※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

49 / 213
D-11 ラナーは騙されない

 肝臓と胃、大腸に数匹。残りは女性にとって大事な二百年近く他人の精子を入れなかった子宮の中に潜伏しているようだ。

 それらを全て引きずり出され、イビルアイは気の遠くなるような気分を味わった。

 無雑作に打ち捨てられる内臓。いくら自己再生でもそう簡単には元に戻らない。

 折角履かせてもらった下着から血が放尿のように垂れ流し始める。

 内臓を失い、体内のバランスが崩れ、へたり込みたいところだったが必至に耐えた。

 ボタボタと落ちる血。

 魔法で焼却処分されるまで数十秒足らずだっただろうか。

 それでも長い時間の拷問を受けたような苦痛が全身を襲う。

「ごぶぅ……」

 仮面越しに吐血。

 普通の殴打や切り傷とは違い、本来は感じない筈の言い知れない痛み。

 首から上には何も反応は無く、最後の二匹は心臓に居た。それらもためらい無く刺突で突き殺す。

 さすがのイビルアイも悲鳴を上げる。路上で裸に近い女性が血まみれになっているのだから通行人は顔を青ざめつつ急いで通り過ぎていく。

 ティア達が事情を説明していく。

 肋骨が数本こぼれ落ち、心臓の中に入っていた虫を直接引き出されているのだから。

 血液を循環する重要な部分。いくら止まっているからといって脳と心臓はヴァンパイアにとって重要な器官だ。

 潰されればイビルアイとて滅ぶだろう。

 無造作に捨てられる虫たち。全ての虫は駆除されたが、イビルアイは自己再生していく中で何も考えられなかった。

 全ての虫が駆除された後、無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)である程度の血は洗い流した。

 気絶できない身体。発狂も出来ない精神耐性。

 吸血鬼である自分にとって想像を超える拷問だったのかもしれない。

「これで全部ですね」

「……だっこ……してください……」

 一歩も動きたくなかった。今も体内では必至に新たな臓器が再生されつつある。子宮も出来るだろう。

 だが、その再生過程が新たな蠢きとなって気持ち悪かった。

 ヤントラは黙って頷き、イビルアイをお姫様だっこし、自宅に運ぶ。

 

 一旦、イビルアイの身体を風呂場で洗う。何を見られても文句は言わず、どこを触られても抵抗しなかった。

 風呂場から出る頃には再生は終わったようで、体内の違和感は収まっていた。

 その後、自室にイビルアイを寝かせてヤントラは一息つく。

 ティア達も長い沈黙に耐えかねて大きく深呼吸した。

 自宅に待機していたガガーランはイビルアイが復活したことを静かに喜ぶ。

「よく無事に帰ってきた」

「無事じゃないよ」

「黒い昆虫を仕込まれて大変だった」

「……悪い」

「うちのイビルアイは良く頑張った」

「彼女が戻ったからといって事件は解決していません。どうか気をつけてください」

「イビルアイが頑張っているんだからこっちも頑張るぜ」

「あまりお力になれず申し訳ない。協力者が必要でしょうが、私にはナザリックしか居ないもので」

 ヤントラはガガーラン達に向かって頭を下げる。

「旦那さんは充分に役立っているよ」

「……そういえば睡眠不要でしたね」

「ベッドで精神統一すれば疲れは取れるって言ってたから大丈夫だと思う」

「それより金髪ロールがソリュシャンの人間形態なんだね。美人さんだったわ」

「性格の悪さが顔に出ている。あれは確かに悪女だわ。ああいうのがまだ他にも居るんだよね? 全員あんな感じなの?」

「全員ではないけれど……。異形ならではの性格だから」

 戦闘メイドが全員憎たらしいタイプだと嫌だなとティア達は思った。

 クレマンティーヌが自宅に戻るとイビルアイが普通に食卓に居たので少しだけビックリした。

「イビルアイが復活してるー。仕事できるの?」

「急には無理だが、魔法は使える。それよりクレマン。敵方の動きに変化はあったか?」

「んー。娼館の出入りが少し激しくなってきたかな。……襲撃の備えかもしれない」

「こちらも一旦、城で意見交換するのだが、単独行動は命令した時だけだ。別の協力者が現れる可能性があるから、慎重に頼むよ」

「はいよー」

「殴り込みは簡単なのにな。面倒くせー」

「大組織を簡単に潰せたら苦労しないって」

 ヤントラは彼女達を置いて執務室に向かった。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 イビルアイの戦線復帰は素直に嬉しい。

