※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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第五章 英雄モモン
E-1 イビルアイは諦めた


 アインドラ家の二階は修羅場と化していた。

 まず持ち込まれた資料が膨大であること。

 大半がゴミ。本当の紙くずが混じっている。

 スクロールはすぐに判断できるのだが、小さなメモも見逃せないので大変だった。

 その点で言えば物品類のほうが早くまとめられる。

 麻薬に関しては放置すると危険なので袋に詰めていく。

 粉状だったり、固められた固形物。植物のままだったりと様々だった。

 

 一階で料理を作る間、大人しくくつろぐ仮面のメイド(ベータ)と虫メイド(エントマ)は掃除もせずに静かにしていた。

「セバス様は撤収されるとの事なので資料は私達が受け取ることになっているっす」

「その前に掃除しないといけない。お前達もご飯を食べるか? 私の手料理だが」

「頂くっす。エンちゃんはどうするっすか?」

「バスパ様のぅ手料理は頂きますぅ」

「大したものではないがな。君たちが出張っていると言う事はユリとシズは来てないだろうな?」

「……案外、来てるかもっすよ。ナーちゃんはモモンって人と一緒っすから別行動っすね」

 出来たそばからテーブルに置く。

 ナザリックの食堂よりかは質は落ちるが食べられないことは無いと自負している。

「毎日作ってるっすか?」

「外食もするけどな。気分的に作って食べることが多い」

 蒼の薔薇のメンバーは自分達でも料理は出来るようだが、食い散らかすことが多かった。

 粗野(そや)な冒険者生活の弊害かもしれない。

 貴族がラキュースだけなので食事マナーが悪い。今はクレマンティーヌを見よう見真似で綺麗に食べようとはしているようだ。

 好き嫌いは時に無さそうだが、食べる量は多い。

 

 四人分の食事を作り終えて、ベータ達に食べさせている間、残りは二階に運び込む。

 玉座を置く予定の大広間は無数の書類に埋め尽くされていた。

 主にスクロールとメモの分別作業だろう。

「夜食だよ」

「おお、ありがたい」

「……応援が要るね」

「貴族のスパイが混じるといけないから、出来る限り処理したい」

 戦闘以外でも蒼の薔薇は事務的な作業も行ってきた。だからなのか、手際は良かった。

 一階に降りると別働隊のティナとガガーラン、クレマンティーヌが姿を見せた。

「制圧完了」

「ご苦労様」

「……新しいメンバー?」

 ヤントラは改めてベータ達を紹介する。

「応援が要ると思うが、我が家が手狭になってきた。麻薬類は……、どうするんだ?」

「燃やすしかないんだけど……。煙が発生するから大変」

「七階層に捨てても換気の問題があるか……」

「毒に耐性のあるモンスターに食べさせて、それを捨てればいいんじゃないっすか?」

「召喚モンスターに食べさせて、退去の方が安全か」

「いいっすね。誰が食べるかが問題っすけど」

 話しつつ、足元の掃除を始めるヤントラ。

「わー。なんか虫だらけになってる」

 足元で潰れている虫を見つつクレマンティーヌは比較的歩けそうな場所を移動する。ガガーランは遠慮なく歩いていた。

「シモベにくっついてきたんだろう。写しは今日は無理だろう。物品整理の応援が必要だろうし、料理を作ってる場合ではないね」

「あっ、じゃあ応援を頼んでくるよ。さっきガゼフが居たし」

「そうだな。数人でやる仕事じゃないな」

 クレマンティーヌは引き返し、外に駆け出して行った。

 ガガーランも外に出るがティナは二階に向かった。

「エンちゃんだけ置いておくので私は一旦、戻るっす」

「慌しくて悪いな。急に忙しくなるとは思わなかった」

「それじゃあ、エンちゃん。虫の召喚は控えてっすよ。バスパ様もお元気で」

「ありがとう」

 軽く飛び跳ねただけでベータの姿は掻き消えた。

 

