ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
執務室は荒らされた形跡はなく、外出した時のままだった。
魔法的なトラップは
この部屋だけ調度品は残していたがしばらく見ないうちにくたびれた感はある。
世界情勢や文字の勉強の為に必至に取り組んできたが思うようにはいかない。
独学にも限界はある。
戦士職なので頭脳労働は苦手分野だ。
身体は一つ。様々な問題に割り振る手は少なすぎる。
ソロプレイヤーだった頃は敵にだけ集中出来たから楽だった。今は敵を作らないように行動しなければならない。
貴重な戦力をモモンガに蹂躙されてしまう。
あいつのせいであっち行ったりこっち行ったりしなきゃならない。
落ち着いて冒険がしたい。
頭を悩ませていると扉のノック音が聞こえた。
「どうぞ」
姿を見せたのはイビルアイだった。
静かな足運びで中に入り、何かの魔法効果が広がる。『
執務室とはいえ椅子は複数壁際に置いてるので、イビルアイは一つを持ってヤントラの目の前に座る。
「この家を貸して頂き感謝する。家賃などを払えばいいのだが……。つい甘えてしまった。お礼が遅くなった事を詫びたい」
丁寧に頭を下げるが声はノイズがかかっている。
「頼んだのは私だし、家賃とか取ろうとは思ってないよ。……掃除は少ししてくれると助かる。女性チームの
「も、もちろんだ」
汚い屋敷に女性チームが居るのは可哀相だ。
あと、一応は貴族の家だし。
「それで重要な話しかい? 無理に言わなくてもいいことなら……」
「あなたは優しい」
ヤントラの言葉を遮り、イビルアイは言った。
仮面越しにヤントラを見据えながら。
漆黒のボロボロのローブを頭から被っているイビルアイ。
華奢な身体に装備の多くは黒い。
額に朱の宝石の付いた仮面だけは白い。
「あなたは『国堕とし』の事を知っているようだな」
「妻からではあるが……。詳細は不明。伝説等の情報はまだ調べてないからね。八欲王とか」
噂話くらいは聞くが、書物は読んでいない。文章が読めないから。
「それよりまず、君はその格好で風呂に入ったり寝たりしているのか?」
「はっ? いや、ちゃんと脱ぐよ」
「そんな汚い格好で、とか言われないかと思って」
「これはこれでれっきとした装備品だ。私は魔力系
「家に居る時もその格好だから……」
「お気遣い感謝するが、個人の自由だ」
確かに戦闘を続けてて洗っていない気もするが、とイビルアイは思った。
「国堕としのことははぐらかさない。聞いているさ。だからこそ、無関係だと教えた」
イビルアイは曖昧な言葉で濁すと思っていたので驚いた。
「昔は色々とあったのかもしれない。それは誰にでもあるもの。内容次第では国堕としの討伐は受けてもいいと思っている」
「……恐ろしい御仁だ、あなたは」
イビルアイは仮面を外す。
金色の長い髪の毛がよく見える素顔は可愛い少女のものだった。
そして、目つきの鋭い眼光はヴァンパイアの特性でもある血のように赤い瞳。そして、小さな牙があった。
「可愛い顔だ」
「ありがとう」
ノイズの入っていない澄んだ音色の声がした。
「『国堕とし』ともう一匹のヴァンパイア。強さ的には相手が強いか?」
「強いだろう。あの子は階層守護者。信仰系
「……そうか」
「本来は拠点で平和に過ごす者達だ。外への干渉も必要が無い。侵入者だけ撃退すればいい。それだけなのだが、諜報活動の弊害かもしれない。出来るだけ穏便にしてほしいものだが、うまく行かないのさ」
その話しはおそらくは真実だろう。だが、ヤントラが『強い』と言う事は自分達には勝てないという絶望感を抱かせる。
様々な化け物を見て来た自分にとって未知の強敵だ。
会いたい反面、出会えば殺される。そんな予感さえある。
