ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
食事を終えて施設内に作ってもらった訓練所。
二十メートル四方の石の土台で出来た簡単なものであるが、そこに登る。といっても十センチメートル程度の高さしかないが。
何枚かの布を敷いて、その上で筋力のトレーニングを始める。
石に直に座ったりするのは服や肌が荒れるから、という配慮からだった。
既にラキュース専用の移動式排泄所も作られ、至れり尽くせりな環境になりつつある。
排泄物は地上で作物の
堆肥が自分の排泄したものだと思うと食べる勇気は出て来ないが、一般の農村では当たり前の事なのでいずれは我慢して食べることになるだろう。というよりも以前、直に食べた気がするので文句は言えないなと自戒する。
人肉騒動から数日しか経っていないが自分の順応力の高さに驚く。
人食いメイドと恐れていた日々が嘘のようだ。
やはり思い込みが激しいのが原因なのだろうか。
基本的なトレーニング自体は特に問題なく身体はついてきてくれた。
階層内はとても広いので走り込みも可能。下の階層に響くことはないらしい。
メイド達は非戦闘員なので武器を持って戦ったりはしないとのこと。
上の階層は敵の迎撃の為に様々な罠があるのでとても危険だと教えられた。
地上に戻る方法は転移のアイテムを使う。ログハウスに行く分には許可されているので問題は無い。
ラキュースが身体を鍛えるのは逃亡のためではない。
夫に恥ずかしくない姿を見せるためだ。少なくとも共に旅する仲間として歩けるように。出来る事はなんでもやろうと思った。
アインズが用なしと判断し、アンデッドの材料や
淡い希望は抱かない。絶望を満喫してやろう。
何度強気で望んでも意外なほど自分は弱い。何度も
外に出ても自分には帰る国が無い。カルネ村にひっそりと両親と暮らすことも考えておくのも悪くないかもしれない。
一度は諦めた命だ。しかし、彼は何度も救ってくれた。それがたとえ実らぬ愛だと理解していても。偽りだろうと愛してみせよう。
地位も名誉も純血も捨てた。家名も国も捨てた。次は名前も捨てるのだろう。
最後の命を捨てるまで。
「……この身が朽ちて砂と化すまで……。……あなたと絶望を背負いましょう」
かっこよく決めつつも気がかりなことは残る。
クレマンティーヌはどうなったのだろうかと。
次の日、バハルス帝国からの使者がナザリック地下大墳墓の入り口となっているログハウスの前に訪れた。
スレイン法国からは未だに何も返答は無い。
数台の馬車を引き連れて降りて来たのは儀典官と護衛の兵士。二人共男性だった。
今回はフードではなくちゃんとした本物らしい。
儀典官は司祭風の格好で護衛の兵士も剣を帯びていた。
帝国式と王国式の違いは手の位置や頭の倒し方などの微妙なものが大半だった。
ユリが彼らをログハウスに案内しようとすると眉根を寄せた。
「何故、そんな
この返答はユリも説明を受けていた。だからこそ表情は崩れない。
「こちらがナザリック地下大墳墓の入り口となっているからでございます。ログハウス内は待合所としても機能しておりますので。長旅でお疲れの客人のもてなしも出来るようになっております」
「長距離を移動させておいてみすぼらしい建物に入らされるとは帝国も随分と侮辱されたものだ」
あからさまに不機嫌になる儀典官に対し、兵士は懸命に
「建物はみすぼらしいかもしれませんが、休憩できるのであれば入りましょう。こんなところで待っているよりかは……」
「客人をもてなすならそれなりの邸宅を用意するのが当たり前じゃないのかね? こんな丸太小屋に入らねばならんとは!」
ユリは軽くメガネに触れたが姿勢は崩さなかった。
人間の侮辱は想定内。だが、確かに直接言葉として聞くと少しだ不快に感じる。
このログハウスはアウラが製作した。正確には彼女が監督役としてシモベ達に建造させた。階層守護者への侮辱に耐えなければならないのはアインズの命令だからだ。
でなければ一言くらいは言い返していてもおかしくない。
