ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
一向は
現在のカルネ村は焼かれた建物や壊れたものなどを修復したり、村人総出で建て直しの為に働いていた。
ヤントラは冒険者についてきただけで仲間ではないから別行動に移った。
穴だらけの地面は既に整地されていた。
井戸も特に問題無さそうだった。
「そんなに時間が経っていないのに随分と発展したような気がするな」
周りには亜人種である
通りを散策していたヤントラにエンリが駆け寄り、その場で平伏する。後ろから追ってきたンフィーレアや
「この度は大変失礼いたしました」
ヤントラはエンリを一瞥する。
「度重なる失礼を働き、本当に申し訳ありませんでした」
「元気なら、何も言わないよ。あれから色々とまた酷い目に遭ってきたけど、君の方がマシだったよ」
「村へのご温情重ねて御礼を申し上げます」
「顔を上げなさい。別に罰だの言う気はないよ。あれくらい厳しく言わないと君たちは生きていけない気がしたからさ。元気そうでなりよりだ。ネムはどうしたのかな?」
エンリは土ぼこりの付いた顔をあげる。
完全に地面に顔をつけていたようだ。
ンフィーレア達は驚いていた。
彼女とヤントラの間に何があったのかと。
「妹は元気にしています」
「あげた防具は好きにしてくれて構わないよ。……しかし、申し訳ないね。護衛の件、貴族連中が出し渋って……。まあ、兵士より
「いいえ、そんな……」
「エンリ。この人と何かあったのかい?」
「少年。傷跡を広げるようなことは聞かないように。エンリ。君のお陰で色々と助かった。地図も手に入ったし、だいぶ旅が続けられた。ありがとう」
「お礼を受ける資格は……ございません」
ヤントラはエンリを立たせ、顔や服の土を払う。
「前を向いて頑張って生きてくれ。私は様子を見に来ただけだから、君は……そこの友達とお話しでもするのだろう?」
「は、はい。本当に申し訳ありませんでした。カルネ村を救っていただきありがとうございます」
ヤントラは手を振りつつ散策のため、エンリから離れていった。
「今の人、誰? 一体何があったの?」
エンリ達は自宅にてカルネ村の襲撃事件について話した。
「そんなことが……」
「ゴウン様とヤントラ様が居てくれたおかげで村は救われたの。特にヤントラ様には多大なご迷惑を掛けてしまった。きっと私に嫌われたって思ってるわ」
「姐さん……。俺達なにも知らなくて……」
「エンリはあの人のこと……どう思ってるの?」
ンフィーレアは
「不思議な人だと思った。でも……、とても怖い人だとも思ったわ。その時のことを思い出すと身震いする……」
血まみれの姿のヤントラ。あれは旅人などではない。
人を殺す人間だ。エンリはそう感じた。
村に王国の使者が来て村の復興費用が詰まった袋をエンリ個人に渡された。
それがヤントラからの物だということは伝えられたが、敵として生きろ、という伝言は強く印象に残っている。
生きるのを諦めたら殺しに行く、そんな気がするほど。
彼らしい励ましなのかもしれない。
怖い人だったけれど村の為に働いた事実は本物だ。
「あの人、相当強いみたいだけど、有名な人なのかな?」
「そこまでは知らないわ」
「どれくらい強いんだろう?」
「王国戦士長くらい?」
それぞれが色々と話し合っている中でヤントラは村長の家に顔を出した。
「おお、ヤントラ様。お元気でしたか」
「お陰様で。村のほうは活気が出ていますね。色々と……」
村長はヤントラに椅子を勧める。
椅子に座ったヤントラに奥さんが
「冒険者になった次の日にやめる事態になったりと散々なことがありました。カルネ村はあれから襲撃はありませんか?」
「ええ。目だった事はなにも」
いきなり冒険者をやめる事態というのは驚いたが、どんなことになったのか怖くて聞けない。
「村の護衛は王国側が色々と理由を付けて難色を示しました。戦争があるからとか。申し訳ありません、お力になれず」
