現実逃避していただけ。
それにしても酷い有様ではある。
眠るとき装備品を外していたせいかもしれない。とはいえ、モンスターにうっかり踏まれるような場所ではないのに。NPCなら踏むかもしれないが、眠る場所には立ち入る事が出来ない仕様になっている、はずだ。
では、何故か。
転移魔法か何かによって飛ばされた場所で何かが起こった。
または寝ぼけて転移したせいで愚かな最後を迎えようとしているのかもしれない。
むしろ後者が一番確率が高い。
雪山で寝ていたら見事に凍死。または雪崩に巻き込まれる。PKされていた。
ということはPKという線で結論がまとまりそうだな。
最後の最後まで記録を作るはめになるとは。運が良いのか、そういう仕様なのか。
「……すか! ……か!」
耳元で何か聞こえた。
死体を荒らしに来たプレイヤーかモンスターか。
よく聞こえないのは意識がまた薄れているから、かもしれない。
こんなゲームオーバーもあるのかもな。
リ・エスティーゼ王国辺境にある小さな村。
カルネ村。
人口は百二十人ほど。
平和な農村を絵に描いたままの姿をしている。
飲み水は井戸から汲む。これといって特徴は無く村民はみな家族同然。
少ない人口なので顔見知りが居ない方がおかしいほど。
薬草や農産物を町に運んで外貨を得るが外からの客人はあまり無い。
移動手段に馬車を使う。
黙っていれば十年、百年経っても変わらない雰囲気をかもし出している。
そんな不変の平和な村が現在、大混乱に陥っていた。
「水と包帯の用意を」
「薬草の準備」
「添え木はまだか」
それは事故だった。
町に薬草などを納入した帰り道、馬車で人を轢いてしまった。
幸い意識は失っているが生きている。
けれども、村には医者は居ない。たまに来る薬師に大急ぎで連絡を取ろうにも数日かかる有様。
それまでにけが人が生きているのか、村人たちは自信が無かった。
「……どうしよう……」
馬車を操っていた少女は部屋の片隅で頭を抱えていた。
見晴らしの良い通いなれた道。
いつものようにモンスターに注意しながら馬車を進めていた。
突然だった。言い訳に聞こえるかもしれないが、全く気付かなかった。
大きな物体を踏んだせいか、馬車が傾いたがすぐに元に戻った。
モンスターならば避ける所だが、今まで何も無かった道。他に大きな岩でもあれば別だが、気付かないことはないと自負していた。
それが覆された。
すぐに馬車を止めて轢いた存在を確認する。
それはモンスターではなく人だった。
どう見ても大怪我している。口から血も出ている。
野盗という線も浮かびはしたが、人間なのは確かだろう。
とにかく人を
どうして道で寝ていたのか、そんな疑問よりも人を轢いたショックで思考が混乱していた。
すぐに誰かを呼ぼうかと思ったところで見捨てていくわけにもいかないとも思った。
モンスターに襲われるかもしれない。
なにより人を殺してしまうことになるのが怖かった。
どちらが悪いという判断は出来なかったが村のほうが距離的に近かったため、その人間、どう言えばいいのか分からない存在を乗せる。
普段から力仕事をしていた為に成人男性くらいの大きさの人間を乗せるのは大変だったが出来た。
明らかに両腕は骨折し、曲げられない角度に曲がっていた。というか間接が増えているようにも見える。
腹部の圧迫で口から止め処も無く血の泡が出ている。
側に寝袋のようなものが合ったのでロープなどを使って身体を固定。
揺れる馬車に乗せるのは更なる恐怖ではあったが自分の責任なので我慢するしかない。
村に到着し、人間の様子をうかがうとまだ息をしているようだった。
顔立ちは女性的だが身体は男性だろう。少し筋肉質。
冒険者のようにも見えた。
急いで少女は村人に声をかけ、彼を運び込んだ。
寝袋以外の荷物は見当たらず、武器は無かったが軽装鎧のようなものを身につけていた。
といっても下半身だけで上半身は見たことの無いものだったが上等な服だろう。
その防御の薄い上半身には車輪の跡が痛々しく残っていたし、身体をへこましてもいた。
見た感じでは肋骨を何本か踏み砕いているかもしれない。