 さすがに何度も命を粗末にしてもらっては困る。

 そう、とても困るのだ。

 新生『蒼の薔薇』として活動してもらわなければ。

 もちろんナザリック地下大墳墓に対抗する組織にするつもりは無いが、か弱き者達の守護者にはしたい。

 他の冒険者も幾人か手に入れたいところだが、それは将来の楽しみにしておく。

 将来があればの話しだが。

 目下の目標は次の鉄プレート。イビルアイの一件で自信を無くしそうになったけれど、小さな努力は続けたい。

 あくる日、ヤントラはイビルアイとティナの三人でヴァランシア宮殿にあるラナー王女の住居に向かった。

 清潔感いっぱいの床。

 イビルアイは改めて城の内部の素晴らしさに気付く。

 とはいえ、今は仕事に集中する。

 ヤントラは付き添い程度だが、いざという時に役に立つかもしれないと判断して連れて来た。

 素直な気持ちでは自害用だろう。

 身体に何かしらの細工をされていれば何が起きるかわからない。

 心臓に虫を入れてきた奴らだ。条件次第で何がしかの魔法が発動するかもしれない。

 命を大事にしたいが敵は命を粗末にする化け物だ。

 無事な頭部も何かの弾みで吹き飛ぶかもしれない。それが『ご主人』たるヤントラの望みならば不思議と受け入れられた。

 この命は彼のもの。リーダーに会えたら謝ろう。

 

 王女の部屋に来た時、イビルアイは軽くノックする。その後、返事が来る前に扉を開けた。

 本来ならば無礼な振る舞いだが、蒼の薔薇はこの方法を許されている。

「失礼するぞ、ラナー王女」

 綺麗に整頓されてはいるがそれほど煌びやかな調度品は少ない。

 室内に居たのは『黄金』の二つ名を持つ『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』と白銀の全身鎧をまとう少年兵士『クライム』と金髪オールバックで痩身(そうしん)の男性『エリアス・ブラント・デイル・レエブン』の三人。

 ヤントラは軽く一礼して室内に入る。ティナはすばやくクライムの側に駆け寄った。

「髪の毛を切ったのですか、イビルアイさん」

「切られた、というのが正しいか。色々とあってな。それで『八本指』に関する情報だが……、中々に手ごわい。下っ端の使い方が上手い連中だ」

「そうですか。ではまず、お掛け下さい」

 三人のうちティナだけはすぐに座っていた。

 紅茶を一口含む、仕草(しぐさ)の美しいラナー王女。

 改めて王女の気品というものをイビルアイは目の当たりにした。

「『幻魔』の『サキュロント』が動いた。しかもナザリックの者に手を出した」

 おもむろにイビルアイは言った。

 レエブン侯は少しだけ緊張する。

「ナザリック……ですか」

「……ご主人、すまないがナザリック、というのは組織名でいいのか?」

「アインズ・ウール・ゴウンが組織名だったんですけれど……。ほぼナザリックでいいのではないかと。ナザリック地下大墳墓、と呼ぶのも長いですから」

「では、暫定(ざんてい)的に彼らを『ナザリック』と呼称する。その彼らと共闘できないか交渉してみたが一筋縄にはいかなかった」

「交渉できたのですか!?」

 レエブン侯は少しだけ興奮した。

 帝国側と接触しているという情報を得ていたからだ。

 今後は敵同士になってもおかしくない連中なので今は刺激したくなかった。

「少なくとも……、証拠品は提出するように頼んでみた。……奴らが組織を吸収して更なる悲劇を生み出す危険性は拭(ぬぐ)えないが、関わる以上は交渉しか道は無いと判断した」

「彼らが『八本指』を取り込めば王国の半分は支配出来てしまいますものね。とても厄介なことです」

「彼らを敵に回すのは得策ではない。それは思い知った。屈辱に耐えて頭を下げる道を選んだよ、ラナー王女。リーダーのように国家反逆罪でも何でも処してくれて構わない。今の我々ではナザリックには対抗できない」

