※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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C-8 儀典官が現れた

 一時間ほど経った時には会話もだいぶ進んできた。

「メイドも確かに人肉は食べるだろうさ。だが、調理していないものは食べられない。顎(あご)はそれほど強くないから。噛み付かれても人間と同じ噛み跡が出来るだけ。意外とそういうものだよ。……ペストーニャは顎が強そうだが……、まあそれはそういうものと思ってくれ」

「……うう」

 メイドの一人を呼びつけた。

「もう知ってると思うけど、この子達は人造人間(ホムンクルス)」

「大変、ご迷惑をお掛けしました」

 丁寧にメイドは頭を下げた。

「怖いかい?」

「まだ少し……」

「人は食べても人造人間(ホムンクルス)は食べないんだ」

「……えっ?」

 今、とても大事なことを言われた気がした。

 ラキュースは今まで発想したことの無い事実に頭の中の混乱が解けそうになった。

 夫の懇切丁寧とも言うべき説明でラキュースは少しずつ元気になっていた。

 ずっと毛嫌いしてきたオートミールも既に平らげ、お代わりを頼み、ポタージュもしっかり飲めた。

「……信じられない」

「私もです、バスパ様」

 人間を食べるメイド。

 だが、彼女達は自分達を食べない。仲間を食べる者等存在しない。

 命令があれば食べるかもしれない。けれども食べたいとは思わない。

 そういう生き物なのだ。

「あのペストーニャが元気を無くしたのはびっくりした。ナザリックの癒し系とまで言われた信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が……。全てのメイドの頂点なんだよ」

「でも、肉団子の丸齧りが大好物と……」

「それは人間だって焼肉を丸齧りしたいだろう。それと一緒」

「い、いや……、そう思えないのです。あなたは平気かもしれませんけれど……」

「そうですよ。私だって肉団子を丸かじりしたいですよ」

 メイドの言葉にラキュースは悪寒が走る。

 

 ラキュースをお姫様抱っこして、広い場所に移動する。

 たくさんのメイド達が心配の眼差しを向けてくる。

「……う」

 三十人近いメイドの中心にラキュース達は座った。

「今、君は牛だ。周りはどんな料理にして食べようか待ち望んでいる人間達だ。どんな気持ちか言葉に出してごらん。牛になった気持ちで」

「こ、怖いです。牛じゃなくても怖いです……」

 自分は牛ではない、と強く思った。

 メイドに美味しく料理されたくない。

 牛の気持ちなんか知らない。私は人間だ、とラキュースは心で叫ぶ。

 夫にしがみつき、嗚咽(おえつ)する。

「牛は泣かないよ。身体を解体されて今も料理として並び続けている。人間は牛の気持ちなんか知らない」

 正論ではあるがラキュースには通じない。

「相手の気持ちが分からないから、平気でいられる。君もメイドも大して違いは無いよ。こういうのは時間をかけて理解していくものだから」

 泣く妻を優しく慰める。

「君たちは同種食いはしないだろう。人間も殆どが同種食いをしない。強制でもされない限りは」

「そうだったのですか」

「そのようなことを存じ上げずに数々の非礼をお許し下さい」

 一部のメイドは平伏した。残りは場所が無かったので立ったまま頭を下げた。

 ラキュースの気持ちを解きほぐすのは時間がかかるだろう。

 それでもこの困難を乗り越えられたら彼女は更に強くなる。

 妻を部屋に寝かせておいた。すぐ戻ると約束して。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ヤントラはペストーニャの部屋に訪れた。

 現在は消費したMPを回復するため、静かに横たわっていた。

「起きなくていいから」

「すみません……わん」

「相手を理解するは時間がかかるものだ。私も随分と時間がかかったよ。昨日今日で理解するのは無理な話しだ」

 寝ているペストーニャの頭を撫でながらヤントラは続ける。

「色んな怖い目にあってきたんだ。自分が食材にされる恐怖はそうそう無くせない。かといってメイドを食材に使えるかといえば無理な話しだ。このナザリックはそれほど食糧難ではあるまい。ラキュースは人間の世界に戻すには時間がかかる。ここで面倒を見てもらうしかないが、あまり人肉料理については触れないでやってくれ」

