※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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D-12 『六腕』との戦い

 三人が居なくなった後、イビルアイは自らの装備品を見つめる。

 魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)として物理的な武具は少ないが、回復役が居ないのは残念だと思った。

 アイテムも無駄に消費できない現状でどこまで出来るだろうかという不安はあった。

「……命を捨てる覚悟より生き延びて明日を掴む道を選ぶようになったとは……」

「それはそれで大事なことだぜ、イビルアイ。お前の葬式をするなんてまっぴらだからな」

「……クソ……二百年近く守ってきた私の子宮に虫を入れやがって……」

 処分されたのは辛かった。けれども卵を産み付けられていた場合はどの道食い破られてしまう。

 人間を辞めているとはいえ女としての尊厳を踏みにじられてしまった。

 入っていた虫は茶色い羽を持つ昆虫。

 全身をかきむしりたくなる。

 自分の身体が汚らしい虫に蹂躙されて怒りが沸き立つ。

 それに抗えない自分の無力さに涙が出てくる思いだった。

 ガガーランは身体を震わせるイビルアイを背中から抱きしめる。

「……お前の鎧は凶器だぞ、脳筋」

「おっと、すまんすまん」

「仲間に要らぬ迷惑をかけたな。……助けてもらった恩は必ず返す」

 拳に力を込めるイビルアイの頭をガガーランは撫でたが特に抵抗はされなかった。

 

 二階の広間にて感知と探知阻害魔法で情報を遮断した空間に三人は座り込んでいた。

「旦那さん、あの台は何?」

「ただの台。椅子を載せたら玉座の完成だ」

「それより、能力を見せるとしても攻撃じゃないよね?」

 ヤントラはクノイチのクラスを持っているので忍術が使えてもいいはずだが、実際は何が使えるのか知らない、というか覚えていない。

「補助系とか、移動に関わるものとか」

「『闇渡り』は影から影へ短距離転移。『影潜み』は影の中に潜むよ」

 ティナが『影分身の術』を発動する。双子から三つ子になった。

「分身は四分の一くらいの強さしかないけれど、回避は抜群だよ」

 クノイチ、しかもレベルは三。なのに忍術が使えないとは何事だろう。

 とりあえず、忍術は忘れよう。

「君たちは……、どの程度の重さまでなら運べる?」

「……旦那さんくらいは軽いかも」

 喋っている間、三人目は飛び跳ねたり逆立ちしたりと自由に動いていた。

「鍛えているからね。二人でならガガーランくらいは持てるかもよ」

「影分身を含めたら?」

 どうやら相当重いものを運ぶことになりそうだと理解した。

「ガガーランくらいの大男くらいは可能かな。影分身が無くてもだけど」

「彼女にも協力してもらおう。あと、お金をあげるからいくつか買ってほしいものがある」

「女性用下着……じゃないよね?」

 それならばヤントラも普通に買ってこれるだろう。

「君達の身体の大きさが分からないから。自分で買ってきてもらった方が早いだろうと思ってね」

「なにやら企んでますな、旦那さん」

「私はみんなに死んでもらうくらいの事をさせようとしているのかもしれない」

「それは最悪の場合でしょ」

「……そうならないように……。私の出来る手段は限られている」

 ヤントラはティア達を抱き寄せた。

 しばしの沈黙の後、ティア達から離れた。

「仮だけど『真蒼の薔薇』は旦那さんの命令に従うよ」

「この命を旦那さんに預ける。……もちろん無謀なことはしないよ」

「ありがとう。ただ……、結果は何も保証できない。これは大きな楔(くさび)を打ち込む反抗作戦のようなものだから」

「……いいね、いいね~」

「運命に抗うのは嫌いじゃないよ」

 ティア達は揃って邪悪な笑みを湛える。三人目は飛び蹴りの体勢になった。

 それからいくつかの指令を聞き、それぞれ行動に移る。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ヤントラの計画は極秘裏に進められることになるが一先(ひとま)ずは目の前の敵の掃討も大事だった。

