ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
建物の奥は事務所になっているはずだが、小部屋がいくつも存在していた。
あらかた倒したので警備や見張りの姿は無い。
幹部のサキュロントの捕縛の他に娼館に囚われた人達の救出があるが今のところ見つかっていない。
小部屋の一つ一つに大きな木箱があり、ティナは一つ一つ確認していく。
仕事で使う洋服類が入っていた。
中には拷問器具のようなものも用意されている。
「……む」
密輸品や関係書類は見当たらない。
この程度の建物には無いのかもしれない。
書類が無いということは誰かが直接指令を伝えている、という考えが浮かぶ。
まだ発見していない隠し通路もあるのかもしれない。
罠や隠し扉を探知する
先行したクライム達以外の気配が感じられない。探れる範囲が狭いが居ないのはおかしい。
下にまだ行けるのかも知れない。
置いてある木箱を開けていると壁を小さくノックする音が聞こえた。
すぐに相手がイビルアイだと理解する。
「……クライム達は先行した。……証拠品は発見できず」
「……了解した。……ティナは隠し扉を。……私は……、セバス老はどうした?」
「……会ってないよ。……通路が入り組んでるから別の部屋かも」
それだけ確認し、二人は素早く行動に移る。
木箱の中には麻薬の袋が詰まったものがあった。しかし、この店は倉庫というわけではなく、この木箱も客用に持ち込まれただけだろう。
イビルアイは事務所と思われる部屋に入る。中は無人だった。
異変に気付いて逃げ出したか、通路に転がる死体の一人になったかは不明。
探したい証拠書類は金の流れ。麻薬の管理。女性達の情報など。
それを指令書なしで管理するのは大変なはずだ。
店の経理の書類は見つかるが、どこかに隠し金庫でもあるのだろうか。
それともハズレか。
はたまた肌身離さず持ち歩いているかだ。
手早く捜索を終えてクライムの下に向かうことにした。
別の部屋に移動するときティナが駆け寄ってきた。
「……隠し部屋に女性が居た。……一部は病死。……こちらは地上に上げていくから、そっちは任せた」
「……胸糞悪い連中だ。……さっさと片付ける。……いや、すまない。……顧客情報が無い。……ハズレかもしれない」
「……そういうこともあるって。……うっかり殺さないでよ」
「……出来るだけ善処しよう」
「……隠し金庫はおじいちゃんに開けてもらってる。……すごい力でびっくりだ」
「………。……我々はこそ泥ではないからお金も提出しなければならない。……礼金は後日渡すと言っておいてくれ」
そう言って二人は別れた。
イビルアイは捜索していない部屋に向かう。
悪党のアジトは無数の抜け穴があるのは常識で、この屋敷の地下は単純な作りではあるが隠し扉が無数にある。
一部はティナによって捜索されたようだが重要書類が見当たらない。
店であるので顧客が迷う作りでは利用しにくい、という点もある。
娼館の周りの無人の建物は事前に調査が済んでいる。
本命の出入り口は一つではないが、秘密裏に進入したのだから逃げ出すには時間がどうしてもかかるはずだ。地上にはティアとクレマンティーヌが待機している。
連絡や合図が無いところを見ると、まだ地下に居る可能性が高い。
手下も居ないようだし、壁に手を当て隠し金庫が無いか調べていく。
二つほど見つけたが一つは空。もう一つは女性達の情報のようだ。
逃亡を防止するためのものらしい。これはこれで重要だろう。
写し
自分が入った部屋を調べなおしていると金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。
かすかだが、イビルアイは意識を集中する。
どこかの隠し扉から聞こえているかもしれない。
この屋敷は魔法を阻害するものはかかっていないのははっきりしている。
すぐさま移動を開始する。
「……セバス老達は死体や人間を地上に運んでくれ。……私がクライムのところに向かう」
「お一人で大丈夫ですか?」
「……イビルアイは強いよ。……大丈夫。……それから帰る時は入り口で一礼してから何食わぬ顔で立ち去ってね。……手の返り血は……」
