ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
ヤントラは王国の話しには興味があるが、今は彼女達の食料の確保が気になる。
自分たちで買ってくるなら文句は無いが、養うとなると心許ない。
家賃を徴収する事も考えなければならないかもしれない。
そうならないようにランクを上げなければ。
さすがに一日金貨五十枚単位の消費は危険だが、普段の調子では多くて一ヶ月金貨数枚程度なら落ち着ける。
一人住まいに無理矢理五人を詰め込んだのだから仕方ないけれど。
「せっかく揃っているんだ」
と、イビルアイは言い、マジックアイテムが使用される。
昨日の
ヤントラも感知と探知妨害の魔法をかけてみる。
「私のはただ使いたかっただけだ」
魔法も使えば多少の経験値になるだろう、という思いしかなかった。
「こんな所で乱交パーティでもする気?」
口角を広げて笑うクレマンティーヌ。
「何言ってんだ、バカ。ご主人に確認したいことがあるだけだ」
「俺も聞いていいのか?」
「……脳筋はどっしり構えていればいい。リーダー代理らしく」
リーダーらしい座り方は知らなかったが、ガガーランは腕を組んで身構えるような姿勢になった。
それを見てイビルアイは頷いた。
「……ご主人。我らがリーダーは……生きているな?」
確信めいた言い方でイビルアイは尋ねた。
「うん」
ヤントラの即答にイビルアイは少しだけ驚いたが、同時に安心もした。
この人はそういう人だという思いがあったからだ。
「リハビリ中だ。私に内緒で連れ出したらしい。ちょっとした騒動で会うことが出来たよ」
「リーダー代理はお払い箱か?」
「そう簡単にはいかないだろう。王国に知られれば死刑のやり直しになるかもしれない」
クレマンティーヌは興味深げにヤントラを見据える。
アンリマンユの正体はやはりヤントラだという確信があった。それだけ分かればもう追求はやめようと思った。
食事と寝床が約束された生活は悪くない。それに殺せるはずの人間を看病したのだ、多少は恩返ししたいという気持ちはある。
胸をさらけ出すくらいでは足りないだろうが、蒼の薔薇には参加しておこう。殺されるまでは。
「手厚い看病やもてなしを受けているが、戦えるまでは相当な期間が必要だ」
「衣食住付き?」
「更にメイド付き」
「行きてー!」
「そのメイドって人間食べる?」
「調理したら食べるかもね。戦闘能力は無いからかぶりつかれても大丈夫」
「……生きてる事がバレたら討伐とか引渡しを要求されるかも」
「そうなってもいいように、妻の居場所を整える必要がある。もう分かってると思うが、ナザリック地下大墳墓に居る。私に何かあっても彼女の身の安全、国への帰還は頼んであるよ」
「……ご主人、ちゃんと考えてるんだな」
それぞれリーダーが生きていた事に安堵するがクレマンティーヌは薄く笑っているだけだった。
一緒の仕事をしたことがないからかもしれない。
「クレマンと鬼リーダーは出合ったら殺し合いになるかな?」
「どうだろう。妻もクレマンティーヌのことは知っているから、大丈夫だとは思うけど」
「ちょっと戦うとこ、見てみたい気もする」
ティア達は風呂場で全裸のラキュースとクレマンティーヌが両手を掴む取っ組み合いを想像した。
体格的にはクレマンティーヌの方が強そうだと分析したりする。
「禁断の花園の予感がする」
「私、リーダーという役職に興味ないから。ケンカになったら戦うかもだけど」
「旦那さん。仲間を増やすなら信仰系
「考えておくよ」
と言った後で蒼の薔薇のメンバーは女性中心だから男性を入れるのはまずいかも、など思った。
クレマンティーヌは食事を終えた後、しっかりとした服装に着替え、腰には愛用のスティレットを数本抱える。
全体的に黒い防具だが、隠密向きとして身につけている。
ヤントラの持っている防具であげられそうなものは手甲だろうか。
剣やメイスならある程度の数は持っているがスティレットは探さないと分からない。
女性がたくさん居るのでハーレムには違いが無いのだが、それでいいのかと言われるとどう答えたらいいだろうか。