「薬草では治らんな……。回復系のポーション……いや治癒魔法の出来る人を呼ばないと……」
普通に考えて薬草で骨折が治るとは到底思えない。
村人たちも混乱していた。
応急処置として腕を添え木で固定。胸には薬草をすりつぶした物を塗っておいた。
現状、できる事はこのくらいだった。
血にまみれた顔も拭ってしまえば村人に出来る事は殆ど無かった。
部外者を見捨てるという選択肢があったにもかかわらず村人たちは身も知らずの人間を懸命に救おうとした。
一人の少女のした事とはいえ許されることではないけれど、助かる可能性は捨てたくないという思いがあったのかもしれない。
救いの手が来ることは絶望的ではあるけれど、諦めたくはなかった。
それからどれくらいの時間が経っただろうか、日は既に暮れて薄闇が広がる頃、家々に明かりが灯り始める。
光りは
それが当たり前の村人にとっては暗さに文句を言う者は居ない。
早くに寝て早くに起きる。それが普段の日常。
けが人の手当てにかまけている場合ではなかったが、交代で様子を見る事にしてそれぞれ解散していった。
轢いた当人も泣いてばかりではいられないので身体を拭いたり、熱が無いか確認したり、水の取り替えなどを行った。
彼女には妹がおり、その子はけが人が助かるように小さな手で祈り続けた。
不眠不休で看病していたら朝になった。
看病していた少女も疲れの為に眠ってしまった。
それから一時間ほどが過ぎる。
とても静かだった。
家畜の声すら聞こえないほど。
さすがに笑い声は無かったが、どこか落ち着いた雰囲気が広がっていた。
最初こそ息が荒かったけが人も静かに呼吸するのみになっていた。
「………」
なかなか死なないと思ってはいたが大変な事態に発展しているとは。
ヤントラは口の中にまだ血の味を感じつつも、身動きの取れない状況に頭を悩ませていた。
意識自体は早くから戻っていたが村人たちの手厚い看病に感動していて涙が少し出てしまった。
確かに呼吸は今も苦しいから会話はまだ無理そうだが、胸の薬草はなんだが冷たくて気持ちよかった。
痛みはまだ残っている。骨折しているのだからまた熱くなるかもしれない。
とはいえ、この程度の痛みはヤントラにとっては『いつものこと』程度に過ぎない。
もっと言えばかすり傷。
ただ、瀕死なのは事実だが。と、思いつつ苦笑しようとしたが痛みは誤魔化せない。
もう少し呼吸が整わないとどうにもならないし、腕をどうしようかという問題も残っている。
派手に轢かれたようで笑うしかないのだが、随分と間抜けな事態になったものだと思った。
今すぐどうにかなる問題でも無いし、今日はもう何も考えず眠ろうかな。
本当は他にも考えなければならないことがあるが面倒くさい。とにかく面倒くさい。
生き埋めにされなかっただけマシだと思えば幸運か、とヤントラは判断した。
次に目覚めた時にまた考えればいいか。
住民の言葉。動き。
自分の知っているユグドラシルというゲームとは明らかに違う。
人間的すぎる。
基本的にプレイヤーもNPCと呼ばれるプログラムAIに制御されたキャラクター達もプログラム通りにしか動かないし、動けない。
それでもかなり違和感の無い動きを再現出来ているとはいえゲームである事実は変えられない。
では、村人たちはどうかというと違和感を全く感じさせない、どこからどうみても血の通った人間であると言える。
イベントだと
ビジュアルの奇麗なゲームかもしれないけれど。
匂いも味もここまで再現できるものなのだろうか。身体はゲームっぽい気はする。
理由は一つ。
今の自分の身体はゲーム時代に作ったアバターそのままだから。
鏡が無いので顔は分からないが、おそらくは一緒だろう。
他にも理由はあるのだが、続きは目が覚めてからだ。
覚めたので続けるとしようか。
というかどれくらい時間が経ったのか分からない。
時計とか無いのだろうか。
『
私は確か使えなかった気がする。さて、どうするか。
またどこかに飛ばされて誰かに踏まれるのは勘弁してほしいものだ。
一応、匂いでは
ギルドにお邪魔していた頃は楽しい会話が楽しみで仕方が無かった。