ティナに説明を任せて、イビルアイは駆け出す。
かすかな音を頼りに。
人間よりも感覚は鋭い方だと自負するイビルアイも盗賊系のものに比べれば探索は得意な方ではない。
探し者はやはりティア達には
それでも生きた人間相手なら引けは取らない自信がある。
複数の隠し扉の中で
木箱で隠されていた隠し扉を探し当てるのにさほどの時間はかからない。その部屋はクライム達が見つけたのだろう。
その扉の中に飛び込むと、細い通路があり、先にも扉があって閉まっていた。
閉められたのであれば敵が居る。
本来はゆっくりと戦いを観賞するのだろうが、それは明るいところでやってもらおう。
隠密行動において悠長に遊んでいるわけにはいかない。
「〈
水晶で出来た槍の魔法を扉に打ち出し、そのまま蹴破る。
室内には複数の人影があった。
「なに、新手!?」
「……この剣術バカ共が」
さっと確認しただけで四人。
うち二人はクライムとブレイン。
「おいおい、いいところを邪魔すんなよ」
横手から声がかかる。聞いた事が無い声なので敵だろう。
「そいつがサキュロントです! そっちはコッコドールと言うそうです!」
クライムの声を聞いてイビルアイは飛びのきざまに相手を視認する。
暗殺者風の姿。それだけで理解した。
もう一人が『コッコドール』という奴隷売買の部門長の男。
通常は地面に着地するがイビルアイは
『
「貴様らは逃がさん」
仮面越しにノイズがかった怒気をこめた声を出す。
「〈
狭い室内の天井から小さな水晶を無数に打ち出す。
サキュロントは咄嗟に防御体勢に移るがコッコドールは全身に攻撃を浴びて沈黙する。
「おっと、殺すところだった」
すぐに魔法を止め、着地時にコッコドールの足を踏み折る。
「うぎゃう!」
クライム達も多少は巻き込まれたようだが、軽傷のようだ。
「俺達まで巻き込むな!」
ブレインの言葉を無視し、サキュロントに詰め寄る。今の攻撃程度ではビクともしないだろう。
アダマンタイト級の実力を持つ者なら反撃の手段は既に考えているだろう。
イビルアイは相手に攻撃の機会は与えない。
『幻魔』だろうと速攻あるのみ。
「〈
この魔法は砂を相手にまとわり付かせて行動を阻害する。
盲目化、沈黙化、意識を散らせる効果もある。
防御体勢にあるからこそ逃がす事無く発揮される。
「お前なら遠慮は無用だな。〈
サキュロントの腹部目掛けて魔法を叩き込む。
水晶の弾丸の当たり具合を確認し、拳の一撃を腹部に打ち込む。
イビルアイは見た目は十二歳くらいの子供。
だが、長い時を経たイビルアイの攻撃は人間を凌いでいる。
戦士と魔法使いという彼我の実力差。それをまざまざと見せ付けるイビルアイ。
「捕縛しろ」
言葉と同時にサキュロントは呼吸困難に陥り床に倒れこむ。
「容赦ねーな」
「首を落さないだけマシだ」
クライムにコッコドールを任せて、イビルアイはサキュロントの手足を縛る。それが終わるとすぐに部屋の探索に入る。
「こいつの攻撃方法を解き明かせるところだったのに……」
「……お遊戯は外でやれ」
イビルアイの冷たい一言にブレインは両手を広げて軽く頷く。
縛り終わった後、サキュロントの腕と足を踏み折るイビルアイ。
「この二人はクレマンに渡すからな。それからクライム。無事だったか?」
「多少はケガしてますが」
苦笑しながら無事であることを伝える。イビルアイの巻き添えも含まれているらしいので彼女は素直に頭を下げた。
アダマンタイト級とはいえ圧倒的な実力を見せたイビルアイ。
相手が弱かっただけかもしれない。
「ブレインもこのクズ共を運んでくれ。私は現場の調査をしなければならない」
「はいよ」
「暢気に遊んでいるうちに証拠を隠滅されては困るからな。そのための襲撃だ。お前達の剣はまた今度、発揮しろ」
「そりゃごもっともだ」
ブレイン達はサキュロントを引っ張りあげる頃にイビルアイは壁などに手を当てて証拠探しを始めた。
一通りの探索を終えたが目的の貴族に繋がる証拠は見つからなかった。
殺したものは外の空き地に山積みにし、生きている者は呼んでいた兵士達に運ばせた。
