※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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C-3 友人ではなくゴミ

 決死の覚悟で望んだ相手の要望はアインズとしては毛ほどにも感じていない。

 だが、女性という存在が恥をさらして頼んでいるのだ。断るのは彼女の尊厳(そんげん)を傷つける事になる。

 数々の汚辱(おじょく)にまみれてなお、対話を続けようとしたのだ。

 答えてやらなければアインズ・ウール・ゴウンの器(うつわ)の大きさに疑問が生じるだろう。

 ヤントラもアインズ個人には好かない部分を持っているがナザリックのためにと色々と動いていた。

 今後の活動方針にも色々と参考にすべき事があるだろう。

「……良かろう。とくと見るが良い」

 アインズはおもむろに仮面を脱ぎ去った。

「!?」

 そこにあったのは骸骨の顔。

 両目には眼球は無く、代わりに赤く光るもののみ。

「……死の大魔法使い(エルダーリッチ)……?」

 冒険で出会ったことがあるモンスターに似ていた。しかし、そんな筈はないと身体が訴えている。

 おぞましいどす黒いオーラが湧き出している。

 ただの死の大魔法使い(エルダーリッチ)とは思えない。

「嘘偽りの無い私の顔だ」

 ガントレットを外すと骸骨の手が現れる。

「嘘だ……。嘘……。死の大魔法使い(エルダーリッチ)ではないな……。どうしてそんな力が……」

「彼はその上位種族『死の支配者(オーバーロード)』だ」

 

 死の支配者(オーバーロード)。

 

 それはラキュースにとって出会ったことの無いモンスター。

 たとえ上位種だろうとこれほど圧倒的な存在なのだろうか。

「モンスターがそれほど……」

「もちろん、ただの死の支配者(オーバーロード)じゃないよ。その身に宿すのは私と同じもの。彼もまた『アバター』だ。今のところは二人しか居ないが」

 優しい夫の説明を受けて改めて死の支配者(オーバーロード)のアインズを見据える。

「では、異邦人だというのか、アインズという存在も……」

「そうなるかな……。こちらの世界に来たのは我々も想定外だ。だから各地を調査させてもらっているのだ。……多少の行き違いはあるかもしれないが、意見交換は大切だろう」

「……お願いがあります……。重ねて願うことをお許しを……」

 力なく観念したようにラキュースは言った。若々しかった美貌がどんどん衰えていくように生気を失っていく。

「なんだ、言ってみろ」

「……リ・エスティーゼ王国……。私の大切な生まれ育った国……」

 アインズは黙って聞き入った。

「対話が……」

 と言ったところで吐血した。

 ラキュースにとってアインズと対峙するだけで命が削られる思いなのだろう。

 一言が痛い。内臓が削られていく。

「この身を……捧げてまで忠誠を……尽くしておりましたが……。もう嫌になりました」

「んっ?」

「王国内の貴族を殺し尽くしてください。ただ! ……国民は犠牲者です……。戦争の道具として、もうすぐたくさん殺されてしまいます……。助けてくれとは言いません……。でなければ超……魔法とかで蹂躙してください……。一人残らず……。あんな国に存在する価値はありません」

 ヤントラは黙って妻の言葉を聞き、背中をさする。

 

