※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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D-10 簡単には死ななかったイビルアイ

 音も無く、金色の髪の毛ごと断ち切られはしたが身体は未だに立ったまま。それからすぐに血が出るのだが、頭部を失っても傷を修復しようとする力が働き、首からの出血はすぐに治まった。

 それから数分後に身体は死を受け入れたのか、ゆっくりと崩れるように床にへたり込む。

 本来なら身体が滅びるはずのヴァンパイアは滅びなかった。それは彼女が元々肉体を持った人間だったからだろう。

 召喚されたり、自然発生するアンデッドは滅びる事はあるが元々の素体があるアンデッドは消えずに残る。骸骨(スケルトン)が良い例だろう。

 物言わぬ首は既に活動を停止している。

 セバスは首を拾い上げて仮面を被せた。

 身体の方は装備を回収したらソリュシャンに渡そうと思った。

 漆黒のローブに首を包み、部屋の外に居るティアに渡す。

「願いは素直に聞き届けることは難しいと存じますが、出来る限り善処致します。他の者にもそう伝えますので、お仲間にもそうお伝え下さい」

 ティアは手の感触でローブの中に何が入っているのか理解し、その場に座り込んだ。

 返り血を浴びたセバスにツアレはかなり驚いたが、ただただどうすればいいのか分からず混乱した。

「それと装備品は後でお届けに参ります。今日のところはお引取り下さい」

「……ねえ……、おじいちゃん……」

 手に持つローブに視線を落としつつティアは言った。

「うちのイビルアイは可愛かった?」

「大変、可愛いお嬢様でございました」

 ティアはメンバーのほぼ全員が持っている『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』という死体を安全に包み込むアイテムを取り出した。

 効果はアンデッド化と腐敗防止。イビルアイには関係ないかもしれないが、凶暴なアンデッドになっても困るし、今は安らかに眠ってほしかった。

 

 ティアはイビルアイの首を大切に抱え、一礼した後は静かに駆け出して屋敷を後にした。

 それからすぐに奥の部屋からソリュシャンが姿を見せる。ツアレが居るので演技をしなければならないのは少し心苦しかった。

「酷いかこっうね、ちゃんと洗ってよ」

「……そうですね……。すぐに着替えてまいります。では、ツアレ。すみませんが、部屋に行ってくれますか?」

 血まみれの顔だが優しく言った。

 ツアレも黙って従うことにした。

 彼女が部屋に入ったことをソリュシャンは特殊技術(スキル)で確認し、素に戻る。

「セバス様がお気になさることではありません。あの者はいずれは倒す敵。それが早まっただけですわ」

「……そうだとしても彼女は我々と手を取り合う資格がありました。貴重な人材を失ってしまったかもしれません。蒼の薔薇と情報交換するのはナザリック地下大墳墓にとってもメリットとなっていたかもしれません」

「……これはご報告なさるのですか?」

「ツアレの利用価値が出たのです。私から報告いたします。それから部屋の死体はあなたが処分して下さい。あと、彼女の装備品は返した方がいいでしょう」

 敵の処分についてはソリュシャンも異論は無い。それにセバスの裏切り疑惑も解消する算段に運んだようなので、少しだけ安心した。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 イビルアイが死んだ。

 元々死んでいたようなものだから今更な感じでメンバーは出迎えた。

 テーブルに乗る白い包みの中にイビルアイの首がある。

「蒼の薔薇、どんどん弱体化してねーか?」

「クレマンは強いから大丈夫でしょう」

 仲間の死は悲しいけれど歴戦の戦士はすぐに立ち直る。

 泣くのはベッドの中だけでいい。

「別に戦いに行ったんじゃないのに、どうして早まったかな」

「死ぬなら先に、って思っていたんじゃない」

 ガガーランは包みの上から撫で付ける。

「リーダーに渡して復活させてもらおう」

「また死ぬかもしれないよ。少し落ち着いてからでもいいんじゃない」

 クレマンティーヌは潜伏先に入るので帰宅していなかった。

 イビルアイ、かっこいい生き様だったぜ、と三人は黙祷(もくとう)しながら呟(つぶや)いた。

 