ヤントラは深く頭を下げた。
「いいえ、滅相も無い。お顔を上げて下さい」
護衛が期待できないのは村長としても残念な事ではある。
「それより色々と大変な冒険をされているようですな」
「貴族になったり結婚したり、領地を没収されたり、妻が罪人として処罰されたりと……。私が仕事をしている間に色んなことがあったみたいです」
「………」
村長は人生でそうそう経験したことの無い事態に思考が停止した。
妻も同じく、口を開けたまま黙っていた。
どれだけ長い時間惚けていたのか分からないほどだった。
「……貴族になられたんですか?」
「妻が貴族なので。私も貴族らしいです」
「領地没収と聞こえましたが?」
「らしいですね。妻は貴族と決別したとかで。まあ、あんな貴族連中と仲良くなりたくないですよね」
なにやら波乱万丈な人生である事は理解した。
村から出てまだ一ヶ月も経っていないのではないかと思う間に彼の人生は目まぐるしく変化していたようだ。
白湯を飲みつつ軽く息を吐く。
妻が罪人として処罰された、というのは聞かない方がいい気がした。
「冒険者になる予定だったのに貴族にされても困りますよ」
実に明るくヤントラは言った。
「妻はとても素敵な人でした」
「それは……、お悔やみ申し上げます」
「結婚期間は少ないので亡くすには惜しい女でした。なので気分を変えてモンスターでも探しに外に出たわけです。あの冒険者達とは偶然会っただけです。これからエ・ランテルに今度こそ、行ってみようと思います」
「そうでしたか。こちらも何ももてなせず申し訳ありません」
「いえいえ。村の発展を祈っております。……ああ、そういえば、この村の周りは麦畑だったのですね。私は知りませんでした。とても奇麗な風景で感動しました」
「そうなんですよ。もうすぐ刈り取ってしまいますが、風に揺れる麦畑は我々の宝です」
「そうですね。……それから、こちらにアインドラ家は来ていますか?」
実家の両親は農村に引っ越す事は聞いていた。
何所の村かは旅をしながら決めると言っていたので分からなかった。
「最近来た入居者に王都から来た方がそうだと思います」
「義父と義母ですね、きっと。二人をよろしくお願いします」
「はい」
白湯を飲み干して外に出る。
広場の中心に黒い
側にはナーベが控えていた。その更に後ろのほうに冒険者達が居た。
「?」
少し疑問に思ったがヤントラは進んだ。
「伝言があるのだが……、止まってほしい」
そうモモンが言うとヤントラは止まった。そして、ナーベを一瞥する。
彼女は
「……お前の妻が危険だ。……ナザリックに向かえ。とのことだ確かに……」
言い終わる前にモモンはヤントラの無骨で太いガントレットの一撃を腹部に受けた。
それなりの重さがあるはずの
建て直しの最中の家の壁にぶつかり、モモンは転がる。
ナーベはすぐにモモンの下に向かった。
「……いや、悪い。つい勢いで……。そっか……分かった」
ヤントラの顔には表情が無い。怒りも悲しみも。
ペテル達もモモンの下に向かう。
「あ~、びっくりした……」
モモンは
「私は無事ですから、ご心配なく」
モモンは周りに手を振りつつ言った。
「き、貴様っ!」
飛び出そうとするナーベの肩を急いで駆けつけたモモンがなんとか掴む。
「本当に申し訳ない。何やってるんだろうな。らしくないな、全く……。いや、伝言ありがとう」
ヤントラは手を振りつつ現場を去ろうとすると騒動に気付いた一組の夫婦が出て来た。
「もしや、婿殿か?」
つい先日まで共に暮らした者達なので声は覚えていた。
「あら、見つかってしまいましたね。お
ヤントラが話している間に冒険者達はモモンのそばに駆け寄る。
「あのモモン氏を吹き飛ばすとは……、何者なのですか?」
「もしや、アダマンタイト級!?」
家の壁を破壊する音は小さな村の全域に聞こえてしまっていた。次々に人が顔を覗かせる。
