※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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D-2 冒険者再登録

 スクロール製作の件は今回は保留にし、知識の探求に勤しむ人間の下に向かう。

 この巨大図書館は『知の間』、『理の間』、『魔の間』、と用途別の小部屋に分かれている。

 アルベドの報告によればフールーダは小部屋にこもって無数の書物の解読作業をしているという。

 近くに居た死の大魔法使い(エルダーリッチ)の一人にメイドを一人呼ぶように命令し、目的の部屋に向かう。

 軽くノックしたが返答は無い。

 扉には鍵はかかっておらずすぐ開いた。

「無用心な」

 ヤントラとしては重要施設ほど管理は大事と思っている。

 少しだけ眉根を寄せたが新参者は何も知らないのだから仕方が無いと諦めた。

 少し待っていると一般メイドの一人が掛け足で、かつ足音を立てないようにやってきた。

「急に呼びつけて悪かったね。飲み物と食事を。軽めでいいから。相手は人間だから。それから布巾もね」

「畏まりました」

 メイドが去ったのを確認してから、もう一度、ノックする。

 またも返事が無い。仕方が無いので入ることにした。

 これがアインズなら怒っているところだ。それとも誰も居ないのだろうか。

 ヤントラが訝(いぶか)しげにしているのに気付いた死の大魔法使い(エルダーリッチ)の一人が近づいてきた。

「どうかなさいましたか?」

「返事が無い。ただの屍(しかばね)……。いや、応答は無いし、鍵は開いたまま。無用心だと思ってな。中に居るんだよな?」

「も、申し訳ありません。その辺りの教育をやっておりませんでした。すぐさま対処いたします」

「穏便にな。ここは重要施設の一つだから、入る前に説明しておけばいいものを。と、アインズの代わりに言っておく。関係ないが、先ほど床を汚して悪かった。綺麗にはなっていると思うが気になったら言ってくれ」

「はい。畏まりました」

 死の大魔法使い(エルダーリッチ)は扉を開けて、中を確認し、中に居るであろう人間を叱りつけた。

 どうやら居るらしい。

 すぐさま入り口に駆け込んで来る音が聞こえた。

「も、申し訳ありません」

 そう言って転がり出たのはローブ姿の老人で白くて長い髭(ひげ)が乱れていた。

「ようこそ、ナザリック地下大墳墓へ」

 そう言ってヤントラは手を差し伸べた。

 帝国主席魔法使いフールーダ・パラダイン。

 現在はナザッリク預かりとなっていて特定の役職は無い。

「おあっ。お前はっ!」

「無用心ですよ、扉に鍵を掛けないなんて。アインズや守護者達が来たらお説教ものです」

 転がった老人を立たせて、服の汚れが無いか確認する。

 この巨大図書館はとても清潔に清掃されていて埃(ほこり)一つ無い、と言われている。

「バスパ様の指摘が無ければ取り返しがつかなかったところですぞ、フールーダ殿!」

 と、リッチが怒鳴った。

「ばすぱ? この男の事ですか?」

「……なんてことを。このお方は至高の御方々に連なる者……」

「いいから、普通の人間なんだし。教育のほうは後々、ゆっくりやってくれ」

「はっ、寛大なお心遣い感謝いたします」

 そう死の大魔法使い(エルダーリッチ)が言うのでフールーダも改めてヤントラを見据える。

 確かに第六位階魔法を使える人間なのだろうが、ナザリックの者達の扱いが自分と全く違うことに驚いた。

 

