※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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B-9 片膝をつくのは危険

 結婚生活とはいえ特に何かがあるわけではない。

 ラキュースは身体を鍛える運動に励み、ヤントラは様々な計画を練っている。

 そんな時間が流れていた。

「それで式はあげられそうかい?」

 父親は娘の身体を気遣いながら言った。

「必要あるのかしらと思って」

「大勢の貴族を招いて盛大に祝おうじゃないか」

 狂人と結婚した女を祝う。これほど屈辱的なことがあろうか。

 国のためとはいえ貞操(ていそう)を捧げて陵辱(りょうじょく)の限りを尽くされた身。

 元の生活に戻るのにさえアダマンタイト級をもってしても難しいというのに。

 この食卓の床一面に汚物が埋め尽くされていた事実を告げたら両親はどんな顔をするのかしら、とラキュースは思った。

 少しずつではあるけれど優しい夫と思えなくは無い。激しい夜は無いけれど、精神はかなり強くなってきた。

 それでもセバスという化け物には太刀打ちできない。

 ラキュースは軽く息をつく。

 相当頭をやられたのか、卑猥な想像ばかり浮かんでしまう。

 もう冒険者として続けられないかもしれない。

 あの男が死んだら私は悲しむのだろうか。と、ラキュースはぼんやり考えた。

 居なくなって残るのは毎夜に自慰行為ばかりする変態女。

 今度、自害する魔法をかけてもらいたい。

 女というよりはアダマンタイト級に相応しい死に方で。

「なんだか元気が無いね」

「栄光の日々を捨ててしまったもので……」

「まだ頑張れるんじゃないのかい?」

 励ましてくれる両親。

 あれだけ苦労して冒険者になったはずなのに今は何の魅力も感じない。

 嫁ぐという事は色んな物を犠牲にするのだなとため息をつきながら思った。

 

