※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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B-8 セバスと遭遇

 冒険者の時のような凛々しさは少し無くなっていたがとにかく無事で良かった。

 名前もアインドラの名は残すようだが、それはそれで問題は無い。

 養子も取ろう。

「婿(むこ)殿は何をしておられるのだ?」

 形式的には婿養子という形となり、アインドラ家として継続されることになった。

 サルヴァスパ家でも良かったのかもしれないが、娘のためを思ってくれたのなら何も言うことは無い。

「レエブン侯に依頼した書物や書類の整理をしているようです」

 普通の会話もちゃんと出来ている。少しずつ頑張ろうとラキュースは思った。

 あれだけの狂乱があったというのにヤントラの精神構造はラキュースを持ってしても想像を絶する。

 話しを聞いた上でも信じられない人間だとも思う。

 人を狂人にしてもなお、平静で居られる。そんなことが可能なのは悪魔でもないかぎりは不可能なことではないだろうか。

 ヤントラに与えられた部屋は質素な執務室になっている。

 無数の書類に囲まれているが文字は読めそうに無い。

 多少の単語は理解出来たが、長文はまだ無理そうだった。

「……解読魔法を探すしかないか……」

 そういう魔法のスクロール、魔法やマジックアイテムが存在するらしい。

 リ・エスティーゼ王国のマジックアイテム類は高額でヤントラが手に入れるのは難しい状況だった。

 手持ちの武器でさえ購入する金額がバカみたいに高額。

 ユグドラシル時代よりも数十倍は差があるのではないかと思うほどだ。

 数百倍かもしれない。

 安価なマイナー・ヒーリング・ポーションでさえ金貨で買うほど高額商品。

 それを数千本も所有している自分はとてもお金持ちなんだなとぼんやり思った。

 お金は無いが物資は豊富。

 金はある。ただ、ユグドラシルの金貨だが。

 各都市には魔術師協会という冒険者ギルドと同じ組織もあり、スクロールの購入も出来ると聞いていた。

 一応はプレイヤーの情報が無いか、ラキュースを寝かしつけた後で色々と探索はしてみたが、目立だった成果は得られない。

 得意分野が違うせいか、ただたんに探索がへたくそなのか。

 頭脳プレイは割りと苦手だった。

 あと、冒険者ギルドには行きたくなくなった。再登録も諦めようかと思う。

 もし、チャンスがあれば再登録をしてみる可能性もある。

 

 次の日はラキュースの為に共に外出することにした。

 装備品は魔剣を含めて自宅に保管し、二人共質素な服装で王都を散策することにした。

 こうしている間にもアインズは活動を続けているだろう。

 彼は種族の特性で睡眠不要となっているから、不眠不休で計画を練っているはずだ。

 他の都市の情報もレエブン侯の計(はか)らいで入手する算段はついたが目だった動きはないもよう。

「式はまだですから正式な夫婦というわけではありません。少し気楽にいきましょうか」

「は、はい」

 油断すると内股が出来なくなり、足元がおぼつかなくなる。

 家の中では色々な屈伸運動などで特訓しているが、一度身に付いたものはなかなか取れない。

 股を開いて腰を屈める。片足を出来るだけ真上にあげる。

 油断すると脱糞してしまうくらい尻はまだ緩(ゆる)かった。

 最初に出しておけばいいと気付くのが遅れたが、結構恥ずかしいものだ。

 