 死の大魔法使い(エルダーリッチ)を下がらせ、フールーダと共に部屋の中に入る。程なくドアがノックする音が聞こえたので、ヤントラはすぐさま扉を開けた。

 姿を見せたのは先ほど呼んだメイドで料理を乗せた盆を持っていた。

「ささ、中に置いて。あと、君はもう少し残りなさい」

「はい」

 椅子が無かったのでヤントラは自分の椅子を出して、メイドを無理矢理座らせた。

 この椅子がヤントラの私物だと気付いたから恐れ多いとブルブル身体を震わせていた。

「改めて、ヤントラです。ここではバスパと呼ばれていますが。ようこそ、ナザリック地下大墳墓へ」

「これはどうも。あなたも招待されたのですかな。アインドラ卿でしたか」

「昔からお世話になっているものです。それはそうと今はどんなことをしていらしたのですか?」

「アインズ様より賜(たまわ)った書物の解読です」

 フールーダが大切そうに見せたのは小汚い黒い本。

 ヤントラの記憶にあるものでは魔力系の魔法の解説書に似ていた。確か第八位階以上を習得する方法などが記されていたような気がした。

 生贄(いけにえ)や課金などを必要とする場合があるので無課金のヤントラには無用の長物(ちょうぶつ)だった。

「おっと、こちらは食事です。それから必要事項を伝えようと思いましてね」

 黒い書物を机の上に置くフールーダ。

「その前にこの階層に来て身体の不調はありませんでしたか?」

「特には。連れの者の一人が嘔吐していたぐらいでございますよ」

「……それは可哀相に。何人かは体質的に合わないのかもしれません。その方は無理に留めず地上に戻すことをオススメする。と、今更でしたね」

 ヤントラは苦笑する。

「このナザリックは排泄行為のできる者が殆どおりません。我慢せずに地上なり、桶なりを使って下さい。第九階層には移動式のものがありますが……。ここは人間が生活するのに大変だと思います」

 それを聞いたフールーダは顔色が少しだけ悪くなってきた。

 排泄は人間にとって必要不可欠な生理現象。大切な調べものをしている時に慌てては大惨事になるところだった。

「そ、それはありがたい」

「専用の施設はまだ作られては居ませんが、外の死の大魔法使い(エルダーリッチ)などに声をかけてください。我慢はしないように。たまにメイドも来ますので、こちらも恥ずかしがらずに願いたい」

 メイドは恭(うやうや)しく一礼する。

「それと疲れたら第九階層に行かれるといいです。様々な娯楽施設がありますし、お風呂も完備しています。ただ、人間には無理な風呂もあるので注意事項は聞いてください」

「おお、何から何まで。ご親切にどうもありがとう」

「そして、重要なことが一つ」

 ヤントラは姿勢を正す。

 メイドも自然と緊張した。

「このナザリックには人間を食べる者が多数存在します」

「!?」

「人間はナザリックには少数しかおりません。ですが、命令が無い限りは安全です。お腹が空けば第九階層には食事どころがあります。そこで人間の肉は入れないように頼むといいです。ちゃんとした料理は作りますから安心して下さい」

 フールーダは声にもならない恐怖を感じた。

 人間を食べるという話しは始めて聞いたという顔をしている。

「ちなみに、こちらの一般のメイドさんは人造人間(ホムンクルス)。ですが、力は弱いのでかぶりつくことはありません。ほぼ無害です。ここまで何かご質問はありますか?」

「い、いやあの……。よく平気でいられるなと……」

「十年以上も居ますからね。平気ですよ、わりと。人間と異形には様々な壁があります。それを一つずつ理解するのは大変です。あなたもここの一員になったのであれば避けては通れません。分からない事は無理せず周りに聞いてください。メイドさんは割りと答えてくれますから」

「は、はい……」

「正直、どうでしたかナザリックの雰囲気は? 綺麗なところで化け物がいっぱい。とても不安だと思いますが……」

「いや……、確かにおっしゃる通りです。死の大魔法使い(エルダーリッチ)にたくさん囲まれているのはまだ慣れません」

「死の支配者(オーバーロード)も居ますけどね。仲間には手厚いもてなしをしますので、じきに慣れると思います。それと第九と第十以外の階層は危険なので許可無く行かないように。行く場合は監視の一人を付けないと危ないので。アインズは見た目は怖いかもしれませんが仲間には優しいんです。味方がやられたら全軍を持って国を滅ぼすくらい仲間思いのいい奴です。性格は嫌いですけど」