娼館の一階にサキュロントとコッコドールを放置し、ティア達が監視する。
「では、目を瞑って口だけ開けろ」
と、一緒に来ていたブレインとクライムにイビルアイは命じる。
「はっ?」
「秘密の薬だから。ただの回復だが……」
「ごめんね、記憶とか奪わないから。安心して」
「無理矢理と自発的、どっちがいい?」
「分かりました。従います」
言われた通りにしたがイビルアイは念を入れて彼の目蓋に手を乗せる。同様にティアもクライムの視界を塞ぐ。
彼らに注ぎ入れるのは赤い色のポーション。
通常には出回らない貴重なもの。不要な噂が出るとヤントラに迷惑がかかるので止むを得ない処置だった。
「いいよ、飲み込んでも。ゆっくりね」
「焦らなくていいから」
「……普通のポーションよりかはまろやかな……」
二人から手を離す。
「ケガが治った! 凄いです」
見る間に全快した事にクライムは驚いた。
「……治るの早くねーか?」
ブレインも自分の身体の様子を見て不審に思った。
「秘密のアイテム。……内緒だよ」
「二人はこのまま帰っていいが、気をつけろよ。奴らの仲間はまだ居るからな」
「はい。皆様、またお手伝いの時はよろしくお願いします」
「……悪かったな。悪党を倒させなくて。ラナー王女には私も後で詫びよう」
イビルアイの言葉にクライムは両手を振った。
「いいえ、そこまでお気遣い無く。次までに特訓する時間が出来たと思えば気になりません。まだまだ強くならねばなりませんから」
「敵をひきつけてくれただけでも君たちは役に立ったよ。次も生き延びてくれたまえ」
「今度は来る前に片付けられるようにしておくよ」
そう言って、ブレインは去った。
残ったクライムは捕らえた人間が気になった。
「あの者達はどうするのですか?」
「拷問」
クレマンティーヌの言葉にティナが彼女の頭に手刀を落す。
「貴重な幹部が二人も手に入ったんだ。情報収集する。出来ればクライムには見せたくはないな」
「貴族が裏で手を回して開放するかもしれないし。情報を握り潰されないとも限らないし」
「ここはいいから、無事な姿を王女に見せて来い」
「は、はい。では、お気をつけて、皆さん」
女性陣はクライムを手を振って見送った。
それから静かになった部屋の中。
全身を黒く染めた彼女達は死を体現した暗殺者の化身のようだった。
「……私達、今凄い集団だよね」
「『暗殺集団イジャニーヤ』って言われても信じてくれそう」
「……否定できないところが恐ろしいな」
「帰ったら、お風呂入っていい?」
明るい口調でクレマンティーヌは言った。
「一旦仕事は終わりだ。帰って綺麗になろう」
「その前に……」
「最後の仕事を頑張りますか」
闇夜に輝く女性暗殺者と拷問官の瞳が獲物を狙う。
イビルアイは仮面を取り、彼らの魂を揺さぶる。
翌朝、イビルアイとガガーランが食卓につき、クレマンティーヌとティアとティナはベッドの中だった。
起きている彼女達にヤントラは朝食を振舞う。
今、料理の勉強もしているらしい。
「俺は参加しなくて良かったのだろうか」
「脳筋はどっしりと家で待機してくれればいい。隠密に適さないんだから」
「そうか?」
「リーダー代行とはいえ真っ先に倒れられたら困る。冷静なガガーランの方が向いてる仕事だと思うけどな」
場所が場所なだけにイビルアイは冷静でいられる自信は無かった。
モンスターの大群でも来ない限り、ガガーランには待機してもらった方が帰った時の癒しになる。
朝食を食べ終わればイビルアイは情報の整理に向かう。
『六腕』のサキュロントと奴隷売買の部門長のコッコドールから得た情報を羊皮紙にまとめていく。
既にいくつかはメモに記していたが、セバスへの写しも用意しなければならない。
一時間後にはティアとティナが起きて顔を洗い、朝食を食べる。
二人はすぐさま昨日の仕事を始めていく。
クレマンティーヌは長い諜報活動の為に一日いっぱい休ませることにしていた。
「仕事はいつもこんな感じなんですか?」
「リーダーが居た頃はもっと修羅場だったぜ」
「……独り身が長かったせいか、君達の気持ちが分からない」