しょっちゅうトラップの
そのユグドラシルの運営最終日がそんな結末というのはあまりにも残酷。理不尽。
運営狂ってる、という意見は私も同意だ。
狂人が作ったゲームなら仕方がないかもしれないが、人の精神を逆なでするようなゲームをよくぞ作ったものだ。
『膨大な職業選択の自由』
聞こえはいいが程度があるだろう。
人間種、亜人種、異形種。
そう別れているが分類もおかしいところがあったりする。
中には『
なんのハーフだ。と、思わず言ったものだ。
しかも
何でも作ればいいと思ってるか。と、
知り合いの『ぶくぶく茶釜』の愛称として下記のものがある。
『ピンクの肉棒』
『
しかも本人は大喜び。
ビジュアルイメージは言葉で説明したくない。
よく運営に消されなかったなと感心した。
自由度の高さは断トツ。
自由という言葉が時として狂気を生むのだなと思ったものだ。
その点、モモンガは普通なのかな。あのギルドの中ではという事では。
変態ぞろいの変態ギルドで有名な『アインズ・ウール・ゴウン』も今では良い思い出。
正規メンバーでは無かったけれど初期の頃からの付き合いが走馬灯のように。は、思い出さないか。
『
四十一人。正確には四十四人か。
数ヶ月で消えた非公式のソロプレイヤーが二人。数に入れなくてもいいのかもしれないが、そんな人も居たなという程度だ。特に親しかったわけではないが、あのエルフ達はどんな冒険をしたんだろうか。
他のオンラインゲームでもやってるのかな。
ゲーム会社の課金商法に引っかかってるんだろうな。
課金はしない、と
そういえば借りたクリエイトツールはまだ持ってたっけ。
給料をつぎ込むモモンガ程の廃人プレイはしなかったが。
ああはなりたくない。
種族とかではなく、性格的に。
あいつも今頃、会社かな。
そんなわけないか。
普通に考えれば私と同じくここに居る確率は高いよな。
あんな異形は一目で分かるだろうから、今の状況を考えなければ。
薄々は気付いているんだ。
ダメージアイコンとかコンソールとかが出て来ないことを。
変わったエフェクトも無いし。
オンラインゲームから異世界に召喚。
現実の身体を置いてかよ。
突っ込みどころのあるシチュエーションだな。
データ的にはどうなるんだ。彼らもデータなのだろうか。
色々と思案しつつも周りの音には注意を払っている。今のところは気になる音は聞こえてこない。
まだ夜中かもしれない。
目蓋を開くと雪国だった。
そんなわけはなかった。普通にどこかの家の中。
室内の明るさは暗かったが一周回って夕方かも知れない。
寝たら骨折が治っているわけもなく、
ゲームでの痛みは電気信号。キャラクターだって死ぬ。だが、本当に死ぬわけではない。本当に死んだら事件だ。
運営会社が倒産するだけでは済まないだろう。たぶん。
腕を欠損した人間が無い筈の腕の痛みを感じるというもの。
ユグドラシルというゲームはバーチャルオンラインゲーム。専用のデバイスを使って仮想現実にダイブ。ダイブという言葉くらいしか表現できないが、ダイブする。
他の言い方が浮かばない。
まあ、私の認識では『DMMORPG』がダイブなんちゃらかんちゃらゲームという正式名称すら覚えられない。
早い話しが脳みそに擬似的に痛みを再現させるわけ。もちろん、命に関わるような激痛を与えるわけにはいかない。
でなければPKされた私は何度も死んでいる。というかアンデッドの異形種でプレイしている人は開始早々死んでいなければおかしい事になる。
というわけで本物の痛みよりは軽減されているはずなのだが、気持ち悪さが
様々なパラメータが躍り狂うユグドラシルにおいて違和感というものは説明が難しい。
壁を殴れば手に衝撃が加わり、ダメージ計算が行われ数字が現れる。
どんだけ細かくプログラムされてんだと思ったものだ。
だが、今回は今まで表現されていた細かな数値表現はほぼ皆無。
意識的にはヒットポイントの残量がイメージできる。
ゲーム暦が十年も経てば感覚だけである程度のことは理解出来る。
現実世界でも接触による情報の収集はたくさん特訓してきた。腕が骨折したくらいはなんともない。ただ、物は持てないし掴めない事は残念かもしれない。