三人程度を想定していたからチーム丸々面倒を見ることは考えていなかった。
「……自分の武具しか持ってないから……、あげられそうなものが無いな……」
「んっ? 心配ないって。人間相手なら負けないから」
「剣や棍棒は使えないのか?」
「小型の剣なら使えるかもだけど。刺突武器の為に鍛えた身体だから……。刺されば剣でもいいけど」
少しだけ頬を紅潮させたクレマンティーヌは言った。
もちろん今の表情は演技である。
長年の殺人技術、戦闘技術に次いで人身掌握も当然如く身につけている。多少の感情の制御などクレマンティーヌには造作もない事だった。
ヤントラはどこからとも無く、様々な武器を取り出し、床に置いていった。
「強固なモンスター以外なら割りと使い勝手がいいものだと思うが……、お気に召すかな?」
「う~ん。スティレットに代わるものとなると……。細身がいいんだけど……」
ガガーランも一つ一つ確認する。
「軽いもんばかりじゃねーか」
「脳筋向きは無いんだろ。重量のある武器は持ってないと聞いたが」
「確かに
「のろまな戦士なら集中砲火を浴びるもんね」
「脳筋はチームでこそ本領を発揮できるし。無茶な戦いしても……。今はダメだ。リーダー代行が簡単に倒されちゃあ」
棘付きの手ごろな棍棒をクレマンティーヌは軽く振った。
素材はオリハルコン。見ただけで大体は分かるが、手の感触としては異常に軽い気がした。
「軽いけれど……」
自分のスティレットに打ち合わせて音を確認する。
「凄い……。軽いだけだ。軽くて強い武器なんだね。あっはぁ。いいねー。少し無茶出来るじゃん」
手首にかかる負担が軽減されるだけでも戦闘に割く手段は変わってくる。
他の武器も同様に軽いがしっかりしていた。
クレマンティーヌ達に見せているのは軽いだけの中級から上級程度の武器。
中級以下は外貨の
「防具は女性物がちょっと少ないが手甲や足甲、兜と盾くらいならすぐ出せるけど」
「つまり鎧以外か……」
イビルアイの言葉にヤントラは苦笑する。
「防具とは関係ないかもしれないが、女性物の下着類は割りと充実している。軽いし」
「……旦那さん、エロい人だねー」
「仕方ない気もするけど、私達の分もあるのかな?」
仕方が無い、というのは発情による汚れ。嘔吐による汚れ。失禁等のことだ。
「仕事した後、街を歩く時に臭いと女性冒険者として残念だもんね」
「……きちんと洗います」
イビルアイは深く頭を下げた。
「でもよー。そんなに気を使ってくれなくていいんだぜ。俺たちも金はあるんだし」
「そういう問題じゃないと思うんだ。脳筋には分からないかな? 女心が」
「ガガーランは掃除しないよね?」
「そんな面倒くせぇこと出来るか」
「クレマンは綺麗好きだもんね」
「証拠を残さない為に身に付いた特技だよ。ふつう、ふつうー」
さらっと暗殺者っぽいことを言うクレマンティーヌ。
「派手に返り血浴びてたけど?」
「一人くらいなら……。たくさん襲われたら無理だよー。汚い仕事で綺麗にするの大変なんだよー」
薄く笑いつつクレマンティーヌは楽しそうに言った。
「下水道とかに逃げられたら嫌でも臭くなるじゃん」
「汚い話しはそこまでにしよう。自分用の武器だが、気に入ったものはあげよう。特に銘は無いから」
一応、防具も色々と並べた。ついでに下着類も。
下着は全員が大きさを確認する。
「オリハルコン製のパンティーとかじゃないから。普通の下着」
「男性用もあるんだよね」
「あるよ。私の場合はすぐ破られる事があるから……。消費アイテムみたいになる」
「……なんか分かるのが怖い……」
「……頑張って綺麗好きになります」
ティア達も頭を下げた。
せっかく貰えるのだからとクレマンティーヌはいくつか選ぶことにした。
防具も今の装備より硬いものを選ぶ。
今取り組んでいる仕事に関しては凶悪なモンスターは出ないだろうが、油断はしない。
自分の弱点はちゃんと把握している。
「一夫多妻だったら結婚してくれる? あ、いや無理か……。同棲でいい。いつかお礼はするよ」