自分たちが弱い、というのは認めたくない。
「強いと言われて絶望したような顔に見えるね」
「……ああ。自分たちは役立たずって言われているようなものだ」
「普通のモンスターとは違う。あの子達は敵を迎撃するために特化した強さが与えられている。中にはアインズすら倒すほどのものも居る」
「!?」
「このヴァンパイアも相性で言えば充分アインズを滅ぼせる実力がある。そんな敵だ。君達に戦ってほしくない」
「……うぉぉ。なんなんだよ、それ……」
少女が血を吐く思いで唸る。
「チームプレイを重んじるアインズだ。個人戦力で特化しても他の守護者達が守るだろう。そして、それが出来るからこそ彼らは強い。一体ずつ倒すことは世界を滅ぼすことと同義なほどに。手は出さず、手を出させない方法を模索するのが今のところ有効な手段なんだ。君達には納得できないかもしれないが……」
拳を机に叩きつけたくなる衝動をイビルアイは必至に耐えた。
桁外れの化け物に手が出せない。
それが冒険者としてどれほどの屈辱だろうか。
そして、手を出せば甚大な被害を被ることも想定される。
「考え方を変えよう。君達は一般人から見たらとんでもない強さだ。だが、その力で弱き者を虐げたりはしないのだろう?」
「あ、ああ……」
「そういうものだと理解すればいい。冒険者を討伐する依頼は冒険者ギルドは出さない。そんな感じに思えばいい。もちろん、敵は倒せばいい。全力で」
「……すぐには無理だな。自分が弱いと言われてしまったのだから」
「私も弱いよ。魔法を数個使われたら死ぬ」
そんな風に思えないから悩んでいるんだとイビルアイは叫びたい気持ちだった。
いや、彼も理解するまで苦労したのかもしれない。
自分はまだ知ったばかりだ。今後、どう考え方が変わるか分からない。
「……一つ確認したい」
「どうぞ」
「王都の闇では麻薬の取り引きが盛んなのだが、そのアインズとやらは関係あるか?」
「……無いんじゃないかな。外貨の獲得は確かまだ計画されていないと思う。国に潜伏する上で資金は必要だろうけれど……。何しろ異形が多いからね。人間と仲良くする方が大変だろう」
「むぅ。そ、それはそうだったな」
確かに異形の友達ならば麻薬どころではない。
今まで倒してきた犯罪者はどれも人間だ。
人間蔑視の異形の友達が彼らを利用するのは矛盾が生じる。
少なくともアインズ・ウール・ゴウンなる存在が出る前から王国の闇は存在していた。
急に関係を繋げるのは早計かもしれない。
「第一、妻が許さない。いくら国に見捨てられたからと言って犯罪者と手を組むほどに戦士としてのプライドは捨てていないよ」
妻、と聞いて自分達のリーダーを思い出す。
「王国の闇については私も初耳なところがあるから、何とも言えない」
「い、いや、すまない。我々の仕事はあまり伝えていなかったからな」
少なくとも彼は他人の仕事に干渉しようとしない。
アインズにはよく干渉するが。
自分の正体も決して聞こうとしなかった。
「確認したいのだが、カルネ村は関係あるか? 実は麻薬の栽培をしていた、とか」
「そんな話しは聞いていない」
「この国に来て自分はあまりにも何も知らないものだから。実は何か大きな失敗をしているような気がしている。バハルス帝国が村へ襲撃したのが王国の偽装ではないか、とか」
「……ありえる話しだ。敵国の仕業に見せかけるように貴族が命令すれば可能だろう」
「ジルクニフ皇帝に何か言われそうだ」
「国の裏は色々と混沌としているからな。真実を見極めることはとても難しい。ご主人は自分の正義を信じればいい」
「その麻薬組織が居たとして後々利用してくるかもしれない。君達の前にいよいよ、我々の仲間が立ちふさがるかもしれない。その時、かけつけてもどちらを優先すればいいんだろうな」