●↑●

 それでも彼(ヤントラ)は自分の恥部に何も言わずに手伝ってくれた。

 本当に愛してしまいそうになる。

 実際それでもいいとさえ思うが、同時に寂しさもやってくる。

 結婚生活をどれだけ長く続けられるのか、正直な話しヤントラもラキュースも分からないからだ。

 もう一人の女を手に入れると言っていたが一夫多妻で生活するのだろうか。

 それはそれで更なる狂乱が待っているのだろうが、彼には彼の思惑があるのだろう。

「現場復帰にはまだ少し時間がかかりそうです」

「数日中には戦闘訓練もしましょう。戦う女性は大好きです。ですが、時には敗走も選ばなければなりませ」

「はい」

 そこらのモンスター退治とは違う掛け値なしの命をかけた戦いが控えている。

 彼ですら抗えない強大な敵。

 少しでも未来を明るくするには避けては通れない修羅の道。

 険しすぎて生還率もほぼゼロ。

 あれほどの実力を持つヤントラですら自信が無いと言う。それならば人間である我々はどうしようもない。

 物理的には無理でも我々には情報という攻撃方法がある。

 人間には人間ならではの方法が。

 だからこそ彼はアインズを兵力で倒そうとしてはならないと訴えていたのだ。

 数を増やせば喜ぶ。それは多くの犠牲が彼を増大させるきっかけになるからだと。

「私が貸し与えた『強欲と無欲』というアイテムはガントレットの形をしていますが、攻撃には役に立ちません。ですが、このアイテムは多くの犠牲者の魂を吸い取り、新たなる可能性と引き換えにするのです」

「可能性とは?」

「その取り込んだ魂と引き換えに様々な願いをかなえます。使ったことがないので分かりませんが、肉体年齢を若返えらせるとか。珍しいアイテムを呼び出すとか、ではないかと。とにかくアイテムは豊富に持ってますからね。こちらは対処が出来ません」

 一見すると若返りは素晴らしいものだと思える。しかし、それは多くの犠牲者の魂と引き換えにするという話しを聞かなかったら、だが。

 更に他にも人智を超えたものを多数所持しているとか。

 不可能を可能とするアイテム。

 そんなものが存在するとは信じられない。確かに秘宝の類の噂は聞いたことがある。

 王国に五宝物が存在くらいだ。無いとは言い切れない。

 強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)が数多のアイテムを所持して世界を狙っている。

 そんな相手と戦う方がどうかしている。

 ただ、世界を滅ぼそうとはしていない、というのがよく分からない。

「まずは人助けで名声を得ようとするでしょう。したたかな奴ですから。既に冒険者になっているかもしれません。個人的には人間蔑視ではないのです。ただ、種族の特性で人間に対する価値観が極端に低くなっているのです」

「殺人を犯してもなんとも思わないということ?」

「人とゴミが区別できない。そんな感じです。カルネ村を救ったのは奇跡だったのかもしれない。僅かな部分は人間的なのでしょう。でなければ大群をとっくに率いてます」

「そんな相手と戦うあなたも凄いですね」

「抵抗くらいはしたいです。同じ人に憧れた者同士、ぶつかっていきますよ」

「その『たっち・みー』とはどんな人ですか?」

「とても真面目な人です。人助けを仕事にしていて私の大好きな人です。種族的には異形ですが、正義の鉄槌に容赦なし。それに随分とお世話にもなりました。公私共に……」

 純銀の聖騎士。

 彼の活動は憧れを抱くに充分だった。

「さて、話しを聞いてもらって悪いのですが、貴族の人達には彼らと交渉する気はあるのでしょうか?」

「難しいかもしれません。得体の知れない者に下げる頭は無い、という人達ですから」

 ヤントラは既に王国がアインズとの接触に失敗すると見込んでいた。

 だからこそ兵士の心配をあれほどしていたのだ。

「大貴族派閥のほとんどが敵ですから。領土も全体の七割が貴族の管理化です。王の力は弱まるばかり」

「どうせなら貴族に直接攻撃すればいいのに」

「……全くです」

 二人で歩くのも悪くは無いなとラキュースは思った。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ラキュース達が魔術師協会に着くとヤントラは見覚えのある人物を発見する。

