ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
ヤントラは何回か呼吸を確かめる。まだ少し喉に違和感がある。繊細な部分だから仕方がないと諦めた。声自体は特に問題は無さそうだ。
本題とは先日吸血鬼がエ・ランテル近郊に現れ、
生き残りの冒険者は精神的に参っていてなかなか事情を把握することが難しかったが強い吸血鬼に遭遇した、というところまでの情報を得た。
「近くに野盗の
ヤントラに簡単ではあるが説明した。
「その吸血鬼は銀髪で大口という特徴がある」
「しかも第三位階の魔法まで扱うそうだ」
ヤントラはそれだけ聞いても表情を変えなかった。危機感が無いのかなとプルトンとパナソレイは思った。
何も知らない者なら当たり前かもしれない。しかも彼は銅プレートだ、などと思う者は居た。
簡単な説明なので段々と怖がるかもしれない。
咳を一つし、プルトンは続けた。
「吸血鬼、ヴァンパイアは普通は
「俺達ミスリルが束になっても叶わないヴァンパイアだとよ」
「十三英雄の英雄譚に出てくる『国堕とし』で有名な
ここまで言ってもヤントラの表情は変わらない。いや、恐怖で何も言えなくなったのかもしれない、とプルトンは思った。
「何か質問でもあるかね?」
「そのヴァンパイアは何匹ですか?」
普通にヤントラは質問してきた。
「一体、だと聞いている」
「……冒険者を狙ってきたのですか?」
「報告によれば野盗を襲撃した後に冒険者が偶然出合った、のではないか。という推測しか出来ていないが」
「大事なことですが、生き残りはヴァンパイアとお話ししました? それとも一方的に殺しにきました?」
モモンはヤントラの質問内容に驚いていた。
具体的過ぎる、と。
ヴァンパイアと冒険者がどんなことを話していたのか、気にしていなかったからだが、改めて聞くと背筋に冷たいものが走る気がした。
「ああ、何か言っていたらしい。操られていたようだから詳しい話しが聞けなかった。相当、恐ろしいものを見たのだろう」
「それで皆さんはそのヴァンパイアを倒したいと」
「倒せたらな」
「どうしてですか?」
「はっ? 何言ってんだ?」
モモンは身を乗り出そうとし、机に手をかけた。
「ちなみにヴァンパイアの名前は分かるんですか? 種族とか?」
「いや、そこまでは……。とにかく見たことの無い強いヴァンパイアだろう」
「それより、ヤントラ……殿。国の存亡がかかわるくらい強いヴァンパイアだそうだが……」
パナソレイは震える声で言った。
彼はおそらく自分の知る中で軽く扱ってはいけない存在のような気がした。
プルトンも都市長の様子に少しだけ驚く。
「世界には亜人、異形の国があるそうです。言葉が通じるなら交渉する方が懸命だと思います」
「だが、犠牲者が出ているんだぞ!」
「でも生き残りが居る。つまりは予定外の犠牲者を出してしまった、と考えるのが普通だと思いますが?」
「あっ? そのヴァンパイアがわざと逃がしたっていうのか」
「確かに、殺せるはずの者を逃がした点は別におかしくないな」
操られた冒険者が生きて帰されたのだから。
「無用の犠牲を出さない方がいいなら、そうすべきでしょう。聞いていると野盗が目的だったのかもしれませんよ」
「うむ。野盗の根城は確かにあるそうだ。まだ詳しい報告は上がってこないが……」
「人知れず野盗を倒すモンスターを我々が怖がって討伐するのは無用の犠牲を生むだけとは思いませんか? どうやら相当な強さがあるそうですが、味方に引きこむ方がいい気がしますが」
モモンも納得してしまいそうになる。
犠牲は少ないほうがいいに決まっているのだから。
「相手は化け物だぞ!」
「……ヤントラ、といったね。君の意見を素直に認めることは出来ないが、確かに犠牲は少ないほうがいい。正直に言えば戦力が圧倒的に足りないのは事実だからな」
疲れたようにプルトンは言った。
「……私は自作自演をする人間は嫌いなので、素直に言っているだけです」
モモンは唸った。こいつ何言ってやがる、と。
「危険なモンスターが王都の周辺にどれだけ居るか分からない状況だ。今の内に討伐できるものは倒してしまった方がいいと思うのだが」
