※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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C-14 蜥蜴人の集落に突っ込む

 生徒は少年少女が非常に多かった。

 入学に年齢制限は無いそうだが、若いうちに魔法の勉強をさせる施設と言うのは王国には無かったと思う。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)の扱いの差が窺える。

「……あの……アインズ……様とお呼びしたほうがいいのかは分かりませんが……」

「様でも殿でもいいよ。いきなり呼び捨ては危ないかもしれないが……」

 ヤントラは苦笑して答える。

「分かりました。アインズ様はどのような方なのですか?」

「魔法職に特化した魔法詠唱者(マジック・キャスター)。性格は人間に対しては残忍なところはあるかもしれないが部下達をほぼ全員大切にしている。例えば、こちらが裏切りを画策していることを逆手に取ることもやってのけたり。相手を油断させる事も手段の一つだから。そういう姑息(こそく)でしたたかな奴です」

 聞いているだけで嫌な予感しかしない存在なのは分かってきた。

「友好が結べたら力は惜しみなく出すでしょう。やりすぎなほどに。私としてはやりすぎは勘弁して欲しいですけどね。あのバカは程度知らずですから」

「程度知らず……。それは怖そうですね。……というか悪口言って大丈夫ですか?」

「昔からこうですから、今更な話しです。外に出たらお前をボコボコにしても文句は無いよな、とは言ってあるので」

 よく分からないが、なんか凄いと根拠も無く兵士は思った。

 教室をのぞくと生徒達がたくさん黒板に顔を向けていた。

「陛下は無事に帰還されると思いますか?」

「大丈夫でしょう」

 兵士の心配事をヤントラは即答で返す。

「帝国の国民に対して悪い印象を与えるわけには行かないので、その辺の気配りはすると思います。他国に配慮する気持ちくらいありますよ。知能の低いモンスターではありませんから」

「そ、そうですか」

「アインズの部下達はとても人間蔑視の色が濃いのですが、アインズ本人は人間を侮りません。皇帝に大柄な態度は見せないとは思いますが……。部下達の前では偉そうに振舞うかもしれません。屈辱だとは思いますが……、と伝えておいて下さい。あいつもたくさん部下を抱えているので……」

「分かりました」

 本当に申し訳なさそうな顔で言うので、本当に皇帝に無礼を働くかもしれないと思った。

 なんだか自分の家族が失礼なことをしてごめんなさいと言っているように聞こえた。

 

 授業中とはいえ今回は特別に見学を許可してもらい、中に入った。

 たくさんの生徒達が見知らぬ人物に顔を向けてきた。

 ヤントラは黒板とは正反対の後方に待機する。兵士は出入り口に待機する。

「そちらは王国からいらしたアインドラ卿です。この魔法学院の見学にいらしてくださいました」

 兵士の説明に生徒達からどよめきが出る。

「皇帝陛下からの許可は頂いておりますので」

「何故か領地を没収された貧乏貴族です。よろしく」

 にこやかにヤントラは生徒達に挨拶した。しかし、兵士は少し驚いた。

 ヤントラの細かい情報を持っていなかったからだ。

「それ貴族なの? というかスパイ法に引っかかると思いますが……」

「……でも皇帝陛下が許可したんでしょ?」

 クラスは騒然となったが一人の女生徒が立ち上がり、周りを静める。

「お静かに願いします。王国だろうとお客様の前です。帝国国民として恥ずかしい姿を見せてはいけません」

 ヤントラは腕を組んで女生徒を見つめた。

「失礼致しました。……それでアインドラ卿は……ご見学だけでしょうか?」

「冷やかすか、見学して大人しく帰るか。その二つかな」

「……大人が子供に悪ふざけとは……、あまり良い趣味とは言えませんね」

 眉根を寄せてはっきりと言い切る女生徒。

 真面目な生徒はヤントラは嫌いではない。

 いい趣味だとは自分でも思っていない。

「……そうだね。ついでに数万の民兵に大量虐殺魔法を使う奴に会ったら言ってくれ」

「はっ!?」

「すまない。ただの愚痴だ」

 疲れたような、冷静な顔のヤントラ。

 明日の皇帝の対談で一つの運命は変わる。

 自分の出来ることはやれるだけやった。後はどう未来は決まっていくのだろうか。

「愚かな大人に教えていただきたい。今はどんな事を学んでいるのですか? 魔法というのは分かってますから」

 ごく自然な態度でヤントラは女生徒に尋ねた。

「第二位階の魔法に関わるものでございます」

「具体的には?」

 女生徒は少しだけ眉根を寄せる。

 部外者であり、敵国の人間に何故説明しなければならないのだろうか。

 現在行っている授業は第一から第三位階まで基礎的な講義である。

 歴史や魔法内容も多少は含まれていた。

「それをあなたに……、教えなければいけないのですか?」

「出来れば……。簡単なもので結構ですよ。それほど私は賢くありません」

 出入り口の兵士は顔色を悪くしながら見守っていた。

「では、簡単ながら」

 と、女生徒は教科書と思われる書物を開く。

 第一位階は魔法使いの基本。第二位階は相当努力したものが到達できる領域。第三位階は天才と呼ばれるものが到達できるほど領域。

 それ以上の位階はもはや一般人には想像できないもの。

 というのを本当に大雑把に説明してきた。

「一般生徒で第三位階はごく少数しかなれない……、そんな内容でございます」

「……う~ん」

 改めて聞くと哀れな気がする。

 自分たちは労(ろう)せず高い位階魔法を習得できる。もちろん条件の厳しい魔法は存在するし、職業(クラス)よって覚えられないものもある。

 アインズなどは桁外れに様々な魔法を習得している。それらを生徒達が学んだ程度で使えるとは思えないし、それが君たちの敵となるかもしれないなどと言えるのだろうか。

 努力する人間は嫌いではないし、才能の無い人間であっても努力するものは尊敬する。

 ヤントラ自身も才能は無いが努力はしてきた。

「ちなみに君は魔力系などの系統で得意なのはなんですか?」

「私は信仰系でしょうか」

 ヤントラがじっと見つめてくるので嫌らしい人間だなと女生徒は思った。

「……学ぶのは自由か……。我々の場合は職業(クラス)によって覚えられる魔法が決まってくる。信仰系は魔力系の魔法は覚えにくい。出来ないわけではないけれど……。戦士職である私は高い位階はアイテムに頼るところが大きい」