「……やはり……、彼が知り合いの子です」

 と、指差された先に子供は居なかった。居るのはがっしりとした体形で紳士的な印象をかもしだす老人。執事にも見える。

「どこに子供が居るのですか?」

「失礼、あの執事(しつじ)風のおじいちゃんです」

 苦笑しながらヤントラは言った。

 ラキュースは改めて老人に顔を向けると、こちらに顔を向けてきた。

 目が合った。

 今にも突撃して来そうな殺意にも似た雰囲気が発せられる。

 今の今まで普通の通行人だったのが信じられないほどだった。

 いや、尋常ではない。身体が逃げろと訴えているくらいだ。

 なんだあ(・)れ(・)は。と言いたかった。

 少し経ってから殺意は消失し、丁寧にお辞儀してきた。

「これはこれはバスパ様。お久しぶりにございます」

「そうだな、セバス。君も元気そうでなによりだ」

 ヤントラは手を挙げて気軽に挨拶した。

 あれほどの相手にも動じなかったのか、と彼の顔を覗き込むととても嬉しそうな顔をしていた。

「いやいや、やはりというか君が来ていて良かったよ。それで他には誰を連れて来た?」

「はっ、お供はソリュシャン一人でございます。この都市でスクロールの調査をアインズ様より承っております」

「……ふむ。大方の予想通りに動いているな、あいつは。ところで、セバス。時間があれば話しを聞いてくれないか? あと、こちらは私のお嫁さんになる予定のラキュースさんだ」

 ヤントラに紹介されてラキュースは頭を下げる。

 ただ、言葉が出てこなかった。

「おおっ。これはおめでとうございます。バスパ様の連れ合いになられる方だとは。私はハウス・スチュワードのセバスと申します」

「君の殺気で言葉が出ないみたいだ。もう少し肩の力を抜いて歩いてくれないと人間にバレるよ」

「これはとんだ失礼を。申し訳ありません。私はまだ人間社会の常識を勉強している最中(さいちゅう)でございます。どうか、お気を悪くなさらないで下さいませ」

 丁寧な口調。仕草も完璧な執事。

 これがとても人間とは思えない。というよりもどれほどの化け物なのだろうか。

 アダマンタイト級の冒険者の勘でも戦えば殺される、と思った。

 そんな相手なのにヤントラは数年来の友人に語りかけるように話しかけている。

「ソリュシャンが居るのは少しまずいが、まあ仕方ないか。それで目的のスクロールは見つかったのか?」

「はっ。中々に興味深いものです」

「それはいいのだが……、まだ忙しいか?」

「荷物を置けばお時間が出来るかと」

「……なら、監視を付けずにアインドラ家に来てほしい。とっくに調査は済んでいると思うが……、話したいことがある」

「では、そのように……。ですが、命令に背(そむ)くことは……」

「いやいや、裏切れとかそういうことじゃないから。後で報告してくれてもいい内容だよ。ただ、ラキュースさんを一人には今は出来ないんだ」

「そうでしたか。では、のちほどお伺いいたします」

 最後まで丁寧な老人。そうラキュースには見えた。

 全く表情を崩さない完璧すぎる執事。

 あれと戦うのか。今の自分には無理そうだ。そう結論が出てしまった。

 帰りの道中、身体の震えは一向に治まらない。

 あれはいったいなんなんだと。

 あんなものが野に放たれていていいのか、と訴えていた。

 ヤントラが危険視していた理由を今更ながらに感じる。

 甘かった。

 パーティで対処できるレベルではない。

 あれがまだ他にも居るのだろう。

「……怖かったかい?」

「と、とても……」

「攻撃では他に引けを取らないセバス・チャン。彼はまだ話しが通じるし人間蔑視も低いから安心してくれ。敵に対する容赦は無いけどね」

 楽しそうにヤントラは言う。

「彼がさっき言っていたたっち・みーが作り上げた部下だよ。私も随分と可愛がっている中の一人だ。戦いになったら負けるかもしれないが、あれはあれで素敵な子(・)だ」

「子供扱いしていらっしゃる?」

「作られてから十年くらいだから子供だろう。見た目は老人という設定だから仕方ない。他の子もそう。外見を創造主に与えられているし、能力なども与えられている。普通のモンスターとは格というか規格外の異形だ。一般モンスターと同等に扱ってはいけないよ。彼らはすべからく人間的思考の出来る賢い化け物だ。敵として会えば命を捨てる覚悟でないと」

 人間的思考を持つモンスター。それはとんでもない化け物だ。

 対処の裏をかける。相手の手札の読みあいもしなければならない。

 一般の兵士に対応など出来るはずがない。

 

