※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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D-9 イビルアイとセバス

 例によって脱線したがセバスは片手を挙げたが何も言わなかった。

「連絡が無いというのはなかなかに不便ではあるが……」

「申し訳ありません。周りの雰囲気ではあれが最善かと判断し、バスパ様への連絡も控えたほうが良いと思いましたので」

「連絡が無かったからこそ愛おしいと思ったのかもしれない。それが正しいかは分からないが……。過ぎたことだ。……あれからセバスは何かトラブルでもあったか?」

「はい。治安が悪いと窺っておりましたが、王都は色々と厄介なところのようです。あの法律書が無ければどうなっていたことか」

 セバスは簡単にヤントラに説明した。

 街を歩いていたら瀕死の女性が居たので拾い、治療の為に彼女が働いていた店の従業員から買い取ったら人身売買の罪があると役人に言われた。

 法律書のお陰とはいえ、相手は中々に口のうまい連中で難儀したと。

「拾った女性は奴隷? どうしてそうなった?」

「手切れ金を払ったことが原因かと……」

「いや、奴隷は禁止されているはずだろう? 人身売買とはまあ暴論もいいところだな」

「確かにそうなのですが、役人が相手だったもので。……それにバスパ様の言っておられた『世界をなめている』というお言葉、このセバスは確かに甘く見ていたのかもしれません。暴力には自信がありますが、ああいう輩の相手は……難儀いたしました」

「力で屈服させるのは容易いかもしれないが、交渉ごとは大変なものだ。どれ、興味本位でその女性……、ペットとでも呼ぼうか?」

 自分の妻をペット呼ばわりされたので軽く意地悪をしてみた。

 セバスは厳つい顔のまま苦笑した。

 NPCであるセバスではありえない変化だろう。

 つまり彼には感情が存在している事になる。

「……これは耳に痛いですな」

「君の心を試したのだが……。私は嫌いではないよ。自分の心に忠実であれ。苦難な道も経験だ」

 セバス相手だとついお父さん的な振る舞いをしてしまう。

 作られたときから可愛がっていたNPCだから、というのもある。

 創造主『たっち・みー』の意思を継ぐ者。

 か弱き者の為に力は奮(ふる)われ、悪には鉄槌を与える。

 たっち・みーは善人ではない。PKもする。いや正しくはPKKか。

 プレイヤーキラーを殺すもの。

 当然、恨みも買うが仕返しもする。そんなゲーマーだった。

 彼とはゲーム初期の頃からの付き合いがある。つまりモモンガはヤントラの弟分になる。

 立場的にはヤントラの方が上なのだが、ソロプレイヤーとして活動する上ではどうでもいいことだった。

 異形だからと言ってモモンガを嫌ったりはしない。個人的にアンデッドは確かに好きではないが。

 魔法職に特化していた彼の魔法は素直に憧れたものだ。

 よくこんなえげつない魔法ばかり覚えたなと思うこともある。

 直接見ることは少なく動画などで確認する。

 多くの珍しい武器や魔法は個人的に動画として流通するのでソロプレイヤーでも知る事が出来る。

 よっぽどの隠し玉でも無い限りは。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ヤントラはセバス達が使っている拠点の家に訪れた。

