※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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D-3 吸血鬼の前に

 翌朝目覚める予定が、不意打ちでたたき起こされる。

 熟睡していた所を引き摺(ず)り下ろされたのだから堪(たま)ったものではない。

「……起きろ、下等生物(ガンガゼ)」

 それだけで相手が誰だか分かるのが恐ろしい。

 辺りは薄暗いが窓の外はぼんやりとだが群青がかっていた。

「……ナーベか? いきなりなんだ」

「……静かに……、極秘で下等生物(タコノマクラ)に会えとアルベド様からのご命令があったのだ。詳細を端的に述べろ」

 室内に誰がどれだけ居るのか知らないが、とりあえずは伸びをして相手を見据える。

 下等生物の基準がわからないが海洋生物や小型生物が入るようだ。

 いきなり起こされたので相手の顔はすぐには分からないほど室内はまだ暗かった。

「……えっと、寝起きで頭が働かない。……すこしだけ待て。……それよりいちいち襲ってくるなよ。今回は随分と手加減はしておいたのだが……」

「……それは私も反省している。……すぐに気付いたとはいえ、見事な手並みだった」

 ナーベがあの程度の攻撃で昏倒するはずが無い。防御力は割りとある娘だからだ。

 『下級筋力増大(レッサー・ストレングス)』の魔法はあえて使わなかったからダメージ的には軽微だったはずだ。

 鼻血は床に打ちつけたときのものだろうが、さすがは戦闘メイド。咄嗟の演技もお手の物だ。

「防音は?」

「展開済みだ」

 それでも念のために声は潜めている。

 目がすこしずつ慣れてきた頃にナーベを見据える。

 服装に変化は無いが、身近で見るとやはり可愛い顔をしている。それが偽装であっても。

「大きなケガがなくて良かった。自動迎撃の特殊技術(スキル)はなんとか抑えてくれ。おっと、一つ伝言だ」

「うむ」

「エントマに外に出るときは潰しの利く『口唇蟲』に取り替えるように言ってくれ。あと念のために『仮面蟲』も用意した方が正体が隠せて都合がいいかもな。何かあって大事な声を無くしては困るから。それは必ず伝えてくれよ」

 そう聞いてナーベは目を見開く動作をしたがまだ暗がりなのでヤントラには分からなかった。

 『闇視(ダークヴィジョン)』という魔法はあるにはあるが、今回は使わないことにした。

「……確かにそれは重要だ」

「……これからが私にとって重要なことだ。君の協力を仰ぎたい。冒険者ナーベとして」

「戦闘メイドのナーベラルではなく、アンダーカバー(偽装身分)の方か?」

「そうだ。戦争が始まるときに大きな仕事をするかもしれない。それはアインズとは別行動となるだろう。君には少し納得できない仕事だと思うが……。大局的には損は無いはずだ。冒険者ギルドの規約を洗いなおす必要はあるかもしれないが……」

 真面目な意見にナーベことナーベラルはしっかりと聞いていた。

 自分の主人に不利益が出るのか、出ないのかの判断はこれから吟味するのだが、大切な指令であることは理解した。

 アルベドからの命令だ。主人に不利益になる命令は出さないだろう。

「リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の戦争だな」

「そうだ。私の予感が当たるようならアインズと敵対するかもしれない。ナーベにとっては反逆のそしりを受けるかもしれない。それでも主人の将来を思うなら協力を願う」

「……それはナザリックを裏切る行為になるのか?」

「いや、これは単純な話しではない。色々と考えてみたものの犠牲は出てしまうだろう。それでも民には心の安らぎは必要だ。そして、それを利用する価値もある。失敗すれば私が死ぬだけだ。君は途中で退散してくれ。少しだけ側に居てくれるだけでいい」

 失敗するとアインズにかなり迷惑はかかるが、その時は適当なものを用意しなければならない。不可視化の出来るシモベも必要だなとヤントラは思った。

「アインズ様の為になるならばこの身を犠牲にする覚悟はある。だが……」

「私はアインズではなく、ナザリックの為に動く。不本意だが自作自演となるかもしれないが、不必要な殺戮だけは避けなければならない。ナザリックへの脅威度合いが増してしまうからだ」