 どうしてあんなモンスターが居るんだ。

 そもそも、と思いつつ疑問に思う。

 彼らは何所から来たのだろうか。桁違いのモンスターはここ数年、情報は入ってきていない。それがいきなり現れたのはおかしい。

「彼らはどこから来たのですか?」

「良い疑問だ。別の世界から、としか言えない。そこでは彼らも雑魚モンスター扱いだ。どういう原因かは知らないが我々はこの世界に飛ばされてきた。彼らも混乱している。だから調査しているんだ。我らの知るモンスターの姿もあるし、この世界の秘密に何か関係があるのかもしれない。位階魔法もこの世界にあるわけだし」

「信じられない……」

 いや、それが真実なのだろう。

 来てはいけないモンスターが大勢とばされてきたのだ。

 その規格外のモンスターを率いているのがアインズ・ウール・ゴウンだとすると世界に侵攻をかけて征服するのも時間の問題だろう。

「……だからあなたは……」

 それを分かっているから起こりうる悲劇をいち早く長々と伝えたのだろう。

 せめて苦しみが少しでも和らぐように。

「本当は倒したくないんだ。彼らと仲良くする道があれば……、楽しい未来があるかもしれない。だが、彼らの種族特性は人間には受け入れがたいものが揃っている。あらゆる異形が居るからね。人間側である私には悲劇しか見えないよ」

「そうでしたか。そのお心遣いを理解できず申し訳ありません」

 ラキュースは素直に頭を下げた。

 この結婚も自分の全てを投げ打つ決意の表れ。

 だからこそ長い時間、快楽の饗宴を満喫したのだろう。

 何者にも制限されることなく、狂い死にするほどの性的興奮。

 だが、それでも彼の精神は冷静さを保ってしまった。

 それは肉体的な問題にもかかわっているのかもしれない。

 彼とて精神が壊れたらどれほど嬉しかっただろうかと。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 自宅に戻り、ラキュースはヤントラの為に料理を作ろうとした。しかし、話しを聞いたせいか手際が悪くうまくいかなかった。