「マジックアイテムですか? それならば色々と可能なのでしょう」

「帝国はどう考えているのかは分からないが、魔法職は攻撃力が下がる。接近戦に弱いし、装備も魔法専用にしなければならないのだろう?」

「はい」

「君達はモンスター退治が将来の夢とかかい?」

「そこまでは……。魔法とは何かを学びたいです。将来のことはまだ考えておりません」

 女生徒の言葉にヤントラは満足そうに頷いた。

 未来ある若者は夢が溢れていて素晴らしい。

 それでも将来は暗い。暗黒に染まっている。生徒達の為に明るく切り開けるのかは分からないし、そこまで出来るとも思えない。

 世界の蹂躙は静かに始まっているのだから。

「そういえば『クラス』と言っていましたが、何のことですか?」

「職業のこと。経験を積んで振り分けていく。新たな分岐を選び、より多彩に能力を得ていく。これにも条件があり、なれない職業(クラス)は存在するし、限界もある。君たちには通じない概念かもしれない」

「……そんなの聞いたことない……」

「そうだね。きっと色々なところで違うんだろう。私の知っている魔法の効果とは違う現象も色々とあるようだし」

 真面目に受け答えをしているヤントラは兵士が考えていた以上に優しい人間に見えてきた。

 それとも女生徒と話しているからだろうか、とつい思ってしまった。

「人間は一度に覚えられる魔法は三つずつ。全ての魔法を行使することは出来ない。私だと単純計算で二百七十個となってますが、下位の魔法を数十個しか覚えてません。暗記は苦手なので……」

「はっ? 二百……?」

「混乱(コンフュージョン)。軽傷治癒(ライト・ヒーリング)。中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)。早足(クイック・マーチ)。天使の召喚。ディテクト……なんとか。飛行に……なんでしたけっね。攻撃魔法は……火球? アローの方だったかな? アイテムに頼りすぎて分からなくなりました。ああ、支配(ドミネート)もありましたね。睡眠(スリープ)もあった」

 聞いている物が本当だとすると、それはそれで凄いと女生徒は驚きつつ思った。

 中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)はどの程度が中傷なのか分からないので、あまり使用しない魔法だった。

 毒や石化も治す魔法を持っていたっけとヤントラはつぶやいた。

「それほど扱えるのですか? 第三位階も入っていたようですが……」

「補助魔法は必須ですから。回復もアイテムだよりとなると困りますので」

「嘘だ!」

「じゃあなんかやってみろよ」

 という声が上がった。

 兵士も魔法の行使を見てくるように言われていた。それこそ手段を選ぶなと。

「アインドラ卿。せびとも生徒達に後学の為にと……。お願いします。多少は物を壊しても構いません。陛下が補償してくれます」

 言った後で兵士はすぐに自分の口を塞いだ。思惑がバレた、と。しかし、ヤントラは既にある程度は見抜いている気がしたので少し恥ずかしくなった。

「そうですか? ……軽いところから〈天使召喚(サモン・エンジェル)〉」

 前に手をさがし魔法を唱えると教室の中央に炎の剣を持った銀色の鎧に包まれた天使が出現した。

「きゃー!」

「うわっ!」

 生徒達が一斉に天使から離れていく。

 出て来たのは『炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)』だった。

「せっかくなので実物に触ってみては? 剣は危ないので気をつけて下さいね」

 口先だけだと誰もが思った。それが現実に実行されると驚愕しかない。

「スレイン法国では一般的に使われているらしいですね。私としてはもっと上級の天使を見てみたいものです」

 天使は特に何も行動せず、空中に滞空したままだった。

 ヤントラはもう一度、魔法を唱える。今度は姿は同じだが武器は杖になっていた。

 『風の上位天使(アークエンジェル・エア)』魔法に特化している天使だ。

「召喚されたモンスターは一定時間が経過すると消えますのでお早めに」

「天使って攻撃に耐性を持っているんですよね?」

「始めて実物をこんなに近くで見たわ……」

「アインドラ卿はアンデッドも使役できるのですか?」

「アンデッドは……嫌いな部類です。それと、なんでも召喚出来る訳ではありませんよ。何かアンデッドに関して気になることでも?」

「ただの興味本位でございます」

 兵士が頭を下げて謝罪したことに生徒達は驚いていた。

 敵国の人間を恐れているような雰囲気を感じたからだ。

 帝国の兵士といえど王国の人間に頭を下げるのはプライドを捨てた負け犬と同義。

 一部の生徒は怒りを露わにし、ヤントラを睨みつける。

 天使が未(いま)だに浮いているので行動には移せない。

 長居(ながい)をしている余裕がない事を思い出し、天使を早々に退去させた。

「次に行かなければ……。皆さん、失礼しました。もう少しゆっくりと見学したいところですが、頑張って下さい」

「は、はあ」

 生徒達があ然としているうちに教室から退出した。

 