ラキュースの話しでは仮にちゃんとした建物を用意しても難癖は付けられる。だからログハウスはそのままでいいと言われた。
ちなみにラキュースはログハウスの造りを誉めたのでユリも嬉しかった。
細かい調度品、テーブルの作りが丁寧で素晴らしいと。
変に
それを目の前の男は侮辱した。許可が出たらすぐ殺したい。
第九階層に居るラキュースも空気の入れ替えとしてログハウス内に来ることがあるし、草原で作っている畑の見学も許されている。ただし、正体がバレると騒ぎになるかもしれないので即席の仮面をつける。頭は布で巻いているが無くてもほぼ禿げ頭なので気付かれることは無いだろう。
儀典官の側に居る兵士はユリの胸ばかり見て話しはあまり聞いていないようだ。
「お飲み物もございますが……」
と、ログハウスの入り口に向かって手を指し示すユリ。
「長旅でしたし、中で休憩しましょう」
「君が休みたいだけじゃないのか?」
「そうですよ。儀典官殿はお一人でここで待っていますか? 正直に言えば中で休みたいです」
一人で草原に取り残される姿を想像し、儀典官は深くため息をついて兵士の言葉に従うことにした。
ログハウスの中に入ると木の香りが
ユリがいつも丁寧に掃除し、空気の入れ替えもこまめに行っているからだ。
「これは良い香りですな」
「使われている木材本来の香りだそうです」
「ふん。安っぽい木の香りより高級木材の方がもっと良いと思うがね」
ログハウスの木材は第六階層に自生しているものを使っているので高級かどうかはユリにはうかがい知れない。
二人は用意された椅子に座る。
飲み物を用意する間、ユリは『
ラキュースも高級木材については詳しくなかった。そこまでこだわりすぎるのは逆に気持ち悪いとさえ言っている。確かに通気性は大事かもしれないが高級だからなんでもいいとは思えない。毒性さえなければいいんじゃないですか、と付け加えられた。
ラキュースの印象としては気持ちが落ち着くし手触りも悪くない、という。
この木材はアウラが寝床にしている木の仲間だから人間種にも悪い影響は無いはずだとアウラ自身から言われた。
人によって感じ方は違うのかもしれないがユリとしてはラキュースの意見を大事にしたいと思った。
「長旅でお疲れでございましょう。主の用意が終わるまで今しばらくお待ち下さい」
二人分の飲み物を提供する。
「……おお、冷たくて美味しいですね」
と、最初に感想を述べたのは護衛の兵士だった。
「君! 得体の知れないものを飲んで平気なのかね」
「毒殺する理由は無いと思いますけど? それよりも冷たくて美味しいですよ」
「毒見にご不満がおありなら無理に頂かなくても結構ですよ」
毒見役が居ないし、毒消しの魔法がかかっているかどうかさえ儀典官は判断できない。
というよりは貧相な家が用意したものは飲みたくなかった。
儀典官が不満の表情を示す。それをユリは見てラキュースの言葉を思い出す。
プライドの塊であれば何を提供しても不満を示す。
事あるごとに難癖をつける相手だから怒りは極力見せてはいけない。
ユリとて人間ごときに短気は起こさないが不快感は消せない。
戦闘メイドとしてのプライドとして客人は最後までもてなす気でいる。
儀典官達のやり取りはラキュースも見ているはずなので、必要な事態になればすぐさま連絡が届く手はずになっている。
この儀典官の印象を尋ねたとき『これが普通なんです』という答えが返ってきた。
これより悪い儀典官はどれだけ不届き者なのだろうか、とさえ思った。
お供の護衛は胸と尻ばかり見ているようで、こちらも『はい。普通の糞野郎です』と言われた。
アインズの準備が終わり、ログハウスの奥から現れる。
前回と同様に地味なローブをまとう。
「お待たせして申し訳ない。私がナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウンです」
挨拶した後、儀典官達は席を立ち、少しだけ移動した。
「ここで陛下の報告をさせる気かね?」
「外よりは良いかと」
護衛の言葉に儀典官は少しだけ迷った。