「か、畏まりました……わん」

 バスパ様はなんとお優しく、頼もしい方なのでしょう。と、ペストーニャは犬の目から涙が出そうになった。

「……たぶん、ラキュースは気になって尋ねたのだろうが、君達とは違う種族だ。違うからには受け付けないものがある。それをどう理解していくかが課題なのだ。でも、今まで面倒を見てくれてありがとう。随分と頑張ったそうじゃないか。その献身ぶりは私も嬉しく思う」

「バスパ様にそう言ってもらうなんて、メイド長として大変嬉しく存じます」

「とにかく、しっかり休息を取ってくれ。何やら外が騒がしい気がするから。それはともかく、受け付けられない物……、私は酒類だが、どんなことがあってもダメなものはダメだ、生理的にも肉体的にも」

「好き嫌いはよくないと思ったのですが……、……わん」

「鉄も食べろ、と言っているようなものだ。栄養は大事だが、無理も身体にはよくない」

「あっ……、そうですね。何でも良いわけではありませんでした。……わん」

 何度か頭を撫でた後、妻の下にやってきた。

 ラキュースは泣きつかれたのか眠っていた。

「よし、メイド諸君。今の内に着替えと掃除を頼むよ」

 三人ほどのメイドが元気よく返事をしてテキパキと行動し始めた。

 

 ラキュースが次に目覚める頃、部屋の様子は少し変わっていた。

 明るい布が壁にたくさん掛けられている。

「まだ寝てていいよ」

「あなた……」

「君の居場所を作らないとな。それまでここに居て貰わないといけないが……。頑張れるか? 人間の料理は出さないように命令はしたのだが……。気がかりがあるなら聞いておくぞ」

「ここに居たくないです……。排泄を皆に見られるのは……、いいえ、それはいいのです。慣れました。いつか用が済んだら食料になるのですね」

 交渉が終われば自分の存在価値が無くなる。そんな予感がする。

 ヤントラも用済みと判断されればラキュースの疑念は現実になるだろう。

 その前に人間世界に居場所を作る必要がある。その為には彼女には強くなってもらわなければならない。それはどうしても必要な事だった。

「交渉ごとは時間がかかる。他の人材を得たとしても変わらないだろう。それから、ナザリックは別に食材に不自由していないぞ。ちゃんと農業も出来るんだから。無理して人間の肉にこだわっている者は少ない。侵入者とかは食べるかもしれないがもてなした客人は大切にするんだ」