 エントマを食堂に待機させて、床の掃除を始めた。

 慌しく動く人間には気にも留めず大人しいエントマ。

 宙を飛ぶ虫は何所からともなく飛び出した糸で捕まえて食べていく。

 虫使いであるエントマは使役する以外の虫は呼び出さない。なのでシモベの中に大量の虫を内包したものが居るらしい。

 ほぼ昆虫で毒虫は今のところ居ないようだ。

 昆虫系のシモベは力が強く防御も厚いのでナザリックの防衛警備などによく使われる。

 掃除を一段落させた後、エントマの顔を見つめる。

 いつもの見慣れた顔ではなく、外出用に替えたものなのは分かったが、唇が厚い、目が少し小さいという以外は前のものとよく似ていた。

 声も確かに違うのだが、それらはヤントラとエントマの仲間しか分からないことだろう。

「ちゃんと替えてきたな」

 後は格好も変えてほしかったが、それは今さらなので諦める。

 エントマから預かった口唇蟲の餌やりを済ませ、椅子に座って軽く深呼吸をする。

「一日で終わるとは思えないが、泊まっていくか?」

「命令あるまで待機だからぁ。そうするしかないと思いますぅ」

「本来なら戦利品として持っていくつもりなのだろうが、国として取り締まる以上は品物は全て没収となるだろう。一部は元の持ち主へ返還。我々は国から報酬という形で金品を受け取る。それが正しい形だが……」

 エントマは顔をヤントラに向けてきた。

「多少は交渉してみるが、実際は面倒くさい事が多いんだよ。勝手に持っていけば後々、不利益を被るかもしれない。……既に持って行ったものは内緒にしないとダメだぞ……」

「……畏まりましたぁ……」

 両方の袖で口元を隠してエントマは言った。

 

