※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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第四章 絶望の貢
D-1 生まれながらの異能


 ナザリック地下大墳墓にたどり着いた時にはアインズとバハルス皇帝ジルクニフとの対話は終了していた。

 距離的にも移動手段的にも帝国側が優れている。

 それはヤントラにとってはさして重要ではない。

 別に彼らと対話する為に来たわけではないのだから。

 既に帝国側が引き上げたせいか、ログハウス周辺に馬車の形跡は無かった。

「移動手段の確保も考えておかなければな」

 ログハウスで一息ついたヤントラは戦闘メイドのユリから飲み物を貰っていた。

「無事に終わった、と思っていいのか?」

「はい。バスパ様のもたらしてくれた書物とアインドラ様のご尽力のお陰でございます」

「嫌味ったらしい使者の相手は大変だったんだろうな」

「こほん……。それはもう……。アウラ様に作っていただいたログハウスを侮辱する者などは……、ボクは懸命に耐えましてございます」

「ご苦労だったね、ユリ。……それでジルクニフはどうだった?」

「あの方は不思議な方でございました。風格はともかくとしてアインズ様に対し、しっかりと対応されておりました。お供の方は始終騒がしかったのですが……。特にフールーダという方は気が狂っているようにお見受けいたしました」

 それだけでヤントラには当時の状況がだいたい目に浮かんだ。

 皇帝はやはりあのままでフールーダは魔法の凄まじさを感じたのだろう。

 ジルクニフはどうやら失礼な態度は取らなかったようだ。それはそれで安心する。

 

 飲み終えた後、指輪を受け取り、ユリに向き直る。

「……バスパ様。なんだかお疲れのご様子ですが……、いかがされました?」

「色々とあってね。虚しさかもしれない。……ところでナーベラルは……今はどこに居る?」

「エ・ランテルで待機していると思います。先ほどアインズ様も向かわれました」

「……あの子を借りる事になるかもしれない。……それにしても予感めいたものは何なんだろうな」

「予感……ですか? それは『たれんと』と言われる能力かと」

「なんだい、それは」

 ヤントラが疑問を口にしたとき、ユリは口を少しだけ開けて驚いたような顔をした。

 どんなことにも冷静でいたメイドの鑑とも言うべき彼女の表情はヤントラも少し驚いた。

 生まれながらの異能のことを『タレント』という。

 ユリはヤントラに説明した。

「……じゃあなんだ、未来予測が私の生まれながらの異能(タレント)か? そんなバカな。ユグドラシル時代には無かったぞ」

「お気づきかと思っておりました。……いえ、失礼しました。こちらの世界では生まれながらの異能(タレント)なる能力を保有するものが居て、アインズ様も警戒なさっておいてでした」

「それは……全員……なわけないよな。……そんな話しは聞いた事が無い。たまたま聞けなかっただけか」

「……おそらくは」

 ユリはヤントラが狼狽(ろうばい)しているので本当に知らなかったのだと感じた。

「それでも信じられない。推測が未来予測の生まれながらの異能(タレント)になるのか。私のは経験から来る推測だと思っていたが……。戦争には何十万の兵が送られることはありふれている。アインズを放り込んだら、こうなるという状況も目に浮かぶように映る。それも生まれながらの異能(タレント)だというのか」

「バスパ様の蓄積された経験のなせる業(わざ)かと。それを生まれながらの異能(タレント)と呼んでも不思議ではありません」

「兵士の装備が貧相だから戦争になればただの的。貴族の言葉でアインズとは仲良くなれそうに無い。だが、現実味がありすぎる未来の姿はどう説明すればいい。真っ暗闇しか見えないぞ」

「落ち着いてください、バスパ様。あまりにも経験豊富な御身ゆえ、生まれながらの異能(タレント)に匹敵するほどの能力になってしまわれたのかもしれません」

「経験豊富な記憶の蓄積……。それが本当なら私は自らの滅びすら既に決定事項ではないか。それは……避けずにアインズと戦えと言う事か。手にした幸せを潰さなければならないのか」

 ユリは戸惑った。

 バスパの考えが読めないので慰めの言葉が出て来ない。

 もちろん人間種なので別に慰める必要は無いのかもしれないが、曲がりなりにも至高の存在。自分達を愛でて愛してくれる者。

 一言でもと思うが声はかけられなかった。

「都合のいい能力だな、生まれながらの異能(タレント)とは。それはそれで結構だ。抗(あらが)ってやろうじゃないか」

「………」

 バスパは怒っている。それは運命に対してなのか至高の存在アインズに対してなのか。それとも他のものなのか。

 ユリは黙って見守ることしか出来なかった。

 