アイテムが取り出せないから。
日頃の訓練の
あと何人か居た気がするが、誰だっけな。
まあいいや。一通りの思案は済んだ。
そろそろ状況を把握せんとな。
何処かの建物。推定、村の家屋。
胸というかお腹辺りが骨折しているのかな。どちらにせよ、痛い。
全身を縛られているが、仕方ない。応急処置としては他にすべきことも無いだろう。
予め、ポケットとかにポーションでも仕込んでおくんだったな。
さすがにずっと寝込むわけにはいくまい。といっても起き上がれそうにもない。
人が来るまで待つしかないのだが退屈だ。
今の自分の状況はミイラだ。これで女性プレイヤーならおっぱい丸出しのまま放置という恥ずかしい事態になっていたことだろう。ゲームの中では色々と制限されてそんな事態にはならないだろうけれど。
あと、胸が外気に触れてて肌寒い気がする。季節的には秋ごろなのだろうか。
せめて毛布くらいかけてほしかったな。小さな布切れ一枚は酷くないか。しかもズレてるし。
様子を見に来る気配が無いまま時間はどんどん過ぎていく。
室内が明るく感じたのはたぶん一時間後かもしれない。
時間経過が全く分からないから困る。
更に時間が過ぎた。たぶん一時間くらい。
ようやく足音が聞こえ、人の話し声も聞こえてくる。
水桶に並々と入れられている水の音。静かな空間ではよく聞こえる。
文明レベルは低そうだ。
薬草を使っている時点で西洋風RPGのイメージなのだろう。
パンと牛乳。穀物類の食事が中心。
ヤントラは漠然としたイメージを想像しつつ大人しく過ごした。
「身体を拭かせていただきますね」
眠っている相手に声をかけるあたり、けが人を雑に扱う意志は無いようだ。
最初から目をぱっちりとしていると驚くと思ったので少しだけ目蓋を閉じていた。
声の感じでは少女。といっても五歳から二十歳までと幅があるが十代中盤くらいかなと予想する。
肌寒かったので相当な冷水だと思ったが、意外と思ったほどは冷たくなかった。
補正でもされているのかもしれないが気持ちよい温度だった。
「おう」
「!」
そういえば言葉が理解出来る。
異世界特有の現地の言葉だったら、と今更に気付いたが
思い返せば話し声はちゃんと理解できていたなと。
うんうんと納得しつつヤントラは目蓋を上げる。
いかにも村人の少女という服装の女の子が居た。
「起きてたんですか? ……びっくりしました」
「随分前からね。退屈だった。……あと、こんな状態で放置されるのとちょっと……、女性だったら恥ずかしいところですよ」
そう言われて少女はヤントラの姿を見て小首を傾げる。
胸をはだけた男性。しかし、顔はとても女性的。
布切れ一枚だけ乗せてほったらかしは流石に可哀相だったかと思い、素直に頭を下げた。
しかし、少女はそれ以前の事を謝罪せねばならない事を思い出し、顔を青ざめる。
水にぬらした手ぬぐいを強く握り締める少女。
「ところで……」
「は、はい!」
ヤントラの言葉に少女は全身に電撃が走ったように緊張し、返事をした。
「何がどうなって私はこんなところで縛られているのかな? 胸の辺りが潰れて苦しいが……」
大きな声を出すと痛みを感じるので相手に聞こえる声量は今は結構きつい。
相手の言葉が理解できても自分の言葉が通じるとは限らない。
言った後で思い出したが後の祭り。というか通じていたけどね。
「も、申し訳ありません!」
はち切れんばかりの声で少女は言った。
目覚めてだいぶ経ったとはいえ近くで大声を出されると痛みに響く、気がした。
「わた、私の不注意で……。ひいてしまい……」
身体が固定されているせいか。はたまた死角になっているのか少女の姿が確認できない。
床に平伏しているのかもしれない。
「踏んで? 君の身体では……」
「馬車……です」
なるほど。
横に
どれだけの重量があったのかは分からないが生きているくらいだから大した事はなかったのかもしれない。
それにしても見事にボッキリとやったものだ。
その前に馬とかがよく踏まなかったな。轢かれる前に頭を踏みそうなものだが。