 エントマを泊める空き部屋を選定し、居間に戻る頃には多数の応援が駆けつけた。

 無数の証拠品に埋もれたアインドラ家に一堂があ然とする。

「では、皆さんで調査してください」

「は、はい」

 外に『永続光(コンティニュアル・ライト)』を無数に配置して証拠物品の選定が開始された。

 クレマンティーヌ達は深夜営業の飲食店からたくさんの食料を買い込み、応援に渡していく。

 応援に来てくれた総数は五十人近くは居るだろうか。

「これほど賑やかになるとは」

 壮観の一言に尽きる。

「袋は麻薬類が入っているけれど、気をつけてね」

 クライムやガゼフ達も後から駆けつけてきた。

「これらはどうなるんですか? 貴族の懐に入るとか?」

「……そうなるだろうな。自分のお抱えが集めたものも入っているだろうから、適当な理由でも見繕うだろう」

「ところで……、家の裏手にモンスターが居るんですが……」

「運んでくれたシモベ達です」

 クライムの疑問にヤントラは普通に答えた。

 一部のシモベは金貨を消費して呼び出す。それらはレベルが高く、また倒されない限り消えない者が多かった。

 二足歩行する昆虫型のモンスターではあるが命令に忠実で今はひっそりと佇(たたず)んでいた。

「あれらは気にしなくていいです。戦利品として提供できる運びにはなりませんか?」

「貴族への貢物ならば可能かもしれないが……。俺はその辺は詳しくないからな」

「これでどれだけの不正が暴けるのでしょうか……」

「間違いなく横槍は入るだろう。大貴族派閥はそう簡単には瓦解できない」

 楽に利益が得られる手段は手放さないだろう。

 新たな組織の幹部を用意するかもしれない。

 それらを覆すには決定的な証拠が必要だが、大貴族達はそれを握り潰せるだけの権力を持っている。

 だからこそ後手に回る。

 不正は大貴族派閥だけの問題ではなく王派閥の中にも存在する。

「暴論ですが、いっそ全ての物品を奪われてはいかがでしょう?」

「むっ。それは……、奪われる……」

「横槍は防げそうですけど……」

 ガゼフは裏手に居るモンスターという言葉を思い出す。

「一時保管という形でなら……、多少の時間稼ぎにはなるか」

 それぞれが頭を悩ませていると兵士達がどよめきだした。

 ヤントラとガゼフ達が気づいて、顔を向けると一人の人物がアインドラ家に向かって歩いてきていた。

 清楚(せいそ)な佇まい。

 夜会巻きの黒髪。仮面をつけたメイド風の衣服を来た人物だった。

 ただ、両腕には太い棘付きのガントレットが装備されていた。

 長いスカートを静かに揺らしながら目に付く兵士達に小さくお辞儀をしていく。

「夜分に失礼致します」

 ヤントラ達の近くまで行き、軽く再敬礼する。

「ごきげんよう」

 ガゼフやクライムは相手の女性がとても美しく見えた。

 清楚で可憐だがガントレットを装備しているのだから只者ではないのだろう。

 それでも目を奪われてしまう。そんな美貌の持ち主だった。

「こちらに連れがお邪魔している筈なのですが……」

 クライムはすぐに気付いた。

 こんな夜更けに一人で居ること自体、尋常ではない事に。

 相手は武装している。

 一歩下がるクライムに夜会巻きのメイドは微笑んだ。

「よい判断です」

「エントマは部屋に居る」

 と、言ったところでヤントラは拳を掌に落とす。

「丁度いい。君に話しを通してもらいたい」

「ヤントラ殿の知り合いか?」

「アルファ……、と申します。……そちらのお話しを伺いましょう。なにやら立て込んでいるご様子ですし」

 ヤントラは家の壁際に移動し、アルファを誘導する。

 ガゼフは兵士達を見張ったほうがいいと判断した。クライムが武器に手をかけているので危険な状況が起きるかもしれないと思ったからだ。

 ヤントラが居るとはいえ、危機意識を持つのは大切だった。

 

 ガゼフ達に見える位置とはいえ二人っきりで話す事にしたヤントラ。

「エントマの帰りが遅いと思って様子を見に来たら、大変な事になっていたんですね」

「戦利品として渡すことが出来ないからだ。だが、そのまま持ち帰らせることも本来は良くないのだが、政治判断というものは難しいんだ」

 アルファは口元に手を当てる。

「今回押収したものに大した価値はナザリックには無いと思うが、持って行った方がいいのか? 書類は数日はかかるぞ」

「持ち帰られるものは回収せよとのご命令ですからね」

「それでも元々は国の財だ。逆の立場なら取り返す方法を取るだろう。妥協点を探しているのだが、これが難しい」

「妥協点ですか?」

「我々の仕事と君たちの命令を満たす妥協点だ。こちらは貴族へ打撃を与えたい。君達は命令を遂行したい」

「はい」

「ゴミを貰っても嬉しくはないだろうから、報奨金で妥協してくれないか聞いてはくれないか?」

「それは……、私が勝手に判断できることではありません」

 そうアルファが言った後にガゼフが近寄ってきた。

 彼女は特に身構えず、軽く会釈する。

 アルファの近くに行き、武器を地面に置く。

「これらの品物は貴族共に没収されるかもしれん。かといって勝手に奪われても困るのだ」

「はい」

「提出する前に王に直接、お伺いしてみようと思う。報奨金は多くは出せないが、交渉の為の時間をいただきたい」

「何度も申し訳ありませんが、それを私個人が勝手に判断する事が出来ません」

「どの道、勝手をすれば不利益が生じる。君は報告で指示を仰いでみてくれ。それからガゼフさん」

「ん?」

「敵になるかもしれないアインズ・ウール・ゴウンの慈悲である、とでも言ってみて下さい。少しは効くかもしれませんよ」

 その言葉にアルファは口元に手を当てて仮面越しの瞳を輝かせた。

「何故、ゴウン殿の名を?」

「その前にこれらは戦利品だ。それを王の判断に委ねる、ということになれば双方の益となるかもしれません」

「では、ご判断を窺いますので、返答はそれからでもよろしいですか?」

 アルファの言葉にヤントラは頷く。

 彼女は少し離れた位置まで移動する。

「精査は必要でしょうが、力ずくで奪われるよりかはましだと思います」

「あの者はゴウン殿の手の者か?」

「すみません。私も何を言っているのか分からなくなりました。仮面を付けているので詮索しない方がいいのではないでしょうか。というより装備でバレる気がするんですが……」