 冒険者ギルドに行っていたヤントラが帰宅する頃にはクレマンティーヌも夜食を食べていた。

「イビルアイ、死んだって、ご主人」

「あら! あ~、そう来ましたか」

 開口一番、クレマンティーヌの暢気(のんき)な言葉にヤントラはどう反応していいのか分からない返事をした。

「セバスのおじいちゃんなら平和的に済むと思っていたのに」

「要求は聞き届けてくれたし、イビルアイの装備品も全部持ってきてくれたよ。下の身体は……」

 ヤントラは食堂を素通りして居間にある椅子に座った。

 イビルアイを失うのは想定外。気の抜けた時期だったのか、タレントは何も反応していない。

 死を覚悟していた彼女だと仮定すれば当然の帰結かもしれない。

 それがナザリック地下大墳墓の恐ろしさだ。

 関われば蹂躙される。戦わない選択肢を選ばなかった者の末路だ。

 イビルアイはそれを理解していたのなら何も言う事は無い。

 新たな人材を探すだけだ。

 ふと、テーブルに乗っている白い包みに気が付いた。

 手で触れると丸い物体の感触がある。

 包みを少しだけ開ける。

 見覚えのある物体が入っていた。

 仮面。その横から乱雑になっている金色の髪の毛と耳。

 イビルアイが入っていた。とても小さくなってしまった。

 包みを戻し、上から撫でる。

「戦争が終わるまでの辛抱だったのに」

 忙しいのは今だけ。

 とりあえずは執務室にでも運ぼう。

 アイテムボックスに入れるのも可哀相だ。

 執務室の机の上を片付けて包みを置く。

「……あまり私の心をかき乱すようなことはやめてくれ。……あらゆるものを殺したくなる」

 包みを持ち上げたり、撫でたり、どこら辺が顔か確認したり。

 赤子をあやすように抱いたりした。

 しばらく抱きながら保管場所を用意しなければならない事を考えた。

 持ち去られたり、潰されるかもしれない。何かの実験に使われるかもしれない。

 一番安全なのはアイテムボックスなのだろう。ナザッリクには置いておくのも不安な気がする。

 彼女の装備も一緒にした方がいいだろう。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 セバスからの一報を受けたアインズは少しだけ困った事態に頭を抱える。

 現在のアインズはエ・ランテルのとある宿に宿泊していた。側には戦闘メイドの一人『ナーベラル・ガンマ』が片膝をついて控えていた。

 いや、今は冒険者『モモン』と供の『ナーベ』だった。

「……蒼の薔薇の一人を殺したと……」

 『伝言(メッセージ)』でだいたいの話しは聞いたが自分の活動に不利益が降りかかる気がしていた。

「それは素晴らしい」

 と、ナーベは喜ぶ。当たり前だ。敵が死んで喜んでいるのだから。

「……そう素直に喜べないのだ、ナーベ」

「な、何故ですか、モモンさ…ん……」

 モモンの『さん』付けの敬称がなかなか浸透しないナーベ。

「確かに彼ら、いや彼女達は今後、出会う敵になるかもしれない。だが、今すぐことを起こさなければならない相手ではない。我々が行(おこな)っているアンダーカバーではいずれは出会う予定でもあるのだ」

「では、その時に一網打尽にするというご計画が?」

 それはそれで間違っては居ないが、それは敵対関係がはっきりした時だ。

 あくまでナザリック地下大墳墓が最も警戒している敵はプレイヤーだ。冒険者はその次だろう。

 

 偽装身分(アンダーカバー)。

 

