ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
帝国での任務を終えた
「
安易にアンデッドをレンタルする事業を始めていたら阿鼻叫喚の地獄絵図の出来上がりだ。
なるほど、と何度もアインズは思った。
便利だと思ってデメリットを考えずに行動すれば取り返しの付かない事態になっていただろう。
「全てのアンデッド兵が
問題点は発生しないと分からない事もある。
人的被害は起きていないので少しだけ安心はしたが慢心は良くないだろう。
「外敵アンデッドなら特に問題は無いと思うが……。そればかりに特化すれば欠点を突かれるな」
自分が敵なら欠点を突く。
戦略の基本だ。
「捕らえた
「知性に乏しいアンデッドという意外は特に……」
多少は強いアンデッドではあるけれど、特筆すべき点が見当たらない。
もう少し賢ければ、とは思うが脳みそが腐ったアンデッドに期待しても仕方が無いだろう。
「
「まあ、それは仕方あるまい。高望みしても仕方が無い」
珍しいアンデッドには違いがない。
天然のアンデッドは意外と醜いものだ。
ユリを創造した者の技量にもよるのだろう。
その点で言えば女性陣はどれも美人揃いだ。
「カッツェ平野の霧か……。極端に強いアンデッドは現れず、
エ・ランテルは肉体のあるアンデッドが色々と出て来る。
墓地だから、ということもあるのだろう。
極端に強いアンデッドが現れると犠牲者が増えるだろうが、そろそろ歯ごたえのあるアンデッドを少し投入して様子を見ることも検討した方がいいだろう。
どの程度のモンスターならいいのか、という問題はあるけれど。
報告を聞き終えた後は冒険者モモンとしての活動を始める。
一人二役を今さらやめることは出来ないだろう。
イビルアイとンフィーレアからも正体を明かすことにメリットが無いと言っている。
あと、気になる点はアインズ当番とアルベドを連れて行けないことだ。
アルベドは魔導王と共に連れ出せるのだが、部下の扱いは数年経っても不得手というのは不味いのだろう。
今回は遠いエ・アセナルに赴く。
いつも近場ばかりでは他の冒険者の仕事を独占し兼ねないし、一箇所に留まっても新しさがない。
アーグランド評議国に近く、多くのモンスターが出没し易い地域だと言われている。
遠くに見える山の頂上は雪に覆われている。
気温も低く、冬特有のモンスターも出て来る。
季節で言えば夏に近い。けれども厚着しないと肌寒い。
都市で宿を探している最中にナーベはいきなり倒れこんだ。
「ナーベ? どうした?」
抱き起こそうとすると赤い顔が見えた。
十人が十人、風邪だと答えそうな状態だった。
アンデッドではあるが体温は関知できる。
「具合が悪いなら……。いや、言える場合ではない、ということもあるか……」
出かける前に身体検査を受けてきたのだから、急に体調不良になってしまってはどうしようもないだろう。
近くの宿を借りて寝台に寝かせる。
迂闊に医者に見せる事は出来ないので、連れて帰るか薬でも買って飲ませてみるか。
異形種の病気と言うものは縁がなかったので対応に苦慮する。
まずは戦士化の魔法を解く。
「〈
アインズも実は習得している『
普段は恥ずかしいので部下の前では使えない。
「信仰系の者を至急、寄越してくれ。ナーベが病に倒れた」
待機している信仰系はルプスレギナが居たのだが、少し心配だった。
数分後に『
「うわっ、熱いっすね。風邪……だと思いますけど……。魔法が効くかな……」
暑さに耐えるように身悶えするナーベ。
鼻水どころか鼻血が出て来た。
「ナーちゃん、あんまり暴れると魔法が……」
「風邪とはこんなに酷い状態になるものか?」
高熱や頭痛は分かるが、痛みに強い異形種が身悶えするほどというのは想像出来なかった。
「……あっ……う……」
「ありゃ……、顔が膨らんでいるような……」
「なに?」
熱膨張、という言葉が過ぎったがアインズの目の前でナーベの顔は確かに膨らんでいるように見えた。
急激な変化というわけではないが。
「お、おい、大丈夫なのか。これは風邪なのか?」
「わ、分かりません。ナーちゃん、しっかりするっすよ。
と、魔法を唱えようとした時にナーベが少しだけ激しく暴れた。
バン。
聞きたくない音が室内にこだまする。
辺りに撒き散らされる赤い液体。
「うえぇ……」
顔を赤く染めるナーベの形容しがたい嗚咽の後に床に何かが落ちる。
「………。おい、これはなんだ?」
「分かりません」
と言いつつ空中を掻くように腕を動かすルプスレギナ。
「ルプスレギナ? ……お前、……前が見えていないのか?」
