※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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第三章 運命の壊滅
C-1 理想の結婚式


 アインドラ家の婚姻(こんいん)の儀まで数週間と迫っている頃、夜の営みや外出に少しずつ慣れたラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは元アダンマイト級の冒険者として名を馳(は)せていた。

 かつての実力は衰え、一般市民と変わらない女性と成り果てた。

 精神は強固でも衰えた肉体はなかなか元には戻らない。

 美しかった金髪は頭頂部に僅かしか確認できず、残りは白髪。

 日常生活にも苦労していたが料理くらいは問題なく作れるようになった。

 処女(しょじょ)性の喪失によって剥(は)がれ落ちたラキュースの最後の砦(とりで)『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』は丁寧に手入れされ、いつでも戦場に駆けつけられるほど磨(みが)かれていた。

 十三英雄に登場する『魔剣キリネイラム』もアインドラ家の応接室に大切に鎮座(ちんざ)されていた。

 この魔剣でいつか、かつての親友だったラナー王女を惨殺したい、という気持ちを当主であるラキュースは懸命に押さえ込んでいる。

 王の御前での屈辱は生きる糧(かて)となっていた。

 筋力の増加の為に汗まみれになるまで剣の素振り、腕立て伏せ、それらを一般兵士と共に行った。

 それでも全盛期の力に戻るのは自分でも難しいと感じていた。

「はぁ! はぁ!」

 息の上がりが早い。

 体力を付ける為に走りこみなどを考えられるだけ頑張った。

 とはいえ、まだ開始してから数日なので結果が芳(かんば)しくないのは想定内だった。

 貧弱なラキュースにも自慢できることはある。

 羞恥心(しゅうちしん)の無さ。

 積み上げたプライドは処女喪失の時に投げ捨てた。

 それくらいしか今は無かった。

 かつての冒険でも強くなるのに三年以上はかかっただろうか。今度も同じくらいかかるだろう。

「……疲れた」

 女が家庭に入るとここまで弱るものなのだと驚いた。

 最初こそ酷かったが少しずつ練習の数は増やせた。

 国への忠誠心は今もあるにはある。だが、今は一介のただの無名の戦士見習いだ。

 銅の冒険者ですらない普通の一兵卒のラキュースだ。

 戦争が控えているので自分も何か出来ないかと考えたが戦うことしか浮かばなかった。

 貴族特有の社交界も出る気はなかった。貴族令嬢という肩書きがあったので招待状はよく届く。

 昔からの付き合いが多く、参加したりしなかったり。

 今回も返事は欠席だ。

 たとえラナーであっても。

 最後まで忠誠の証しを見せた功績というものは全て断った。来ても突き返した。

 ただの痴態(ちたい)に忠誠心の欠片も無い。

 王の御前で無様な姿を見せた者に勲章(くんしょう)など、情けなくて笑ってしまう。

 社交界も公開処刑のようなおぞましい姿を披露しなければならないのだろう。

 

 朝の鍛錬を終えて食事の支度をする。それは日課のようなもの。

 最初こそ包丁やナイフの扱いがおぼつかなかったが今は苦も無く扱える。

 筋肉痛も苦にならないところは確実に身体が育っている証拠かもしれない。胸は以前の二倍は大きくなった気がする。

 母乳が出ない大きいだけの胸。

 子を成せない事へのあてつけなのかもしれない。

 まだ仮の夫たるヤントラはリ・エスティーゼ王国の領内の調査の為に奔走(ほんそう)していた。

 希望だった冒険者は諦め、国のため、世界のために働いている。ただ、職業ではないので報酬は無い。

 脅威の一つ『アインズ・ウール・ゴウン』という魔法詠唱者(マジック・キャスター)はなりを潜めてはいるが活動は続けているらしい。

 見えない敵というのはとても恐ろしい。

 彼らの本拠地『ナザリック地下大墳墓』の位置は各国が既に発見していた。

 元々は墓地だったものを彼らが拠点として使っているという。しかし、この国で生まれたラキュースにとって彼らの本拠地は本来は何(・)も(・)無(・)い(・)平(・)野(・)だったと記憶している。