 廊下に出て、すぐさま帰ろうとするヤントラに兵士は急いで追いすがる。

「ご満足いただけましたか?」

「満足というか……。授業内容をもう少し見ないことには……。それはおいおい考えます。なにやら色々と失礼なことばかり。申し訳ありません。魔法については専門家に聞くのがよいでしょう。この後はすぐに出ます」

 兵士が無理に引きとめる事も考慮していたが、面倒ごとを嫌ったためか兵士は黙ってついてきてくれた。

 急がなければならない理由はただ単に妻の顔が見たい。それだけだ。それにせっかく買った薬草類も渡さなければならないし、家の事も心配だった。

 都合のいい転移魔法でも使えれば楽なのだろうが、今はナザリックに向かい皇帝と鉢合わせなどになって会談が混乱しても仕方が無い。

 戦争を起こす人間にこれ以上の心配も無用だろう。

 そう思いつつ検問所を抜け、兵士に別れを告げてトブの大森林に向かう。

 事前の情報ではゴブリンを始め、数多くのモンスターが生息しているらしい。

 亜人の村もあるとか。

 本来ならゆっくりと散策する予定だったが、強行で突破していくことにした。

 位置としては王都に向かって一直線に『飛行(フライ)』で突っ切る。途中で出会うモンスターは無視する。

 王都までの道のりは早くて二日はかかるだろう。

 『早足(クイック・マーチ)』で真っ直ぐ飛ぶようにも進んでみる。迷ったら上空に向かえばいいのだが、自分の取得した職業(クラス)に感謝する。

 夜伽(よとぎ)の技術向上がクノイチ(女忍者)の能力かと思ったが、さすがにユグドラシルではありえないだろう。この世界特有に最適化されたのかもしれない。

 それはそれとしてニンジャ(忍者)のごとく移動できるのは素晴らしい。アサシン(暗殺者)の能力だよ、と言われるかもしれないが、気分的にはニンジャ(忍者)だ。

 それで諜報活動がヘタクソなのだから能力の無駄遣いだ。

 木々の間を縫(ぬ)ったり飛び跳ねたりと、よくまあ酔わないものだ。

 たぶん、色々な監視の目には引っかかっている気はするがモンスターは今のところ出会っていない。または無視しているから後ろから追いかけられたりしているのかもしれない。

 ある程度、進んだところで『生命感知(ディテクト・ライフ)』をかける。忘れていただけだ。

 すると周りからたくさんの生命体の存在が感じられた。主に後方が多かった。

 そんなことは気にせず突き進む。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 トブの大森林は巨大な木がたくさん生い茂っていて森の香りが鼻腔をくすぐる。

 自然豊かで人間の開拓が殆ど無い。

 蔦が襲ってくる事があるが『絞め殺す蔦(ギャロップ・アイビー)』というモンスターだろう。それは適当に切り裂いておいた。

 他にも動物系というか魔獣のようなモンスターも居たが、これらも適当にあしらって進む。

 巨大モンスターは今のところ居ないようだが、手ごろな狩場といえなくもない。

 それにしても移動手段を考えなければならない。

 正直、面倒くさい。

 やはり馬など騎乗系を考えておかないと拠点に戻るのが遅くなってしまう。

 ナザリックと拠点が離れ離れになっているから妻とは会えない。自宅も心配と色々と悩みの種が尽きないな。

 やはりソロで活動すべきだったのかもしれない。

 後悔しても仕方が無い。ラキュースを手に入れてしまったのだから大事にしなければ。

 更に魔法を掛けて移動していると前方に生命体が複数固まって動いているのが分かった。しかし、まだ森の中。小鬼(ゴブリン)などの集落なのか、他の集落なのかは分からない。

 とりあえず、見てから判断すればいい。

 森妖精(エルフ)の集落なら仲間が居るかもしれない。さすがに『あの二人』が居たら目立つよな、などとヤントラが思っていると不意に開けた場所に出た。

 数時間も木々の間を飛び跳ねるように移動していたので、掴まる場所が無く、慣性の法則に従うように飛び出してしまった。

 咄嗟に『飛行(フライ)』を使ってみたものの慌てたせいか、勢いが止まらず何かに突っ込んでしまった。

 途中で何かが叫ぶ音が聞こえたが、転がる頭ではまだ状況が判断できない。

 大森林の中にはいくつか開けた場所があるにはあったが、油断していたのかな。

 『生命感知(ディテクト・ライフ)』に少し意識が傾きすぎていたのかもしれない。

 足を取られることはわりとあったので、今更躓くのも滑稽だろう。

 自分の意識は主に上半身部分に集中しているから仕方が無いことだが。

 ジェンダーフリーの身体は下半身がおろそかになりやすいらしい。

 ベアトラップにも引っかかる盗賊(ローグ)系。

 人間種としては致命的。というかトラップに引っかかり易い体質になっているのかもしれない。

 トラップ慣れは自負しているが、もう少し慎重に行動せねば。

 感覚としては集落の家を数件ほどぶち抜いてしまった気がする。

 木の枝で作られた簡素なものだろう。ヤントラの身体ではいとも簡単に破壊できてしまう程度の脆い造り。

「……グゥゥ」

 地の底から湧き上がるような唸り声が聞こえた。

 家を壊せば怒るだろう。それが普通だ。

 それにしても勢いと言うのは怖いなと思った。

「……人間か……?」

 目の前にあった殺気が消えて驚きの声に変わる。

「言葉が通じるのであれば……。申し訳ない。不意に姿勢が制御できなかった」

 というよりかは自分が今、どういう体勢なのか分からない。

 たぶん、何かに頭を突っ込んでいるのだろうが、混乱した頭を静めるのに数十秒はかかった。

 脆(もろ)い家のお陰で大したケガは無いようだった。骨折程度はしていても問題ない。

 こういう時に『中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)』が役立つだろう。

 魔法を唱えつつ、姿勢を正す。すると目の前に爬虫類が立っていた。

 モンスターかと思ったが他にも爬虫類が居ることに気付き、頭を振る。

 