 ナーベとしてはアインズの為なら犠牲はいとわない。しかし、ナザリックの平穏も自分には大切だ。あそこには至高の方々の大切な宝がたくさん眠っているのだから。

 思っているほど大変な仕事になる予感をナーベは感じた。

「一時の叱りは覚悟しなければならないが、アインズにとっても悪い話ではないだろう。だが、奴には分からない。種族的な感情で、君もそうだが人間の命の重さが理解できないのだから。虫けらの如き人間の蹂躙を防止する理由はナーベ、理解できないだろう?」

「……生かす価値のないゴミとしか……」

「だが、それらの協力を仰ぐのが君たちの言うアンダーカバーだろう?」

「はっ。……あ、はい」

 ナーベは姿勢を正し、片膝をつく。

 ヤントラを『至高の御方々に連なる者』として対応するために。

「計画は君を連れて行くだけのところまで揃った。あとは君の返答次第だ。戦争開始まで待っておく。いざという時は一人で行くが……。ナーベを連れていないと格好がつかないからな」

「……計画を理解できない私に教えてほしい。今の話しではアインズ様は帝国側に着く事が想定されている気がするのだが……」

 王国側に着く場合は計画の必要性が感じられない。

 それに王国側にアインズが付けば敵対することにはならないはずだ。そうすれば何も問題は無い。まだ何も決まっていないのだからナーベは理解できなかった。

「私の生まれながらの異能(タレント)の能力が本物なら……、アインズは帝国側に着く。既にフールーダを手に入れているし、貴族共に嫌悪感を抱いている。……それに王国側は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の扱いがとてもひどいのが決定的と言えるだろう。だから、自ずと答えは限定される」

 タレントという名称はナーベも聞いているし、アインズが警戒している能力でもある。

「お前っ……、いえ、あなたは生まれながらの異能(タレント)を持っているのか?」

「何故か身についていた。本当に生まれながらの異能(タレント)なのかは自信が無いが……。おそらくは……未来予測だろう。予知というのは大げさなんで。漠然とした映像が天啓のように浮かぶんだ。エントマの口唇蟲もさっき気が付いたくらいだし」

「なんとっ!? それは凄いな。確かに未知の敵の存在もある。……用心に越したことはないな」

「……運命はそう簡単には覆らない。私の生まれながらの異能(タレント)も万能ではないからな。君には多大な迷惑をかけるがアインズ、ナザリックに忠誠を誓う君を利用させてくれ。返答は戦争開始の日時が決定する頃で構わない」

 ヤントラはナーベに深く頭を下げた。

 

 アインズに忠誠を誓うナーベにとっても主人の利益になるのであれば何でもしたいと思っている。しかし、今回は主人の命令に背くかもしれない。

 アルベドからの指令もある。

 今はアインズへの敵対がどのような形になるのかは理解できない。

 アインズとナザリックを天秤にかけるような気持ちだ。どちらも大切だ。

 確かにすぐには返答は出来ないだろう。そして、これは主人に報告したところで後々、不利益が生まれそうな予感すら覚える。

 守護者統括はヤントラの指示を仰ぐことを厳命してきた。

 アインズからの命令はまだ情報収集の範疇(はんちゅう)から出ていない。どちらが重要かと言われればアルベドなのだが、アインズの命令は絶対だ。何ものよりも優先させるべきだ。