●↓●

 両親との食事を終えて自室の戻る。

 既に夜も深い。

 暗示が解けていき、内股がとてもむずがゆくなる。性器の中の血管が蠢(うごめ)くのが分かるほどに。

 身につけていた服はその場で脱ぎ捨てる。

 一時でも服を身に着けていたくない。

「……ふぅ」

 そういえば部屋に何も防御魔法はかかっていないな、とぼんやり思った。

 いや、かかってはいるが強固なものかは分からない。

 闇に浮かぶラキュースの裸体は青白く輝いているようだ。

 部屋の真ん中まで裸で移動する。両親が来るかもしれない。今はまだ誰もが起きている時間帯。

 仁王立ちのラキュースは下半身に視線を落す。

 内股から流れ落ちるぬめった液体状の粘液がどんどん落ちていく。

 女の身体が男を求める為にあり、今は発情期のようなもの。

 一度女になってしまったからには求めざるを得ない生物の本能。

 処女であるかぎり発情し続けるのかもしれない。

「聖女とはかくも悲しい生き物なのね」

 伝え聞く聖女も女の呪縛から逃れられないのだろう。

 いやらしい粘液を垂れ流しながら祈り続ける日々。苦行としか思えない。

 自分の膨らんだ胸をもみしだく。

 娼婦(しょうふ)の仕事の才能があるのかもしれない、と思った。

 でも、知らない気持ち悪い男と寝るのは嫌だと自身に残るプライドが訴えた。

 硬くなった乳頭(にゅうとう)。少し胸が大きくなった気がした。

 発情による成長だろうか。

 気が付けば粘液は床にまで届いている。

「こんな身体で冒険なんか出来ない……」

 自然と涙も出て来た。

 うずく性器が快楽を噴出したいと言っている。

 胸を揉んでいるうちに自然と腰が男を求めるように屈伸運動に似た動きを取ってくる。

 内股でいることが耐えられない。開こうとする股関節(こかんせつ)。

 耐えれば耐えるだけ粘液が出てくる。

 もはや手を使わずに勝手に潮を噴き出す。

「あっ……」

 一度決壊した快楽は止められない。

 震える身体のまま放尿するように潮をリズミカルに噴出する。

 今の姿を両親が見たら失神するだろうか。

 性器の穴が開きっぱなしの娘に育てた事を嘆くだろうか。

 嬌声を必至に耐えても僅かに出てしまう。

 犬の呼吸音のように。

 自分をこんな目に遭わせたラナーにも恥女になってもらいたいくらいの憎悪が渦巻き、同時に尻の穴に中指を突きいれ、激しく血が出るくらい出し入れする。

 こんなことまで覚えてしまった自分を殺したい。

 殺したくて殺したくてたまらない。

 絶頂(ぜっちょう)に至ると噴出量が凄まじい。床に吹きかけられる。

 それで終わらないのが快楽の恐ろしいところ。

「あははは……」

 股を開きながらしゃがみ込み、自分は何をやっているんだろうと情けなくなる。

 性器を眺めながら、これが国を救う格好か、と。

 うずきが収まるには一時間はかかる。

 それまでは交尾(こうび)を待つ獣。

 結婚式は裸で潮吹(しおふ)きショーで友人達をもてなそう。

 狂人に相応しい式の方が貴族共も喜ぶだろう。

 

 狂った思考のまま五回まで絶頂したのは数えたが後は覚えていない。

 尻の穴から血が出るほども指の出し入れをしたせいか、痛かった。

 床はもう水をこぼしたように濡れていないところが無いほどになっていた。

 これが娘の部屋だと両親に見せたくなる。

 人間の身体は凄いものだと改めて思う。

 これだけの体液を噴出し続けられるのだから。ふと、背後を見れば排泄もしていたようだ。匂いがひどい。

 これでリ・エスティーゼ王国が救われても自分はもう戻れない。

 自慰行為の忘れられない変態女と化してしまった。

 ふらふらと部屋を出ると誰かの顔があった。それが誰の顔かは何故だか分からなかった。

 視界が霞んでいるようだ。

 そして、猛烈な嘔吐感が襲ってきて、その場で吐き出す。

 その後、ぷつりと意識が無くなった。

 とても長い悪夢を見ていた気がする。

 アダマンタイト級の冒険者として名を馳せたラキュース・アルベイン・デイル・アインドラが自慰行為ばかりする変態の狂人へと成り果てた夢。

 国の為にこの身を捧げ、忠誠を誓った日々はなんだったのか。

 夜が来るたびに性器がうずく。

 噴出した潮の量は一回分の湯浴みくらいはあるのではないだろうか。

 噴けば噴くほど快楽を感じる。

 王に謁見している自分は片膝を着きながら潮を噴いている。

 ちょっとでも股が開けば噴出してしまう。歩きながらでも噴出すのではないかと思うほど。

 淫夢(いんむ)とはこういうものだと初めて実感する。

 こういう夢を見るようになってしまった。

 発情する女はなんと浅ましく淫らなことか。

 だが、それを笑えない。

 それが男を求める正しい女という生き物だから。

 動物にだって止める権利は無い。

 処女は一年中が発情期。

 そういうものだと思って付き合うしかない。

 