ただ単に粗末な建物の中で皇帝の
「仕方ない」
そう言うと懐から赤い蝋で封印された羊皮紙を取り出す。
儀典官が羊皮紙を取り出したのでアインズは片膝を付き、ユリは後方で平伏した。しかし、ここでラキュースから連絡が入り、アインズにすぐに立つように言われた。
一瞬だけアインズは疑問に思ったが言われた通りにした。ユリも一応、立つように言われた。
「?」
儀典官は片膝を付いた相手が何故立ったのか理解できなかった。
「何故、平伏しないのかね?」
「ここは王国領内。いくら皇帝の使者とて平伏する理由はありますまい」
アインズの言葉に儀典官はあからさまに眉根を寄せて不快感を
「なんだと、貴様! 仮面について何も言わなかっただけ大人しくしていれば!」
「まあまあ、彼らの言う事も間違っていませんし。ここはまあ穏便に願いますよ」
「皇帝陛下に対してなんて無礼な奴なんだ。王国如きにいい顔されるのは迷惑だ!」
「こちらは礼儀を持ってお出迎えをしているのです。失礼なのはあなた方のほうではありませんか?」
失礼な相手に下手に出る必要は無い、とラキュースは言った。
皇帝本人なら平伏してもいいが他国の使者は一礼だけで良い。それに彼ら帝国と戦争をするのだから王国側は胸を張ってもバチは当たらない。
帝国に恩を着せるのであれば平伏してもいい。ただし、アインズの評価はかなり下がる。
アインズはなるほどと思い、素直に従った。ユリもその言葉に納得し感心した。
「ふん! まあいい。陛下からの親書をお預かりした」
アインズに対して乱暴な形で羊皮紙を見せてきた。封印の印は見えなかった。
「なんだね? これが何なのか分からないのかね」
自分で親書と言っているのにおかしなことを言っているとは思った。
「皇帝陛下の親書ですよね?」
「すみません。儀典官殿。そんな乱暴に扱わなくても……」
耳打ちするように兵士は儀典官に言った。
アインズは言われなければ下手に出た上に暴言を言われるだけ言われていただろうと思い、ラキュースに感謝した。
もちろん素直にお礼を言う心はアインズにもある。誠心誠意尽くす相手ならなおさらだ。
「……なんでこんな下賎なものに陛下の御印を見せねばならん。仮面も取らない無礼な連中に」
「私は
これはラキュースと相談して決めたセリフである。
かっこよさは一段とアップしたとアインズも自負している言い訳だ。そして、ラキュースは
ただ、顔を見て不快感を抱く、という部分は気分が沈んだ。しかし、素顔を見せるわけにはいかないので我慢した。
「……ほう。身の程を
その意見には少しムカついたが我慢した。難癖も耐えられるものと耐えられないものがある。直接聞くと腹はやっぱり立つものだと思い知った。
儀典官は印を見せずに護衛に渡した。どうしても見せたくなかったらしい。
兵士は苦笑しつつ小刀で封印を破壊し、儀典官に渡す。
羊皮紙を広げるがアインズは立ったままなので儀典官はどうしても眉根が寄る。
「平伏した……」
「儀典官殿。ここはバハルス帝国ではございません」
「わ、分かっておるわ! ああ気分が悪い!」
実際はこんな調子なんだとアインズは色々と残念な気持ちになってきた。こういう人間と話し合いはやっぱりしたくない。
それに比べてラナーと
帝国の国民なら平伏するところだが、他国の皇帝とはいえ平伏させるつもりで使者を送ってきたのなら無礼以外の何ものでもない。
よその土地で大きな顔をさせる必要は無い。けれどもアインズも他人の土地で大きな顔をしている。
矛盾はあるがラキュースは領土を持つ国に頭を下げるのが
「では、陛下の言葉を伝える」
と、言っても平伏しないアインズ。
儀典官にとって見れば何所の国の者だろうと皇帝に逆らうものは全て敵だった。
「貴殿の噂を聞き、是非とも帝都に招待したい。その魔法を滅び行く王国などに使わず帝国の為に使ってくれるのならば望みのものを与える準備がある。我々が後ろ盾になれば君を貴族として迎えることも
最後の方で儀典官は驚愕の表情になった。
自分で今一度、読み直したぐらいだ。