 不利益になる事はもちろん避けなければならない。

 既に多少の失態を犯している。

 その失態を犯すだけの価値があるというのならばアインズの為に汚名も被ることはいとわない。

「……戦争開始の日時の時に返答する。指示は以上か?」

「ありがとう。ハムスター……、はいいや。ギルドの上の階に行っていたようだが、何かあったのか?」

「ああ、都市長に呼ばれたのだ。吸血鬼が現れたとかで……。詳細は省くが……『国堕とし』が現れたとか」

「随分と曖昧だが、ナーベは一緒ではなかったのか?」

「私は扉の外で待機していた」

「……嫌な予感がするな。私も同席したくなってきたぞ。生まれながらの異能(タレント)がうずうずしている」

「明日も議論する予定だが……。その……生まれながらの異能(タレント)とは魔法か何かなのか?」

「急に勝手に発動するみたいで……、どうにもならんな。範囲としては私が関われるくらいかも。吸血鬼の話しを聞かなければ素通りしていたかもしれない」

「それは凄い。……もし可能であれば……アインズ様……モモンさんに頼んでみます」

「生まれながらの異能(タレント)のことは言うなよ。いや、言ったとしても計画が狂うだけだからアインズとしては納得しないだろう。嫉妬深いところもあるから。出来るだけ私はアインズの好きにやらせて修正する立場がいい。君たちを利用するときは本当に大事な場面でもないかぎり、頼みたくは無いんだ。忠誠心を疑われるようなことはさせたくない」

 もちろん忠誠心を疑われることはナーベもやりたくはない。

 ヤントラの言葉はアインズの為になるならこそなのだろうけれど、そこは人間という種のいけすかなさは残る。

 下等生物たる人間だろうとアルベドは利用する為に指令を出した。ならば自分も従うのが当たり前だろう。

 ヤントラは少なくともアインズの計画自体は止めないつもりなのは理解した。

 止めずに、なおかつ主人を利する計画を取ろうとしている。それならば協力は惜しまないつもりだ。

「今日のところはここまでとする。返答もろもろは後日……」

「無茶を言って悪かったな。あと、エントマへの連絡は早めにな、忘れないうちに」

「はっ。では、失礼する」

 音も無く静かにナーベは部屋から出て行った。

 言うべき相手には伝えた。後は自然の成り行きを見守るだけだ。

 メンバープレートは昼ごろに手に入るのであればもう一度、ゆっくりと眠るとしよう。

 吸血鬼といえばシャルティアだ。ナザリックでは何も聞いていないが、色々と何かが起こっているのかもしれない。

 『国堕とし』

 その名前は聞いている。

 そして、その正体もラキュースから教えてもらっていた。

 それが急に話題に出ることが不思議だった。

 とにかく、今は眠ろう。その前に対策だけはしておかなければ。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 翌朝、いや既に昼ごろになっていた。

 寝すぎたのだろう。途中で叩き起こすから身体が時間の感覚を狂わされたのかもしれない。

 身支度を整え、一階に降りるとナーベだけ食事処のテーブルに居た。他の冒険者は漆黒の美姫ナーベがなぜこんなところに居るのだろうと不思議に思っているようだ。

 ヤントラを見かけると手の仕草だけで近くに来い、と命令してきた。

 黙ってナーベの居るテーブルの席に着く。

「エントマへの連絡は済んだ。これからギルドに向かうが一緒に来い」

「朝ごはんを食べたらね。……昼ごはんか。君達は飲食不要なのか?」

「そうだ。我々に食事は不要なものだ」

 骸骨ならいざ知らずナーベラルは『二重の影(ドッペルゲンガー)』だ。

 肉体を持つ異形種なので食事は出来るはずだ。食べているところは見たこと無いけれど。

 飲食不要にするアイテムがあり、彼女達はそれを身に付けている。

 ナザリックのコスト削減にも繋がる。

 とにかく保存食を食べておく。ラキュースが戻るまでは味など二の次。と、言いたいところだが普通の食事も恋しくなる。というよりはナザリックの食堂で出される料理の方が汚い宿で出される食事より何倍もマシだ。

 家に帰れば自分で調理は出来るのだが、一人暮らしの時は何かと面倒くさくなる。

 蒼の薔薇の面々とゆっくり食事するのも悪くないが、戦争を控えている今は外での活動を積極的に行うしかない。

 ナーベが不思議そうな顔で見つめてくる。

「……そんな食事ばかりなのか?」

「腹さえ満たせればいい。ゆっくり食べる余裕があれば普通の食事も摂(と)るよ」

 今は少し寝過ごしたので急ぐ必要があるだろう。

 ナザリックの食堂と比べれば貧相を通り越してゴミを食べているような感じかもしれないが、これはこれで優秀な食料なのだ。

 栄養価の高い物を複数選んでいるのだから。

 これらもラキュースとの生活で培(つちか)った知識だ。

 ものの数分で食事を終えて、出かける事にする。

「……まずはギルドでメンバーカードを手に入れたら、私と共に上に上がってもらう」

 ヤントラに対するタメ口は変わらないようだ。

 態度は丁寧になるが口調に変化が無い。

 下等生物に敬語が使えない設定なのだろうか。

 