「そんなの知らない……。うえ~ん」

 やはりナザリックを理解させるのは相当時間がかかるなとヤントラは苦笑しながら妻の頭を撫で続けた。髪の毛が戻るまでにはなんとかしたい。

 しばらく大人しくしていた妻は排泄がしたくなった。

「殆どが排泄しないものだから必要な物が無いんだ。ユリが何かやっていたが君のためだったんだな。私も積極的にナザリックに関われないから君に不自由させたな」

「それはいいから、桶でも持ってきて」

 先ほどまでと違い、切羽詰(せっぱつ)るとラキュースも泣き虫から強気の女性に変貌する。

 メイドが用意した桶にラキュースはまたがる。

「別に見てもいいわよ。妻の痴態くらい夫に見せるの平気だから」

 と、言ってる側から豪快に放尿と排泄する音が響き渡る。

 人間の女性が暮らすには酷な世界だなと思った。

「本当に色んな物がすっきりしたわ」

 疲れきったラキュースは諦めに似た感情を吐露(とろ)する。

「お義父さん達はカルネ村に引っ越して、我が家は蒼の薔薇が面倒を見ている。それで二人目の女性でも探しにと……。そんなところだね」

 メイドに尻などを拭かれながらラキュースは話しを聞いていた。

「ちなみに二人目はどんな女なのかしら?」

「クレマンティーヌという名前らしい」

 その名前を聞いて思い浮かぶのはひとりしか居なかった。

「漆黒聖典の裏切り者ね。……なるほど、確かに狂った女戦士だわ……」

「期待が持てそうな気がする。強いのかな」

「ガガーラン並みの実力があるらしいわ。私と彼女が並ぶのは……滑稽(こっけい)な図になるわね」

「それよりも……、君は私に何か隠し事は無いかな?」

 そう言われてラキュースは何故だか心臓が跳ね上がる思いを感じた。

 秘密は無い、と何故(なぜ)だか言えない。

 自分でも分かる。目が泳いでいる。

 夫婦に隠し事は無しだ、と自分なら言うだろう。

 今まで夫の秘密を色々と言わせておいて自分の事は何も言わないのは卑怯だろう。

「闇のラキュース、とはなんだい?」

「きゃ~!」

 夫に言われたくない言葉を言われてしまった。あと、つい叫んでしまった。

 ラキュースの声に他のメイドが部屋を覗きに来た。

「君が怖がる原因に関わってくると困るから、ちゃんと教えてほしいんだ」

 夫の真剣な顔が全身に刺さってくる。

 顔から脂汗が出てくるのが分かる。

 さっきので人間の肉で苦しみぬいた自分は何所かに行ってしまった。

「言いたくない事は無理に聞かないが、過剰な想像力は仇になるよ」

 ラキュースの身体を抱きしめるヤントラ。

「君を失った時、私は何も感じなかった。淡白だと思った。だが、君が危険だと聞いた時、よく分からない怒りが湧いた。早く助けに行かなければと思った。酷い姿だったけれど居てくれてありがとうと……」

 強く抱きしめてくるヤントラ。

 ラキュースも同じくらい強く抱き返した。

 助けに来てくれてありがとう。言葉には出せなかったがラキュースも思った。

 夫が来てくれたお陰で正気が保てた。この先に更なる地獄が待っているかもしれない。

 正気を保たない方が良かったのかもしれない。

 それでもやっぱり自分はこの人のこと愛してしまったのだと思った。

「まだ少し人肉は抵抗あるけど……、彼らの事を理解する努力はしてみるわ。……でも食べるのは勘弁してほしい」

「うん。それと人造人間(ホムンクルス)達は人間に飢えているわけじゃないから。アインズは見たとおり、食べること自体出来ない」

 二人は色々な言葉を交わし、メイドは仕事を続けた。

 

 気が付けば一日は経っただろうか。

 ベッドで二人で眠ってしまった。

 先に目覚めたラキュースは隣りに居る夫の顔を見て安心する。昨日までの悪夢が嘘のようだと。

 だが、ここはナザリック。人間を食べる者がたくさん居る世界。

 人間以外の食材は豊富なのだろう。

 でもまだ怖い。

 食べられる為に育てられる牛や豚の気持ちなど分からない。

 それは今の自分の気持ちが人食いメイドには理解出来ないことと同じと言うこと。

 食べて当たり前。それに疑問を持つはずが無い。

 夫はそれを丁寧に教えてくれた。そういう種族なのだと。

 メイドは人間ではなく人造人間(ホムンクルス)。似て非なる存在。

 そして、同種食いはほぼしない。同種食いをする種族も居るかもしれないが。

 それだけでもラキュースには気が楽になる言葉だった。

 口付けでもしようかと思った時、お腹が鳴った。

 食べなければいけない。我が夫、ヤントラの為に。

 体力を付けて人間世界を見返さなくてはならないのだ。

 かつてのアダマンタイト級の冒険者を切り捨てたことを後悔させるために。

 その前に尿意も来た。

 人間として普通の生理現象が現実に引き戻す。

 夫にも仕事があるのだろうからとナザリックで頑張ることを誓い、地上に返した。

 まずは体力を付ける。そして、許されるなら身体も鍛えたい。

 都合のいい事に第九階層には様々な施設がある。そこを有効活用させてもらおう。

 終わったらお風呂もある。ただし、人間には耐えられない湯があるらしいので勝手には入れないし、女淫魔(サキュバス)のアルベドが居ると湯が血で染まりそうだ。

 アルベド個人には少し申し訳ないと思わなくもない。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 数時間後に王国よりの使者を出迎えるための予行練習が始まった。