 イビルアイの声にいつもの気丈さが無いのでレエブン侯は驚いていた。

 蒼の薔薇の最大戦力が頭を下げる。それはとてつもない事だろう。

 屈辱だとしても協力を取り付けようとしたのだ。彼女を責める事は出来ないだろう。

「イビルアイさんにはこのまま『八本指』に対処してもらいます。代わりの冒険者が今は出払っているので」

 にこりとラナーは微笑んだ。

「うむ。……言う事は言った。頭は下げたが従属する気は無い」

「サキュロントを生かしたまま捕まえてくれればいいけれど、殺しちゃうかもね」

「それはそれで好都合だ。仕返しにゾロゾロ出てくれば一網打尽に出来る。……それと新メンバーが居るのだが……」

「元漆黒聖典第九席次のクレマンティーヌですね」

「そうだ。彼女はよい働きをしてくれる。私が不甲斐無い間も……。何か力になれることはないだろうか? 免罪のようなものとか」

「……免罪は難しいでしょうけれど、偽装身分で良いのなら用意出来るかと」

 レエブン侯は大人しいヤントラに視線を向けた。

 イビルアイの言葉を黙って聞いているけれど、彼にも何か聞いた方がいいのか考えていた。

「漆黒聖典といえばスレイン法国の特殊部隊の一つ。ぜひ手合わせしたいものです」

 クライムが元気よく言った。

「クライム。彼女は真っ当な戦士ではないので危険かと」

「今は仕事に集中してもらっている。機会を見て話してみるが、本当に危険だぞ」

「は、はい。頑張ります」

 それぞれ話しに区切りをつけたところでレエブン侯はヤントラに話しかけた。

「このところの調子はどうなのかな、ヤントラ殿。こちらから接触する機会は無かったが……」

「色々と飛び回ってました。一人で旅をしていたせいか、彼女達の気持ちに中々応えてあげられず申し訳ないと思っています」

「旦那さんにはみんな感謝しているよ」

「うむ。少なからずお礼はするつもりだ」

「蒼の薔薇を篭絡(ろうらく)するとは……、侮(あなど)れませんね」

 鈴の音(ね)が鳴るような笑い方でラナーは言った。

「結論から言えばアインズ様は帝国に行くようですね。使者の手厚い歓迎より、優秀な人材のほうがお気に召したのでしょうか?」

 頬に手を当て、遠くを見るようにラナーは言った。

 レエブン侯は今まで気になっていた事を尋ねる事にした。

「……失礼を承知で聞きたいが、これまでの事は全てヤントラ殿の『生まれながらの異能(タレント)』に関わっていたのではないか?」

 証拠は無いが確信はあった。

「そうかもしれません」

 ティナとイビルアイはヤントラに顔を向けた。

 仮面で表情は見えないが驚いている。

「恐らくは『未来予測』……。付き合いが長いですからね。それも混ざったのかもしれない」

「『未来視』だと思っていたのだが……」

「正確に何が起きるかは起こってみないと分かりません。ですが、無駄だとは思ってませんよ。それから……、問題が一つあります。気がかりとも言えるでしょう」

「嫌な予感がするが……。聞くだけ聞こうか」

 レエブン侯の言葉にラナーは面白そうに笑う。

「魔法について。こちらの世界で更なる変化を遂げているかもしれません。より凶悪に。召喚したものは消えると言ったと思いますが、生贄を使う以上は残ってしまうかもしれません」

 『黒い仔山羊』の事はたびたび思い出してはうなされてしまう。

「兵士の数を何とか減らせないでしょうか? こっそりと奥に控えさせる陣形とか……」

「前線に適度に多く見せる囮を置く、ということでしょうか?」

「そうです。どんな広域殲滅魔法でも対象の数が少なければ損失も少なくできます。生き残る道を選ぶべきだ」

「その前に聞きたい。帝国に与(くみ)するのは変わらないのか?」

「従属する相手を選ぶでしょう。とはいえ気分屋なところがありますから、おだてられたら調子に乗ります。王国は少なくとも、そんなはしたない事はしないでしょう」

 子供っぽい人物なのだなとレエブン侯は思った。そして、そんな人物が強大な力を奮うのだ。それはとても恐ろしいことだ。

 