 トカゲから二足歩行に進化したような風体で全身を硬い鱗で覆われたモンスター。

 『蜥蜴人(リザードマン)』だろう。

 太い尻尾で身体を支え、手足は鋭い爪を持つ。

 そして、人語を解する知性のあるモンスターだ。

「……つまり蜥蜴人(リザードマン)の集落か……」

「人間の襲撃だと思って警戒している。お前は敵か?」

「家に帰る途中だった。いや~、すまない。……はあ。大森林を突っ切ってきたので、集中力が切れたのかな。……疲れた」

 敵意のない事を示しつつ辺りを見回す。

 凶暴な風体で武器まで手にして居る者が居た。

 数件の家を破壊したのだから怒るのは当たり前だ。

 立ち上がって刺さっている枝とか無いか確認してから改めて蜥蜴人(リザードマン)を見据える。

 人間よりも背丈は大きく、引き締まった筋肉のように見える身体。

 緑と灰色が混ざったような色合いの皮膚。

 どうみても爬虫類型の亜人だ。

 胸には刺青(いれずみ)のような印があった。

「……まあとにかく……、家を建て直そうか……」

「そ、そうだな」

 瓦礫(がれき)となった家から出るとたくさの蜥蜴人(リザードマン)がヤントラを取り囲んでいた。

「……ごめんなさい」

 言い訳らしい言葉が浮かばないので、まずは深く頭を下げて謝罪した。

「誰も死ななかった! とにかく、壊れた家を直そう」

 蜥蜴人(リザードマン)が叫んだ。

「家の建て方は分からないけど、片づけからやりましょうか?」

「あ、ああ。あんた、それより身体は……大丈夫そうだな。まずは……」

「人間っ! 何しに来た!」

「待て! この人間は家に帰る途中だと言った! 我らを恐れていない!」

「恐れていないからって甘く見てはいないよ。確かに家を壊したのは申し訳ないと思っている」

 みんなに声をかけている蜥蜴人(リザードマン)にヤントラは言った。

「……ところで家の建て方を知っている人……、人としておこう。片付けはするが作り方はちょっと分からない」

「……それより俺たちと平気で話しているが……、人間は大抵、驚くと思っていたが……」

 刺青(いれずみ)の蜥蜴人(リザードマン)は不思議そうにヤントラを見る。

「人間の以外の多種族の知り合いが大勢いたからね。蜥蜴人(リザードマン)くらいでは驚かないよ」

 二人が話しているときに、他の蜥蜴人(リザードマン)の中から一人だけ雰囲気の違う者が進み出た。

 印象からは彼らの中では偉い人の部類だとヤントラは思った。

 いかにもリーダーという雰囲気が感じられる。

「兄者! この者は敵意を示していない。敵対するより家を……」

「家が直ったら出て行け」

 静かにリーダーは言った。

 凶悪な顔をしている爬虫類の表情の変化は分からないが、現状を憂いているのは分かった。

「君がリーダーか。話しが早くて助かる。では、まずは瓦礫を片付けますか」

「皆も手伝え」

 有無言わさずリーダーは言った。

「〈天使召喚(サモン・エンジェル)〉」

 ヤントラは連続して魔法を唱えた。

 上位天使よりも下位に位置する一般的な天使達で大きさも小柄。それが三十体も出現した。

 手があり銀色に身体が輝いているが殆どが宙に浮いている。

 回復系、魔力系、精神系と多岐に渡る魔法を個別に使うが、一体につき三個か四個くらいしか魔法は持っていない。モンスターとしては初期の雑魚と変わらない強さだ。

「さっ、みんな。家ごとに木材を運び出して」

 天使が急に現れたことで蜥蜴人(リザードマン)達が騒ぎ出した。

 総勢三十体も急に現れればびっくりしない方がおかしいのかもしれない。

「すごいなあんた。一人でここまで魔法を……」

 刺青(いれずみ)の蜥蜴人(リザードマン)は感心していたがリーダーは未だに驚いているようだった。

「あれは時間が経てば消えるので。それと……少し休みます。飲まず食わずで移動してきたので」

 ヤントラはその場に座り、懐から保存食と無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)を床に置いた。

 床というか地面に。

 

