※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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E-2 悪魔討伐

 急な悪魔の襲撃に一部の冒険者に緊急招集がかかり、王城の一角にある広場に集められていた。

 銅からオリハルコンまで。たくさんの冒険者の姿は圧巻だった。

 八本指の壊滅で安心したところを攻められたので意表を突かれる結果となってしまった。

 前触れも無く悪魔『ヤルダバオト』は現れ、一方的に襲い始めた。

 まだ日が明けない深夜にもかかわらず、集めた冒険者に檄(げき)を飛ばす人物が居た。

 『黄金』の二つ名を持つ『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』だった。

 彼女のそばには蒼の薔薇の面々が控えていた。

 説明は彼女達に任せて悪魔の討伐を優先しようかと思って振り返ると髪を黒く染めたクレマンティーヌが手を振ってきた。

「こっちだよ、ご主人」

「一緒には並ばなかったんだ」

「さすがに不味いっしょ。悪魔がたくさん出てきたけど、あれらは殺して良いよね?」

「いいよ。王都はいつもこんな調子なんだろうか」

「楽しい国で私は好きだよ。そうだ、ご主人。剣とメイスのような殴打武器を貸して。悪魔相手には刺突武器だけじゃあ苦戦しそうだから」

 神聖属性などが付与された細身の剣とメイスを出した。

「上等。私のスティレット二本あげる。割りと丈夫だし。魔法蓄積(マジックアキュムレート)の魔法付与も施(ほどこ)されている一品。一度に一つだけだけど、色々と試してみるといいよ。ちなみに『火球(ファイアボール)』と『人間種魅了(チャームパーソン)』がかかってるけど、『道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)』とかしてもらった方が使い方が分かるかもしれない」