 クレマンティーヌの調査内容をティアとティナはセバスの元に送り届ける。

 敵の情報と潜伏先。進入方法の仕方など。

 派手すぎると逃げられるので大規模破壊などしないように気をつけるようにと注意書きしておいた。

 クレマンティーヌは基本的に毎日人殺しをするわけではなく、気の向いた時に武技の餌食(えじき)にさえ出来れば良いらしい。

 漆黒聖典に所属していた時代は人間種以外は好きに殺せた。

 だから特に殺人に飢えているわけではない。

 人を殺すのが他の種族を殺すより好きなだけだ。

 戦士として強者との戦いに憧れはある。全身全霊をかけて戦いたい気持ちは素直に持っている。

「……お疲れ、クレマン」

 気配を消した闇の中から小さく声をかけられる。

「ん……、おつかれー」

「はいよ。昼食と牛乳」

 闇の中からもう一人姿を現す。

「漆黒聖典時代は亜人狩りしてたんだよね?」

「んー、あんまり楽しくなかったけれどね」

「この事件が終わったら人殺しが出来なくなるかもだけど、先の事とか考えてる?」

「いくら私でも飽きるときはあるよー。モンスターでも狩るよ。蒼の薔薇ならいい獲物にありつけそうだし」

 口角を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべるクレマンティーヌ。

「クレマン……。物凄く厄介なモンスターが居るけど、死なないでよ」

「旦那さん、クレマンが死んだら悲しむと思うから」

「そうなの? 駒の一つとして使い潰したりしないの?」

 明らかに嫌そうな顔をするクレマンティーヌ。

 顔の筋肉も柔軟なのか、よく表情が変わる。

 渡された食事を食べつつ顔は標的の店の周りに向けられている。

「駒かもしれないけれど。イビルアイやリーダーのことを心配する人だよ」

「ずっと一人だったからかも。仲間が出来たから大事にしようって思ってくれてるのかもしれないよ」

「……むー。これご主人が作った奴でしょ?」

「おっ、分かる?」

「ご主人の味がする。……はいはい。頑張りますよー」

 最高級品ではなく家庭的な味にまとめられている。造りは丁寧とは言いがたいが温かみのある弁当だった。もちろん、不味くは無いし、嫌いでもない味だった。

「ここに居るやつらにクレマンが負けるとは思っていない。けど、無理はしないように」

「深追いは愚策。あくまで今回の標的は『幻魔』の『サキュロント』と関係書類。それ以外は無視していいから」

「りょーかい」

「おじいちゃんが居たら戦わないように。協力者だから」

「例のナザリックの……。うん。分かった」

「では、夜間突入の決行の時刻に来るから。それまで休息してていいよ」

「夜食は出るの?」

「……ご主人は冒険者ギルドだから店屋物(てんやもの)になるけど」

「じゃあ、それでお願い。肉料理ね」

「オッケー、クレマン」

 短いやりとりの後、双子は消えていった。

 クレマンティーヌは監視を止め、物陰の奥へと姿を消す。

 