 完全防備で身を固めたラキュースは比較的安全な人型の異形種と共に儀礼的な作法を一つ一つ教えていった。

 遠隔地を映し出すマジックアイテムと『伝言(メッセージ)』のお陰でアインズ達の影響を受けずに済んでいる。

 礼儀作法の書物も原住民であるラキュースには普通に読めるので、細かいところも伝えられた。一応、各国の作法も書かれている。

「ううむ。これは面倒な……」

 支配者である自分が最初から別の王の臣下(しんか)であるような姿勢を取り続けなければならない事を知ったアインズは唸(うな)った。

 当たり前だが、リ・エスティーゼ王国を統治しているのはアインズではない。

 これがセバスやデミウルゴスだったなら、と思うと冷や汗が出る思いだった。

『王の権力を後ろに持つ者を相手にするのですから、厄介なのは仕方がありません。屈辱的ではありますが、他の国も同様かと思われます』

 もちろん、それはアインズとて理解している。

 ただ、形式が面倒くさい。長々と説明を聞かされるのが我慢できるのか自信が無い。

「前もって知っておけば、怒りも和らぐか……」

『いいえ。これは形式的なもの。実際はもっと陰湿な言い方をしてくると思います』

 アインズは逃げ出したかった。いや、ほんとにマジで。という気持ちが強くなるが種族の特性により感情を抑制されてしまう。それが何度も。

 国を後ろ盾にするからには避けられない試練だという。

 貴族と仲を取り持てば更に我慢しなければならないことは増えていく。そして、それが貴族社会だ。

『自分でも不思議です。よくこんな世界に居たものだと』

「そなたも苦労したのだな」

『苦労どころではありません。……それは言っても仕方がありませんが。次は服装ですが相手より地味である方が良いのですが、細かいところを気にするのが厄介なところです。絶対にこれが正しいというところはありませんので……』

「……これ、帝国も同じなの?」

 だんだんと素の部分が出てしまう。

『おそらくは。大抵、使者はそういうものばかりです。私も何度も嫌らしい目付きで胸や尻をなめるように見られました。たまに舌なめずりするので何度斬り殺そうと思ったことか』

 別にアインズだけが特別ではなく、全てがそういう運命にさらされている。

『真面目なのは奇跡だと思ったほうがいいです』

「……はい」

 さすがのアインズも力なく返事をしてしまった。

 いや、そうなるだろう普通は。

 相手の欠点、粗(あら)探しばかりして自分の権力をアピールすることに余念がないのだ。

 そんな嫉妬心の塊のような連中が付き合いやすいはずが無い。断じて、と付けてもいいぐらいに。

 ラキュースが思い出せる範囲の嫌がらせは聞いているだけで何度殺そうと思ったか分からないほどだ。彼女が悪くないのは分かっている。

 何故、平伏しないのかね。膝を付きたまえ。何をする気なのだ。その仮面はなんだね、外したまえ。全く、常識も礼儀も知らんのか。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の分際で何を言っている。などなど。

 動くたびに難癖をつけられること多数。これを我慢できる人間は尊敬する、とアインズも思うくらいだ。

『私の知るまともな貴族はレエブン侯くらいです。しかし、彼にも立場がございますので、彼は選ばれないでしょう。選ばれたとしても色々と嫌疑(けんぎ)がかけられてしまうかもしれません』

「いやいや、色々と参考になった」

 急に復活したと思ったら厳しい指導が待っているとは。だが、それはラキュースのせいではない。そういう仕組みを作った者達のせいだ。

 彼女の努力を無駄にするのはヤントラでなくても許せないと思わざるを得ない。

『……ああ、それから……。ごくたまに知らない礼儀作法をさせようとして貶(おとし)める不届き者がおります。毅然(きぜん)として対応すればよいかと思いますが、私からは……、頑張れ、としか言えません』

「わかった。その意見は覚えておこう」

 うわ~、ムカつくはそいつ。絶対に殺すよ、きっと。と、アインズは思った。

 自分のことなら我慢できると自負していたが、無理そうだった。

 それでもそこまで教えてくれるのだから彼女も真剣なのだろう。

「実際の現場でも『伝言(メッセージ)』……言葉だけだが伝えられるか分からんが意見をもらえるか?」

『出来る限り努力させていただきますが、細かい品物については分かりかねます』

「……ああ、専門用語などか」

『はい。私でも分からないものがございます。貴族の嫌がらせはいつものことなので。魔法詠唱者(マジック・キャスター)だからと甘く見るはずなので……、申し訳ありません』

「よいよい。充分だ。交渉が終わるまで手助けしてくれれば後は充分に休むが良い」

『ありがとうございます』

 ヤントラをナザリックに向かわせたのは正解だったな。

 人質のようだが、今は利用できるだけ利用させてもらうぞ。

 