 『偽装身分』を作り上げ、現地で様々な諜報活動をアインズ自身が集める計画だ。

 ついでに名声を上げて信頼を増やせば更に様々な事に使える。

 最終目標としてはアダマンタイト級だ。そうなれば向こうから情報が集まるだろうと皮算用している。

 他の有名な冒険者ともコネクションを結べば何かと便利になる。

 王国に存在するアダマンタイト級の一つ『蒼の薔薇』も友好関係を結びたかったチームだ。

 リーダーは既に手中にある。

 優秀な冒険者は下手をすればナザリック地下大墳墓の敵となるかもしれないが、味方に率いれば心強いのは確かだろう。

 強さを把握出来れば、いざという時は始末するのに都合がいい。

 今はまだ敵対するするだけの材料が無い。もちろん味方は多いに越したことが無い。

 それが一人失われた。セバスの手で。

 叱るに叱れない。

 ナザリックを知った上で自分の命と引き換えに交渉に望んだのだ。断った方のデメリットが大きい。

「蒼の薔薇は王国の貴族と繋がりがあるらしい。リーダーが貴族令嬢だったのだから当たり前かもしれないが、利用する価値はあっても殺すのは惜しい」

 ただの冒険者ならば気にもしないがアダマンタイト級は別格だ。

 殺したメンバーの身体は残すように命令はしたが、問題はヤントラが復讐しに来ないかが心配だ。

 また殴られるのはやだな、とモモンは思った。

 死にはしないが、かっこ悪いところを見られてしまう。

 順調にランクアップしているというのに余計なところで躓(つまづ)きたくはなかった。

「……あいつは無視しよう。ナーベ、ヤントラを見かけても攻撃はするな。襲ってきたときだけ迎撃しても良い」

「畏(かしこ)まりました」

 セバスの報告にあった犯罪組織の掃討に協力する事はモモン、アインズであれば手を取るところだろう。

 手柄を上げれば王国に貸しを作ることが出来て報奨金などが貰えるかもしれない。

 だが、メンバーを殺害した今はアインズとして出るのは不味いかもしれない。

 復活させて恩を売るか。リーダーを帰すにしても死刑のやり直しならまた面倒になると思うから出来ない。

 復活させたとしてもナザリックが脅威だと蒼の薔薇は気付いている。順調な交渉にはならないだろう。吸血鬼騒動のように誓約書でも書かされそうな気がする。

 かっこよく強大なモンスターを倒して名声を上げる計画がヤントラに潰されてしまった。

 それはそれで墓穴を掘らなくて済んだからいいが。

 地道に名声を上げるほうが無難なんだろう。

 それはそうなのだがランクを上げるのは非常に大変だ。特にミスリル以上は特に。

 ここはデミウルゴスに知恵を借りるしかないかな、とモモンは黒い全身鎧のまま頭を抱えた。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ヤントラの名前を出したモモンはユグドラシル時代を思い出す。

 たっち・みー達から聞いたヤントラの前身(ぜんしん)のバスパというキャラクターについて。

「モモンガさんとバスパは仲がなかなか良くなりませんねー」

 白銀の鎧を着たたっち・みーは笑顔アイコンを出して言った。

「いつものことですが。部外者のクセに突っかかってくるんですよ」

「意見の相違はあってもモモンガさんのことはそれほど嫌ってはいないと思うよ。凄い魔法の動画見ているときは目を輝かせていたし」

「ああ、超位魔法の……。派手な演出ですからね」

「あの子も……、バスパはギルドより仲間を大切にするからね。それぞれの個人的なことを優先して尊重するから」

「ギルドをまとめてアインズ・ウール・ゴウンの地位を磐石(ばんじゃく)にするのは当たり前だと思いますが」

 上位ギルドに上り詰めた実績は落としたくなかった。

 『世界級(ワールド)アイテム』の所有数では一位だ。

「ソロプレイヤーのバスパはたっちさんから見てどういう存在なんですか?」

 現実、リアルでの付き合いがあることは知っているが決してプライベートは教えてくれなかった。もちろん勝手に聞くのはルール違反だが、多少は気になる。

「う~ん。どういう存在か……。一言では表せないな……」

 白銀の聖騎士が腕を組んで考え込む。鎧に柔軟性がなければ出来ない動きだ。ゲームならでは、と言えるだろう。

「ゲームのルールが無かったら……、最強クラスの化け物だ。私が特訓して鍛え上げたのだから弱くは無いからね。戦士職では中の上……、上の中までは行けるかもしれないな」

「……でもあいつ、すぐ死にますよ」

「ははは。すぐ死ぬねー。でも、すぐ戻って来るんだよ。確か……、既に千回近くはPKされてたかな……。そうポンポン殺されるのも、さすがにマネできないレベルまで行ってるよね」

 アインズ・ウール・ゴウンの前身となる集団『最初の九人』のクラン名は『九人の自殺点(ナインズ・オウン・ゴール)』という。

 異形種狩りによって新たなクラスが得られる事でPKが横行していた時、自ら敵地に飛び込むことで名付けられることになった。もちろん迎え撃つために。

 その中にもヤントラの名前は入らない。

 当たり前だが、ヤントラはソロプレイヤー。ゲーム終了まで一人だった。

 公式武術トーナメントの優勝者にしか就けない特別なクラス『ワールドチャンピオン』についたたっち・みーが言うのだから弱くはないのだろう。だが、バスパの戦うところは正直に言えばモモンガは殆ど知らない。

