※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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幕章 それは不幸か幸福か
ω-01 ある少女の物語


 

 不幸な身の上の人間がありふれた世界『日本』において、その誕生は決して祝福されたとは言い難い。しかし、生を受けた以上は生きなければならない。それが例え過酷な身の上であっても。

 近代化に伴い環境汚染が著しく進み、年中厚い雲に覆われた人間達は防備を厚くしなければ外に出歩けないほど。

 飲み水はもちろん徹底的に除菌されなければまともに飲めないし、風呂も満足には居る事も今は難しい。

 こんな退廃的な世界もかつては緑豊かだったと誰が信じられようか。

 かつての栄光は歴史の中に封印され、空想の中でしか再現が出来ない。

 富める者は富み、貧しき者は貧しいまま。二極化された日本において娯楽もまた年々数を減らしていた。

 西暦二一〇〇年と少し――夢も希望もない世界に一人の女性が生を受ける。名を『四十九院(つるしいん)智秋(ちあき)』という。

 望まれて生まれたわけではなく、厄介者として――

 下層域に住む人間には子供の幸せすら与えてやれない。搾取する側の力があまりにも強すぎたためだ。

 彼女もまた不幸な家庭に生まれ、命をすり減らしつつ懸命に生に縋った。――いや、生き残ってしまった。

 度重なる暴力の果てに四肢は壊され、命が風前の灯に晒されようとした。その時、正義の味方が現れる。

 都合の良い展開が起きたわけではない。家庭内暴力はありふれていた。これはただその一例に過ぎない。そして、赤子が助かる例もまた偶々(たまたま)であった。

 彼女に救いの手を差し伸べたのは別に正義の味方ただ一人だったわけではない。もうどうしようもないと判断されたからこそ、だ。

 救った当人も仕事の一環でしかなく、本当ならば他の例にもれず淡々と事務的に処理するところだった。だが、やはり実際に立ち会って感じる事がある。

 

 救った命の責任を誰が取るのか。

 

 当然、救った当人だ。と、多くの者は無責任に言うだろう。それに誰も責任を負いたくないのは当然だ。そんな余裕など日本には無い。

 彼女の両親は心神喪失による育児放棄と見做(みな)された後、鑑別所に入れられる。赤子とは離れ離れになるが引き取る気は夫婦共になかった。寧(むし)ろ、厄介払いが出来てほんの少しだけ心が楽になったと思う程度――

 それが罷(まか)り通る世界である。とても理不尽に見えるが人々は諦めて受け入れてしまっていた。

 だが、それは全員ではない。ごく少数においては異を唱える。だからこそ――彼女は救われた。

 『辰己(たつみ)正義(まさよし)』という男性に。

 職業柄治安維持に働いている彼も意気揚々とよその家庭に踏み込んだわけではない。通報があったからだ。そうでなければ彼女の命が消えていた。

 正義を司る人間とて救える命に限りがある事を知っている。今回は偶々(たまたま)だ。運が良かった、と本人は思う。しかし、他の者は違った見方をする。

 

 厄介を押し付けられて運が無い、と。

 

 無関心こそ日本人の風潮である。関心を示すのは変わり者と揶揄される。しかし、辰己当人は常識人だと思っている。当たり前のことをしただけ、と。

 公務員である彼にとってご近所の諍(いさか)いを無視するのは職務怠慢に当たる。

 市民の血税を貰って生活しているのだから働いて当然である。その辺りの理解が進まない為に敵も多くなる。

 

◆ ● ∞ ● ◆

 

 手足を潰された赤子の引き取り先は――結局のところ見つからない。これは当たり前ともいえる。誰も厄介者を引き受けたくないからだ。

 日本全体が余裕のない世界なのだから。

 一部の富裕層はそんな現状に全く興味を示さない。政治もまともに機能していない。

 多くの企業は人々から『ブラック企業』と揶揄されている。しかし、働かなければ生きていけないので諦めて奴隷のような生活を続けているのが現状だ。

 公務員とて幸せな職業というわけではないのだが――

 引き取り手のない赤子は辰己が育てる事になった。この時の彼は貯えが十分にあり、人一人程度を引き受ける事に問題が無かった。

 

(……未来ある若者を見捨てては正義は名乗れない。私の両親は少なくとも適当な人間ではなかった)

 