「それとも何か。貴様はそのヴァンパイアとグルだっていう線もあるわけだな」
「私は多種族の知り合いがたくさん居ますからね。つい先日も知り合いになったんですよ。とても親切な方達で魚の養殖について勉強しておりました」
この言葉で周りが一斉にどよめいた。
「はっ?」
「貴様、それでよく冒険者になろうと思ったな!」
「もちろんですよ。モンスター退治は大好きですから。敵は殺します。
ごく普通にヤントラは言った。
それはとても危険な匂いがする言葉に聞こえた。
銅プレートが何故、
「……君はモンスターと仲良しなのか、敵なのか?」
「ああ、すみません。知性あるモンスターは仲良くしようとしますが、攻撃するものは倒します。それだけですよ。分かり易い基準だと思いますが?」
「つまりヴァンパイアも攻撃してきたら倒すと?」
「もちろんですよ。その為にたくさんのお友達が居るのですから。人間は少ないけど。カルネ村だって
普通に喋っている人間のはずが得体の知れない者に見えてきた。
「……うむ。魔法やマジックアイテムで召喚されたものは味方だな」
と、腕を組んだモモンが言った。
それだけで少しは納得できた者が居た。
「犠牲になられた人には気の毒ですが、この場合はどんな謝罪なら……、殺す以外でですが、許されるのでしょうか?」
「そのヴァンパイアが謝罪するとなると……」
「倒すしかないだろう」
イグヴァルジは言った。
「ヴァンパイアは血を浴びると暴走すると聞きました。その影響でとばっちりに合っただけかもしれませんよ」
「だが、モンスターだ」
「まてイグヴァルジ。倒すといっても相当な強さがある。簡単にはいかない」
と、ベロテ。
「実際に人間は解放した。どこかで正気に戻ったからだろう。そうすると話しに矛盾は無くなる」
野盗を倒していたら暴走し、偶然居合わせた冒険者が犠牲になった。
それは別におかしくない。確かに運が悪かったのかもしれない。
何故、野盗を襲っていたのかは不明だが。
「君の友達の……、モンスターなのだろうが、人間に友好的か?」
プルトンは試しに尋ねた。
「人間は虫けら。生かす価値はない。と言ってましたが意外と仲良く付き合ってますよ。実際に帝国の……えっと、魔法使いさんがお世話になっているそうです」
「なんだと!?」
「それはもしや、帝国主席魔法使いのフールーダ・パラダインのことか?」
「そんな名前でした。仲良くするすべはあると思います。知性あるものに限られると思いますけど。中には容赦しない奴も居るかもしれませんが」
楽しそうにヤントラは言った。そして、モモンも小さく頷く。
モモンも議論の落しどころを探りたいが、ヤントラの話しがあまりにも突飛で口が挟めない。
人間の言い分も理解出来るし、ヴァンパイアの目的もモモンは知っている。だから、穏便に済ませたかった。
「では、この国の人間は出来る限り襲わない、という約束をさせたらいかがでしょう。モンスターであるし、血を求めるのも種族的に仕方がありません。妥協点は必要だと思います。でなければ犠牲ばかり積み重なりますが……」
「モンスターにそんな約束が守れるものか!」
イグヴァルジは叫んだ。
「だいたいなんだ、お前は! 人間とモンスターどっちの味方なんだ!」
「両方ですよ」
ヤントラは即答した。
「私は異形の方にお世話になりました。か弱き者の味方であれ、と教わりました。それを受け継いでいるだけです。敵には容赦するなとも教えられているので、こんな変人になってしまいましたが」
そう言うとモモンは一人の人物の姿を思い浮かべる。
白銀の聖騎士だった昔の仲間。
「弱い者に人間は入っているのか?」
「もちろんですよ。エルフも入ってますよ」
「そのヴァンパイアとどうすれば会えるのかね? 話しぶりでは……、正体を知っていそうだが……」
「人間と会う気は無いと言われるかもしれません。私の知っているヴァンパイアであれば……、呼ぶのは困難です。それに今は何所に居るのか知りませんから」
「そのヴァンパイアは十三英雄の英雄譚に出てくる『国堕とし』なのか?」
「違いますよ」