「無事に帰ってきてくださいね」
「……それはなかなか難しいねー。でも、頑張るよ。ありがとう」
防具は装備せずに自分の部屋に運び込むクレマンティーヌ。
他の者は防具を選んでいた。
イビルアイ以外は定期任務の為に外出した。今日は彼女だけ非番のようだ。
普段からボロボロのローブというのか外套というのか、それを身につけている。
外敵の探知などを阻害するためだと思えば仕方が無い。
「ご主人はこの後はどういう予定なのだ?」
「冒険の依頼の確認かな。
「でぇと……というわけではないが、散歩に出かけるのはダメだろうか?」
「いいですよ」
「即答だな……。ご主人は答えが早い。悩みが無さそうな気がするよ」
「考えてはいるけれど、女性の誘いはすぐに答えたいね。ひどい目には遭いやすいけど……」
イビルアイの背はヤントラより小さいせいか、見上げるように仮面を向けてくる。
改めてメンバーの背丈を思い出せばラキュースとガガーラン、クレマンティーヌ以外は子供の背丈のような印象を受ける。
ティアとティナもラキュースより僅かに背は低いが言動から更に子供っぽく感じてしまう。
メンバーの中ではクレマンティーヌが一番上かもしれない。
柔軟な身体に少女ではない大人の風格がある。
ガガーランはその点で言えば『
イビルアイはつい頭を撫でたくなる。
「……女性だと……。……少女とかお子様ではなくか?」
「少女も含めた女性かな」
女性と言われるのは悪い気分ではない。
「……正体を隠す生活は大変でしょう」
「ん……。慣れた、と言いたいところだが……。世の中は私達には優しくない。ご主人のような人は珍しい部類だ。……うちのチームも珍しいかもしれんが……」
元々はチームに入る気は無かった、とイビルアイは呟く。
蒼の薔薇に元々居た女が引退する代わりに強制参加させられた。
立ち話しても仕方が無いので散歩に出かけることにした。
普段は仲間達と歩くが今日は初めて男と二人で歩くことになった。
なった、というよりは頼んだのは自分だが。
照りつける日差し、暑くは無いが種族的には暑く感じてしまう。
「リ・エスティーゼは裏では麻薬が氾濫している。我々は原料となる草の栽培拠点を潰したり、関係者を捕らえたりしている」
『
「敵は手を替え品を替えていく。これがまあ大変なんだ。掴まるのは下っ端連中ばかり。幹部は未だに正体不明……」
空中で空気椅子に座るような体勢を取る。
「さて、ご主人はこの手の問題をどう見る?」
イビルアイは宙を漂いヤントラの背後に回り、肩に手を置く。
「話しぶりからは麻薬組織は貴族と繋がっていそうですね」
「その通りだ、と言いたいが推測だ。証拠がまだ出て来ないのだから」
「証拠が無い時点で巧妙なのでしょう。貴族が入れ知恵しているのは明らかですね」
「そう捉えるか……。栽培に加担した村はどうすればいい?」
「生活のためなのでしょう? ですが、麻薬を栽培すると言う事は利用されていると言う事。決して楽な生活は保障されて居ませんね」
「うむ。気の毒だが、いくつかは潰させてもらった」
「……大方の組織の正体は分かっていそうですね」
「『八本指』という組織名まではな」
推察の仕方に興味はあるが、中々に油断できない人だとイビルアイは驚いた。
自分達の行動は情報が無ければ動けない。
それが後手に回ってばかりいるのが歯がゆかった。
そろそろ先手を打ちたいが、決定打に欠ける。
「弱毒性のようだが、中毒性は強い。それで利益をむさぼっている貴族の尻尾を捕まえたいわけだ。ご主人に協力しろとは言わない。あくまで私見を聞きたいだけだ」
「そんな話題でいいのですか?」
「……今はそれしか浮かばないんだ。……仕方ないんだ、男の人と二人で歩くなんて経験は……」
仮面を取れば少しだけ頬の紅潮が見られただろう。
イビルアイは嬉しくて仕方が無かったが話題が事件ものなのが残念だと思った。
「犯人と繋がるのが貴族だとして尻尾を掴ませないのは、結構な
「そうなるか。あるいは大貴族の腰巾着という線もあるが……」
「まだ麻薬組織の幹部は捕まっていないんでしょう?」
「ああ」