遠くない未来、アインズの仲間達と合間見えるのは必然だろうとイビルアイは思う。
逃げるか戦うか。
ヤントラに頼っても戦えるのかは未知数だ。
「ご主人にとっては辛い選択かもしれないな。我々も命を簡単に捨てたくはないので、最低限の抵抗はするが、生き残ってみせよう」
仮面を被りイビルアイは言った。
「それから伝えられる情報は渡そう。情報共有は大切だからな」
「ありがとう。こちらは君達に何も報いることが出来なくて……」
イビルアイは手を前に突き出す。
「仕事なのだから謝る必要はない。お互い、抗おうじゃないか」
「同意する」
ヤントラの返事を聞き、軽く頷いた。
話しを終えて立ち去ろうとしたイビルアイはある事を思い出した。
「そういえば、ご主人。何度か椅子職人の人が面会を求めてきたのだが……」
「そうそう、すっかり忘れていた。随分と待たせてしまったかな。どこへ行けば会えますか?」
イビルアイはヤントラに椅子職人の居る家具屋の場所を伝えた。
「あら、寝台を買ったところだ……。いや~、申し訳ない事したな」
「知っている場所でよかった。では、ご主人。家は出来る限り綺麗に使わせていただく」
「うん。っと、その前に……」
あまり使わなくなったポーションを二十本、机の上に乗せた。
「空き瓶は何か箱にでも入れてくれ。私のアイテムは減る一方だが、君達に使ってもらえるなら本望だ」
「大切に使わせていただく」
イビルアイはポーションを荷物に入れて入り口付近まで行き、立ち止まる。
「明日、予定が無ければ……、二人で行動しないか?」
「予定はたくさんあるけどね。少しだけ王都に留まる予定だから問題は無いよ」
言っている事は正しいのでイビルアイは仮面の中で苦笑して頷き、退出していった。
一人になった部屋の中はまだ少しマジックアイテムの効果で静かだった。
時間が経てば消えるのだろうか。
それよりイビルアイは強くなれるだろうか。
個人的には色々と試したいことはあるが、ユグドラシルとは違い、単純な戦闘ばかりとはいかないのだろう。
椅子職人のところに行く前にクレマンティーヌが無事か確かめなければな。
一階に降りて彼女の部屋に向かうと、まだ寝ているだろうクレマンティーヌの寝顔があった。とても青白い。
額に手を当てると冷たいので死んでいるのだろう。と、つい思ってしまったが息遣いはあるので生きてはいるのだろう。
媚薬の効果で体力が減っているのかもしれない。
顔の血管はだいぶ目立たないが、苦しみは続いているようだ。
拷問用の媚薬とはどれほどの効果なのだろうか。
嘔吐用に桶も用意し、彼女の頭を持ち上げる。頭全体が冷たいようだ。脳細胞を死滅させるものであれば危険だ。
彼女の額を指で弾き『
朝方食べたものはほぼ全て吐き出した。
背中をさすりながら『
身体の中で違和感を感じたのか、身をよじりながら吐けるだけ吐いた。
胃液だけになっても気持ち悪さが続いた。
「危険な薬はもう使わないでくれよ」
「はぅ……、はぁ……」
魔法の効果は大体の病気を治す癒しの魔法。
多少は効果があったのか、頭に熱が戻り始める。高位の治癒魔法も最適化の影響で効き目が良く分からないところがある。
「へっ……、えへへ……。最高ーにぶっ飛んだ……。いやー、さすがはご主人、いい人外っぷりだったわー」
吐きそうな感覚のままクレマンティーヌは不敵に笑う。
知能に影響はないようだ。しわがれた声は少しずつ治まり、本来の声に戻っていく。
「あー、優しく労われるのも……、気持ちがいい……。はぁ……はぁ……。どうだった、このクレマンティーヌ様の全身全霊の交尾っぷりは」
「凄まじかったよ。特に顔が」
「鏡で確認出来ないからねー。……けっこう醜い猛獣だったでしょー」