 隠されてきた、というよりは本拠地ごと転移してきたという方が納得する。

 転移の原因は彼らとて不明だということ。そして、彼らは我々の想像を絶する能力を持った知性あるモンスターであるということ。

 彼らの支配者たるアインズは慎重派であり、人間側と交渉の出来る存在であるらしい。

 小さな村を足がかりにしているらしいが、敵とみなして攻める今までの方法は通用しないということ。

 戦い方が変わる時代になっていくのかもしれない。

 とはいえ、アインズ以外にも敵は居る。剣はまだ必要だ。

 執務室で様々な計画を検討しているヤントラは土地取得の為には戦争を終結させなければならない結論に至る。

 領土を拡大し覇権を広げるバハルス帝国の皇帝『ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』について考えていた。

 まだ二十代の若さで皇帝に即位し貴族達の力を削ぎつつ絶対王政を着実に築き上げていた。

 支配者に相応しい風格のある男、だと言われている。

 アインズと相性が合えば帝国は強大になるだろう。だが、脅威になるかは別の話しだ。

 帝国騎士の装備はアダマンタイトを始め、充分な武力を与えている。

 王国に勝ち目はアインズが居なくても無い、と思う。

 人間側の争いはヤントラにとって二の次。

 本命である敵対プレイヤーの情報が欲しかった。

 今のところ片鱗がスレイン法国にあるかもしれない、という仮定を立てている。

 竜(ドラゴン)が治める国。他の国々の情報もいずれは必要になるだろう。

 個人のプレイヤーはそんなに脅威ではないけれどパーティを組んだ場合は危険度が数倍も増す。

 未知の世界級(ワールド)アイテムの存在。

 不可能を可能にする。空前絶後の能力を保有する。

 アインズと違いナザリックの防衛には関われない自分にはプレイヤーの存在はさして重要ではない。

 楽しく冒険できれば良かった。

 伴侶(はんりょ)も得た。だが、女を抱くことに飽きたら捨てるのだろうか。

 ここまで衰弱するとは想定していなかった。

 世界の特性だとすれば、それもまたえげつないことかもしれない。

 本当はもう一人ほど追加したいが当分はお預けだろう。戦っている場合ではない。

「ラキュース改造計画を本気で考えないといけないな」

 とりあえずは手ごろなモンスターを倒せるくらいには強くなってもらいたい。

 数ヶ月はかかりそうだが、それで無理なら新たな人材を探すしかない。

「……玉座……。一度は座って確かめたいな。どんな職人が作っているんだろうか?」

 考えても答えは出ない。実際に歩いて目で確かめなければならないだろう。

 アインドラ家の支配者。

 部下の数が圧倒的に少ないが支配者らしい仕事を見つけるのも大事だな、と思った。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 元(もと)が付くラキュースの栄光だったものは己の無力さへの刑罰のようなもの。

 齢十九の小娘は世界を知らなかった。

 以前の装備品を身につける。

 『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』も装備できるが体型の変化に情けなさを感じる。

 引き締まった肉体美が胸だけ醜(みにく)く肥(こ)え太った豚のように見えた。

 手足は少しずつだが太くなり手甲、足甲に異常は無さそうだ。

 姿鏡を見るたびに割りたくなる醜い姿。

 白髪で疲れきった顔は老婆のようだ。

 これがかつての英雄の成れの果て。

「恥辱(ちじょく)にまみれた己の姿だ。貴族共め。国に身を捧げた者の末路をしっかりとその目に焼き付けるがいい」

 憤怒(ふんぬ)の形相。

 だが、実際は色々と顔つきを変えつつ迫力のある演出を模索しているに過ぎない。

「もうちょっとど(・)ぎ(・)つ(・)い(・)言葉がいいかしら」

 貴族を恐怖に陥れる言葉を秘(・)密(・)の(・)ノ(・)ー(・)ト(・)に書き連ねるのが今のラキュースの密(ひそ)かな楽(・)し(・)み(・)になっていた。

 王への謁見での出来事で片膝を付く動作だけはなかなか上手く出来ない。

 身体自体は問題ないようなのだが、恐怖心が消えたわけではない。

 屈伸運動は出来る。ただ、大勢の目があるところで片膝をつける自信が無かった。

 家の中で転げまわること多数。両親も少し心配していた。

 汚名は受け入れるが挽回はしたい。それは名誉のためではない。

 リ・エスティーゼ王国の臣民として恥ずかしくない姿を見せたいからだ。この国に生まれてよかったと思えるほどに。

 このまま戦えなくなってもいい。武器も捨ててもいい。

 ただの臣民に成り果てようとも、この国に忠誠を誓い続けられるなら本望だ。

 