 これはある意味、想定内の出来事だ。

 自分の手で殺戮を行わなかったのは戦士としてのわずかに残ったプライドかもしれない。

「話しは聞いた。だが、帝国などからも話しを聞かなければならない。すぐには返事は無理だ」

「……ありがとうございます。もう聞いて頂いただけで本望で……ございます」

 アインズはヤントラに顔を向ける。

「これが強制力か……。だが、運命ならば戦うしかないだろう。抗(あらが)ってみようじゃないか。君の為に」

「……あなたの努力、無駄にしてすみません」

「君が出した結論だ。それは素直に受け取ろう」

「ところで、アインズ様。使者と会談する際の衣類はどういたしましょう。こちらでは何かと形式を重んじるのでしょう?」

 そうアルベドの言葉の後でラキュースは嘔吐と吐血を繰り返す。

「衣服の……選定ならば……、私の意見……を参考に……。すみません、見苦しい姿で……」

 回復魔法やポーションなどで、辛(かろ)うじて意識を保っている状態だ。

 この状況は早く改善しなければならないだろう。

「アインズ様。我々が補佐をするので……」

「……全力サポート」

「この血はなめていい?」

「エントマ。アインズ様の御前で、はしたない真似は許しませんよ」

「……申し訳ありません」

「その決死の気持ちに答えねばな。では、私の寝室に丁重に運べ」

 メイド全員が元気よく答えた。

 それから色々なことがあった。

 何十年も過ぎ去ったような長い戦い。

 常軌を逸したモンスター。今は全てが懐かしく思えるほど。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 自宅のベッドで目を覚ましたラキュースはぼんやりと窓から差し込む朝の光りを見つめる。

 夢の世界だった。

 悪夢で出来た世界だった。

 暗黒の塊が渦巻く汚染された大気が身体を冒(おか)していく。

 どれだけの排尿と出血をしたのか分からない。

 弱りきった私にあの世界と戦う力は一生来ないだろう。

「おはよう、ラキュース。まだ起きなくていいが、無理はしないようにね」

「……はい」

「どこか平和に暮らせる町でも探そうか。大陸は広いようだし、数十年くらい平穏に暮らせたら御の字だろう」

「……そうですね。小さな村でひっそりと……」

 出会わなければ良かった。

 そう言えたらいいのに。

 運命はどこで狂ったのか。最初からだろうか。

 ヤントラに会わなかったとしてもあんな化け物と戦わされる日が少ながらずあっただろう。

 みじめに死ぬか、生きながらのアンデッドの実験材料か。

 選べたら前者がまともそうだ。

「……城に行ってもいいですか?」

「君が望むなら。身体は大丈夫かい? 食事も進んでいないようだが……」

「いえ、大丈夫です」

 ベッドから降ろす素足は死人のように白かった。

 以前のように歩けない気がしたが、杖でもついてゆっくりと行けばいい。

 身体を鍛えるのは帰ってから考えよう。

 家族の手伝いも合わせ、身だしなみは完璧。

 白い髪は以前と同じくロールにしてもらった。そう見えるだけで文句は無い。

 胸は少しだけ縮んだかもしれない。肋骨(ろっこつ)も見えるほど痩(や)せてしまった。

 いろんなことがあって食が進まなかったせいもあるだろう。

 ただ、今は何を食べても吐きそうになる。

 排泄もしっかり済ませ、出かける用意だけだ。

 着慣れたはずの『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』は今はいやに身体に合う。ただ、重く感じるようにはなった。

 膝の確認は済んだ。腰も問題ない。

 後はただ進むだけだ。

 武器はもう持てない。家の飾りがお似合いだ。

 メンバーとの別れも済んだし、私には家族だけ居ればいい。

 城までの足取りは重いが進めないことはない。杖だけ突いているがなんとか歩ける。

 背筋も伸びているし、ちょっとふらついているだけ。

 無理せず、壁に手をつくことも平気。

 ガシャン、という鎧の金属音が少しだけ大きく聞こえるけれど問題はない。

 アインドラ家を背負うラキュースにできない事はない。

 面会の許可は取ってはいなかったが王への別れともなれば会ってくれるかもしれない。

 正直、ラナーなど眼中に無い。

 あれはもうただの空気だ。

 護衛兵に支えられながらゆっくりとした足取りで謁見の間に向かう。

 以前の失態は起こさない。

「こちらでお待ちを」

 面会の許可のための待ち時間も気楽に待てる。

 それからすぐに扉が開かれる。

 いつもの見慣れた風景が見えてきた。

 