 メイドは懇切丁寧なバスパ様の説明に感動していた。

「は、はぁ……。分かりました。色々と教えていただきありがとうごさいます」

「ちゃんと食事は取って下さいよ。あと、戸締りはきちんとすること。守護者に指摘されるほうが何倍も恐ろしいので。シャルティアなんかすぐ蹴ってきますよ」

「はい」

「色々と大変でしょうけれど、無理せずお過ごし下さい。では、メイドさん、蓋付きの排泄用の桶と説明をお願いしますね。あと、その椅子は持ていきますから、こちらにどうぞ」

「はい。あとは私達にお任せ下さい」

 力いっぱい元気よくメイドは答えた。

 メイドに後の事を任せて第九階層に向かう事にした。

 一度、ラキュースのところに向かう。彼女は薬草の効能を眺めていた。

「時間が出来たらまた来るよ。毎回お別れを言うのは酷かもしれないけれど」

「こっちは大丈夫。私も少しずつ強くなってきたわ」

「中途半端な夫で悪い。家に帰れたら貴族らしい暮らしの仕方でも教えてもらおうかな」

「……それはやめた方がいいわよ。ドロドロの騙し合いばかりなんだから。見栄と維持のぶつかり合い。優雅なイメージは持たない方がいい」

「それは強敵だ。なんとか少しでも働くとしよう。せっかく君達から貴族の地位を頂いたのだから」

「お気をつけて」

「はい。行ってきます」

 今一度、口付けをかわし、シズの元に向かう。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 毎回の呼び出しにシズは仕事だと割り切り文句は言わなかった。

 第六階層の金庫を開けて、スクロールを回収する。それと必要なアイテムが無いか確認し、閉じる頃にエントマが合流してきた。

「近いものだと思うけどぉ。ご確認を」

 彼女が持ってきたのは十個ほど容器。数字が書かれている。それらの中には軟体生物が蠢(うごめ)いていた。

 エントマは自分の口唇蟲を取り外し、持ってきた口唇蟲を一つずつ試した。

 口唇蟲は蛭(ひる)のような柔らかい身体をしており、先端部分は人間の唇(くちびる)に似ていた。

「うむ、よくやった」

 そう言いながら一つずつ、ズルリという音を出しつつ口唇蟲の音声を確かめる。

「二つ目が近いかな。どうせヘルムの中で喋るのだから」

「それだと三つ目がいいかも」

 エントマは両手で声がこもるように被せて発声する。

「私の考えを見抜くとはさすがだな」

「おお、それっぽい」

 素直に受け取るにはぬめりが気になるが、それは既に想定されているのでエントマは保湿効果のある容器を用意していた。

 自分の口唇蟲を入れなおし、差し出す。

「バスパ様の喉の動きに合わせて喋るので違和感は無いと思われます。大声にも対応しております。直接的な攻撃を受けない限り、お側を離れません。外すときはご命令一つで可能です。その際は軽く口唇蟲を叩いてからお申し付け下さい」

 仕事モードのエントマは変な甘ったるい喋り方はしない。

「バスパ様に何かがあったとした場合、自害して証拠は残さず溶けて消えますので、ご安心を。雑食なので肉や野菜、一般的な虫も食べます。三日ほどは餌なしでも大丈夫です」

「大切にするよ」

「それとアルベド様よりご注文の品が届いたとのことです」

「仕事が早いな。ますます頑張らないとな。……それよりも私は何してるんだろうな。自分の冒険そっちのけでナザリックのことばかり。ラキュースが居るからというのもあるのかな。……それから、二人共、付き合ってくれてありがとう」

 シズとエントマは静かに頭を下げた。

 先ほどから行ったり来たりを繰り返しているが、ここまで次々に移動するのも珍しい気がする。

 メンバーが居た頃はもっと激しい移動だったのだろうか。

 第九と第十階層の建造はそれはもう大忙しだった。

 様々なシモベを使ったり、どこで手に入れたか分からないアイテムを設置したりと。

 全階層にそれぞれが何かしらの作業をしていた筈だ。

 自分がメンバーだったらこんなに忙しく動いていたのかもしれない。

 こんなに他人のことを気にかけられるとは驚きだ。

 自分の事は殆ど諦めているのに。

 