「家は蒼の薔薇の人達に任せてきちゃいまして。ちょっとした小旅行です」
「あの人達なら大丈夫か。それよりも凄い音がしたけど……」
「すみません。何でもないので……。それよりお二人がここに居る事が分かったので、安心しております。私もこのカルネ村には少し縁がありまして。それよりも怖い人が睨んでいるので、話しはまたいずれ……」
ナーベが怒りの形相でヤントラを見つめている。
さしさわりのない言葉を交わして二人を家の中に押し込んだ。
「皆さん、なんでもありません。ちょっとした行き違いですから」
モモンが周りを安心させるように言った。しかし、
近くに居たゴブリン達もびっくりしていた。
少しの間、ヤントラはその場で物思いに
モモンも彼には近づかないように移動し始める。
ニニャは勇気を出したのか、ヤントラの側に駆け寄った。
「すみません。差し出がましいと思いますが……、理由も無く攻撃するのはよくないと思うので……。理由を聞かせてくれませんか? モモンさんは僕らの旅の仲間なので」
ペテル達も歩み寄った。
「ちょっと……、むかついた。それだけ。たぶん……。なんでだろうな……」
「むかついた? それだけであんなことになるとは思えないのですが?」
強いとは思っていたがここまでとは、とニニャは驚く。
そして、ヤントラの今の顔はとても恐ろしい雰囲気を感じる。
触れれば殺される。そんな気配のような印象だった。
「……思い出した。外に出ればボコボコにしても文句は言わないよな、と言った気がするが……」
そうモモンに向かってヤントラは言った。
「知らんな」
「……まあいいけどさ。……じゃあ、取り戻さないとな……夫として」
ヤントラは歩き出した。モモンも止めなかった。
ニニャは尚も食い下がり、彼の服を掴む。
「いいんだ、ニニャさん。離してやってくれ」
「しかし……」
「ごく最近、妻を亡くしたばかりなのだ。私が言葉を間違えたばかりに彼を怒らせてしまったのだ」
「えっ!?」
ニニャは思わず服を離した。
聞いてはいけない事を聞いてしまった気がした。
どんな理由があるにせよ、それでも許せない事はある。しかし、相手もまた色々な理由があって感情を爆発させてしまったのなら仕方が無いのかもしれない。
「それにしてもモモンさんを吹き飛ばすとは……」
「まさか!」
ペテルは叫んだ。
「亡くした妻って『蒼の薔薇』のリーダーですか。……あっ、しまった……」
「んっ? それほど有名なんだ蒼の薔薇は」
「有名も何もアダマンタイト級の冒険者と言えば知らない者が居ないほどですよ」
「いや、最近まで知らなかった」
と、ヤントラ。
「私も冒険者になって知ったばかりだ」
腕を組んでモモンは言った。
「強いからって蒼の薔薇とは限らないだろう」
「そ、そうですね。これは失礼しました……。本当にごめんなさい」
「このまま行っても迷子になりそうだ。少し休んでいくよ。私は冒険者になりたかったからね。少し聞かせてくれないか?」
ヤントラは苦笑しながらメンバーに言った。
『漆黒の剣』は町の外にテントを張り、モモンとナーベは見回りとして離れた場所に向かっていった。
「………」
少し疲れた顔のヤントラに他の者たちも気まずい雰囲気を感じていた。
大切な妻が亡くなったばかりだと聞けば元気にするのは難しい。
「えっと、もう紹介は済んでいると思いますが、改めて『漆黒の剣』という冒険者です。お名前を
「……ああ、ヤントラだ。悪いね、色々と迷惑をかけてしまって」
全く聞き覚えの無い名前だった。
「そういえば『漆黒の剣』とは黒い剣のことですか?」
「まあそうですね」
メンバーはそれぞれ黒い短剣を取り出した。
「短剣ですけど。チームの象徴みたいなものです」
「本物の漆黒の剣を手に入れようという目的で冒険者になりました」
ヤントラは剣を一振り出した。
手ぶらだったのに何所から出したのだろうか、とニニャは驚く。先ほどのガントレットも無くなっていた。