 基本的にヤントラは食欲さえ満たせば保存食と水だけでも事足りる。

 人間種という身体は飢えには勝てない。

 弱体化するとステータスがHPとMP以外が半分以下にまで落ち込む。

 飢餓(きが)から脱すればすぐ戻るのだが、限界に達するとHPが減っていく。

 身体に変化が起きないアバターのせいでいつ食事時は適当だった。

 一日一回以上を最低でも何か食べるようには心がけている。

 一週間近く絶食しない限りは持つので毎日の食事は必要ないのだが、つい忘れてしまうのでラキュースが居た頃はちゃんと食べるようにしていた。

 料理の質はどうでもいいのだが、妻の手料理は気分的に良いものだった。

「どっから来たんだ、あんた」

「バハルス帝国から……。リ・エスティーゼ王国に帰る途中……」

「王国の者か……。天使はスレイン法国の者が使役していると思っていたが……」

「法国とは関係なく、天使は好きなモンスターなので。あなたは人間文化に理解があるようですね」

 そう言うと刺青(いれずみ)の蜥蜴人(リザードマン)は驚いたようだ。

 多種族と交流があるなら蜥蜴人(リザードマン)の生態くらい知っていてもおかしくはないかもしれないが、それにしても随分と落ち着いていられるものだと感心していた。

 数分の休憩を挟み、天使達の仕事も終わりを迎える。

「木材を丁寧に並べてくれるとは……。ここまで出来るのか魔法は」

「ところで……、皆さんは何を食べて生きているのでしょうか?」

「んっ? 我々は人間は食べない。……食べる奴も居るかもしれないが」

「果物とか野生動物とか? 狩猟文化の種族のようですが……、モンスターも食べたりとか?」

 何故、そんなことを聞くのだろうと蜥蜴人(リザードマン)は首を傾げた。

 人間だから我らに食べられると思っているのだろうか。

 

 並べられた木材は他の蜥蜴人(リザードマン)達が協力して壊れた家を再建し始める。

 比較的、綺麗に壊れたので直すのは用意だったようだ。

「人間なら分かるだろうか。俺は魚を養殖している。食糧事情が逼迫(ひっぱく)しているんだ」

「それほど詳しくないけど、食料の確保は大事ですよね」

「兄者。この者が帰る前に少しだけ時間をくれ。頼む」

 刺青(いれずみ)の蜥蜴人(リザードマン)がリーダーに平伏した。

「旅人のお前が勝手にやる事にいちいち許可を求めるな」

「ありがとう、兄者」

 刺青(いれずみ)の蜥蜴人(リザードマン)は自分の壊れた家にヤントラを案内した。

 すぐ直せるからと言っていたが見晴らしが良い状況にヤントラも申し訳ない気持ちになってくる。

「生簀は完成した。餌やりもしている。何度も失敗してきたがようやく少しずつ増えてきたんだ」

 蜥蜴人(リザードマン)の食糧事情は本当に危機的状況であると熱弁してきた。

 それによって他の部族と争いになったりした、とも言った。

「その湖は綺麗ですか? 山からの水はちゃんと流れ込んでますか?」

「た、だふん。生簀(いけす)もモンスターに壊されたりと大変だった」

「モンスターはおいといて。水草は豊富ですか? どんなところだろうと餌となるものは必要です。魚は餌だけ与えれば増えるような単純な生き物なら苦労はしません」

「う、うむ」

「魚は呼吸する生物です。酸素もない汚い湖に放ってもすぐ死にます。環境造りが大切なんですよ。周りの土の質とか」

「餌ではなく、土?」

 自分も随分と試行錯誤を重ねてきたが、失敗の原因はなかなか自力では探れない。そんな事を随分と長く続けてきた。

 

 蜥蜴人(リザードマン)は簡単な地図を描き、養殖場の場所を説明した。

「湖の水の入れ替えが常にできる様に山からの水の流れには気をつけること。沼地に放り込めば魚は窒息すると思います。酸素を確保出来れば平気なものも居ますが、そこら辺は分かりませんね。水にも栄養が必要です。そして、その栄養は周りから水に溶け込んできます。餌は魚が好むものでいいのですが、やりすぎて水質を悪化させないように。ここが養殖業の大変なところです。手間ひまがかかる。水草は魚の呼吸に関わってきますから結構大事ですよ。光合成で酸素を作り出しますから」

「……凄いな、あんた。環境づくりか……」

 蜥蜴人(リザードマン)はつい聞き入ってしまった。

 ある程度の専門的なことは理解出来るのでヤントラの説明も納得は出来た。しかし、水草のことまでは考えていなかった。

 水質管理はなんとなく大事だと理解しているが、周りの環境まではまだ気にも留めていなかった。

「絶対にやってはいけないのは。湖の水面を水草で覆うことです。自生せずに浮くだけのタイプはすぐに取った方がいい。やたらと増える水草というものがあり、それは環境悪化に繋がります」

「はい。そういうものは無いと思いますが、気をつけます」

「水面が塞がると水中生物は窒息したり、他の水草が光合成できなくて死んでしまうからです。周りの土は植物が育つものならいいのですが、生物を寄せ付けないものは堆肥や畑を耕(たがや)すような感じで生きた土にすると良いかもしれません。それ以上は私にも詳しく説明は出来ませんが……」

 今はもう失われてしまったヤントラの現実環境の世界。

 自然な環境を持つ世界は大切にしたい。

 ギルドメンバーの一人『ブルー・プラネット』がよく話していた。

 大気汚染、水質汚染、土壌汚染。

 汚染された世界では生物は生きにくい。

「水質と土壌(どじょう)さえしっかり管理できればいいのですが、自然を相手にするのですから簡単にはいきません。モンスターとて腹が減ればなりふり構いませんよね。そこら辺は人間社会と変わらないと思います」