「荒ぶる猛獣らしい顔だった。声まで嗄らして」
「……でもまあ、拷問用はやりすぎました。ごめんなさい、心配掛けて」
疲れきった顔ではあったがクレマンティーヌは素直に頭を下げた。
ヤントラは気の済むまで背中をさすった。
落ち着いてきた頃に顔の汗などを拭った。魔法でもすぐには治らないようだ。
ソリュシャンなら毒素を吸いだせるが、ヤントラは器用な方ではない。
「ぶっ飛びすぎて天国に居る天使を皆殺しにするところだった」
「それは残念だった」
身体全体が震えているクレマンティーヌ。
媚薬の影響か、汗が拭いても湧き出てくるようだ。
「こ、これ、相手の自我を破壊するくらい……、強力なんだけど、ご主人はよく平気だね。一日いっぱいは効果は抜けないのに……」
「人外だからかな」
「へ、へへ、すごいねー。私なんか、前に使われた時……。ふ、糞尿垂れ流し、まくりで、餓死寸前まで、いったのに……。あはは……、参ったね……」
「喋るのは
「うん。今度はゆっくり相手してよ……」
顔色は悪かったが、クレマンティーヌは精一杯の笑顔を向けた。
その後に『
眠れる野獣クレマンティーヌ。
殺すにも死なせるにも惜しい女だ。
ヤントラにとって拷問用の媚薬が全く効かなかったわけではない。この程度の効果が平気だっただけだ。
種族の特性ではない。
真の絶望の前では無力だった。それだけのことだ。
決してクレマンティーヌが弱い存在だとは思っていない。
彼女の言う通り人外だっただけだ。
女の身体に飢えているだけの肉欲獣。ぶくぶく茶釜とペロロンチーノのハイブリッドモンスター。
エロい展開は大歓迎だ。性器が無いのはもったいないのかもしれない。
装備品の都合だから仕方ないけれど。
無いものは無い。
無理矢理刺してもいいが、意味は無いし、虚しくなるだけだ。
胸も無い。
下らない事を考えていても仕方が無いので家具屋に向かうことにした。
手持ちの資金はまだ日も浅く、寝台を購入したとしても数年分の蓄えはある。
アインドラ家の資産はけっこうあるのだ。無いのは領地くらいだ。
よくミスリルを金貨に換算するが払えるだけの資金が国に無ければ意味がない。
帝国側は豊富な資金力がありそうだが、王国は貴族に吸い取られていそうだ。
目的の店はすぐに到着したが玉座も作っていたとは。
店内は広く、寝台以外の家具が並べられていた。
椅子もあり、オーダーメードも出来る。
店内に展示されているのはだいたいが見本品。持ち帰られるのもあるけれど。
組み立て方式になっているものは店の奥に在庫として蓄えられている。
「いらっしゃいませ」
「ヤントラと言います。アインドラ家に椅子職人の方がいらしたと聞いて。今はどちらに居ますか?」
「アインドラ家の方ですか?」
「はい」
微妙なアイテムと化している『徽章』はポーションより有効だ。
「確かに。では、連れてまいりますので椅子にお掛け下さい」
小さな権力も侮れない。
とはいえ城勤めが出来るわけでもなく、晩餐会に呼ばれるでもない。
銅プレート冒険者でもあるし、そもそも貴族社会が分からない。
普段の奴らはどんな仕事をしているんだろう、と疑問に思う。
領地を持っているだけで何してるんだろうな。
レエブン侯に会えたら聞いてみよう。
「お待たせしました」
職人は意外と早くやってきた。
見た感じでは今も注文を受けて作業をしていた人間に見える。
年のころは五十代の男性だろうか。
「何度もご足労していただいたようで、申し訳ない。色々と飛び回っていたもので」
「いえいえ。それでご注文ですかな? 貴族の方には玉座をご所望だと窺いましたが」
「はい。宝石とか装飾は要らないので。玉座のような風格のある椅子を一脚欲しくて」
「王様気分でも味わいたいと?」