 決定事項というもの自体はヤントラの中では以前からそう思っていたことで今更な話しであった。

 問題なのは自分以外の未来が変わらない不安である。

 どう転んでもアインズと戦うことになる。だが、それは最後の時。

 今、重要なのは王国や帝国の幸せを潰すこと。

 本来は少ない犠牲で戦争を終える為に画策していた事なのだが、それが思うようにうまくいかない。

 強大な力を持つアインズの存在が大きすぎるのだろう。

 そればかりかNPCと原住民の実力差がありすぎる。

 真っ暗闇な未来しか見えないこと。

 自分の未来なら何も問題ない。虚無の如き真なる暗黒。どんだけ深淵の闇なんだよ、というくらいだから。

 人間種なので人間の味方で居ることに不思議は無いのだろうけれど、ユリ達にも幸せになってほしい。

「……取り乱して悪かった」

「いえ」

「落としどころが分からない。人間も異形もどちらかを選ばなければならないというのは……、私はどうも選択肢にもてあそばれている気がするよ」

「お優しいバスパ様のご尽力によりアインズ様もご計画を難なく遂行されております。それは紛れもない事実だとボクは思います」

「……自分の冒険のためだよ」

「はい」

 ユリの微笑を見ていると気分も少しだけ落ち着いてきた。

 今更取り乱しても仕方ない。

 もう進んでしまっているのだから。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 第九階層に行き、妻であるラキュースの部屋に赴く。

「………」

 妻は踏ん張っている最中だった。

 それはまあいい。生理現象だ。しかも尻を向けているし、既に少し出ているのが見えた。

 それよりも扉が簡単に開いたのが不思議だ。鍵の無い扉のようだ。以前からこんな扉だっただろうか。それとも自分は混乱しているから分からなくなっていただけなのか。

 今更ながらナザリックは色々と人間社会とは多少なりとも乖離(かいり)している部分があるのだなと苦笑する。

 部屋から出る時に大きなものが落ちる音が聞こえたが、指摘しないことにしよう。

 防音設備も必要かもしれない。というよりはこの部屋の本来の持ち主はどこへ行ったのだろう。

 ラキュースが与えられた部屋は一般メイドの一室だったような気がした。

 同室や非番のメイドと交代で使っているのであれば申し訳ない気持ちだ。

「バスパ様。どうされたのですか?」

「防音設備とか囲いとか、妻には必要かもしれない。……つくづくナザリックは人間には住みにくいものらしいな」

「そうですか? アインドラ様からは特に何も言われておりませんが」

「言いにくい事もあるだろう。ところでメイドさん」

「はい」

「ラキュースの様子はどうなんだ? 元気そうだったか?」

「はい。この頃は鍛錬を始められて様々な武器を用いて汗をかいておられました」

 鍛錬を始めたのか。そこまで精神的に回復していたとは驚きだ。

 短期間での成長は素晴らしいと思った。

「アダマンタイト級の冒険者だものな。それにしてもナザリックと我が家を行き来するのは大変だ。転移のアイテムとか手に入れておけば良かったな」

 昔、それらしいのを手に入れたような気がした。奪われたか捨てたか売ったか。

 エ・ランテルからならまだ近いが王都から通うのは結構な労働になる。

 

 数分間物思いに耽(ふけ)ったあと、改めてラキュースの部屋に行った。

 汚物入れは蓋をしてあったが、見た目的には健康そうなので安心した。

 以前よりも身体が引き締まっているようにも見える。

「……別に気を使わなくてもいいのに」

「それなりに配慮したのだが……。元気そうで良かった」

 与えられた部屋で大した自由も無く過ごしているのではと思っていたが、メイドの話しからは様々な施設を活用しているとのこと。

 髪の毛はさすがに急激に伸びたりはしていなかったが。

「そうそう。エ・ランテルで色々と薬草を買ってきた。髪の毛に効くものとか、生理痛に効くものとか。身体に優しいものとか」

 加工された薬草とはいえ独特の匂いが漂ってきた。

「薬師(くすし)バレアレのところね。ありがとうございます。……それよりクレマンティーヌはどうなりました?」

「蒼の薔薇と仲良くしているようだ。……私はどうも仲間の扱いが分からない。想像していた冒険が出来そうにないようだ。君のことが心配で。早く帰らなければ、とか考えるようになって」