即答にほぼ全員が驚く。さすがにモモンも身を乗り出した。
「はあ!? なんでそうはっきり言い切る」
モモンが喋る前にイグヴァルジが食って掛かることが多い。
「『国堕とし』については国家機密とか言われてて教えられませんが、あの人は一般人を襲いません。銀髪でも大口でもありません。それは保証致します」
「会った事があるのか……。いや、その話しは本当なのか?」
「血の匂いが苦手だと言ってましたし。食事は普通のものを食べますよ」
「随分と親しげだが……。名前をかたっているだけという線も……」
「当人が言えばいいんですが、昔のことは言いたくないらしくて。知っている人から聞いた程度ですが……」
意外な事実にパナソレイもプルトンも驚きを禁じえない。
先ほどから聞かされる話しも信じられないが、決して嘘が入っているようにも聞こえないので恐ろしい。
しかも『国堕とし』が国家機密扱いになっているとなると迂闊に調査も出来ない。
「誰がそんなことを……」
「何がですか?」
「国家機密にした人物は分かるのかね?」
「……たぶんラナー王女ではないかと」
聞きたくない名前が出てしまった。
彼女をつつくと良い結果にはなりそうにないとパナソレイは思った。
「……君の立場からは信用にたるのだろう。しかしこれは困ったな。いや、犠牲が出ずに済んでよかったのかもしれん」
「いいわけあるか。食い
先ほどから抗議しているのはイグヴァルジという冒険者だった。
「モモン君はどうなのかね? ここで討伐がなくなると報酬も昇進も無くなると思うのだが」
そう言われてもモモンには『はい』とも『いいえ』とも言えない。
名声と報酬を得るチャンスが無くなるのは困る。だが、相手が悪い。
ここで言い訳をしようとしてもヤントラはそれを邪魔するだろう。だから、奴はここに居るんだ。
自作自演を防止する為に。
かといってヴァンパイアの正体を晒すわけにいかないのも事実だし、穏便に済ませたいのも事実だ。
約束は確かに良い案だ。
だが、問題なのは当人の現在の状況だ。
会わせる事が出来ない。早く帰って対策を練りたいくらいだ。
「平和的に済ませられるのであれば異論はありません。だが、冒険者としてのプライドがあります。その強いヴァンパイアと戦い、勝ってみたいですね。それが正直な気持ちです」
「おお、さすがはモモン君」
誉める冒険者に対し、ヤントラは無表情でモモンを見据える。
「……そこまでプライドを捨ててきたか、モモン、さん。自分の名声の為にあの子を殺せるのか?」
冷徹な言葉に対し、モモンは冷静ではいられない。
大切な存在なのは自分も一緒だ。今は大いなる計画の為に一芝居をうつ必要がある。
「あなたのヴァンパイアとは違っていると思いますがね。凶暴な敵はあなたも殺すでしょう?」
「知性の無いものは特にね。言葉の通じない相手は……必要とあれば……、大事な子供達を殺せるわけが無いだろう! 貴様こそとち狂ったか! だから、てめーは嫌いなんだよ! 言い訳ばかりで、なんでも後回しにしやがって! なんで、私がお前如きの心配をしなきゃならないんだ!」
絶叫というほどにヤントラは叫んだ。
これほどの激高をモモンは聞いた事が無かった。
モモンは知らなかった。これほど子供達を大切にしてきた者の気持ちを。
本来なら自分が言うべき言葉のはずだ。
自分だって殺したくないし、利用したくない。
仕方がないと言えれば楽だろう。
「出来るのか、お前に! 自分の名声の為に子供を殺せるのか! その前にお前をぶっ殺してやるぞ! 装備を外せ。正々堂々、殺し合いをしてやろうじゃないか!」
「お、落ち着きたまえ。ヤントラ殿! どうしたっていうんだ!」
ヤントラの怒りは自分の怒り。それは理解している。
立場が違えば自分はこの場に居る全員を殺そうとしているだろう。
大事な友人から預かった子供を討伐すると言っている連中だ。
それをヤントラが代わりに怒ってくれている。それは素直に嬉しかった。
仲間達をこれほど心配してくれる存在は尊敬に値するだろう。
性格的に合わないけれど、彼の言っている事は正しい。
「………」