 たっち・みーがバスパの訓練の為に用意した動画は見せてもらった事はある。

 バスパ時代は動きがぎこちないのだがヤントラ時代になると格段に上達していた。

 モンスター相手なら充分強いと言えるだろう。防御が薄いし、魔法にも弱いようだが。

 普通に考えて十回近く連続でPKされたらその日はログアウトするだろう。そして、しばらくは引きこもる。

「きちんとクラスを取って最高レベルまで上げたら『上の下』は確実に行くかもしれない。無課金でだ。それくらいの実力は潜在的に持っているよ、あの子は」

 たっち・みーは度々、バスパを『あの子』と言うが実の娘ではない。それは本人が否定したからだ。年齢も公開されていてモモンガより二つほど下だとか。

 もちろんそれが正しいかは確認していないのだが。

 成人なのは確実で、たっち・みーはバスパの幼少期から知っている、という情報だけモモンガは聞いている。

「神器級の装備や重課金の連中には及ばないだろうが、実力はある。魔法職が弱点というのは否めないが……」

 たっち・みーがバスパのことを高く評価していたのは面白くなかった。

 ゲームのルールが無ければ上の下クラスのプレイヤーだという。それはとても信じられないことだった。モモンガの中では『中の下』止まりの評価だった。

 戦士職ではないから分からないのかもしれない。

 アバターを変更した事で無駄が少し無くなったとたっち・みーは評していた。

 モモンという戦士の姿をしているが、基本が魔法職。生粋の戦士職には及ばない。

 ヤントラはその生粋の戦士職であり盗賊(ローグ)系も修めている。

 ストライカー(打撃格闘家)のクラスで接近戦を挑まれると魔法職であっても厄介なことこの上ない。

 

 ルールに縛られない今のヤントラはかなり厄介なプレイヤーだろう。

 ある意味、ラキュースではなくナザリックのNPC達をアインズは人質に取っているからこそ敵対されていないのではないかと思う。

 どちらが敵なのだろうか。

 どの道、意見は平行線だ。

 敵対すれば迎え撃てばいいだけだ。

 仲間ではないのだから。

 魔法でならヤントラを殺す方法はたくさんある。

 派手さを求めなければ『真なる死(トゥルーデス)』や派手な魔法のコンボなど。

 『爆裂(エクスプロージョン)』もありだな。

「あの子はあらゆるものを犠牲に出来る人間だ。その点、犠牲を出さないように努力するモモンガさんとは相性は最悪かもしれないね」

「いや、普通に考えて五レベルドレインは致命的だと思いますけどね。貴重なアイテム(『強欲と無欲』)も手放せるって神経が分からないですよ」

「それが出来るから恐ろしいよね。ははは」

 たっち・みーは楽しそうに言っていた。

 ヤントラは何も切り札を持たない。奴の所有するのはありふれた武具と消費アイテム。課金アイテムは一つたりとも存在しなかったような気がする。いや、戦闘とは関係ないの物(クリエイトツール)はあるにはあったが、それがあったとしても脅威ではない。

 神器級(ゴッズ)や世界級(ワールド)アイテムを持たない。使える魔法も第六位階がせいぜい。

 そんな相手に負ける要素など無い。

 

 ヤントラの殺し方を考えているとナーベの存在に気付き、現実に戻る。

「モモンの正体がバレていなければ接触して意見を聞くことも考慮しようと思う」

「倒すのではなく、交渉……ですか?」

「うむ。モモンは冒険者としては先輩方から多くを学ぶ必要がある。その姿勢を見せれば有意義に情報が集まるだろう」

「さすがはモモンさん」

「それに蒼の薔薇が関わっているという事件に参加出来れば名声も上がるだろう」

 事件の詳細は後でセバスから聞くとして、自分たちはこのまま依頼をこなしていこうとモモンは判断する。

「友好の証として仲間を復活させれば……」

 と、そこまで考えたが復活させるにはコストがかかる。

 ラキュースが第五位階の『死者復活(レイズ・デッド)』が使えることは分かっているが、弱体化によって使えないかもしれないし、失敗して灰になってしまうかもしれない。

 信仰系ですぐに思い浮かぶのはペストーニャとルプスレギナ。

 ルプスレギナは第六位階の『大治癒(ヒール)』が使えるから問題は無いだろう。

 第(・)六(・)位(・)階(・)ま(・)で(・)の(・)魔(・)法(・)が(・)使(・)え(・)る(・)存(・)在(・)が居ればいいのだから。

 問題があるのはコストだろう。

 レベル百をペナルティ無しで復活させるのに結構な枚数のユグドラシル金貨が必要だ。

 原住民の復活にも多大な資金が必要らしい。

 仲間でもない者に払う金は無いのでヤントラの金庫にある資産を使った方がいいだろう。どうせ、奴の仲間だ。

 あと、奴の資産が極端に目減りしていないのであれば守護者数人分くらいのコストは優にあるはずだ。

 残る問題は誰に連絡してもらうかだ。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 一日が過ぎる頃になるとヤントラも冷静さを取り戻したのか、メンバーがクレマンティーヌ以外揃っている頃に居間に彼女達を集めた。