 こんなに恐怖するのは始めての経験かもしれない。

 戦線復帰はもう少し先になりそうだ。

 それから三十分くらい経ってから先ほどの執事セバスが来訪してきた。

 たった一人で。それだけでも迫力は凄まじい。

 立ち居振る舞いが完璧すぎるせいもある。

「よく来てくれた。不可視化のモンスターとか、けしかけるなよ」

「それは大丈夫でございます。私はお約束を守る事にかけては自負しておりますので」

 朗らかに笑うセバス。

 丁重に執務室に案内するヤントラ。

 ラキュースは自分に出来ることは飲み物を運ぶだけかもしれない。

「君とゆっくりと話したいところだが、なかなかこちらでも難儀していたよ」

「それはまたご苦労様でございます」

「一つ尋ねるが……」

「答えられるものならば」

 受け答えも丁寧。ヤントラが想像していた通りのセバス像が目の前にあった。

 彼らの忠誠心は絶対。

 アインズが余程のまぬけをしておかしな命令でも出さない限りは彼らは完璧に仕事を達成しようとするだろう。

「文字を解読する魔法やアイテムは持っているか?」

「はい。アインズ様より貸与(たいよ)されているアイテムがございますが」

 そう答えたセバスの目の前に無数の書物と書類をまとめたスクロールの束が置かれる。

「これを早急に解読し、部下たちと共有しろ。お前達は世界をなめている」

「これは手厳しい」

 セバスは一冊の書物を手に取り、開く許可を求めたので頷きで答えた。

 中身は細かな文字がびっしりと埋め尽くされた魔導書のようにセバスには見えた。

「王国、帝国の法律関係の書物だ。法国は入手が困難らしくてな。それだけでも勉強してくれ」

「はっ」

「それとこの書類は土地の取得方法などをまとめてもらったものだ。ところでナザリックは……」

 と言いかけたところでラキュースがお盆に載せた飲み物の入った器を運んできた。

「ど、どうぞ」

「これはどうもご丁寧に」

「君もここに居ていいんだよ」

「で、では、お言葉に甘えまして」

 あまりセバスに近づきたくなかったのか、ラキュースはヤントラ達から離れた位置に椅子を運び、座った。

「続けるよ」

「はい」

「ナザリックの位置は何所(どこ)なんだ。この地図に印(しるし)を付けてくれ」

 そう言われてセバスはチラっとラキュースを見たがすぐに地図に視線を向ける。

 胸のポケットから万年筆のようなペンを取り出し、小さな丸を書いた。

「だいたいの位置はここです」

 それは城塞都市エ・ランテルとトブの大森林の中間にあるところだった。

 ラキュースもそこに何か特別な建物は無かったと記憶している。

「……やっぱり近い位置にあったか。予想通り王国領内だな」

「作用ですか」

 領内についての知識が無かったセバスは軽く返答してしまった。

「作用ですか、じゃないよ。お前らが活動すると世界が崩壊する。それだけの力があるんだよ。せっかく冒険者になって遊べると思ったのに……」

 急に子供じみた駄々をこねるヤントラ。

 普段の彼は得体の知れない部分はあるけれど、今のはきっと本音だ。そんな感じがした。

「アインズのことだから、ろくでもないことをするに決まってる。って言ったか。それはまあいい。過ぎてしまったことは仕方ない」

「申し訳ありません、バスパ様。至高の御方々に連なるあなた様のお考えを理解できず……」

 化け物がヤントラに謝罪した。それだけでもラキュースにはびっくりだった。

「敵対プレイヤーは未だ不明だ。この三国の外かもしれないし、スレイン法国かもしれない。この法国については情報が得られにくいそうだ。あいつも注意はするだろうが、私にはさして問題ではないがな」

「はっ」

「正直に言えばお前達と殺しあいたくない。愛おしい子供達だ。それは私にとってもな」

「バスパ様にそう言ってもらえるとは、このセバス。大変嬉しゅうございます」

 ヤントラは頷くだけで話しを進める。

「王国はアインズを危険視しているし、私も危険だと教えておいた。何故だと思う?」

「昔からアインズ様とは仲がよろしくなかったと記憶しておりますが……」

「お前とデミウルゴスのような感じかもな。ただ、違う。あいつは手段を選ばない」

 セバスは黙って聞き入った。

「顔を隠していればいるほど不信が募(つの)り悪影響が増す。それに気付かないのがアインズだ。言い訳ばかりで棚上げに次ぐ棚上げ。結果は予想がつく。立派な魔王の出来上がりだ。敵対プレイヤーが居ないと知ったトタンにあいつは増長する」

 怒りにも似た感情でヤントラは吐露(とろ)する。

「世界征服するならやればいい。その代わり私は命を捨てて抵抗させてもらう」

「……よく理解できない私に教えていただきたい。ご期待に沿うよう努力いたします」

「征服者の末路をセバスは知っているか?」

「……申し訳ありません」

「やることなくて自滅するんだ。新しい発見を潰しすぎたからな。それをアインズは辿(たど)ろうとしている。この結果は決して覆せない。それはあいつが長く生きる者だからだ」

「末永く世界を支配する事に何の疑念がございましょうか」

「その言葉、二千年後にもう一度、私に言ってみろ。そして、五千年後にもだ。更に十億年後にも言ってみろ。それでも楽しい世界ですよ、と答えてみろ。やれるものならな」

 セバスは何も言えなかった。突飛過ぎて答えられなかった。

 長く生きる者なら永遠でも答えられる、はずだ。

「五千年や十億年は言い過ぎだな。そこまでになると私も大人しく死んでいたいと思うだろう。……最初は軽く二百年くらいか……」

 化け物を叱るヤントラもすごいな、と改めて思った。恐怖に震えていた自分とは全く存在が違っている。

「何でも思い通りになって楽しいのは数年だけだ。その後は退屈しか残らない。そう言っているんだ。そんな世界は私はごめんだね。つまらない! 生きていられるかってんだ! ふざけんなと」