モモンは一足飛びに駆け出し、ヤントラの腹部に拳を打ちつけた。
本来なら避けてもいいはずの攻撃を彼は受けた。それはこの場で最善の納め方だと理解したからではないだろうか。
沈み行くヤントラに深く感謝せねばなるまい、とモモンは思った。
彼は知らないのかもしれない。目的のヴァンパイアの現在の状況を。
話し合いは出来ない。そういう簡単な話しではないからだ。
だからこそ、それを利用するしかない。それがたとえ名声のためだろうと。
「……すみません。勝手なことをして」
「い、いや。びっくりしたよ。彼が急に怒るとは……」
「私もです」
誰が名声の為に利用したいと思うものか。そう叫びたい気持ちでいっぱいだった。
他の者ならば利用するだけ利用するが今回は事情が違うのだ。
ヤントラの話しは色々と本当に驚いてはいるが、この事件はそう単純な話しではない。
話し合いも何事も無ければ賛成していただろう。
子供達を討伐させないために働いていることも知っている。だからこそ情報漏えいもお咎めなしにしてきた。
それは使者を迎えるに当たって公開が必要な情報が殆どだったからだ。
完全に秘密にすることは出来ないし、皇帝との謁見でも色々と問題なく進められた。
お膳立ての上手い男は嫌いではない。だが、性格的なところは未だに合わない。
気絶している筈のヤントラをナーベに預けて話し合いを続ける。
宿屋に運ばず、部屋の外に寝かせるナーベ。
数分後には目を覚ますヤントラ。
「……宿屋くらい連れて行ってくれるのかと」
「自分で行け」
何の感情もこもっていない声でナーベは言った。
「……らしくないな。つい怒鳴ってしまった……」
魔法で外部に音が漏れないようにされているらしく、ナーベは知らないと言った。
「ナーベは名声の為に仲間を殺せるか?」
「……難しい問いだな。アイ……モモンさんのご命令ならば……耐え忍んで……殺すだろう」
「その忠誠心はおかしい。……少なくともアインズは君たちを大切に思っているよ」
「むぅ」
「なかなか、良い方法って難しいな。うるさい人間は去るよ。言いたい事は言った。更なる昇進、頑張ってくれ」
「うむ」
「……しかし、血まみれで下に降りるのか……。……ったく、いい笑いものだ」
ぶつぶつと文句を言いながら下に降りていくヤントラ。
当然のように一階では大騒ぎとなる。
血まみれのままどこで洗えばいいか、迷いつつ水場を探す。
らしくない。確かにそうだ。
普段はこれほど怒ったりはしないのだが、何故だか怒ってしまった。
それもタレントのせいだろうか。
何でもタレントのせいにするとつまらなくなるので、違うことを考えようと思う。
確約書は頼んだ。
あと少し手を考えなければ。迂闊に死ぬとまずいので。
それにしても本当にすぐ討伐したがる連中だ。言葉が通じるなら話し合いをするだろう。
異形にはなかなか通じない概念かもしれない。
他の国にも行く必要はあるんだろうな。
とりあえずは冒険の旅だ。というか騒動でまた辞めなければならない事態になるのは勘弁願いたい。
それにしても貧乏貴族とはいえ微々たる力も侮れないな。ありがとう、妻よ。
服を新調し、忘れないうちに口唇蟲の餌もやり、次の日に冒険者ギルドに向かう。
みんなの視線が何故か集中していた。
血まみれ、というチーム名が付きそうで嫌だな。何か考えておかなければ。
ヤントラが依頼の書かれたボードを眺める。今回は正式な冒険者。咎められることはないだろう。
字は中々に読みにくかったが銅でも出来る仕事はどれかと探していると受付嬢から声がかかった。
「……ヤントラ様。二階の奥の部屋で都市長がお話しがあるそうです」
「クビかな?」
そう言うと受付嬢は苦笑するだけでヤントラを部屋まで案内した。
昨日の血まみれには誰もが驚いた。
前代未聞だったからだ。
奥の部屋の扉を受付嬢が開ける。
「どうぞ」
「どうも」
受付嬢に軽く会釈して中に入る。
室内は薄暗かったが特に魔法による妨害は無さそうだった。
「やあやあ、昨日は大変だったね」
明るく振舞う都市長パナソレイ。
ヤントラに椅子を勧めた。
「昨日はすみませんでした」
椅子に座ってから改めて頭を下げる。
