※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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B-10 黄色い粘体の襲来

 会話が出来るほどに回復するころ、アインドラ家の両親達が駆けつけた。

「ラキュース!」

 大量の血の匂いに母親たちの気が遠のきそうになったが娘の一大事の為に懸命に耐えた。

「ああ、なんて姿に……」

「いったいどう……。なにがあったのですか!」

 レエブン侯は分かる範囲で伝えた。

「ああ、それは痛かったでしょうに……」

「我が家では幸せそうにしていました。夫となるヤントラ殿もかいがいしく娘を世話していました。部屋も奇麗に整頓されていますし。執務室で仕事をしているようですが……」

「昨日だって二人で散歩にでかけたばかりなんですよ」

 話しを聞いている分にはおかしなことはない。しかし、魔法で洗脳している可能性もある。

「……確かに様子はおかしいと思ってました。それはまあ……夫婦なんですから……」

「それで変態やろうはどこに行ったんだ?」

「失礼。ヤントラ殿は何所に?」

「今日は朝方から調べ物をしに出かけてしまいましたけれど? 彼は凄いですね。仕事熱心というか様々な国の情報を集めているようでした」

 その言葉を聞いてレエブンは思い当たる節に行き着いたが、ヤントラの居場所までは分からなかった。

 彼はアインズ・ウール・ゴウンの対策に忙しいのだろう。

 並みの相手ではないのだから。

 それでも早く彼にかけつけてほしい。レエブン侯は誰とはなしに祈った。

「本当に仲むつまじい夫婦だと思っていたのに……。体調のことも教えてくれれば……」

「アインドラ殿には国の為に犠牲になってもらっていたのだ。こちらこそお詫びのしようもありません」

 ティアとティナはラキュースの手を握る。握り返す手はとても弱々しかった。

「……しなせて……。こんな女の……わたしは……、……戦えない……ただの女……」

「お前らでも探知は無理そうか?」

「来る前に変態らしきものは見つからなかった」

「いや、変態でいいのか?」

「……そろそろ回復魔法を唱えられないのか? このままだと寝たきりだぞ」

 息も絶え絶えのラキュースは血の涙を流しながらで死なせて、と言うのみ。

 敬礼だけで尋常ではない事態になるはずがない。

 ラキュースは城に来る前から既に変調を来たしていたのではないか、とレエブンは考えた。

 ドレスを着られない理由とか。

「……何故、今日はドレスを着てこなかったのですか?」

 と問いかけた瞬間に吐血した。

 両親が娘の背中に手を回し、優しくさする。

「……ぐぅ……、うう……」

「戦士としての礼儀では?」

「普段はドレスなどの普段着で謁見に来るのですが……」

「……貴族……が憎い……。ラナーが憎い……」

 歯を食いしばりながら嗚咽する。

 憎しみが増大しているのだろうが、それを咎めることは出来ない。

 少し動かそうとするとラキュースは痛みで身もだえする。

「このまま置いておくわけにもいかないだろう。血が流れすぎている」

「第三位階の魔法でもダメなのか……」

 とりあえず、レエブンはラキュースの様子を知る護衛兵などから情報を集めることにした。

「最後まで居てやるぜ、リーダー」

「……血の匂いは勘弁願いたいが……。がんばれ、ボス」

 仲間達の温かい声援に両親も良い仲間達に出会ったと褒め称えた。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 情報収集した結果。