 考えなければならないことが多く、ヤントラとて判断に混乱が生じてきた。

 ヤントラとしては犠牲の少ない妥協点だが、うまくいくかは未知数だ。

 ガゼフとしても妥協しなければ彼女たちとの戦闘は避けられない予感がした。

 アルファは兵士を前にしても平然としている。武装から見て、相当の自信があるのだろう。

 アインズ・ウール・ゴウンの名前が出た事で犠牲の出ない戦いにはならない。兵士達に要らぬ犠牲を出すわけにはいかない。

 王に忠誠を誓うガゼフにとっても悪い話ではないのだが、戦利品として勝手に持って行かれるのは見過ごせない。

 犠牲を出してまで戦う価値があるのか、という問題にヤントラは一石を投じている。

 妥協できるはずの無い問題に妥協せざるを得ない。

 戦利品として持ち帰る相手に品物を置いてもらうには対価が必要だ。

 その為の作業をしてもらっている。

「政治的に難しい判断を突きつけられているな」

「私が提示できるのはここまでかもしれません。もう少し傲慢(ごうまん)な相手なら楽なんですけどね」

 それはつまり皆殺しを意味している。

「本来、私が口出しすべき問題ではないのでしょう。ただのお節介です」

「ヤントラ殿の意見はもっともだ。犠牲を出さない忌憚(きたん)なき意見はとても参考になる」

「ありがとうございます。それはそうと『六腕』の装備品は戦利品として欲しいですけどね」

 ヤントラは苦笑する。その後でアルファが戻ってきた。

「そちらの政治判断に委ねる、とのことでございます」

「それは、ありがたい。出来る限り、努力させていただく」

「では、そのように……。それで私の連れの下に案内して下さいませ」

 ヤントラはアルファを家の中に案内していく。

 アルファはエントマを連れて家の裏手に移動し、アルファだけが戻ってきた。

「政治判断が下されるまでは私一人が待機する事になりました。なにとぞ、よろしくお願いいたします」

 アルファはヤントラに軽く一礼する。

「分かった。エントマに与えた部屋を使うといい。お風呂も使えるが……」

「ご心配には及びません。ありがとうございます」

 そう言ってアルファは家の中に入っていった。

「……私が全ての元凶という位置に立たされている気がします」

 ふと、ヤントラはそう言った。

「んっ? いや、誰もそんなことは……」

「それは別にいいんです。どちらの意見も聞かなければならないし、妥協点を見つけなければならない。難しい役どころで身動きが取れません」

「良い判断だと私は思う」

 クライムも黙って聞いていたが頷いた。

「では、私はお風呂の様子でも見てきます。今日はお疲れ様でした」

「ヤントラ殿もな」

 ガゼフ達はヤントラを見送り、兵士達の手伝いに回った。

 麻薬類は木箱に詰めてアインドラ家の空いている庭に一時的に保管することにした。

 密輸品と思われものは新たな木箱を用意し、城に運び込む。

 貨幣も多数あったが、それは皮袋に詰めて別の木箱にまとめた。

 室内では蒼の薔薇が書類の整理を続けていた。

 ヤントラが飲み物を提供し、仮眠を交えて作業が行われた。

 一部は風呂で身体を洗う。

「暗号メモが多くて困る。王女に解読させるのも大変だろう」

「でも、半分はまとまったよね?」

「種類別にまとめてくれればいいのに……」

 メンバーの中でイビルアイだけは不眠不休に耐えられる。

 それでも作業量の多さにうんざりしていた。

 大きな組織ほど調べものは多い。その典型的な例なのだろう。