 そんな彼とて最初は葛藤した。病院が引き受けてくれるものと思っていたので。

 仕事一筋だった日常に子育てが加わるのは結婚後の筈だった。その人生設計がいきなり崩れて愕然とした。

 治療を受けなければ一か月と持たない赤子の面倒など見ることが出来るのか、物凄く不安になった。

 それでも治療だけなら病院は見てくれる。それ以上の面倒はお断りだと告げられてしまうことが多かったが――

 年齢的に一歳を超えている彼女は新しい親(辰己)に従順だった。そうしなければ殺されると既に防衛本能が芽生えていたのかもしれない。

 それに――救った命の面倒をすぐに放棄しては何の意味もない、と正義の心に火が付いた。

 

(フリだけの正義ではなく……。本当の意味で人々の幸せを守らなければ……)

 

 そう意気込んでも周りは動かない。正義に対する敵の規模は国レベル。いや、既に地球丸ごとが敵だといっても過言ではない。

 そんな状況で出来る事は多くない。であれば出来る事から始めればいい。無理して強大な敵に向かっても玉砕するのがおちだ。

 まずは育児から戦いを始めよう。いや、その前に治療からだ。

 

◆ ● ∞ ● ◆

 

 試行錯誤しながら時は過ぎた。大人しくて素直な女の子は大病にかかることなく身体を大きくした。しかし、手足の発育が遅れ、それでも懸命に生きていた。

 名目上は養女として引き取り、二十歳まで面倒を見られればいいか、と目標を立てる。

 一定の収入がある辰己の住まいは防犯に優れており、ご近所との付き合いも良好だ。その代わり底辺に住む多くの住民の顔は死人のようだ。というより厚着しなければ出歩けない世界なので誰が誰やら――

 治安が悪い為に辰己の仕事はとても多い。警備の仕事に従事する人間も必然的に多いが手が圧倒的に足りない。

 こんな世界で子供がまっとうに育つのか、正直なところ辰己は不安に思っていた。

 四十九院という苗字はそのまま残し、彼女が言葉を覚えるころ保育園か幼稚園に入れなければならない時期に差し掛かる。しかし、今のご時世では引受先を見つけるのは困難だ。それゆえに入れる事が出来ないままになるケースが多い。

 智秋は障害者でもある。国から僅かばかりの補助金を貰って、辰己自身が育てればいい事にした。それに無理に学校に入れなくても今は通信講座で事足りる。

 彼女の教育に必要な機材を集める事に決めた。

 言葉と文字を覚え始める頃、辰己も生涯の伴侶となる人物との付き合いを始めた。いつまでも男手一つで子供を育てる事に限界と不安を感じていた。

 その相手とは子育ての相談をする時に知り合った。智秋の事も知っている。

 手足を矯正する器具を身に着けた智秋に最初は驚かれた。発育の段階で歪に歪んだ腕を治すために辰己が蓄財を投じて付けさせた。

 それ以外は知能低下も起きず、一般の子供程度には物を覚えていった。その数年後に辰己は結婚した。

 更に時が過ぎ、智秋が初等科を卒業する年頃になると気持ち的に余裕が生まれる。

 辰己も子供ができ、夫婦円満の雰囲気が漂う。そうなると問題なのは智秋の今後の身の振り方だ。いつまでも辰己の養女として住まわせるべきなのか、引き取った当人が思い悩むことになった。

 

「なら、隣の部屋に住んでもらえばいいじゃない」

 

 それなりの家庭が住む集合集宅は空き部屋が多く、辰己の隣の部屋も未だ空室だった。

 現在の貯蓄から考えても彼女一人住まわせる分には問題なかった。それに昇進によって給金も増えていた。

 智秋の年齢の子供は既に働きに出ている事が多く、それによって若年層の犯罪件数もここしばらく増加気味だった。だが、彼女は辰巳が育てたせいか、真っ直ぐに育った。――そう見えているだけで内なる気持ちが真逆ということも考えなかったわけではない。

 それを解決する方法を思いつくのは簡単ではない。だが、四六時中監視することもできない。

 そこでオンラインゲームを与えてみた。最初は教育関連から。

 通信講座で知識の幅を広げているので理解は早い。辰己も随分と上達した。

 奥方が定期的に様子を見る条件で智秋との別居生活が始まる。

 

◆ ● ∞ ● ◆

 