 対話期日の初日はリ・エスティーゼ王国から使者がやってきた。

 王の勅命(ちょくめい)を受けた儀典官(ぎてんかん)と護衛の二名がログハウスの前まで進んだ。

 彼らは数台の馬車を伴ってやってきた。

 二人共フードを頭から被っていたので顔は見えなかった。季節柄まだ寒くなっていないので中は蒸し暑いのではないかと思うほどだった。

 彼らの他は馬車の世話係くらいだった。

 ログハウスの入り口で使者を出迎えるのは戦闘メイドのユリだった。

「ようこそおいでくださいました。まずは中でおくつろぎ下さい」

 二人は互いに顔を見合わせてから建物の中に入った。

 ログハウスは木造でリビングは広く大きなテーブルが置かれていた。

 調度品も立派なものが使われている。

「まずはお掛け下さい。アインズ様は支度(したく)に時間がかかっているようなのでもう少しお待ちいただきます。その間、冷たい飲み物をご用意いたしました。お口に合うかは存じませんが……、もしお口に合わないようでしたら申し訳ありません」

 流れるような動きで喋りつつも二人の前に透明なグラスに入った飲み物を置いていく。

 ユリは所定の位置で直立不動の姿勢を取った。

「……おおっ」

 護衛のほうが驚きの声をあげた。

 儀典官はグラスを持って底を支えつつ丁寧な仕草で一口一口と軽く口に含んだ。

 その仕草はユリも少しだけ眉を上げるほどの興味を抱かせる。

 態度の悪い使者が来ると予想していたのでどんな悪態をつくのか気になっていたが、予想を裏切る形になってしまった。

 数分の時が過ぎても決して相手は何も言わなかった。

 護衛のほうが少し落ち着きがないような印象を受ける。

 グラスを取るときの手の印象から若い女性のように見えた。そして、とても自然で丁寧な仕草。

「………」

 静かな時が流れた。

 その間、姿勢を正して微動だにせず一言も喋らない儀典官。

 更に数分の後ユリに『伝言(メッセージ)』が伝えられる。実質十分ほどだが一時間近く時が流れたような長い空白期間があった。

「用意が出来たようなので、もう間もなくアインズ様がいらっしゃいます」

 二人は席を立ち、それから一分ほどで室内に異様な存在が姿を現す。

 それは薄汚れた色のローブ。仮面を被り、無骨なガントレットを嵌(は)めた姿だった。

「お待たせした。私がアインズ・ウール・ゴウン。ナザリック地下大墳墓の主です」

 儀典官のすぐ近くまでアインズは歩み、片膝を付き軽く頭を倒す。確認以外、最初は俯(うつむ)いたまま。

 平伏するのは臣民、平民と呼ばれる者達くらいだ。だが、あえて平伏させようとする者が居る。アインズは平伏を拒否しても問題は無い、と教えられた。

 相手よりも上位だと威張りたいだけで屈辱を与える目的しかない、とも。

「ようこそ、王国の使者よ。よくぞこの辺境においでくださいました」

 後ろに控えていたユリは平伏する格好になった。儀礼的なもので終わるまで顔は上げない。

「私はリ・エスティーゼ王国の儀典官。こちらは私の護衛の者。この度は国王の使者として参りました」

 儀典官の声が若い女性のものだったのでアインズは少しだけ首を傾げた。それとアインズの顔を見ても何も言ってこない。大抵は最初に指摘するはずだ。今まで出会ったもの達に共通している事とも言える。だが、それが無かった。