 諜報活動しているクレマンティーヌは長い時間の潜伏が必要らしく、当分は帰ってこない。

「……イビルアイは……簡単に死ぬんだろうか?」

 ヤントラの発言にティアとティナとガガーランは同時に首を傾げた。

 テーブルに『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』を置く。

 ヤントラはモンスターとしてのヴァンパイアは倒したことがあるが大抵は煙となって滅びる。

 イビルアイは今も感触がある。つまりは滅びていないということになる。

「首だけなんだよ。さすがに死んでると……」

 アンデッドは体温は無いが冷たい。心臓は止まっているので脈も無いだろう。

「死んだ事にしておこうか……」

 その言葉が聞こえたのか、白い包みが動いた、気がした。

「………」

「………」

 ガガーランとティア達はそれぞれ視線を交錯(こうさく)させる。

 息の合ったやりとりに無駄な議論は発生しない。ティアとティナも相当、頭の回転が速いのか即答で対応してくる。

「……一応、イビルアイの事は分かってるから」

「旦那さん、開けてやってください」

「凶悪なアンデッドだったら潰してやるよ。仲間として責任をもってな」

 ヤントラは『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』を開けた。すると中にあった生首が襲い掛かって、ということは無かった。

 微妙に動いてはいたが、大人しいように見える。

「……そういえば、この仮面って本人にしか外せないって聞いたっけ……」

「身体は……セバスのおじいちゃんのところだ……」

「処分されてるかな?」

「ソリュシャンに渡していたら、ありえるかも。どうする? 返してもらう?」

 ティアはイビルアイの仮面をつついたり、頭を撫でたりした。

「もしかして喋れないのかな?」

 首が断ち切られているので頷きもできないのだろう。

 表情などを動かす事で僅かに揺らす程度は出来るようだ。

「……君達が決めてくれ。私は頭を下げてもいいよ」

「是非、元に戻してほしいです」

「というか、ごめんなさい」

 ガガーランも仲間と言う事でヤントラに深く頭を下げた。

 

 ティア達はすぐさま行動に移した。

 脱兎のごとく駆け出し、セバスの居る邸宅に押しかける。その王都を縦横無尽に駆け巡ることの出来るニンジャの二人ならではの動きだろう。

 『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』を持ったヤントラがティア達に遅れて到着する頃にはセバスの姿が見えた。

「おじいちゃん、イビルアイの身体はまだ無事!?」

 緊急を要する勢いで詰め寄る。

 尋常ではない実力を持つ、ということは頭から抜け落ちていた。今は仲間を救いたい気持ちでいっぱいだった。

 ティナは扉に手を掛けて強引に開けようとした。

「随分と乱暴ですね」

「お願い! おじいちゃん、中に入れて!」

「旦那さんも来るから、説明はそっちに任せた」

「では、居間の方でお待ち下さい。焦らずとも逃げませんので」

 挨拶もそこそこにティアが居間に駆けつけると、惨劇の跡は綺麗になくなっていた。

 拭き掃除をしていたツアレがびっくりするぐらいティア達の目は血走っていたようだ。

 辺りを探索するティア達。しかし、イビルアイの身体は無かった。

「ソリュシャン! 出て来い!」

「粘体(スライム)野郎! イビルアイを食べたのか!」

 家の中で騒ぎ出したので、急いでセバスは二人を宥める。

「落ち着いてください。身体は今のところ無事ですよ」

「じゃあ返して……。お願い……」

「本当に頼みます」

 二人はその場で平伏し、セバスに頭(こうべ)を垂(た)れる。

「主と相談させてもらいますが、構いませんか?」

「……うん」

「待つ」

 二人が椅子に座るころにヤントラも家にたどり着く。

 セバスが〈伝言〉で主であるアインズに連絡を取る頃に、ヤントラは『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』をテーブルに置いた。

「彼女達に飲み物を。騒がしくて申し訳ない」

「か……りました」

 ティア達に圧倒されたがツアレはヤントラの言葉を聞いて軽く頭を振り、料理場に行った。

 ここまでのやり取りに五分もかかっていないだろう。

 