「そういう訳ではないのですが……。拠点に相応しい玉座、のような感じです。専門家のご意見を伺いたくて」
「実際に現場を見せていただけるのですか?」
「もちろんです。没落貴族の家ですが……」
ヤントラは苦笑した。
アインドラ家は事前に行った事があるので職人もどの程度の家かは知っていた。
玉座に相応しいかと言われると微妙な感じだが、アダマンタイト級冒険者が住んでいたところだ。
立派な椅子を置いても問題はないだろう。
ヤントラと共に椅子職人は土台となる部分だけ持ってアインドラ家に訪れた。
職人の感想では貧相。
調度品が殆ど無い。貴族らしい煌びやかな物が全くと言っていいほど無いのに驚いた。
普通は肖像画や何かしらの置物があるはずだが、この家には無い。
「……随分とすっきりしたお宅ですよね」
「無駄なものを省いたお陰ですっきりしてますでしょう。掃除が割りと楽なんです」
「はあ……」
その割には壁は少し汚かった。床は綺麗だが。
使用人の姿は無く、居るのは冒険者と思われる女性が数名、何がしかの話しをしていたくらいだった。
野盗のねぐらのような印象だ。
まず案内されたのは二階の執務室。既に『
「ここが私の仕事場です。ちなみに玉座を置くに相応しい場所を選んでほしいので中の内装に関しては気にしないで下さい」
「分かりました」
一般的な玉座は
メモ用紙を片手に執務室から他の部屋へ移動。一階にあるクレマンティーヌの部屋は静かに見せた。
食卓は論外として一通り観察した後は台座の位置確認。
見下ろし型が一般的なのか、階段状の台が必要との事なので、簡易的に椅子を乗せられる台を探した。
無駄なものは無いが、寝台であるベッドの上に乗せる事で代用した。
「かっこ悪さも気にしないでお願いします」
あくまでも設置するのが目的なので、見栄えは終わってから考えようと思った。
専門家の視点で最終的には二階部分の奥の部屋が選ばれた。というよりは二階の中ではパーティ用の大広間が一番相応しい場所だった。
誰も呼ばないので今までの利用では武器やアイテムの整理くらいにしか使っていない。
メンバーがどんな利用をしているのかは見た事が無いので知らない。
「やはりここがいいですね」
ヤントラは執務室ではなかったことが少しだけ残念に思った。
当主に相応しいところだと思っていたから。
とはいえ、職人の意見は大事だ。
台座の位置確認を見ていると丁寧な仕事ぶりに感心する。
「位置はこの辺りになりますが、後は実際に椅子を持って来ますね。階段は二段か三段ほどあれば良いかと」
「誰も居ない部屋で一人で玉座に座ると思うと……、虚しいですな」
「そうですね」
相槌を打ちつつも作業は続いた。
拠点名は『
職人により土台の作成が始まる。今は材料は持ってきていないので草案のみの作成だ。
床の絨毯に関しては新しいものを入れる必要は無いが新しく用意するかは検討しておこうと思った。
没落貴族の玉座。
見下ろす先には誰も居ない。
見た目の印象としては表彰台だ。隣には妻が座る場所も用意。
子供は居ないが王位継承者用も必要かと思ったが却下した。
本格的に近いところまでは必要だろうが、装飾過多にすることもない。
土台だけで金貨二枚。もちろん作業代が含まれる。
虚しく終われば金貨の無駄遣いになるだけだ。
椅子は見積もりでは二脚で金貨八枚ほどになるとか。椅子の設置料として金貨一枚追加されるが。
これでも安い方、というよりは今の王国の現状では様々な物資が
ちなみに王が実際に座っている玉座だとだいたい金貨三百枚にもなるらしい。
それが高いか安いかは人それぞれだ。
一番高い買い物になるのは確実だ。それも複数の拠点を必要とするので安定した収入は必須かもしれない。