 儀典官は王国の封印が施(ほどこ)された羊皮紙を取り出す。

 赤い蝋(ろう)の封印をアインズに見せる。

「ご確認を」

 この時になってアインズは顔を上げる。

 アインズは条件反射的に手を出そうとしたが懸命に耐えた。

「申し訳ありません。私にはその印が何なのか存じ上げないもので」

「分かりました。これは国王の印です。見覚えがないのであれば仕方がありません。このまま封印を解かせて頂きますが?」

 貴族ならば印、国璽(こくじ)、御璽(みしるし)などと呼ばれるものは見ただけで分かるが平民などは知るよしも無い。なので分からなくても問題は無い。

 国王の印だと理解している者は確認した後で一度、両手をついて平伏する。

「そちらのご判断に委ねます」

 ここまでは言われたとおりに進んでいる。

 支配者として最初に膝をつくことになるのはユリとしては少しだけ納得は出来なかった。しかし、形式を重んじる王国が相手なので従うしかない。

 なにより自分達の居る場所は王国領だ。波風立てるのは得策ではない。

 それに今のところは何も問題なく進んでいる。

 聞いていた高圧的な態度や嫌味などもないのが逆に怪しく感じるほどだ。

 封印は赤い蝋で固められているので、護衛に渡して羊皮紙を痛めないように小刀で破壊する。そして、それを儀典官に渡す。

 手際の良い者なら壊さずに剥(は)ぐらしい。なので護衛は慌てて床に落ちた蝋を回収する。

 儀典官は武器を携帯していないから護衛に渡したのだ。

「では、王よりのお言葉を伝えます」

 アインズは習ったとおりに従っていたが何も知らなかったら最初に見せられた時点で受け取ろうとしていたかもしれないと思った。

 確認作業など全く気にも留めていなかった。

「貴殿のお力でか弱き村を救って頂き、深く感謝する。謝礼を直接致したいので王都までご足労願えられることを望む。……以上です」

 言い方が少し難しかったので、少しだけ考え込んでしまった。

 要するにお礼がしたいから王都まで来てくれ、ということだ。

「お返事は即答できかねますが……」

「この羊皮紙を持って来られればよろしいかと。これは通行許可書、城への招待状等の役目もありますので無くさないようにして下さい」

 クルクルと羊皮紙を巻き、紐で縛り、アインズに差し出す。

「あと、この紐は切れても問題はありません」

「はっ」

 最後の受け取りの際の返事については特にしなくても良いとのこと。最後の言葉次第では嫌味が来るかもしれない、とは聞いていたが何も指摘されなかった。

 片膝を付いた姿勢のまま前に数歩歩き、それを両手で受け取り頭を倒し礼を取り。そして、礼をしたまま後方に数歩下がり頭を上げる。

 あまりにも順調に進みすぎている。アインズは何かがおかしいと感じていた。

 そもそも何故、仮面を指摘しない。指摘された時のいい訳はいくつか用意しているというのに。指摘してほしいから仮面を付けているわけではないが。調子は狂う。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)の扱いはぞんざいだと聞いている。それも指摘しない。

「……では、我々はこれにて……」

「……これで終わりですか?」

「はい。我々の仕事は王の言葉をゴウン様に伝えることです。それ以上の事はありません。では、失礼致しました」

「……いや待て。なん~かおかしいだろう」

 きびすを返す儀典官にアインズは声をかけた。

「アインズ様。どうかしましたか?」

 ユリがすぐにアインズの下に寄る。

「そちらの馬車なり、乗せて案内するとか。そういったものはないのか?」

 もちろん、それらも想定されている。大抵がボロい馬車を勧められるとか。

「それは私どもの仕事ではありません。馬車なり魔法なりで出向いてください。ただし、入り口の検問は受けていただきます」

「自分で行けと?」

「今、ご自分でおっしゃいましたよね? お返事は即答できかねると。我々は無理に連れまわしたりは致しません。そちらの都合の良い日で構いません。何か問題でもありますか?」

 相手の言う事は正しい。ただ、あまりにも予想外だったから驚いているだけだ。

 おかしなところは無い。何も間違っていない。だが、何かがおかしい。

 というかこれが奇跡か、と思ったほどだ。

 