 宿を出るとハムスターが待ち構えていた。

「………」

 目が合った。

 つぶらな瞳。しかし、大人の人間より少し大きい図体のモンスター。

「……森の賢王……」

「こいつはモモンさんが使役しているモンスターだ」

 そうだろうと思ったけれど、改めてみると可愛いな。大きいけれど。

「こちらは我らが……」

 と、ナーベがヤントラを紹介しようとしたが、それをヤントラが手で制する。

「……人通りの多いところで余計な紹介はするな……」

「……申し訳ありません」

 小さな声でナーベは言った。

「ところで、この可愛いハムスターは……連れて帰るのか?」

「そのように取り計らうことになって……いる。……この者の種族名をご存知とは……」

 ナーベが驚きの表情を現す。

「ナーベ殿。その者と知り合いでござったか。それがし名はまだ無いでござるが、よろしくお願いするでござる」

「……癒し系が増えるのは良いことだ。だが、もう少し小さいのが欲しいな」

「この一匹しか居ないようだ」

 ハムスターこと森の賢王はナーベと会話しているヤントラを不思議そうな顔で見つめる。

 昨日の出来事もあり、只者ではない気がしてきた。

 ハムスターを通り過ぎてギルドに向かおうとすると後ろからついてくる。

 アインズ、というかモモンが使役するのだからナーベについてきているのだろうけれど、丸い身体で大きい図体は目立つな、と思った。

 こんなハムスターでもヤントラの肉体を破壊する力がある。弱くはないのだろう。

 今の自分は無防備同然。ちゃんとした装備をまとえば油断はしない。

 冒険者ギルドに到着し、受付でメンバーカードを渡された。これで晴れて冒険者に正式になれた。

 それだけで満足だ。ここまで来るのにどれだけ無駄に過ごしたか、などと少し思ってしまった。

 ヤントラが感動している間、受付嬢は彼の後ろで怖い顔をしているナーベが気になっていた。いや、受付嬢だけではなく周りに居た冒険者の殆どが二人の様子を気にしていた。

 何故、一緒に歩いていると。モモンはどうしたと、無言の声が響き渡る。

「一人で冒険者出来るかな、をクリアしたぜ」

 側にナーベが居るけれど、別に助力は借りていないのでノーカウント。

 一番簡単なクエストのはずなのに高難度のイベントのようだった。

「よし、モモンさんは既に上だ。さっさと来い」

 メンバーカードを掲げて喜ぶヤントラの脇を掴み、ギルドの階段を登ろうとするナーベ。当然の如く受付嬢が慌てる。

「えっ、えっ! その方を連れて行くのですか?」

「そういうご命令だ。何か問題でも?」

 ナーベの冷たいの視線に受付嬢は圧倒され、黙ってしまった。

「もう少し優しく願うよ。お嬢さん」

 少しだけナーベが唸ったが構わず引きずるようにヤントラを連れて行った。

 上の階に消えていく二人に受付嬢と周りの冒険者があ然とする。

 冒険者になったばかりの新人にいきなりよくないことが起きそうな雰囲気を殆ど全員が感じた。

 

 多少強引なやり方はヤントラも文句は無かった。これが正しい方法だと思った。

 とりあえず、問題は次々と解決しなければ状況は悪化し続けていくだろう。それがタレントによるものかは分からないが、アインズが関われば関わるほど悪くなる気がする。

 大人しく冒険者をやっていればいいのに、と少しだけ思うが仕方ない。

 混迷の世界ではトラブルは避けて通れない。

 ヤントラの推測では戦争さえ終えてしまえば自由な時間が出来ると思っている。争いの種が国から街に落ち着きさえすればアインズが多少、関わっても被害は少なく済む。気がしている。