 気がつくと顔に冷たい布が置かれていた。

 全身は酷く疲労していて手が動かせられない。

 快楽の波は収まり、とても穏やかな状態だった。

「誰か居るの?」

「居ますよ」

 そう答えたのは夫のヤントラ。

 夫というか狂人だろう。

 匂いが無い。きっと掃除してくれたのだろう。本来は妻の仕事だろうに。

「いつまでも続く快楽というのは残酷ね」

 気を抜けばまた性器に触れたくなる。

 自慰行為はとても依存性の高い行為だと改めて思い知った。

「いっそ抉り取って食べてくれないかしら」

 それはそれで更なる悪夢が待っているだけだろう。

 穴の開いた股に拳を出し入れする己の痴態。

 視界が閉ざされていて見えないが身体を丁寧に拭かれているようだ。

 美味しい料理に調理する下準備のように。

「これで国が守れるなら……。私の身体なんて安いものでしょうね」

 結婚したせいか、ヤントラに身体を拭かれても嫌な気がしない。

 いつもは一人で身支度を整えていたのに。

 これが女になるという事だろうか。

 胸を丁寧に拭くヤントラ。ちゃんと夫として付き合わなければならないかもしれない。

 ただ、この布を取ると彼の姿が異形に見える気がして怖かった。

 顔中が目玉だらけの化け物とか。

 人食い大鬼(オーガ)のような不細工だったら目も当てられない。すぐに両目を抉(えぐ)りたい。

「あなたは人間?」

 そんなことを尋ねていた。

「人間の皮を被った化け物かもしれませんね」

「……ふざけないでほしいのだけど」

「元、人間。この答えが一番適切かもしれない。それにしても女性の身体は柔らかい」

 胸をもまれても快楽の波は来ない。ただ、くすぐったかった。

 性器も広げられたけれど、特に恥ずかしいとは思わなかった。ただ、広げたせいで放尿してしまった。

 そこは女性としては敏感な部分なので生理現象は制御しにくい。

 拭くかと思ったら口で吸い取られた。

 余計に尿が出てしまう。

「あっ、あははは。くすぐったい。舌を入れないで」

 尿道に舌を入れられる快感。ぶるっとまた噴出してしまう。

「い、いや。ああ」

 断続的に脳に快感が襲ってくるため、嬌声が勝手に出てしまう。

 そんなことを一時間も続いた。

 これも夫婦として毎日の行事となるのだろうか。

 ラキュースは淫(みだ)らな自分にげんなりする。

 

 翌朝になり、昨日の淫乱(いんらん)振りが嘘のような清々しさに驚く。

 これを毎日繰り返せば慣れるのだろうか。正直に言えば慣れたくない。

 子を成せないまま快楽によがり狂う生活は拷問と変わらない。

 姿は裸だったが特に気にならなかった。部屋もとても奇麗だった。

 メイドを雇えばヤントラも楽が出来る。しかし、メイドに狂乱振りを見せることになるし、匂いでバレるだろう。

 

●↑●

 両親は特に変わらず、ヤントラとも仲良くしているようだ。

 発情に溺れる妻の世話をしている事を両親はどう思っているのだろうか。それとも隠されているのだろうか。

 夫となる予定の狂人は朝から出かけて居なかった。現地調査だと両親に告げて。

「どうかしたの、ラキュース?」

「い、いいえ」

 そろそろ城に挨拶にいかなければならないのだが、ドレスを着る勇気が出ない。

 股間が濡(ぬ)れそうで仕方が無い。

 せめていつもの装備をまとって行くべきだろうか。

 魔剣と『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』は置いていこう。今は剣を持つ力が衰えている。

 クライムにも勝てないだろう。

 なんでこんな事になったんだろう。

 何度目かの疑問。

 