 貧民街には数多くの無人の建物が存在し、空き家は貧しき者や犯罪者達の活動拠点となっている。

 クレマンティーヌもその中のいくつかをねぐらとして利用していた。

 一箇所に留まるのは危険だが、比較的安全な建物もある。

 ラキュースがティア達の為に用意した格安物件の一つを貸してもらっていた。

 普通の建物をティア達がボロい物件に改造しているので一見すると廃墟に見える。

 実際、貧しい者にも提供されているので何人かは寝ていた。子供の姿もある。

 彼らの中にはティア達が用意した貧乏人に偽装した協力者達も混じっている。主に非番の兵士で構成される。

 ボロ布の下には軽装鎧ではあるが武装はしっかりとしている。

 綺麗好きのクレマンティーヌが彼らを跨いで床下の更に下に身体を滑り込ませる。

 居間などの部屋は偽装。床の音はアサシンでも注意深く歩かなければ音は鳴る。魔法による消音も本人に聞こえる『警報(アラーム)』で伝えられる。

 身体は濡らした布巾で済ませ、食事も非常食が中心。

 森の中で亜人狩りをしていた時代に培われたサバイバル技術である。

 逃亡生活と違い、数週間も潜む必要は無いが、戦いの勘を忘れないために行っている。

 狭いが下水道への通路も確保しているので排泄はそこで直接、行っている。

 匂いが逆流しないように換気にも気を使っている。

 仕事に専念するとき意識はとても冷静で羞恥心や罪悪感は感じない。

 淡々と獲物を狙う一匹の獣。

 心を落ち着かせると感覚が研ぎ澄まされる。

 寝床の毛布類はティア達が使う時だけ新しいものに入れ替えている。寝る分には酷い悪臭に悩まされることは少ない。

 娼館などの調査の際は性欲が多少なりとも刺激される。しかし、不衛生な場所で自慰などしようものなら病気になる可能性があるので、仕事前にアインドラ家の風呂で徹底的に身体を清潔にして済ませている。

 耐えられないほど潜伏はしないが性器の摩擦(まさつ)を抑える処置は万全にしている。

 今日は娼館の突入に備え、仮眠を取る。

 はた目にはゴミに埋まっているように見えるので人が居るのかはゴミを撤去しない限り視認は出来ない。

 魔法やアイテムによる探知妨害も必須。

 後は時が来るまで待つだけだ。

 

 寝息や人の出入りの音が続いた後、開始の合図が聞こえてくる。

「……クレマンさん、お時間です」

「……では、皆さん。……所定の位置に行って下さい」

「……はい」

 すぐに行動できるように合図があれば意識は覚醒する。そういう訓練をつんできたからこそなせる業だ。

 兵士達は静かに家から出て行く。

 クレマンティーヌが床下から顔を出す頃にはティア達が入り口で待機しているのが見えた。外は既に真っ暗だが、月明かりがぼんやりと彼女達の姿を映し出す。

 顔には黒い布がかけられていて、装備品も同じく黒く染められている。

 額には『闇視(ダークヴィジョン)』の魔法が付与された額飾りを装備している。

 クレマンティーヌも今日の為に髪の毛を黒くし、念のために顔も黒い染料を塗っていた。

「……肉料理。……飲み物は旦那さんの。食べたら即行動」

 クレマンティーヌの下まで音もさせずに近づき包みと水筒を渡す。

「……了解」

「雑魚は男だけ片付けていい。老人には手は出すな」

「ダメ。あと二人の協力者が居る。一人は黒い鎧の少年が居る。名はクライム。もう一人は刀使い。二人は一緒に行動」

 双子の片割れがすぐに反論する。

 必要な単語のみ伝え、クレマンティーヌは了解していく。

 ティア達は高速手話を使うがクレマンティーヌにはまだ教えていない。というか忘れていた。あと暗いので正確に伝わらないと不味いと判断した。

「刀使いは誰?」

「……忘れた。クライムと一緒の奴と覚えて」

「強ければ良いよ。了解。食べたら行動開始する」

「うん、強いらしい。では、命大事に」

「必要経費はちゃんと報告。では」

「はーい」

 気配なく闇夜にティア達の姿は掻き消えた。

 与えられた夜食はまだ少し湯気が立っていた。

 温かいご飯は心を和ませる。

 栄養しか考えられていない冷たく味もろくにしない固形の物に比べれば物凄く美味しかった。

 殺し合いの中において幸せだと思えるものの一つかも知れない。

 肉。それはこれから始まる戦いにおいてもっとも必要な食材。

 肉を喰らうため猛獣は戦うのだ。

 冷たい水で喉を洗い流すのはもったいないと思ったが、水筒は少し温かかった。

 開けると湯気が出て来た。コーンポタージュだった。

 少し冷めてはいたがまだ温かみはあった。

「……ご主人、好きになっちゃいそうだよ。……もう好きだけどね」

 愛人でも良いか、と思いつつ腹を満たし、準備万端。

 いざ、戦闘開始。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 今回は『六腕』の一人『サキュロント』の確保。