 問題は三国が『アインズ・ウール・ゴウン』という強大な敵に怯え続けるのが問題なのだ。というか、そうなるように仕向けたのは自分ではないか、とヤントラは思わなくはないがタレントによる効果が本物なら何もしていない時の方が被害はもっと大きかったのかもしれない。

 事前に情報を伝えているからこそ三国の争いが今の程度で済んでいるとも言える。

 ナーベ率いる異形たちの実力は原住民には脅威だ。それは覆しようが無い事実。それに不必要な犠牲が既に出ている。もしくは自分の知らないところでは更に多くの犠牲者が居るかもしれない。デミウルゴスという人間の天敵のような悪魔も居るのだから。

 敵対プレイヤーについては探したいのは山々だがヤントラは身動きが取れない。

 そこかしこにナザッリクの面々が居る中で新しい情報を得るにはそれぞれと情報を共有したほうが楽なのだが、ギルドメンバーではない、という点が意外と大きい。

 人間と異形。互いが手を取り合うのはそう簡単なことではない。

 一歩間違えばナザリック地下大墳墓の彼らの忠誠心を揺るがしてしまうかもしれない。当然、アインズはそれを許さないだろう。

 その辺りの調整が難しいのだが、経験値が足りない。

 上級職や魔法をもう少し豊富にしたいが必要なアイテム類が無い。

 残り十レベルで意外な職業とか選べたらいいな。

 そういえば玉座のことすっかり忘れていた。

 などと考えている内に現場に到着する。

 冒険者ギルドの最上階。つまり四階の扉の前まで来た。

「……そういえば君達はしっこく……『漆黒』なのだろうが、チーム名も考えないといけないものなのか?」

 『しっこく』に当たる漢字は一種類しか知らないので『漆黒』なのだろう。

「これは下等生物(ウミウシ)たちが勝手に呼んでいるだけだ」

 いつの間にか言われるようになったがナーベは興味を持たなかった。

「『漆黒』、『漆黒の剣』、『漆黒聖典』……。漆黒だらけだな。私は……『最弱の暴君』か愉快な仲間達系でも考えておこう」

 個人的には『戦乙女』などを入れたいと思った。

 色だとかぶりそうだし、薔薇は既にラキュース達が使っている。

 ナーベがノックすると中に居た人達の動く気配を感じた。

 魔法による阻害効果でノイズが蠢(うごめ)くような感覚はあった。どうやら秘密の会議であることは間違いない。

 扉が開き、ヤントラ達を一瞥する者は男性でもちろん知らない人間だ。

「何だね、部外者は立ち入りを控えてほしいのだが……」

 ナーベの姿は知っているが横の男性、ヤントラの事は知らないようだ。

「重要な情報を持っているかもしれないのでお連れした。モモンさんに許可を願いたいのだが……、よろしいか?」

「んっ……。昨日の会議に関係があると?」

「……おそらくは……」

「しばし待て」

 男性は扉を閉めて中に戻った。

 中に入れてくれるとものと思ったのか、扉を閉められてナーベは小さく舌打ちした。

 数分後に扉が開けられた。

「……モモン君が許可を出した。入りなさい」

「私は外で待機している」

 ナーベの言葉に男性は頷き、ヤントラを中に入れる

 扉が閉まった瞬間にヤントラの視界は暗転する。

 気が付けば床に倒れ伏している。それも喉の部分が熱い。

 視界が安定すると自分は壁か何かに顔をつけていることが判明する。いや、床だ。

 ゴボゴボと音が聞こえる。

 『支配(ドミネイト)』、『魅了(チャーム)』の対策は装備品でもしているが強固なものではない。

 現在のヤントラはまさに何者かの魔法の影響を受けたとしか言いようが無い。

 喉から流れ出る血の量は増えていく。

「……これは一体っ!?」

「誰か回復魔法を!」

 室内に居た何者かが叫んでいる。

 数にして六人くらいだろうか。足音だけで確認できるのはその辺りだった。

 外から内部への阻害は出来ても内部に入ってしまえば阻害は受けない。

 貴重な情報源を一回分損失させる。プロのプレイヤーならば今の出来事だけでかなりの失態だと判断するだろう。