王国の貴族になるメリットは正直に言えば無い気がするが、軍事国家に入りたいとも思わない。
支配欲は無い。性欲なら大歓迎だ。
人間種としてジェンダーフリーはどうやらペロロンチーノ向きらしい。いや、性器が無い分、苦しみもだえるかもしれないな。
アインズは支配欲を取ったら何も残りそうに無い。
ヤントラは自分のお腹に手を当てる。
何も生み出さず、何も残さない。
男性でも女性でもない。
一人の時はそんなことは考えなくて済んでいたが、伴侶を得ると『つまらない』身体だと思うことはたまにある。
食欲と睡眠は必要だが、精神のパラメータがぶっ壊れている。
他人の肉体を使った改造までする気はないが、魔法的な方法で何か出来ないだろうか。
デミウルゴスのところで色々と観察する事も考えておこうかな。ろくなことはしていないだろう。
というよりは守護者達の姿をアルベド以外見ていない気がする。
今頃、何してるのやら。
第六階層にいる
数時間掛けて土台の大体の仕様が定まり、いったん職人は店に戻って行った。
ヤントラは完成予想を思い浮かべて
空気椅子状態で前方を見る。
アインドラ家の王。臣下はとりあえず蒼の薔薇としておこう。
蒼薔薇の園の支配者ヤントラ。
どっしりと構えても面白いことは浮かばない。
冒険者としては未知のダンジョンにでも潜りたい。
他の街にも行きたい。
ギルドを作った経験は無いが、仲間達と共に歩むイメージはこれまで持たなかった。
家はくつろぐところで充分だな、と支配者気分は早々に飽きてしまった。
「さて、出るかな。マスターソース・オープン」
静かに魔法のように唱える。
高さ的にも丁度いい位置だ。こここそが王の座する場所。
ギルドの拠点としても申し分はないだろう。元々は友人達を招くパーティ会場ではあるが。
本来ならコンソール・オープンでも構わないようだが、つい教えられたとおりに言ってしまった。
NPCの管理画面も出るところを見ると蒼の薔薇もNPC扱いなのだろうかと疑問に思う。
結果としては半透明なウインドウは出た。驚きはない。
タレントの予想では既に観えていたと言ってもいいくらいだ。
この未来予測はヤントラの精神を削るようなものしか見せないのではないかと思うほどに。
見えないほうが楽なのだ。
侵入者のように。
出なければアインズに関わってしまうから。
一度ウインドウを消す。それは当たり前の操作だ。ユグドラシル時代は飽きるほどにやってきた当たり前のもの。
「コンソール・オープン」
先ほどとは違った色のウインドウが現れる。正式なステータス画面だろう。
ギルドに依存しない一般的なものと言えるのかもしれない。
これはマスターソースと同じく通りを歩いているときは出せなかった。
違いは拠点内の全ての人物が対象なのがマスターソース。
個人のステータスのみがオープンソース。だと、思う。ギルドに参加していないので詳しい判断は出来ないが、だいたいは合っているはずだ。
ウインドウをまた消す。
これでヤントラのやりたいことはほぼ終わったのかもしれない。
最適化されたこの世界の秘密、解き明かす計画を始めたいのは山々だが、やらなければならないことがある。
死すべき人間。
未来は暗い。
何もしなければラキュースの家に行った辺りで死んでいるはずだ。
下手すると最初の段階でアルベドにぐちゃぐちゃにされていたかもしれない。
ガゼフ・ストロノーフの一撃で死んでいても不思議は無いし。
とにかく、多くの死の選択肢は選ばれていた。
死の選択肢が次々と現れて生き残っている。この次の選択肢で死んでいてもおかしくないだろう。
例えばクレマンティーヌの使った拷問用という媚薬で精神や自我が崩壊。
長い時間の性欲の狂乱での衰弱死。
他にも数え上げれば数十回は死んでいる計算になる。