 サキュロントと共に居た巡回使『スタッファン』が彼の娼館の常連客だという情報を得ていた。既にスタッファンは店に居る事が分かっているし、クレマンティーヌも目撃している。

 ツアレを半殺しにした店の摘発(てきはつ)。充分に大義名分は立つのだが、証拠や物証が乏しいのが現実だ。

 店の中で何が行(おこな)われているのか、それを確認するには踏み込むしかない。

 踏み込むと簡単に言っても出入り口は頑強な鉄扉。

 仲間内にしか通用しない合言葉のようなもので開閉する。

 その開閉方法も調査済み。

 暗闇に紛れてクレマンティーヌが向かおうとしたとき、堂々と扉に向かう者が居た。

「!?」

 体格のがっしりした白髪交じりの老人。

 この娼館にとても用があるとは思えない。

 見た目は貴族に仕える執事。顔は厳つく、少し殺気も感じる。

 彼がナザリックの人間ということを理解し、認識する。

「………」

 あれは強い。元居た漆黒聖典の化け物に匹敵するのではないかという雰囲気があった。

 今回は協力者と聞いていたが戦えば殺されるかも、と冷や汗が出て来た。

 強者にしか分からない領域というものがある。

 勝てないと頭では思っても、戦いたいし殺したい、という気持ちが沸々と湧き上がる。

 今は任務中だから自重(じちょう)しなければならないのは分かってはいる。

 あの広い背中にスティレットを突き刺したい。

 一撃でいい、という欲望が沸き起こる。

 もちろん、攻撃すれば殺されるだろう。殺されるだけの価値ある強者が目の前に居るのだ。

 武器を取ろうとする欲は命令遵守(めいれいじゅんしゅ)の気持ちで押さえつける。

 自分は既に負けた身。強者たる『アンリマンユ』に従ったのだ。

 従属とでもいうのか。この身はアンリマンユの所有物。それを許可無く処分など出来ない。

 媚薬騒動での恩もある。

 だから今は自分の欲は帰って自慰行為で済ませる。

 素早く、周りを確認しながら音も無く老人に近づくクレマンティーヌ。夜闇に紛れているので他人には見つかりにくい姿をしている。

「……扉は静かに開けてね……」

 そう言うと老人は頷き、規定回数のノックをした。

 闇夜に紛れた彼女が声をかければ普通の人間ならば驚くが老人は普通に対応した。

 強者がクレマンティーヌに気付かないはずが無い。

 彼女の選択は正しかったようだ。

 

 ノックはしたが反応は無い。

「……おじいちゃん。……相手を昏倒(こんとう)させられる? ……殺すと面倒だから手加減はした方がいいよ」

「ご親切にどうも」

 クレマンティーヌは反応の無い扉に手を当て静かに調べ始める。

「……静かに蝶番(ちょうつがい)を破壊していいよ。……下からだよ。……あまり派手だと証拠を隠滅される時間を与えるから」

 的確な意見に老人は驚いた。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 開口一番、重い扉の蝶番を素手の手刀の一撃で粉砕。