「こんな剣ですか?」
おもむろに抜き放たれたのは正しく漆黒に相応しい黒い剣だった。
「本物!? でも、本当に黒いな」
持たせてもらった感じでは重量は軽く、刀身は硬い。
「たぶん違います。我々が求める漆黒の剣は十三英雄の伝説に出てくる『黒騎士』と呼ばれる方が持つ四本の剣のことです。闇のエネルギーを放つ魔剣キリネイラム。癒えない傷を与える腐剣コロクダバール。かすり傷でも命を奪う死剣スフィーズ。それと効果が不明な邪険ヒューミリスです」
「……魔剣キリネイラム。ああ、だから闇の……」
闇のラキュース。その名の由来に使われていたのだと理解した。
そういえば何故、闇のラキュースと言われているのか知らなかった。
他の三本の剣の存在も知らなかった。それもいずれ探そうかな。
キリネイラムって闇のエネルギーを放てるんだ、へ~。効果が分かっても魔力系
魔力を込めれば出せるんだろうな、と少しぼんやりと考えた。多少の攻撃魔法も使えるし。
「色んな伝説の武器がある中で存在が確認されているんです」
「その中の一本を蒼の薔薇という冒険者のリーダーが持っているそうです」
「残り三本かよ」
剣をしまい、彼らの顔を見回す。
冒険心に溢れた若者。
彼らのように楽しく過ごしたいと思った。
「そのリーダーは最近、何かの罪で処刑されたそうで。魔剣がどうなったのか気になっているんですよ。結婚したとかしないとか言われているので……」
「蒼の薔薇は解散したのか?」
と、ルクルットが尋ねた。
「いえ。存在していると思います。仲間まで巻き添えになったとは聞いていないから」
「アダマンタイト級の冒険者は他にも居るんですか?」
「この国にはもう一つ『朱の雫』という冒険者が居ます。他の国にも一つか二つは居るはずです」
「……それにしてもあんた凄い力を持ってんな。冒険者じゃないの?」
「残念ながら」
「
「それからナーベちゃんの魔法を的確に防いでたもんね。あれは凄かった」
「そうですか?」
口で言うほど魔法を防ぐのは簡単ではない。それは
ナーベの魔法はニニャの中では天才の部類に入る。それを迎撃したのだ。驚きを禁じえない。
並みの戦士に同じ芸当が出来るとすればアダマンタイト、または英雄級でもなければ。
「それにしても使える最大火力は『
「『
「……それは無いと思う。ナーベさんはまだ実力を隠しているのかもしれない」
あれほどの剣捌きを行える人だ。更にまだ何かあるのかもしれない。
ヤントラが武器を出すのはマジックアイテムの影響だろうと予想している。
手ぶらに見えて色々と切り札を持つのは熟練の戦士のような気がした。普通の人ではない。
「ああ、あんまりのんびりもしていられないんだった……。では、そろそろ失礼します。よい冒険を」
「えっ、あ、はい。すみません」
脱兎の如く駆け出そうとしたヤントラに飛び蹴りで迎撃した存在がいた。
「うわっ!」
『漆黒の剣』の一同が驚愕する。
見るまでもなく、確認するまでもなくだろうか。犯人はナーベだった。
地面を転がるヤントラに憤怒の形相を向けるナーベ。
「万死に値する!」
剣を抜き放ち、突進するナーベをヤントラはまたも剣で受け止める。
「くぅ……。これはなかなかの強敵だな」
「今日はじっくりと
先ほどまでの斬撃以上の速さで切りかかってきた。しかし、ヤントラもそれらを捌いていく。
ガガガ、という岩を砕くような音と火花が散っていく。
ニニャは見ていて感じた。本気だと。
ナーベは本気でヤントラを殺そうとしている。
「くたばれ! 〈
と、放つと同時にヤントラは剣を投げてナーベの突き出した
魔法が自身の腕に
油断は一瞬、既にヤントラは新たな武器でナーベの黒焦げになった腕を切り飛ばす。
「ぎゃ!」
切断された腕から血が垂れる。
「……身体をバラバラにしないと止まらないのは勘弁してくれよ」
「ナーベちゃん!」
明らかに魔法の知識をヤントラは持っている。それに相当の熟練者でもある。