「……木箱二つ分もあるとお役所の役員を尊敬したくなるな」

「同意」

「時間が惜しい。こちらの写し終わったものを下の虫野郎に渡していいぞ」

「あいつ帰ったよ。代わりにお姉さんが居る」

「それはそれで結構だ。こちらで写しまでやるとなると数ヶ月はかかりそうだ」

 ティアはスクロールの束とメモが詰まった皮袋を持って一階に降りる。

 下では床掃除をしているヤントラが居た。

「お姉さんと話せますか?」

「こっちの部屋だ」

 行動の早いティアは部屋に入り、アルファと対面する。

 彼女はベッドに腰掛けて静かに佇んでいた。

「こちらで写しをすると物凄い時間がかかるので、そちらでやってもらえませんか?」

「丁度、シモベ達が暇を持て余していたところなので、お引き受けしてもよろしいですよ」

「暗号は私達でも解けないから、それはまた後日になってしまうの」

「……ところで、質問してもよろしいですか?」

「いいよ」

 仮面を軽く触れるアルファ。

「そうまでして急いでいるのは連れが急かしたからでしょうか?」

「うんとね。貴族の横槍が入って無理矢理没収されるおそれがあるから急いでいるの。そちらの要望にも答えたいけれど、私達にも限界があるから」

「……なるほど。そうでしたか。事情を知らぬこととはいえ、失礼致しました。では、我々も誠意に答えねばなりませんね。必ず原本はお返しいたします」

「ありがとう。解読して無いけど、暗号メモも持っていって。それはじっくり後で解いてもらうから」

「分かりました。すぐに戻ってまいりますので。原本の方は作業が終わり次第、持ってまいります」

 アルファはスクロールの束と皮袋を受け取った。

 一礼してからアルファは部屋を出る。

「精査の作業。ご苦労様」

「モンスター退治より大変だよ……。でもまだ敵は多いからね」

「あまり力になれなくて申し訳ない」

「ううん。旦那さんが居るからさっきの人に協力が仰げるんだよ。でなきゃ、殺し合いだよ」

「モンスターより貴族が討伐対象になっている気がする」

「とても強いモンスターだよね」

 二人は軽く笑ってから、すぐに作業の続きに入る。

 イビルアイが精査している中で重要と思われるものはとても少なかった。

 普通の経理や個人情報が圧倒的に多いくらいだ。

 特定の貴族とのやりとりや犯罪に繋がる指令書もなかなか出て来ない。

「書き残すヘマはやらないか……」

「圧力をかけるためなら証拠を残しているかもよ」

 組織は潰した。だが、替えの効く組織だ。

 新たな幹部をあてがわれれば『八本指』は復活してしまう。

 サキュロントがすぐに出されたのだ。相当な権力を持っている奴が居るだろう。

「あっ!」

 イビルアイは叫んだ。

 今まで忙しくて忘れていた事を思い出した。

「どうした?」

「……リーダーに頼もう。私ではダメだ」

「………」

 ティア達はしばし沈黙した後、揃って納得する。

「その手があったか」

 ティナは一階に向かって駆け出した。

「……旦那さん、書類はリーダーにも手伝ってもらえないかな? 元貴族だし、わりと詳しいはずだから」

「また彼女が来たら頼んでみるよ」

「イビルアイを誉めてあげてね」

「分かりました」

 作業自体は続けられることになっていた。

 これまでに集められた証拠の大半が握りつぶされるだろうという予測が立てられている。それでも自分の国の現状を把握したいと蒼の薔薇は思っていた。

 