 王に至る青い絨毯。モンスターの血で染め上げられたように見えた。

 その絨毯をゆっくりとした足取りで進む。

「……なんと……」

「どうすればこんなに変わり果てた姿に」

「本当にまだ十九の小娘か?」

「人違いじゃないのか? どうみても老婆だ」

 いつもの罵倒が気持ちいい。

 あの黒い悪夢のようなものに比べたらなんと爽やかなところだろうか。

 自然と笑(えみ)が零(こぼ)れてしまう。

「戦士の生き様(ざま)を侮辱するのはお控え下さい」

 六大貴族の一人、レエブン侯(こう)だけがラキュースを擁護(ようご)する。

 短い距離のはずなのに一層遠く感じる。

 これほど王との間は広かったのか。

 ラキュースは息が上がる。けれども、なんとか所定の位置にたどり着いた。

「……よくぞ参ったアインドラ殿」

 ゆっくりとした動作でラキュースは何十とも練習してきた敬礼の姿勢を取る。

 床に顔を向けつつ鎧の金属音が悲鳴をあげるように聞こえた。

 膝が床についたとたんに杖が倒れてしまった。しかし、いまさら取ることは出来ない。

 しっかりと片膝をつくラキュース。

「……このたびは……、ご面会を……お許し下さり。ありがとう存じます」

「ふむ。立派な挨拶であったぞ。面をあげるがよい」

「……はっ」

 ゆっくりと顔をあげ、王を見据える。おそらく隣りにはラナーが居るかもしれない。

 それはどうでもいいので視界に入れるほどではない。

 

 顔をあげたラキュース。

 そこには少女の顔は微塵も存在しなかった。

 白い髪は整えられているとはいえ、不ぞろいな印象を受ける。

 それもそのはず、栄養失調による抜け毛が酷いからだ。来る途中も数本の白髪(しらが)が抜け落ちるほど。

 精悍(せいかん)だった顔立ちは生気(せいき)が抜けるだけ抜けたような皺(しわ)も見えるのではというほど瑞々(みずみず)しさが失われた。

 それでもまだラキュースは十九の年齢だ。

 王も変わり果てたかつての戦士に少しばかり心を痛める。

「……この世の地獄を見てまいりました。なので今日を限りに隠居(いんきょ)させていただきたく存じます」

「そのような姿になるほどの地獄とは……。確かに聞き届けないわけにはいかないが……」

「戦争など……児戯(じぎ)です。……虚しいだけです。おやめになる方が賢明かと……」

 独り言のようにラキュースは言葉をつむぐ。

「これから戦争に勝つ為に使者を送るのではないか。何を言っている」

「本当に狂ったか、アインドラ殿は!」

 貴族の罵倒に薄く笑うラキュース。

「ふっ。狂えるものならとても幸せでしょう。……狂うことも許されない……。この身が恨めしい」

 レエブンは言葉を失う。

 彼女に対して何も言ってやれない。どうしていいかも分からなかった。

 ただ一人、冷徹な存在だけは彼女の姿をゴミだと断じている。

 早く掃除に出してほしそうな、どす黒い瞳で蔑(さげす)んでいる。

「アインズ・ウール・ゴウン。私は会ってきました」

「なんだと!」

「……そして、理解しました。この身は近づくだけで死ぬのだと。会話すら私には血を吐く苦痛。それだけならまだしも数々のシモベたちの圧倒的な力に失禁が止まりませんでした。言葉だけで床に打ちつけられる始末でございます」

「なんと! それほどのもの達なのか」

「ただの魔法詠唱者(マジック・キャスター)であろう! それも何かの魔法にすぎないではないか!」

 魔法に過ぎない程度でラキュースはボロボロになっている。それが他の貴族には理解できない。

 レエブンは拳を強く握り締めた。

 