「こちらの情報を掴める人と仮定したら、どの程度の人物でしょうか?」
イビルアイは空中に浮きつつ腕を組んで胡坐をかく態勢を取る。
空中を舞い躍る様は妖精のように見えた。
自然な動きに見えるのは飛び慣れているからだろう。
「ラナー王女が王に進言すると漏れるくらいだとすると……。大物しか居ないな」
六大貴族の誰か。または第一王子、第二王子に連なる者たち、という線が出てくる。
その大物達が裏で糸を引いている場合は犯人を捕らえてもすぐに釈放する危険がある。というよりは捕らえた敵がどうなったのか詳細が分からない。
事件は未だに続いている。
一部はクレマンティーヌに片付けてもらっているが、敵の全貌はまだ闇の中だった。
「権力者がボスだとすると捕まえるのは大変ですよね」
「そうなんだよな……」
「……ナザリックの面々に目を付けられたらおしまいですね。裏から支配されてしまうかも……」
「それは……嫌な予感がするな」
「外貨獲得に麻薬を使うとなると……、巡り巡って私のところにも何かしらの影響が……、出たらヤダな……」
没落しているようなヤントラにも貴族としての地位はちょっとだけある。
何かの巻き添えにされるのは困る。
「今更引っ越すのは勘弁してほしいところです。関係せずに滅ぼせたらいいですね」
「……ご主人の家が無くなるのは我々にとっても困る。ご主人はまだ銅プレートだったな。この件に冒険者は関われないことになっているし。我々は組合を通さずに依頼を受けているから、ご主人の力はちょっと借りられない事情があった」
せっかく苦労して冒険者になったのだからヤントラに迷惑はかけられない。広い自宅をほぼ無償で使わせていただいている。恩は返したい。
色々と意見を貰ったし、事件は自分達で頑張ることにして話題を変えようと思った。
「そういえば、王都の貧民街には行ってませんでしたね」
「いや、いいんだ。行かなくて……。我々が調査しているから」
慌ててイビルアイがヤントラの胸を押しつつ言った。
事件に首を突っ込むと事態が悪化しそうだし、なにより折角の休日だ。
元々は自分から振った話題ではあったが穏やかなものに変えたかった。
「……卑怯かもしれないが、イビルアイさん」
「は、はい」
種族的な特性で動かないはずの心臓が跳ねたような気がした。
「調査の過程で化け物……、イビルアイさん達から見てですが、化け物に会ったら『バスパ』の名を出してみてください」
「バスパ、とはご主人の名前か? ……以前、聞いた覚えがあるな」
そう言うとヤントラは頷いた。
自分の名前の略称だということを改めて伝える。
「私の名前で反応する者が、もし調査でかち合って相手側が先に踏み込んでいたら、冒険者であることを伝え、重要な証拠などを引き渡すように言ってみてください」
「う、うむ」
以前、城に現れた
「犯人が殺されているかもしれないし、重要参考人を捕らえているかもしれない。それは諦めてもらう事も覚悟してください」
「我々も殺しはするさ。うん、分かった」
「……それより、王様自体が黒幕ってことは無いですよね?」
「……もしそうだったら救いようが無いな、リ・エスティーゼは。リーダーが浮かばれない」
生きてはいたが、あえて言った。
だが、ありえない話しではない。王子たちが関わっていない証拠は無いのだから。
ラナー王女も知らない情報があっても不思議ではない。
「一応は交渉を試みてください。あと、証人は殺さずに引き渡してくれると良い、などと言ってみてください。救いようの無い人間は……、まあ殺してもいいですよ、と」
「分かった」
「法に基づく正義は色々と制約があるかもしれません。それでも法は守らなければならない。そんなようなことを言うと、少しは有効かもしれません」
「……いやいや、素晴らしいな」
「これくらいしか抵抗は出来ませんが、気をつけてくださいね」
「うん。ご主人の心遣いは深く感謝している」
物騒な話題をようやく終えて街を散策する。
飲食店に行き、普通に食事を楽しもうとしたのだが、イビルアイは仮面をずらしながら食べる。既にクセになっている食べ方らしいが周りはチラチラとイビルアイを見ていた。