 ラキュースは城に来た時から既に体調不良だったことが判明した。

 足元がおぼつかない歩き方。

 とても歩けるような状態ではなかった。という意見が多かった。

 ラキュースの面倒は仲間に任せて、レエブン侯は彼女の両親に話しを聞くことにした。

「さすがに暴力沙汰は……。アダマンタイト級ってすごいんでしょう?」

「それを凌駕するのがヤントラ殿なのです。何か脅迫とかは?」

 一応、洗脳の線に気をつけつつ質問する。部屋の外には何かあったら駆けつけられる護衛兵を待機させている。

「無いと思います。彼は婿養子でいいと言っていましたし。アインドラ家のことを考えていました。あとは……、子供は養子を取ろうかと言ってました」

「養子?」

「子が成せない身体だとか。まあそれは詳しくは聞けませんよね」

 そこまで聞いてヤントラを疑う理由は見当たらない。

 そもそも養子ということもちゃんと話している辺り、暴力とは無関係のような気もする。

「このところお疲れのようだから、娘の身体を鍛える為に屈伸運動というんですか? 身体をほぐしたり、料理も作ってあげてました。とても面倒見の良い方でしたよ」

「冒険者に復帰できるように今度、戦い方を教えるそうで……。それがまさか……、こんなことになるとは」

 復帰、と聞いて疑問に思った。

 ラキュースは曲がりなりにも凄腕の冒険者。それがなぜ戦えなくなったのか。

「復帰とは? 身体でも壊したとか?」

「数日間、二人っきりにした後、娘はすっかり弱ってしまわれて……」

「ほら、あ(・)れ(・)ですよ。夫婦の営み。詳しく聞けるわけ無いでしょう」

 つまりヤントラはラキュースを戦えないまでに抱いた、ということか。

 いや、それはまさか。とレエブンは頭を痛める。

 それだと純血が保たれていたことに繋がらない。

 話しが合わない。

「娘さんは処女のままだったようですが?」

 聞きにくいことだと分かっていたが、覚悟を決めて尋ねた。

「あら、そうなんですか? 足腰がおかしかったから、夜は激しかったのかと……。部屋からもけっこう聞こえてきましたけど」

 拷問でもしていた。という線が出てくる。確かに腕をへし折る相手だ。できない事はないだろう。

 次にドレスと鎧の違いはなんだろう。そこも疑問だった。

 レエブンは質問を続ける。とにかく情報が欲しい。

「普段から鎧を着ていたのですか?」

「いいえ。家では普段着です。薄手のものですけど」

「ここしばらくは鎧はしまってましたね」

 ますます分からない。

「体調は悪いからパーティとか式は遅らせるように言われていましたけれど……」

「何か思いつめていたのかしら? 急に結婚することになったからとか」

 それは確かに我々が悪い、とレエブンは思った。

 さっきの恨み言も納得出来る。

 とはいえ、今回は積もり積もった憎しみにも思えた。今日だけの事ではないだろう。

「二人は本当に仲が良かったんですよ。冒険者よりかは幸せな日々だったのではないでしょうか」

「それにしても婿殿が居ない時にこんなことになるなんて」

「彼はいつも居ないのですか?」

「……え~と、今日が始めてなのではないでしょうか。朝から出かけましたから」

「普段は二人で出かけてますよ。ちゃんと美人のエスコートもできる方でした」

 聞けば聞くほど疑う理由が無くなる。

 やはり直接本人に聞くしかない。

 それはとても辛いことかも知れないが。

 