 第十階層に再び訪れると玉座のある階段下に武具が並べられていた。

「まだ少し熱いので冷ましている最中(さいちゅう)でございます」

 並べられたものは確かに見覚えのある黒い全身鎧と大型のグレートソード二本。それらから少し湯気が立ち上っている。

 冒険者の証しとなるプレートも数種類用意されていた。

 鍛冶長の部下は火蜥蜴(サラマンダー)という種族で身体が赤熱(せきねつ)している。その身で金属を熱する。

「……私は何をしているんだろうな。結構バカなことをしている気がする」

 自分自身が自作自演をしようとしている。

 全く滑稽だ。そう自虐的(じぎゃくてき)に評するほかはない。

「それぞれ重量軽減と感知、探知阻害、バッドステータス対策が施されております。装備するとバスパ様の身体に合う魔法が込められております。これらは私からのささやかながらの感謝の意としてお受け取り下さい」

 ヤントラはアルベドに向かって片膝を付く。

「お心遣い感謝する。守護者統括アルベド。私も君の心に少しでも報いることが出来れば幸いだ」

「……バスパ様。もったいなきお言葉でございます」

「ナザリック地下大墳墓に栄光と繁栄を」

「ナザリック地下大墳墓に栄光と繁栄を」

 ヤントラの言葉にアルベドも重ねる。

「至高の四十一人が作り上げた家を私も微力ながら守らせていただきたい」

 ヤントラは玉座の向こうに存在するかつてのギルドメンバー達に頭を下げる。

 また少しだけ熱い黒い面頬付き兜(クローズド・ヘルム)をかぶる。左右を見回し、上と下。しっかり密着していることを確認した。

 英雄の戦い、見せてやろうではないか。

 熱気が兜から漏れ出てスリットから赤い眼光が見えてのは気のせいだろう。

 ナザッリク地下大墳墓での用事を済ませ、地上に上がる。

 目まぐるしく動いていたせいか、日は傾きかけていた。

 相変わらず周りには監視の目があるらしい。

 気配を探るアサシンなどの特殊技術(スキル)では多少は分かる程度だが、それでも探知されないように気をつけているのだろう。実際はもっと大勢かもしれない。

 手を変え品を変えているのかもしれないが、迂闊な進入はしないでくれよ、と思いつつヤントラは城砦都市エ・ランテルを目指す。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ナザリックとエ・ランテルは比較的、近いので大急ぎで向かえば夜になる少し前に到着できる。