火力のある魔法を撃ちたくても腕が一本足りない。
ナーベは
ヤントラは黒焦げになったナーベの腕から刺した剣を回収する。
「〈
ナーベは魔法を唱えた。
「まだやる気か。いいねえ。雑魚モンスターより強いのは大歓迎だ」
「ぬかせ、
片腕のまま切りかかるナーベ。それを打ち合わせ無しで剣を腹部に当てるヤントラ。
ズン。
地面を揺るがすような音が腹部から鳴り響く。
「ぐぶっ!」
普通なら多少は切れながら食い込むところを魔法の影響で打撲程度で済む、普通ならば。相手はナーベを
自分でも分かる。身体の中で色々なものが潰れていく感触を。
今の一撃でよろけながら後方に
なんてことを、とニニャは言いそうになったが言葉が出ない。
あまりの出来事に驚きのほうが勝ってしまった。
ナーベは口からどす黒い血をたくさん吐き出した。
「ナーベちゃん! もうやめるんだ!」
言い返そうにも言葉が出ないナーベ。ルクルットを睨みつけるだけで精一杯だった。
ズボンの股間部分が赤く染みていく。
「立派な忠誠心だ。いい部下に恵まれたな」
血を吐き出しつつナーベは剣を杖代わりにして立ち上がる。
腹部の衝撃は今も残っていて足腰が安定しない。上半身と下半身を分断されたように感じたが思うように動いてくれない。それと片腕を失っているので重心も安定しない。
それでも敵は倒さねばならない。ナーベを突き動かすのは忠誠心のみ。
「………」
更なる吐血の後、ナーベは前のめりになって倒れこんだ。
それからすぐに意識が覚醒する。
「おお、起きたかい?」
にこやかな笑顔。それは敵の顔。すぐさま飛び起きると身体が軽くなっていた。
「!?」
無くなった腕が再生していた。
「ナーベちゃん! 良かった~」
「心配したんだぜ」
「私は……いったい……。どれくらい寝ていた!」
「数分くらい。さすがに死んだと思ったな」
ナーベはすぐさま自分の身体を確認する。
特に痛みは無く、いや、多少は鈍痛が残っていたが異常は無さそうだ。
血まみれだった顔も奇麗になっていた。
汚れた服の一部が無くなっていた。
「……後で洗っておく。……それを着ていなさい。……後で届けるから」
新しい服は簡素で普通の皮装備となっていた。
「腕も治って良かったね、ナーベちゃん」
「離れろ、
抱きつこうとしたルクルットをヒラリとかわしてヤントラに詰め寄る。
「秘密のアイテム。可愛い顔には弱いのだよ、私は。まだやるのかい? 私にも予定があるのだが……」
ナーベは剣を抜き放つ。
「もうやめるのだ、ナーベ」
別方向から声をかけられ、ナーベは動きを止めた。
「見事な戦いを見せてもらった。ナーベをここまで追い詰めるとはさすがだ。よき冒険者になれるだろう」
「それはまあおいおい考えようと思っている。しかし、美人さんに襲われるの何回目だろう? そういう体質なのかね?」
「あ、モモン……さん。申し訳ありません」
「よい。ナーベもここで足止めを食っている場合ではないのだ。剣を収めよ」
モモンの言葉を受けてナーベは剣を戻した。そして、モモンに頭を下げる。
ナーベはヤントラには謝罪しなかった。
代わりに舌打ちと睨みつけを向ける。
「……ナーベ」
「……はい。すみません、モモンさん」
「おっと、こんなところで遊んでいる場合ではなかった。またいつか手合わせしたいものだ。では、皆さん。よい旅を」
と、相手の返事をまたずに駆け出した。それはとても早く一分後には姿が見えなくなるほどだった。
「……すげー。なんか、俺達、すげーもん見ちまった気がする」
「………」
人体再生も魔法なのか、アイテムなのか。ニニャは気になってしまった。
彼女の腕の再生は彼が出した外套に包まれて何も見えなかった。
あれほどの人物が世の中に居るのはすごいことだと素直に驚いた。
「ナーベ。今はあの者を刺激するな。放っておけ、いいな」
「……畏まりました」
「うむ。魔法に頼らない戦いでは、やはり強いなあいつは。なかなか楽しませてもらったぞ」