 真っ当な境域機関に所属せず、通信講座だけで常識を身に着けた四十九院智秋も年頃の女性として成長した。その頃になると余計な知識も当然の如く身に着け始める。

 ただ、一人暮らしなので大きな変化は生まれないし、犯罪行為にも興味が無かった。それに彼女は側に見守る人間が居た事で人間としての道から踏み外すような事も――

 不自由だった手足には後遺症の様な痺れがあるものの生活する分には支障が無く、外に出かける事も出来た。

 

「……わー、おっぱいデケー。これ合成? 気持ち悪い動画とかいっぱ~い」

 

 一人暮らしが長い為か、気が緩むと独り言が出てしまう。

 普段は思うだけだが気が付くと恥ずかしくなる。この時、智秋は十四歳だった。来年に就職活動する予定で、その下準備も始めていた。

 家の中はとても明るいが外は年中曇っている。そんな変わらない世界が彼女にとっての当たり前だった。

 

(このところ咳が出やすい……。肺の病気じゃないでしょうね? ……早死にしたくないな……。新しいゲームやりたいんだから)

 

 ゲームと勉強の合間に就職活動の用意。適度な忙しに彼女は満足していた。

 全ての人間が自分の生活を不幸だとは思っていない。個人差があるものの、国の危機には未だに至っていない。

 体調不良を感じつつ病院通いが増える内に十五歳となる。しかし、人生に楽しみを見出す世の中ではないので自分の歳は一種の通過点程度にしか思えなかった。

 十六歳の時に社会に働きに出られるようになるも過酷な労働条件で心身共に早期に疲弊する。しかし、それは智秋だけではない。多くの日本人が感じている事だ。

 劣悪な労働条件の改善は行(おこな)われず、毎年多くの死者を出す。そのせいか、各地で暴動が起きる。そういう事件が発生すれば辰己も忙しくなる。

 悪循環の中に居るのに人々はそれでも働きに出なければならず、明るい話題に飢える。

 その中で新作のゲームが出れば多くの人間が飛びつき、一時(いっとき)の安らぎを得る。その中には智秋の他に辰己も関わっていくことになる。

 

◆ ● ∞ ● ◆

 

 ゲームと仕事を繰り返しながら時は過ぎていった。

 法律上、成人を迎えた智秋は過酷ながらも一定の収入を得られるまでになり、部屋の中は自分の趣味で物が多くなってきた。

 極端にゲームにはまらないのは適度に充実しているお陰だ。だが、同時に不安も感じている。

 大気汚染のひどい外のせいか、病気がちで会社を休まざるを得ない事態を感じている。だが、今のご時世は休日を設けるのは難しい。

 やる気のないものは即刻解雇という風潮だからだ。そのせいか、無理して働きに出かけ身体を壊してしまう人間が多発する。

 命の危機を智秋も常に感じていた。

 そして、その日が訪れてしまった。

 二十歳を過ぎた頃、他の会社との合同懇談会が開かれた。その時に上司から無理矢理酒を飲むよう強要され、半ば強引に酒を飲んだことにより体調が悪化。すぐに救急医療センターに運ばれる事態となった。更に強要した会社役員は彼女に対し、冷たい態度を取り、解雇の手続きをすぐに取る。

 所謂(いわゆる)、面倒ごとは早めに切除しておく、という考え方だ。これは彼女の会社だけではなく日本全体に蔓延する悪しき慣習であった。

 このような風潮に対し、法律は会社に対する特別な罰則を下すことが無い。上層階級の特権とでもいうような封じ込めが罷り通る。

 成すすべもなく重体に陥った智秋はその後、手足に深刻な後遺症が残り、会社も本人の知らぬ間に解雇されていた。

 

(……所詮、弱者はこういう運命にあるのさ)

 

 当人は今更感によって深刻には受け取らなかった。元々、幸せになれるとは思っていなかった。これまでは運が良かった、元に戻っただけ。

 だが、それでも理不尽な扱いに対し、涙しなかったわけではない。

 意識が戻った後、入院費の削減やベッドの確保などの名目で自宅療養という体(てい)のいい厄介払いを受けて追い出される。貧乏人は居るだけで邪魔なのは病院でも同様だった。

 元々手足が不自由だった智秋にとっては慣れたもので、生活を取り戻すには時間はかからない。しかし、やはり急な予定変更は心身に負担を強いた。それを救ってくれたのは正義の人だった。