 彼は何度も言っていた『つまらない』と。

 その理由が世界の、とまで思いかけラキュースは首を傾げる。

 世界の、なんだろう。適切な言葉が浮かばない。

「……あの、ヤントラさん」

「ああ、ごめんね。興奮して」

「いえ……。ヤントラさんの言う、つまらない、とはいったい?」

「何も生まれない世界。それが私の嫌いな世界だ」

「何も生まれない世界……? あの、世界の何か、という表現ではどんな言葉で説明できますでしょうか?」

「ああ。それだと……、世界の停滞だね」

 そうだ。

 ラキュースの脳裏にかかっていた雲が晴れるような気分になる。

「生まれず、ただ横に流れるだけ。上にも行かず、下にも行かず。何も楽しいことも辛いことも新発見も無い」

「……それのどこがダメなのでしょうか?」

 セバスには理解できない。だから、尋ねた。

「そんな世界でお前達はどうやって手柄をあげる? 何も起きない世界では誰も何も出来なくなるぞ。新しく開発するとしてもアインズにも限界がある」

「それは異なことを。至高のお方に限界など……」

「ある。あいつは知識欲の塊(かたまり)だ。それがなくなることは耐えられないはずなんだ。それに気付かないようでは、愚か者としか言えない。セバスの手前、アインズの悪口を言っても仕方が無いが、君たちが野に放たれると冒険が出来なくなる。桁違いの能力を持つ君達にすべからく蹂躙されるからだ。楽しみにしていたのに、圧倒的戦力で駆逐(くちく)されてはたまったものではない」

「それはまだ早計(そうけい)なのではないでしょうか?」

「そう思っていられるのも今のうちだ。あいつは自慢するのが好きなやつだから。どこかで力を誇示するだろう。丁度いい戦争も近々あるし、超位魔法を遠慮なく使ってくる」

「支配者としては当然の権利かと」

 さも当然と答える執事。それはそれでラキュースにとっては恐ろしいことだと感じる。

 二人の会話は聞いているだけで身の毛がよだつ。

 

 ヤントラは先の先までを見通しているようだ。

 先手に出る前に潰したいのだろう。それにアインズというのはとても厄介な存在なのも感じた。

 強大な力を誇示するためならなんでもする、という風に聞こえるが本当はどうなのだろう。見たことがない、というのはとても怖いことだった。

「支配者はナザリックの中だけでやってくれ。人の世に干渉するのは最小限度にしてほしい、と言いたい。まあ、あれだけのふざけた能力を持っているやつだ。君たちのほうが記憶力があるだろうから、話しているんだ。私は物覚えは良い方ではないからな」

「はっ。できるかぎり伝えてみます」

「……セバスは伝えるの上手かったっけ? ……ちゃんと正確に言わないとまずいからな。

あと、各地の都市とか攻撃するなよ。悪人退治なら私も協力は惜しまないが、一方的な虐殺は人間種である私にはちょっときつい」

「出来る限り努力いたします」

 そう答えたセバスにヤントラは深く息を吐き出す。

 言いたい事を言えるだけ言った、という風にラキュースには見えた。

「それで……、こちらの方はペット、と思っていいのでしょうか?」

「はっ?」

 あからさまにラキュースは眉根を寄せた。

「お前達からはそう見えるのかもしれないな。これから死ぬかもしれない男と一緒になってくれる優しい女性だ。手は出すなよ」

「そうですか。バスパ様のお世話をお願いしますね」

 今ならセバスという生き物の笑顔はとても邪悪なものに見えた。

「この国は意外と治安が悪いと思うが、セバスは何か気付いたか?」

「さあ? それはまだ未調査でして」

「法律の壁がある。いくらお前でも手を出せばアインズに迷惑がかかる。慎重に行動しろよ」

「畏まりました。お心遣い感謝いたします」

「そう言ってお前のことだ。きっとトラブルに遭うだろう。たっち・みーの精神を受け継いでいるんだ。そこでお前はなにをどう判断するのか見てみたいな」

 実に楽しそうに話すヤントラ。

 表情がコロコロ変わるが、今はなんとなく悪い気はしない。

 少なくとも、ヤントラは人間の味方であり、彼らの事も気にかけている。

 化け物にも愛を注げる存在を失っていいのだろうか。

 聞けば聞くほどアインズという化け物に対して腹が立ってくる。会ったことないけど。

「その時のための法律書だ。それでも裏をかくのが悪人というもの。お前一人で解決できると思ったら大間違いだ」

「肝(きも)に命(めい)じておきます」

「裏に貴族が居たら、それでも対処は無理だろうが、色々と経験しろ。君達NPCは様々なことを学べるはずだ。それを無くす事は私は嫌だ。経験は大事だぞ、セバス。強大な力を持っても手に入らないものがある。お前にも見つかるといいな。大切と思う心とか」