ヤントラはただの戦士職ではない。
主が喜んでいるのならナーベも文句は言えなかった。
それに腕を処分したのは他の冒険者に正体を知られないようにするためだとすぐに理解出来た。
つまりナザリックに関わる情報のことも忘れていなかったということになる。
悔しい反面、清々しい気持ちだった。でも、やっぱり悔しかった。
あれほどの実力ならば至高の御方々に連なる者、と呼ぶに相応しいのかもしれない、と少しだけ思ってまた悔しくなった。
次は殺す。本気で。と、強くナーベは思った。
予定外の出来事で戦闘に入ってしまったヤントラは少しだけ頭を痛める。
現在は『
妻は数少ない人間。内容からして嫌な予感はする。
デミウルゴスは出て来ないだろうが、自分を必要とする事態はろくでもないことに決まっている。
さすがに彼女を一人で置いておくのは無理があるのかもしれない。
少し諦めていた反面、どこかで希望にすがっている自分が居る。だからこそあまり心配はしていなかった。そうか、と淡白な気持ちしか湧かなかった。
ナザリック地下大墳墓はカルネ村からは割りと近い距離にある。
使者についてはどうなったのかは分からないが、まあどうでもいい。今は妻を優先する。
一度は手に入れた大切なものだ。簡単に切り捨てたりはしない。
敵は捨てる。
これでも恩は感じるほうだ。
ヤントラにだって怒りはある。人並みの
人間種だからこそ静かに怒りが湧き上がった。ただそれだけだ。
それに
ナーベもついつい楽しくなってしまったがお互い手加減していたとはいえ、なかなかに強かった。
あれくらい手ごろな強さなら楽なのだが。
本気の彼女に勝てるだろうか。こちらは特に必殺技とかないから。
日暮れ時に現場に着いたが周りにたくさんの人間の気配を感じるのは気のせいだろうか。
とにかくログハウスに入る。いつもは待機しているユリが居ない。
「誰も居ないのか?」
一旦、外に出て家の周りを調べる。
ログハウスの裏手でユリがシャベルで何かを掘っているようだった。
「こんなところに……」
「こ、これはバスパ様。ようこそ」
「何をしているんだ? 畑でも作ってるのか? こんな薄暗い中で」
「いえ。排泄物を廃棄する場所を作っていたところです」
「妻が居るらしいな。何があった? いや、中で事情を聞こうか」
「はい。では、少々、お待ち下さい。匂いが付いていますので……」
「構わない。そのままで」
ヤントラが普段よりも感情を込めているので緊急性を感じた。
すぐにユリはログハウスにヤントラを案内し、指輪を渡す。
「第九階層に……。私も後から向かいますので。お先に向かってください」
「すまないな、ユリ。少し苛々しているみたいだ。どうにも感情が制御できない」
「そのお気持ちを察することの出来ない身なれば、お怒りを受ける覚悟がございます」
「……さっきナーベ……いやいい、じゃないな」
ヤントラはボロボロで血まみれの服一式を取り出す。
「ナーベの服を新調してやってくれ。渡した装備は捨てても良いと……」
「畏まりました」
ナーベの服を受け取り、一礼する。
「先に行っている。外の様子が騒がしいが大丈夫なのか?」
「それはご心配なく。監視の者がおりますので」
それだけ聞いてヤントラは第九階層に向かった。
普段は清掃で忙しい一般メイド達が総じて暗い顔をしていた。それはそれで圧巻だったが、あまり良くない事は分かった。
「事情は後だ。どの部屋だ」
「こちらでございます」
メイドがすぐさま道を開けて案内する。
案内された部屋に居たのは犬の頭部を持つメイド『ペストーニャ』だった。
そして、彼女の下にあるベッドには口から血が溢れている女性の姿があった。
全身を拘束されていて口には何かの器具が装着されていた。
一目でわかった。死んだ筈の妻ラキュースだということを。
「……ラキュース。無事か?」
「意識が戻りません。私もMPが足りなくて……」
そうペストーニャが言っている間に回復魔法を唱える。