 彼女はそんな世界から帰ってきたのだ。より一層に変わり果てて。

 まだ若い娘のはずなのに喋るだけで息が上がっている。

「それで、アインドラ殿。交渉はうまくいくのか? それとも貴殿が相手の気分を害されたのならゆゆしき問題ですぞ」

「……こ、交渉……」

 ラキュースは少しだけ吐血した。

「すみません、はあ……。このところ体調が思わしくないもので」

 レエブンがラキュースの吐いた血を拭い、顔を軽く拭いた。

 近くで見るとより一層死人のような顔に見えた。

「聞き届けられたかはわかりません……。あくまで私は……、礼儀作法の……ごほっ……、知識を伝えたにすぎません。国の交渉ごとは貴族の皆様方の仕事でしょう」

「あまり喋ると身体に障(さわ)るのでは? 無理はよくない」

「結構。……以前と同じことを言うようですが……、アインドラ家を背負う者です。戦士の意地、女の意地は捨てても……」

 レエブンはせめてラキュースの背中をさする。

「……つまり」

 今まで静かに静観していた王女ラナーが冷たい剣を持って言い始めた。

「敵の本拠地に行って何も成果があげられなかった、ということですか?」

「……はっはは。ラナー……、いい響きだ。……あんな場所で成果もくそもない……。生きているだけで死にたくなるような場所だ。使者に選ばれる者はとても気の毒だと思うよ」

 ラナーを見ずにラキュースは前を向いて言った。

 すこし咳き込みつつラキュースは王に顔を向ける。

「ヤントラ殿と一緒だったのだろう?」

「……桁(けた)が違う。我が夫は対等に渡り合える友にも匹敵するほど……。あの人が居なければ数瞬もたたずに死んでいたでしょう。……声を聞くだけで目が破裂しました。今でも生きているのが苦痛なほどでございます」

 自分の目を押さえつつラキュースは言った。

「彼の運命は……ゆり戻しを始めているようで……、よくないことになると……」

 彼女の言葉に他の貴族達からどよめきが生まれる。

「ですが、それは私が望んだこと。だから夫も笑って許してくれました」

 レエブンの背中に悪寒が走る。

 それは言い知れない恐怖。何度も感じたはずなのに未だになれない気持ち。

「……わかりました。ラキュース」

「はぁ、はぁ……」

「国家反逆罪で捕縛(ほばく)して下さい。おそらくは貴族の皆殺しを進言したのでしょう」

「なんだと! アインドラ殿、それはまことか!」

「……貴様ら貴族をこの手で皆殺しにしたいが……、私には人を殺せるだけの力はない。……犠牲になるくらいなら……全てを蹂躙し、一人残らず楽にしてほしいと頼みました」

 レエブンは恐怖した。しかし、彼女を責める事は出来ない。

 どれほどの覚悟で進言したのか計り知れないが、王国に忠誠を誓った戦士が命を掛けたのだ。そして、あらゆるものを奪われて絶望している。

「……待て、皆のもの。アインドラ殿にも色々と考えてのことと思う。そのような姿になってしまったのは我々の責任であろう」

 王は手で貴族を制しつつ言った。

「まだ未来ある若者をここまで貶(おとし)めたのだ。誰も責める事は出来ないだろう」

「だが、国を危機に陥れた罪は万死に値すると思いますが」

「即刻、斬首……。いや、それでは生ぬるいか」

 貴族達の怒号において冷静な声が投げかけられる。

「街の中心で裸にし、四肢を斬りおとしてから斬首なりして死体を晒せばいいのでは?」

 とても友人だったものの言葉とは思えない残酷なものだった。

「醜い肉塊となって這(は)いずり周らせ、国民の手で撲殺(ぼくさつ)もいいですね」

 恐ろしい事を楽しそうに言うラナー。

 ただ、貴族達は顔を青ざめさせていた。

「何をしているのですか? さっさと捕縛しないと逃げられますよ」

「殿下、お待ちを。何もそのような非道を!」

「国民全ての命を差し出したのですよ。生かす理由がどこにあるのです?」

 王を初め、誰もが言葉を失う。

 ただ一人、ラキュースだけは嬉しそうに顔を歪めていた。

「自害も出来ない私に相応しい刑罰ですね。さすがはラナー。改めて感心しました。感謝してもしきれません」

「喜ぶようなら刑罰を変えましょう。国民の皆さんに四肢を引き裂いてもらって、中身は家畜の飼料(しりょう)に利用してもらったらいいですわ」

 なんともおぞましい言葉にレエブンを初め、貴族達も少し気分が悪くなってきた。

 

 平然としているラナーに誰もが驚く。

「そういえば、ヤントラ殿から頂いたアダマンタイトの剣がありましたね。国民の皆様にぜひともラキュースの身体で試し切りをさせてもらってはいかがでしょうか? 元アダマンタイト級に相応しい最後かもしれません」