 検問所は交代制で深夜でも受け付けは出来る。ただ、夜のほうが警戒は厳しくなる。

 基本的に一度使った検問所を利用する事にしている。

 毎回違う場所では怪しまれるのでは、と思っただけのこと。

 検問を無事に通り、中に入ると人通りは少ないが兵士や冒険者の数が多い気がする。

 依頼を終えて戻ってくるものや酒場などに行く者達なのだろう。

 夜の方が活気があるのがエ・ランテルなのかもしれない。

 冒険者ギルドに向かえと人だかりが出来ていた。

 その間を縫う。アサシンの特殊技術(スキル)が微妙に役立つ。盗賊(ローグ)系では当たり前の特殊技術(スキル)なのかもしれないが。

 人の壁を突破して見えたのは巨大な毛玉。尻尾があるからモンスターだろう。

「……毛玉のモンスターか?」

「あれは『森の賢王』だそうだよ」

 親切な冒険者が教えてくれた。

「殴る王ですか?」

 拳王という単語が浮かんだ。

「それは分からんが……。知性溢れるモンスターと言われている」

 とりあえず、その森の賢王の側に行き、毛並みに触れてみた。

 大きさは大人の人間より少し大きいかもしれない。

「お、おい。あんた、触ったら危ないぞ!」

「んっ?」

 ヤントラが首を傾げていると尻尾が唸りを上げてヤントラに襲い掛かってきた。

 つい反射的に剣で迎撃しようとしたが止めた。その一瞬の隙に腕に当たる。

 ぶちっ。

 肉を絶つ音が響く。

 遠心力で物凄い速さとなった尻尾の一撃は人間の肉体をいとも容易く破壊していく。

 ヤントラは地面に落ちる自分の腕の切り口を眺め、回復魔法を小さく唱える。

「それがしに触れるとは……。命知らずでござるな」

 毛玉が喋ったが、ヤントラは既に腕の再生を開始した。

 

 毛玉がヤントラに顔を向ける。

 つぶら小さな瞳。数本の長いひげ。

 ヤントラも見た事のある顔に似ていた。

「……あ~、なるほど。そういうモンスターか……」

 地面に自分の腕が落ちても全く気にした様子を見せないヤントラに周りの冒険者は恐れおののいた。

「んっ? 今の一撃は手ごたえが……って腕が治ってるっ!?」

 森の賢王が驚いて飛び退った。

「素早いな。……それにしても可愛い顔して攻撃は本物か」

「何なんでござるか!」

 落ちている腕を拾い、空中に投げ上げて無属性魔法である『魔法の矢(マジック・アロー)』を複数回唱えて粉々に粉砕する。

「しかも知性体。中々に面白いモンスターだ。名前は?」

「はっ!? そ、それがしは森の賢王。名前はまだ無い」

 ヤントラが近づくと森の賢王は少しだけ後ずさりする。

 得体の知れない人間にしか見えないせいか、森の賢王は自分が恐怖している事を悟る。

 目の前の人間は危険だと身体が訴えている。

「森の賢王が恐れているとは……。何者だ」

「いや、漆黒(しっこく)のモモンさんが使役(しえき)しているモンスターを怖がらせるとは……」

「何もしないからおいでおいで」

 軽くしゃがんでヤントラは手招きする。

 

 どう見ても巨大な『ハムスター』だ。

 今までハムスター型のモンスターに出会っていないから珍しい。

 しかも顔が可愛い。

 直接は飼った事はないが一度は触れてみたい小動物だった。今は巨大だが。

「いやいやいや。それがしは殿(との)に仕える身。得体の知れないものに馴れ合う気なぞ無いでござる」

「撫でさせてくれてもいいのに……。捕まえるぞ」

「やれるものならやってみるでござる」

 そう言うと周りの人だかりは巻き込まれると思ったのか、一様に退避し始める。

 〈早足(クイック・マーチ)〉

 ヤントラは一気に駆け出す。

 その素早い動きに森の賢王は驚き、同時に後方に移動する。だが、ヤントラの動きは森の賢王をもってしても振り切れない早さだった。

 敏捷(びんしょう)ではステータスの中でかなり高いのだから並みのモンスターでは敵わない。

 ものの数十秒も立たずに森の賢王はヤントラに掴まる。掴まるというか抱きつかれた。

 とても柔らかい毛並みだった。

「柔らかいな。羽毛布団(うもうぶとん)のようだ」

「おうわ! 掴まったでござる!? お主は……」

 森の賢王は魔法を使おうとしたが眉間に手刀が落ちた。

「魔法まで使うのか。なるほど、賢い王か。ハムスターにしては知恵があるな」

「なんと!? 殿と同じ事を……。もしかして拙者(せっしゃ)の種族名もご存知でござるか?」

「この世界特有の名前は知らないが……。ハムスターだな。どう見ても。ミュータント……? 適切な言葉が出て来ないが……、良い身体をしているな。餌は植物の種かな」

 色々と撫でられたり、お腹に当たり部分の模様を見たり触ったりと、興味深げなヤントラに弄(いじ)り回された。

「すまなかった。ついつい可愛がってしまって。では」

 そう言って何事も無くヤントラは冒険者ギルドに入っていった。

「……殿に並ぶ恐ろしい御仁でござった……」

 身のこなしは計り知れない。

 攻撃に転じていれば勝てるかどうかは分からないほどだった。

 