 数十分後にアルファが再度、姿現す。

「我々の証拠書類はおそらくは大半が握りつぶされるだろう。君達に預けるのは不本意かもしれないし、君たち自身の手によって処分されるかもしれない」

「今後の交渉材料とかでね」

 イビルアイはアルファを居間に招(まね)いて説明する。

「権力闘争とは無駄にするものが多い。かといって一方的に言いなりにもなれない」

「はい」

「リーダーの知恵を借りたい。人間社会は君たちから見れば滑稽なものかもしれないが……」

 イビルアイの言葉にアルファは首を横に振る。

「誠意ある対応を示す相手に敬意を表すのは道理。それに解読にも時間がかかることは承知しております。握りつぶされると分かっていても仕事に対する熱意は尊敬に値します」

「原本は写しが完了したものだけ渡してほしい。提出しなければならない。精査はリーダーに任せよう。半分は奪われたか、処分されたとでも言っておく」

「では、そのように」

 イビルアイは大雑把に分けた皮袋を用意した。

 膨大な資料ということで一メートル四方の木箱と同じくらいの大きさになった。

「ゴミも入っていると思うが、申し訳ない。よろしく頼む」

 アルファに深く頭を下げるイビルアイ。

「畏(かしこ)まりました。そちらの期待に答えられるよう、取り計らいます」

「写しにかかるコストはどれくらいだ?」

 と、ヤントラが尋ねた。

「見た感じでは金貨一万五千枚ほどかと……」

 それを聞いたイビルアイ達はビックリした。途方も無い金額に聞こえたからだ。しかし、ヤントラは涼しい顔で何度か頷いていた。

「なら私の財で賄(まかな)おう。……デルタと呼ぼうか」

「はい」

「デルタに持ち出しの許可を与えてくれ」

「承(うけたまわ)りました」

「使い道が無いと思っていたが、貯めといて良かった」

「……ですが、よろしいのですか? こちらは何も提供できませんよ」

「見返りのためではないよ。自分でも混乱はしているさ。とにかく、後はよろしく頼むよ」

「はい」

 一礼した後、苦も無くアルファは荷物を持ち退出していった。

 

 本来ならば自分たちでやらなければならない仕事なのだが、貴族が裏で手を引いていると分かっているので歯がゆかった。

 兵士達がどれほど努力しても彼らは無に帰してしまう。

 イビルアイとて得体の知れない相手に頼みたくはない。

 俯(うつむ)く彼女の頭をヤントラは撫でた。

 ティア達は一万五千枚という金額にまだ驚いていた。

「旦那さん、一万五千枚って……?」

「思っていたより安かったね。三万枚は覚悟していたが」

「安くないよ!」

「……こちらの貨幣ではない、ということか?」

 イビルアイの言葉にヤントラは頷いた。

 アインドラ家の現在の資産は金貨四万五千枚。それから一万五千枚を出すのはただ事ではない。

「向こうの資金は割りと豊富だからね。こちらの金貨に影響は無いから」

「それでも凄い金額だと思うけれど」

 流通すると経済が破綻(はたん)するのかもしれないとイビルアイは思った。

 アイテムも秘密にするほどなのだから。ヤントラの本来の資産も凄いのかもしれない。

「今の私にとっては君達の為に使えるのは本望だと思うけれどね。まだ外の仕事も残っている。私に何か手伝えることはあるかい?」

「二階の掃除だけ。後は休んでください。一階は我々がやりますから」

「分かった。……自分だけなら資金もそうそう減らないと思っていたが、こうまで賑やかになるとどれだけ消費したんだろうか」

「必要経費は出してもらうつもりだ」

「銅プレートの収入を超えてるもんね」

「……旦那さん、ありがとう」

 ティアはアインドラ家の資産が一年以内に無くなってしまう気がした。

 必要な資金として提供してくれるのだけれど、申し訳ない気持ちはあった。

 仮にヤントラが居なければ仲間が何人も死んで多数の経費がかかっていたかもしれない。

 人的被害から見てもヤントラには御礼をしなければいけないだろう。

 身体で払うとしても『真蒼の薔薇』の件は真面目に考えた方がいいのかもしれない。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 二階の掃除を終えたヤントラは自室で仮眠を取ることにした。