「ありがたく受け取っておくよ。無茶はしないように」

「はーい」

 互いの武器を交換し、クレマンティーヌは悪魔を討伐する為に移動した。

 彼女を見送ったすぐ後に現場がどよめいた。

 イビルアイに連れられて出てきたのは黒い全身鎧をまとう見知った戦士だった。

 さすがにヤントラも他人事ではない気がして隙間を縫うように前に向かった。

 人の間を縫う必要は無い事に気づいたヤントラは『飛行(フライ)』で飛び上がる。

 近くに居た冒険者は驚いたが無視することにした。

「あっ、ご主人! 来ていたのか」

 黒い全身鎧(フルプレート)の近くに降り立つと剣を構えた黒髪のポニーテールの剣士が立ちはだかる。

「エ・ランテルに居るはずの君が何故ここに?」

 剣士に手を向けつつ話しかけた。

「ある貴族の護衛任務で来ただけだ」

「ご主人、こちらの戦士と知り合いか?」

「ちょっとね。質問続きで悪いが答えてもらうよ」

 そうヤントラが言うと黒い全身鎧は少しだけ唸ったようだ。

「君に暴言を吐いた仕返しではないのか?」

「ん……。それは無いな。済んだことだ」

「吸血鬼騒動は結局、どうなった?」

「無事に解決した」

 ヤントラはわずかに眉根を寄せた。しかし、過ぎたことならば自分はこれ以上言うことはないし、資格も無いだろう。

「おい貴様! 何なんだよ!」

「誰だ、あいつ」

 他の冒険者がヤントラに罵声を飛ばし始める。

 ヤントラは彼らの言葉は露(つゆ)ほどにも感じない。

「モモン様。ご主人と何か因縁でもあるのですか?」

 イビルアイの質問に黒い全身鎧の冒険者モモンは小首を傾げた。

「ま、まあ多少は……。それより先ほどから気になっていたんですが……『ごしゅじん』というのは?」

「我々『蒼の薔薇』のメンバーが彼の家を借りているので、自然にそう呼んでいるのです」

「リーダーの旦那さんですから」

 ティアの言葉に他の冒険者達がまたどよめいた。

「ラキュースの旦那だと!?」

「そんなことは今はどうでもいいだろう!」

 イビルアイは叫ぶ。

「漆黒の英雄モモンと美姫ナーベに比べたら名声は無いに等しいが、いずれは上に来ると私は信じている」

 力強いイビルアイの言葉にヤントラは苦笑した。

「『漆黒の英雄』?」

「エ・ランテルではそう呼ばれているらしいよ、旦那さん。この人達はオリハルコンのプレートだけど、今回活躍したら王国の三組目のアダマンタイト級冒険者になるかもね」

 ヤントラはふとモモンの首にかかっているプレートを見るとミスリルとは違う色が見えた。

 深夜ではあるが『永続光(コンティニュアル・ライト)』のおかげではっきりと色の区別が出来る。

 吸血鬼騒動を解決した事により一段階ランクアップし、今はオリハルコン級冒険者。

「それより旦那さん。いつにもまして重装備だね」

「悪魔討伐の為ですから」

 ヤントラ達の下にラナー王女と白銀(ミスリル合金)の鎧をまとうクライム。王国戦士長ガゼフが近づいてきた。

「敵はヤルダバオトというそうですが、ご存知ですか?」

「さっき会いました。アイテムによって召還された悪魔、にしては強そうでした。たぶん嘘かもしれません。人間に真実を言う保障もないですから」

「イビルアイさんやモモン様も本人から聞いた内容と一緒のようですね」

「ヤントラ殿はそのアイテムに心当たりがおありか?」

「同じものかは分かりませんが、心当たりはあります」

「はぁ!?」

 他の冒険者が叫んだ。すぐにラナーが手を上げて制する。

「転移により飛ばされたのかは知りませんが、悪魔を召還するアイテムはあります」

「こちらで捜索を試みるので、どんな形をしていますか?」

「そのまんま悪魔の人形ですから、見たら分かると思います。小さい物で六本の腕があり、手に宝石を持っています。その宝石が召還アイテムなのですが……。効果は悪魔召還ですが、これが厄介なことに言う事を聞きません。悪魔だからなのかは分からないですが、出てきたものは倒してしまうしかないですね」

「ヤルダバオトも倒さなければなりませんか?」

「見た感じでは……、アイテムを回収する為に派遣されたようですから。見つけてあげればいいのではないかと。悪魔は人間を家畜と思っていますから、交渉はせずにアイテムだけ渡して去ってもらったらいいです。それでも向かってきたら戦うしかありません」

「なんでお前がアイテムの事を知ってるんだよ」

「知らないと言ったところで詰問(きつもん)されると思うので……。私は銅プレートの冒険者。信用がありませんから」

 ヤントラは冒険者達にそう答えた。

 銅プレートは信用ならない。

 それは銅以上の冒険者であれば誰もが思う差別的なものだろう。それを逆手に取られれば何も言えなくなる。

 言った以上は疑わなくてはならない。では、知っている事を疑うにはどうすればいいのだろうか。

 その答えを持っている者は誰も居ない。

 ラナーは頷きつつ感心した。

 冒険者が黙ったところでラナーは口を開く。

「それはマジックアイテムでよろしいのですね?」

「はい。ヤルダバオトは貴重なアイテムを奪われたので取り返しに来た、と言ってましたね」

「ですが、返しても意味が無い。敵同士だ、みたいな事を言っていたぞ、ご主人」

 ヤントラは苦笑する。

「じゃあ、戦うしかないね。仲良くする気の無い敵は殺せばいい。モモンさんも文句は無いよね?」

「ん……。あ、ああ。向こうが戦う気なら、倒すしかないだろう」

「ご主人の実力を疑うわけではないが、ヤルダバオトと戦えるのはモモン様が適任だと思うのだが」

「じゃあ、任せました」

「えっ?」

 ヤントラの即答にモモンは驚き、イビルアイは少しだけ苦笑する。

 即答するだろうと思っていたからだ。

「私は名声とか要らないですから。手柄は欲しい人にあげますよ。それから、皆さん。命は大切にしてください。無理だと思ったら撤退してください」

「言われなくても!」

「というか、ヤルダバオトとグルなんじゃねーか」

「やたらとアイテムに詳しいのはどうしてだ」

 その意見にモモンが焦るが標的はヤントラだった。

「異邦人なので。知っているアイテムがあったとしても否定も肯定も出来ません。私が戦争で大勢死ぬから兵士の数を減らしてくださいとお願いしても起こっていない悲劇に誰が信用してくれるのでしょうか? 無用な争いを避けたいのに協力者は少ない。私はただ聞かれた事に答えるだけです」