 王国にアインズの犬になれと言われて従う事等出来ない。

 帝国は従属する気なのだろうか。

 皇帝ジルクニフが屈するようなことでもない限りはありえない。しかし、皇帝自らナザリックに赴いた情報は得ている。

 そこで力を見せられて従属を選んでもおかしくはないかもしれない。

 手段を選ばない皇帝とはいえ、恐ろしい敵をいつまでも抱えたいとは思うまい。

 裏では既に諜報活動が盛んなはずだ。

「そんなに悲観する事はありません。犠牲者を減らす努力をすればいいだけのことです。どの道、戦争さえ終わってしまえばいいので」

「戦争後に本当の戦いが始まると?」

「武器を持たない戦いが出来るのです。これはアインズとて厄介だと思いますけど。部下に丸投げする傾向があったりしますから」

「そ、そうなのか」

「問題は……、交渉ごとに守護者を同伴する場合ですね。あいつの慈悲なんてものは自分の基準でそう思ったものにしか適用されません。それに頼らないほうがいいです」

「ご主人は戦後の戦いを見据えているのか?」

「竜王国とか聖王国とか行ってみたいだけですよ。他の漆黒聖典に会うのもいいですね。国の未来は偉い人に委ねられているし、我々にできることは多少の抗いくらいです」

「目先の戦いばかり気にしても仕方ないけど、避けては通れないもんね」

「抗えないなりの戦いをするしか無さそうですね」

 ラナーはそう言って紅茶を一口含む。

「君からの情報に何か報いたいと思っているのだが……。前回のように全てつき返されるのも心苦しいのだが……」

「あえて望むなら、妻の名誉の回復。彼女は少なくとも国を滅ぼしたいとは思っていません。あまりにもとんでもない化け物だと知ってしまったから、なのでしょう」

「……いいでしょう。夫であるあなたの望みは私が保証いたしましょう」

 ラナーは微笑みながら言った。

「ただし、それは戦争の後で、ということになりますが?」

「構いません」

「没収されていた領地や資産もその時までに考えておきましょう」

「ありがとうございます。もう一つ……、望みがあるとすれば……、やはり楽しい冒険でしょうか。それと、別にモンスターを狩りつくしたいわけではありませんよ」

「う、うむ。やはりモンスター退治に行くつくのだな」

 人の趣味に口出しする趣味は無いのでラナーは話題を切り替えることにした。

 戦争も大事だが目の前の犯罪組織の壊滅も重要だった。

 イビルアイはラナーと交換できる情報のやり取りを済ませ、今後の方針を精査する。

 第一目標は『六腕』の一人『幻魔』の『サキュロント』の捕縛。

 そこから組織の切り崩しを始めるのだが、蒼の薔薇単体では手が足りない。

「こちらからも協力者を出しましょう。クライム、大変危険ですが行ってくれますか?」

「もちろんです、ラナー様」

「他にも声をかけておきましょう」

 話し合いを終えて退出するヤントラをラナーは引き止めた。

 イビルアイ達は先に帰って今後の対策の検討を始めたいので帰ってもらった。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ラナー達の前にヤントラ一人が残されることになった。

 個人的には説教をするような雰囲気に近いとヤントラは少しだけ緊張する。

「無駄な議論は好きではないので、単刀直入に聞きます」

 ラナーは少しだけ表情を消して言った。

「はい」

「王国と帝国を手玉に取ったあなたの真の目的は何でしょうか? やはりただの冒険ですか?」

「手玉とは心外ですね」

 ヤントラは苦笑する。

「危機を煽り、ここまで順調に計画を進められたのであれば納得出来るのですが。あのアインズ・ウール・ゴウン。彼を本当はどうしたいのでしょう? このままでは本当に世界征服しかねません」

 レエブン侯は耳を疑くらいの驚きを感じていた。隣りのクライムはラナーの真意が今ひとつ理解できなかったが驚いてはいる。

 ヤントラがアインズ・ウール・ゴウンを操っている、と聞こえる。

「私の邪魔をするのであれば征服くらいやらせてもいい。それで私の勝ちだ」

「なるほど」

「私は結果が見えたものに面白みを感じません。運命は改変してこそ何が起きるか分からない。語弊があるかもしれませんが、もちろん国民の皆さんの犠牲は減らしたいと思っています。板ばさみなのも嘘ではありませんよ」

「それがタレントとなって現れたのですね」

「おそらくは。最近、タレントのことを知って自分でも驚いています。こんな能力は前の場所には存在しませんでしたから」

 自分の胸に手を当ててヤントラは言った。

 ラナーも彼は嘘を言っているわけではないと理解する。

 対するレエブン侯とクライムはどう言えばいいのか分からなかったので黙っている事にした。

 聞いている分にはそれほどの脅威は無さそうだが、聞き逃さないように意識を集中させる。

「煽っているのではなく……、あなたが改変する前の出来事……というのであれば納得するしかないのでしょう」

「……王女のおっしゃる通りかもしれませんが、私も混乱はしています。現実問題として王国はアインズと敵対する。味方に引き込む材料がありません。その為にラキュースを強引にでも手に入れてナザリックに送った。そして、それは誤算になり失敗した」

「それほどラキュースが必要だったのですか?」

「王国側に引き入れられるとすれば彼女だけでしょう。ラナー王女は更に大変ですから誘拐でもしないとダメだろうし」

「あらら。では、私がナザリックに赴けばどうなっていたのでしょうか?」

 楽しそうにラナーは言った。

「経済革命を起こせたかもしれません」

「はっ!?」

 レエブンは聞きなれない言葉につい声を出してしまった。

「あっははは! そうですか、そうですか。それは残念でしたね。なるほど……、もったいない事をしました」

 楽しそうに笑いながらラナーは言った。

「アインズは強大な力を所有していますが、世界を運営する能力はありません。だからこそ世界征服させてしまえば私の勝ちなのです」

「すばらしい! いえ、なんて恐ろしい事を考えるのでしょう。これは失礼しました。私、あなたを過小評価していましたわ。……あなたは、とんでもないク(・)ソ(・)野(・)郎(・)なのですのね」