「えっ? 前? ありゃ、私は……、あれれ? うえっ!?」
ナーベだけではなく、ルプスレギナにも異常事態が発生していた。
片手が吹き飛ばされたのか、砕けた手首から血が止め処も無く流れ落ちている。
それだけではなく、顔の上半分が削られたようになっていて、眼球が垂れ下がっていた。
口より上が砕け散っている、とも言える。
「と、とにかく、治癒魔法だ。出来るな? 落ち着いて唱えろ。私が側に居るからな」
「は、はい。あはは、痛いっす。ああっ、とても痛いっす。全然、前が見えないっすよ」
ルプスレギナの肩を軽く叩いて落ち着かせ、治癒魔法を使わせた。
室内の惨状は今は考えない事にする。
数分の後に回復するルプスレギナ。その後でナーベに治癒魔法をかける。
その間にアインズはナーベの顔から生まれて床に落ちたものを見つめる。
爆弾系のモンスターかと思った。
「わぁ! ダメっす!」
「何がだ。って、おお! なんだこれは!」
ナーベの顔がまたも破裂。そして、黒い玉が床に落ちる。
治癒魔法をかけると生まれるのか、景気よく血が飛び散る。
「不味いな……。冒険は一時中断だ」
アインズはナザリックに帰還しようと思ったが、宿を借りたまま失踪するのは具合が悪いだろうから応援を呼ぶ事にした。
医療班と清掃班。そして、謎の黒い玉の調査班を。
「ナーベラル、ルプスレギナ。一旦帰還せよ。それとパンドラズ・アクターを呼べ」
命令を飛ばしていくアインズ。だが、呼びつけたパンドラズ・アクターも調子が悪そうだった。
返事が出来ないらしく、羊皮紙による筆談だった。それでも身振り手振りは大仰だったが。
「お前もか。他の者は無事なのか」
別のシモベは異常は無いようだと答えた。
宿屋で考えても仕方が無いだろう。
清掃が終わり次第、宿を引き払い、帰還する事にする。
冒険よりも大事な
第九階層に用意させた簡易的な医療施設でナーベラルは寝かされていた。
「この黒い玉は……
「治癒魔法に反応すると爆発するという……」
「ナーベラル様、パンドラズ様の顔からたくさんの幼体が採取されました」
遠距離から攻撃すれば他愛も無く倒せるモンスターだが、至近距離ではひとたまりも無いだろう。
高レベルのルプスレギナすらダメージを与えるのだから侮れない。
「……じわじわと広がる細菌どもか」
アインズは怒りのオーラを噴出する。
現地特有のモンスターかもしれないが腹が立つ。
「取り除くことは出来るか?」
「原因が特定されましたので、静かに取り出す分には大丈夫のようです。パンドラズ・アクター様の処置はもうすぐ終わります」
体内に入り込めば相手が死ぬまで爆発し続ける。
アンデッドモンスターなので適切な魔法を使えば簡単に消し去る事が可能だ。
「産み落とす数は一体につき一つのみ。多産であればもっと厄介な結果になっていたでしょう」
「全くだ。対処方法を考えておいてくれ。あと、こいつをどうするかな……」
敵に使う分には有効的なモンスターなのだが、自分達に使われたので駆逐したくてたまらない。
ルプスレギナは既に回復し、ナーベラルも復帰できるだろう。
治癒魔法の強弱によって爆発の程度も判明してきた。
低位の治癒では爆発力が小さく、高位の治癒だと大爆発する信仰系にとっては天敵ともいうべきもののようだ。
対スレイン法国用に残した方がいいのだろうけれど。
「治癒魔法にしか反応しないのか?」
「それは実験してみないことには……」
「そうか。では、任せた。それから被害にあった者達は一日の休息を命じる。念のために他の者も身体検査をするように言っておけ」
「畏まりました」
医療担当のシモベを下がらせる。
アルベドが機嫌の悪いアインズの元に訪れる。
「小さい脅威は侮れない。アルベドも検査を受けるように」
「畏まりました。アインズ様、慎重さが足りず、申し訳ありません」
「いや、いいのだ、アルベド。油断していた私の責任も大きいだろうから。菌類に疫病。我々にとっての新たな強敵ということかもしれない」
アンデッドモンスターはナザリックにとっては友好的な存在のはずが、逆に苦しめられることになるとは想定外だ。
だが、悪い事ばかりではない。
想定外を想定内にすればいいだけだ。
高速治癒する者の場合は多少の爆発では動じないだろう。
とはいえ、美しいナーベラルやルプスレギナの顔を損壊させるとは、憎たらしいにもほどがある。
「ンフィーレアにもサンプルを渡して研究してもらおうか。人間の発想も時には役に立つだろう」
自由な発想は強い武器となる。
動じないのはダメージを受けない、という意味ではなく爆発しない、ということだ。