 ラキュースを抱きしめる。

 以前よりもしっかりした筋肉に安心感を覚える。

 ラキュースにしてみればやはりクレマンティーヌを仲間にしてきたのか、この男はと驚いていた。

「その前に、あなた。あの女と寝たんじゃないでしょうね? 別に誰と寝ようが構わないけれど、少しは嫉妬しますよ」

 口をきつく結んで眉根を寄せつつラキュースは言った。

「今は他の女の事は考えたくないな」

 ヤントラはラキュースに口付けして、そのまま押し倒した。

 

 何人かメイドが様子を見に来ていたようだが、単なる交尾と思ったのか、それとも新しい調教でもしているのだろうかと不思議そうに興味深げに眺めたりと反応は様々だった。

 久しぶりの夫婦の時間には誰も声をかける事は無かった。

 汗まみれになったラキュースの身体を拭きつつ、今後の予定についてお互いの意見交換が始まる。

「こういう時は異形のメイドで良かったと思えばいいんでしょうね」

「一応、執事も居るが会ったかい?」

「ええ。会話にならなかったけれど……」

 奇怪な鳴き声しか発しない変な集団だったわね、とラキュースは語る。

「交渉ごとは無事に終了。スレイン法国はきっと来ないでしょう。秘密の多い国だから。ジルクニフ、あれは只者じゃないわ。帝国主席魔法使いのフールーダは魔法以外は全く興味なしの狂人ね。プライドすら簡単に捨ててくる、生粋の魔法狂いだったわ。今も十階層辺りに居るかもしれない。帝国を裏切ったみたいだし」

「それはそれは。思い切ったことをしましたね」

「それにしてもあなたでしょう? 色々と彼らに吹き込んだの。アインズ様が怪訝(けげん)なご様子を見せていたわ」

「スムーズに運ばせるためだ。なにやら私は未来予測のような生まれながらの異能(タレント)持ちらしい。ついさっきユリに聞いて驚いたところだ」

「あら。私はてっきり生まれながらの異能(タレント)のことを知っているとばかり思っていたわ」

「冒険のほうに意識が向いていたからかもね。仲間が居ないから。街の事や戦争のことばかり、君のことも考えていた。……意外なほど物知らずなのかもね」

 異邦人たるヤントラにとっては知らないことが多すぎるのだろう。まして今回は戦争という問題を抱えている。それから彼はまだ気付いていないかもしれない。

 王都の闇などを。

 単独行動をしているヤントラにも分からない事実はあるだろう。

 思えばまだ二ヶ月も経っていない間に世界は目まぐるしく変化していた。

 それに対応するのはヤントラとて難しいだろう。

「両国のお膳立ては済んだ。アインズの計画は順調なのだろう。だが、私の方はそうはいかない。まだまだ他の国にも行きたいし。君の戻るべき場所も作らなければならない」

「連れ出してくれるの?」

「戦争が終わったら、だが……。生まれながらの異能(タレント)の話しになるが君を一人にするかもしれない。蒼の薔薇が居れば問題は無いかもしれないが……。少し……。かなり、心が寂しくなる。人間的な心など捨てているはずなのに。とても愛おしくなる時がある」

 夫の未来予測に自分自身が存在しないということだろうかと妻は思う。

 それはそれで以前から知っていた。分かっていた、かも。

 ヤントラは滅びる事が宿命づけられた存在。それは至極当然の結末だろう。

 そんな彼が躊躇(ちゅうちょ)しているのはラキュースへの愛なのだろうか。

「新生ラキュースとなるに相応しい装備も用意しなければ……。……どう頑張っても禍々(まがまが)しい様相しか浮かばないが……」

 ヤントラは苦笑する。

 破壊の女神となっているラキュースの装備はどうも悪魔というか女淫魔(サキュバス)っぽいイメージが合う気がした。

 魔剣キリネイラムを持つに相応しい姿。戦士としてももちろんかっこいいものがいいだろう。

「一先ずの目標は君の現場復帰。それも悪くないかもしれない。……とにかく多くの犠牲は確定のようだ。私はそれを逆手に取るよ。取れるかは未知数だが……。それと安易に自害しないでくれよ。駆けつけられないから」