「皇帝陛下が直々に来られるというのか……。こんな
目を思いっきり大きくしている儀典官の肩を兵士は叩いて現実に戻らせる。
話しを聞いていたラキュースも驚いていたので凄いことなのは分かった。
「そんなバカな……。何かの間違いではないのか? いやしかし……、印は本物……」
どれだけ読み返しても文章に変化は起きない。
「文章は以上ですか?」
「あっ? ……挨拶に伺うので予定を開けてほしい、とのことだ」
「保証は出来かねますが善処致します」
アインズは軽く頭を下げた。
不機嫌な顔のまま羊皮紙を乱暴に丸めて紐で縛る。それを片手でアインズに突き出す。
アインズは両手で受け取った。
「確かに承りました」
いくつかある返事の一つを言った。今の状態ではこの言葉が適切だと勉強していた。
「では、我々はこれで失礼する」
そそくさと儀典官と兵士はログハウスから逃げるように去っていった。
第二の使者が去ったのを確認してからアインズはログハウスの椅子に座った。
「あ~、無事に終わったな」
「侮辱するにもほどがありました」
儀典官は結局は用意した飲み物は飲まなかったようだ。
あんな人間に飲ませなくて良かった。しかし、せっかく用意したものなので痛まないうちに誰かに飲ませようかしら、とユリ思った。
「では、ラキュース。あれで良かったのか?」
『はい。充分です。罪悪感を抱く価値はありません』
『
「……それで皇帝が直接来るらしいが……」
『普通は招く方なのです。国をすべる者が気軽に移動することはありえないことです。バハルス帝国の皇帝はかなりの
ラキュースの意見が聞けないとなると自力で頑張るしかない。
鮮血帝ジルクニフ。
様々な情報を集めているとはいえ人となりは分からない。
とにかく野心家。野望のためなら親兄弟を暗殺し、貴族の
『臣下の身でありますれば、皇帝との対話の経験がございません。こればかりはお役に立てそうにありません。ですが、基本的な作法で迎えたら良いと思います。服装も貴族を出迎えるものに変えましょう』
「地味な格好ではダメなのか?」
『王との謁見は騎士なら鎧の着用が正装と扱われます。
「つまり、相手に敵意を見せない方がいいのか、しっかり支配者としての姿を見せて力関係を見せた方がいいのか、ということか?」
前者を選べば相手の力に屈した事になる。後者は相手より強いことをアピールすることになる。
選ぶとするなら後者だろう。
「仮に前者を選ぶとどうなると思う?」
『……どちらの国にも
「良い。
『おそらくは。後者ならば力を貸してほしければ皇帝が頭を下げろ、と……。さすがにそれは言いすぎかもしれませんが……』
他国の皇帝に頭を下げなければならない理由は無い。
戦争に勝つ為なら手段を選ばないのだろう。頭くらい下げる皇帝かもしれない。
もちろん利用した後のことも考えてはいるのだろう。
「……カルネ村を襲うような奴らだ。下げる頭は無いな」
実際は他にも襲われた村があったらしい。その事実を突きつけたらどう答えるだろうか。
ラキユースに意見を求めてみた。
『仮に帝国の仕業だと仮定すれば……。部下が勝手にやったことと切り捨てるのではないでしょうか? それはリ・エスティーゼ王国も同じかもしれません』
襲撃はカードになりえない。それだけ分かれば良い。
ユリはアインズとラキュースが議論している姿を見て少しだけ驚いていた。
人間の言葉に真面目に様々な意見をぶつけていくアインズの真剣さが伝わってきた。そして、その疑問に対するラキュースも誠意を持って答えている。
礼には礼を持って応える人間はユリも侮辱したりはしない。そして、そんな彼女を供としたバスパを改めて尊敬する。
アインズは皇帝に対して支配者としての威厳を向けた方がいいと判断することにした。
「ラキュースよ。仮にバハルス帝国と組むことになったらどうする?」
『……ご判断はアインズ様に委ねます。何をどう選んでも私にはあずかり知らぬことでございます。……ただ、願わくば……、民の悲鳴、
無理に止めてくるかと思ったが、覚悟を決めた女性は強いものだとアインズは思った。