 謁見の間まで行くとき、レエブンは嫌な予感がした。

 既にヤントラが殺されている場合だ。

 いつ死ぬか分からないと言っていたほどだ。それもありえるだろう。

 王国の為に尽力してくれた彼の亡骸がもしあれば手厚く埋葬してあげよう。

「アインドラ殿の様子は?」

「痛みで眠れないみたい」

「寝たら死ぬかも」

 息も絶え絶えの女性に尋ねるのは心が痛む。

「すまない。辛いことを聞くが……」

 嗚咽を繰り返す、ラキュース。こんな姿を見るとは思わなかった。

「君は……ヤントラ殿から拷問でも受けたのかね?」

 その時になってラキュースが少し身体をこわばらせた。

 レエブンはやっぱりか、と思った。

「……狂人を……あてがった貴族が憎い……。早くころして……」

「そんなに酷いやつだったのか?」

 レエブンは仲間達に手で合図しつつ質問を続けた。

「結婚なんか……したくなかった……。ああ……」

 いやまあ、それはこちらが悪いな、とレエブンは心の中で何度も謝罪する。

 ラキュースにとっては結婚が拷問と同義かもしれないとレエブンは少し考えを改めた。

「……もしかして調教しろって言ったのが原因とか?」

「そんなこと言ったのか!」

 ガガーランが申し訳無さそうにしたが、レエブンは怒りが沸騰(ふっとう)してきた。

「……よくも……女にしやがったな……。クライムにも……負ける……」

 何となくガガーラン達、女性陣はラキュースの気持ちが分かってきた。

 吐血しつつ恨み言を言うラキュース。

「戦えない……女になって……、狂人に身の回りの世話させて……。身体は弱って……。死にたい……。自分から……足開くような……みじめな……自分になった……」

「いやまあ、ごめん」

 苦しいだろうに、吐血しても言葉は続く。

「鬼リーダーが自分から男性を誘導するようになるとは。どんな調教したらそうなる?」

「……考えたくない」

「……同意」

「……そりゃあ……優しくて、もう夫でもいいやって思ったけど……。根底にあるのは狂人の思考……。あんな化け物……、とは……。生きていたくない。どういう精神構造してんだよ……」

 聞くのもおぞましいことはそれぞれ分かった。

「……ずっと純血を……守ってくれたのは……それは嬉しかったけど……。毎日が絶望の連続だった……」

 血を吐きつつ話し続ける。その間も回復魔法やアイテムを使い続ける。

「お前らに分かるか……。一日中……自慰行為ばかりする女の気持ちが……。もう汚物に生まれ変わりたい……」

 聞いてはいけない事をレエブンは聞いてしまった。

 想像絶する毎日。それは女性として屈辱を味わい続ける事だという。

「ああ……、やりすぎ(自慰行為)て止まらなくなったと……」

「どんだけ激しくやったらそうなるんだ」

 双子は平然と言っているが男性のレエブンと回復担当は何も言えなくなった。

「外に出ても股が濡れてないか……。歩きながら脱糞してないか」

「もういいアインドラ殿! もう喋らないで休んでくれ!」

「……恐ろしい化け物なんだな、ヤントラという変態野郎は」

 ついそれぞれラキュースの想像図を脳内に描いてしまった。

 

 レエブンは理解した。

 ラキュースがドレスではなく鎧を着たことを。

 王に謁見する為に自分の痴態を見せないようにしていた。

 彼女なりの強い決意の表れだったということを。

 その忠誠心は先の敬礼で証明された。

 血反吐(ちへど)を吐くほどの屈辱に耐えたのだ。それをレエブンは笑えない。

「一日中か……」

「頭がバカになるほど」

「あ~、すげーな。それは」

 屈めないほどに足腰が弱っていたのに無理に敬礼して限界に達した。

 それはとても辛かっただろう。

 そして、最後まで守っていた純血を貴族達に奪われたのだから。悔しくて仕方が無いだろう。

 純血を守りぬいた鎧で王に謁見する。それは並大抵の精神力では不可能だ。

「私の『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』が散った……。あの人が……、丁寧に手入れしてくれたのに……。うう……」