 悪態と敬礼の練習を終えて、装備を整えて外に出る。

 体調は万全だ。何も問題は無い。

 鎧もさほど苦になる重さを感じない。それが今まで当たり前だった。

 鎧の背中部分にある『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』もしっかりついてくる。

 羞恥心の無い今の自分に国民の目線など気にならない。

 さすがに魔剣キリネイラムは持っていても邪魔になるだけなので置いてきた。

 剣は背中にある分で充分だ。

 ほぼ完全装備のラキュースは貴族のしがらみが無い自由な状態になっていた。

 城に挨拶に行かなくてもいい。ラナーの暗黒に染まった瞳を見なくてもいい。

 鎧を着たただの女。

 もちろん歩くことも立派な運動である。足腰もしっかり鍛えないといけないから。

 少し前まで広がる足で歩行に苦労したが今はしっかりと大地を踏みしめられるまでになった。

 ガシンと聞き覚えのある重みある足音。

 あとは身体の筋力の増強だろう。

 キリネイラムを振り回しても平気なほどに。

「おっ、鬼ボス発見」

「鬼リーダー、復活?」

 かつての仲間がどこからともなく飛んできた。

 彼女達の装備は仕事で使うものと一緒なので見回りでもしていたのだろう。

 アダマンタイト級ともなると早々仕事が出来る訳ではないので普段は国の警備についている。

「ただの散歩。みんなは元気?」

「国の防衛任務についてるよ」

「いや~、おっぱいデカイね~」

 二人には以前よりも大きく見えていた。

「母乳が出ないから溜まる一方でこうなったんじゃないか」

「でもまあ、艶々(つやつや)してるよね」

「……本当にメチャクチャにするとは……。旦那さんは恐ろしいの~」

 女らしく、艶(つや)っぽい色気(いろけ)。

 戦士にとっては侮辱でしかないがラキュースは素直に感謝する。

 誉めてくれる分には嫌な気はしない。

「しっかし、世の中平和だわ」

「本当に国家の存亡の危機?」

「未然に防いでいるから平和なのかもね。でも、敵が居なくなったわけじゃないから」

 来月には戦争が始まる算段になっている。

 リ・エスティーゼ王国の国民がたくさん死ぬだろう。

 決戦地に近いエ・ランテルでは既に徴兵(ちょうへい)が始まっていて食料の確保に忙しい。

 装備品は貧相。元々が各地の市民や農民なのだ。それに資金を投じる貴族は居ない。

 貴族は命令するだけ。兵士はそれに従い無為(むい)に死ぬ。

 補償も微々たる物だろう。所詮、農民などは下賎(げせん)な人間達だから。

 それについてはラキュースも胸が締め付けられる思いだった。

 願わくば自分も戦闘に参加したいところだが、剣も槍も扱えない今はただ立って死ぬだけのでくの坊だ。

「それで結婚式はいつになるのかな」

「予定を早めてここ数日にしようかと考えている。用意はとっくに終わってる」

「ついに本当の妻となるのですな、鬼リーダー」

「名前は変わらないけどね。君たちも狂人と婚姻を結びたまえよ。この世の絶望とやらは案外、楽しいかもしれないぞ」

「結構です」

 即効で二人は首を横に振る。

「……また『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』をまとうとは……。これはこれで凄いね」

「魔法で再生する程度の純血って安っぽいな~」

 ラキュースの大きくなった胸の部分をつつく二人。

「それにしても旦那さん、魔法とかアイテムとか凄いんだね。私達にもくれないかな」

「検討しておこう。なにしろ私の夫だ」

 ラキュースもヤントラの保有するアイテムは気になっていた。

 この世界でもお目にかかれない品物を多数所持している。

 彼らの世界ではありふれたものらしい。

 市場に流れると経済が混乱する。

 それくらいの代物なのだ。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 暇そうにしているティアとティナの三人で散策を続ける。