 装備品が奇麗に整頓されている。

 自分の部屋は毎夜ごとに新調されているような気がして、見るたびに他人の部屋ではないかと錯覚させる。

 そういえば、夫の姿が見えない。

 執務室だろうか。

 思考力も鈍ったのだろうか。

 少し経ってから出かけた事をぼんやりと思い出す。

 着慣れた装備品を着るのが大変な作業になっていた。

「……こんなに重く感じるのか……」

 処女性が保たれているお陰で『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』は難なく着られた。

 今はこれが拘束具か拷問用具のように感じる。

 鎧の前後から垂れ下がる青い色の細身で足首まで届く直垂が股間部分をしっかり防御している。

 姿鏡に移る自分は以前の美しさを失い、風前(ふうぜん)の灯火(ともしび)のような有様(ありさま)に見える。

「この世で最後に見る姿のようだ」

 鎧の胸の部分がとても大きく見える。納まりきらないほどに肥大化した果実のようだ。

 気のせいかお尻も随分と張り出しているように見える。

 それ以外は華奢(きゃしゃ)なまま。下手をすると筋肉が落ちて骨のようにやせ衰えているようにも見えなくはない。

「蒼の薔薇はどこへ行った……。女しか映っていない……」

 全ての装備を整えた自分の姿は凛々しさが抜け落ち艶っぽい女と成り果てていた。

 足取りも重く、部屋を出て両親に挨拶してから外出する。

 一人で外に出ると通行人の視線が妙に刺さってくる。

 姿鏡を確認したし、母親も心配ないと言ってくれた。

 装備に問題がないなら顔色でも悪いのだろうか。

 一歩ずつ歩きなれた筈の王城ロ・レンテまでが異常に長く感じた。

 なんだか、歩き方を忘れた感じになっているが、気にしても仕方が無い。

 これが今のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラなのだから。

 ほんの数日前まで凛々しく歩いていたアダマンタイト級の冒険者はもう居ない。

「おかしい……。昨日の散歩でも息が上がらなかったのに……」

 一歩ごとに下腹部にズシンと重みが伝わる。

 次の一歩では頭に響く。

 壁に手を着きながら護衛兵に不審な目で見られながらも懸命に王の御許(みもと)まで歩き続ける。

 恥を忍んで突き進む姿を笑うものは一部の貴族だけ。

 通り過ぎる護衛兵は誰も笑わない。

「……病気だろうか。この私が……。くっ……身体のあちこちが痛い」

 王国に忠誠を誓ってこの身を捧げた女の姿を焼き付けろ。

 ラキュースは呪詛(じゅそ)を振り撒きつつ歩き続けた。

 呼吸は少しだけ荒くなったが歩けない事は無い。

 重い武器は置いてきたのだ。

 胸と尻が重くなったせいかもしれない。

 見かねた護衛兵の一人が肩を貸し、王の居る扉まで案内した。

 普段なら断る手伝いをラキュースは小さく、ありがとうとお礼を言った。

「え、謁見に……参りました」

 疲れきったラキュースに対し、何も言わずに扉を開けて中に入る許可を出す。

 青い絨毯(じゅうたん)が玉座まで続く道もいやに遠く感じる。そして、足取りは更に重い。