「えっ? そいつ酷いやつじゃないの?」

 レエブンはラキュースの顔に手を置いた。もう喋らないでほしいと祈った。

「また魔法? ……今度は……、自害の暗示を……」

 それは何度もお願いしたことなのだろう。

 それでも彼は命じなかったんだろう。

 どういう方法を取ったのかは知らないが、彼女の世話はしっかりやっていたのは分かった。

「……もう自慰もできない……。やっと終われる……。国の為に捧げた身は……役に立った……の……」

「……すみません。力及ばず。これ以上は……」

「最後に……、君の夫はどこに居るんだ? 最後でいい」

「……知らない……」

 希望が断たれた。

「ナザリック……ちか……だいふんぼ……。いやまさか……、置いて……行くわけ……」

 しわがれた声で紡ぐラキュース。

「アイテム。何か無かったっけ…。何か……」

 ラキュースは手を動かそうとしていたが両腕ともに僅かしか動かない。

 ティア達がラキュースの身体を丁寧に探った。

 結果は何も出て来ない、だった。

 何かをしようとし、激しく吐血する。美しかった美貌は血でそまる。

「ま、まほう、ぎるど……。せばす……。老人……」

 ティアは今の言葉を聞き、すぐさま駆け出した。

「……こんなわ……たしを……あいし……て……ありがとう」

 その後は喋れなくなり、小さく呼吸するばかり。

 もう虫の息だった。

 口の中からひゅー、という音が聞こえるのみだ。

 少しの間、場が落ち着き両親も覚悟した。

「……立派な娘さんでした」

「……ん~……。方法が無いわけではないが……」

「ダメ。イビルアイのは……尊厳(そんげん)の冒涜(ぼうとく)……」

 呼吸が続く限り見守る。

「……ヤントラ殿には王国の未来の為に情報を集めてもらっていた。それがこんな結果になるとは……。お詫びのしようがありません」

「しおらしい女性になって平和に暮らしてくれるものと思って……、ううっ」

 ティナはもう一度、ラキュースの身体を調べた。優しく丁寧に。

 そうするとラキュースが微笑んだ。

「……そんなに悪い奴じゃないみたいだね。さて、なんか出ろ」

 それぞれが絶望の結果を待っていると通路側から悲鳴が上がる。

 レエブンはヤントラが来たのか、と思った。

 急いで扉に向かうとえもいわれぬ物体に鉢合わせした。

 それは黄色い粘体(スライム)だった。

「うわっ! こんな時にモンスターかよ」

 粘体(スライム)だとガガーランはどうしようもない気がした。

 レエブン侯を避けて物凄い勢いで部屋の中に滑り込む。

「なんだこいつ!」

「っち」

 と、何所からともなく舌打ちみたいな声らしきものが聞こえた。

 蒼の薔薇のメンバーでも追いつけない速さで移動している。

「うせろ、くそ人間が!」

 今度ははっきりと聞こえた。それは女性の声だった。

 イビルアイもナイフで攻撃しようとするが当たらない。それほど素早い粘体(スライム)だった。

 床の上を音も無く滑り、並みの粘体(スライム)では不可能な動き。

「なんだこいつは!」

 それぞれが翻弄されている内に粘体(スライム)はラキュースの身体に取り付いた。といっても片足だけ。

 ぶった切るか、というガガーランの意見にすぐには誰も答えられなかった。

「臀部(でんぶ)の裂傷による出血多量。性器裂傷による処女膜破裂。月経(げっけい)」

 ぞわぞわとラキュースの身体に広がりつつ女性の声が聞こえてくる。

「この粘体(スライム)が喋っているのか!?」

「喋る粘体(スライム)なんて居るのかよ」

「うっさいわね! ぶち殺すわよ、人間!」

 どうやら粘体(スライム)が声の主のようだ。

「げっけいってなんぞ?」

「生理ってことか? ほらあれだ、えっと……」

「生理現象。……ったく、人間はバカで低脳で困るわ」

「粘体(スライム)にバカにされた……」

「じゃあリーダーは妊娠してんの?」

「はっ? バカじゃないの? 卵子が血液と共に膣(ちつ)を経由して体外に排出されることよ! 死ね!」

 随分と口の悪い粘体(スライム)だが、ちゃんと答えるあたりはいい奴なのかなとそれぞれ思った。

「失明寸前。心拍微増。……はぁ……、こいつらぶっ殺したい……」

 更に動き始めるとラキュースが吐血を始めた。

 彼女の身体にべったりと張り付く粘体(スライム)はどう対処すればいいか、分からない。

「……なんでこいつバスパ様の……。こいつがバスパ様のペット!? マジで、嘘でしょ」

 ラキュースの身体の半分近くを覆うように粘体(スライム)は張り付き、色々と喋っているがメンバーは攻撃できない。