次に向かったのは衣服や下着を売っている店。
イビルアイは今更だが気付いた。
女性しか居ないのだから女物ばかり買うハメになっていることを。
「き、着替えないぞ。下着くらい自分で買える」
「予備とか……」
「用意がいいな、あんた。……いや、分かってたけどさ……。全身マジックアイテムで固めている身としては変えたくないんだよ。いい装備があれば替えるけど」
可愛い服とか着せられそうな気がしたので早々に立ち去ることにした。
一応、最低限の下着類はイビルアイも所有している。
次に向かったのは風呂用品売り場だった。
貴族の邸宅がたくさんあるので芳香剤の種類は多かった。
タオル類も豊富に取り揃えられていた。
イビルアイは店内に入っただけで身体が綺麗になったような気がするほど良い匂いに囲まれた。
自分だけの石鹸などこだわっている者も居るがイビルアイも少しは女の子らしいところはある。
身体を洗う道具を手に取り、値段を確かめたりした。
成長しないとはいえお肌は気になる。
自分の中では永遠の十二歳。身体も十二歳だ、バカやろう。などと思いながら物色する。
心臓停止。呼吸停止。飲食は出来る。ポーション飲めない。
新陳代謝は人並み。睡眠は攻撃として受ける時は無効化できるが眠れない事は無い気がする。あまり意識してなかった。疲労はしている気がする、精神的に、かもしれないが。
性欲はある。幼い身体だけど。長い時を生きてきたのだ。退屈な時の方が圧倒的に長い。
生物しての本能に種の保存があるように。
様々な事件を経験し、それなりの知識くらい持っている。処女性はよく分からないが無いんだろう。生理による不快感などここしばらくは感じた事が無い。たぶん。
さすがに肉体が腐っていないか気になり、体臭も気にする。女の子だから。
風呂だって入る。メンバー入りしてからは丹念に洗うようにしている。
自分の人生を振り返りたくは無いが今のひと時は安心する。
ずっと仮面を付けているから熱がこもって肌荒れしないか気になる事はある。
ポーションの成分が入った薬用などは完全に皮膚が荒れる。
毒耐性が、たぶんあるから媚薬も平気だが拷問用は別格だった。
イビルアイとて匂いを感じた瞬間に全身に
ほんの一瞬ではあったが股間が刺激されてしまった。
未熟な身体は遠い昔。
「………」
思い出しただけで股間が濡れていくのが分かる。
一度火が付けば止まらないものだ。それは随分前から感じる女の生理現象のようなもの。
「……まったくクレマンのやろう……」
イビルアイは物色を中断し、ヤントラを探した。
風呂用品をいくつか選んでいるようだ。それと大きなタオル。恐らくはクレマンティーヌの為のものだろう。
びしょ濡れのタオルがたくさん干されていたから。
女性パーティは何かと致命的な弱点があるようだ。
もちろん男性パーティもだろう。あちらはなんだろうな。
「!?」
肉棒のイメージを浮かべた瞬間に仮面越しに嘔吐してしまった。
あまりにも気持ち悪い事を考えてしまったためなのか、芳香剤の影響かは不明だが、かなり激しく店内で吐き出してしまった。
吐くたびにお腹に何かが蠢いているような気持ち悪さが嘔吐感を刺激する。
ヤントラがすぐに気付いて、イビルアイの背中をさするが余計にボタボタと吐瀉物が床に落ちる。
「外に出ましょう」
イビルアイを外に連れ出して、日陰に移した。
店内に戻ったヤントラは『こういう時のために用意』していた掃除用具で手早く掃除して店員に謝罪した。
外に出ても気持ち悪さが治まらないイビルアイは嘔吐しつつ涙が出て来た。
変なことばかり考えて気持ち悪くなってしまった。
仕事柄、気持ち悪い場面は見て来たというのに情けない。
潰れた死体より肉棒がダメだとは。ヤバイ、また気持ち悪くなってきた。など、色々と考えても嘔吐感は無くならない。
いや、あの媚薬の効果が今になって襲ってきたのかもしれない。
今日、食べた分は出るだけ出てしまった。もったいないことをしたな。と、イビルアイは思う。
買い物を終えたヤントラがやってきて水を飲ませてくれた。