 支配は回数分だけ効力を弱めていく。最初の一回はとても大事なのは情報戦では基本中の基本だ。

 ヤントラにとっては苦手分野だが、対抗策くらいは出来る。

 相手を油断させることも技術の一つだ。

 二度目にも同じ手を使う場合は犯人への攻撃だ。それを知る者は決して手は出さないはずだ。

 ヤントラは上体を何とか起こし、両手を見る。

 片方は短剣。もう片方は直接喉を引きちぎった肉片が握られている。

 つまり相当、高い位階魔法の使い手の仕業だろう。こんなことが出来るものは部屋の中にどれだけ居るだろうか。

 そんなことは取るに足らないことなので無視する。

 慎重派の仕業である事が分かれば特に問題は無い。むしろ、これからたくさん迷惑をかけるのだ。この程度は駄賃としてくれてやろう。

 肉片を捨てて喉を押さえて辺りを見渡す。

 ほぼ全員の驚く顔があったが一つだけ変わらないものがある。それは黒い全身鎧をまとう冒険者、モモンだ。

 室内に居たのは彼を含めて七人。これで全員を把握した。

 懐から素早くポーションを取り出し、一気飲み。久しぶり飲むポーション。そういえばこの頃は回復魔法ばかり使っていたなと思った。

 驚異的な回復で喉が塞がっていく。さすがはユグドラシルのアイテム。

 『大治癒(ヒール)』でもいいかもしれないが第六位階なので目立つ恐れを感じた。

「だ、大丈夫なのか?」

 喉に溜まった血の塊を吐き出す。その後は通りが良くなった。

「〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉」

 小さく魔法を唱える。魔法は適度に使ったほうがいい気がした。

 それにしても血まみれ度合いが凄い。その辺はまあ仕方ない。

「……よく分からないけれど、普通なら死んでいるぞ」

 喉の調子が戻るのはまだ少しかかるようだ。小鬼(ゴブリン)のような声になっている。

 ある程度、落ち着いたところで壁際に寄りかかる。

 室内がすごい事になっている。でも、自分の責任ではないので掃除は各自でやってほしい。

 まず目に付いたのは肥満体。

 冒険者プレートを付けた者はモモンを除いて三人。

 入り口で対応した人物。

 最後はローブを着た人物だった。

 プレートはモモンと同じくミスリル。

「手厚い歓迎、ありがとうございます。これはエ・ランテル式の挨拶か何かで?」

「そんなわけあるか! 君が急に喉を……って倒れたのだ!」

「と、とにかく、何所かに座りたまえ。掃除をしてから話そうじゃないか」

 だいぶ喉の調子が良くなってきた頃に掃除をさせる為の人間を呼んだが、現場の惨状に吐き気を催し、なかなか捗らなかった。

 最終的に床が綺麗になるまで三十分はかかっただろう。そして、血の匂いが充満していた。

 アバターの血液とはいえ血の臭いはあるようだ。

 ヤントラはいつも血まみれのような生活をしていたせいか、それほど気にならなかった。

 服はどうしようもないのでそのままだが、何所で洗おうかなと思った。

 乾いてしまえば臭いは意外とすぐ拡散するし、などと考えつつ現場は落ち着きを取り戻そうとした。

 そう簡単には落ち着かないが、起きてしまったものは仕方がないだろう。

 壁際に寄りかかるように椅子に座ったヤントラ。さすがに壁を貫く攻撃は来ないだろうが、背中を預けた座り方で背筋を伸ばしているほうが落ち着く。

「改めて……、私はこの街の冒険者の組合長を努めているプルトン・アインザックだ。こちらは都市長のパナソレイ・グレーゼ・デイル・レッテンマイア様」

 都市長が肥満体で呼吸が苦しそうな息使いが聞こえる。

 組合長は精悍な顔立ちで戦士風。

「こちらはエ・ランテル魔術師組合長テオ・ラケシル」

 ローブをまとっていて全体的にやせ細った印象を受ける。

 残りは冒険者チームなのだろう。正直、名前を覚えるのは得意ではない。特に都市長はパナソレイ以下は忘れてしまった。