 セバスは連絡を取りつつティア達の対面に座った。

「彼女の身体は既にナザリックに送ってしまいましたので、アインズ様が何もしていなければ無事だと思います」

「そ、そう」

「……アインズにうちの者が迷惑をかけたと言っておいてくれ。相当な覚悟を見せたようだな」

「ご自分の命と引き換えに交渉する姿勢に敬意を表した次第でございます」

 ツアレは奥から飲み物の入ったグラスを三つ運んできて、それぞれの目の前に置いた。ただ、ヤントラは断った。

 セバスから連絡を受けたアインズだが、既にソリュシャンからイビルアイの身体について指摘がされていた。

 人間とは思えない魔力を感じるし、アンデッドの身体なのはすぐに理解した。

 時折、手足が動くので不審に思った。

「アインズ様はお身体はすぐに返すとおっしゃっています」

「良かった……」

「問題は……どうやって治すかだ。それにしても頭や心臓をぶち抜いてたら本当に死んでいるところだ」

 セバスはツアレを自室で待機するように命じた。

 ツアレはそれぞれに頭を下げつつ居間から退出した。それを合図としたように金髪の貴族令嬢のような女性が大きな荷物、というか首の無い裸の女性の身体を背負ってやってきた。

 居間の近くまで来ると乱暴に投げ捨てる。

「……昨日の今日でどういう心境の変化なのかしら、このゴミムシ共は」

 下等生物を見下すような鋭い視線でティア達を見据える貴族令嬢。

 ティア達はそれだけで彼女がソリュシャンだと判断した。姿には驚いたが声には聞き覚えがあった。

 粘体(スライム)の人間形態は美しい金髪縦ロールの女性。それだけで根拠は無いが納得する。

「人間と思ったらアンデッドじゃない。何なの、それ」

「人間に偽装したイビルアイだよ。粘体(スライム)野郎」

 人間では決して見せる事の出来ない怒りの形相にソリュシャンの顔が歪んだ。

「ケンカはしない。お互い矛(ほこ)を収めよう。まずはセバス、改めて申し訳なかった。こちらにも色々と事情はあるが、彼女達は真剣だっただけだ」

 ヤントラが頭を下げるとセバスとソリュシャンは慌てて手を横に振る。

 その間にイビルアイの身体を並べておいた椅子に乗せる。

 とても綺麗な肢体の死体だった。首の部分は首同様に塞がっていたが手足は触ると少しだけ動いた。

 ヤントラは複数所持している下着類をまず履かせた。

「魔力が尽きると滅びるとアインズ様はおっしゃっていました。治すなら早いほうがいいいかと」

 さっそくティアは『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』から首を取り出し、身体にくっつけてみた。

 互いの切断面は既に塞がっていたがくっつく気配は見られなかった。

 セバスがソリュシャンに目配せで合図すると嫌そうな顔ではあったが自身の腕をイビルアイの首に巻きつけた。

 人間の腕が黄色い軟体生物へと変化する。

「切断面を溶かせばヴァンパイアの特性である高速治癒で接合されるかと」

 作業自体はさほどの時間はかからない。

 細かい器官が接合されればいいだけだ。

 ソリュシャンの手が離れる頃には首の切れ目は早くはなかったが塞がりつつあった。それと同時に手足の動きがよくなってきた。

「イビルアイ!? 無事?」

「生きてる? 心臓止まってるけど」

 イビルアイは両手で仮面を押さえてから嗚咽(おえつ)するような声を出した。

「……うう。うわぁぁ」

「よしよし、よく戻ってきた」

「好きなだけ泣くが良い。あと、粘体(スライム)野郎、ありがとう」

「いちいちムカつくわね、あんたたち」

「ありがとう、ソリュシャン」

 ヤントラはソリュシャンに向かって深く頭を下げた。

「ば、バスパ様の頼みとあれば我慢できます。それから人間、アインズ様やバスパ様に感謝することね。こいつの身体を保管せよと命令が無ければすぐに食べていたところよ」

「ありがとう!」

「本当はムカつくけど、ありがとう」

 ティア達も涙を出しながら感謝した。

 

 三人が落ち着く前にソリュシャンは自室に引っ込んでいった。

 復活したイビルアイはほぼ裸体に近いがセバスに深く頭を下げた。

「ご迷惑をお掛けした」

「それでいいのなら私は何も言いません」

「だが! 頼みは聞き届けてほしい」

 イビルアイは床に仮面を打ち付けるように平伏した。

「私は死んだことがなかったからびっくりしたが……。改めて是非とも協力してほしい」

「蒼の薔薇はナザリックの脅威を知った上で頼んでいる。情報交換の相手を得ることは不利益にはならないだろう。それはアインズに判断を委ねてもいいのではないだろうか? 私がしゃしゃり出るとアインズもいい顔はしないだろうから、私からは何も言わないよ」