 こちらの出方が全て見抜かれている。そうとしか思えない。

 それはヤントラを相手にした時の様な嫌な感覚だった。

 だが、ヤントラは今、エ・ランテルの方に行っているはずだ。妻に任せたのだ。いきなり妙な小細工を仕掛けてくるとも思えない。

「い、いや、勘ぐりすぎただけのようだ。失礼しました。近日中には向かいますと、お伝え下さい」

「分かりました。では、失礼しました」

 二人が馬車に向かってすぐにアインズはラキュースに連絡を取る。

「どうなっている。あまりにも順調に終わったぞ。これが奇跡というやつか?」

 それはそれで構わないのだが、逆に怪しすぎて声が硬くなった。

『そ、その者たちの顔は……見ましたか?』

 ラキュースも信じられない、という驚きの感情が声として伝えられる。

「いや、フードで隠れていた。仮面も指摘しないし。変に緊張してしまったではないか」

 ここは怒るところではなく、指導してくれてありがとう、と誉めるところだが、それが出来なかった。それにすぐアインズは気付くが謝罪はしなかった。

 いい事をしたのに叱っている。多少は気まずいと思った。

『………』

 数分間の沈黙が続いた。その間、アインズは返答を待った。

「どうしたラキュース」

 出来るだけ優しく尋ねた。少し言いすぎた気がしたので。

 ごめん、自分が悪かった、と言えたら言いたかった。

 嗚咽(おえつ)するような苦しみぬいたような息遣(いきづか)いが聞こえ。

『……声は……どうでした?』

「若い女だったと思う」

 と、答えた時、ラキュースが呻くのが聞こえた。

 それは全身に激痛が走ったような声に似ていた。

 ラキュースから少し荒い息遣いが聞こえてきた。

「どうした、何があった」

『……まさか、ラナーなのか……。彼女が……直接……』

 呻くような、今にも泣きそうな声が聞こえてきた。

「誰だそいつは」

『……王国の第三王女……で、ございます』

「儀典官ではないというのか。そもそも王女かどうか……」

 フードで隠されていれば確認出来ない。

『……ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ……。……『黄金』の二つ名を持つ……、とてもとても賢(かしこ)い女性でございます』

「ラナー……、ヴァイセルフ、王女というのか。あれが」

 近くに居ても何も反応が無かったところからアインズに耐性は持っているようだ。

『私がアインズ様の正体を教えたので、仮面など何も意味はありません。だから順調にいったのだと思います。あれには……、小細工は一切通用しません。……アインズ様、何かお気に障ったのでしたら申し訳ありません……』

 うん、むしろごめんと言いたいし、ありがとうと言いたい。という気持ちだけは抱いた。

「……そうであったなら、それはそれでよい。嫌な思いもしなくて済んだ。ご苦労だったな、ラキュース」

 その後は何故か泣き声しか聞こえなくなったので『伝言(メッセージ)』は解(と)いた。

 本当にごめんなさい。最後にそういう気持ちだけは込めた。

「……賢い王女か……。ふむ。……侮れない人間というところか……」

 馬車は何事もなく去って行った。

 せっかく習った儀礼が無駄にならなかったし、ちゃんとできたから良かった。

 そういうことで自分を納得させることにした。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 本来最初に来るはずだった城砦都市エ・ランテル。

 ヤントラは検問に捕まっていた。

 王都から一番遠いのではないかと思う距離にある。

「ヤントラ・サルヴァスパ・デイル・アインドラ」

 形式的な挨拶から身分証明などを色々と提示する。徽章(きしょう)も同然確認される。

 デイルというのは洗礼名というのは分かったが、スイレン法国風と何が違うのかが未だに分からない。

 このエ・ランテルは現在、近日中に予定されている戦争に備えてたくさんの臣民が徴兵されて集められている。

 なので検問も時間がかかっていた。

 徽章(きしょう)には本物かどうか判別する魔法がかかっているらしい。なので照会すればすぐに結果が出る。

 アインドラ家は良くも悪くも有名な名家だ。

 一人貴族となっても名前は王国領内に轟いている。

 滞りなく都市に入れたヤントラは町の喧騒(けんそう)をしばし聞く。

 寄せ集めの軍隊で歴戦の騎士と戦うのだから士気は上がらない。

 それはさておき、飲食店を覗くと殆どが売り切れ。兵士の食料に回されているからだろう。

 武器店もめぼしい物は無い。

 来るのが遅かったせいかもしれないが仕方ない。

 冒険者ギルドに入ると、むさくるしい連中が顔を突き合わせて相談事をしている。

 会話の内容は分からないし、特に興味は無かった。

 例によって依頼内容を読む。簡単な依頼ほど読み易い。

 やはり受付嬢に指摘される。

「申し訳ありません。他の冒険者のご迷惑のなると思うので。依頼を受けるのでしたならば登録してからにしていただけると助かります」

 魔術師ギルドより冷たいかもしれない。

 再登録すればいいのだけれど、戦争が終わらない事には進み出せそうにない。

 帰ろうとすると足を引っ掛けられる。懐かしい嫌がらせだな思いつつ倒れる。

「おっと、失礼。俺の長い脚が邪魔したな」

 本当にこういうセリフを言う人がいるのはレアモンスター並みだと思った。

 むしろ、絶滅したと思ったくらいだ。

「こちらこそ、失礼した」

 冒険者でもないから嫌がらせを受ける謂(いわ)れはない。

 このまま外に出ると武器を構えた複数の冒険者に囲まれる、という図はさすがに無いだろうと考えつつ外に出る。

 複数の人間はいた。

 当たり前だが、通行人だった。

 