「色々とご意見を頂き、ありがとうございます」

 蜥蜴人(リザードマン)が丁寧にお礼を言ってきたので、ヤントラも頭を倒した。

「このたびは……家を壊したりとすいませんでした。すぐ帰りますから。……王国側って分かります? 王都の方ですけど」

 リザードマンは地図から大体の方角をヤントラに教えた。

 貴重な情報でもあるし、犠牲者が出なかっただけ良かった。

 天使達を退去させ、一通りの蜥蜴人(リザードマン)に改めて謝罪し、ヤントラは王都に向かって飛ぶように去っていった。

「……人間の中にも凄いやつが居たものだ」

「俺達の事全く怖がらなかった。……そういえば……名前聞いてなかったな」

 兄弟の蜥蜴人(リザードマン)はしばしヤントラが去った方角を見つめて、家の再建の手伝いに走る。

 それほど労働していなかったが食料を補給出来ただけでヤントラの身体は少し楽を感じていた。

 蜥蜴人(リザードマン)の集落も中々に興味深い。

 人間的な思考を持っているし、礼儀も兼ね備えている。

 文化交流できれば、と思っている間に絞め殺す蔦(ギャロップ・アイビー)が首に絡(から)まってきた。

 首がボキっと鳴る音が聞こえたが、すぐさま回復魔法を言えるうちに唱える。

 弱いモンスターとはいえ、不意打ちは効くなとヤントラは思った。

「……首回りの防御も考えておくか」

 と言いつつモンスターを切り裂く。

 今の装備で首を守れそうなものがあっただろうか。

 とりあえず『生命感知(ディテクト・ライフ)』を忘れずに展開し、移動する。

 大森林を出る頃には日も暮れてきた。突っ切ると言ったものの相当な距離はあった。

 披露もだいぶ蓄積しているだろう。

 トブの大森林を抜けて最初に目に付く都市はエ・レエブル。

 名前からレエブン侯が治めているのだろう。

 今回はそこは突っ切り、と言いたいところだったがエ・レエブルの宿屋に泊まることにした。

 検問所の人に身なりが汚れている貴族として変な目で見られたが徽章は本物なので通された。

 貴族らしい服は持ってきてないので仕方がない。

 食事が出来て泊まれるところなら文句は無かった。

 宿屋の寝台に横になったらもうすぐ熟睡できた。

 翌朝になり、今まで忘れていた事を思い出す。

「貴族でアサシン(暗殺者)って何なんだ」

 木々の間を飛び跳ねる貴族。

 つい二度寝したくなるが、王都まではあと少しだ。

 レエブン侯に会う予定は無いので、食料の買出しをしてから都市を出る。

 蒼の薔薇に任せた家がどうなっているのか、少し心配だが考えても仕方が無い。

 数時間後に到着した王都は煙とか破壊の後などは無く、検問所も特に異常は無い様だったので安心した。

 冒険の旅はもっと余裕を持って行いたいものだ。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 我が家に戻った気分でアインドラ家に向かうと廃墟同然の佇まいに見えて笑いそうになった。

 実際、自分ひとりしか住んでいないから放っておけば朽(く)ちていくのは当たり前かもしれない。

 それでも自分の家だ。

 ちょっと引越しも考えたほうがいいのかもしれない。

 そういえば扶養家族がたくさん居るんだったと食料の買い出しにまた行った。今度は蒼の薔薇の分だ。

 鍵はちゃんとかかっていた。

 合鍵を作っていて良かったと思った。

 鍵を開けて家に入ると異様な匂いが立ち込めているような気がした。

 汗臭いというか、床もけっこう汚れているというか。

 おかしいな。出る前に掃除したのに、と訝しげに思いつつ中に入る。

「……まあ……、掃除が先かな」

 女性メンバーの筈なのにどうしてここまで汚せたんだろう。

 食い散らかしも多いし。洗い場もお風呂も酷い有様になっていた。

 さすがに血まみれだの知らない死体は転がっていなかった。

 雑魚寝(ざこね)はさすがに不味(まず)かったかもしれないので、彼女達の寝所を用意しておこうかなと思った。

 ラキュースと共に掃除していたせいか、意外と早く終わった。

 食料貯蔵庫も汚かったが、新たな食料を放り込み、一先ずは終了だ。

「ふう。さて、家具屋にでも行こうかな」

 彼女達に預けた資金は留守中の税金と食費くらいしか置いていない。それでも数か月分は置いておいた。

 現在は持ち逃げしてもおかしくないはずが割りと残っていた。しかし、一か月と経っていないのに随分と減るものだと感心する。

 家具屋の他に普段着も必要かな。

 意外と出費が嵩(かさ)む。仕事を見つけたほうがいいな、と思った。

 外に出ると通りを行き交う人の中に兵士の姿がちらほらと見かけるが戦争前とは思えない長閑(のどか)さがあった。

 自分のやってきた事は割りと無駄だった気がするが仕方ない。

 当初の目的通りに事は進んでいるのは間違いない。

 多少の修正くらいは想定の範囲内だが、ラキュースの回収がうまくいけば良いのだが。

 潤沢(じゅんたく)な資金というのは何をするにも大切なこと。

 ほぼ女性のみのハーレムと聞こえはいいが、環境を良くしないと可哀相だ。

 イビルアイはボロボロの身なりだったが、あれはあれで良いのだろうかと不安になる。

 まずは寝台を複数購入。

 もちろん現場で組み上げられる物を選んだ。さすがに持ち帰れないので後で職人さんが来てくれることになっていた。枕(まくら)は数種類購入。

 服はどうしようもないので、食器類もいくつか用意してあげなければ。

 風呂場の小物もいくつか新調。これもラキュースと共に生活したお陰だ。

 ここまでで数十枚の金貨を消費。結構な予算が吹っ飛んだな。

 寝台の費用が高かったかもしれない。帝国に武器でも売っておけば良かったかな。

 金はある。ユグドラシル金貨だがな。

 他人の為に買い物をするのはバカらしい。そんなバカなことを自分は選んでしまった。

 消費アイテムも増えないから、今後の冒険は厳しくなる一方だ。

 それはまるで自分の寿命のようだ。

 