『もちろん戦争ですから多くの命が失われます。……しかし、一方的な虐殺だけは……、どうか……。いくら異形種といえど悪魔の如き所業でございます』
「……悪魔……。勝利者からは英雄と呼ばれるのではないのか?」
『ご冗談を……。命を軽く扱うものを英雄と呼ぶ人間は……、存在しません。居るとすれば悪魔のような人間だけでございます』
アインズは
勝利者なら誉めてくれる、という思いしかなかった。それが何故、悪魔と呼ばれるのかいまいち理解できない。
戦争でたくさん人を殺すのに違いはないだろう。
『戦争で悪魔と言われるものが居ないのは奪った命だろうと尊重するからでございます。アインズ様は今まで殺害したすべて者に感謝いたしましたか?』
経験値となってくれたものには感謝するだろう。だが、尊重までするかと言われると疑問だ。
『帝国側も王国の死者の
「はっ!?」
アインズが声を上げたのでユリは驚いた。
「何言ってんだ。負けた奴に金を払うのか?」
『戦後の賠償金は払うことになっております。引越しなどで相手国に住む時に
戦後賠償。アインズの嫌いな言葉になりそうな単語にまたも
しかも理屈が通っている分、反論が出来ない。いや、知っておいて良かったのかもしれない。ラキュースが悪いわけではない。彼女は正しく、責める事もできない。
自分がただ愚かだっただけだ。
「……耳に痛いな。そなたの意見は参考になる」
迂闊に戦争しようとしなくて助かったのかもしれない。
世界征服したら誰も文句の言えないシステムを構築してやろうかな、と少しだけ思った。
虐殺し放題。魔法の試し撃ち。人体実験し放題。
それはそれで誰も誉めてくれない気がする。うちのナザリックの面々は嬉しがるだろう。
それ以外の支持はきっと無くなるな。
人間の意見など無視してもいいのかもしれない。とはいえ敵対プレイヤーは
『悪党は私も殺します。ただ……』
「いや、分かっている。無意味な殺戮はするなと言いたいのだろう?」
『無意味……。命に無意味はありません。……アンデッドには何が意味があると言えるのですか?』
「んっ? ……そうだな。仲間……だろうか」
そう答えた後、数分間の沈黙があった。
『……今までのご無礼を……お許し下さい……』
弱々しいラキュースの声にアインズは自分の意見が通じたと思った。
『私は仲間も国も民も全て失いました……。夫以外の意味はありませんでした……。その夫も失えば……、生きる意味も無くなります……。申し訳ありません。愚かな人間風情の叶わぬ願いを聞いていただき……』
アインズは思っていた意見と違うことに驚いた。
仲間以上に意味のあるものは無いと思っていた。だが、ラキュースは大切なものを失いすぎた事に気付き、すぐには声がかけられない。
まだ少しラキュースには役に立ってもらわなければいけない気がした。どうすればいいのだろうかと必至に考える。
一旦、ラキュースとの会話は打ち切った。
「……英雄になるとは私が思っているものとは違うのかもしれない。このままだと悪魔、いや、魔王と呼ばれるかもしれないな」
それはそれでかっこいいかもしれないが、人々の支持を集める為に計画を進めているのだ。それを
人間側から英雄として扱ってもらうのだからラキュースを納得させなければ意味が無い。アインズはその事に気付いた。
人々の支持を得て有名になった彼女の意見は捨て置くにはもったいない。
それにラキュースのお陰で困った時にいちいち守護者を呼び戻さなくて済んでいるのだから話しはちゃんと聞こうと思う。
これがヤントラだったら殴り合いのケンカになっていただろうな。というかあいつの声を聞くくらいなら我慢できる。
ユリにラキュースが舌を噛み切っていないか確認に行かせた。
段々とラキュースがヤントラに似てきたような気がする。さすがは夫婦だ、と呆れつつも感心した。
数日後にリ・エスティーゼ王国の王都に検問を掻い潜って街中を移動する不審人物が居た。
正攻法では捕まる可能性があったので、夜中にどうしても秘密裏に入り込む必要があった。