 ギルドの中はほぼ夜中とはいえ『永続光(コンティニュアル・ライト)』で明るく照らされ、たくさんの冒険者が意見交換などをしていた。

 夜型の仕事を担当する冒険者は危険が多い為に人相が悪い人間が多かった。

 昼間よりも上位の冒険者が集まりやすいとも言える。

 その中にひときわ目立つ人物が受付にいた。

 黒い全身鎧をまとい背中に大きなグレートソードを二本背負った戦士。

 その横には粗末な外套をまとったポニーテールの人物が居た。

「………」

 一目でヤントラは悟る。気まずいと。

 ポニーテールの剣士。治癒の為に身体が女性である事は知っていたが、ナーベという人物はすぐさま睨みつけてきた。

 先に手を出してきたのはナーベなのだが、どう対処すればよいのだろう。既に剣を抜こうとしているし。

 とりあえず、襲ってくる前に丈夫なガントレットを装備しておく。見た目には手甲と遜色(そんしょく)ないが殴れば痛い代物だ。

 気まずさのままガントレットを打ち合わせ、かかってこい、という無言のメッセージをやる気の無さそうな態度で見せてみた。

 今の打ち合わせの音に気づいた全身鎧が振り向くと同時にナーベが駆け出す。間一髪、全身鎧の戦士の手をすり抜けた彼女はギルド内であることも構わず襲ってくる。

 やっぱり来たか。と、ヤントラは残念に思った。

 個人的には戦場は選ばないヤントラ。

 だが、さすがに人の目があるので一撃で決めたいと思った。

 〈下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)〉、〈早足(クイック・マーチ)〉

「〈鎧強(リーンフォー)……〉」

 魔法発動に合わせナーベも魔法を唱えようとした。しかし、ヤントラの方が早かった。

 ナーベの胸に一撃、これで魔法詠唱を止め、二撃目は腹部。これで呼吸を止める。

 単純な戦闘ではヤントラの方が圧倒的に強い。それにナーベは魔法職。本来ならば魔法職が強いのだが、レベル的にはヤントラが上なのでナーベには分が悪かった。

 周りに被害を出さない攻撃のため、ナーベは少しだけ浮いた程度。身体をひねるように回転させ首筋への三撃目で床に沈める。

 三秒もかかっていない作業だろう。

 戦士職の攻撃力の高さを生かした単純な暴力。別に一撃で倒すことにこだわりはなかった。

「……やべー、またやっちゃった。大丈夫か? 生きてるか?」

 目を回すナーベの頬をたたきつつ回復魔法を唱える。

 少しだけ鼻血が出ていたが、大丈夫そうだ。

「襲ってくるから、つい反撃したじゃないか。しょうがないなこの子は」

「……すげー」

「漆黒の相棒『美姫(びき)ナーベ』を倒したぞ、あいつ」

 数瞬の後、意識を回復したナーベはすぐさまヤントラから飛び退(のけ)るが身体がよろけて後方に倒れこもうとした。それを全身鎧の戦士が受け止める。

「も、モモンさ……ん」

「こんなところで暴れるな。あと剣はしまえナーベ」

「す、すみません。身体が勝手に……」

 自動迎撃の特殊技術(スキル)でも発動させたのか、というか、そんな特殊技術(スキル)あったっけ、と疑問に思いつつ全身鎧の戦士モモンは軽く息を吐いた。

「連れが失礼した」

「こちらもつい……。大丈夫ですか、お嬢さん。……これ、毎回やらんといけないんだろうか……」

 声をかけると睨みつけるが襲ってはこなかった。

 彼女の設定も何かしら書き換えられたのだろうか。まあ普段どおりといえば普段どおりなのだろう。

 戦士の健闘をたたえるように拍手が起こった。

 本来なら握手をするのだろうが、ナーベはヤントラに謝罪する気持ちは微塵も無いようだ。

 ヤントラはふとモモンの首から違っているプレートを確認する。ミスリルと聞いていたので、その色を確認する。

 朦朧(もうろう)とするナーベをモモンが運ぶ形となり、ギルドの階段に向かう。