 喋って素早く動く粘体(スライム)はどう対処していいか、分からなかった。

 下手に攻撃魔法も撃てない。

「ねえねえ、くそったれな人間」

「そんな人居ないよ」

「てめー、殺すぞ!」

 粘体(スライム)なので怒っているのかどうかが分からない。

 ラキュースの股間部分から血が出たのか粘体(スライム)が赤く染まっていく。

 対処の仕様がないし、触ると危険そうだ。とても掴めそうにない。

「うががっ!」

 ラキュースが血を吐きつつ身体が痙攣(けいれん)するように動く。

「ほ~ら、ほ~ら。質問に答えないと溶かしちゃうぞ」

「わ、わかった。要求を聞こう」

 レエブンは自分の持っている武器を床に置いた。

 他のメンバーもラキュースが人質が取られているし、側に彼女の両親も居るので大人しく従った。

「まず。こいつはバスパ様のペットなのね?」

「知らんと言ってる」

 レエブンはバスパで思いつく言葉を必至に探した。

「それにしてはバスパ様の味があるのは不思議なのだけど……」

「……もしかして、君の言っているバスパ……というのはヤントラ・サルヴァスパの事か?」

「んっ? ああ、今はそう名乗っていらっしゃるんでしたね。これは失念していた私の失態ですね。では改めて、その人のペットなのですね?」

「……異形風の呼び方か? こちらでは妻というんだが」

 粘体(スライム)にも知り合いがいるとは驚きだ。素直にレエブンは思った。

「はい、確認しました~。治癒中につき。私に触ったら殺すぞ、人間!」

「随分と態度がデカイね、こいつ」

「いや、異形は人間蔑視の教育を受けていると聞いたことがある。そのせいだろう」

 事前に聞いていて良かったとレエブンは思った。

 彼の話しが無かったら何もかも諦めていたかもしれない。

 そう思うと彼の存在はやはり大切にしなければならないと思う。

「そういえばさ……。こいつの処女膜(しょじょまく)って治さないほうがいい?」

 そういう質問に対してほぼ全員がレエブンに顔を向けてきた。

 判断は任せるぜ、リーダー。と言っている気がした。

「では……、治してあげてくれ」

「は~いはい。……これほど丁寧に人間の身体を扱うバスパ様は素晴らしい。身体中の隅々にまで至高の御方々に連なる者を感じるわ」

 粘体(スライム)はとても嬉しそうに言っているように周りに居る人間達は聞こえた。

 それは一見するととてもおぞましい気がする。

 別の見方をすればラキュースの身体全てを丁寧に扱っていた事になる。

 それにしても粘体(スライム)とはいえ、人間と同じように喋り知能もあるとは驚きだ。

 レエブンはアインズ、と言いそうになったが名前を大事に扱わないと危険な気がしたので慎重に尋ねてみた。

「君は……アインズ殿の知り合いか?」

 アインズと呼ぶ分には大丈夫と言われたので実践してみた。

「アインズ様を知っているとは。まあいいでしょう。治癒は時間がかかりますから。確かにその通りです。私は戦闘メイド『プレアデス』の一人、ソリュシャンです。クソ人間」

 最後だけ残念な自己紹介だ。

「戦闘メイド?」

 それも聞いたな。どこがメイドなんだろうと疑問に思った。

「それで何が聞きたいの? その名を知っているからには死ぬ覚悟があると思っていいのね」

「まあ、そんなようなものだ。答えてくれるかは分からないが……」

 と、言いつつもラキュースの両親を避難させるようにガガーラン達に合図した。

 そのすぐ後にティアが駆けつけた。

「うわっ! こんなところに居やがった!」

「あら、さっきの人間。生きてたの?」

「今はこちらの質問を優先させてくれ」

 粘体(スライム)とティアに頭を下げる。

 ティアは仲間と合流する。

「今、彼は何をしているんだ?」

「なにをしている? これは異なことを。至高のお方は崇高な計画の為に色々な準備をしているのよ。それをいちいち人間に教えるわけ無いでしょう。あっと、そうだ。人間。バスパ様に伝えたいことがあるんだけど、居場所を教えて」

「それは我々も知りたい。今朝方出かけられたらしいが、分からないんだ」

「ちっ! くその役にも立たないな、人間は!」

 激しい人間蔑視。確かにこれは手ごわいモンスターだ。

 見た目は弱そうだが、溶解の能力があるのなら非常に厄介な相手かもしれない。

 しかも素早いし、知能も高い。これを果たして倒せるのか。

「おうおう。人間の排泄器官からたくさん出てくるわね。全部飲んだら死ぬかしら?」

 どういう治療なのかは知らないが、ラキュースの股間部分から何かを吸い出しているような音が聞こえてくる。

 