全身を覆う外套をまとい、目的地に向かって歩いていると気配を感じて立ち止まる。
「私達の監視から逃れられると思うのか?」
「いい度胸だね。どこの組織?」
「……バカ正直に言う奴が居るか」
気配は三つ。声も三つ。それらは建物の屋根にいるようだ。
「……ちゃんと仕事してるねー。夜に入って良かった」
外套をまとう人物は無警戒に明るく言った。
「んっ?」
「どっかで聞いた声……」
外套から頭だけ出した。
短く切りそろえられた金髪に光り輝くような野獣の瞳。無邪気な笑顔は生粋の殺人者。
「クレマンティーヌ!?」
「漆黒聖典……。いや、元漆黒聖典か……」
「そ。こんばんは。蒼の薔薇のみんな。会いに来たよー」
にっこりと微笑むクレマンティーヌ。
声の主は同時に嫌な予感を感じた。
「もしかしなくても……、メンバー入りしたいと?」
「そういう約束しちゃったんだよねー。殺しなら得意だよ」
「……知ってるけどさ。いやマジで何なんだ」
ノイズがかった声で呆れつつ言った。
「……すげー。とにかく、なんかすげー」
「マジでクレマンティーヌを仲間にしたのかよ」
双子のティアとティナはクレマンティーヌの近くに降り立った。
急に襲ってくる相手なので警戒は解かなかった。
「話せば長いからさー。アジトに案内してくれる? リーダーの家なんでしょ?」
「……あんにゃろ。どうやって味方に引きこんだ? しかも私達に丸投げしたみたいだし」
無駄な話しは得意ではない三人はクレマンティーヌの前後を挟む形でアインドラ家に案内した。
四人目のガガーランは寝ていた。
家の中は少しだけ荒れていたが酷い汚れは見当たらない。
居間の中央にクレマンティーヌは座り込んだ。
「あれ、プレートはどうしたの?」
「途中で捨ててきた」
今のクレマンティーヌの軽装鎧には一つも冒険者プレートが付いていなかった。
どうりでチャラチャラとうるさい音がしなかったわけだ、と三人は思った。
「それで誰かに負けたとか?」
「あんたたちのリーダーのアンデッドだが生霊みたいな奴に負けたの。強かったよー」
「鬼ボスに会ったの?」
「仮面つけてて血だらけだったけど。装備品はリーダーのだったけど中身は別人かもね。アンリマンユとか名乗ってた。アンリちゃんって知り合い?」
「知らん。本当にリーダーだったのか?」
「魔剣キリネイラムを持ってて、
ティア達の想像ではヤントラだと思っていた。だが、クレマンティーヌが会ったのはリーダーそのものらしい。
アンデッドとなって彼女を倒した。というよりは憎悪が形を持ったのだろうか。
確かにリーダーの憎悪は破壊の女神級だったから不思議ではないかも、とそれぞれ思った。
「エ・ランテルのアジトに乗り込んできたから案内してあげたの。そしたらあっさり秘密の組織が壊滅しちゃってね。
想像したくない面白い結果があったらしいことは理解した。
「……
「壁に激突してたけど、丈夫だったよアンリちゃん。めっちゃ血吐いてたけど」
楽しそうに説明するクレマンティーヌだが、長旅の影響からか途中で倒れて眠ってしまった。
敵の住処というのに気持ちよさそうな顔をしているし、殺気も無い。
ティア達は彼女の武器だけ取り上げて、簡単な寝床を用意し、そこで寝かせた。
全身を縛り上げて起きても暴れないように。
生霊うんぬんは置いてもクレマンティーヌが蒼の薔薇に加入する事になるとは意外を通り越して
どうやって仲間に引きこんだのか知らないが、鬼ボスことヤントラだと思うが凄まじい御仁だと改めて驚いた。
翌朝、自身が縛られている事に気付きつつも目が覚めたクレマンティーヌ。
熟睡したのはいつ以来だろうかとぼんやり考えていると良い匂いが漂ってきた。
「起きたか」
聞き覚えのあるハスキーな声。すぐに殺気を振り撒くが、縛られている事を思い出し、観念する。
「……久しぶりにさー」
横たわったままクレマンティーヌは言った。
「いい戦いが出来たよ。自分の実力をあますところなく出せた。そして、負けた。ああいう経験はいつ以来だろうな……」
「見た目にはあんまりケガしてなさそうだけど……」