「過ぎたことだし、モモン君も大げさにはしないように言っていた。それでご要望の確約書だが……、読めるだろうか?」
テーブルの上に羊皮紙が一枚、広げられた。
文字は中々に読めない。
「兵士救済をエ・ランテルの組合全てが認める。これは戦闘行為ではない善意である。以下、未記入。……の尽力は冒険者の垣根を越えて無辜の民の救済に関し断罪されるいわれなく、当然のものとしてご理解いただきたい。我々、組合は此度の戦争に限り彼らの尽力に対し一切の罰則を設けない事を誓います。……こんな感じだ」
「素晴らしいですね。全てが終わったら、あなたが名前を書いて王様に渡してください。無理ならレエブン侯に」
「それは構わないが……。私を信頼してくれるのか?」
「私の……いや、なんでもないです。きっとあなたは信頼に足る人だ。あと、勝手に先に名前を書かないようにしてくださいね」
「うむ、分かっておる」
「レエブン侯は私のとんでもない話しを聞き届けてくれました。あの人は亡くすには惜しい人です。王女はちょっと……難敵かもしれませんが」
ラナー王女のこともヤントラは知っていることに少しだけ驚いた。
貧乏貴族というが名門アインドラ家。
アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のリーダーの夫。
それだけでも凄い経歴ではあるが、銅のプレートというのが疑問だった。
実際の実力は見た事は無いが、本当に強いのだろうか。
「そこに書かれる人が……、もし報酬とか名声がお望みなら叶えてあげてください」
「んっ? 君の名前を書くのではないのか?」
「いいえ。だから未記入なんです。……どういう結果になるのか、分かりませんし。私の名前は書かないように願いします」
パナソレイは意外に思った。
確約書はヤントラの為に用意されたものだと思っていた。では、誰の名前を書くのだろうか。
少し気になるが、知るのが怖い気もする。
「用件がそれだけならば、それは大事に保管して下さいね」
「うむ。分かった」
昨日とは打って変わって落ち着いた雰囲気のヤントラにパナソレイも少しだけ気になる。
「君と……モモン君とは知り合いなのかね?」
「どう見えてました? 私としては関わりあいたくない相手です。性格的な問題ですけど」
「……う~む。それと興味からなのだが『国堕とし』と知り合いなのは本当なのかね?」
「友達です。妻が言っていたのですから信じますよ」
妻とはラキュースのことだ。つまりラキュースも国堕としの正体を知っている、ということになる。
「色々な事情があるみたいだね。ちなみにもう一つ。例のヴァンパイア。君の知る種族ではなんというのかね。我々はヴァンパイアロードと呼んでいるのだが。もちろん、これは国堕としに使われる言葉だが」
「……『
だいたいの格好を身振りで教えた。
「普段は美しい娘ですから気づかないかもしれません。お供は
パナソレイは報告にあった特徴によく似ていたことに驚く。しかもヤントラには銀髪と大口としか言っていないはずなのだから、信憑性が増した。
「……おぞましい化け物だとは思っていたが姿も変えられるのか」
「お気に入りの姿があるので千差万別とはいきません。異形種は大体人間におぞましいって言われますからね。仕方ないです。レエブン侯は私が教えたお陰か、異形種とも頑張って話しをしてくれたようです。お陰で蒼の薔薇のメンバーが犠牲にならずにすみました」
つまり戦いになったら犠牲になっていたと言う事か、とパナソレイは顔を蒼くして驚いた。
いや、彼の言葉が嘘に聞こえない。それが恐ろしい。
「私は種族的には人間なので、人間を食べたりはしませんよ」
「聞けば聞くほど恐ろしいな」
「それが普通の人間の反応でしょう。国堕としは見た目は普通の人間です。なにやら怖いいわれがあるようですが、私から見たら普通に喋り、食べて、寝る。とても人間的に見えたのですが……」
「一つの都市を滅ぼしたという最悪のヴァンパイアロード……。通説ではそうなっているんですが」
その国堕としを滅ぼしたのが十三英雄となっている。
ヤントラの知る彼女は自分の事は話さないが仲間達と仲良くしている。