 さしさわりの無い話しが続いた。

 その後、ボロボロの赤黒いローブをまとい、白い仮面をかぶったイビルアイとも合流する。

 全体的に毒々しい印象を受ける。

「……すっかり髪の毛の色素が抜けてしまったな」

 ノイズがかった声でイビルアイは言った。

「それほど凄惨な状態になったんでしょう。こればかりは数ヶ月はかかるって言われた。一応、頭頂部は少し金色が戻ってる」

「……人間とはあれほどの血が吹き出せるのだな」

「自分でもビックリ」

「そういえば、変な粘体(スライム)、姿を見せないけど、何所(どこ)に行ったんだろう」

「各都市でも粘体(スライム)関連の騒動とか聞かないけど……。ああいうのが他にも居るんだよね」

 高度な知性を持つモンスター。

 人間に戦えるレベルなのかは未知数だが、敵として会いたくない。

 ヤントラの言では基本的に本拠地で生活するモンスターなので外に居るのは情報収集の役目を負った者達だけだという。

 大挙(たいきょ)して人間を襲うような事態は起きにくいと教えられた。

 人間を蔑(さげす)むが言葉は通じるので毅然(きぜん)と話しかける方が生き残りやすいとのこと。

 敵にさえならなければ意味の無い虐殺はしないらしい。時々、人間を食べるかもしれないけれど、と続いた。

「ナザリック地下大墳墓、だっけ。そこにはおぞましいモンスターがいっぱい居るんだってね」

 ただのモンスターではない。

 今まで出会ってきた何者よりも邪悪で凶悪。竜(ドラゴン)すら屠(ほふ)るような者が数多存在するという。

 雑魚モンスターは骸骨(スケルトン)。あと動死体(ゾンビ)も居るよ。という可愛い説明がついてきた。

 つついてはいけない禁断の場所。

 仲間意識が強いのも厄介な点。

 普通ならモンスターを倒されても気にもしないはずが、彼らは違う。

 絶対の忠誠。仲間の信頼の厚さは強固な壁。裏切りなど存在しない。

「絶対に裏切らないモンスター。って居るのかな?」

「人間でもすぐ裏切るのに」

 そこはラキュースも疑問だった。

 とはいえ、それよりもこの町には恐ろしい老人(セバス・チャン)が潜伏している。

 今のところ魔法のスクロールの調査をしているだけのようだが、得体は知れない。

 ティア達が接触した感じでは物腰は丁寧で紳士的にもてなされたという。

 それが私達の敵なのだ。敵と断じてもいいのかは今は疑問に思うが。

「直接、聞いてみたら? 私はなんかバカらしくなってきた」

 案外答えてくれそうだ。

 重要なのは支配者の悪口を言わないこと。それだけ守るだけでも生き延びる確率が高まる。それに老人、セバスは比較的友好的な存在だと聞いている。

 だからといってナザリックは絶対に裏切らない。それは厳命されていた。

 ヤントラは確信しているのだ。

 彼らが裏切らない理由も知っている。淡(あわ)い期待をすると命を落す。

「あ、それから戦闘メイドに気をつけろって言われたっけ」

「あの粘体(スライム)? どこにメイド要素があるん?」

「あれが本性。普段は人間に擬態(ぎたい)しているって。何人かの戦闘メイドは……、とても態度と口が悪いそうよ」

「メイドのクセに!?」

 話しだけ聞くと笑ってしまいそうになる。

 その粘体(スライム)が人間を自身に取り込んで溶解液で解けて消える様を見るのが趣味だと知らなければ。

 勝てない相手ではあるが基本的な特徴はヤントラから色々と教えてもらった。

 どうせ勝てない。でも、知っていた方が何かの役に立つかもしれない。

 町の中心地で四人は早めの昼食を取る事にした。完全装備のまま。

 一般市民と違って派手で目立つ面々のラキュース達なので注目されない方がおかしい。

 ラキュースに至っては背中に『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』を浮かせたまま平然としている。