「……はい」

 顔を赤くしてラキュースは小さく返事した。

「双方の国にどういう返答するのかはアインズ次第だが、英雄は二人も要らないだろう。これから君の為に一人でも多くの民を救おう。私はか弱き者の味方でいたい」

 詳しく聞くのが怖かったので、黙って夫の言葉に頷いた。

 真剣な顔と言葉はおそらく本物だろう。

 彼はこれから大きな事をしようとしている。そして、そのまま戻ってこれないかもしれない事を伝えている。

 そんな気がした。

 帝国の印象などを聞いた後は夫婦で風呂に入ることにした。汗まみれでもあるので。

 第九階層は至れり尽くせりの娯楽施設がたくさんある。しかし、所詮は異形種に合わせた造り。

 水洗便所が無い。

 特殊なアイテムと異形種特有の身体のせいで普通の人間であるラキュースは度々苦しんでいた。

 ここしばらくの生活で慣れたとはいえ、長く住むには覚悟がかなり必要だと思い知った。

 他のメンバーは呼ぶに呼べないだろう。

 個人的にはラナー王女を放り込みたくなるけれど。

 夫の言葉に出た『粘体(スライム)風呂』の様子を聞いて顔を青ざめたりしながら静かな時を過ごした。

 粘体(スライム)風呂はただ単に気持ち悪いだけではない。相当な力を持つモンスターで人間の身体を簡単に潰せるほど。

 硬い身体を持つ者でも無い限りは入ってはいけないと教えられた。

 

 風呂上りの後、王国の様子を聞くことになった。

 クレマンティーヌは先ほど聞いたので家の様子が中心だ。

「新しい家具を用意したが結構な出費だ。冒険者に再登録でもしようかと思っている。またすぐに辞めることになりそうだが……。それはアインズの態度次第だろう。私が悪者であるかぎりは君に対してひどいことはしないだろう。意外と人質は取らないからね。取る必要が無いくらい強大な力を持っているとも言えるが……」

「収入が無いんですものね」

「貧乏貴族だ。離れていても君が無事か気になって仕方が無い。仲間達も居ることだし。信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が居なくて困っているから」

「……ですが……、私は国に……」

「戻れるように私は頑張るよ。君は王ではなく王国の民の為に剣を振るう戦士だ」

 全てを失ったラキュースとて王国はやはり気になる。

 犠牲は出るだろう。それが戦争だから。虐殺されるのであれば一人でも多く救ってくれた方がありがたいに決まっている。

 帝国側とて犠牲になるのは兵士だ。自分は敵国の兵士まで憎いとは思わない。

 平和的に政治的に決着してくれれば問題は無いのだから。

 今一度、夫を信じ抜こうと思う。実現不可能だとしても彼は正義を持つ狂人で化け物だ。

 そんな人間に嫁ぎ、頼るのが自分だ。

 修羅の道に堕ちても後悔はしない。破壊の女神にでもなってやろう。

 クレマンティーヌと共に歩んだっていい。というか、あいつが今、どんなことしてるのか知らないけれど。

 蒼の薔薇は彼女ごときに遅れを取るような事はないだろう。

 イビルアイはメンバーの中では随一の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。

 実力ではリーダーたるラキュースを上回っている。

「頑張ります」

「こちらも頑張ります。君の手料理が恋しくなってきたよ。保存食ばかりだ。そういえば、ここの料理長に作り方を教えてあげたらどうだろう? 料理の幅も広がると思うのだけど」

「家庭料理ですが……、いいのでしょうか?」

「客人のもてなしに全て高級料理ばかりというのも芸が無い。故郷の味は大切だよ。また一つ楽しみが増えてしまったな。簡単には死ねなくなったな」

「様々な料理は新たな発見でもありますものね」

 その後はメイドを呼んで色々と議論を交わした。

 