「分かりました。その辺りも報告させていただきます。既にアインズ様より、互助(ごじょ)の命については許可が降りましたので、出来る限りご期待に沿うよう努力致します」

 その言葉を聞いてイビルアイは今一度、床にガンと音がするほど顔を打ち付けるように平伏する。

 感動もつかの間、ヤントラは嫌な予感を感じた。それはタレントの影響だろうと思った。

 よくない未来は鮮明に映るものだ。

「……喜んでいるところ申し訳ないが……、イビルアイさん」

「……ん」

 ヤントラの声が真面目であったことを察知したイビルアイ。

「協力の報酬にあなたの身体を実験材料として提出しろと言われたらどうします?」

 この言葉に全身から冷や汗が出る思いをイビルアイは感じた。

 先ほどまで死んでいた自分が更なる闇に堕ちる。

 ありえない話しではない。

 身体は既にナザリック地下大墳墓に様々な実験に使われてもおかしくなかったのだから。

 吸血鬼からアンデッド作成など、どのように使われるのは想像できないが、まともな事には使われないだろう。

「一度は捨てた身だ。……覚悟はしておこう。それが王国の民のためになるならば……、本望だ」

「せっかく生き返ったのに」

「元々死人だ。今のは運が良かっただけ」

 強がりであることは自覚している。

 出来ることなら死にたくはない。

 死にたくはないが化け物の相手をするとなると正直、生きていられるかが問題だ。

 実際に実力は思い知った。

 こんな命にも価値があるならば使うしかない。

「捨てるなら私が貰いますよ」

「えっ? いや、ご主人に貰われても……」

 ナザリックに貰われるよりかはヤントラの方が安全かもしれないとティア達は思った。

「貰われなって、イビルアイ」

「旦那さんの方が安心出来るでしょ?」

 一晩だけとはいえイビルアイの死に多少なりとも悲しんでくれたのだから。

 ヴァンパイアの特性が無ければ立ち直れず、どんな被害が出たことかと、ティア達は少しだけ身震いする。

 普段、温厚な人が怒ると怖いのは定説だった。

 イビルアイもふと簡単には死ねないと誓(ちか)った事を思い出す。

「……そうだった。簡単に死んではいけないんだった。ご主人、こんな私だが貰ってくれ。我が命はヤントラ・サルヴァスパ・デイル・アインドラのもの。そして、この命は死して尚愛するものの為に使いたい」

 イビルアイの愛するもの。それは自分を愛してくれた仲間達。もちろんリ・エスティーゼ王国に住む国民達も愛すべき存在だ。

 セバスはヤントラの姿が自分が忠誠を誓う主のように少しだけ見えた。

 アインズのような支配者とはいかないが、ヤントラもまた人を導く素質があるのかもしれないと思えた。

 イビルアイの処遇についてはアインズからは特に言及されていないので別段、問題は無い。

「一度、お約束したからには今更覆(くつがえ)そうなどとは言いません。このセバス、微力ながらお力添えを致したく存じます。証拠書類の写しは頂けるとのことですが……、それは間違いございませんね?」

「あ、ああ。……手下の書類は直接的には役に立たないかもしれないが、それでも無いよりはましだ。それと密輸品の取り扱いも確認されている。こちらも本当は勝手に持っていってほしくないのだ」

「我々は敵を倒せれば結構ですよ」

「おじいちゃん。ただの人殺しで解決するような組織じゃないんだよ」

「他にも協力者が出来るかもしれないから、そちらの情報が入ったら伝えるよ。解読アイテムがあるならスクロールでこっそりと」

「畏まりました」

「セバス……老。この度は色々とご迷惑をお掛けした。度重なる非礼を許していただきたい。人間側ではあるが、今後ともナザリックと良いお付き合いができることを祈るよ」

「こちらこそ。ご丁寧にありがとうございます」

 場の雰囲気が和(なご)んでいるのはもちろん幻(まぼろし)である。

 ヤントラ以外は誰も気楽にはしていない。もっと状況は悪化していると気付いている。

「ナザリックから見れば下等種族ではあるが意地はある。……だが、意地しか無い。強がりだ。決してお前ら(ナザリック)には従属しない。それだけははっきりと言わせてもらう」