 公務員という立場上、何でも救えるわけではないが少なからず面倒を見る事ができる。それに奥方も智秋に対し好意的であった。

 次の就職先が見つかるまでゲーム三昧する予定の智秋にとって辰己は実の兄のような信頼を寄せていた。ちなみに奥方は姉だ。

 普段、彼を呼ぶ時は『たっちお兄ちゃん』である。

 

「……失業保険は適用できそうかな?」

「難しいだろうな」

 

 日本は自殺者と失業者に溢れている。財政難でもあるので智秋一人に手厚い保険など出るわけがない。富裕層以外は人間と扱われていないのだから。

 劣悪な国に生まれた為に自らの境遇を不運と思わない。もはやそういう生易しいレベルの話しではない。

 人間の尊厳などゴミクズ並みだ。

 

◆ ● ∞ ● ◆

 

 生活費を切り崩しつつ精神の安寧の為にゲームをする日が多くなってきた頃、期待のゲームタイトルの情報が齎(もたら)される。

 それこそが『ユグドラシル』であった。

 毎回新作のゲームは話題にはなるが運営の都合で終了が言い渡され、ユーザーは次のゲームに群がる。

 ストレス社会でもあるので多くのゲームプレイヤーのマナーはとても悪い。健全な人も居るけれど、大半は違法行為も辞さない。それゆえに規約が厳しくなったり、ゆるくなったり――

 最悪なのはゲームシステムそのものに不備があっても直そうとしない。

 とにかく、遊ぶ前に色々と情報を得る戦いが求められる。

 智秋はそういう戦略については考えず、当たって砕ける派だ。適度に楽しければそれで満足する。逆に辰己は――現実でもそうだが――ゲームでも妥協しないガチプレイヤーだ。

 次に遊ぶ予定のユグドラシルはプレイヤーの身体能力も反映される為、現実の肉体的優位性によって上下関係が生まれる。

 現実で強い人間はゲームの中でも強い。ある意味ではとても現金なゲームだ。

 課金制度もあり、裕福なユーザーが強プレイヤーになりやすい面がある。

 

(私の様な障害者の場合はどういうプレイになるのかな)

 

 選べるプレイヤーは人間種、亜人種、異形種の三つ。どれを選ぶかは自由だが、その後のことについて不安があった。

 キャラクターメイキングが出来るので現実の身体を意識する必要は無いけれど、得られる恩恵の差はどうしても出るはずだと予想する。

 その手のフルダイブ型は障害者のリハビリにも使われているので智秋が遊んではいけない規則は無い。

 辰己も社会復帰のためにも遊んでみては、と勧められた。

 ある程度の機材などは辰巳夫妻の厚意で用意され、課金については最低限度の物という条件で許可された。というより一部そうしなければならない事態が出るかもしれない、と辰己側が危惧したので。

 ランキングなどに興味が無かったのでのんびり遊ぶ予定だった。だが、自由度が高いとどうしても欲が出るものだ。なので最初に念のためと思い『クリエイトツール』を所望した。

 智秋自身が操作するのは難しいという事で辰己に購入してもらい、借りる形で使うことになった。

 手足が不自由なので自身のキャラクターメイキングは滅茶苦茶になった。特に色遣いが酷い。それでもそれなりにデフォルトを弄り回して見られる程度に整えた。

 性別は男女の他に『両性具有』と『無性』があり、無性を選ぶ。

 声については色々と思うことがあり、男性っぽいものを選択。素の声を聞かせるのが恥ずかしいという理由だ。それと今の自分の内面を表すのに稠度いいと思った。

 プレイヤーが最も悩むものの一つであるキャラクターネームの段に入る。

 

(……昔のアニメで出た『ヤントラ・サルヴァスパ』かな。同じ名前を使う人が居なければこれですんなりと決まるはず……)

 

 念のためにどういう意味かを調べておいた。

 『ヤントラ・サルヴァスヴァ』は最古の文献の一つで機械に関連する事柄が記されているという。だが、智秋は名前の響きだけで決めた。

 こうして一通りの設定を終えた後、ゲームを遊ぶのだが――現実の身体能力が関係する以上、その操作は至難を極めた。

 

◆ ● ∞ ● ◆

 

 同時期に設定を終えた辰己は『昆虫の戦士(インセクト・ファイター)』という異形種で開始する。これは彼が最初から決めていたものだ。

 昔流行していた特撮テレビドラマの主人公に因(ちな)んだものだとか。

 智秋はヤントラとして辰己は『たっち・みー』という名前でユグドラシルに降り立った。

 