 改めてラキュースはヤントラを見据える。

 メイドの扱いが上手い。以前から出入りしていると聞いてはいたが、これほど頼もしい存在はいないだろう。

 人間と異形の立場の乖離も理解している。

 そんな人を亡くすのは世界の損失だと思う。

 立場もあるだろうし、自分も自害している場合ではないなと思った。

 強い決意はまだ決められないが、彼は確かに英雄級だ。

 大きな仕事の為にヤントラは妻に口付けして別れ、第十階層に赴く。

 守護者達は本来はそれぞれの階層に滞在しているので今居るのは守護者統括のアルベドくらいだった。

 この第十階層は玉座の間の他に巨大図書館(アッシュールバニパル)があり、そこにも顔を出す予定ではある。

 現在アルベドは単身で各階層のNPC達やナザリック内の様々な運営状況をチェックしていた。

「これはバスパ様。ようこそ」

「うちの妻がお世話になっている。話しが出来なくて申し訳ないな」

「いえ、お気になさらずに。今のところ人間ではラキュース様だけが特別のようですから。つい先日いらした方々は何事もありませんでしたよ。せいぜい吐瀉した方が数名ほどですが……」

「それは良かった。……よくないか。とにかく、アインズには良い顔はされなかったようだな」

 そう言うとアルベドは困ったような苦笑を浮かべた。

 ヤントラはアルベドの側まで行き、玉座には座らなかった。

「また余計な悪口を、とおっしゃっておいてでした」

「仕方ない。変に隠すより人となりを知ってもらえばお互い話しやすくなるだろう。というか、私は自作自演も嫌いなんだ。それをさせないために情報を漏洩している。……もちろん、ナザリックの細かい説明はしていないぞ。トラップがありますから気をつけて、くらいは言う」

「自作自演ですか?」

「とはいえ王国に籍を置いているからといって帝国側に不利益を与えるわけには行かない。それはナザリックの将来に関わる。どちらの敵でもない事が大事なんだ。そして、アインズが決定することに私は口出しはしない。……予想は出来るが……」

「確かに現在のナザリックはどちらにも敵対しておりません。まだどちらの味方かは選んでおりませんものね」

「帝国で聞いたが侵入者が居たとか?」

「はい。既に撃退しました。我らの宝物を汚す輩には鉄槌を、とアインズ様自ら出向いていかれました」

「……女の子でも居れば助けたかもしれないが……、全員始末したのか?」

「いいえ。奴隷の森妖精(エルフ)三人はアウラのお世話係に、残りの数人は実験材料にする予定です」

 森妖精(エルフ)と聞いてヤントラは眉根を寄せる。

「その森妖精(エルフ)は全員が森妖精(エルフ)か? 名前とか聞いたか?」

「ご心配なく。ザリチェ様、タルウィ様はおりませんでした」

 その報告を聞いてヤントラがほっとしたのでアルベドも彼の心配事が解決して安心した。

「それぞれの都市が離れていて転移もままならないから情報集めがうまくいかない。私は諜報活動には向いていないようだ」

「それでも色々と動いていらっしゃる。それはこのアルベドも承知しております。ラキュース様のお陰で交渉ごとも助かっているとアインズ様もお喜びになられていました」

「そうか。ユリからも聞いたが、それはそれで結構だ。力を持つ者は迂闊に実力を見せてはいけない。恐怖を与えることは友好相手にとって良い印象は与えない。むしろ更なる警戒感を持たせてしまう。私のでまかせで済めば、それはそれで結構な事だ。切り札はそう簡単には切ってはいけない」

 話しを聞いていてアルベトは感心していた。

 アインズとは仲が悪いはずなのに様々な面で力を貸してくれている。

 アインズ自身も失態を犯さずにすんでいると言っていたくらいだ。それはアルベド達にとっても好ましい結果だろう。

 人間の味方である、という点さえ無ければ。

 もちろんヤントラは人間種だから理解も出来る。

 アインズも人間相手に頭を下げる事も良しとしているくらい今の計画には必要な事なのだろう。

 それでもやはり人間に媚を売る計画には少しばかり納得がいかない。

 納得はしないが、それがナザリックの為に必要だと言うのであれば我慢できる。

「バスパ様にも何か切り札が? これは興味からですが……」

「切り札は持たない。あるのは絶望の未来だけ。それが私のスタイルだ。アインズの後ろには君たちが居る。ただ、私の後ろは虚無だ。何も無い。前しか進めないのだ。妻を娶(めと)ってもそれは変わらない。真っ直ぐにアインズを殴り、ただ殺されて終わるだけだ。意外だろ?」

 今の言葉はアルベドには理解出来なかった。

 こんな人間は見た事が無いし、自分の想像では何も表現できない。

 至高の御方々に連なる者。そうは言ってもここまで理解の及ばない相手はアインズをおいてどれだけ居ただろうか。

「……ええ。守護者統括の身とはいえお考えが……読めません」

「別にナザッリクの支配者になろうとかは思っていないよ。未知の冒険さえあればいい。たっちお兄ちゃんに連れられて一人で冒険に出たときのような楽しさがあればいい。彼は仲間を得て、私は数々の冒険を得た。ソロとパーティ。今も昔も変わらないのかもしれない」