「……鬼ボス、すげー」

「羞恥心の無い人間は大人物(だいじんぶつ)に見える」

「ありがとう」

 ここまでの道程に身体は問題なくついてきてくれた。

 日々の鍛錬は確実に身についているのだなと感慨(かんがい)深げに思った。

 イビルアイは仮面を器用にずらしながら昼食を食べる。

「いっそ外してもいいような気がする」

「……いや、結構だ」

 元もとのメンバーに居た人からイビルアイを押し付けられた経緯がある。

 不思議な人だが悪い人ではない。

 時々、子供っぽいところが好きだ。

「ところで、旦那さんって貴族社会に入るわけ?」

「分からない。入らないかも。私はもう貴族連中と関わりあいたくないけど……」

「アインドラ家は結局、没落じゃん」

「家族でのんびり過ごすのも悪くないかも」

 貴族の暮らしにはもううんざりしているので、未練は無い。

 栄光に彩られた時間は夢と共に消えた。むしろ、それで良かったのかもしれない。

 貴族のいやらしい顔に愛想を振り撒く必要は無い。互いの腹の読みあいもしなくていい。

 ラナーの瞳を思い出すだけで殺意が湧くが、それも仕方ない。

 自分で選んだ選択肢だから。

「……使者はまだ決まらないのか?」

「ああ、そうだったわね。既に誰か決まったんじゃない」

 もはや他人事。誰がどのような運命を辿(たど)ろうが関知しなくていいのだから。

 少しはどういう末路を辿(たど)るのかは興味がある。

 本当に路上に肉片が散らばるのか、交渉がうまく行くのか。

「……すまない。国の内情は聞きたくないだろう」

 イビルアイが謝罪する。

「気にしないで」

「……鬼ボスが優しい」

「これが浄化された光のラキュースか!?」

 双子は楽しそうに言った。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 王国は既にアインズ・ウール・ゴウンの本拠地であるナザリック地下大墳墓の位置は把握し、周辺を調査していた。

 様々な部隊を使っているが未だ内部の様子は不明。

 ただ、墓地とおぼしき巨大な石造りの荘厳な建築物の近くに場違いな木造のログハウスが建てられていた。

 監視の報告ではメイドが一人、清掃を定期的に行っているらしい。

 それは、ただのメイドではない。

 腕には太い棘付きのガントレットを装備し、服装も鎧などをメイド服風に加工したような戦闘用とも言える代物だった。

 夜会巻きの黒髪にメガネをかけていて目つきの鋭い指導者的立場の女性だった。

 伝え聞いた『戦闘メイド』というものかもしれないと監視を担当している者達は思った。

 実物を見て初めて理解する。

 とても美しい女性だった。とても人間を凌駕する化け物とは思えない。

 はた目には脅威が無さそうに見える。

 見た目にだまされてはいけない。彼らは高度な知性を持っていると聞かされているから。

 王国側とは別に帝国側も監視していた。

 互いに情報戦を繰り広げていたがログハウス内のメイドには感知する価値の無いもの。

 ただ来客のための清掃を続ける事に集中していた。

 結婚披露宴パーティを前日に控え、アインドラ家の中は様相(ようそう)をいっぺんさせていた。

 この日の為に雇い入れたメイド達が忙(せわ)しなく働いていた。

 家の規模はそれなりに大きいが住民が少ないし、多くの部屋が未使用だった。

 今はその全てを活用する。

「やっぱりドレスは着ないのかい?」

 ここしばらくは『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』をまとっていた。これが普段着です、という風に。

「はい。あんな物は着たくないので。私には恥ずかしい鎧姿が一番似合うと思います」

「婿殿~。なんとか説得してください」

「私は鎧姿でもいいのですが。凛々(りり)しさこそラキュースらしい。他人の目など気にしても仕方ないでしょう」

「全裸にならないだけ、折れて下さい、父上様」

 全裸か鎧かの選択肢しか無いとラキュースは言い切った。

 『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』の代わりに見栄(みば)えのいい外套を装備させることには成功した。