「……魔法で治してもらったからかな? 両腕をスパっ! とやられちゃって、最後に首まで持っていかれるところだったけど……。ああいう戦いはそうそうお目にかかれないねー」
「……積もる話しは後にして朝飯だ。……仲間にするにしても色々と大変だろう、これから」
仮面のイビルアイがクレマンティーヌの前に出来たての料理を置いた。
飲まず食わずの強行軍でリ・エスティーゼまで来たのだからお腹は空いていた。
手持ちの荷物も武器だけ。資金は秘密の場所に隠してあるけれど、後で回収に行かなければならない。
「リーダーの生霊か~」
「見覚えのある姿だったよー。……我は憎悪の具現。とかかっこいいこと言ってたし」
それぞれの脳裏にリーダーが言いそうなセリフだと思った。
ティア達はクレマンティーヌを解放し、飲み物も用意した。
彼女は暴れる事無く用意された食事を比較的、丁寧に食べた。
ちょっとがっつくような荒々しさを想像していたが
それでも元漆黒聖典第九席次。
決して弱くは無い。刺突武器のみで数々の敵を屠る掛け値なしの実力者だ。
「仲間になるとしても私、人殺しなら得意だよ」
「うちのチームって鬼リーダー以外、ヤバイ人しか居ないよね」
「むしろ君は天職かも」
「……ようこそ蒼の薔薇へ……ってマジで入れる気か!?」
ついノリでイビルアイは言ってしまった。
「普段は地味な諜報活動だけど。クレマンティーヌが入ったからって別に問題は無いと思うよ」
「あるとすれば信仰系
クレマンティーヌは家の中をざっと見渡した。
アインドラ家なのだろうけれど汚いし、調度品が
「この家は空き家?」
「私達は留守番しているの」
「旦那さんに頼まれてね」
やっぱり結婚してたんだ、とクレマンティーヌはぼんやりと思った。
「生活用品はほとんど処分したが汚いのは……、俺達の使い方が汚かっただけだ。ちゃんと風呂も使えるぞ」
「旦那さんはモンスター退治の旅に出てる。たぶん、カッツェ平野に行ったんだと思うから、まだしばらくは帰ってこないよ」
「その旦那さんも強いからね。鬼ボスもまんざらではないくらいだったよ」
食べながらクレマンティーヌの今後をどうすべきなのか考えてあげるのも悪くはないと思った。
新しい仲間。
狂気をはらんだ素敵な凄腕女戦士。
蒼の薔薇で面倒を見るには大変そうなので旦那さん、早く帰ってきて。と、ガガーラン以外が強く願った。
クレマンティーヌが蒼の薔薇と接触している頃にヤントラはバハルス帝国の帝都アーウィンタールに到着していた。
数日間の馬車移動はやはり苦手でほとんど寝てすごした。
カッツエ平野を出るとモンスターは殆ど見かけず、退屈ではあった。
例によって検問があるわけだが、ここはすんなりと通された。帝国最強の四騎士の威光は凄いらしい。
本来なら街でも案内したいところだが、伝令からの報告を受け、このまま帝都の中心地へと赴く。
明日には皇帝自らナザリック地下大墳墓に赴くということだった。
今のところ客人は馬車の中では大人しく寝袋の中で眠っているようなので起こさずにいた。
今の内に縛り上げておいた方が良いのかは迷ったが、後々面倒な事態になっても困るので脳内でだけ拘束した。
皇帝の住まう場所は帝都の中央にある皇城。
街のあらゆるところからでも見えるほどの巨大さと荘厳さを兼ね備えている。
ヤントラは武器は出さないと約束し、装備品と共にアイテムボックスにしまった。
「警戒はされるでしょうが、王都でも一緒だったので……。もちろん手は出さないように気をつけましたよ」
「アインドラ卿は我々を攻撃しなかった。それに先に手を出してしまったようだし、文句は言えないのだが……」
二人は城の中を歩きながら約束事をかわしていた。
魔法を使用すると『
城の中はとにかく広いし、廊下が長い。
階段も使い、かなり登っていく。
調度品も途中から飽きてくるほど飾られていた。
王都もそれなりに豪華ではあったが一回り以上は贅を尽くしているようだった。
権力の象徴は中身の豪華さにも比例するようだ。
「……
「口は悪いかもしれませんが、よろしくお願いします」
お互い軽く礼を交わした。