 自宅に戻ると家具屋さんが待機していた。

 鍵を開けて中に入ると先ほどまで居なかった住人と出くわした。

「旦那さんだ!」

「おかえりなさい」

 出迎えてくれたのは双子のアサシン、ティアとティナだった。

 本当は三つ子らしいが三人目は知らない。

「ただいま」

 手を挙げて挨拶し、家具屋さんを中に入れる。

「君達用のベッドを置こうと思ってね。場所は空いている部屋を使うといい」

「ありがとう」

「部屋がきれいになってたからびっくりした」

「女性ばかりだというのに数日で廃墟(はいきょ)と化しててびっくりしたよ。あとお金の減りが多かったがどうかしたのかい?」

 そう言うと二人は顔を逸らした。無駄遣いしたのかもしれない。

 そうしている間にも次々と荷物が運び込まれる。

「ゴミはまとめてあるけど、捨ててはいけないものが無いか確認するかい?」

「大事なものはそこら辺に置いたりしないよ」

「うん。捨てていいと思う」

 二人は食料庫に向かい、補充されていた食べ物を持ち出す。

 手際よく寝台が設置され、真っ白なシーツが掛けられる。

 購入していた枕などを置き、完成する。

 職人に感謝し、見送った後は風呂場に向かい石鹸(せっけん)などを置いておく。

 人の住む家として新しく生まれ変わったアインドラ家。

「賑(にぎ)やかなものもいいが、出費が激しいな」

「無駄遣いしてごめんなさい」

「全部、脳筋とクレマンのせいです。というか、クレマンティーヌが来たよ、旦那さん。あれ手に負えないんじゃない?」

「すげー強いし、何気に」

「それは面白いですね。他のメンバーはどうしてますか?」

「イビルアイはもうすぐ来ると思うけど……。王都の闇は深いね」

「今、麻薬の調査してるんだけど……。結構ヤバめ」

 二人はアダマンタイト級の冒険者。だが、話している限りは普通の子供のような印象しか受けないがニンジャとしての能力は高く、様々な忍術を扱うらしい。

 影から影へ移動する技とか。

「あっ、君たちの椅子が無いね」

「それくらいなら自前で用意できるかも」

「それよりクレマンをどうすればいいの?」

「君達に手に負えないなら自由にさせてあげたらいい。……ラキュースの件で私も仲間を引き連れて冒険を、という淡い夢は崩れそうだから……。正直に言えば困っている。それもこれもアインズが居るせいだ。数発ほど殴りたいな……」

「あらら」

「ところで、ベッドありがとう。有効に使わせてもらうよ。あと、部屋を汚くしてごめんなさい」

 二人は揃って頭を下げた。

 

 それぞれの部屋を確認した後でイビルアイ達が帰ってきた。

「……おお、帰っていたか」

「家の中が綺麗になってる」

 ガガーランが驚きの表情を見せた。

「ベッドがあるから見てきなよ」

「クレマンティーヌ、強いな。あいつも調教とかすんのか?」

 ガガーランの言葉にヤントラは苦笑するだけだった。

「……下品だぞ、脳筋。それにしてもカッツェ平野に行っていたのだろう? 手ごたえのあるモンスターでも居たか?」

「骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が四体連続で出て来た。倒したけど、あれ浄化する方法がないと復活するんだろうな」