 笑いながら口汚い言葉を言う王女。

「一つ質問させていただきます」

「はい」

「この世界の貨幣は何に使われるのでしょうか?」

「食料や拠点の維持管理。一部の強いシモベを生み出す時などに使われると思います。もちろん多くは我々の貨幣を使うので、この世界の貨幣は普通に物品の購入に使っていますし、あいつらも宿屋とか賃貸とかで使っていると思います。食料は『ダグザの大釜』というアイテムで貨幣を消費して生み出します」

「アイテム以外だけで完結しないものもあるのですね」

「はい。スクロールの製作にも金貨が使われたりしますよ。我々からすると金貨も消費アイテムですから」

 ラナーは顎に手を当てて、何度か頷いていた。

「それで……、分かりました。本当にすばらしいですわ。……なんて、つまらないんでしょう。先が見えるとつまらないというのは本当のようですね」

 ラナーは軽くため息をつく。

 謎が解けるよりは謎を解いている方が楽しい。

 ラナーはヤントラの言いたい事を理解して、がっかりした。それは彼のせいではないのは分かっているけれど、つまらないことを知ると脱力感に襲われる。

 それを彼はずっと感じているのだから、とんでもないクソ野郎だ、と今度は言わずに思うだけにした。

「エ・ランテルは落ちますね」

「……こういうのは割譲(かつじょう)というんでしたっけ?」

「そうですね」

 レエブン侯はラナーとヤントラのやり取りに鳥肌が立つ思いだった。

 二人は何を話しているのだと、聞きたくて仕方が無い。しかし、聞いても理解できそうに無いという思いもある。

 推測では先を見据えた舌戦(ぜっせん)なのだろう。

 二人には見えている。未来に起こりうる姿を。

 それを彼らは語っているだけなのだ。

「不本意でしょうが、犠牲が少なければ働き手は安心します」

「人間の労働力を必要としないのであれば、奴隷は無いんでしょうね。いえ、アンデッドの実験や食糧生産に使われてしまいますか」

「それはそれで好都合ですが、途中で気付くと思いますから、百人程度は覚悟したほうがいいですね。弱いシモベは自前で普通に用意できますから」

「分かりました」

「帝国も胡坐(あぐら)はかけません。用済みとなればどうなるかを間近で見る事になるんですから。揉み手が出来なくなった時が最後でしょう。その為には戦争を起こさない努力をした方がいいのですが……」

「仮に……、戦争を止められたらどうなるんだ?」

 必至に頭を働かせてレエブン侯は尋ねた。

「戦争以外で魔法を放つか、適度に騒動を起こして国を支配するかもしれません。外面を気にしなくなったら何をするかは分かりませんけど……」

 やはり聞いていると恐ろしいなと思う。

 そんな化け物を相手にしなければならないとは、とレエブンは頭が痛くなってきた。

「裏で同盟を結ぶとして武力で勝てる勝算は……おそらくないのでしょう」

「私がけしかけている部分は否定しません。暗い未来に抗うためですから。それに市民の皆さんはアインズの脅威を知らずに平和に過ごしています。目下は帝国。エ・ランテルの住民は可哀相かもしれませんが……」

「帝国の騎士達は警戒しなくていいのか?」

「魔法の巻き添えになると思いますけど。普通の魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではありません。雑魚だと分かっているものは一掃しますよ。雑魚だと分かっていない場合は慎重になるだけです」

 数十万の兵士はすべからく的(まと)でしかない。そうヤントラは言っているようにレエブン侯には聞こえた。

 武力以外を選びたいヤントラに自分たちは何も提示出来ていない。それが歯がゆい問題だった。

 ヤントラは決して極悪人ではない。

 虐殺を良しとしていない。

 ただ、結果だけを話してくれている。

 兵士の人数を減らす努力をしなければならない。そうしなければただの的(まと)にされてしまう。

 的(まと)になる為に兵士は生まれてきたわけではない。

「あの、すみません。兵士の数を減らしても勝てないのですよね?」

「勝てませんよ、クライム。敗北は決定済みです。それがたとえアインズ様が居なくても」

「勝てる方法があると仮定した場合はどういう方法になるのでしょうか?」

「あるにはあるのだが、いくつか解決しなければならない問題がある」

 あっさりと言うヤントラにレエブンは何度驚いただろうか。

「はい」

「アインズの仲間。つまり、アインズ・ウール・ゴウンの他のメンバーを見つけること。秘密裏に粛清される可能性があるかもしれないが。もう一つはアインズに匹敵する存在を少なくとも二百人以上は見つけないといけない」