 諜報活動をする上で目立たない一軒家……、のはすが潜伏するには豪華な佇まいだった。

 ここは王都の中でも高級住宅街の一角。治安も比較的良いところである。

 ヤントラの住むアインドラ家も離れてはいるが、高級住宅街と言えなくもない。

 セバスの家には『影の悪魔(シャドウ・デーモン)』、『悪魔の象(ガーゴイル)』が居るらしいが迎撃はされなかった。

 他人の家に入るのはすこしばかり緊張する。

「お邪魔します」

 この規模の家をナザリックが手に入れるには結構な出費のはずだ。

 賃貸(ちんたい)なのだろうか。と、思いつつ居間の方に案内された。

 そこには見慣れない女性が拭き掃除をしていた。

「ただいま、ツアレ」

「おか……い、せばす…ま……」

 かすれた声で挨拶するのは痩せ型の金髪。歳は十代後半だろうか。

「こちらはバスパ様とおっしゃいます。あっ、失礼いたしました。今は……」

「ヤントラです。初めまして」

 声をかけるとビクっと身体を緊張させるツアレという女性。

「……女難の相でもあるのかな……」

 苦笑ながらヤントラは言った。

 現在セバスはソリュシャンと共に情報収集を行っていた。そのソリュシャンは少し遅れてやってきた。

 ヤントラの顔を見て不機嫌を表すが、頭は下げてきた。

 城の中では饒舌(じょうぜつ)だったソリュシャン。普段は殆ど喋らない。

 人間としての演技の延長による偽装。

 与えられた命令には忠実なので重複していただけだ。

 役どころは『気難しい我がままなお金持ちのご令嬢』だとか。

「私は興味本位で会いにきたのだが……。拾うほど酷かったのか?」

「あと少し治療が遅れていれば死んでいたかもしれません。ソリュシャンに『大治癒(ヒール)』のスクロールを使ってもらったのですが……、精神的な回復はまだのようです」

 ソリュシャンの保有するアイテムは至高の御方々と呼ばれる者達より賜(たまわ)ったもの。それを人間に使ったのだから不機嫌なのかな、とヤントラは思う。

 ラキュースの時ですら彼女はアイテムを使わなかった。それほど主人のアイテムは大事にしている。

 ヤントラの所有する『大治癒(ヒール)』は今は魔法として使っている為、無用の長物のような状態だ。しかし、それでも必要となるかもしれないので捨てたりはしない。

 枚数的には各魔法に対し、数百枚から数千枚規模に達するものもあるかもしれない。

 よく利用する魔法ほど枚数は多くなる。

 こつこつと集めた結果がなせるわざだ。

 ユグドラシル時代は消費アイテムだけで乗り切ったりと苦行のようなプレーが多かった。

 ほぼ苦行だ。修験者もスカウトしたいと思うくらいかもしれない。

 さすがに第八位階以上となると少なくなるが。

 魔封じの水晶や書物、データクリスタルも集めてはいるが、こちらは嵩張(かさば)るので金庫に入れてある。もちろんランク分けしている。

 

 スクロールを二枚取り出し、ソリュシャンに向けた。

 普通のスクロールは丸めてあるので本数で数えるがヤントラは丸めていない。

 取り出してすぐ使うためだ。

「良かったら受け取ってくれ」

「……お言葉に甘えさせていただきます」

 静かな口調でソリュシャンは言い、両手で丁寧にスクロールを受け取り中身を確認する。

 そして、スクロールを丸めて体内に収めるのだが、彼女の表情が少しだけ優しく変わった。

「ソリュシャンには大変世話になった。ありがとう」

「いいえ、私はご命令に従ったまでです」

「……君の尽力があるからこそ交渉ごとが捗(はかど)ったのに、アインズは何も礼は言わなかったのか?」

「そ、それは……。おこがましいことと存じます。私は与えられた命令以上は関知しておりません」

 少しは言ってほしい気持ちはあるが、自分からは報告ができないし、不敬だと思った。

 陰ながらでも役に立てればソリュシャンは満足だった。それにヤントラの言葉で自分の仕事で良い結果になった事に少しばかり嬉しくもあった。

 ツアレがあ然としてやり取りを聞いていたが客人に飲み物を出していないことに気付き、急いで調理場に向かう。

 現在の邸宅には雇(やと)いメイドは誰も居ない。

 居るのはシモベくらい。

「あっちはあっちで大変だっただろうからセバス達の事を考える余裕が無いと思えば、分からないでもないな。それで彼女はこのまま置いておくのか?」

「それが……、どうすればいいのか困っておりまして……」

 セバスはヤントラに向かい合い、ソリュシャンは一旦は自室に待機する事になった。

 これまでの経緯を話す前にツアレがヤントラに飲み物の入ったグラスを勧める。そして、セバスの隣りに立った。

 ツアレはこの家のメイドという事になっているらしい。

「座っていいよ。私は役人ではないから」

「は……。では……いま……」

 緊張したままのツアレ。

 