 仮面越しではあるがイビルアイはセバスに向かって言い切る。

「確かに承りました。脆弱な存在とて私は容赦は致しません。……ですが、戦士の気概(きがい)は個人的には嫌いではありません。これからも良いお付き合いが出来ることを私も祈っております。我が主も蒼の薔薇とは仲良くするように仰せつかっておりますので」

「じゃあ、しばらくの間、よろしくね、おじいちゃん」

「事件が終わったらすぐに殺しに来るのは無し。こっちは戦力がガタ落ちしているから。その代わり、こちらもしばらくちょっかいをかける気は無いから。というかちょっかいをかけられる気は全然しないけれど……」

「はい」

 話し終えた後、三人はセバスに深く頭を下げて退出した。

 ヤントラだけがまだ残っていた。

「蒼の薔薇にはまだまだ頑張ってもらわないといけない。そう簡単にはあげられない。他の冒険者もそうなるかもな。ソロプレイヤーは仲間のことなど考えなくていいから楽だったのだが……。うまくいかないものだ」

 セバスに軽く頭を下げてヤントラも彼女達の元に向かう。

 下着姿のまま外に出たイビルアイに後から追いついてきたヤントラが外套をまとわせる。

「ご主人……、命を粗末にして申し訳ない」

「それはもういいです。まずは着替えないと」

「……うん」

 イビルアイからはいつもの迫力は無く、見た目の歳相応の子供らしい返事をした。

 ティア達もそんなイビルアイを愛おしく眺める。

 帰る途中で違和感を感じたイビルアイはヤントラ達から離れた。

「どったの?」

 そう言うとイビルアイは仮面越しに口元に人差し指を当てる。

 それだけでティア達は臨戦態勢を整える。

 素直に身体を返すわけはないと何所かで気づくべきだった。

 邸宅に居るうちは部屋が汚れるとでも思っていたのか、大人しくしていたのだろう。

 体内を僅かに蠢く存在が居る。

「……〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉」

 自らの口を押さえるように魔法を唱える。

 本来は白い靄(もや)を発生させる魔法を一息で吸い込む。

 人体には無害な魔法ではあるのだが体内に取り込むには抵抗を感じるが仕方が無い。言い知れぬ気持ち悪さを感じた。

 感触では蟲系の使い魔だと推測するが、殺しきれるかは分からない。

 数分後に体内を激しく動き回る敵が内臓を引っ掻き回し始め、イビルアイは吐血する。

「……ぺっ。まだ生きてやがる」

 数匹は居るらしい。途中で吐き気を催して仮面をずらしつつすぐに吐瀉(としゃ)する。

 そこには黒い昆虫のようなものが僅かに動いていた。

「ティア……クナイを」

「オッケー」

 阿吽(あうん)の呼吸でイビルアイに武器を投げ渡す。

 良いチームワークだとヤントラは感心した。

 出て来た虫は五匹。それらを次々と刺し殺していくが、まだ何匹が居るらしい。

 そのままイビルアイは自分の腹にクナイを刺し、傷口に手を潜り込ませる。

 本来はそんなことは好きでもやりたくはない。気持ち悪いし、気分的にも痛い。

 アンデッドの身だからこそ耐えられるとはいえ、血は出る。

「〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉」

 体内を殺菌するように魔法を唱える。

 内臓の奥の奥まで侵入したものは一つ一つの内臓を潰す気でやらないとダメかもしれない。

 いくら自己再生できるとはいえ心臓を制圧されると困る。

 ヤントラは無数の阻害系魔法を駆使してから『生命感知(ディテクト・ライフ)』を唱える。

 相手は蟲系。

 『恐怖公(きょうふこう)』の眷属(けんぞく)を使ったのだろう。

 拷問用にも使えるが体内に潜み、諜報活動も少しは出来るらしい。

 それらがまだ二十匹近く潜んでいる。

 身体が小さいのでなかなか殺しきることができないようだ。

「信じてくれるのであればその身を委ねてほしい」

 静かに言ったヤントラにイビルアイは少しだけ恐怖を感じる。

 これから自分の身に起こることを理解したからだ。

 怖くないわけがない。自らの体内に好きこんで手など入れたくは無いのだから。

「愚問だぞ、ご主人。この身はあなたのものだ」

 両手を広げ、仕事をしやすくした。

 そのすぐ後には無数の刺突。それほど多くは無いが確実に身体を貫通していく。

 無言の攻撃。

 それからすぐにヤントラの手が修復を始めたお腹の中に滑(すべ)り込んでいく。

 

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