「……ありがとう。まだ具合が悪い」
仮面に手をかけてきたので自分から外した。いや、自分にしか外せないんだった。抵抗する気力はなかった。
その後、黙って顔も拭かれた。
吐くだけ吐いて落ち着いたのは数十分後だった。足元に広がる吐瀉物は結構な量でびっくりした。
「体質に合わない匂いが合ったのかもね」
「……そうかもしれない」
背中をさする動作がとても安心させる。
女性の扱いに慣れているというか、つい身体を預けたくなる。
この女殺しめ。
久しく忘れていた、というか眠っていたイビルアイの『女』が目を覚ます。
リーダーの夫と言う事は理解している。
とはいえ他に男は脳筋だけだ。
いや、旦那さんは男ですらないんだったなと思い出す。
気持ち悪い男よりは嫌悪感は抱かないだろう。
「……あまり君たちを仲間とは思いたくは無かったな……」
ふと漏れ出たヤントラの言葉。
少しだけイビルアイの中にある胸に攻撃としてのダメージを受けた気がした。もちろんそれは気のせいなのは分かっている。
ヤントラは単独行動を好む。
それが今はお荷物たる自分たちが依存してしまっている。
守るべきものが出来ると言う事は自由が制限される。
戦いにおいて仲間は時には邪魔になる。だからイビルアイは悲しかったが理解出来た。
彼は戦う人なのだ。
「いざという時は切り捨てろ。蒼の薔薇にもプライドはある」
「長く一人で居たからね。本音が出てしまった」
イビルアイの背中をさすりながら言った。
「守るものがあるのは良いものだ。だが、私は少し多く持ってしまったのかもしれない。敵と味方の双方に。それはそれでどちらの気持ちも理解する機会を得られるわけだが……、落しどころや妥協点を探すのが大変だ」
「……そうだな」
敵とはいえ言葉が通じるならば交渉する。それは当たり前のことだ。
時には共闘だってする。
もとより自分は敵側の人間だ。久しく忘れていたが、人間にとっての脅威のモンスターだ。そうイビルアイは胸の内で言った。
「も、もう大丈夫だ、ご主人。だいぶ楽になったよ」
これは嘘だ。全身から汗が出始めているのが分かる。
黒い服装が幸いしているのか、内股を伝う粘液の感触があった。
モンスターとて女だ。
アンデッドだから関係ないかと言うとそうでもない。生きて死者になろうとも性欲を求める者は居るだろう。
食欲。食べる快感がある。
相手を貪り食う欲望は交尾と一緒。
「うぇぇ……」
快感と共に来る不快感。
相反する感情がぶつかり合う。
一連の事件で娼婦の館を襲撃した歳に見た惨状。醜悪の一言に尽きる。
醜い肉欲の豚の性器から糸を引くおぞましい光景。被害者の膣から血や精液の混合液のようなものが止め処も無く流れ落ちる様をよく見る。
おぞましい反面、女としてああいう光景を求めるメスの感情。
下腹部が何かを求めるように蠢く。あれをよこせ、と言っているのか、拒否の意思表示なのか。
種族特性の弊害でも起きているのだろうかとイビルアイは疑問に思う。
それとも肉体年齢が幼すぎるからなのだろうか。
成人女性なら少しは耐性があり、素直な自分が出せたのだろうか。
胃液しか出なくなったが嘔吐と想像は簡単には無くならない。
できる事なら壁や地面に顔面を打ち付けたい。
あたり構わず拳が壊れてもいいくらい殴りつけたい。
自制の効かない『血の狂乱』のような効果に苛む。
それは久しく感じなかった人間、生物としての本能かもしれない。
「………」
麻薬の栽培現場で植物を焼き払った匂いにでも当てられたのかもしれない。
そう考えた方が楽だ。
匂いを感じないわけではない。
神殿に行きたい気もするが
無難なところでは家で大人しく寝る。それしかいだろう。
自制はしても蓄積していく何かがあるのだろう。
「ご主人……、みっともない姿を晒して申し訳ない」
「気にしないで下さい」
イビルアイの正体を知って尚やさしい笑顔を向けてくる。
リーダーより先に会っていなかったら
異形の味方というのは悪い気はしない。敵をも惚れさせるとは、只者ではないな。
リーダーという存在が居るお陰で自制は出来ているようだが、恋くらいはしたいなと少しだけ思った。