 四階建ての冒険者ギルドでは特殊な依頼などは上の階で話し合われると聞いたことがあった。

 今のヤントラには関係ないので、周りの視線を受けつつ受付に向かう。

「……あいつプレート無いよな」

 という指摘がちらほらと聞こえてきた。

 思えば前の登録でも緊張したような気がしたが今回は更に気まずいまま望まなければならない。

 タイミングが悪いな。とヤントラは呟く。

 『生命感知(ディテクト・ライフ)』など適当に発動させたり、アサシンや盗賊(ローグ)系の特殊技術(スキル)で上階の声でも拾いつつ気を紛(まぎ)らわす。

「……すみません。お騒がせしてしまって」

 机に頭を打ちつける勢いでヤントラは受付嬢に言った。

「いいえ。示談(じだん)が成立したのであれば問題はありません」

 っていうかミスリル級冒険者をいとも簡単に静めるってなんなのよ、という思いを受付嬢は懸命に押さえ込んだ。

「……お恥ずかしいのですが、冒険者の登録をお願いします。前回はメンバーカードを貰う前にやめることになりまして」

「はあ?」

 受付嬢は目を見開いて驚いた。

「せっかく貰った銅のプレートを初日で斬られてしまいまして、挫折しました。今日は再登録……してもらえたらなと……」

「……いったい何があったんですか……。っていうか、あれだけ強いのに銅って……」

 周りに聞こえないように受付嬢にだけ聞こえるように色々と説明した。

 聞いているうちに彼女の顔色は色々と変わっていく。たぶん、信じられ無いと言う青ざめた表情になっているだろう。

「銅のプレートを斬られた後にっ!? えっ!? ウソ!?」

 一応、胸に付けている徽章(きしょう)などを見せていく。

 貴族の紋章は冒険者ギルドでも参照できる。それは依頼者の確認をするために必要だからだ。

「……そんなバカな……。……確かに……本物ですね」

 受付嬢の狼狽(ろうばい)振りに後ろの冒険者達も気になって聞き耳を立てていた。

「仕事が無いので、まずは出来ることからと……。なにせ勝手が分からないし。戦士職なので戦う方が仕事としてやり易いというか……」

 強者とは思えない低姿勢で受付嬢に答えていく。

 どこの都市でも同じように騒がれてしまうかもしれないので、恥を忍んで頑張っている。

 没落貴族で蒼の薔薇のリーダーを娶った存在だ。受付嬢が驚くのも無理は無い。

「では、いいんですね?」

「はい」

 受付嬢は深呼吸を数回繰り返した後で、一枚の登録用のスクロールを取り出す。

 前回登録したので勝手はだいたい理解していた。ヤントラはすぐさま銀貨をカウンターに載せていく。

「まずは名前を」

 ラキュースと共に勉強した自分の名前を間違えずに書いていく。

 分からないものは代筆料を払うが頑張ってみた。

「……うわー、本当に書いた……。……ドラ……と」

 何度も読むが文字に変化は起きない。

 分からない部分は受付嬢に代筆料を払って書いてもらった。それでも半分以上は書けた。

「講習は既に聞いたと思いますが改めて説明しますね」

「はい」

 おおよその内容は前回と一緒。なので質問はほぼ無い。

 聞き流しに近いが、重要な部分は改めて聞き入る。罰則規定は特にしっかりと。

 今回は途中で抜ける可能性があるので、ここはしっかりと聞いた。

 昇進試験も聞き、最後の締めくくりに入る。

「ちなみに銅のプレートは……」

 と、受付嬢が言うのでカウンターに乗せた。

 だいぶ期間が過ぎていたとはいえ綺麗なままの二つに断ち切られたプレート。

 物持ちの良いヤントラは錆びないように手入れだけはしていた。

「うわっ、見事に……。メンバーカードは無いんですよね?」

「貰う前でした。一定期間が過ぎると取り消しになると聞いて……」