 元々、掃除を始めたのは鍛錬の一環だった。

 身体を清めて精神を統一し、感覚を研(と)ぎ澄(す)ませる。

 今では女体観賞(にょたいかんしょう)と化している。煩悩全快(ぼんのうぜんかい)の特殊技術(スキル)。

 完全に男性であったならカルマ的にも酷い展開になっている気がする。というか自分のカルマは今はどうなってるんだろう。

 極悪くらいにはなっているのかな。善人とは思えない。

 このところの活躍から中立か善の間かな。

 気がつけば熟睡しているヤントラ。

 その間にも外は慌(あわただ)しく、作業は続けられていた。

 寝ているヤントラのベッドを揺する者が居た。しかし、熟睡していた為に数分は無反応だった。

「……完全に寝てるよ、この人」

「緊急事態だ。起こせ」

 ベッドのすぐ側で何者かが囁(ささや)くがヤントラは軽く寝返りを打つ。

 ごっ。

 という音の後にヤントラはベッドから転がり落ちる。

 剣などの柄(え)で殴りつけたらしい。

「……ってーな……。何だ……」

「すみません。緊急事態です。至急、支度を整えて外に出てください」

「イビルアイ殿に言われて来ました」

 その声は聞き覚えの無い男性のものだった。

 完全に眠っていたところを起こされれば不機嫌にはなるが緊急事態と言われれば仕方ない。いや、もう少し起こし方を考えてほしかった。

 眠いのを堪(こら)え、上体を起こす。

 窓の外が赤く輝いていた。うっすらと焦げ臭い。

 自宅でも放火されたのだろうか。

「王都内に悪魔が現れ、街を襲っています」

「敵は『ヤルダバオト』と名乗っているそうです」

「……悪魔の名前ですか?」

「はい」

 そんな名前の知り合いは居ない。

 ヤントラは首を軽く左右に揺らし、簡単な運動を始める。

 何事も準備運動は必要だ。

「ふー。新たな敵の予感ですね」

「とにかく悪魔が召喚したと思われるモンスターが各地に溢れかえっています」

「すぐ行きます。外の人達はどうしました?」

「各地に散らばりました。避難誘導と同時にモンスターの討伐も始まっています。どうやら、話し合いに応じなかったようです」

 兵士達は次の現場に向かうため、部屋を後にした。

 

 悪魔が街を襲う。心当たりはあるが、もう少し寝かせてほしかったな。

 無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)を顔にかけてさっと顔を拭う。そして、悪魔ということなので炎や精神耐性の防具を身にまとう。