「口の中の血は吐き出させないと……」
器具の外し方が分からない。無理矢理やると口がごっそり千切れそうな気がした。
「誰だ、そんなものを持ってきたのは……。シャルティアか?」
「
舌でも噛み切ったのだろう、という予測はついた。
それにしても酷い有様になった。前から酷い有様だったが。
髪の毛も殆ど無くなって、新しい髪が僅かに生えているだけだ。
抜け落ちたのなら仕方ない。女性の髪は時間をかければ戻るだろう。
「とりあえず……。器具をもってきた
「バスパ様……、この度はまことに申し訳ありません。大切な方を守れなくて……」
「あんまり聞きたくないから、とりあえず皆は持ち場に戻るなり、休息を取りなさい。緊急事態に備えられなくなるから」
「は、はい。ただちに」
ナザリック始まって以来の珍事ではないだろうかとヤントラは思った。
意識の無い妻のかっこうはやはり酷い姿だ。
器具を取り外し、口の中の血を吐き出させた。
まだ元気なメイドに色々と指示を出す。
回復魔法とポーションで身体の調子は少しずつ回復していった。
目が覚めたら叫びだすかもしれない。
今はただ優しく目覚めを待とう。
汚れた服はそのままにしてメイド達に飲み物を頼んだ。
「君たちがお世話していて、どうしてこんなことになったのか、さっぱり検討がつかない。守護者は来ていないよな? アウラとマーレならまだ心配はしていないが」
「それはもう半狂乱の出来事でした。私どももどうすればいいのか……。おっとを連れてきてとばかり」
都合よく来られるとは限らないし、連絡手段はセバスくらいだろう。
というか、あいつから何も連絡が来なかった。
秘密にしていたのかどうかは分からないが、都合よく妻の危機には来られない。
「この調子だとあまり食べてないんだろうな」
「……はい」
「オートミールの準備を。温かいポタージュも」
「ご用意いたしますが……」
「いいから注文してきなさい。ポタージュには余計な具は入れなくていいからと」
「畏まりました」
メイドは部屋から退出していった。
水の冷たさでラキュースは深い眠りから目覚める。幸せな夢から悪夢へと。
目蓋を思いっきり開けたのでヤントラはすぐに彼女の口を掴んだ。
「慌てるな。私だよ、ラキュース。いいかい、落ち着くんだ。メイドは居るけど落ち着くんだ。いいね?」
「……うう~あ~」
待ち焦がれた存在の顔を認識し、ラキュースは涙を流す。
料理が運ばれるまでの間、ラキュースとヤントラは抱きしめあった。
メイドが料理を持ってきた時、ラキュースは身体を振るわせた。
「な、なんで持ってきたの! いや!」
「私が頼んだんだ。まずは少し食べなさい」
「いやだ……。やだ……。人間の材料が入ってるから……」
料理を受け付けない理由はすぐに理解した。しかし、食べてもらわないとラキュースの為にならない。
魔法で精神支配するのは簡単だ。だが、それでは何も解決しない。
怖がるラキュースの頭を優しく撫でる。
「そういう料理もあるが、全てがそういうものではない。これは普通のオートミールだ」
「……普通の?」
「どんなことを言われたのか分かる気がするが、怖がりすぎだ。人間が人間を食べると病気になる」
「でも、あいつらは食べさせようとしてた……」
「……デミウルゴスの知識だな。……全く困ったものだ。ここのメイド達には分からないんだ。人間ではないから。ちなみに、デミウルゴスの場合は趣味だ。悪魔だから」
相当、怖い思いをしたのは理解した。
「君は人間と
「うえっ」
あまり想像したくないとラキュースの身体も訴えていた。
「ここの料理は本当に美味しいんだ。これがダメなら……」
買っておいた保存食をラキュースに渡す。
「お腹がなれていない内はオートミールでならすしかない。少しずつ食べなさい」
「……はい」
小さく千切った保存食を齧る。久しぶりに人間らしい食べ物の味がして感動してしまった。
その間も妻の頭を撫でた。