「分かりました」

「散々言ったが私としてはアインズの悪評を広めたくは無いんだ。だが、悲しいかな。所詮は異形だ。その特性には逆らえない。気付けない、とでもいうのか」

「では、どのようにしたら良い宣伝になるのでしょうか?」

「慈善活動なんだろうけど、それだとわざとらしすぎて不審に思われる。私の考えている計画を聞いてくれるかな?」

「ぜひ」

「その土地取得の書類でナザリックの……、近辺の土地をなんとか手に入れる。合法的にな。仲間達が集めた数々の宝を展示する美術館を設営する。入館料は手ごろなものにすること」

「それは……良い案だと思いますが、盗掘や盗難のおそれが……」

「丁度いい人材がたくさん居るだろ。ナザリックには」

「ナザリック・老墓守(オールド・ガーダー)達などのアンデッドの事でしょうか?」

「一般の盗賊ならあの程度の雑魚モンスターでも対処できる。ダメ押しに数体の死の大魔法使い(エルダーリッチ)を控えさせておけばいい。歴戦の冒険者でもない限りは簡単に撃退できる」

「出来るんですか? 彼らの実力は未知数だと……」

「ここにアダマンタイト級が居る。それよりは弱いだろう」

 セバスはラキュースを頭から足元まで眺めた。

「さすがはバスパ様。ですが、実現には色々な壁がおありのようですね」

「秘宝を持ち出すんだ。それくらいなら頭でも下げてやるよ。私のプライドは下水くらい汚い」

「最奥の秘法までともなると……」

「そこまではやらんでいいだろう。神器級(ゴッズ)を一個と後は低ランクを定期的に並べ替えればいい。つまり観光資源だな。それならアインズの名声も少しはよくなるだろ?」

「なりますか? いえ、バスパ様のご意見は報告にあげさせてもらいます。しかし、見るだけで、というのは……」

 ここでラキュースが身を乗りだす。夫が頑張っているのだ。妻も頑張りたい。

 椅子を少し移動させて深呼吸をする。

「秘宝はみんなの憧れです。拝見したいと思う者はたくさん居ると思います」

「注意しなければならないのは、既に所有している存在から奪うことだ。それだと略奪者の汚名を着せられる。あくまで展示はもともと存在していた宝に限定することだ」

「はい」

 と、ラキュースも頷く。

「一個ずつケースか何かで触られないように盗まれないような『警報(アラーム)』とかかけておく。……『警報(アラーム)』って魔法があったかどうかは覚えていないが。もし居てもすぐ殺すなよ。国と連携できたら突き出すだけにする。無闇な殺生はイメージ的にも悪い。実現には色々と貴族には犠牲になって貰わないといけない気もするが……。まあその時になったら詰めればいい話しだ」

「では、見飽きた場合はどうすればいいのでしょうか?」

「世界各地の人間とか……」

 途中まで言いかけてヤントラは何かに気付いたのか、頭を抱えた。

「どうしました?」

「人間種のせいか、人間のことしか考えられなかった。そっか、亜人も居るもんな。知能の低そうなやつらとか来たら嫌だな……。竜(ドラゴン)は知能は高いかな……。そうだといいんだが」

「なるほど。そういうことも想定されますね。大変勉強になります」

「人材がアンデッドばかりというのも……。こういう悩みをアインズは奪うんだよな……。

もっと長期的に物事を見てほしいが……。まあ、詮無いことには変わらないな」

 少し疲れたようにヤントラは言う。

「それにしても疑問なのですが……。そのアインズという人はまだ行動に移していないのではないですか? いやに先の未来ばかりの話しに聞こえてきますが……」

 ラキュースはヤントラが『未来視』の生まれながらの異能(タレント)持ちなのではないかと思えてきた。

「遅いくらいだ。私が危惧する者の中にデミウルゴスという悪魔が居る」

「悪魔、ですか?」

「種族的には人間の天敵だ。あいつが動けば君たちの世界は悲惨な末路になる。そして、それはアインズの行動にも影響する」

「えっ?」

「アインズはとても仲間思いの強いやつだ。全ての部下にいい顔をしようとするだろう。当然、デミウルゴスも入ってくる。計算高いが奴も人間蔑視の異形種だ。人間は全て家畜として飼育すべき、と思っている奴だ。既にどこかの国に行って牧場経営の案でも練っているだろうよ」