 普通は破壊すると言われれば首を傾げるものだ。そして、それを素手で行(おこな)う事は不可能。

 『どうやって壊すんですか』という疑問があって当たり前だが、その疑問は無かった。つまり破壊できる実力を持っているということだ。

 言われた通りに下から破壊すると下から破壊する理由が判明した。

 物体は上から下に落ちるものだ。

 破壊の過程で扉が勝手に傾くのを防止するためだった。

 動かないように扉はクレマンティーヌが手で支えて二重の備えになっていた。ただ、相当重い扉のように見えたので気休め程度だったが。

 蝶番の破壊を確認し、スティレットを隙間に差し入れて、強引に扉を開ける。一瞬だけ力を込めれば音はすぐに収まる。

「……一人分くらいの隙間を空けて。……重いけど静かにね」

「畏まりました」

 重い扉なのでずらすのは老人にやってもらった。

 相当な重量があるはずだが苦も無く扉は動いた。

 厚さも相当あるのが分かったが、クレマンティーヌ一人では運べる自信は無かった。

 破壊音に気付いた門番の男達はクレマンティーヌの暴風に匹敵する素早く無音に近い一撃で沈黙した。

「……力すごいね。……では、おじいちゃん。……雑魚とはいえ雇(やと)われのごろつきだから殺しは控えて。……正当防衛って分かる?」

 門番達を手際よく縛り上げる。

「はい」

「……場合によっては殺っていいけど。……殺しすぎないでね。……そういえば、おじいちゃんは一人で来たの?」

「クライムという少年とアングラウスという人の三人で来ました」

「……アングラ……。……ああ、ブレインだね。……了解。……では、後は自己判断で」

「畏まりました」

 老人が返事をする頃にはクレマンティーヌは静かに建物に向かって行った。

 身のこなしが実に素晴らしい仕事人のように老人には見えて感心した。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 館の中は隠密には適さないくらい明るいが無人の邸宅並みに静かだった。

 だが、それは偽装である。

 店は地下にあり、国には秘匿された世界が広がっている。

 邸宅の上はティアとイビルアイが捜索し、終了次第、地下へと進むことになっている。

 地下はティナが別の入り口から潜行している手はずになっていた。

 罠などを探知するアイテムを探していると上から降りて来る気配を感じた。

 気配は消されていないので武器にかけた手は離される。

「……クレマン、上は終わった」

「……一階も終わってるよ」

 声をかけたのはイビルアイとティアだった。

「……こっちは入ったばかり」

 そう言っている間に老人が普通にやってきた。

「……セバス老。……地下への入り口は複数あるが探知に時間を貰う。……罠もあるだろうが……」

 ティアは老人、セバスの側に行き、スボンを引っ張る。

「……先行が向かった地下はあっち。……開けてあるから、そこから向かって」

「畏まりました。……実に手際が良いですな。このセバス、とても感心しました」

「……ありがとう。……上は任せて。あっ……、裸の役人を見つけたら処分していいから。うちのイビルアイ、吐くと思うんだ。醜悪な姿は見せたくないので」

「……私が先に見つけたら絶対に去勢(きょせい)して己に食わせてやる」

「汚い一物(いちもつ)を触ることになるよ」

 ティアは普通に喋ってイビルアイに言った。

 手の感触でも思い出したのか、イビルアイは唸った。

「……というわけで、おじいちゃんに任せるよ」

「見て判断いたします」

「……目に毒だと思うよ。……おじいちゃん、死体はミンチにしないようにお願いします」

「出来る限り頑張ります」

 セバスが移動する頃に地下への隠し通路を発見する。

「……クレマン、ここから先に罠もあると思うから。……お前の仕事はここで終わりにしていいぞ」

「……折角だし、最後まで居るよ。……そうだ。……外からの援軍が来たら片付けておくよ」

「……頼む。……追っ手の場合は逃走を優先していい」

「……はいよー」

 イビルアイは地下へ降りていった。

「……一応さ、隠密行動だから派手に戦うわけにはいかないけど、地味でごめんね」

「……数日間の山篭(やまごも)りに比べたら楽な方だよ」

「……幹部が居たら詰め所に渡す前に情報を引き出したいね」

「……私は拷問して吐かせたいな」

 二人の女性は物騒な会話をしつつ周りに意識を向ける。

 今のところ援軍の気配は無い。

 