 前回、役人との会話ではツアレを連れ戻したい内容だった。

 もちろんツアレ個人は帰りたくない。しかし、帰らないと館の主人であるソリュシャンに迷惑がかかるなどを言われた。

「殴る娼館(しょうかん)……。それは商売としてありえるのか……」

「今戻せば彼女は瀕死、または死にますね、確実に」

 ヤントラはツアレを頭から足元まで眺める。

 ケガが治っているのでどの程度の酷さだったのかはうかがい知れないが、会話に不自由ほど追い詰められていたのなら、相当な仕打ちを受けてきたのだろう。

 ヤントラが手を出すとツアレはセバスに許可を求めるような気持ちで顔を向け、セバスは黙って頷いたので恐る恐る腕を上げる。

 ここで抵抗するとよくないと身体が訴える。だから従った。

 ツアレの腕はまだ細く、力仕事には向かない。

 顔も疲労の色が見える。

「君はこのままここに居たいのか?」

「あっ……、で……ば……いたく……ないで……」

「……セバスにとっては命令以外の出来事というわけか……」

「そういうことになります」

 ツアレの腕を軽く撫でてから離した。

「拾った人間が最後まで責任を持つのが普通だが……。自らの忠誠心を維持しつつ難題に取り組んで見なさい。それはセバスにも良い経験になる」

「全力で努めたいと思うのですが……。良い考えが浮かびません」

「ツアレさん。彼は困っているぞ。君もある程度は覚悟してもらうが、頑張れるか?」

 ヤントラの不敵な笑みは怖かったが、助けてくれたセバスの恩には報いたいと思った。

 両手に力を込めて頷くツアレ。

 確認はしたがヤントラには素直に協力できない理由はある。

 自宅は蒼の薔薇が使っているが、匿(かくま)うにしても他の貴族に狙われてなけなしの権力まで没収されかねない。

 ナザリックに預けるのが良いのだろうけれど、仕事が無い。

 仮にラキュースの世話としても他のメイドの仕事を取ることになる。ただでさえ仕事が欲しくて仕方が無いメイド達なのだから。

 フールーダの世話も増えた。

 では、ツアレには何が出来るのだろうか。

 身体を使ったお世話など到底無理な話しだ。アンデッドか食料の足しにしかならない。

「ツアレさんは何が出来ますか?」

「りょ……り、すこ……だけ」

「字は読めますか?」

「……がんばり……す」

 もしかして普通の一般人かもしれない。そうヤントラは思った。

 利用価値の低い者はナザリックには不要だ。

 能力の高いものはたくさん居る。足りないのは世界の常識だ。

「残酷なことを言うようだが、今の君に価値は無い」

「……ん」

 ツアレは息を飲みセバスは黙って聞き入る。

 ヤントラの言葉に反論したい気持ちはあった。けれども、それは正しいと認めている。

 料理が出来だけで価値があると言うわけにはいかない。

「今は、と言っておく。今すぐ君をどこかに連れて行くことは出来ないし、守ってやることも出来ない。ここでしばらく待機することになるかもしれない」

「はい」

「セバスには悪いと思っているよ」

「いえ、そのお心遣いだけで満足でございます」

「……折角の原住民だ。捨てるのももったいない。まず充分な休息を取って、色々と学んでもらおう。便利なアイテムを消費する必要がなくなるかもしれない」

 その言葉を聞いてセバスは嬉しくなった。しかし、それは胸の内に仕舞うことにした。

 完璧な仕事をこなすことが自分の存在理由だからだ。

「この家のメイドとしては外交的には有効だろうが、ツアレさん。色々と勉強してもらうことになるが……、頑張ってくれ」

「はい。……ぎり、がんば……ます」

「……ちなみに来た役人の名前とか分かるか?」

「はい」

 その後、セバスは様々な情報を伝えるだけ伝えた。

 一旦、自宅に帰ったヤントラをイビルアイが出迎えた。

 服装は既に黒一色。

 小さな子供に見えるがメンバーの最年長者で魔法詠唱者(マジック・キャスター)。

「セバスに会って君達の事はつたえておいた。だが、別行動を取っている者もいるから慎重にね」

「分かった」

 話しながら落ち着ける場所。居間の方に移動する。

 一階部分ではメンバーのくつろぎスペースになっているのだが、大抵は誰かの昼寝場所と化していた。時々、彼女達の装備品が並べられたりしている。

「君たちは『スタッファン・ヘーウィッシュ』と『サキュロント』という名前に心当たりはあるか?」

「……サキュロントは『六腕』の一人だ。『八本指』とも繋がっているらしいから我々も追っている」

 スタッファンについてはよく知らないと言った。

「巡回使と言っていたが……。話しからはろくでもない役人みたいだ」

「そいつら……、いや続けてくれ」

「娼館を経営しているサキュロントなる人物がセバスが助けた女性を返せと役人を連れて言ってきたそうだ。金で買ったから人身売買だ、なんだと言っていた」

「……クソが」

 それだけで何となくイビルアイは話しの内容が分かってしまった。

 