「……あ、あっ、あー。ちゃんと男声になってる」

 

 視点を俯瞰させる方法が分からないのでプレイヤーの顔はまだ見えない。代わりに辰己のキャラクターはよく見えていた。

 子供向けのデフォルメされたものではなく、割りと現実的(リアル)な姿に驚いた。

 身体の感覚を忠実に再現する筈なのだが表情の変化は実装されていない。その代わりとして『感情(エモーション)アイコン』が豊富に用意されていた。

 

「……お前、随分とドギツイ色合いに設定したな」

 

 数種の昆虫の中から辰己が選んだのは『蠅(フライ)』だ。

 女の子の前に現れるには趣味がいいとは思えない種族ではある。しかし、人の趣味なので智秋は指摘しなかった。

 彼は事前に得た情報で上位種族になるために選んだそうだ。

 人間種である智秋は特に予定は立てていない。自由に遊ぶ事が目的だからだ。

 ユグドラシルは他のプレイヤーと戦う『PK(プレイヤーキラー)』が許されている。基本的に自分以外は敵である。

 一部は仲間を募り『同士討ち(フレンドリーファイア)』を設定することで仲間内の殺し合いを止める事もできる。

 最初は冒険よりも操作に慣れるところから。

 不自由な身体の人間もゲーム内で訓練することによって改善に向かうことがある。実際に現実並みに身体が重く、一歩進むのも困難を極めている状況だ。

 一応、辰己と連絡が取れるように『フレンド』登録を済ませ、一通りの基本操作に集中する。そんな彼女の為に辰己も最初だけ付きっきりで見守った。

 音声による命令で基本となるコマンド入力ができる為、四肢が不自由でも『ログアウト』は可能だ。一般人は動作も加えるが彼女はそまでの事は出来なかった。

 初期のゲームフィールドで訓練をしていると見知らぬプレイヤーの姿を見る事がある。中には興味本位で近づく者も居るが『NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)』ではないと知ると去っていく。

 姿かたちこそ人間だがNPCもそれなりに作りこまれており、自分の専用コンソールで確認しないと間違うことが起こる。

 それは色のついた丸い記号で区別されるもの。慣れたプレイヤーなら勘違いすることはほぼ無い。

 

◆ ● ∞ ● ◆

 

 時間が許す限りゲームに入り、リハビリを続け就職活動に意欲を燃やす。しかし、それは簡単なことではない。

 一週間ほど過ぎた頃になると慣れたプレイヤーに攻撃を受けるようになる。対する智秋ことヤントラはレベル上げすらままならない状態だ。呆気なく殺されてしまう。

 一瞬で画面が黒くなるのに最初は驚いたものだ。だが、死んだからとて二度とゲームが出来ないわけではないし、復活するのは容易い。特に初心者は一定レベルまでは何のペナルティも課せられないので。

 復活しては殺されを強いられるが、これがゲーム内でよかったと智秋は安心していた。

 命がある現実ではない。ゲームの中は殺伐としているけれど、それでも再起は可能なのだ、と前向きに考える事が出来た。

 後後やってきたたっち・みーが調子に乗る人間種プレイヤーを始末し、厄介者を追い払う図になるのにそう時間はかからなかった。

 

(……ゲーム開始から一か月で死んだ回数が二〇〇……。これは多いのかな? 殺され過ぎじゃね、と思わないでもない)

 

 ユグドラシルは名目上は探索系ロールプレイングゲームだ。殺伐が目的ではない。

 探索する以前に街中を見学することも難しいのでは、と不安になってくる。

 やたらと殺しにかかってくるのは現実で嫌なことがあった人間が腹いせに来ていることは――なんとなく――分かるが数が多すぎやしないかと、と運営に文句を言いたくなる。

 規則に則(のっと)っているので通報しても無駄なことは何度も確認した。

 風俗に厳しいことは以前から知っていたが殺し合いに心が広いのもどうかと思う。

 

(温厚な私でも限度があるからな。お前ら覚えていろよ)

 

 そう決意を決めても経験値が溜まらないので必要な職業(クラス)を選択できない。

 初心者にお勧めと言われた『野盗(ローグ)』職は決定事項だが、方向性はまだ決まっていない。

 あまりにも殺され過ぎるから別のゲームを始めた方が精神衛生上良いのかもしれない、と智秋は思うようになった。彼女とて平然としていられる期間に限りがある。人並みに腹を立てるし、文句も言う。全くのやられっ放しは強要しない。――今は力不足なのでなすすべがないだけ。