「……おそれながら、たっち・みー様とはどういうご関係だったのですか?」

「一言で言えば不自由な身体を持つ私を誘ってくれた始めての友達、かな」

「不自由?」

「いろいろあってね。様々な……暴漢(厄介な大人)に遭(暴力)っていた私に手を差し伸べてくれた人、という関係かな。随分と長く付き合いが続いたが……。それはまだギルドの形も無かった頃の話しだ。幸せとは無縁だった私はソロプレイヤーとして。たっちお兄ちゃんは私以外にも困っている様々な人を救って、ギルドを形成。まあ、そんなところだね」

「至高の頂点の方と……、そのような出会いがあったのですね」

「別にモモンガが仲間になった事を嫉妬したわけじゃないよ。主義主張の合わない人間は必ず出てくる。たっちお兄ちゃんとウルちゃんの関係が良い例だ」

「うるちゃん……。ウルベルト様ですか!?」

「……これは失敬。長い名前はつい略してしまうもので。モモンガの前では愛称は恥ずかしくて言えないが……。彼らがソロでは出来ない冒険の数々の話しを聞かせてくれるのが楽しみだった。大きな事故に遭った時にも見舞いに来てくれたのだから、自分で出来る範囲の事をやりたいと思っているだけだ」

 ヤントラは至高の存在から受けた恩を返している結果が今までの行動という事になる。それを素直にアルベドは理解出来るのかは自信が無かった。

 至高の存在と仲良くして居る事はアルベドも自身の創造者であるタブラ・スマラグディナからも聞いていた。

 人間という種族なので敵意は今も少なからず持ってはいる。だが、それは『そうあれ』と設定された感情であり、性格だ。無くせはしない。

「私の事はあまり言いたくは無かったが……」

「申し訳ありません」

「いやいいよ。アルベドはモモンガのことはどう思っている?」

「それはもう……、愛しております」

 そう聞いてヤントラは首を傾げた。

「……それは聞き違いではないな?」

「はい」

 ヤントラはアルベトの性格設定テキストを読んだことがあるが、一行たりとも『モモンガを愛している』関連の言葉は無い。

 つまり転移により最適化された弊害(へいがい)だろうかと首を傾げた。

 ギルドマスターとして性格が書き変わることをモモンガは良しとするだろうか。

「……私にはまだまだ知らないことがあるようだ」

 例えそうであってもアインズ、モモンガをどうこうするつもりはないし、自分は予定を潰してまでラキュースを娶った。

 さあ、生まれながらの異能(タレント)よ。この状況の未来を見せてみろ。と、強く思ったが特に何も起きなかった。

 魔法とは違うようだ、というのは理解した。

 殆ど天啓(てんけい)に近い。急に漠然(ばくぜん)とした不安が映像として浮かぶ。それが無ければ何も判断は出来ない。

「バスパ様の気がかりは私の性格がアインズ様によって書き換えられたことでしょうか?」

 アルベド自身からの言葉にヤントラは目を見開いた。そして、それが正しいとアルベドは理解する。

「……やっちまったか!?」

 そう言うとアルベドは軽く頷きを見せた。

「……あの野郎……。人には一言一句の約束事を守らせておきやがって……」

「アインズ様にも色々と思うところがおありだったのかもしれません」

 つまりアルベドの性格の最後を、おそらくは書き換えたのだろう。それ以外には考えられない。

 最後の言葉は『ちなみにビッチである』となっているからだ。もちろん、タブラにバカかお前、とは言っておいた。

 テキストをどう書こうと自由だが、それが完全再現された世界では変な設定は命取りだ。

 特にペロロンチーノはすさまじい事になっているんだろう。ヤントラも煩悩では彼に負けないくらいはあるのだが、自制は出来る。

 シャルティアの部屋の中はすごいことになっているんだろうな。ラキュースを入れたら廃人になってしまうだろう。

 性格的にもアルベドは割りと厄介な部類だが、それがどんな悪影響になるかは想像できない。

 タブラの創ったものがまともであるはずがない。

 悪のロールプレイをしていた時点でギルドメンバー全てがおかしな連中かもしれないが。

「過ぎたことは仕方ない」

 本来の正しい返答は『尊敬しております』だ。

「ちなみにモモンガとアインズ。どちらと言われたらどうする?」

 意地悪な質問に対し、アルベドは頬を紅潮させながら口を開く。

「モモンガ様でございます。アインズ・ウール・ゴウンなどという名前など早くお捨てになってしまわれれば良いのです! ああ、モモンガ様のお名前こそが至高のお方に相応しい!」