「粉々にした後、弔(とむら)ってやれば大丈夫だって聞いたよ」

 ではババルス帝国は今のところは無事のようだ。とヤントラは思った。

 簡単にだが、旅の内容を伝え、食事にした。

 蒼の薔薇の面々はいつも通り元気そうで何よりだった。

 それからしばらく後でクレマンティーヌが現れる。全身血まみれで。

「はあ……はあ……。私一人で十人とかひどいと思う……」

「お帰り、クレマン」

 いつもの肌の露出の多い装備ではなく、より実践向きの装備になっていた。

 肌の露出を抑えた黒い服装。黒を基本とする隠密に長けた軽装鎧と手甲足甲。

 返り血はさすがに目立っていた。

「お風呂が綺麗になっているけど、今日は汚れるね」

「君がクレマンティーヌだね。ここの主のヤントラだ」

 クレマンティーヌはヤントラを見据えてから軽くお辞儀した。

「君が仲間になろうがまるまいが好きに選べばいい。強制はしない」

「探してた狂戦士なのに……」

 ヤントラの中で何かがあったのかもしれないとメンバーそれぞれは思った。

 本当は自由に冒険するための仲間が欲しかったのだろうが、色々と予定が狂ってしまったのだろう。

 初めから無理だと思っていたのかもしれないが、それはヤントラ自身の問題なので深く追求するのはやめた。

「犯罪者でも殺せれば文句はないよー。でも、きっつい。数が多すぎる」

「良かったじゃねーか。大好きな人殺しが出来て。しかも国に誉められるんだ」

「……なんか囮(おとり)に使われている気がする。アンリちゃんと仕事がしたい……」

 そう言いながら返り血を洗い流すために風呂場に向かうクレマンティーヌ。

「……ああ言いながらもスティレット一つで驚くべき成果をあげている。……実力はあるのに性格が残念だとは……」

「仕事さえきっちりしていれば問題は無いよ」

「闇のラキュースがリーダーなチームなんだし」

「……毎回聞いていたのだが『闇のラキュース』ってなんだい?」

 そう尋ねると一斉(いっせい)にクレマンティーヌ以外のメンバーは顔を逸(そ)らした。

「そ、それは個人の趣味というか……」

「旦那さんだから言ってもいいかも……。魔剣の影響で闇に染まるってことらしいよ」

「魔剣キリネイラムにそんな能力が……」

「一人でぶつくさ言ってただけだが、闇のラキュースよりかは破壊の女神と化したリーダーの方がすげーと思うけどな」

 メンバーの明るい話し声はアインズ・ウール・ゴウンに居た時代のような印象を受ける。

 創設者メンバーの一人『たっち・みー』に連れられてメンバーの楽しい会話を聞くのが日課となるくらいだった。

 殆ど彼の連れ子状態だったが、親しくしていたたっちお兄ちゃんを含む六人は彼と親子でも家族でもない事は知られていたが秘密にしてくれた。

 小さい時からの付き合いがあるとはいえ彼と共にゲーム三昧(ざんまい)の日々を送るとは思わなかった。

 それはもちろんリハビリを兼ねていたが彼が合間に初心者プレイヤーを救っていた事も知っている。

 とにかく行動力のある人だった。

 異形種であり実力もある。稽古も付けてくれた。

 当時のアバターはメチャクチャな職業(クラス)にアンバランスさでは今以上に狂ったキャラクターだった。

 当初の目的はとにかく『不利に不利を重ねた絶望型』を徹底的に選び続けた。それくらいじゃないといけなかったからだが、お陰でPKされ放題という結果に笑ってしまうほどだった。

 狂ったアイテムの代表格でもある世界級(ワールド)アイテムの一つ『強欲と無欲』を気が付けば手に入れているという事態。PKフィーバーな自分には全く魅力の無いものだからギルドに提供したが、モモンガの野郎は色々と難癖を付けて来やがった。

 当時から気に入らなかったが、強大な魔法に太刀打ちできるはずも無く。

 それはそれでアバターらしいので構わないのだが、アンバランスさのお陰でたっちお兄ちゃんを追い詰められるまでに強くはなったがすぐにレベルダウンするから勝ちは結局は取れなかった。

 トリックスターの戦法はたっちお兄ちゃんのお陰だ。

 これは誰にもマネできないヤントラだけの技術として昇華(しょうか)して行った。

 交通事故の後で本来の姿として作り直した『真の究極バッドエンド型』のトリックスターは更なる進化を遂げた。

 ワルキューレの職業(クラス)を取ればほぼ完成する。それはもちろん『エインヘリヤル』という特殊技術(スキル)を得るためだ。

 ただ、現時点においてワルキューレの必要性は薄れている。

 冒険が思うように行かないからだ。

 戦士系のヤントラにとっては手間を一つ減らす事は大きい。

 そんなこととは露(つゆ)知らず、ゲームは終了を迎えた。

 仄(ほの)かな野望はあったけれど、そんなことはギルドメンバーの話題にすら上らない。

 彼らの話す話題は課金やアイテム類が多く、ソロでは挑戦出来ないようなクエストが多かった。

 そんなことでも聞いているだけで楽しかった。

 参加していたらすごく大変だろうし、他のメンバーに迷惑がかかる。

 ソロは全てが自己責任。その点は楽だと言える。

 責任転嫁するアインズとは違う。と、言う元気も今は無い。

 助けて、茶釜姉さん。この際、ザリチェ(ヤンデレ)とタルウィ(バカ)も助っ人プリーズ。

「あははは! みんな死ね死ね~」

「タルウィ、殺すよ。雑魚になに爆撃しての。またバスパまでミンチにして。ごめんね、すぐ復活させてあげるから」

「ザリー。雑魚に手加減すると手痛い反撃食らうよ。……あと、バスパ。……ごめん」

「……お、ま、え、ら……。こ、ろ、す……」

「また五レベルダウンか……。バスパも少しは反撃なさい。……私の血塗られた剣(ダーインスレイブちゃん)が暴走するじゃない……」

「ザリー、ミンチに剣を刺しちゃダメ! それは敵にね、ね? こっち見んな、こえーから!」

 森妖精(エルフ)と闇妖精(ダークエルフ)の二人が居ればまた違った楽しさがあったのかもしれない。けれども、彼女達は居ない。

 助けてくれそうな仲間も居ない。居るのは原住民たる彼女達だ。

 ラキュースはザリチェに似てるかな。それはそれで嫌な気がする。

 

 昔のギルドを思い出すかと思ってたら森妖精(エルフ)達を思い出してしまった。

 助っ人が欲しいのは事実だが、疲れてきたのかな。

「旦那さん、お疲れぎみ?」

「そうかもね。悩みが付きないと言うか……。そうだ。皇帝に会ったよ。ジルクニフという人に」

「ありゃりゃ。もうそっちまで行ってきたの!? すげー。普通にすげーよ」

「軍事国家の皇帝だから戦争は止められないようだ。兵士の足を折ってやろうかと思ったけれど……。なんだか、虚しくなって帰ってきちゃった」

「政治の話しとかややこしいからねー」

「……強引な手では無理なのか?」

「……私がただ悪人になって帝国に大義名分が出来てしまう。そうすると王国にある家が危うくなる。妻の名誉を守れない気がしてね。アインドラ家の威光は検問所ではけっこう役に立ってるから」

「外出限定の貴族の威光って安っぽい」

「旦那さんらしいといえばらしいかもね」

 今日はいったん休んで明日はナザリックに、皇帝とは会わずに入れたらいいな。

 ついつい忘れそうになるが薬草を届けてあげなければ。

 今はまだ不自由させてしまうが、頑張ってくれ。愛する妻よ。

 本当に愛しているのかは正直に言えば分からない。人間種特有のものなのか、ヤントラに芽生えた何かなのか。

 

『第四章 絶望の貢』へ続く

 

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