 そんなゲーム生活もいつまでも同じ感覚で続くわけがない。多くのプレイヤーも様々なところに行って敵と戦ったり、アイテムを手に入れようとする。

 探索系なので強いプレイヤーより未知の発見に貢献するプレイヤーの方がポイントは高く、恩恵も多い。

 そろそろ死亡数が一〇〇〇を超えるころ、何とか弱い敵を倒せるまでになった奇怪な色合いのヤントラは何人かのプレイヤーと出会う。

 一人は武人。一人は忍者を目指す暗殺者。その後も入れ替わりで紹介されるが全てたっち・みーが連れてきたもの。智秋は他のプレイヤーとの交流がPKなので誰も居ない。

 

(全員異形種……。リアルな描写だから気持ち悪いなー)

 

 基本デザインのせいか、ゲームならではの感覚なのかは分からない。だが、いきなり出てきたら間違いなく攻撃している所だ。

 選べる種類が多いとは聞いていたが――異形種はかなり豊富で羨ましい。人間種は職業(クラス)を豊富に選べるが種類は多くない。

 亜人種は完全に趣味の領域だ。ただ、全体的に可愛らしい種族が居ない。ダークファンタジーっぽいと言われればそうなのかもしれないけれど。

 

◆ ● ∞ ● ◆

 

 良く死ぬプレイヤーとしてヤントラは既に有名になっていた。彼らも興味本位で近づいた輩(やから)ではあるが情報と引き換えに仲間として認める事にした。

 ユグドラシルプレイヤーは全て戦闘職に秀でているわけではなく、非戦闘員も居る。

 数々の素材から料理を作ったり、クランやギルドなどを作り部屋の装飾に拘ったり、純然たる探索に特化したり、様々だ。

 

「経験値を得るなら武器くらいは扱わないと」

「……戦う前に死ぬからどうしようもない」

「……ヤントラはまず経験値を獲得する手段を見つけないと」

 

 ほぼ初期値のままであるヤントラに出る事は少ない。長くゲームにログイン出来るとしても居るだけでは話しにならない。

 いくつかの初心者用の狩場に向かうもまず他のプレイヤーに襲われる。

 ユグドラシルは異形種差別が甚(はなは)だしい。それゆえに敵だらけ。後、弱い者いじめも多い。

 弱者に対する風当たりは他のゲームも同様ではあるが――

 武人は当初は笑って済ませていたがある時、襲撃者を撃退するようになった。理由は単純に『あいつら(人間種のプレイヤー)敵だった』という事に気付いたからだ。

 ヤントラは格好の餌である。利用しないのは勿体ない。それとPKによる恩恵がある。

 それに気付いた暗殺者(忍者)の行動は早かった。

 

「弐(に)ーちゃん……。武器だけ持って特攻して平気なの?」

「平気平気。こっちに気付かないから」

 

 ごつごつした身体を器用に動かす暗殺者。その名は『弐式炎雷(にしきえんらい)』という。種族は人間と動像(ゴーレム)の融合体である『半動像(ハーフゴーレム)』だ。

 武人は『武人建御雷(ぶじんたけみかづち)』で種族は落ち武者っぽい外観の『半魔巨人(ネフィリム)』だ。

 防具が無いとモンスターと変わらない。しかも高レベルエネミー。それが目の前にいる。

 彼らは見た目は怖いが中身はヤントラと同じ一般人。仲間となってからは気さくに話しかけてくる。

 

「よし、今日はこの平原のモンスターを倒せ。ある程度のレベルにならないと良い特殊技術(スキル)が貰えないからな」

「はい、先生」

 

 武器を構えてクリーチャーに向かうも真っ直ぐに歩けない。ゲーム的な補正があってもヤントラの動きはぎこちなかった。これについて仲間達はたっち・みーから聞いているので指摘しない。

 出来ない者に無理を言っても仕方がない。出来る動きを優先した方が効率的だ。

 

◆ ● ∞ ● ◆

 