 身もだえしながらアルベドは言った。

 テキストを書き換えたことの弊害をヤントラは理解する。

 タブラのNPCは全て『味方すら巻き込む』性格を持っている。それはるし★ふぁーとは違った意味で厄介だ。なにしろレベル100のNPCだ。攻撃に廻れば迎撃は困難。

 敵意が味方に向いた時、ナザリックの平穏は破られる。

 それにアルベドは世界級(ワールド)アイテムの所持を許されている。

 とっても危険なNPCだ。だが、嫌いなタイプではない。

 ヤントラとしてはサキュバスはペロロンチーノと同じく好きな悪魔だ。

「それを実現するには他のメンバーを見つけなければならない。まあ、私がたまにモモンガと呼んであげよう。君の為に」

「そ、それはありがとうございます」

 コンソールを無視してアルベドはヤントラの手を握った。ボキバキと骨が砕ける音が聞こえたが仕方ない。彼女は豪腕とも言われているのだから。あと相当、興奮しているようだ。

「君のモモンガへの忠誠心を見込んで協力をお願いしたい」

「はい! なんなりと」

「まずは落ち着いてくれ。統括らしくな」

「申し訳ありません。私はナザリック地下大墳墓全階層の守護者統括」

 自分に言い聞かせるように役職名を口ずさむ。その間に手の骨折は治しておく。

「今のモモンガの装備と同じものを用意してほしい。黒い全身鎧(フルプレート)のやつだ。丈夫で形だけ似てればいい。冒険者プレートは今は何だか分かるか?」

「確かミスリルだったかと」

「それも形だけ再現したものを用意してほしい。念のためにオリハルコン、アダマンタイトも追加だ。それで製作資金はユグドラシル金貨だとどれくらいかかる?」

「……ざっと七百万枚ほどかと……。すぐに鍛冶長に依頼しておきます」

 尋ねられた質問に次々と即座に答えていくアルベド。恋する女は計算能力も向上するようだ。

「秘密裏に用意させることになるが、申し訳ないな。資金はシズに渡しておく。数を数えるのに時間がかかるが……。足りなければ追加でシズに持ち出しを許すと言ってくれ」

「畏まりました」

 アルベドはすぐさま『伝言(メッセージ)』を発動させる。

 モモンガのためならば何をも犠牲(ぎせい)に出来る。それがアルベドの今の立ち位置だった

「モモンガとの直接戦闘はしないだろうが、私はただでは済まないかもしれない。その時はラキュースをリ・エスティーゼ王国にあるアインドラ家に送ってほしい。蒼の薔薇のメンバーにいくつかアイテムでも渡しておけば助けてくれるだろう」

「こちらで彼女の安否は保障致します。モモ……アインズ様も今はまだ彼女を必要としておられるようですから」

「貴族が相手だ。まだ色々と利用価値はあるだろう。それを見越す生まれながらの異能(タレント)も凄いな。……話しは急に変わるが、モモンガは乗馬は出来るのか?」

「さあ? 馬車には乗られるかと存じますが……」

「今に内に練習したほうがいい。私の生まれながらの異能(タレント)がそう言っている気がする。出来ない時は諦めればいいが……。この世界は馬が移動手段だからな。何かしら関わってくるかもしれない」

「バスパ様、というか生まれながらの異能(タレント)とは凄いものですね。私もアインズ様には必要な特殊技術(スキル)だと思えてきました」

 馬に乗る支配者モモンガの姿をアルベドは思い浮かべた。それからすぐにシズが玉座の間に現れる。

「相当量の金貨を持ち出すが……、シズは持てるか? 七百万枚ほどだが……」

「……四回ほどの往復が必要かと」

「鍛冶長には依頼しておきました」

「ありがとう。ラキュースはただの道具ではないのだが……、国が腐っていると部下が救われない。モモンガは多少は泥を被る覚悟をしてもらわなければ言い訳ばかりの愚か者になってしまう。だからこそ自作自演などさせられない」