さすがに化け物とか狂人は御免こうむりたい。
強くて格好いい、
その点で言えばヤントラも頼もしさでは
お姫様抱っこでもしてもらおうかと思いはしたが、視線が濡れた股間に向けられそうなので背負われる事にした。が、すぐに気付く。
それはそれで
ご主人の背中にシミが広がる。というかけっこう服のあちこちに吐瀉物がついてるし。
仕方ない。頑張って歩くか、とイビルアイは淡い期待を捨てた。
仮面を被るにはいささか抵抗はある。匂いが残っていたから。
手に持って隠すしかないな。これはこれで慣れているからいいか。
本当はもう少し街を巡りたかったが汚い格好になってしまったので家で休むことにした。
今は誰も居ないし、風呂で色々と綺麗にしよう。さすがに匂いのする装備でウロウロするのは抵抗があるからな。
デート。
イビルアイの中ではそのつもりも多少はあったが中断し、人目を避けるように自宅に戻る。
風呂の準備くらいは出来るが身体が重い。気分が重いからかもしれない。
生き恥を晒した気分ではあたったが非番の日で良かった。
自分に与えられた部屋に行く前に装備品を外す。
ヤントラに感知阻害などを幾重にもかけてもらった。彼の位階は高くはないが無いよりマシ程度だ。
第六位階に『
魔力系
風呂場で汚れた服装備を洗い、部屋に干す。
マジックアイテムは肌身から離して置けば仮に探知しようとしても中身が無ければ問題は無い。
下着専門の変態野郎でもない限りは。
仲間が帰ってくるのは暗くなってからだから、それまでは一部の装備品は部屋に置いてもいいだろう。
ヤントラに顔も見せているし。
替えの下着。真新しいタオル。個人的な風呂の小物と用意していく。
糸を引く自分の下着は恥ずかしい。
大体の洗い場は風呂場が基本なので広い。
いきなり濡れた床に下着類は置かない。底の浅い丸い
洗濯板も数種類完備。これはメンバーそれぞれの私物である。
周りを見ると割りと様々な小物が溢れている。
一人暮らしではない証拠かもしれない。
「……確かに家は無くしたくないな……」
蒼の薔薇の為に用意してくれたのだから大切に使わせてもらう。
綺麗にした下着を持って満足する金髪で赤い瞳のイビルアイ。
歳は外見的には十二歳と言い張っている。華奢な体形で肌は白いが健康的とも言える。
目つきは歴戦の経験からか、鋭いが仮面で隠されている事が多いので表情は見抜かれない。
特殊な指輪をはめて正体を隠している。こればかりは風呂場であっても外さない。
幼さの残る身体のままなので陰毛などは生えていない。
というよりは何者にも犯されたことの無い無垢な姿があった。
洗い終わった服は次々と自分の部屋に運ぶが裸足で移動している為に床に足跡が残る。
それは風呂上りに掃除すればいいだろう。あと、水は蒸発する。
第三者から見れば
胸も少しだけ膨らんでいるくらいだ。
替えの下着を運び込んだところで
二階の執務室に行ったのかもしれない。
「………」
魔法の影響からか、音が全く聞こえない。
『
裸で部屋をウロウロしているところは恥ずかしいので、風呂場に直行する。
身体を洗うのも忘れて水風呂に入る。全身に冷たさが広がり、一気に脳天が痺れるような怖気が襲う、気がした。冷気耐性は持っているが気分的なものかもしれない。
心臓が動いてなくて良かった。心臓麻痺を起こすところだった、とイビルアイは思いつつも冷水で顔を洗う。
風呂場にある浴槽は十人くらい入っても余裕がある広さを持つ。ガガーランが混ざっても平気なほどだ。
温かい湯は蛇口を
この世界の配管は貴族の邸宅ならば優秀だが、一般の家庭には普及していない。
一応、王都や周辺都市には下水施設があるのだが、ひどい悪臭に満ちている。しかも犯罪者の根城にされることもあるので入りたくはない。
さすがに下水道に入った後は必ず風呂に入る。
イビルアイは取り替えていない残り湯である事を思い出したが、気にするのはやめた。
「……あー、店で吐くか普通……。くそ」
あの店にまた行くとなると勇気が居る。
性欲と不快感。
そのせめぎあいは凄まじい。