「二百人っ!?」

 普通に考えれば不可能の中の不可能とも言うべきものだ。

「昔は四十一人のメンバーが居たから千人以上は撃退出来た。今はやつ一人だ。二百人も居ればいいだろう。それも二段構えとか出来たらいいな」

「……到底不可能な問題ですね」

 ラナーは先に結論を言った。

 この世界にそれほどの数の実力者が居るならそれなりの情報が入るはずである。

 スレイン法国に居たとしても数人が限界だろう。

「勝つ気なら、それくらいの準備はしないと。相手が想定できる戦法で勝つことは出来ません。私も初見は負けますが、二度目は許しませんよ。戦いとは普通はそういうものです」

 クライムは少し唸った。何も反論できなかった。

「この程度で絶望はしないで下さいね。起こりうる未来を知るだけでも対処は出来るはずです。勝つよりは生き延びる方がいい。抗った方がいい」

「敗走もまた明日への希望……」

「仮に……、アインズが居ない場合で王国が勝つ、というのは敵と味方が入れ替わっただけでやることは一緒でしょう」

 つまりは片方が相手を蹂躙する。

 どちらが勝ったところで喜ぶのは貴族や上の者だけ。

 また次の戦争の準備が始まるのかもしれない。

「……どの道、ヤントラ様は戦争には関われないわけですものね。長く引き止めてしまい、申し訳ありません」

「いいえ。こんな役立たずな人間の意見を聞いて下さりありがとうございます」

「では、役立たずのついでに……。クライムの相手をしてはいただけませんか? あなたの剣の腕を少し見せてあげてほしいのです」

「参考にならないと思いますが、よろしいのですか?」

「強者は全てが教科書です。一つでも得るものがあれば幸いです。ケガはもちろん治して下さいね」

 ニッコリと微笑むラナーに対し、ヤントラは苦笑しつつ頷いた。

「それからお願いがあるのですが……」

 ラナーは手を合わせて言った。

「クライムの睾丸(こうがん)は私の子種(こだね)に必要な物ですから、絶対に死守をお願いしますね。もちろん陰茎(いんけい)も立派なまま維持してほしいですわ。回復魔法があっても心配なので」

「王女様のお望みとあらば」

 片膝を付いて胸に手を当て、俯(うつむ)いた姿勢でヤントラは言った。

 対するクライム、レエブンは少しだけ頬を赤くし黙った。

 