 治安の悪そうな都市だ。多少のトラブルはあるだろう。

 妻に手持ちの食料を半分、渡したがちゃんと食べているだろうか。

 さすがにアインズも嫌がらせはしないだろうが、少し心配でもある。

 習った作法が無駄になったとか、怒鳴るかもしれないな。

 それはお前の面が怖いからだよ、とでも言えばいいか。

 種族的なアレルギーがあるとは思わなかった。絶対に無いとは言い切れない。それがたまたまラキュースだっただけだ。

 さてと本屋でも探そうかな。あるといいな。

 徴兵制で集められた生きる希望を奪われたような人間達の間を掻き分けて様々な店に顔を出す。

 エ・ランテルは三重の城壁に囲まれている。一番強固なのが外周部の城壁。

 その城壁内に王国軍の駐屯地として利用させている。

 中心が中枢、倉庫などがある区画。

 ヤントラが散策しているのは真ん中の区画。市民エリア。

 それとこの都市は戦場が近い為に巨大な墓地が存在する。

 外周部の城壁内のおよそ四分の一ほど。

 墓地あるところにアンデッドあり。とはいえ今は店の散策が目的。

「……めぼしい店はあらかた閉店か……」

 紙が貴重なので書物は魔術師ギルドで扱っていた事を思い出す。アイテム類を売っている店も少ない。

 高額商品だからだろうか。そんなことを思っていると町工場(まちこうば)のような区画が目に入る。

 何所を見ても工房という雰囲気があった。

 期待できそうな雰囲気で一件ずつのぞいていく。

 ここでも戦争中と言う事で閉じた工房も目立つ。

 その中で開いている工房に入るとたくさんの植物が目の入った。植物の独特の香りが漂ってくる。

 薬草系だろう。店内は閑散(かんさん)として店員の姿も見当たらない。

 毒消しに麻痺、解熱(げねつ)などもあるのかなと思っているが文字は少し読みにくい。

 混ぜたら危険、なんだろう。

「いらっしゃませ~!」

 奥から急いでかけてくる少年っぽい声。

 作業中だったらしい。

「すみません」

 と、頭を下げて現れたのは目元を隠すような金髪の髪型の人物で、エプロンと思われるものは様々な染みがこびりついていた。

 えもいわれぬ匂いが店員から発せられた。

「……あ~、病気に効く……」

「あなたは!」

 少年は叫び、ヤントラの側にかけてくる。当然、匂いも強くなる。

 何の効能かは分からないが、匂いだけなら死にはしないだろう。でなければ少年が真っ先に死んでいる。

「僕です。カルネ村に冒険者と同行していた薬師(くすし)のンフィーレアです」

「見た瞬間に分かったけど、そこまで大きな声を出さなくても聞こえるから」

「すみません」

 ンフィーレア・バレアレ。

 フルネームで覚えられる人は少ない。大抵が名前で呼ぶからだ。ラキュースの名前だってアルベイン、アインドラのどっちだったか迷うほどだ。

 薬草を加工する薬師の工房。

「病気に効く薬草ですね」

「あと、口臭に良いものとか」

 ラキュース達のような女の子たちには必要だろう。

 高かったら諦める。

「分かりました」

「おや、お客さんかい?」

 奥から出て来たのは背の低い老婆だった。一瞬、小鬼(ゴブリン)かと思った。

 肉体的にもしっかりした老人に見えた。

「おばあちゃんのリイジー・バレアレ。薬師の世界では有名なんですよ」

「……すみません。全く知りません」

「あははは」

 手際よく、テーブルに様々な薬草や植物、それらの粉末などが置かれた。

 並べられてもさっぱり分からないけれど。

 あと、これを食べればいい、とか言われそうだ。

「これが解熱効果。毒消し。食欲不振だとこんなものがあります」

 妻に良い効果のあるものは場所を移動させる。

 メモ用紙に薬草名を記載。それを薬草に張るようにしておけば大丈夫だろう。

 効果や使い方も教えてもらう。

 

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