 集まっていた冒険者に聞こえるように丁寧にヤントラは言った。

「グルという話しですが……。そうですね。否定も肯定もしませんよ。というよりは……、出来ないんです」

「なんだと!?」

「信用に足る説明が。行動で示すことも出来ない。八方ふさがりと言ってもいいでしょう」

 真実は残酷である。

 モモンが居る手前だろうが構わないのだが、自分は何をしているのだろうと思う。

 八方ふさがりは嘘ではない。冒険が今、詰んでいる。

 ここで死んだところで意味も無い。

 本当にムカつく。

「皆様! ヤントラ様の『生まれながらの異能(タレント)』能力が真実であるならば疑いようの無い情報ばかりなのです」

 ラナーは大きな声で言った。

 モモンは『生まれながらの異能(タレント)』という言葉を聞いて首を傾げた。初耳だったからだ。

「嘘ならば信じないことです。彼の言葉が嘘か誠かは己の目と耳でご判断されれば良いことかと存じます」

「そもそもグルだという証拠をどうやって示すのだ?」

 イビルアイの言葉に他の冒険者から意見は出てこない。

 蒼の薔薇としてはヤントラと悪魔は知り合いでも不思議は無いと思っている。

 数多(あまた)の異形の知り合いが居て、悪魔も確か含まれていたはずだ。だから、それはそれで仕方が無いだろう。

 アインズ・ウール・ゴウンの元には尋常ならざるモンスターが居るのだ。

 その中にあって人間の味方をしてくれるのはヤントラしか居ない。

 今回は人間から異形までの全てが敵になっている。

「とにかく、悪魔を召還するというアイテムは捜索隊を使って探します。皆様方は召還されたモンスターを駆除してください」

「ご主人が信用ならないという意見はあるだろう。だが! ヤルダバオトはモモン様が相手をしてくださる。それならば文句は無いだろう」

 イビルアイの紹介を受けたモモンは腕を組んで佇む。

「私では歯が立たなかった相手だが、ヤルダバオトはモモン様を警戒していた」

「この御仁よりは役に立ってみせよう」

 背中のグレートソードを空に向かって突き上げるモモン。

 イビルアイや他の冒険者達が歓声を上げた。

「では、他に聞きたい事が無ければ悪魔を掃討しに行きますが……」

「ヤントラ様の情報が真実であったら、ラキュースの名誉回復に尽力させていただきます」

「ありがとうございます」

「お前さん。敵の難度(なんど)も判明してないのに突っ込む気か?」

「なんど? って何でしたっけ?」

 いざ行こうとしたところを止められてしまった。

「敵の強さの基準みたいなものだ。高ければ強い。低位のモンスター『地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)』が十五くらいだそうだ」