「くっくくく……」

 ラキュースは笑う。

「それもいいかもね……。別に私は逃げたりしない。逃げるだけの力も……ないから……。ただ、最後に王に別れが告げられれば……、もう何も要らない」

 力なくラキュースは言った。

「で、では、護衛兵!」

「早まらないで下さい。まだ彼女には聞かなくてはならないことが……」

 言っている間に護衛兵達が入ってきた。

「待て! 王よ。彼らのことをまだ少し聞いておく許可を」

 レエブンの懇願(こんがん)に王は手を挙げて周りを制した。

「ラナー。友人に掛ける言葉としては……」

「クライム以外はゴミですわ、お父様」

 清々しいくらい気分のいい事を言うラナー。

「……いや、殿下。敵の情報は必要かと」

「中の様子はどうだったのだ?」

 胸が痛いのか苦しいのか、胸をさすりながらラキュースは軽く咳き込む。

「……私が……見たのは一部だけ…です。とても美しいところでした。そして……もっともおぞましい空気に満たされている。……そのお陰で身体を壊してしまいました。皆様方は平気かもしれません、汚い心にお似合いだと……」

 吐血を繰り返すラキュース。相当な影響を受けてきた事は誰もが理解した。

「それと、アインズ・ウール・ゴウン……。あれは……モンスターなどではありません」

「なに?」

「モンスターのような下等生物を超越しておりました……。本質は……気高く美しい、いえ、無垢(むく)なものとお見受けします……」

 息が上がるラキュース。

 身体全体が悲鳴をあげているようだ。

「いったい何者なのだ」

「……それはご自分で確かめられたら、よろしいかと。……私は彼の特殊技術(スキル)の影響からかとても会話が出来そうにありません……。ですが、とても人間的です。力と心が合っていない。異形を統べるもの……。それは敵対するのがバカらしくなるほどでございました」

「そうであったか。……誰か、医師を連れてまいれ」

 王の命令で護衛兵の一人が部屋から退出する。

「貴様ら貴族に比べればアインズ様のお心の方が万倍もお優しいほどだ。……こんな私にメイドたちによるお世話までされたのだ。恐れられていることを知りながらな。この国に生まれてこんなに情けないと思った事はない」

 ラキュースは貴族たちに向かって精一杯の怒りをぶつける。

「こんな国は滅びてしまえばいい」

 むせび泣くラキュース。しかし、涙は透明ではない。

 血涙を流していた。

「……王よ。私は進言しただけです。……下等生物の意見を守るかは分かりません。彼らは各国の使者の意見を聞いて決めるようです。……どうなるかは私にも分かりかねます」

「そうだったか。そんなたへの仕打ちを考えれば理解できなくはない。よくぞ生きて戻った。褒美でも与えてあげたいところだが……」

「……私が欲する褒美は『死』です。……それ以外は要りません。それに……もう長くないそうです。あと一、二週間生きられれば、と言われました……」

 命を削るだけ削って今まで生きてきた戦士の最後。

 それを責められる者は人間ではない。化け物だ。いや、化け物よりもおぞましい存在かもしれない。

 

 屈強な女戦士が見るも無残に変貌する。

 自分たちは敵に回してはいけない相手を敵にしようとしてはいないだろうか。

 レエブンはラキュースにかける言葉が見つからない。

「……街の中で手足を斬り落として晒すのなら、せめてそこまで歩かせてくれ……。蹂躙される前の国を眺めてから……」

「あまり喋るな。……貴殿の気持ちは痛いほど伝わった」

「私の運命は彼によって救われた……。でなければ……、命令されるがまま無残な死を迎えたでしょう。またはアンデッドの材料でしょうか……。あんなのと戦わなくて……良かった……」