 恐らくは逃げ出した商品を取り戻す事を口実に金銭を要求してきたのだろう。

 様々な法律を持ち出して相手を追い詰める。悪党の常套(じょうとう)手段でもある。

 互いに口裏を合わせられたら普通の人間なら手ごわくて言いくるめられてしまうだろう。

「君たちとしては彼らは生きたまま捕まえた方がいいのか?」

「情報を聞き出すためなら必要だが、相手一人では切り捨てられる可能性がある。そこが難しいところなんだ。『八本指』という組織はバラバラに活動している。どれか一つ潰しても替えを用意されてしまう」

 スタッファンはどうでもいいが、サキュロントは生きたまま捕まえたい。

「そのセバスと話せないか?」

「今は……昼食の用意をしているだろう。それから、……ソリュシャンが居るが内密に頼むよ」

「あの粘体(スライム)が……」

「今は人間形態だ。ちなみにアサシンのクラスを持っている。敵意さえ見せなければ大人しいから。お互いの益の為に手は出さないように、と言ってあるから」

 情報共有のお膳立てに感謝し、粘体(スライム)の人間形態が拝める、という事は驚きだった。

 武装はしていてもいいと言っておいた。場所自体は彼女達も把握している。

 一人で行くのは心もとないのでティアが戻ってきた時に向かった。

 事件は彼女達に任せることにして冒険者ギルドに向かった。

 国の平和は国を愛するものが守ればいい。

 イビルアイとティアは敵の本拠地であるセバスの邸宅の前に来た。

 武装しているのはセバス達の警戒もあるが帰り道に別の敵の襲撃も予想されるからだ。

 一般のモンスターや敵勢力ならば対応できる自信がある。

「今回はお互いの意見交換なんだよね?」

 ティアが尋ねるとイビルアイは黙ってうなずいた。

 雰囲気からイビルアイは緊張していると分かった。

「勝てなければ逃げようね」

「……逃げられたらな」

 いつもより弱気なイビルアイ。

 ティア達には分からない強者の気配をイビルアイは感じる事が出来る。

「話し合いなんだから、肩の力を抜いて」

 そう言いつつ扉をノックした。

 

 扉が開けられる前に覗き窓が開くがイビルアイ達は大人に比べて小さいので姿を確認しようとすると頭の部分しか見えないかもしれない。それからほんの数秒で扉は開く。

「こんにちは」

「ご用件は何でしょうか?」

 現れたのは白髪の老紳士セバス。

 一度、会っているので驚きはないが雰囲気は圧倒的だった。

 がっしりした体つきは老体とは思えない。

 背筋がしっかりと伸びている。

 眼光鋭い厳つい顔が相手を威圧してくるようだ。

「……改めて挨拶したい。私は『蒼の薔薇』の冒険者チームのイビルアイだ」

「ティアだよ」

「これはどうもご丁寧に。私はこの館で執事をしております、セバス・チャンと申します」

「急なことで悪いのだが、内密に話しをさせてほしい」

 セバスはイビルアイの風体を見回した。

 蒼の薔薇は既に情報として知っているし、姿も確認している。

「話しとは……、館の主人に関係することでしょうか?」

「セバスさんが主人ではないのか?」

 前回はセバスしか居なかった事をイビルアイは尋ねた。

「いいえ。……いいでしょう。どうぞ、中へ」

 ソリュシャンの事ではないと分かり、中に招き入れることにした。

 日本では靴を脱ぐが西洋風は靴を履いたまま家の中を移動する。

 靴を脱ぐのは風呂に入る時とベッドで寝る時くらいだろう。

 そういう風習はあるが、綺麗好きは上履きに履き替えたりする。

 貴族の家でも同じように靴派と上履き派の両方が居る。

 セバスのところは靴のまま。

 居間に通されると見知らぬ女性が居た。

 前回来た時は居なかったので、この人がソリュシャンだろうかとイビルアイ達は思った。

 とてもおどおどしているし、人間蔑視の暴言粘体(スライム)とは似ても似つかない気がした。

「……念のために聞きたいのだが……、こちらは?」

「先日救いましたツアレ、と言う方です」

「スラ……。ソリュシャンではなく?」

 粘体(スライム)と言いそうになったことはセバスにも理解出来たが、一先(ひとま)ずは頷きで答える。

「人間ですよね?」

「はい」

 それを聞いてイビルアイ達が安心するのがセバスには分かった。

 ソリュシャンの事を知っているということは色々とよくない事を想像していたのだろう。

 