 特殊能力の無い派手なだけの外套。

 本来は頭上に蒼の薔薇をモチーフにした髪飾りがあったらしいが今は宝石をあしらったサークレットを装備している。

 特殊能力は幻影を見抜くものだとか。

 首にはネックレスがかけられて洗脳系の耐性があるらしい。

 ラキュースとヤントラは別室に移動し、明日に控えることになった。

「これで晴れて私は人妻か……」

「嫁ぐ必要は無かった気もするが……。悪い気はしない」

「……今更……もういい、そんなことは過ぎてしまったことだ」

 怒りが湧いたが自分で決めたこともあるので諦められた。それにラキュースも断る理由は無かった。

「伴侶(はんりょ)を得て、家も手に入った。後は玉座みたいな椅子かな」

「……玉座?」

「王様の座る椅子はどんな職人が作っているのだろうかと、ちょっと調べている。普通に買えないかなとか」

 家にもたくさんの立派な椅子はある。

「買って何もないと虚しいな。執務室の椅子では何も出なかったし」

 玉座でなければいけない理由もないだろうが、試してみたい気持ちはあった。

 こっそり忍び込むという案もあったけれど、後が怖いので破棄した。

「ヤントラさんは富と名誉、権力が欲しいの?」

「君が一番の宝だ」

「それはとてもうれしいわ」

 ラキュースが歩くと鎧の細かな金属が響く。

 部屋の中心で立ち止まる。

「私の想像する明日。聞きたい?」

 可愛らしくラキュースが言ったのでヤントラは促(うなが)した。

「大勢の客人を招いてみんなに祝われるの。もちろん貴族諸侯に挨拶を交わして……。何故、鎧を。とか言われて笑われるの。嘲笑の的になるの。ラナーが……来たらきっと私の恥ずかしい姿をゴミを見るような目でお祝いしてくれるわ。そして、最高潮に盛り上がるときに愛の宣誓に指輪の交換。正式に夫婦になるの」

 その場でくるくると回りながら歌うように言った。

 とても嬉しそうな狂気をはらんでうっとりするような顔で。

「それで最後に愛の誓いの接吻。最高に盛り上がるわよね」

「そうですね」

 ヤントラはただ黙ってラキュースを眺めた。薄く笑っているけれどそれほど感情に変化は無い。

 ラキュースは躍(おど)るように移動しながら回り続ける。

 貴族令嬢としてのダンスの嗜(たしな)みも備えているので動きは軽やかだった。

「人生で最高の瞬間にあなたに愛してます、とか幸せにします、とか言われるんでしょうね」

「それがお望みとあれば……」

「それは形式的だから仕方ないけど、まあいいわ」

 鎧姿のラキュースは膝を上げたり、足を天高く突き上げたり。身体が相当柔らかくないと出来ない柔軟な動きを取る。

 さすがに空中で一回転などはしなかった。やった途端に無様に転びそうだし、危ないので挑戦はしなかった。

 足音は鎧の金属以外はとても静かな動作で収めた。

 更に後ろに向かって足を天に突き上げることもやってのけた。

 膝を上げて片方は爪先(つまさき)立ちになって身体を回転させる。

「盛大な祝福をみんなからもらう。最高の瞬間に……、あなたに殺されるの。そして、私はうっとりと心臓を貫かれたままあなたを抱きしめる。ああ、幸せってこういうことなんだと……、死ぬ間際に思いつつ、あなたの魔法で身体を破裂させて、祝ってくれた人達に向かって粉々になった私の肉片をプレゼントするの。血のシャワーで盛大に。とても喜ぶでしょうね~。みんなの幸せそうな顔が目に浮かぶわ~」

 躍りながらラキュースは涙を流して笑っていた。

「奇麗な赤い祝福……。晴れて私はあなたのものよ」

「それは素晴らしい式になるでしょうね」

 手を叩きつつ、踊りを賞賛する。

 この世の全てを呪(のろ)うラキュースの幸せな妄想。

 血の雨に濡れる友人を心よりもてなそう。

 それが本当に現実になればいいな。本気でラキュースは思っていたが、優しいヤントラにはそれは不可能だろう。

 せめて皆の見てる前で舌を噛み切って、その千切れた舌でもプレゼントしようかしら、と悲しそうな顔で思う。

 それはそうと意外と踊れるものね、とラキュースは自分のダンスに驚いた。

 足もこんなに上がったんだと自分で感心するほど。

 これほど大股開きしているのに痛くない。日頃の鍛錬はやっぱり大事だなと思った。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 パーティ当日。