 紙にでも書いてくれれば覚えられる。ラキュースの名前も何度も覚えたものだ。

 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

 頑張ればこれくらいはそらで言えるようになる。

「こちらは右から『クラルグラ』の代表者イグヴァルジ君。『天狼』の代表者ベロテ君。『虹』の代表者モックナック君だ」

 それくらい簡単な紹介で済ませてほしい。

 最後にモモンが紹介されるがチーム名は言わなかった。

 正式なチーム名が決まっていないのかもしれない。

「初めまして……。さっき冒険者に正式になったばかり者です。……ヤントラと言います」

 まだ少し喉に違和感を覚える。

「本来であればミスリル級以上の冒険者しか入ってはいけないのだぞ」

「……その前に一ついいですか?」

「んっ? 何だね?」

 『軽傷治癒(ライト・ヒーリング)』を唱えてから、二度ほど呼吸を整える。

「都市長はリイジー・バレアレという方から依頼などは受けられましたか?」

 そうヤントラが言うと少しだけ首を傾けた後、ああ、と言った。

「カルネ村の件だね、ぷひー」

「はい」

 ぷひー、ぷひー言うから『豚か、お前』と言いそうになった。姿は豚というよりはブルドッグに近いが。

「私の義父達が居るので……、事前に報告していただけたらなと……」

「うんうん。それは王国につたえてあるよ」

「ありがとうございます」

「都市長、それは何の話しですか?」

「いやいや、これは昨日の話題とは関係ない。ふ~、演技も疲れるわい。では、真面目に行こうか」

 都市長の雰囲気が変わったが見た目は変わらない。

「昨日は吸血鬼(ヴァンパイア)について話したのだが、プルトン君」

「いいのですか?」

「組合長がリードすべきだろう」

 ぷひー、というのをやめたようだ。聞き苦しさが無い分、安心する。

「銅の奴に話す事か?」

「吸血鬼の情報は鉄のプレートの冒険者がもたらしたのだ。下のランクだろうと構わないだろう。彼に何か出来るとも思えないが……。もちろん、秘密は守ってもらうけれど」

 パナソレイはヤントラに言った。

「一つ条件を出させてください」

 ヤントラは言い返す。

 パナソレイは金銭的なものかプレートのランクの事なのか迷ったが聞いてから判断することにした。

 都市長はプルトンに顔だけで合図を送る。

「言ってみなさい」

「冒険者は他国に介入してもいいのですか? 罰則などが分からないので」

 それを聞いた冒険者や都市長達は目を見開く。

 全くの予想外の言葉に驚いた。

「そ、それは戦争のことか?」

「基本的には許されていない。依頼があれば別だが……」

「では、戦闘行為ではない場合は可能でしょうか?」

「んっ……。元冒険者が戦闘に参加することはある。現役となると……」

 答えにくい問題だとヤントラは理解した。

 両国には冒険者が居る。それらが戦闘に参加すれば甚大な被害が出るだろうし、貴族達の圧力の材料にされてしまう。

 王国側からは出せないのが現状だろう。ただ、帝国側は出してくるかもしれない。

 事態が混乱するから国に関わる事に介入させないようにしている。

「戦争で武勲でも上げる気か?」

「銅(カッパー)が手っ取り早く出世でもしてミスリルにでもなる気か?」

 それぞれが非難している間、モモンはそれは上手い手だと思って感心しながら頷いていた。

「国家の問題に冒険者が介入してはならないのは常識だぞ、貴様!」

 という言葉にモモンが『えっ、そうなの』と驚いた。

「そんなことをすれば冒険者の権利の剥奪(はくだつ)だ。参加したいなら志願兵になれ」

「皆さん、落ち着いて。彼は確認がしたいだけかもしれませんよ」

 プルトンが場を治めようとした。

「帝国側は強大です。こちらは貧相な兵士ばかり。気の毒です。ならば少しでも手助けになれればと……」

「……つまり、君は冒険者として介入する裏ルートを認めろと」