 それにしてもとセバスは思う。

 イビルアイは仮面をつけたままなのが気になった。

「その仮面は取らないのですか?」

 というよりはイビルアイは男女どちらなのだろうか。声では分からないが、手足の華奢さは女性だろうと思った。

「人前で外したくないそうです。恥ずかしがり屋さんなので」

「……そういうことにしてくれると助かる」

 ティアの意見に今回は賛成することにした。

 今の自分の顔は冷や汗でいっぱいだったからだ。

「分かりました。では、ツアレ。お客様にお飲み物を」

「はい」

 軽く会釈してツアレは料理室に向かった。

 ティアはアサシンとしての特殊技術(スキル)を保有しているが館に居る人数が把握できない。

 動いているのは二人。それ以外はノイズがかって分からないがまだ誰かがいる気配は分かった。

 感知を阻害する魔法でも使用されているのか、自分より高位のアサシンなのか。

 どちらにせよ、強敵が居るのは確かだ。

 ソリュシャンがアサシンのクラスを持っている事は聞いたが見えない戦いは難しい。

 少なくとも外敵に対する備えに万全を期しているのは理解した。

 それも計り知れないほど。

 決して油断をしない強敵というのはすごいものだとティアは素直に感心した。

「どうぞ、お掛け下さい」

 セバスに言われてようやくイビルアイ達は席につく。

「それで内密の話しとはなんでございましょう?」

「『八本指』という組織はご存知だろうか?」

「……それほど詳しいわけではありません。小耳に挟んだ程度なのでお伝えするほどのことは存じません」

「我々『蒼の薔薇』はこの八本指の壊滅の為にある貴族から依頼されて行動している」

「……おじいちゃん、というのは失礼かと存じますが、誰が聞いているか分からないので……」

「お嬢様方ならば文句はありませんよ。それと盗聴に関しては心配はないかと」

「気分的に、だよ。そちらがナザリックの人達というのは分かってるけどね」

「これは手厳しい意見ですね」

 ツアレは奥から現れてイビルアイとティアに飲み物を勧め、セバスにも飲み物のグラスを勧めた。

「彼女はここに居てもよろしいので?」

 セバスは一応、尋ねてみた。

「彼女がどうかしたのか?」

「イビルアイ。この人がサキュロントの店に居た被害者だよ、きっと。緊張してるのかな?」

「そ、そうか。名前は……、聞いてなかったから」

 セバスの迫力が強すぎて判断力が鈍ったのかな、とティアは首を傾げた。

「おじいちゃん。もう少し力を抜いてくれると助かるよ。こんなに緊張するイビルアイは珍しいんだから」

「申し訳ありません。敵か味方か、判断しかねていたもので」

「敵になるかもしれないけれど。それは私達が人間だから。ナザリックの人達のことはまだ分からないからさ。分からない存在は怖いの、人間は」

 ティアはしっかりと言ったがセバスの表情は微塵も変わらない。

 飲み物を飲もうとして仮面にぶつかるイビルアイ。それから器用に仮面をずらして一口飲んだ。

 緊張の為に味は分からない。ただの水かもしれない。

 軽く呼吸を整えるイビルアイ。

「まずはそのサキュロントの特徴を教えてくれ。偽名の可能性もあるが……」

「分かりました。彼は一言で言えば暗殺者のような感じでしたね」

 セバスは分かる範囲でサキュロントなる人物の細かな説明をした。

「……バカ正直に名乗るとは……」

「逆にビックリだね。おじいちゃん、そいつは確かに『六腕』の一人『幻魔』のサキュロントだ」

「そいつらを……出来れば生きたまま捕らえたい。協力してくれないか?」

 蒼の薔薇と言えばアダマンタイト級の冒険者として有名なチーム。

 セバスも名前は知っているし、リーダーを含めて全員の基本的な情報は把握している。

 いずれはナザッリク地下大墳墓に脅威を与えるかもしれない、と支配者たるアインズが危惧していた者達だ。

 命令があれば殺す対象。敵と協力する命令は受けていない。

「あなた方と協力してもメリットは無さそうですが……」

「そうかな? 我々とナザリックが協力して犯罪組織を壊滅させたら、あんたたちのボスの名声が上がると思わない?」

「これは名声の為ではない。国の……、臣民の為だ。麻薬が蔓延するような国を救いたい。そこのツアレだったか。その人達も助けたいんだ」

 イビルアイはテーブルに両手付いて顔を打ち付ける勢いで頭を下げた。