 来てくれたのはむさい蒼の薔薇のメンバーと両親の友人数名。

 現実はこんなものだ。

 ラキュースも大勢の貴族が来るとは最初から思ってなかった。

「……しょぼい結婚披露宴(ひろうえん)パーティにようこそ」

 力なく友人達を出迎える。

「今、ナザリックの対応で大勢の人員が動いておりまして……。申し訳ありません」

 と、来てくれた中に居た執事が言った。

「料理はたくさん用意しているので、適当に食べてって」

 一応、神父も呼んでいるがあまりにも規模が小さくて申し訳ない気持ちになっていた。

 国の為に働いていた者の扱いは結局はこんなもの。

 用済み貴族令嬢と交わす言葉は無い、という意味だろう。ラナーも来ないようだし。

「婿殿は酒類はダメなんだそうだよ」

「……飲むと病気になる」

 酒を見るだけでヤントラは顔色を悪くする。

 無理に飲ませたら誰かが死ぬかもしれないな、と双子達は思った。

 あまりにも人数が少ないので近所の人にも声をかけておいた。

 料理目当てで多少は増えた。

 国民と触れ合うのも悪くは無い。

「今日は皆様、ようこそおいでくださいました」

 鎧姿のラキュースが全てを仕切る。というよりヤントラは礼儀作法は全く身につけていないのでやり方がわからない。

 専門書は読めないし、セバスに渡してしまった。

 こういう時は素直にラキュースに感謝した。

「人数の嵩(かさ)増しにモンスターを召喚するわけにもいかないし」

 死の大魔法使い(エルダーリッチ)だらけのパーティ。それはかなりシュールだろう。

 天使は武器持ってる。小鬼(ゴブリン)は誰(・)か(・)が泣くだろう。

「イビルアイ、仮面はやっぱり取ったらいいと思うけど」

「……人の勝手だ」

「他所(よそ)ん家(ち)の料理はうめーな」

 豪快に食べていくガガーラン。普段の鎧ではなく、外套に身を包んでいた。

 客のもてなしはヤントラとラキュースが行っていく。

 滞(とどこお)りなくパーティは続けられ、ラキュースのダンスが披露される。

 形式的なものではなく思いつくままの踊り。

 社交ダンスではないが、流麗な曲線美を余すところ無く披露される。

 本来はドレスによって長い裾で隠される太ももは衆目に晒される。とはいえ『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』をまとっているけれど、肢体(したい)のスラリとした細さは鎧を身につけているように見えないほどだ。

 突き上げられる長い足。後方にも上げられる柔軟な肉体の技。

 見るものを虜(とりこ)にする流麗なラキュースのダンス。

 時折、鎧から垂れ下がっている直垂が女性の大事な部分をしっかりと守っている。

 真横に曲げられた膝を上げ、更に横に足を伸ばしていく。

 蟹股(がにまた)から交差させておいた足運びで身体を回転させる。もちろん、その間、腕も様々な動きを取っていく。

 それはとても官能的で耽美(たんび)的な踊りだった。鎧の奏(かな)でる金属音が聞くものをうっとりとさせる。

 正式なものではなく我流(がりゅう)。本能のおもむくまま身体を動かしていく。

 昔習ったものをみんなに見せる為に大胆に披露している。

 もし『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』や剣を手に持っていたら全員を切り殺している動きでもある。