運がいいのか悪いのか。
むしろ少女に踏み潰されるとしたらどれだけの力があるのだろうか。
その時は『お前は
身動きの取れない状態で謝罪されようとも何もできない事に変わりは無い。
その件は保留として色々と情報を得なければならない。というか何かかけてほしい。
「毛布とか無いのかな」
「あっ! はい、はい。すぐに」
「それから……」
と言いかけたが少女は
しばらくして毛布がかけられ、様々な人の話し声が聞こえてくる。
内容までは聞き取れないが、一定のリズムでガヤ専用の音声というわけではなさそうだ。
街中ではガヤガヤと聞こえる声は珍しくは無いが、と思いつつあることに気付いた。
BGMが聞こえない。
町や村。ダンジョンなどに入ると専用の音楽が流れる。
ソロプレイヤーである自分は割りと音楽を聴くほうだ。逆にパーティを組んでいる者達は敵の位置を探るのに邪魔だと思っているので無音を好む。
では、BGMを聞くにはどうすればよいか。
専用コンソールを開いて設定する。
つまりはそれが出来ない今は音楽も自分のパラメータも細かい設定も調べられない。
一部の魔法によっては
アイテム鑑定くらいは出来るかもしれない。
私の場合はスクロールで代用するので魔法の習得に関してはこだわっていない。
様々な魔法を封入する『魔封じの水晶』というマジックアイテムもあるにはあるがかさばるので冒険には
「つかぬことをお尋ねしますが……」
「はい!」
ヤントラの身体の包帯を取り替えていた時に声をかけられ、驚いたようだ。
こちらが静かに尋ねているのにびっくりされるとは。
「この世界には魔法を使われる方はおりますかな?」
喋り方は適当だった。
「ま、魔法……ですか?」
魔法以外の聞き方があったら逆に聞きたいが。
「知り合いの
「何か特別な職業名とかも?」
「えっと……確か、マジック……キャスターとか。魔法詠唱者のことをそう呼ぶらしいです」
英語っぽいなとヤントラは思った。
のんびりと考察したいところだが、そうも言っていられない。
不自由な身をなんとかしないことには始まらない。
まず問題なのが排泄行為。
人間種とはいえユグドラシルは特にそういう事は言及されておらず、トイレなどは存在はするが使用しても意味が無かったと思う。何かしらのメッセージが出るだけだったかもしれない。
睡眠不要。飲食不要。酸素不要。
これはアンデッド系の特殊能力にあるものだが、アイテムや装備品の効果に含まれていることもある。
現在の私はそこまで便利な効果は持っていない。
排泄不要、のようなものは聞いた事が無い。というか現実の身体がお漏らししては大問題だ。
私のプレイスタイルからすればお腹が破裂していても不思議は無いし、仮に出すとしてもドラム缶並みの量が出る気がする。それくらいポーションなどを飲みまくった覚えがある。
想像したくないが一時間や二時間はこもり、下水を詰まらせる自信はある。
幸か不幸か
「とりあえず……、それだけ確認できればいいか……」
ヤントラの呟きに少女は小首を傾げた。
痛みが
「魔法は
「たぶん……。友人に聞かなければ分かりません」
一から十までの位階魔法がユグドラシルには存在し、位階魔法を超えた
その辺りはモモンガが詳しいので
魔法職ではないので
魔法の存在はあるらしい。では、実際に使えるのかが問題だ。
普段は専用のコンソールなどを呼び出すのだが、今回はイメージだけでやらなければならない。
こういう時、ご都合主義に感謝せねばまるまい。
あまりにも暇なので予備練習は済ませておいた。
昨日今日ユグドラシルをやったわけではない。
日頃の経験が可能とする職人技なのかもしれない。
でも、
「軽く……。〈
普段どおりに呼吸するのと同じように魔法を唱える。
ライト・ヒーリングは一度かけたくらいでは骨折までは治らない。
普段なら魔法の詠唱が成功すると何らかの効果音が聞こえるのだが、果たしてどうだろうか。
オナラみたいな音だったら嫌だな。
あと、やたらとうるさい効果音も恥ずかしいからヤダな。
全く無音で何も効果なしだったら、それはそれで恥ずかしいな。