 胸を押さえつつ、吐血しても喋り続ける。

 医師達がかけつけ、治癒魔法をかけていく。

 ラキュースの抵抗する力は無く、黙ってその場に佇(たたず)んだ。

「そ、そういえば礼儀作法がどうとか」

 必至に頭を使ってレエブンは問いかける。少しでも情報がほしい。

「……彼は……ローブ。身だしなみとか、我々の一般常識のことについてあまり知りません……。王の勅命(ちょくめい)の時の体勢とか……。きっと使者が高圧的になると……、ごぼっ」

 今までで一番量の多い血を吐いた。

「失礼……。はぁ……」

 レエブンは大体のことは想像できた。

 使者が最初にどのような事をいい、相手はどう受け取るか。それには王国式の形式が存在し、それは知っていて当たり前だと貴族は思っている。

 だからこそ彼はそれを見越して書物を取り寄せた。

 そして、より実践的に学ぶには貴族の意見が必要だ。

「死の支配者(オーバーロード)というモンスターをご存知か?」

「いや、知らないが」

「私も初めて見ました……。死の大魔法使い(エルダーリッチ)の上位種だそうです……。アインズ様はそのモンスターの身体を借りた真の超越者……。見た目は化け物ですが……」

 ラナーの予想は当たっていた。

「あんな姿ですから服装も困るのでしょう。使者に会ったら……、難癖を付けられるのは私でも見なくても結果が分かる」

 薄く笑うラキュース。

「だから仮面を……」

「我が夫は本当に……どちらのことも考えていた……。確かに、この世は……つまらない。これほどのことがあるのに冒険に出られないなんて……、口惜しい限りです」

「化け物と交渉するのか……。いや、もともと化け物か」

「やはり討伐隊の編成の方が先かと」

「帝国に渡して様子を見たほうが後々の交渉材料になるやもしれませんぞ」

 貴族の愚かな言葉はなんと身体に優しいことか。ラキュースの耳にそよ風が吹いたような気がした。

 

 結果は見なくても分かる。レエブンにも分かった。

 彼らの姿を見ただけで王国がどうなるのか、これほど手に取るように分かるものなのだろうか。

 自分でも驚いている。

 ラキュースの容態は魔法でもアイテムでも難しいようだ。

 信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるラキュースですらどうしようもないのだ。

 復活系の魔法も扱えたはずだが、自分にかけられるはずもない。

「異形種は人間を食べるそうです。……生かさず殺さず、回復しては食べるの繰り返し。食料の確保も出来る高度な知能をもっています」

「ぐっ!」

「戯(たわむ)れに互いの子供を丸焼きにしてお互いの親に食べさせる……、そんなことをするやつが居るとか。つくづく、相手にしたくない……」

「アインドラ殿、あまり喋らず、少し休んではどうか」

「敵の情報を聞きたいのでしょう? おぞましい情報は聞いております……。とても親切なメイドでした。ああ、戦闘メイド……。確かに戦いに特化した姿をしておりますね……。とても美人ですから、皆様方は油断なさるでしょうね」