 それにティアは驚き、ツアレとセバスも驚いた。

「冒険者は通常は国に関わる仕事はできない。だが、ある貴族が極秘裏に我々に依頼してくれた。リーダー無き今でも頼ってくれる人に報いる恩がある」

 そこまで言われてもセバスにとっての最重要なものは支配者の命令だ。

 彼女がどんな頼みごとをしようがセバスの心は動かない。本来ならば。

 だが、今は少しだけ違う。

 命令違反してまでツアレを救い、アインズより預かったアイテムまで使用したのだ。

 忠誠心を疑われても仕方が無い事態に陥っているのは確かだ。

「おじいちゃんが会った『スタッファン』っていうクズね。あれは殺していいよ。……もちろん、こっそりとね。下っ端だし、何人も娼婦を弄んだ後に殴り殺しているらしいから。私達が捕まえたいのは裏で糸を引いている大物貴族。これが本命かもしれない」

「ほう。冒険者なのに殺していいと言いますか?」

「さすがに出会いがしらに意味も無く殴り殺すのはダメだけどね」

 ニッコリとティアは微笑んだ。

 セバスも彼女の身のこなしは注意していた。

 

 セバス自身に決定権は無いが話しを聞いて相手の情報を得るのは大事なことだと分かっている。

 蒼の薔薇は既にナザリックのことをある程度知っている。それはヤントラが居るからなのだが、今のところ敵対する意志は無いようだ。

 敵対しないように言われているのかもしれない。

 リーダーたるラキュースは今もナザリックで手厚いもてなしを受けている。その仲間達を安易に始末することは得策ではない、ことは理解している。

「これまでに襲撃した場所からめぼしい証拠が手に入っていない。だから後手に回って苦労している」

「ちなみにどのような証拠が良いのでしょうか? 犯人の肉片とかですか?」

「密輸品のような物品類……。だが、優先するとすれば証拠に足りうる書類らしきものだ。暗号化された指令書など。組織の全体像につながるものが欲しい。ついでに『六腕』も捕縛したいが……、まあ殺してもいいな、こいつらは。あえて生かすとすればリーダーの『闘鬼』のゼロ。八本指の幹部の一人と目される。娼館を束ねる奴隷売買の部門長『コッコドール』という男は個人的にぶっ殺したい」

 いきり立つイビルアイの背中をティアは撫でた。

「羊皮紙かどうか分からないけれど、情報は欲しい。それはナザリック……」

 ナザリックを連呼するのはさすがに危ないか、とティアは思った。

「気になることがあるのですが、よろしいですか?」

「どうぞ」

「犯人を捕まえたとしても貴族の一声で保釈されては元も子もないと思うのですか」

 裏で手を引いているのが貴族ならばかなりの権力を持っている筈だ。利権のためなら保釈も簡単にやってのけるかもしれない。

 それはもちろんイビルアイ達も承知している。

「それでまだ襲ってくるなら始末するだけだ。お役所仕事は面倒ごとが多いからな。重要なのは組織を潰す事だ。政治の判断は貴族の中でやってもらうさ。事件の全容が明るみになれば臣民からの批判は避けられない。……それが無駄に終わるかもしれないけれど」

「……ところでおじいちゃん達は字は読める? 旦那さんは国の言葉にまだ苦戦しているみたいなんだけど」

 意外な言葉にセバスは唸る。

「解読アイテムは貸与(たいよ)されていますので、読めますが……」

「何の書類かまでは分からないか……。幹部と目される人間の捕縛。貴族との繋がりを示す書類。これが目下の目標だと思うよ」

 これだけの情報を提示されたからといって協力する気にはなれない。

 むしろ、貴重な情報が手に入って良かったと思うくらいだ。

 イビルアイ達の真意は犯人逮捕なのかはまだ分からないが、まだ何か隠している事があるのかもしれない。

 ティアはイビルアイの様子をチラッと見ていたが緊張は続いているようだ。

 メンバーの中では最大戦力と目される彼女が何かに怯えている、ように見えた。

 ここにクレマンティーヌが居たら一触即発になっていただろうな。あいつは敵はすぐ殺すから。と、ティアは苦笑する。

「まことに有意義な情報なのですが、こちらとしては協力に足る材料にはならないかと」

「協力してくれるなら御の字だ。……ティアとツアレ……、すまないが二人だけにしてくれないか?」

 セバスから顔を背けないイビルアイの言葉にティアは無言のまま頷き、ツアレを手招きした。

 ツアレはセバスの頷きで元に部屋から出事にした。

 