 話し終えたヤントラは王女とレエブン侯に深く一礼してクライムと共に兵士の訓練所に向かう。

 クライムはロ・レンテ城の訓練施設で鍛錬を積んでいる。

 一階相を訓練所として丸ごと使える大広間でクライムは白銀の鎧から普通の軽装鎧に着替える。

 ミスリル合金製はあくまでラナー王女の護衛の時だけ着るものであるので大切にしている。

 ヤントラも兵士の為に用意された武器を一本取った。少し無骨なショートソード。

「防具は……身につけないのですか?」

「必要ない。まずは君の腕を見ようか。遠慮せず殺す気でかかってきて下さい。私は防御してますから。その前に君、クライムと呼んでいいかい?」

「あ、はい」

「クライム君、武技は使えるのか?」

「〈要塞〉とか使えます」

「……私はさっぱりだよ。よし、魔法もアイテムも使わない。まっさらなまま相手をしよう。どうぞ」

 両手を広げでヤントラは言った。

 クライムは少し迷ったが、ブロードソードとスモールシールドという盾を装備し、駆け出した。

 ヤントラとの戦闘は初めてだし、彼の強さも実は知らない。

 蒼の薔薇のリーダーの腕を簡単に折るような相手ではあるが剣の腕はどうなのだろうか。

「あっと、剣を持つ手しか使わないから殴ったり蹴ったりはしない」

「どうも!」

 軽く上段から剣を振り下ろす。ヤントラは普通にかわした。すぐに横凪(よこなぎ)に奮う。だが、これは相手が目の前に移動して当たらない。

 普通なら今のでクライムは剣で斬られたり刺されて終わりだ。

「君達の剣の稽古は相手と打ち合わせるのが主流か?」

 確かに剣と剣。盾に当てることはある。

「確実に相手を倒したいなら肉体を狙わなきゃ」

「それはそうなんでしょうが……」

「相手を殺すための練習なら殺さなきゃ」

 恐ろしい事を平然と言っているが当たり前である。自分達は敵を殺すために剣を持っている。

 もちろん殺されないために鍛錬も積む。守るためというのも居るだろう。

 だが、目の前の存在は敵を殺す者だ。

「クライム君は敵は殺せないか?」

「ラナー様の敵は殺すかもしれません」

「敵は人を殺せる者達だ。ためらっているとラナー王女が死ぬぞ」

「はい」

「ではもう一度。今度は殺すとかは考えなくていい。武器を当てることだけ集中してみなさい」

「はい!」

 ヤントラの動きは読みにくい。

 剣を奮う時に動き始めるので厄介だった。

 こちらの動きは読まれている。特別な武技でも使わないと追えないかもしれない。それを武技無しでやってのけているところは凄いと思った。

 数回の攻撃は全て空振り。

 おかしい。クライムは思った。手加減などしていない。

 こうまで簡単に避けられるものだろうか。

 更に数回。かすりもしない。

 剣と剣。盾が打ち合うのが主流だが、ヤントラは打ち合わせない。

 彼にとって見ればいつでもクライムを殺せる事になる。

 金色の髪の毛が総毛立つほどの悪寒を感じるまで時間はかからなかった。

「いい顔だ」

 更に数回。

 全てが空振り。

「空振りした回数分。君はたくさん切り刻まれた事になるなるね」

「はぁ、そ、そうですね……」

「想定した敵なら簡単だろう。想定できない敵が来たら君は簡単に死ぬって事だ。実にマヌケな兵士だな」

 強大な敵が現れたら簡単に死ぬ。

 ヤントラの言う事はもっともだった。

 マヌケな兵士が戦争で死ぬんだ。よく分からない魔法などで。

「弱者が強者に勝つのは難しい。もちろん強者も弱者に負けるわけにはいかない。実力差を感じたら逃げたらいい。経験こそ宝だ」

「……はい」

「さて、けっこう空振りさせたから疲れただろう。それも戦略だ。疲れたところに一突き。実に簡単だろう?」

「動きが読めないというか……」

 動きは見えている。物凄い速さで移動しているわけではないのは頭では分かっている。

 分かっていて当てられないのだ。

「正直、こうやって鍛錬する相手が居るのはいいものだと思っているよ。クライム君にはちょっと酷い先生かもしれないが」

「いいえ。そんなことはないですよ」

「私は色々な人に鍛えられたからね。後は独自に強くなる努力をしたよ。何も才能は無いから努力しかない。必殺技も切り札も無い。魔法も未熟だ」

「才能が無くてその強さですか?」

「努力のみ。鍛錬より実践で鍛えたと言った方がいいかな。様々な敵を倒し続けた結果」

 あらゆる敵に対応することは当たり前だが、クライムはやってこなかった。ただの肉体の鍛錬ばかり。

 それだけで強くなると思って努力してきた。

「無駄をそぎ落とした戦いの恐ろしさ。クライム君、剣を構えて」

「は、はい」

 盾で自らの心臓を守り、剣を少し前に突き出す。

 たった一歩の前進のみでヤントラの剣が唸りを上げでクライムの剣に襲い掛かる。

 それは暴風並みの勢いがあった。

 訓練用のショートソードの筈なのに、グレートソード並みの長さに見えてしまった。

 ゴッ。

 とても重い一撃が手に持つ剣に伝わる。

 それから、ガガガと叩きつける雨の如き斬撃が降りかかる。

 反撃の糸口が見当たらない。

 確実に剣だけを狙っている。剣を持つ手が痛くなる。

 だが、相手は武技は使っていない。

 〈要塞〉を使えば敗北だ。

 素でこれほどなのだから武技などを使えば恐ろしい事になるだろう。

 数十の斬撃の後にピタリと止んだ。

「……はぁ、はぁ……」

 ただ防御していただけなのに息が上がる。

「参考にはならないが経験にはなるだろう。一見すごい攻撃に見えるが攻撃力は軽めだ。だから君に耐えられる。盗賊(ローグ)系を修めているから君より早く動いているだけ。実に単純だろ?」

 言葉としては簡単なのだが、それを体験すると恐ろしいものに変わる。

「これが特訓で良かったね、クライム君」

 クライムはこれが特訓で良かったなどと思いたくない。

 明らかに自分は殺されている。それも何度も。

「経験は宝と言った。一度目だけで普通は勝負がつく。君は二度目の攻撃の機会を得ている。それを大切にするんだよ。さすがに一日で君を物凄く強くはできないけれど。必殺技は持ってないから何も教えられなくて、すまないな」