食事も普通だし、人を襲うような感じもしない。
「時の権力者によって悪人に祭り上げられた、ということもあるのかもしれませんね」
「……そう言われると……」
「化け物だと言われるのが怖いのかもしれません。そういう人も居るのでしょう。私としては仲良くできるものは仲良くしたいです。ですが、戦いは非情です。戦うべきときは私も戦いますよ」
「なんだか凄い人ですな、ヤントラ殿は」
「ありがとうございます。そういえば国堕としの事は妻が知っているくらいですから、そんなに気にしなくていいのではないかと。脅威は一つでも減ったほうが気が楽ですよ」
「確かにそうですな。いやいや、引きとめてしまって申し訳ない。今後のご活躍を祈っておりますぞ」
「精一杯頑張ります」
丁寧にお辞儀してヤントラは退出した。
戻って来たはいいが、どんな仕事が出来るのだろうか。
横に居るであろう受付嬢に頼んでみた方が早いのだろう。
今度、ラキュースにゆっくりと学ぶか。
貴族なのに字が読めないとは何なんだ。
代読してもらったが、薬草の捜索。荷物運び。地味な仕事が多い。
パーテイを組むことを前提としているものが多かった。
「……私、時間の感覚にも自信が無かった……」
致命的なまでに冒険に向かない。
モンスターを倒すだけなら『
裏の仕事は全く考えていなかったので盗掘や暗殺などの部類かと思っていた。
合法的にモンスターと戦う仕事がしたかっただけで今は充分。
銅のプレートは銅のランクの仕事しか請けられない。
高難度の仕事になりそうだ。
この際、街の掃除でもいい気がした。
「これはいかがですか? 墓地の見回り」
「……すみません、色々とお世話掛けて」
「これも仕事ですから」
「では、それにしましょう。二人で見回りするんですね」
「はい。エ・ランテルの墓地は広大ですから。そういえば蒼の薔薇……、あなたの前で失礼だとは思いますが……、リーダーの怨念が出たらしいです」
「ほう、それは期待が持てますね」
ニッコリと微笑むヤントラ。
受付嬢としては皮肉のつもりではあったが、深く追求するのはやめた。
墓地の見回りは夜中から始まる。
一定の時間帯ごとに全体を見ていくだけの簡単な仕事。
そういう説明だと簡単そうだが、実際はアンデッドが跋扈する墓地を見回るのだ。強いアンデッドなどが出ると命の危険が伴う。
今回はモンスターを倒すのではなく、定時見回りのみ。
戦闘は自由だが、報酬はほぼ無い。
初期の冒険者向けの仕事ではあるが、今の時期はきつい。
待機場所は墓地内にある簡易宿泊施設なのだが、既にアンデッドに荒らされて廃墟と化している。まずはこの施設の修復からだ。
ヤントラの相棒となるのは『マミカ・ミュウルー』という少女。
どことなくルプスレギナに姿が似ている。
赤い髪を三つ編みにしたツインテールで碧眼で浅黒い肌。
武装は貧弱でショートソードと皮鎧のみ。回復アイテムは無い。
新米冒険者。
「キャー! キャー!」
戦闘経験自体少ないようなので、レベルアップを兼ねて彼女に倒させている。
「しっかり剣を持って」
「うう~……、鬼ですぅ」
圧倒的な実力差があるので
ケガをしないように特訓する。
見回り自体はそれほど苦にはならないが、彼女を一人にしておくと危ない気がした。
割りと強いアンデッドも出てくるので、離れすぎないように見守っていた。
この世界では髪の毛を様々な色に染める技術があるらしい。
実際、冒険者ギルドには凄い色がたくさん居た。
武装の染色アイテムもあるくらいだ。
「今回が始めての仕事とはいえ、なんだろう。初心者と経験者の違いは……」
ヤントラは初めてなのに対し、マミカは経験者のはずだ。
実際に戦闘経験自体はヤントラが圧倒的に多いのは事実だが。
「……モンスター退治はまだ未経験なもので」
戦士職は特訓で培ったようだが、
第一位階の魔法も使える信仰系
「それにしても墓地なのにアンデッド工場みたいで、墓参りとか出来るんですかね?」
「そうですね。……なんでこんなに広いんでしょうか」
そのお陰で冒険者に仕事が出来るわけだが。素直に喜べないな。
銅プレートの冒険者の多くは皮装備が多い。