 二人っきりになった部屋。

 空気は一段と思い。

「協力なんか当てにしてない……」

 イビルアイから口を開く。

「この事件は我々が解決したいし、お前のような化け物に頼りたくは無い」

 怯えを感じつつも敵意を向ける。

「手厳しいご意見ですね」

「私は幾多の化け物と会ったことがあるが、ここまで飛びぬけた奴は数えるほどしか知らない。……それが百匹近くナザリックに居ると知れば怖いさ」

 情報源はバスパだろうとセバスは理解したが相手はそれを分かってここに来た。

 殺されることが分かっているなら話しはちゃんと聞こうと思う。

「出て行け、と言うのが正しいのだろうが、ナザリックはそれが今、出来ないんだろ? ならばこの国に対してお前らは少なくとも二つの選択肢を選ぶことになる」

「どうぞ、続けて下さい」

「一つは我々すべての虐殺。国の乗っ取りとでもいうのか。世界を手に入れるのかは知らない。もう一つは融和(ゆうわ)だ。それをする気が無い、またはしないように教え込まれた化け物共には難しい選択だろうな」

 後者はセバスも選べない。だが、利用価値のあるものは手を取り合ってもいいと思う。

 アインズは実際にそのための行動を取っているし、人間のラキュースを利用している。

 第六階層には森妖精(エルフ)の奴隷もアウラとマーレのお世話係りとして置いている。

「ご主人は融和を望んでいる。私もご主人の役に立ちたい。あの人はお前ら化け物すら愛する方だ。どちらにも付けないで板ばさみにあっている。手を取り合う事は本当に出来ないのか?」

「お気持ちはまことに嬉しいのですが、全ての決定権はアインズ様に委ねられております」

 そうだとしてもイビルアイの意見は尊重したい。それはセバス個人の気持ちである。

「どこまでも狂信的だな。ご主人は命令なんかしないぞ。我々に頭を下げられる人だ。支配者よりはご主人のほうが好きだ」

「そのように創られておりますから。お嬢様のお気持ちには答えられそうにありません」

「そんな筈は無い。お前らは自分で考えられる知性ある化け物だ。譲れない主張は誰もが持っている。お前が救ったという女は命令で救ったのか?」

「……あの時はそうする方が正しいと判断しただけです。ご命令に背(そむ)くこととは無関係かと」

「自分で判断出来てんじゃねーか! 忠誠心だっけか? それは別にいい。私もこの国に……、いやメンバーに忠誠を誓っている。その中にはいずれはご主人も入るだろう。だからさ、仲良くなれないか? その可能性は無いのか?」

 イビルアイの必至な嘆願。それはセバスには理解できないものだ。

 ナザリックに属さぬものが何故、と思う。いや、ナザリックを知って尚仲良くしようと言ってくる彼女が理解できなかった。

 バスパは至高の御方々に連なる者。

 だが、正式なメンバーではない。権限も殆ど無い。

 それでも自分は彼の意見を聞くのは創造主の言葉があるからだ。

「バスパは面白い奴だから仲良くしてやってくれ。ギルドには迷惑は掛けないと約束もしてくれた」

 そうたっち・みーは言っていた。

 創造主の言葉は支配者であるアインズに匹敵するほどの言葉である。

 

 その彼を好いてくれる者はセバスとて嬉しくない筈はない。

 ラキュースも自分の中では好きなほうだ。異性ではなく、客人として。

「お前らが敵になるのは勝手だ。いずれは戦うことになるだろう。少なくとも化け物であるお前らに対抗するすべは……、はっきり言えば無い。最大戦力の私が勝てないと言っているんだ。他の者が勝てるはずがないじゃないか。無駄に死なせるわけにはいかない」

「……つまり、国に手を出すな、と言いたいのですか?」

 イビルアイが言いたいのはリ・エスティーゼという国を滅ぼすな、ということだろうかとセバス少しだけ疑問に思った。

 命令ならば仕方が無いかもしれない。けれども今はそこまでする気はない。

 無いけれどいずれはそうなるかもしれないと思っているのかもしれない。

 確かに国を滅ぼす戦力はある。

「我々も蒼の薔薇という冒険者だ。弱い奴から見たら脅威だろうさ。だが、無意味な殺戮はしない。敵は殺すが。話しが通じれば化け物とだって仲間になる。だが、お前らはどうなんだ? 融和は選べるのか? 支配者という奴は我々からどんなものを奪うんだ? 分からないんだ。何も分からないし、お前らは教えてくれない」