「いいって。気持ちだけもらっておくからよ。旦那さんの子供じゃないんだし。あいつらは一人で判断できる人間だ」
「家族として何かした方がいいのかと」
「それはリーダーとやってくれ」
軽く頷いて食器の洗い物を済ませ、冒険者ギルドに向かう。
ヤントラは蒼の薔薇に干渉せず、冒険者として頑張る事に集中していた。
いざとなれば駆けつけたいが、自分の仕事もやらなければならない。
王都における銅プレートの仕事は貧民街の警備が多い。
『八本指』の台頭で治安がかなり悪い。
警備とはいえ冒険者への依頼も危険度が高いにも関わらず銅にも提供されている。それだけ誰もやりたがらないのだろう。報酬も割高だ。
という依頼すらヤントラは読めないのだが。
せめてランクくらいは、と思っているのだが代読料がかかっているので聞くに聞けない。
識字率が低い事をうまく利用した商売といえる。
警備の仕事は一日歩くだけになってしまうのが残念な点だ。
街の中にモンスターが徘徊して悪さしているわけではないから仕方が無いが。
ある意味、蒼の薔薇と似たような仕事かもしれない。
モンスター退治の場合は現場に行くのに時間がかかる。独り身では問題は無いが、今は大所帯だ。
気がつけば誰かが死ぬような状態で心配になってしまう。
『ラキュース改造計画』どころではないな。
落ち着いて行動したい。
警備の仕事を選び、詰め所へと向かう。
今回の襲撃で報復のおそれがあるからだ。
王国内ならば自分も駆けつけられるし、悪党も倒せる。
それと今回の仕事が終わると鉄プレートへの昇進試験を受けられる。何も無ければだが。
今回は複数人と仕事をする予定なのだが、予定人数は集まらない可能性がある。
念のために即死耐性、精神操作系の対策のアイテムなどを装備しておく。
顔合わせを済ませ、開始時刻である夕方まで自由時間になった。
一旦帰宅する。
仕事をしていたイビルアイ達は報告書の提出のために外出しており、庭で鍛錬をするガガーランと昼食を食べるクレマンティーヌの二人だけ居た。
疲れがまだ少し残っているのか、クレマンティーヌは眠そうな顔をしていた。
「寝ていたらいいのに」
「んー……。食事は……しっかり……。くー……」
ガクンと頭を倒して眠りだす。
無理に起こす必要はないと判断し、彼女を抱き上げ、部屋に寝かせる。
抵抗せずに寝ているのはヤントラだからなのだろうか。
命のやり取りをする戦士は寝たふりも技術の一つのはずだ。
ベッドに寝かせて顔を軽く拭くとにっこりと微笑んだ。
「ご主人、ありがとう。……もう少しだけ寝る……」
目蓋を閉じたままクレマンティーヌは言い、すぐに寝息を立てる。
睡眠も次の戦いに必要なもの。
台所に向かい、クレマンティーヌの食事を片付ける。
飲み物以外は保管して、テーブルを掃除する。
ガガーランの為に風呂の準備をしてから買い物に出かける。
買い物というよりかは店の散策だ。
平和な街並みも裏では蒼の薔薇のような者達が守っている。
今はゲームで言えば騒乱編に当たるのだろうか。
怒涛の展開は終わった後が辛い。
ナザリック以外のモンスターが襲撃してくれるならまだ期待が出来るが。
竜王国に機会があれば行ってみたいな。
そういえば戦争の備えと言っていたが未だに始まらないところを見ると延期したかな、と思いつつ食料品店を見回り、食器類、服屋に武器屋を回る。
しばらく歩いた後で帰宅し、風呂の様子を見る。
浴槽を軽く洗い、湯を張る頃にクレマンティーヌが裸で入ってきた。
胸を隠さず、自慢するような顔をしていた。
「一番風呂を頂いていい?」
「まだ溜まってないけど、どうぞ」
そう言って後を彼女に任せて風呂場を出ようとすると後ろから抱きつかれた。
「愛人でいいから、また抱いてねー。自制が邪魔すると満足しないからさー」
「私は鬼畜で極悪人だよ」
「さいこーだね、ご主人」
満面の笑みで喜ぶクレマンティーヌ。
恋愛に興味は無い。それがヤントラの素直な気持ちだ。
人を好きになる気持ちが希薄であることは自覚していた。
女体に興味がある。性欲が異常にある。などと言っていた自分が今は覚めているのが分かる。
興味を失ったわけではない。