「はい。分かりました。これで以上です。このプレートはこちらで処分しますね」

「……申し訳ありません」

 何をどうすれば初日で銅のプレートを斬られるんだろうか。先ほどの美姫ナーベの仕業だろうか、など受付嬢は思い、新しい銅のプレートを用意してきた。

「メンバーカードは明日の昼ごろに取りに来て下さい」

「はい」

 低姿勢ではあるけれど実力は目の前で見てしまった。少なくともオリハルコン級以上。

 下手したらアダマンタイト級かもしれない。それが無名のまま今まで居たのだから信じられない。

 一度講習を受けただけあって無駄な質問が無かった。

 流れ作業ではあるが受付嬢は締めくくりもおろそかにしない。

「以上で講習は終了です」

「はい」

「おめでとうございます、ヤントラさん。我々、冒険者ギルドは貴方を冒険者と認め、共に歩んでいけるよう祈っています」

「頑張ります」

「……ところで、……漆黒の方々と何かあったんですか?」

 受付嬢はさっそくカウンターから身を乗り出すように尋ねた。

「何も無いはずなんですけどね。嫌われているのでしょう。すぐ斬りかかってきましたから。ムカつく顔でもしているのかもしれませんね」

「それにしてもお強いようですが……。いえ、これは興味本位ですね」

「モンスターを倒していたら強くなっていただけですよ。隣りの方にはたぶん勝てないかと……」

「……ですよね。漆黒のモモンさんは短期間でミスリルになられたほどですから」

 他愛の無い話題の後でヤントラはギルドを後にした。

 すぐにカウンターに詳細を聞きに人々が集まってきた。

「元蒼の薔薇の大罪人ラキュースの夫。ということくらいしか分からないけれど、漆黒の美姫ナーベさんを圧倒するとは……。あれはすごい冒険者になるんじゃないかしら」

「ラキュース!?」

「アダマンタイト級がまた現れるのか」

「前回の登録は失敗したらしいから、今後がどうなるのか……」

 実力は見てしまった。あれは紛れもない本物だ。それは周り全てが認めてしまっていた。

 受付嬢は二つに割れた銅のプレートを見る。

 プレートを初日で割る、いや、割られる人間は見た事が無い。というか記憶に無い。

 

 外へ出たヤントラは少し後悔していた。

 ナーベを成り行きとはいえ倒してしまったことに。

 これだからあいつと一緒は嫌なんだ、と後悔しても仕方が無いことに頭を痛める。

 意気消沈したまま近くの宿屋に向かう。

 この辺りの店はだいたい把握しているので迷うことは無かったが、夜ともなると店も活気に満ちている。

 治安が悪いところほど夜は活気付くのではと思ってしまうほどだ。

「部屋は空いてますか?」

「空いてるよ。大部屋だが……」

「そこで構いません。一拍でお願いします」

「五銅貨だ」

 五銅貨と銅貨五枚は同じ意味だ。

 料金を払い、部屋を教えてもらい、さっさと階段を登る。この宿屋は三階建てになっており、二階が大部屋中心で三階が個室になっている。

 指定された部屋は十人がなんとか寝泊りできるスペースになっていて、各寝台の床には荷物を入れる宝箱のようなものが置いてある。

 鍵が備え付けられているのは未使用の証拠。

 ヤントラは何も考えたくなかったので、さっさと空いている寝台に横たわった。

 部屋には偶然か、誰も居なかった。一階で食事をしているかギルドで意見交換でもしているのだろう。

 保存食を食べた後は襲撃に備えてガントレットだけ装備し、眠りにつく。

 とりあえずは大人しくメンバーカードを手に入れなければならない。後はリ・エスティーゼに帰っても問題は無いだろう。

 毎回、ナーベの襲撃は勘弁願いたい。

 他のNPC達も、どんな性格設定をしているのか調べなおさないとダメか。

 

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