 その言葉にセバスがはっとなった。

「バスパ様。彼に限って……、それはありえるのでしょうか?」

 今まで平静を保っていたセバスが少し焦っているように見えた。それはとても嫌な予感だった。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ヤントラは大抵のNPCの思考は熟知している。

 戦闘メイドのことも。他のシモベと呼ばれる者達も。

 階層守護者もだいたいは把握している。

「外に出しては危険な君たちが外に出たんだ。世界の崩壊は既に始まっている。これでも遅いと私は言った。一国の犠牲で済めばいいがな。支配者のためなら手段は選ばない。あいつは『悪』を体現した存在だから。せめてナザリックで参謀のまま大人しくしていてくれればいいんだけど……。その点で言えば戦闘メイドはまだ可愛い方だ。ルプーに会ったが、見てないと誰かを殺しそうで心配だ。敵対していいのは敵だけだ。普通の人間は襲ってはダメなんだ」

「私の方でも彼らを注視しておきますが……。さすがはバスパ様。我らのことをよくご存知でいらっしゃる」

「この世界に生きる者と異邦人たる我々が手を取り合う未来がいいのだが、ぶちこわしになる確率がとても高い。冒険心が無いのかね、アインズは。せっかくの異世界なのに」

「仕方ありません。あのお方はナザリック地下大墳墓の最後に残った支配者でいらっしゃいますから」

「なんで私は寝正月に付き合っちゃったんだろう……。タブラめ……。あいつと二人きりなんてやだ。どうせなら茶釜姉さんがいい」

 頭を抱える謎多きヤントラ。

 ラキュースは少なくとも彼は人間の味方で居るのは理解した。そして、それを壊す存在も知っている。

 こういう人を大切にしなければ世界の損失かもしれない。

「ナザリックの場所は分かった。いずれ使者も向かうだろう。……きっと腹を立てると思うが、その時のための礼儀作法の書物だ。来る前に読んでおけと」

「何から何まで、準備していただいてありがとうございます」

「神器級(ゴッズ)以下の武装でだぶってるのあったらくれ、と言っておいてくれ。私の武装は心許ないから」

「はい」

「こちらの使者に王女が居たら、相手をするのは難儀だが、彼女はとても賢い。いい戦いになるだろう。王国を後ろ盾に出来たら、面白いかもな」

「では、貴族の場合では?」

「あ~、ダメダメ。肉片になって散らばる。頭ん中は権力と金勘定のことしかないから」

 あっさりと即答するヤントラ。

「だって、宝を見せたら金貨に換算することしかしないんだ。無理だろう、平和的な話し合いなんて」

「なるほど。さすがはバスパ様。我らの宝物は至高の御方々が心血(しんけつ)を注いで手に入れられたもの。それを侮辱するものはアインズ様も許しますまい」

「なっ? 見なくても分かるだろう?」

「確かに。それを知るバスパ様もさすがと、このセバス、感服したしました」

「意見が平行線のやつと読み合いするのヤダ。頭脳労働は苦手分野なんだ。セバス、この書物はしっかりみんなと共有するんだぞ」

「はい。確かに承(うけたまわ)りました」

 セバスは丁寧な所作で書物を袋に入れた。

 バスパは一先ず伝えられる事は伝えた。

「私は……、君たちが好きだ。だが、この世界でも好きな人が出来た。どちらも大切なんだ。せめて楽しい未来を歩みたい」

「それが叶う事を、このセバスも祈りましょう。それから、ご結婚おめでとうございます」

「式はまだだが。ありがとう。次も会えるのかは気になるが」

「はい」

 話し合いは終わり、セバスを見送るヤントラ。

 そのヤントラの背中は寂しさで満たされているのかもしれない。

 

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