 見るもの全て殺す。

 殺人舞踊。

 ラキュースの頭の中にあるものは全てを憎悪することだけ。

 だが、殺気は振りまかない。そうなる未来を想像しているだけ。

 こうやって殺せたらな。あの人の首は三回かけて斬り落そう。

 あなたは股間から突き上げるように裂いてあげよう。

「……うつくしい」

「いや、すばらしい」

 と、拍手する者が居る。しかし、蒼の薔薇のメンバーは少し緊張していた。

 ラキュースから一定距離離(はな)れて警戒しているからだ。

 近づけば見えない剣で殺される。

「……闇のラキュースだな」

「恐ろしいボスだ」

 最後の着地で自分の両親を斬首。

 そういう形になっていた。

 結婚披露宴パーティではない。

 ただの殺戮披露宴だ。

 床には肉片と血溜まり。その中に浮かぶのは殺しつくして満足げなラキュースの姿。

「今日は皆様に祝福していただきありがとうごさいます」

 ラキュースは何事も無かったように微笑みながら挨拶した。

「このような見苦しい姿ではありますが、精一杯皆様方をおもてなしさせていただきたく存じます」

 周りからは拍手があがった。

 人数は少ないがラキュースには関係なかった。

「こじんまりとしたパーティでありますが、引き続き婚姻の儀に移させて頂きます」

 メイド達が大急ぎでテーブルなどを移動させる。

 飛び散った肉片を片付ける死体処理班の作業風景と変わらない。

 ラキュースの目には全てが血で染まっていた。

 全てを捨てた女の生きる原動力は憎悪。それだけあれば何も怖くない。

 今は武器を持っても誰も殺せないほど弱った身体。

 全盛期であったならお前らは皆殺しにしていたところだ、と言いたいほどの憎悪を体内に押し込んでいた。

 堕(お)ちるところまで落ちた。

 褒美(ほうび)が欲しい。

 ありとあらゆる殺戮の褒美が。

 怒りで心臓の鼓動が早くなる。

 誰かを殺したくて仕方が無い。

「では、用意ができましたようなので始めたいと思います。残念ながらお色直しは出来ません。このままで失礼致します」

 少し周りが動揺する。

 新郎新婦が中央に設置した簡易的な祭壇に向かう。

 神父もお色直しをしないことに疑問を感じたが所定の位置に待機する。

 確かに異常事態だった。

 だが、誰も指摘しないし、止めることは出来ないだろう。

 神父の言葉には従ったが指輪交換の時、場の空気が凍る。

 ヤントラは指輪を嵌(は)めたがラキュースは手甲のまま受け取った指輪は捻(ねじ)り曲げて後方に投げ捨てた。そして、無言のまま神父に促す。ただ、顔は笑ったまま。

 表情を崩さないラキュースに少しずつ怯える者が出始める。

 誓いの宣誓は二人共普通に、誓います、と言った。

「で、では、誓いの接吻(せっぷん)を」

 ヤントラとラキュースは互いに唇(くちびる)を合わせた。

 これで正式に夫婦となった。

 二人が左右に離れたところでラキュースは来場者に深く頭を下げてお礼を言った。それ自体には何も問題ない。

 ただ、血の涙が流れていただけだ。

「嬉しくて涙が止まりません。私はこれから幸せになります」

 ヤントラの方はただ微笑みかけるだけだった。

「鬼リーダー。殺戮の女神みたい」

 血の涙をヤントラは拭い、回復の魔法をかける。

 しかし、血の涙はまた流れた。

 憎悪が強大すぎて透明な涙が流れない。

 両親が我に返り、来場者に挨拶してそれぞれの客を見送った。

 会場は静まり返っていた。

「いや、ごめんなさい。泣かないで終わりたかったのに」

「美しいダンスだったよ」

「ありがとう。これで本当の夫婦ね、あなた。名前で呼ぶのも他人行儀だけど」

「私はラキュースと呼ぶよ」

「好きにどうぞ。結婚証明書とか提出しないといけないわね。アインドラ家は生きたまま没落した感じだわ」

 顔中血まみれのまま今後の事を考えるラキュース。

「鬼リーダー。すげえよ、あんた」

「そうでもないわ。ごめんね、あまり楽しくなかったでしょう。料理は好きに食べてって」

「清々しいくらいかっこよかったぜ。あと、おめでとう」

 仲間達からの言葉を笑顔で受け取るラキュース。

 この人は修羅の道に堕ちたなと仲間達は感じた。

 ヤントラの指輪もラキュースは引き抜き、捻(ひね)って捨てた。

「装備の邪魔よ。ちゃんとしたものじゃないと」

「それでいいなら従おう」

「初夜(しょや)はもう済んじゃったし。鍛錬でもしてくるわね。これからますます忙しくなるんだから」

 そう言いながらラキュースは外に出た。

 妻の後姿を見送った後は執務室に向かうヤントラ。

 蒼の薔薇のメンバーはラキュースを追った。

 

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