ユグドラシル時代は驚異的なプレイヤーがたくさん居たからすぐに殺されていたが、ここでは自分が驚異的なプレイヤーだ。
そう簡単には死なない。
当初の予定とは違うが誰かの為に生きるのも悪くは無いのかもしれない。
そう思えたら幸せだろう。きっと幸せだ。
冷静な自己分析の後で未来を想像する。
死ぬよりは生きるほうが絶望という選択肢もあるかもしれない。
ラキュースのように。
生きる限りは抗い続ける。もう、もうすぐ死ぬ人間などとは言わない。
『ラキュース改造計画』
もちろんクレマンティーヌも含まれるし、これから仲間にするかもしれない新たな者達も適用していきたい。
うん。
全員女という結果になりそうだ。
ヤントラは苦笑する。
男は変にプライドが高いクセに実力が期待はずれ。
童貞要素が強いヘタレばかり。モモンガもその点では一緒かもしれない。
彼は仕方がない。ユグドラシルのルールに縛られていたのだから。
ペロロンチーノを何所かで見つけるしかないのかもしれないな。
仮に居たとしたら人間牧場よりも凄惨な施設を作り上げているかもしれない。
エロい展開をじっくりと堪能するには戦争を超えなければ、いや、エロい展開はどうでもいい。
愛する妻の為に出来る事をやらなければ。
一時間後に荷物と手伝いの人間を連れて来た椅子職人を二階に案内する。
土台造りといえどもしかりとしたものを作らなければならない。手抜き工事で陥没事故などは資金と信頼の損失に繋がる。
「椅子の方は後日となります。色や素材はどうなさりますか?」
「明るい雰囲気に合うもので。あと、割りと丈夫な素材がいいですね。硬い木材とかあるんですか?」
「加工が難しいものは時間がかかります」
「肘掛さえ付いていればいいか……。装飾にこだわりはありません。お任せします」
「分かりました」
土台を作って普通の椅子がちょこんと乗ってるだけというのもみっともないだろうな。
それなりの玉座の方が見栄えもいいか。別に臣民を見下すことも無いし。
職人が作業している間、彼らへの食事でも作ろうと思い、食卓に向かう。
本来ならメイド達に囲まれていたり、家族で団欒するような広さがあったが今は調理場の近くにテーブルを移動し、本来の場所はメンバーの会議室代わりとなっている、ようだ。
最初こそ、その広さを生かして雑魚寝をしていたらしい。
貴族の家の調理場は誰も居ないと無駄に広く感じる。
何にしても収入を増やしてから色々と考えよう。
作れる料理は基本的な家庭料理と定食屋並みの代物くらい。
作り方がそれくらいしか知らないから、増やそうと思えば勉強するしかない。
出来た料理は職人たちに振舞う。
椅子本体が出来るのは戦争後になるかもしれない。仕事が他にもあるらしいので仕方が無いが土台さえあれば今は特に文句は無かった。
たぶん料金が少し増えそうな気はする。
土台を作り終えた後、椅子の代金の前金として金貨四枚を払った。
領収書のような契約書を受け取り、今日の仕事は終わった。
最終的には金貨十二枚になるかもしれない。物価上昇もありえるが想定内だ。
今日は土台回りの掃除をしたらクレマンティーヌの看病に集中しよう。
掃除を終えて、彼女の部屋に入り、寝顔を確認する。
『
冷たい布巾で顔を拭くと気持ちよさそうな表情を取る。
時々、身をよじるが必至に耐えているのだろう。
クレマンティーヌですらも耐え切れない猛毒。
寝汗のかきすぎで脱水症状を起こさないように、適度に水分を与える。既に寝巻きがびしょ濡れだったので定期的に交換する。といっても数が多いわけではないから、すぐに洗って乾かさないと間に合わないかもしれない。
都合のいい魔法があったかなと悩みつつ、落ち着くまで看病した。
水風呂に放り込めば早い気もしたが、水没して溺死されても困る。