 王の周辺には王女と六大貴族の面々が控えていた。

 死刑執行前の罪人が最後の懺悔(ざんげ)をする為に歩む道のようだ。

「……なんと変わり果てた姿に」

「かつてのアダマンタイト級の誇りが微塵も残っていないではないか」

 狂人にあてがわれた人間の末路だ。と、叫びたい気持ちを抑え懸命に進んだ。

「いつもはドレスなのに何故、鎧などを」

「まだ純血を保っているのか」

 保っていて悪かったな、と。

 ようやく王の顔がよく見える位置まで来て、隣りのラナーに顔を向ける。

 クライムの姿は無かったが居ればがっかりするだろうなと思った。

 そこにあったのは侮蔑(ぶべつ)、だったら良かったほどの何も無い空虚(くうきょ)な瞳。

 かつての友人はそこには居ない。

 ラキュースという友達など存在しませんでしたわ、というゴミを見るような目とでもいうのか。

 残りカスに用は無い、と言っている瞳。

 清々しいくらいラキュースは満足した。武器を持っていたら確実に殺していたかもしれない。

「よくぞ、参ったアインドラ殿」

「はっ」

 と、片膝を突こうとしてラキュースは驚愕する。

 身体がびくともしない。

「かっ……。ぐっ……」

 膝は曲がる。ただ腰を下ろせない。

「アインドラ殿?」

「敬礼を忘れてしまったのか?」

「あうっ……」

 六大貴族の一人、レエブンは手を貸すべきか迷った。

 ラキュースの様子は尋常ではない。

 というより、彼女の背後に点々と落ちているのは液体。しかし、青い絨毯のせいで色は黒ずんでいる事までしか分からない。汗なのか、血なのか。

 本人は気付いていないようだが、彼女の身に何かが起きているのは分かった。

「あ、あまりご無理を……」

「妻となった途端に礼を忘れてしまったのですか、ラキュース」

 冷徹な言葉がラナーからこぼれた。

「ぐっ! くぅ~」

 嘲笑(ちょうしょう)する貴族も居れば心配する貴族も居る。

 王もどうすればいいのか分からない様子だった。

「あ、アインドラ殿! ご無理をされるな。それ以上は無理でしょう」

「しかし、王に敬礼するのは臣下の勤めではありませんか」

「筋肉痛かもしれませんな」

「さすがアダマンタイト級の冒険者。日頃の鍛錬の影響ですか」

「そんなわけがあるか! アインドラ殿、本当に無理をすれば……取り返しが付きませんぞ」

「結構! 腐ってもアインドラ家を背負う者ゆえ!」

 とは言うものの、自分でもおかしいと思っている。全く腰を落せない。

 貴族の嘲笑など気にならないが、ラナーの冷たい瞳は確実に痛い。

 さっさと跪け、と言っている気がする。

 やってやろうじゃないか。

 そして、お前を殺す。武器があったらな。

 そんな呪詛を吐きつついつものように片膝をつく姿勢を全身全霊の力でねじ伏せるように取ろうとした。

 服装がドレスならば軽くスカートを広げて頭を倒すだけでよかった。

 全身の力を振り絞って正式な儀礼としての腰を強引に屈め片膝を床に叩きつける勢いで付ける。と、同時に音が響く。

 

 バリっ。

 

 周りに居る貴族に聞こえるほどの音。

 それは何の音だっただろうか。

 服が破れた音。

 鎧が破れた音。

 

 否。

 