「旦那さんが倒したというゼロが八十から九十くらい。……っていうか旦那さんってどれくらいの難度なんだろう。相当、上だよね」

「……一つ一つ難度を確認できないと思うので、とりあえず片付けていきます」

 難度十五と九十の違いがいまひとつ想像出来なかった。

 小鬼(ゴブリン)か竜(ドラゴン)くらいの差なら判る様な気がした。

 普通に召還できるモンスターは大抵が雑魚、というくくりしか出来ない。

「難しいことは判らないんで……、では、皆さん。ご武運を。気をつけて下さいね」

「ティア達も一緒に行こうか?」

「いや。手分けして行動した方がいいだろう。既に一人、頑張っている人が居るし。では、皆さん、失礼します」

 ヤントラは会場を降り立ち、駆け出す。

 盗賊(ローグ)系を修めているヤントラの敏捷は並みの戦士よりも早い。一分も経たずに姿が見えなくなった。

 移動しつつ召還されたモンスターが何処に居るのか探さなくてはならない。

 一部の区画を囲む炎の壁は触れても燃えない。それは実際に触れている建物が無事であるためだ。

 顔を守る仮面をつけて、『天召バルディッシュ』を持ち、駆け出す、ところだが止まることにする。

 かっこよく立ち振る舞いたいところだろうが、なんかつまんない。

 ヤントラは自分でも分かってはいる。何をしているのか、と。

 多くの冒険者に悪い印象を与えて、あまつさえヤルダバオトとグルになるようなことを言っている。いや、肯定したのかもしれない。

 睡眠不足からくる苛立ちかもしれない。

 チームプレイの苦手なヤントラが他人を気にして敵と戦う。それはとても面倒くさい。

 守るものが居ない方が楽だろう。

 今は守りたいものがたくさん増えている。

 支援はありがたいが雑魚を殲滅するのに仲間は要らない。

 一般市民にも被害は出ているのだろう。それらを守るために武器を奮えば良いのか。

 今の自分は誰かを守らなければならないのか。

「困っているものに種族は関係ない」

 そう言っていた人物が居た。

「それは仕事なの?」

 数年前にヤントラは憧れの存在に尋ねた。

「仕事だと様々な制約がかかる。だから、これは私のやりたいようにやっている結果だ」

「たっちお兄ちゃん……。それかっこいいセリフだと思ってるでしょ」

「正義の味方は歯の浮くセリフくらい言うものだ」

「……アバターの顔が凶悪過ぎて説得力ないよ」

 悪の組織に改造されたが子供達のヒーローとして活躍する主人公をモチーフにしたアバター。

 ヒーローというよりはダークヒーロー。悪には容赦しない。

 ゲームのたっち・みーではなく現実の方の彼に憧れを持っている。

 アバターがなんであれ、中身が重要なのだ。

「……私の中身は煩悩にまみれている。ただ、生を謳歌したい。それだけかもしれない」

 それしか無いのかも知れない。

 早死にはしたくない。正直なところではまだ生きていたい。

 それを許さないのが様々な選択肢だ。

 『苦難』を選んでいる内はまだ前に進める。だから、選び続けなればならない。

 ヤントラの選択肢は無数にある。

 『苦難』の他には『絶望』や『忘却』も入っている。

 希望と幸福というものはそもそも存在しない。

 それらは全て『死』と同義だからまとめられてしまっている。

 それを選べば冒険の終了だ。

 様々な死のイメージは決して無くせない。

 運命に抗うこと。それはこの世界で一生を終えること。

 そのためにはやはりアインズ・ウール・ゴウン(モモンガ)が邪魔だ。

 順調な冒険を進める最大の壁と言っても良いだろう。

 名声や仲間など要らない。

 欲しいのは未知の冒険だ。それだけあれば充分かもしれない。

 自分は煩悩にまみれた冒険者でいい。

「……ただひたすらに駆ける」

 先ほどまでの雑念を捨ててモンスター退治に集中する。

 炎の壁をくぐる。

 そこは戦場だった。

 家が燃やされ、家屋が破壊されている。

 銅プレートをかがける冒険者達が市民の捜索と避難誘導をしている。

 辺りを鉄以上の冒険者が警戒し、ミスリルが彼らを護衛する。

 今回の作戦にはオリハルコン級も参加しており、遠くで戦っているもよう。

 ヤントラは駆け出しながら『生命感知(ティテクト・ライフ)』で救助に当たる冒険者に指示を飛ばしつつ敵の下に向かう。

 『早足(クイック・マーチ)』はもはやお気に入りとなってきた。