「何事にも穴はあるでしょう。戦闘はしなくていい方法が……。言い訳の立つ方法で……」

 なにやら大きな事を考えている男だなと都市長は思った。

 冒険者として何か企んでいる気もするが、それがどんな目的なのかは分からない。

 地位や名声などが目当てかもしれない。それも中々に狡猾な方法を取ろうとしているとも言える。

 武勲を上げる気は無いようだが、何を考えているのだろうかと。

「戦争に使われるカッツェ平野には帝国だって監視しているだろう。偶然を装っても言い訳が立つまい。戦争が終わった後なら問題は無いかもしれんが……」

「……無理そうですか?」

「戦争への参加は出来ない。君の言う『戦闘しない』というのは何なんだ? ただの見物か?」

「……そうなるかもしれません。または敗残兵の手当てでしょうか? あと、応援」

「おう……、まあそれくらいなら……。あんまり誉められた行動ではない気がするが……」

 モモンも『つまらんことを言うな』と少し呆れていた。

 もし自分なら敵に突っ込んで武勇を上げるぞ、とまで思った。

「銅なら応援程度はいいんじゃないですか?」

「プレートは関係ありますか?」

 ヤントラは更に言った。

「関係は……無いな」

 プルトンはヤントラの狙いが全く分からなかった。

 頭がおかしい、というのは分かった。

 血まみれになって頭の血が足りないから変な言動をしているのかもしれないと思った。

「よかろう。条件として検討しておく」

 プルトンはとりあえず、場を収める意味で納得することにした。

 どういう狙いがあるのかは分からないが、大したことにはならないだろう。

「確約書を作っていただきたい。名前は未記入で。都市長が認めてくれれば充分です」

「かくやくしょ? 何を約束するのだ?」

「兵を救う許可です。冒険者として戦闘はしない。急にやめて志願兵になったりはしません。そういう卑怯な事は無し。というようなものです」

 いやに具体的だな、とパナソレイは思った。

「名前が未記入とは?」

「傷ついた兵のために誰が助けてくれたかの名前です。その程度で構いません。報酬とか名声とか無くていいので」

 そうヤントラは言うとモモンは『もったいないな』と思った。

 パナソレイも特に問題があるようには思えなかった。報酬はさすがに困るかも、と危惧していた。そもそも冒険者への補助金は貴族達に削られているのだから。

「都市長や組合長が不利にならないようなものでいいです。……まあ心のよりどころは必要でしょうから」

「……確かにな。しっかりと検討しておこう」

「私のような貧乏貴族の名前では都合が悪いでしょう。レエブン侯に協力をお願いできれば幸いです」

 パナソレイは目を見開いた。

 意外な人物の名前が出てきて、呼吸が苦しくなり、急いで水を飲む。

「な、何故、君がレエブン侯の名前を……」

 その前に貧乏貴族と言ったな、とパナソレイはすぐに思い出す。

 そして、ヤントラの胸についている今は血まみれの徽章に気づく。

「!? そ、それは! まさか」

 都市長の慌てぶりに周りが騒然となる。

 貴族と付き合いのあるパナソレイは殆どの貴族の紋章は記憶している。だからこそ驚いた。

「お願いします。是非とも確約書の作成を」

 ヤントラは深く頭を下げた。

「んん、わ、分かった。早急に手配しよう。……いや、気付かなかったとはいえ、失礼した」

「私はただの銅に成り立ての冒険者ですよ。条件抜きに出世とは関係ありません。ゆっくりじっくりと上に行きます」

「む、……その謙虚さは買おう。よし、君がそれでよいなら何も言わん。条件は飲もう。では、プルトン君。本題に入ってくれ」

「いいんですか?」

「いいんだ。これ以上冒険者達を待たせるのも悪いではないか」

 よく分からない事態になり、プルトンや他の者も煮え切らない態度になった。

 モモンも良く分からない事態だなと思っていた。

 

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