 レベルが二〇近くになる頃に魔法を使う練習を始める。――ここまで来るのに半年かかった。まず、職業(クラス)は――分かっている分だけでも――二〇〇〇もある。

 自分に向いていそうなものを探すだけでかなりの時間がかかる。これは智秋だけの問題ではない。

 基本職はだいたいすぐに決まるが上級職を取る上で色々と試行錯誤しなければならなくなる。多くプレイヤーは事前に情報を集めていくので決定が早く見えるが実際にはそんなにすぐに決められることではない。

 基本職であり戦士職の一つである野盗(ローグ)は『魔法装置使用』という技能を最初から持っている。これによって魔法を扱うことができるようになる。発展形の職業(クラス)である暗殺者(アサシン)や忍者(ニンジャ)も同様に。

 本職の魔術師(ウィザード)に比べると威力が劣る。それと魔法職の特殊技術(スキル)が使えない。

 

「魔法の巻物(スクロール)があれば大抵の魔法が扱えて羨ましい限りだ」

 

 それでも取得している職業レベル以下しか行使できない。それ以上はダメージと引き換えになる。

 そして、三〇レベルになる頃にはちょっとした冒険に遠出することが出来るようになった。仲間が居なければ延々と初期の地点から出られないんじゃないかと――

 既に死亡数は五〇〇〇。この数は自分のステータス画面に記録として残っている。

 鬼畜系のゲームでは数万回の死亡数など普通にある。だが、RPG系となると数を増やすのは意外と難しい。

 操作に慣れると死に難(にく)くなるものだからだ。だが、ヤントラはその手の条件に当てはまらない。分かっていても確実に死ぬ。ある意味ではHP(ヒットポイント)が一のプレイヤーだ。

 数を増やす要因はやはり世の中が荒んでいる事だ。

 

(使うの勿体ない。買うのも作るのも大変だし……。あと種類が多い)

 

 魔法の数は系統含めて六〇〇〇ほど。そのすべてを習得することは不可能だが疑似的に使うことは可能だ。

 野盗(ローグ)のような特殊技術(スキル)以外にも魔法道具(マジックアイテム)として扱うこともできる。当然、高い位階魔法は高額商品だ。

 一定レベルに差し掛かると『超位魔法』を習得することが出来る。これは回数や制限のある特殊技術(スキル)と似ている。

 もし、これ(超位魔法)を乱発できるようであればゲームバランスが崩れてしまう。そうならないように様々な改良や制限が運営によって施されていた。

 死亡数が七〇〇〇ほどに差し掛かる頃、ヤントラは山岳エリアで登山を始めた。

 北欧神話を題材にしたユグドラシルはいくつかの世界に分かれており、その一つだけでも様々な様相を呈している。

 平原、ジャングル、毒の沼、地下ダンジョン、雪山。海もあれば湖もある。

 山岳地帯に挑戦するプレイヤーの一部は頂上から転げ落ちる動画を取る。自殺のようなプレイに何の意味があるのか、と思われるが死に様を動画として残すのは結構ありふれた事だった。

 ゲームの中なので現実の身体に影響があるわけではない。けれども心臓の弱い人は無謀な挑戦をしないように、と運営からも注意喚起がされている。――それを守る者は少ない。

 罰則が無い限り無謀なプレイヤーは様々なことに果敢に挑戦するものだ。

 

(……よくよく考えたら低レベルは死にやすいよね。もう少しレベルを増やしておかないと)

 

 一般のプレイヤーは既に九〇台に差し掛かっている。三〇レベル程度は一撃で殺せてもおかしくない。これはレベル差による補正というものであり、弱いプレイヤーは強いプレイヤーや敵性クリーチャーに歯が立たなくなる。

 一定レベル以下のダメージを無効化する、という特性の前ではヤントラもなすすべがない。だが、仲間なら可能だ。

 充分に強くなった武人武御雷達は結構な頻度で他のプレイヤーを討伐する。それだけでヤントラの気も晴れる。

 一見すると無敵な特性のように思えるが各プレイヤーの力量に合わせた調整ともいえる。いきなり強クリーチャーに挑んで多量の経験値を得るようなシステムにしてしまうと何らかの障害が発生する。これは過去に様々なゲームが経験したバグを利用した裏技などを防ぐ意味合いがある。あくまでも正攻法でゲームを楽しむための措置だ。

 しかし、世の中には正攻法を掻(か)い潜(くぐ)る輩(やから)というものが居るものだ。あの手この手と挑戦し、システムに不具合をもたらす。または多くのプレイヤーも知らない裏技を発現させるきっかけに――

 

 

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