触る分には疫病らしきものは撒き散らさない。
体内に潜伏していると風邪に似た症状になる。それも異形種が。
今のところはここまで判明した。
復活したナーベラルとパンドラズ・アクターを労い、仕事を再開する事にした。
異物除去用の粘体を今回は携帯する事にして再度、エ・アセナルに向かう。
単純な物理攻撃では何もおきない。
「ナーベラルとパンドラズ・アクターの二人だけで請け負った仕事については覚えていないのか?」
「申し訳ありません。薬草採取やモンスター討伐以外に思い当たるものがありません」
現場はアインズの知らない場所というものは一つもなかった。
疑えばキリが無いのだが、全て怪しい事になる。
「ルプスレギナの様子から攻撃者の強さに応じた反射攻撃のようなことをする特性があるようだな。高レベルのルプスレギナが被害を受けるほどなのだから」
正の攻撃を負の攻撃として反射する。その逆は今のところ確認出来ない。
かといって超位魔法で吹き飛ばすのは、なんかもったいない。特に魔法を使うことが。
改めてエ・アセナルの宿を取るのだが、また来たのか、と言われるかと思った。急いで撤退してしまったから。
緊急時だったし、気にしてはどこも泊まれないだろう。
まず滞在拠点を把握し、それから冒険者組合へと向かう。
というよりハムスケを連れてくるのを忘れてしまった。
「……ん~。慌てているとロクなことがないな」
モモンは一旦、外に出て『
正直、居なくても良かったような気もするが漆黒のメンバーなので一緒でなければ不味いだろう。
それがたとえ初めて来る土地だとしても。
噂の整合性が崩れると後々、面倒ごとに巻き込まれそうだから。
どうやってエ・アセナルまで来た。と言われて、歩いて。とは答えられないだろう。
馬車なら御者が問い詰められてしまうかもしれない。
アンデッドなのに動揺している。
予想外の出来事が起きているのだから仕方が無い。
ナザリックの支配者ではあるけれど部下の事で頭がいっぱいになって判断力が低下することもあるだろう。
俺は完璧な人間ではない。と、アンデッドではあるけれど、そう思うモモンだった。
自分の弱点を知ることも大事なのだろう。
「殿……、どうかしたでござるか?」
「色々あってな。よし、行くか」
両手の拳に力を込めて気合を入れるモモン。
一応、ハムスケにも粘体の一部を渡した。
「治癒魔法が使えない異常は我慢してもらうぞ」
「ポーションではダメでござるか?」
「おそらくはダメだろう。異物がないと判断されればポーションを使う。顔を爆発させたくはないだろう?」
「……はいでござる」
爆発する条件さえ分かれば
あまり治癒魔法を必要としない自分には分からなかったが、おそらく
同じアンデッドに苦しめられるとは思わなかった。
あれこれ考えても仕方が無い。
モモンはハムスケを伴ない、ナーベをつれて冒険者組合に向かった。
顔の修復は滞りなく済んだとはいえ、ナーベの事がとても気になってしまう。
何度か横顔を撫で付ける。
「鼻と口は布で覆った方が……」
「ご心配をお掛けします」
「うむ。さてと……。空いている席に座ろうか」
エ・アセナルはモンスターの出現頻度が高いので、多くの冒険者で賑わっていた。
エ・ランテルとは大違いだ。だが、そこも少しずつ人数は増えてきている。
モンスター討伐は少ないけれど。
「いくらアダマンタイト級でも俺達の仕事を根こそぎ奪わないで下さいよ」
「冒険者の規則で
そう言ってくるのは生活がかかったミスリル以下の冒険者達だ。
全てを独占してしまうことは良い印象を与えない。冒険者の世界でモモンは少し嫌われているようだ。自業自得なのだから文句は言えない。
ケンカを売られた場合は反撃してもいいが、一介の冒険者が
尻尾は取って良いのだろうか、とモモンは疑問に思った。
殺してないからオーケー、と言われそうだ。
依頼書を眺める。
全て王国語だった。しかも今はかなり読める。
「……へー、警護依頼か……」
モンスター討伐は少ないが国境付近の見回りや警護の仕事が多かった。
必要な素材の採取などもある。
理解出来る、ということは素晴らしいとモモンは嬉しくなった。
依頼料は飛びぬけて高い物は無く、金貨数十枚が最高値だ。
冒険者が節約しながら金貨一枚でギリギリ一ヶ月生活する費用から考えれば充分な額ではある。
アダマンタイト級だからといって毎回、金貨千枚単位ということはない。
当たり前だが、金貨千枚に値する仕事というのは国家を揺るがすような余程の案件でもない限り、存在しない。