それはおそらく、と思いかけて思考を霧散させる。
それ以上は考えてはいけないのだろう。少なくとも彼女達の前では。
ヤントラはクレマンティーヌに向き直り、彼女の頭を抱きしめる。
他人の頭。少し目線を下げると金髪が広がる。
首から背中の肌が見える。
こんな視点はユグドラシルでは見ることの出来ないものだろう。
顔に細かく触れることも出来なかっただろう。
やろうと思えば眼球も引きずり出せそうだ。
そういう無茶なことが出来る世界なのだ。
魔法で至近距離から顔を破壊することも出来るだろう。
「……私の顔をメチャクチャにしたいのかな? 治してくれるならいいよー」
そう言う彼女の顔を鷲掴みする。
「普通の敵だったら……、殺しているんだろうな」
「んー。やんないの? 優しいね、ご主人は」
「ここまで無防備にされたら……、愛してしまうよ」
顔を引っ張り、もう一度抱きしめる。
「……今、ちょっと痛かった」
「ごめんなさい」
「……生かしてくれて、ありがとう」
クレマンティーヌはヤントラの背中に手を回し、抱き返した。
数分間、お互いに抱き締めた後はクレマンティーヌから手を離し、湯船の様子を確かめる。
無言のままヤントラは風呂場から出た。
どれほど性欲があろうと自分は決して満たされない。
蓄積された欲はどこへ行くのだろうか。それは怒りだろうか。
溜まる欲求のはけ口はやはりモンスター退治に行き着くのだろうか。
折角、裸で来てくれたのだから胸でも揉めばよかったかな、と思いつつ仕事のための準備をする事にした。
溜まり行く性欲で膀胱が爆発とかしないのだろうか。
膨らんでいる様子は無いが、突然は勘弁してほしいな。
そういや肛門も無かったっけ。
アバターが適当でNPCは繊細って酷いな。
やめよう。今は仕事に集中しよう。
仕事の時間になり、詰め所に向かう。
集まった人数は五人。ほぼ男性中心だ。
仕事内容は朝まで見回りするだけ。
単純ではあるけれど犯罪者が潜んでいるので襲われる可能性がある。
大きな街には少なからず貧民は存在する。
下水道や廃墟を根城にする。中には貴族の邸宅の隠し部屋ということもあるかもしれない。
歩いて数分で乱闘や一方的な暴行に出くわすことも珍しくない。
日が暮れれば件数も増える。
夜空が見え始めてからが本番だろう。
『
夜間に営業するのは居酒屋が多い。
酒が苦手なヤントラには少し眉根を寄せる。
エ・ランテルのように街中にモンスターが湧き出る事は無さそうだ。
居ることは居るのだが、並みのモンスターではない。
通りを巡回していくが裏通りなどの暗い場所では麻薬などを売買しているのかもしれない。
そういうものを摘発するのは見回りでは無理だろう。
事前に様々な情報を収集しなければ。
参加人数が少なかったせいか、一人で見回りしている気がする。
王都の貧民街とはいえ夜にもかかわらず行き交う人間の数は多く、少し賑やかではあった。
娼館の襲撃は既に知られているのか、人相の悪い連中が表に睨みを利かせていた。
ここが王都とは思えない雰囲気だ。
見回りは複数回、同じところを回る。
二回目の巡回を終えて詰め所に戻ると兵士達が慌しく動いていた。
「急遽予定変更があった」
急いで駆けつけた兵士の一人が言った。
というよりはヤントラ一人しか居ない。
「王都全域に厳戒態勢が敷かれる事になり、現時刻を持って依頼を完了とする」
「あらら」
「銅プレートは速やかに避難した方がいい。ミスリル級以上が集まっているようだから」
そう言って兵士はどこかに行ってしまった。
帰るにしても真っ暗だから、危険度はそれほど変わらない気がする。
他人の仕事の邪魔をしても仕方が無いし、一旦帰ろうとした。その途中でセバスとクライム、ブレインの三人を見かけた。
クライムとブレインは気付かなかったようだが、セバスはさすがに気付いたようで、ヤントラの元にやってきた。
歩き方からして執事というよりは殴ろうとする暴力じいさんに見える。
「これはバスパ様。こんな夜更けに散歩ですか?」
「急に仕事が終わって、どうしようかと思って」
「アインドラ卿でしたか」
クライムの顔を見て手を振って挨拶した。