続く鉄プレートから危険度が上がっていく。今はこんなものだとヤントラは納得する。
クラスの関係で薬草を見極めたりは出来ないし、長期の移動は戦争の関係上、避けるようにしている。
ラキュースとクレマンティーヌを引き連れて銅プレートのクエストに来たら、ある意味凄いと言われるんだろうな。
モンスターを倒すよりも味方同士で殺し合いをするかもしれない。
頑張ってランクを上げて危険な洞窟でも行かない限りはあの二人は使えないな。
本来、冒険者は異性同士で行動しないのだとか。色々とトラブルの元になるとかで。
歳若い女性と謎のヤントラ。
間違いが起こってもおかしくない。普通ならそう言われるだろう。
「また出た~!」
モンスターが現れる度に大騒ぎするマミカ。
ヤントラよりもモンスターを意識しているので比較的、平和だった。
「……亡霊が出るって聞いたんですけど……、本当に出てくるんでしょうか」
遅い夜食を食べながらマミカは言った。
彼女は十三体の
普通の新米冒険者としては十三体という数はたいしたものだろう。ほぼヤントラが九割がた痛めつけただけだが。
「出ても問題はないですよ。
今のマミカにはほぼ死が確定するようなモンスターだ。
初仕事で死なれても困るので、出来るだけ彼女の身を気遣った。
今回はさすがに
強さ的にも倒すのは困難だが、戦いに慣れてもらわなければならない。
力が弱いのか、肉体を断つのに苦戦している。
「痛い! 痛い! 指が……」
「大丈夫、頑張って剣を持って」
見るも無残な片腕になっても冒険者としては避けて通れない。
泣きながら、失禁も脱糞もしながらも強敵を突き刺す。
戦闘が終了する頃は二度と冒険者として働けない身体となっていた。普通なら。
「さて、服を脱がしますから、暴れないように」
暴れないどころか動けない。
墓地で全裸にされたとはいえ、見るも無残な身体に変わりはない。
目の前の現実をしっかりと認識させるのも大事なことだ。
回復魔法を使うと失った身体がどんどん回復していく。
汚れた身体を拭きながら新しい下着を用意する。初心者相手なので事前に色々と用意しておいた。
これも冒険の基本。
身体が全快するときは恥ずかしさで身を隠すのが普通だが、今は恐怖から全身を震わせるだけで大人しかった。
「大人しくて助かります。いずれは自分で対処できるようになればいいのですが、頑張れますか?」
「……うう」
服を着させてもらってもマミカは返事が出来なかった。
「あれよりもっと強くて残忍なモンスターがたくさん居ます。頑張って強くなりましょう。……あとは私が全て倒しておきますから、休んでいていいですよ」
「……ごめんなさい……。うっ……うう」
自分に娘が居たらこんな風に面倒を見るのだろうか。
といっても妻より三歳くらいしか違いは無いのだが。
規定時間までヤントラが見回りを続け、
とにかく数をこなすことを目標に。
最終的にマミカは
ヤントラはほぼマミカに任せたのでアンデッドの討伐数は五十体もいっていないだろう。
墓地としてはもう致命的だな。アンデッド工場でいいや、とヤントラは呆れた。
大型や強いもの以外はほとんどが
日が昇り始め、辺りが明るくなってきた。
「強くなることも大事ですが、生き残ることも大事です。そろそろ、終わりだと思いますが……。お疲れ様です」
「……はい、お疲れ様でした」
生きた心地がしない。これが冒険者の仕事。
銅プレートとはいえ危険な仕事をしなければならないのは大変だった。
自分の手を見る。先ほどまでぐちゃぐちゃで指も無くなり、骨まで見えていたのが信じられない。
こんなことがこれからも起きると思うと続ける自信が無くなる。
見張り台に常駐している兵士がやってきて仕事の終了を告げた。
マミカは力なく立ち上がる。
自分は生き残った。
この先、冒険者をやめたとしても凶悪なモンスターが襲ってこないとは限らない。
辛くて怖いけれど、強くなれば頑張れる。自分は
手伝ってもらったけれど。
「そんなに簡単には強くなれないけれど、諦めずに頑張ってください」
「はい。今日はお付き合いありがとうございました」
今はまだ