 地下へと降りたイビルアイはいくつかの罠を見つけては解除していく。

 解除と言っても『水晶の短剣(クリスタルダガー)』という魔法で手際よく破壊する。

 地下への進入に際して敵側は既に『警報(アラーム)』で慌しく動いているかもしれない。

 それでも進まなければならない。

 媚薬効果のある香水の匂いが立ち込め始めた。

 イビルアイには毒耐性があるので気にはならない。クレマンティーヌの拷問用のような強烈なものでもない限り。

 それでも空気と違う室内のどんよりとしたものは吐き気を誘発させる。

 一応、仮面の上から更に黒い布で顔を覆っているが空気そのものが変わっているようで不快だった。

 媚薬に混じって血の匂いがかすかに漂う。

 ここはただの娼館ではない。

 先行していたティナが調査済みの証しとして開け放っていた部屋にはベッドの上で顔を血で染めた女性が大股開きのまま動かずに居た。

 下には利用者と思われる男性が縛られている。

 侵入者を排除しようとしていた者達も既に制圧されている。

 イビルアイはティナの仕事の速さに感心しつつ閉じられている部屋の一つを開けた。そこにはセバスと対峙する太った醜い全裸の男が居た。

 ベッドにはやはり顔を血で染めた裸の女性が居た。

 ここは女性の多くが利用者の趣向により殴り殺されたり、拷問に近い苦痛を受ける所だった。

 ツアレもここで処分されそうになった被害者の一人だった。

 セバスと対峙している男がどういう末路になるのか、見たくないし、関与したくないので先に進むことにした。

 一人ひとりを去勢して回っても良かったが目的の人物を逃がすわけにはいかない。

「………」

 ベッドに放置されている女性は既に死んでいるのだろう。

 あられもない格好だが、後で弔(とむら)ってやらなければならない。

 敵を倒すことを考えて重要書類の事を忘れていたイビルアイは入り口まで戻り、部屋の中を物色する。

 敵幹部の捜索はクライムなどに任せよう。じきにセバスも追いつくだろう。

 一通り捜索を終えて、ベッドの女性の生死を確認してシーツで包む。

 

 床に転がる利用者の下半身にぶら下がるものが目に付く。

 袋だけ裂いておくか、肉棒を根元から斬りおとしておくか、などを考えてみた。

 怒りは湧くが行動に移せない。

「……何かお困りですか?」

 音も気配も無く背後から声がかかった。

 イビルアイは瞬間に悪寒が走り、懐に忍ばせている短剣を抜き放ち、振り返る。

 手が出る前には声の主に気付く。

「……セバス老……、驚いたぞ」

「驚かせるつもりはありませんでしたが……」

「……国の裏側に失望していただけだ。……お恥ずかしい限りだ。……これが商売として成り立っているのだから」

 武器をしまいイビルアイは転がる利用者に顔を向ける。

 今も助かろうと身体をくねらせている。

 セバスはベッドの方に視線を向けるとシーツに包まれた物体に気付く。

 他にも死体を発見したら自分も同じようにしようと思った。

「お嬢様方がお手を汚されるのは忍びないので、私が始末しましょう」

 イビルアイは捕縛した男の耳を完全に塞ぎ、部屋の片隅に蹴り飛ばす。

「……今更な話しだ。……ナザリックには裏の顔は無さそうな気がするが、こういうのは良しとするのか?」

「いいえ。……ですが、耳に痛い話しでございます。我々の中にも『こういうのを趣味』とされる方が居るので……」

 イビルアイは『趣味』という部分で思い当たる存在を思い出す。

「……悪魔が居るんだったな。……主人は知っているのか?」

「おそらくははぐらかされているのではと……」

「……組織も完璧とはいかないか。……こいつらを本当は殺したいところだが、情報を聞きださなければならない。……多少の殺人は我々が目を瞑(つむ)る。……セバス老は先に行くのか? ……出るなら仲間に声をかけてくれ。……道で拾った財布を届けに来た。……地下など知らないと」