 身支度を整えて一階に降りると兵士の姿が多くあった。

 避難所にされているようだ。彼らに家を荒らされるわけには行かないので大事な物は全てアイテムボックスにしまう。

 大事なものと言っても書類の一部くらいしか無いのだが。

 彼らを無視して外に出ると燃やされた家が目に入る。周りには確かにモンスターが居た。

 悪魔系というような禍々(まがまが)しいモンスターが無数に見えた。

「……ここまで大規模だと……、対処が難しいな」

 外で作業していたはずの兵士の一部はどこかに行ってしまったのだろう。木箱の選定を途中で放り出している。

 蒼の薔薇も見当たらない。モンスターの討伐に向かったのかもしれない。

 急に一人になった気がした。

 ソロプレイヤーとしては当たり前の光景だろう。

 一つ深呼吸する。

 悪魔系。女淫魔(サキュバス)が居たらいいな。

 煩悩は戦いの糧(かて)だ。

 ふと木箱の中身が散乱していることに気付いた。

 襲われたのだろうか。

 死体は無いようだから、どこかに移動したのだろう。というか家の中だったな。

 『飛行(フライ)』で上空か観察することにしよう。

 リ・エスティーゼ王国の城が炎の壁に囲まれている。我が家もその中にあるようだ。

 悪魔系のモンスターを呼び寄せるだけならまだしも、家を焼き、人を襲うのは尋常ではないな。

 カルマが悪に傾いている気がする。

 軽くため息をつき、後ろを振り返る。

「こんばんは」

 軽い挨拶をしてくる存在が居た。

 感知や探知、特殊技術(スキル)が無くとも感じられる気配というものがあり、予感めいたものが教えてくれた。

 空を飛び、仮面を付けた存在。背には蝙蝠(こうもり)に似た翼と鱗に包まれた尻尾が生えている。

 背広を着ている紳士風の男性、という印象を受ける。

「……聞くまでも無いと思うが……、お前の仕業(しわざ)だな」

「それは心外(しんがい)です。あれらはただ召喚されたに過ぎません。人間を襲うように潜在的に命令された、悪魔……といったところでしょうか」

「……ヤルダバオトはお前の名前で合っているのか?」

「作用(さよう)です。私はあれらを呼び出したアイテムを探しています。人間どもに奪われたので探すのに苦労しております」

「お前たちを呼び出したのが……、それがアイテムなら『アーマゲドン(最終戦争)なんとか』という魔法を発動させるものの筈だ」

 仮面のヤルダバオトはかすかに顔を動かす。

 正式名称は忘れたが、大量に悪魔を召還するアイテムは存在する。

 それを作っていた人物も知っている。

「何者かがどうやってか使用したらしく、あれらを目印として回収しに来た次第でございます」

「そのアイテムを探しておこう。……あとあの悪魔たちは片付けてもいいんだな?」

「出来るものであれば、どうぞ、お好きに」

「……私もとんだお人よしだな……。女子供は殺すな……、という命令は聞きそうに無いな」

 世界を蹂躙する。

 それを立て続けにされれば冒険する意欲が無くなる。

 どちらが早く挫折(ざせつ)するだろうか。

 きっと自分が早いんだろうなとヤントラはため息をついた。

「……もう一つ、その名前……。知る人が聞いたら一発でバレるぞ」

「そうですか? 割と気に入っているのですが……」

「ヤルダバオトには別名があるんだ。自分の名前の由来くらい聞いて……。……ウルちゃん、ちゃんと教えてやればいいのに……。とにかく、君と戦うのは都合が悪そうだ」

 そう言ったがヤルダバオトは何も言わなかった。

 仮面では分からないが、どんな顔をしているのだろうか。

「……もし牧場経営しているのなら様子を見に行ってもいいかな、と君の知人に会ったら聞いてみてくれ。あと、女淫魔(サキュバス)を……。いや、いい」

「そのような人物が居れば……、伝えておきましょう」

 そう言ってヤルダバオトは飛び去った。

 その後、地面に降り立つヤントラ。

 どちらが自作自演をしているんだか、とうんざりする気持ちに頭を悩ませる。

 八本指の拠点を襲う手伝いに来たとは思えない。元々、王都を襲撃する計画があったのだろう。

 つい『女淫魔(サキュバス)』をくれと言ってしまいそうになったが、もらったとしても置き場所に困るな。

 問題のアイテムは発動したところでたいした悪魔は召還されない。

 それが王都のどこかにある、となると探すのは大変だ。

 アイテム名は『はかいのかみ』とひらがなで付けられていた気がするな。

 思っていたものと違う、というので捨てられてしまったゴミアイテムだったはずだが。

 発動すると無秩序に暴れる悪魔が召還されるだけの代物だ。

 忙しい日常は悪くは無いが、安眠妨害は許せないな。

 ヤントラは駆け出し、双剣を抜く。

 まずは蒼の薔薇と合流しようと考え、目の前の悪魔たちを切り伏せていく。

 さすがに『ケルベロス(三つ首の地獄の番犬)』は見当たらない。

 高位の悪魔が居ればヤントラとて苦戦は必死。

 守りながら戦うのは得意ではないが、頑張るしかないだろう。

 戦っていた兵士に蒼の薔薇の居場所を尋ねると王城の一角を示された。

「危険だと思ったら下がってください」

「はい」

「ご武運を」

 悪魔を数撃で仕留めるヤントラに声をかけて、それぞれ別の場所に移動する。

 

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