「そのお優しさは、このアルベドの心の内にしまっておきましょう」

「……なんだか、モモンガの一人で支配者できるかな、みたいになってきた気がする」

 そう言うとアルベトは少しだけ声に出して笑った。シズも僅(わず)かに口角(こうかく)をあげた。

「……少しは裏方の苦労も気にしてくれるといいが……。まあいい。私は悪者で構わない。それがナザリックの為だと思えば怖くないさ」

「影ながら応援しております」

「そうそう。あいつが偽物だ、みたいな展開にするつもりはない。そんなベタなことはしない。……残る問題はナーベラルだ。あの子が手伝ってくれれば仕事がはかどるのだが、前回、ぶちのめしたからな……。土下座して頼んでみるよ。声も用意しなければ……。エントマも頼む」

 今の言葉を聞いてアルベドは気の毒そうな顔を見せた。

 どういう方法を取るのかは知らないがアルベドはヤントラの要望に応えるべく動いた。

 彼が居なくなって少し後にシズから総額七百万枚のユグドラシル金貨が運ばれ、それをすぐに他のシモベ達を使って宝物庫に運び入れた。

「モモンガ様のためならばアルベドは利用できるものは全て利用します」

 そう決意し、ナーベラルに連絡を入れ現在の状況教えてもらった。その後でエントマにも連絡を入れる。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 同階層の巨大図書館に訪れるヤントラ。

 無数の書物が壁一面に並べられていたりとナザリックの所有する資源の膨大さは一目では計り知れない。

 今回は図書館を眺めに来たのではないが、フールーダの様子を見に来た。

 帝国をあっさりと裏切ったようだが、彼とて人間。一応は伝えておかなければならない事実がある。

 ここで働くモンスターは死の大魔法使い(エルダーリッチ)系だった。

 死の大魔法使い(エルダーリッチ)に死の支配者(オーバーロード)。

 書物に関する特殊技術(スキル)を有する者達が働いていた。

 現在のナザリックはスクロール製作に忙しいらしい。

 減っていく資源は増やすしかない。それはヤントラにも言えることだった。

 歩いているうちに後ろから戦闘メイドの一人『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』が軽い足取りで追いついてきた。

「お待たせぇ、しましたぁ」

 近くで聞くと更に甘ったるい声を出すエントマ。しかし、その顔には口を開いた形跡は無く、ギチギチと虫がうごめく様な音が聞こえてくる。

 それもそのはず、エントマは蜘蛛人のアラクノイド。全身を複数の虫で人間的に構成している虫人間でもある。

 顔も髪も独立した虫。

 彼女の素顔は蜘蛛(くも)。複眼を持ち、人間の肉体を噛み砕く強い顎を持っている。

「急で悪いがアインズにそっくりな声の『口唇蟲(こうしんちゅう)』を貸してくれないか? あればだが……」

「あぁ……。急には無理ですぅ。でもぉ、探しておきます」

「……私の喉を食い荒らしたりせず、声だけ再現するように命令しておいてくれよ。あとあとアインズと同じ声のままっていうのもお互い気持ち悪いだろうから」

「ちゃんと命令はしておきます」

「ありがとう、エントマ。あげられそうなものは無いが腕の一本でもご馳走にするか?」

 そういうと顔だけ物凄い勢いで近づいてきた。

 その彼女の頭を優しく撫でる。

 むさぼりつくすようにヤントラの手をぼりぼりとエントマの顔を構成する『仮面蟲(かめんちゅう)』の下にある本当の素顔が喰らいつく。

 はた目からはエントマの首に手を差し込んだような状態で血が垂れているという感じだ。

「……あ~、床が……」

「……大丈夫。ちゃんと拭きますぅ」

 肩口まで頬張(ほおば)りつつもエントマの声はきちんと届いた。

 子供が親に甘えているようにエントマはヤントラの身体を掴みながら肉片一つ残さず美味しく頂いているようだった。

「久しぶりのディナー、ご馳走様でしたぁ」

 メイド服が血まみれのまま礼儀正しくエントマは一礼した。

「図書館で飲食してはいけないってよく分かったよ」

「掃除はメイドの嗜(たしな)み。きちんとお仕事いたします」

 そう言いながら掃除道具を取りにエントマは移動した。ヤントラも腕の回復を終えて、何事も無く進む。

 これが彼らのいつもの風景であった。

 

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