 それはラキュースの股間部分が引き裂かれた音だった。

 人間の皮から筋肉、肉体そのものが破れる音。

 数瞬の沈黙。

 目を見開いたまま片膝をつくラキュースは呼吸を忘れて前だけを見ていた。いや、前すら見えていない。向けているだけだ。

 ラキュースの足元に血が怒涛(どとう)の如く噴き出す。

 そして、自分の足元に視線を落すと青い直垂(ひたたれ)がどす黒く変色し、絨毯がみるみる濡れていく。

 それは放尿などではない。

 血液が股間全体から噴きだしているのだ。

 髪の毛が逆立つ。ロールに整えてもらったものがほぐれていく。

「……ひっ、うぎぎっ! ぎゃあああぁぁぁ!」

 絶叫。それも人生で一度も出したことの無い空前絶後とも言える叫び。

「ごがぁああぁぁぁ!」

 叫ばずにはいられない。しかし、動けもしなかった。

「あ、アインドラ殿!?」

 王は玉座から立ち上がり、レエブン侯が彼女の側に駆け寄る。

「王の御前を汚(よご)す下賎(げせん)な者をさっさと連れ出しなさい」

 凄惨な現場にもかかわらずラナーは冷静に告げる。それはもはや友人にかける言葉ではない。

 しかも鼻までつまんで臭い匂いはイヤ、と言っている。

 ラキュースはその場で失神した。そして、血はそれでも流れ続け出血多量で死ぬのも時間の問題だった。

 一人の冒険者が今、確実に死んだ瞬間だっただろう。

 だが、彼女はまだ心臓を動かしている。

 ラキュースを動かしたいがそれで更なる出血を招くかもしれない。

 人間の身体からこれほどの血が吹き出るのはレエブン侯や他の貴族でも早々お目にかかれない。

 止血方法すら分からない。

「は、早く連れ出すのだ」

「そういえば、ヤントラ殿はどうして一緒ではないのだ」

「誰か。医師を呼べ」

 王の命令に城内は慌しくなる。

 レエブン侯は生きた心地がしない。

 ラキュースの状態もそうだが、ヤントラが知ったらどうなるのかということだ。

 妻が死にそうになっても平気な男なら仕方が無いが。

 それとも、と思った時。

「まさか……、冒険者ギルドのところか?」

 斬られた銅のプレートを取り替えてもらいにいったのか。

 登録したのはエ・ペスペルだと今日は帰って来れない事になる。

「くさいですわ」

 血と一緒に糞尿も漏れ出ているようだ。どんどん様々な匂いが漂ってくる。

 ここに居るのが耐えられなくなったラナーはそそくさと友人を一瞥もせずに部屋から出て行った。

 これほど薄情だとは思わなかった。

 いや、ラナーらしいのかもしれない。かつての友人は人間という認識から外して汚物と同等に思っているのかもしれない。

 少し遅れて医師達がやってきてラキュースの手当てを開始する。

 あまりの出血量に医師ですら近寄るのをためらったほどだ。

「アインドラ殿の髪が……」

 急激な出血の影響か、美しかった金髪が白く変化していく。

 見開いた目には碧玉の色は無くただ空虚な白。

 開いた口からはだらしなく涎(よだれ)と血が垂れている。

 目からも血が涙のように流れる。

 

 アダマンタイト級の冒険者の壮絶な敬礼。

 それは王国に忠誠を誓う勇敢な戦士の証し。そうレエブン侯は評するが後のものは侮蔑ばかり。

 彼女の尊厳など毛ほどにも思っていないだろう。

 ラナーに続いて貴族達も次々と部屋から出て行った。

 手当ての最中(さいちゅう)にまとっていた『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』が音を立てて床に落ちた。

 つまり処女性が今、失われたことを意味する。

「……なんということに……」

 最後まで守っていた純血が失われてしまった。

 こぼれ出た胸は大きく、彼女の美しさを物語るがのんびりと観賞する気にはならなかった。

「王よ。是非とも寛大(かんだい)なご処置を。最後まで王国に忠誠を誓った戦士として……」

「そ、そうであったな……。検討はするが……。おしい人材を失ってしまった」

「彼の怒りに触れないようにご配慮を」

「うむ」

 身体が硬直しているのか、ラキュースが動かない。

 横に倒してはいるが身体の各所が伸びない。止血しようにもどこを押さえればいいのか医師達も困っているようだった。

 

 彼女の命はあとどれくらい持つのか。

 もう助からないのか。

 レエブン侯とて非道な貴族ではない。助かって欲しいと願った。

 体調がすぐれないのに無理を押して来てくれた彼女に対し、我々はあまりにも薄情だった。

 そして、女性の尊厳すら踏みにじられても誰も助けようとしない。

 地位も名誉も捨てた彼女は忠誠心だけは最後まで捨てなかった。そんな彼女を侮辱することは許されない。

 レエブン侯は気が動転していたがラキュースには魔法がある。

 神官戦士の職業(クラス)を保有している。

 そして、それが無駄になる時が刻々と近づいている。

 下半身が血まみれ。

 女性の最後としてはこれほど屈辱的でおぞましいものはないだろう、とレエブン侯は目をそらすことは侮蔑に当たると思い見守った。

 国家の一大事に身体を差し出してもらったのだ。何も栄誉も与えられないのはあまりにも残酷だ。

 これが今のリ・エスティーゼ王国の内情だと思うと情けなくなる。

 それからすぐに部屋に駆け込んで来る者達が居た。

 ヤントラだと思ったが違った。

 蒼の薔薇のメンバーたちだった。

「鬼ボス!?」

「鬼リーダー!? 死んじゃうの?」

「……これは助からんだろう……。血が流れ……」

 仮面のイビルアイは部屋に入らず、一歩下がった。

「何があった?」

「理由は分からないがお身体が不調だったようで……。……無理に戦士の敬礼をして……」

「……つまり股が裂けたんだな……」

「……うわっ」

 近づけるものは近づいて、回復アイテムなどを持ち寄ってラキュースの身体に塗りこんでみた。

「出血量が多い。信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)は居ないのか?」

「それ、鬼リーダーの役目」

「……なんてこった……。とにかく、回復アイテムでも魔法でもいいから集めてきてくれ」

「オッケー」

 イビルアイ以下、蒼の薔薇はすぐさま移動を開始した。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 それから魔法やアイテムを使い、ラキュースの死亡を免(まぬか)れたが、見るも無残な姿に変貌してしまった。