 手が出せない相手というのはどう対処すればいいのだろうか。

「君たちと我々は仲良くなれないだろうか?」

 ダメもとで尋ねてみた。

「はっ? 家畜かアンデッドの材料にしか利用価値のない人間と至高の御方々に創られた私達と仲良くですって!? 絶対、無理。あなた方は私達の栄養素の価値も無いの。ただの嗜好品(しこうひん)なら考えなくはないけど……。私は人間を溶かして消化されていく姿を見るのが好きなの。そういう利用価値しかないあなたたちと仲良くなんかなれるわけないじゃない!」

 ダメだ。と、レエブンは思った。

 普通なら誰もが思う。だが、ヤントラはこんな連中の事を知っているし、仲良くさせようとしていた。

 戦わなくて済む方法があるなら試したい。

「人間をゴミだと思ってる」

「殺すしかないな」

「……人質を取りやがって!」

「あばば……。ばう……」

 さっきまで虫の息だったラキュースが反応した。

「質問を変えよう。君はヤントラ殿のことをどう思っているんだい?」

「ほう……。まあいいわ。時間もあるし。バスパ様は……、至高の御方々に連なる者。我々を愛でて下さり、美味しい部位を提供してくださる方よ。人間……人間種でありながら我々の好みを提供してくれるお優しい方ですわ」

 部位とは腕とかだろうか。

 彼は自分の身体を食べさせていたのか。そんなこと自分達には出来そうも無い。

「まあ、ナーベラルはバスパ様の事を嫌っているようですが……。それはさておき。我々と交渉のテーブルに付きたいと身の程も弁(わきま)えず考えているのはあなた達ね。どの面下げて言ってるのかしら」

 だいぶ人間蔑視に慣れて来たレエブン。

 なるほど。付き合ってみるとそれほど悪くないかも、と思えてしまう。

「いや、すごいな。話していて分かった。言葉が通じるのはお互いを理解し合えるものだと」

 その言葉にガガーラン達も納得する。

 ただ、レエブンは気がかりがあった。

 貴族連中は絶対に対話にならないだろう、と。むしろ相手を怒らせてしまう。

 だからヤントラはあれだけたくさんの事を教えてくれたのだと、ようやく理解した。

 機会があればヤントラとゆっくり話したいものだとレエブンは思った。

 ソリュシャンはラキュースの顔を完全に塞いだ。

「……こんな家畜とはいえご命令ならば仕方ない。……人体に必要な体液が四分の一も消失。維持を優先……。っとと、なに抵抗してんのよ」

 ラキュースがまとわりついた粘体(スライム)を引き剥がそうと抵抗してきた。

 指に食い込む全てが素通りしていく。

「あ~、殺したい。溶かしたい。抵抗すると顔の皮膚だけ無くすぞ、クソが!」

 喉に吸い込まれる粘体(スライム)。

「溺死(できし)しようとしている? 無理ね。体内で酸素を肺に提供できるから。それから知ってる? 身体中を液体で満たしても死なない溶液が存在することを」

 弱者をいたぶるようにソリュシャンは嬉しそうに言った。

 