眠りが浅くなると獣の如き鳴き声を発して苦しみに耐える。
ヤントラの腕に吸い付いたり、舐めたりするが意識が無い状態の夢遊病のような感じだった。
嘔吐もするかもしれないので桶も用意した。
苦しみにどれだけ耐えただろうか。窓の外はすっかり暗くなってきた。
全身の発汗が異常だった。既に全裸で放置するしかないくらいだ。
床に寝かせるのは可哀想なのでベッドの上に置いているが、殆ど水の中で寝ているような有様だった。
極度の脱水の後は痙攣を起こしたりはしたが、少しずつ落ち着きを取れ戻そうとしている。
発汗も収まり、身もだえが少なくなった頃に改めて全身を冷たい水で濡らした布巾で拭いていく。
クレマンティーヌの静かな吐息が聞こえる。しかし、狂戦士とはいえ人間である。
生理現象には逆らえない。
笑顔の寝顔で景気よく豪快と言っていいくらいの放尿。床にびちゃびちゃと音がするほどだった。
出し終わる頃には寝息が聞こえてきた。
明日は替えのシーツなどを買わないといけないなとヤントラは思った。
出費ばかり嵩む現状を打破しないと家を処分することになりそうだ。
翌朝になり、苦しみぬいた女狂戦士は失った水分を取り戻そうとするように水を一杯一気飲み。体力回復為に普段よりも大目の食事を要求。
量は多いが食べ方は丁寧なまま。
昨日の苦しみはすっかり消えたらしい。
「クレマン、すげー。よく生還したね」
「さすがにダメだと思ったよー。ご主人の看病のお陰だよ。……あと、あんな媚薬は使いません。ごめんなさい」
素直に謝罪するクレマンティーヌ。
朝方は全員が揃っていたが普段は別々に食事を取ることが多いらしい。
それぞれに役割分担があるので揃うのはなかなか無いことだという。
それにしても食べ方は丁寧だが、クレマンティーヌは上半身裸のままで下半身は裸足、というのが気になる蒼の薔薇のメンバー。
一人で居た時のいつもの格好だからと彼女は言う。
女性メンバーしか居ないので別に問題は無いのだが。
「それで外に出なければいいのでは?」
「人外だと思えば気にならないか」
「……気にしろよ」
イビルアイは苦笑気味に言った。
「拷問用というやつだが、処分しないと間違えて飲みそうだが……。どうしたらいい?」
「それは出さない方がいい。ちゃんと包まないと危険」
「……もう手遅れだと思うが……。とりあえずは出しても安全だ。栓さえしっかりしていれば」
「あげる。まだたくさん持ってるから」
「捨てろよ、バカ!」
イビルアイは叫んだ。
「命に関わるから取り扱いには注意するんだよ」
「蒼の薔薇も賑やかになったもんだ。まだ仲間にするのかい?」
ガガーランの質問にヤントラは首を傾げる。
「まずは戦争が終わるまで。というかいつごろ始まるんだろう。何か合図とかあるのかな?」
「まずは正式な宣戦布告が出されると思うから、それからすぐかな」
「冒険者は参加出来ないんだけどね」
「
ニコニコしながらクレマンティーヌは言った。
「そうかもしれないけど……。我々は規則を破れないのだよ、クレマン。……でも、麻薬調査は冒険者の暗黙の了解を超えてるけどね」
「貴族共に圧力を掛けられるからな。裏では何してんだか」
「……それを調査するのが仕事だろう」
「君たちの仕事の内容は他の都市でも起こっていることなのか?」
「……たぶん。リ・エスティーゼ全域だと思われる」
「根深いねー。そんなんだから、帝国に麻薬栽培で抗議受けるんだよ」
と、クレマンティーヌ。
「クレマンのところにも情報が来るんだ……」
「そりゃあ裏の仕事をしてたから。野盗騒ぎも聞いてるし、貧民街の情報屋とも繋がりがあるよ。大半はぶっ殺しちゃったけど」
「貴重な情報源を殺すなよ」
彼女のやり取りは物騒ではあるが、心地よい雰囲気を感じる。