 髪の毛は完全に色素が抜け落ち、目も血管が痛んで失明しているかもしれないと言われた。

 目の方はもう少し強いアイテムか魔法でなければ癒せないらしいので高い位階魔法を使える者を現在捜索中。

 下半身の裂傷はまだ完全に治癒出来ていない。

「鬼ボスのおっぱい、なんかでかくなってない」

「それはいいから」

「壮絶な最後を迎えた戦士に相応しかったぜ」

 ガガーランは役に立てなかったので優しく声だけかけることにした。しかし、ラキュースの意識は戻らない。

「……おい。あの化け物(ヤントラ)はどうして居ない?」

「分からん。アインドラ殿は一人で来たのでな」

 やはり無理をさせるべきではなかった。と、後悔しても仕方がないが王国の為に働いてくれた彼女に深い敬意を表す。

 王には下がってもらってレエブン侯が残った。

 意識が戻らない間、ラキュースは謁見(えっけん)の間に放置される形となっていた。

 うかつに動かすと股からまた出血するかもしれなかった。現在の城には傷を完全に癒すすべが無かったからだ。

「……『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』がついに役目を終えたか」

 ラキュースの白銀の鎧にティアとティナは手を合わせる。

「最後まで純血を守り通していたぞ」

「……なんだやらなかったのか」

「随分経つから腹でも膨れたのかと期待してたのにな」

 悪態はつくがラキュースの事は心配しているようだ。

「それにしても随分と元気が無かったように見えたが……。今まで何があったんだろうか」

「元気が無かった? 鬼リーダーが?」

「まさか」

「歩き方もおかしかったし、なによりドレスではなく鎧で着たのが妙だ」

「股が裂けるって、そんなひどい敬礼だったっけ?」

「片膝をつくだけだ」

 それぞれがイメージする片膝を思い浮かべ、イビルアイなどは実際に実践したりした。

「これで股が裂けるのか?」

「いや、既にケガでもしていたかもしれない。絨毯に転々と血のようなものが垂れていた。廊下にも途中からあったと報告があった」

 イビルアイは何度かゆっくりと片膝をつく体勢を取ろうとして調べていた。

「腰を下ろそうとして……」

「ああ、腰を下ろせないような態度だった。周りが催促したせいもあるが……」

 あまりイメージしたくない想像にイビルアイは検証をやめた。自然と自分も下半身が痛くなりそうな気がした。

「しっかしちょっと見ないうちにおっぱいでかくなってるね」

「そうか?」

「脳筋と比べられるのは……」

 そう言いつつも血を避けながらラキュースの胸を突付く。

 少しだけ胸が動いた。

「心臓は無事のようだな」

 応急処置の為に次々と魔法やアイテムが持ち込まれるがラキュースは失神したまま。

 

 どれくらい時間が経っただろうか。

 白い瞳から血がまた流れ出した。そして、小さく喉が動く。

「……鬼ボス……、聞こえる?」

「……何か伝えたいことはあるか?」

 ゆっくりとラキュースは言葉を吐き出す。弱々しくて聞き取りにくかった。

「……せ……んし……と、……て……死なせ……て……」

「……立派だったぞ、ボス」

 イビルアイは懐(ふところ)から短剣を取り出す。

「楽にさせる許可を」

「待て。そう簡単に早まるな。それを決めるのはアインドラ家だ。申し訳ないが……、簡単に命を捨ててもらいたくない」

 回復アイテムを使われるたびにラキュースの涙が溢れるようだった。

 声が枯れているせいか美しかった声色も消えてしまった。

 姿を見てしわこそ無いが老婆と言われても不思議ではない風貌の変化。

「……くそ……くそ……、いきるの……つらい……」

 むせび泣くラキュース。

 そこまで言わせるような事が数日間にあったとは想像できた者は居ない。

 

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