 知能の高いモンスター。

 一言で言えば強敵だと言えるのだが、これほど何も出来ないとは思っていなかった。

 自分たちはこれを倒そうなどと思っていたのだ。

 モンスターは倒せると。

「君たちと交渉がしたい。使者を送りたいが本拠地が分からない。それに貴族が大変迷惑をかけると思うが、どうか会談の機会を設けてはもらえないだろうか」

「……それは私の担当する議案ではなくてよ。とにかく、バスパ様と取り次ぎたいの」

「では、彼に会えば伝えよう。内容を教えてもらえれば……」

「……人間の分際で大事な用件をおいそれと言えるわけないだろ!」

 徹底的な攻撃性。

 理解し合える気が全然しない。ここまで人間を嫌うのか異形というのは。

「……はぁ。ほら、人間。だいぶ治ったでしょ。言いたいことでもあるのかしら?」

 疲れきった様子でソリュシャンは言う。

 そして、顔から粘液を引き上げる。

「私に生き恥を晒せと……」

 それは先ほどまでしわがれた声とは違う、美しい女性の声だった。

「鬼リーダー、復活! すげー」

「また……あの夜が来るのか……。ラナーに捨てられ、貴族に捨てられ、国にも見捨てられる……」

「ラキュース。そんなに辛かったのね」

「辛い? そんな生易しいものじゃないわ! 年中発情し続ける苦しみ! 想像するだけで発狂したほうが幸せだと思うくらいよ! 眠れば淫夢(いんむ)ばかり見る」

 瞳に碧玉の色が戻ったはずだが、涙は血だった。

 下半身にうごめく粘体(スライム)がほぼ赤く染まっている。

 一堂が静まり返る頃、ラキュースは自分の手を見る。

 身体の鎧は外れてしまったが手甲と足甲などは残っていた。

「お望みならば永遠に発情する身体に改造しましょうか?」

 楽しそうにソリュシャンは言った。

「……なんだ貴様は……。人の身体を乗っ取るなよ……」

 ラキュースは力の無い声で下半身の粘体(スライム)に言った。

「メスの特性だからいいじゃない。しかも月経期間中なら胸の膨張、臀部の張り出しも当たり前だと思うけれど。でも、惜しかったわね。卵子は使い物にならなくて」

「……ああ、それで体調が悪かったのね」

 母が納得する。

「やっぱり普通の女性として暮らすべきじゃない。また来月も具合が悪くなるわよ」

「鬼リーダー。そう簡単に早まらないで」

「発情する暗示か?」

「人間を調教するすべもバスパ様はお得意だったとは……。同じ人間種として特性をよく理解していらっしゃるのね」

 感心するようにソリュシャンは言った。

 体液が大量に必要なのでソリュシャルもただの回復では数日はかかるかもと思い、少し思案する。

「これが結婚というものなら諦められる、と思っていたけれど……。戦士が女になるのは耐え難い屈辱だわ」

「アインドラ殿……、君に対する仕打ちを謝罪させてほしい。出来る限り支援しよう」

「……レエブン侯……、私は……ちゃんと忠誠を示せたでしょうか? 陛下の御前であのような失態、さぞ陛下は軽蔑していらっしゃるでしょう」

「君の忠誠は立派だ。誰にも侮辱することは許されない」

「人間のクセに生意気ね。アインズ様の方が数万倍も貴(とうと)い方よ」

「せっかくの感動に水を差すな、粘体(スライム)の分際で」

 ノイズの混じった声でイビルアイは言った。

「そこらの粘体(スライム)と一緒にしないで頂戴! あっ、はいはい」

 ソリュシャンは蠢(うごめ)きを止めた。

「……あらあら、そうだったのですか。分かりました。ところで、このペットの修理にすごく時間がかかるのでバスパ様には至急お戻りになるように伝えてはもらえませんか? なんだか、周りのクソ人間がうるさいんで。えっ? ちゃんと粘体(スライム)形態を保っております」

 メンバーは粘体(スライム)が誰かと連絡している雰囲気は感じた。しかし、声に出しているのは何故だろうと思った。

 人間だから侮(あなど)っているのか。

 報告を終えたソリュシャンは粘体(スライム)なのにため息をつくように言った。

「こちらの用件は終了いたしました。もうまもなくバスパ様がいらっしゃるのではと思います」

「彼と連絡がついたのか? というより今のは魔法か?」

「警報に引っかかるようなヘマは致しません」

 自信満々にソリュシャンは言った。

 それはとても重大なことだと言える。

 彼らに警報が通用しないということだ。

「あの人が来るの? こんな私を見たら……」

「髪の毛は戻らないのか?」

 レエブンは尋ねてみた。

「白じゃないの?」

 と、ソリュシャンは言った。

「金髪だった」

「あ~、色素欠乏(けつぼう)。数ヶ月も放っておけば戻るわよ。無理に戻そうとするとツルツルの禿(は)げ頭になるけど?」

「元に戻るってリーダー」

 仲間達がラキュースの肩などを揉む。

 

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