 医師達が慌しく移動する。回復方法を探しに行ったようだ。

「ナザリックは住めば都(みやこ)。中に居る化け者達は平和でした。我々のことなど気にも止めない……。むしろ、ああいう世界が幸せなのかもしれません」

 貴族の中にはナザリックを制圧して、などと考え始めるかもしれない。

「……レエブン侯ならば手厚いもてなしを受けられるかと……。貴殿以外は……、ラナーくらいしか思い付きません。あいつは食われてしまえばいい」

 友人の言葉に眉一つラナーは動かさなかった。

「王よ。他に……、聞きたいことがおありなら、出来る限り答えます」

 息もたえだえのラキュース。

「そ、そうだ……。夫が……申しておりました……。その玉座が欲しいと」

 貴族達の脳裏に嫌な予感が浮かぶ。

「国が欲しいと?」

「玉座。買えるものなら欲しいと……。どんな職人が……作ったのか気になっているようでした……」

 随分と変わった趣味を、思いレエブンは苦笑した。

 ヤントラは国を欲しがるような人物ではない。滅ぼすかもしれないけれど国を収めるような雰囲気は無かった。

 世界征服が大嫌いとまで言い切ったのだ。

 どういう理由があるのかは分からないが、取り越し苦労で良かった。

「なんと不敬(ふけい)な!」

 言ってる側から頭の悪い貴族が叫ぶ。レエブンは呆れ果てた。

 ラキュースが見限る気持ちは今なら理解出来る。

「玉座で良いなら、椅子職人を探しておこう」

「……ありがとうございます」

 ラキュースは本当にうれしそうにお礼を言ってきた。

 アインドラ家に玉座を置いて国王でも気取りたい、とは到底思えない。何か理由があるのだろう。

 レエブンはそう考えた。

 玉(・)座(・)で(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)理(・)由(・)が。

「……アインズ・ウール・ゴウン。彼は異形を恐れぬ……者に手を差し伸べ……られるかと……。カルネ村を救ったのは奇跡だと、夫が……申しておりました」

「そうであったか。それより無理して喋らなくていい。色々と伝えてくれて感謝する」

「……いえ、不敬を働く私は……、罪人です……。生かす理由は……ありますまい」

「アインドラ殿の決死の情報はありがたく参考にさせてもらう」

 憎しみでいっぱいなのに情報は伝えてくれる。

 ラキュースの中にはまだ国への忠誠心が残っているのかもしれない。

 無辜(むこ)の臣民を哀れみ安らかなる死を進言したと思えば、決して国家反逆という咎(とが)にはならないだろう。

 腐ってもアダマンタイト級の冒険者。

「少し死期が早まりそうです。刑罰はお早めに願います……。すみません……、もう動けないのです……」

「では、さっきと街の中心地に連れて行きなさい。臣民手ずから撲殺してもらいましょう。四肢は好きに落せばいいですわ」

 冷酷な言葉を平然と言う王女。

 人間の皮をかぶった化け物だとはっきり思った。異形種よりもおぞましいとさえ言える。

 貴族の命令でラキュースは引きずられる事はなかったが運び出せれた。

 レエブンには止められない。

 止めたところで彼女には死しか待っていないのだから。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 王女の命令とはいえ護衛兵達は戸惑っていた。

 息も絶(た)え絶(だ)えの女性を刑に処すことになるのだから。

「……すみません」

 小さく言ってラキュースを王都の中心部の広場に投げ捨てる。

 地面を転がるかつての冒険者。

 その最後はあまりにもむごい。それは護衛兵にだって理解している。

 既に貴族から刑の内容が記された羊皮紙が手渡されていた。とても用意がいい。

 邪魔者を消すためならば仕事が速いのが恨めしい。

 記された内容に従い、ラキュースの装備は全て没収され、裸体が観衆に晒される。

「………」

 誰もが言葉を失う。

 うつぶせになった姿はとても齢十九の少女とは思えない。ガリガリにやせ細った肢体があらわになった。

 一発でも殴れば死ぬほどの風前の灯火(ともしび)。枯れ木と見間違えるほどの細さ。

 そこに美しさは微塵も無い。

 刑の内容を言わなければならない護衛兵すら言葉を失ったほどだ。

 だが、王国兵の責務がある。

「この者。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは国民の生命を脅かし、あろう事か敵に情報を漏洩した大罪人である! 王を始め、数々の暴言により侮辱罪も加味し、皆様の手で罪人を処分して頂きたい! なお……死体から首を切り落とし、崩れ去る……まで晒し首に処する!」

 後半は護衛兵からおぞましい内容で涙声になって読み終えた。

 護衛兵は棍棒や剣などを臣民の前に置いた。

「罪人を処罰せよ」

 誰も武器は取れない。

「臣民の命を危険に晒したのだ。なぜ、許す!」

 それは心の叫び。罪人ではない。こんな惨(むご)い刑を書いた貴族に当てたものだ。

 