「いいえ。手合わせしていただけるだけで嬉しいです」

「ありがとう。では、次は少し趣向を変えよう」

 剣を戻し、代わりに両手に手甲を装備した。

「聞いた犯罪者の一人に素手で戦う奴が居るらしい。クライム君、遠慮なく打ち込んできなさい。出来る限り、この装備で捌くから」

「では、よろしくお願いします」

 半分の斬撃は避けられ、残り半分は捌かれる。

 相手から攻撃は来ないけれど、決定打が与えられない。

 普段の訓練とは違い、生の戦闘はヤントラの言うように経験になる気がした。

 動かない的より厄介だ。

 クライムが床にへたり込むまで決定打は一度たりとも存在せず。

 何度死んだか分からない。

「鍛錬を無駄とは言わない。どうだった、クライム君。ふだん使わない筋肉を使った感想は?」

 呼吸するのがせいいっぱいな状態だが、クライムは必至に立ち上がる。

「実践はいいだろう?」

「はい」

「ふむ。見たところでは君は基本よりは状況に応じた戦い方の方が合っているかもしれないな。無理して型にはめる必要は無いだろう。君だけの戦い方は貴重な財産だ」

「ありがとうございます」

 布巾を取り出し、クライムの汗を拭っていく。

「強大な敵はたくさん居る。ちょっと頑張ったくらいでは倒せない。君としては強くなる方法や敵の倒し方を知る方がいいのだろうけれど、敵とて対策はしてくる。大技を使って勝てるんだったら苦労はしない」

「はい」

 返事しか出来なかったが、ヤントラは本当に強かった。

 攻撃を受ければ間違いなく殺されるだろう。

 一撃で人を殺す。それは間違いではないだろう。

「私も急に強くなったりはしない。敵……、モンスターを一人で確実に仕留める為に研鑽した結果だ。君もきっと強くなるさ」

「ご指導ありがとうございます」

 クライムの剣を持つ手ごと掴み、自らの身体に突き刺す。

「!?」

 数回ほど刺す。

「ほら、簡単に刺さる。攻撃を当てれば君でも私を殺せる、かもしれない。大したことないだろ?」

「や、ヤントラ殿っ!?」

「敵の中には物理攻撃を無効化してくる者が居る。君達に出来ることは生き延びることだ。それを忘れてはいけない」

「はい!」

 ヤントラは回復魔法を唱える。

「もう少しゆっくりと相手が出来ると良かったのだが、私はまだ銅プレートだ。色々と忙しい。もしまた時間があれば相手を務めよう」

「あ、ありがとうございます」

「次に会えるまでに私が生きていれば、の話しだがな。私とて無敵ではない。即死魔法を喰らえばひとたまりもない。魔法が使えなくても対策は出来るだろう。魔術師ギルドやうちのイビルアイから魔法対策を学ぶのも良いだろう」

 そう言いながら、帰宅する前に二度ほどクライムの相手をした。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 城から帰り、自宅に戻ると蒼の薔薇のメンバーが装備の確認作業をしていた。

 日々の手入れは欠かさず、アイテム類の確認をする。

 それだけ見れば整理整頓の行き届いたチームなのだが、ご飯時になると床が汚れる。

 今は掃除当番などを決めているお陰で廃墟は免れている。

「この後、みんなは出かけるのかい?」

「夜にはね。クレマンにも夜食を届けないと」

「スレイン法国は信仰系の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がたくさん居るはずだから、クレマンも回復とか蘇生魔法を覚え……。ダメだ。拷問用しか浮かばない」

「蘇生には莫大な資金が必要なんだろう?」

「確か一人につき金貨一万二千枚」

 ヤントラの所有する財産、ユグドラシル金貨で六千枚相当の価値。

 ただ、実際に蘇生魔法にかかる金額は現地の価値を一万倍くらいにしないといけなくなるだろう。実際の貨幣価値は物凄く開いているのだから。

 それは決して高くない金額だった。むしろ安いと言える。

 アルベドに用意させた武具で五百八十人以上も賄(まかな)える計算になる。

 金貨を消費する蘇生魔法。それはヤントラも知識として知っている。

「ティアさんとティナさん」

「はい」

「どうしたのかな、旦那さん」

「君達の能力を見せてもらえる? アサシンが主体なのかな?」

「忍術」

「ニンジャを修めておりますぞ」

「……隠密系だから人目につくのは避けたほうがいい。二階の広間を使え」

 ティア達はイビルアイの意見を聞き、ヤントラも賛成した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。