 段々と支離滅裂(しりめつれつ)になってきたのでセバスは軽く息を吐く。

「下等な人間に教えることは何もありません。愚痴(ぐち)ならご退室願います」

 少し殺気を込めてセバスは言った。

 イビルアイの全身にビリビリと衝撃が伝わる。

 

 生存本能が刺激され、死ぬ前に何かを言い残すか、狂い死にするまで交尾しろと身体が要求してきた。

 だが、狂うことは出来ない。

 子孫も残せない。

 死ぬ以前の問題だ。とっくに死んでいる。それでも、殺される。

 滅ぼされる。それが目の前の化け物には容易くできるのだと身体は教えてくれる。

 仮面越しに涙が出て来た。

 失禁もしそうになる。

 本気を出したら身体が残っているのかも怪しいかもしれない。

 それくらいの迫力と威圧感、存在感があった。

「愚痴も……言いたくなるさ。何も出来ないと分かれば……」

 イビルアイは仮面をテーブルの上に置く。

 現れた素顔を見てセバスは息を飲む。

 ありえないものを見た。と、セバスは思った。

 幼い少女の風貌には赤い瞳が灯っている。それだけではない、八重歯とは形状の違う牙もあった。

「人間……ではないのですか?」

「聞いただろう? 恥ずかしがり屋なんだ……」

 涙を浮かべるイビルアイ。

 セバスが驚くのは無理も無い。

 気配は確かに人間のものだった。

 その疑問に答えるようにイビルアイは手に付けた指輪を見せる。

「お前らだって偽装のアイテムくらい持っているだろう。それと一緒だ」

「こ、これは失礼致しました」

「下等な異形種だ。ご主人はためらいも無く可愛いと言ってくれた。さすが異形と共に暮らした人間だ。異形種の風当たりは私も分かっている。それでもあいつらが大好きなんだ。数百年経って出来た仲間だ」

 イビルアイは漆黒のローブを脱いでセバスの近くに移動した。

「仲間が愛した国を守りたい。王都の闇は深くたくさんの手を必要としている。互いに敵対しないためには協力してもらわないといけない」

「あなた方に依頼したという貴族は信頼できるのですか?」

「出来ないかもな。我々はリーダーを信じる。それに八本指は王国にとって害悪だ。根絶やしにしたい」

 涙を拭い、イビルアイは言った。

「ツアレと接触してきたのがサキュロントなら奴はまた来るかもしれない。どういう事になるかは分からないが、もし現場に乗り込むようなことがあれば全ての証拠書類は我々に提出してほしい。仲間が精査してくれる。写しが必要なら用意しよう」

 写しが手に入るのなら問題は無い。

 襲ってくる敵は倒す。それに異論は無いし、命令による影響も無いだろう。

 イビルアイはいきなりセバスの顔を殴りつけた。

 魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではあるが物理攻撃もできない訳ではない。しかし、硬い石を殴ったようにセバスの顔は微動だにしない。

 ヴァンパイアとはいえ人間よりは強いはずが、とイビルアイは絶望を感じる。

 本気ではなかったが鼻血くらいは出せると思っていた。

「何のまねですか?」

「駄賃だ。……はー、すごい化け物だな。なあ、仲間や国の為ならお前らは死ねるか?」

「アインズ様のご命令ならばこの命は惜しくはありません」

「……そっか」

 そう言った後、セバスの顔に唾を吐きかける。

「………」

「さっきも言ったように八本指の拠点にある重要書類、物品類は全て仲間に渡してくれ。それだけでいい」

 セバスは答えない。

「……私の首以外は木っ端微塵に処分してくれていい。首だけティアに渡してくれよ。でないとアインズなんとかの悪口を大声で言い続けるからな。ついでに……、お前らと対等に戦えたら少しは楽しい人生になっていたかもな。もっと色んな魔法とか開発していたかもしれない」

 拭(ぬぐ)った涙がまた流れ始めた。

 そして、次にイビルアイが言葉を発する前に彼女の首は静かに床に落ちた。

 セバスの手刀は何の防御対策も講じていないイビルアイの首をやすやすと断ち切った。

 自分のみならず至高の存在を侮辱するものに与えるのは死だ。それにためらいは無い。無いのだが、自ら殺される為に気丈に振舞う姿勢は敬意を持たなければならないだろう。

 動かない心臓を貫くのは意味が無い。明らかに首を撥ねろと暗示していた。

 殺されてやる代わりに仕事を手伝えと。だから、これが勇敢なる戦士に対するセバスの正しい答えだ。

 

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