「見事な手並みにこのセバス、感服いたしました。……ところで、これで組織が壊滅できるのでしょうか?」

「……いいや。……ここはまだ末端だ。……ここに居るのはどいつもこいつも貴族に餌をもらっているだけの駄犬共だ。……多少の大物を捕まえないと攻撃の手段になりえない」

「なるほど」

 殺す前に情報収集する。それはセバスが怠ってきたことだ。

 だが、捕らえている暇が無いのも事実。だからこそ複数で行動しているのだろう。

 一方的な虐殺では次の手が打てない。

「勉強になりますね。しかしながら強敵が潜んでいるやも知れません。目的の人物を捕らえるまでお付き合いいたします」

「……ナザリックは人間蔑視が多いと聞くが、セバス老はどうなのだ?」

「私はナザリックらしくないのかもしれません。憎しみというよりは見下しているだけなのですが、それはまあ……、そうあれと創られたのでどうすることもできません」

 彼らの創造主というものはろくでもない連中なのだなとイビルアイは少しだけ呆れた。

 口に出せば怒るのだろうが、セバスから聞かされたので黙っている事にした。

「……恨みや憎しみならば解決しようと努力することもやぶさかではないが……、見下しは……どうしようもないな」

「こちらもご迷惑をおかけして申し訳ありません。私も人間社会を勉強している最中で。今回は色々と興味深く勉強させていただいております。では、そろそろ行きましょう」

「……先に行ってくれ。……私は他の部屋も調べないといけないので」

「畏まりました。では、後ほど……。帰宅するときはお声をかけさせていただきます」

 イビルアイの頷きを確認したセバスは静かな足取りで立ち去った。

 ティナが獲物の捕縛。イビルアイは現場調査と役割を分担し、先行しているクライムと『ブレイン・アングラウス』の元に向かう。

 クライム達はティナ達のような慎重さは無く、向かってくる敵は結構殺していた。

 後から追いつくティナは転がる死体を見て顔をしかめた。

「……そうバンバン殺しちゃダメ」

 暗がりに居るのでクライム達にはティナが発見できない。

 彼らは盗賊(ローグ)系のクラスを持っていないようなので発見に至らないようだ。

「て、ティアさん?」

「……ティナだけど、どっちでもいいよ」

 音も無く二人の側に駆け寄る真っ黒な暗殺者、のように見えるティナ。

「……死体処理って大変なんだよ。……それより隣りのおっさん、誰?」

「ブレインだ」

「……ブレイン・アングラウス……。……生きてたんだ。……死亡説流れてたよ」

「運が良かっただけだ」

「……もし手に負えなかったら私が相手するから。……後からイビルアイも来ると思うけど」

「分かりました」

 イビルアイと聞いてブレインはどこかで聞いた名前だと思った。

 色んな強者の情報は得ているが、すぐに思い出せない。

 ガゼフ・ストロノーフは一瞬で出てくるのだが。

「蒼の薔薇か!?」

 そう言うとティナからの拳の一撃がブレインの腹部にめり込む。

「……このおバカ。……声が大きい。……蒼の薔薇は居ません。……なんの為に隠密行動してると思ってるの。……冒険者がこんな仕事できるわけないじゃん。……いくらアダマンタイト級とはいえ……」

「す、すまない。意外な名前が出て来たから」

 割りと重い一撃だったとブレインは感じた。

「……今回は暗号名だと思って。……敵の幹部は殺さないこと。……無理なら代わってね。……クライム君も実践は少ないと思うけれど、相手はただのモンスターじゃないよ。……アダマンタイト級だと思って覚悟してね」

「はい」

 『六腕』のメンバーはどれも実力派揃い。

 一人ひとりがアダマンタイト級と噂されている。

 ティナもアダマンタイト級の冒険者。

 それなりの実力は持っている。

 戦士職には物理攻撃で劣るかもしれないが敏捷では負けないので武技を使わない状態のブレインも倒す自信がある。

「……おっさん。……私は調べながら行くんで、クライムのこと頼むよ」

「承(うけたまわ)った。……おっさんか……」

「……名前出していいなら、ブレインって言うけど?」

「……高名な方に名前を呼ばれるのは嬉しいな」

「……無駄口は叩かない。……じゃあ、ブレイン。……クライムが死んだらラナー王女に公開処刑されるから、ちゃんと守ってあげてね。……ご武運を」

 そう言ってティナは暗闇の中に溶け込むように消えていった。

「……公開処刑は勘弁してほしいな」

 そう呟きながら移動を開始する。

 

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