 誰もやらなければ自分たちで殺すしかない。

 武器を抜き放ち、どうすればいいのか困惑する。

 この枯れ木同然のもうすぐ命の火が消える者に。

「一人……残らず……蹂躙されて死んでしまえ……」

 ほとんど魔女のごとく醜悪な笑みで呪詛(じゅそ)を吐き出した。

 ラキュースはそれでもう満足した。あえて一つの望みがあるとすれば、出来ることなら仰向けになって空が見たかった。

 そこへ硬い靴の音が聞こえてきた。

「私も参加させてもらってもよろしいですか?」

 地面に置いてあった棍棒を拾い上げるのは紳士的な執事風の老人だった。

 がっしりとした体型の異様な姿に護衛兵達は戸惑った。

「あ、ああ。罪人を臣民の手で罰しろとのお触れだ」

「いくつか質問したいのですか、よろしいでしょうか?」

 丁寧な物腰だが、顔つきは鋭く危険な気配を漂わせる。

「なんだ?」

「殺した後の死体はどうするのですか?」

「こ、……斬首して晒す」

「では、死体となったものが……、仮に盗まれたらどうなりますか?」

「はっ? えっと……。い、いや……。あ、ああ。犬にでも食われてしまえば分からんな。そこまでは承知していない。我々の関知するところではない。死んだ、ということが分かればいい」

 質問の内容を理解し、なんとか答えた。

「そうですか。それでこの罪人はどんなことをしたのでしょう?」

「臣民の命を危険に晒した、とある。敵国に情報漏洩(ろうえい)したとしか知らないが、臣民が大勢死ぬ原因になる……、かもしれない」

「なるほど。それは許せませんね。さっさと殺してしまいしょう。こんな罪人は」

 と、老人は棍棒を振り上げ、倒れているラキュースの頭に、こつん、と小さな音が鳴るか、鳴らないか分からない程度で当てた。

 一瞬、本当に頭を潰すのかと護衛兵は心臓が激しく鳴った。

「……あ~、見事に死んでいますね。これは即死だ……」

 と、執事の老人は残念そうな顔と口調で言った。

「う、うむ」

 少し安心した。

 老人は彼女の装備が気になった。

「それは? どうなさるのですか?」

「証拠品ゆえ、国に返納されるだろう。……さすがにこれはダメですよ」

 残念そうな顔の老人はすぐに頭を切り替え、少し離れた地面を素手で殴り小さな穴をいくつも作った。

 それは重装備している護衛兵ですら恐怖するほどの威力に見えた。

「すみません、血を少し出していただけると助かるのですが。傷は治します。ソリュシャン」

 老人に言われて現れたのは長い金髪に顔つきの鋭い女性だった。

「腕を少し切るだけです。ご協力、お願いします」

「……あり、ありがとうございます」

「他の皆さんも武器を持って殴った、と分かるようにしなければなりませんね」

 護衛兵は事情を察してくれた見ず知らずの老人に深く感謝した。そして、周りの臣民もそれぞれ頷いた。

 元々が枯れ木同然の身体なので大量の血はやりすぎだろうと護衛兵の指導の下に行われる。

 その後、血があたりにぶちまけられ、臣民も返り血を浴びたような様になった。

 骨は家畜のものを代用すればいいと臣民からの意見があがった。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 国王の下にラキュースの死が伝えられた。

 装備していた『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』が届けられる。

 レエブン侯は顔を青ざめてしまった。

「ちゃんと晒し首にしたのですか?」

 ラナーの平然とした言葉に護衛兵は状況を説明し始める。

「臣民により身体は打ち据(す)えられ、首も切り落としたのですが、野犬に持っていかれまして。身体の方は皆様の憎しみが強すぎて肉片すら残らないほどの凄惨な状況になってしまいました。血の海になっています。掃除のものが少々、手間取っているほどです」

 賢い王女にこの程度はすぐに看破されるだろうが、刑は執行された。

「首の方もいずれは臣民に見つかり、粉々につぶされるかもしれません」

「では、さっそく現場まで確認に行こうではないか」

 嘘だと思っている貴族が護衛兵に詰め寄る。

 レエブン侯は死者に鞭打つ貴族が憎くなった。

「は、で、では。ご案内させていただきます」

 貴族二人が護衛兵と共に退出した。

「……アインドラ殿……、最後まで戦士であったか……」

「いいえ。ただのゴミクズですよ、お父様」

 この期に及んでまだ暴言を言う王女。レエブンは怒りに剣を抜き放ちたくなった。

 

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