「物々しい雰囲気のようだが、どうかしたのか?」
「はい。これから『八本指』の本拠地を一斉に襲撃する予定なんです」
聞いていると悪党の所業に聞こえる。
他に言い様が無いのだろうか、とヤントラは苦笑する。
「それにしても随分と急だね」
「はい。それでバスパ様はお帰りになられるのですか?」
「銅は役立たずだからな……。あと、他人の仕事を取るのも悪いし」
「……それよりあんた、何者だ?」
ブレインはヤントラを見て、不審に思った。
クライムとセバスは顔見知りだが、ブレインとは初対面。
ヤントラはあまり自分以外の情報を得ていないので彼が何者かは知らない。
「お二人は初対面でしたか」
「こちらはアインドラ卿。今は銅プレートですが、実力ではアダマンタイト級を越える方と聞いております」
「はっ!?」
「あまり私の変な噂立てるとギルド本部で笑われるので……」
「そうですか。それは失礼しました。それで、こちらはブレイン様です」
「どうも、ヤントラです。どこかでお会いしました?」
「いいや、初対面だ」
あまり人の顔を覚えていないので何か迷惑でもかけたのではと思った。
少なくとも冒険者ギルドでは会っていないはずだ。
「アインドラ卿。今は助っ人が必要なので協力してはくれませんか?」
「……我々も王都から撤収することになったので、ご恩返しに協力することにしました。もちろん主の許可も得ています」
「条件がある」
「証拠品の提出ですね?」
「無理にとは言わないが……、彼女達はしっかりやってくれるさ」
セバスは胸に手を当てて軽く頭を倒す。
それは敬意を示す姿勢だ。
「畏まりました」
面倒ごとが待ち構えている予感はするが、セバスの姿勢を見ては断れない。
アインズの意思がどういう風にかかわるのかは知りたくないが、蒼の薔薇の仕事の手伝いも悪くはないと思った。
「……あ~、そういや情報は全く持ってないぞ。仕事の邪魔はしないようにしてたから」
「では……」
「おい! そいつ銅プレートなんだろ。態度がおかしくないか?」
「人は見かけによらないのですよ、アングラウス君」
セバスは微笑みながら言った。
「これから
「はい。ですが、人数が集まらないので潰したら次へ向かう事になっています」
「分かりました。セバス、あまり返り血は浴びるなよ。怪しまれるから」
「では、素手で綺麗に行います」
「幹部は生きている方がいいの?」
「そうですね。『六腕』のリーダー『闘鬼』のゼロは生きていた方がいいかと」
そこまで聞いてから移動を開始する。
時間も無い事なので、クライムはヤントラに集まった情報を伝える。
『八本指』の一角を落としたことで癒着していた貴族の横槍が入る前に片付けるのが今回の作戦だった。
セバスの邸宅に脅迫状が届いたのでセバス自ら赴くことになったとか。
「ツアレさんは?」
「彼女は無事です。たまたま来ていた『蒼の薔薇』の方のお陰で」
情報を詰める為に来ていたメンバーが追い返した。
ツアレを狙われたのではと考えたので深追いが出来なかったもよう。
もし追っていたら別の襲撃者にさらわれる可能性があったからだ。
「では、さっさと行こうか」
軽装のヤントラは両腕に無骨なガントレットのみを装備し、歩き出す。
「そういえば、クライム君」
「はい」
「私は……、会う人、会う人に斬られている気がするのだが……。気のせいだろうか?」
「えっ!? あ、ああ……、どうしてでしょうね。アインドラ卿はとてもお優しい方だとは思いますが……」
「それはバスパ様の宿命ではないかと。毎日のように殺される日常はこのセバスも心配しておりました」
「……たっちお兄ちゃんは大人しいから狙われるって言ってたけど……。ケンカを売るほど私は沸点は低くないぞ。……半殺しで済ませることはあったが」
「優しさに付け込む不届き者が大勢おりましたからね。ですが、バスパ様の優しさは我々も理解しておりますゆえ」
「素直に嬉しいよ」
怪人セバスと普通に話すヤントラにブレインは驚いていた。
尋常ではない存在なのは会った時から感じていたが、それに負けない人間が居るとは驚きだった。
銅プレートだから気付いていないのか、と思った。