今回は噂を集める他に一般的な依頼とは何かを勉強するのが目的だ。だから、別に無理して依頼を受ける気は無かった。
自分の語学力も確認出来るし。
「そういえば、皆さん。風邪のような病気が流行っていたりはしませんか?」
「風邪ですか? 寒い地域なのでそれなりに病気になるかもしれませんが……」
と、冒険者の一人がギルド内を見渡す。
殆どが健康そうな顔つきだった。
「噂になるほどではないですね」
「なるほど」
噂にならなければエ・アセナルでは深刻な被害は起きていないのだろう。
杞憂であれば良し。
丁寧に対応すれば冒険者とて口を利いてくれる。
何事もやり過ぎは良くない。もちろん、自分もされれば相手を嫌うだろう。
複数の依頼をまとめて受けることは禁止されている。
最初の頃はまとめて依頼書を受付に叩きつけてしまったが今はちゃんと規則を守る模範的な行動をとる事を心がけている。
アダマンタイト級は他の冒険者にとって
ナーベの暴言は個性として浸透しているのか、大きな混乱は無い。
「モモンさんも風邪を引くんですか?」
と、言われてバカは風邪を引かない、という言葉が脳裏を過ぎる。
「お陰様で健康に恵まれています」
「それはなにより。冒険者は身体が資本です。病気のまま依頼人に会ったら罰金ものですからね」
「……あ、ああ、そうですね」
ナーベを早急にナザリックに戻してよかった、と今は安心している。
というか、戻らないと不味いだろう。
生きてるから平気、というわけにはいかない。
「北方の地域ですから防寒対策は必須です。モモンさんは
「はい。ちゃんと対策はしています」
実際には対策はしていないけれど、
話しぶりから冒険者達は口は少し悪い程度で気さくな人が多かった。
ナーベは顔の事を気にして大人しくなっていた。それはそれで安心する。
「こんな辺境では報酬も見込めないのに、どうしたんですか?」
「ああいえ、一度は来てみたいと思ってまして。見聞を広めるのが狙いなんです」
「おおっ! 冒険者らしい」
「なかなか我々は地元から離れられないですからね。遠出が出来る実力を持っている人は羨ましい」
「あはは。ありがとうございます」
それぞれ家庭の事情とか、自分の実力とか、ちゃんと分かっている冒険者が多いんだろうな、とモモンは感じた。
無茶なことをするのはおそらく滅多にいないんだろう。
堅実な収入。
それはそれで間違っていない。
命の大切さを知っているとも言える。
未知の冒険に出るものはバカなのだろう。
「この辺りはモンスターがよく出るとか」
「向こう側は亜人、異形の楽園だからあまり減らないんじゃないか。だから、人間が討伐する分が下ってくる。我々はやつらの餌らしいから」
「……そういう理屈もありますね」
一通り話しを聞いた後で依頼書を眺める。
貴族の護衛任務は無く、殆どが国境警備だった。
低賃金で重労働。
ブラック企業の匂いがする。あ、でも、ヤントラは請け負ったんだよな、そういえば、と。
イビルアイから聞けば良かった、と残念がるモモン。
依頼書の一枚を取り、受付に持っていく。
「アダマンタイト級の依頼としては報酬が少ないのですが……」
「構いません。社会勉強として受けたいのです。この地域のことも知りたいし」
「そうですか」
「アーグランド評議国にケンカを売る依頼はありませんよね?」
「ございません。……ふふ、いや失礼しました」
笑った受付嬢を見て首を傾げる。
「前に来た冒険者も同じ事をおっしゃっていたので」
「……その冒険者は一人でしたか?」
「は、はい、そうです。その後、パーティを組むにはどうすればいいのか、仲間の集め方とか聞いておられました」
犯人が分かった。
そんなことを聞くようなバカは一人しか居ないだろう。
冒険者は大抵、パーティを組んで登録する。
「三日間となっておりますが、大丈夫ですか?」
「はい」
「では、少しお待ち下さい」
「何か持って行くものが?」
「駐屯地に居る兵士に物資を届けてもらいたいんです。三日目に色々とゴミなどを持ち帰っていただきますが、忘れずに持ち帰ってください」
「なるほど。清潔な職場を維持しないと不衛生で病気になると……」
「寒い地域は病気になりにくいと言われておりますが、毒をもつモンスターに襲われた時、病状が悪化しては困りますから」
「分かりました。荷物はギルドに持ってくればいいんですね?」
「はい」
必要事項を聞き、羊皮紙を丸めたスクロールを受け取って持っていく物資を外に出してハムスケに括りつけていく。
ハムスケを連れて来て正解だった。
歩いていく場合は重い荷物を担いでいかなければならないところだった。
量からいって普通は持てないほどだ。