 前方に『地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)』が十匹近く見えた。

 更に身体の大きい『上位地獄の猟犬(グレーター・ヘル・ハウンド)』の姿も見えた。

 それらと戦う冒険者とケガをして避難する冒険者。

 混乱する戦場が目の前に広がる。

 それはとても心躍る風景だ。

 ヤントラの実力はパーティの基準からすれば役立たずの部類だ。

 盗賊(ローグ)系なのに諜報が苦手。盾になれるだけの防御力もなく、魔法支援も貧弱。

 攻撃力も心もとない貧相なものばかり。

 出来ることは戦場を乱したり、囮くらいだろう。

 いくらたっち・みーに実力を認められていようとも所詮はソロとしての実力。

 パーティにとってはお荷物でしかない。

 だからこそギルドメンバー入りを望まなかった。

 異形種に転職するアイテムも使わなかった。

 もし、仮に異形種へ転職するなら天使を選ぶだろう。

 あと、異形種でプレイするほど当時はそれほど魅力は持っていなかった。

 他人のプレイで満足していたのだろう。

 駆け抜けざまに回復魔法を唱え、敵勢力を切り崩す。

 召還されるモンスターで脅威なのは魔法を得意とする者だろう。

 地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)も炎の吐息を使ってくるが、さほどの脅威も無い。

 敵勢力覇少ない数の相手だと寄ってくる性質を利用し、片付けていくが距離を取られるのと追うのは体力の無駄遣いに当たる。

「皆さんは市民の救助に」

 瞬く間に敵をほふる存在に頷きつつ他の冒険者は移動していく。

 モンスター討伐以外にも仕事はある。それを理解しているものは行動が早い。

 妻より借りている『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』を取り出す。

「おお……」

「あれはラキュース殿の」

 後ろでの歓声を無視して離れた敵を攻撃する。

 MPは多いほうではないので乱用は出来ないが、守りながら戦うのはやはり大変だ。

 上位地獄の猟犬(グレーター・ヘル・ハウンド)程度で足止めを食らっているわけにはいかない。

 敵を殲滅し、次へ向かう。

 出会う冒険者は傷つき、魔物に立ち向かう。

 それらをヤントラは癒しつつ迎撃していく。

 とても非効率的な気がする。邪魔者が多すぎる。

 途中でバリケードを作り、悪魔の侵攻を防ぐもの達が居たが、構わずバリケードを乗り越え、モンスターを駆逐していく。

 背後に居る冒険者に回復魔法をかけて、次へ行く。

「今の誰だ?」

「すげー」

 そんな声も敵に集中しているヤントラには届かない。

 睡眠不足と空腹が集中力をかき乱し始める。

 空腹は保存食でどうにかなるが、睡眠不足は厄介だろう。体力が減る。

 人間種が恒久(こうきゅう)的に戦うには睡眠不要のアイテムが必要だ。

 長いボス戦において必須アイテムだが、冒険の邪魔になると思って、ナザリックに置いたままだったと思う。

 思う、というのは確認しそこねていたからだ。

 装備部位に限りがあるので用途に適した場所により変えていた。

 もう少し敵が溢れている場所まで行かないと休むに休めないだろう。

 気休め程度に食料補給を済ませ、移動する。

 『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』と顔に付けていた仮面はしまうことにした。意識が乱れているとどこに飛ぶか分からないから。

 途中に点在する冒険者に回復魔法をかけているうちに蒼の薔薇のメンバーが合流してくる。

「旦那さん、無事?」

「眠くて、困る」

「あらら」

 来たのはニンジャの双子。後方にはガガーランの姿もある。

「悪魔たちは人をさらっているらしい。君たちも救助の手伝いを」

「了解、ボス」

「……のんびり冒険も出来やしない……」

「立て続けに事件だもんね。では、行ってきます」

 双子はすばやく次の現場に向かった。

 

 頑張っている彼女達の為に少しでも報いてやるのも家主としての責任かもしれない。

 モンスターより睡魔の方が強敵だった。

 あと一時間以内に片付けなければ途中で倒れそうだ。

 少し進んだところで巨大なモンスターが空から降りてきた。

「でっかいのが来たな」

 三メートルほどの大きさで山羊の頭蓋骨をかぶり、背中には蝙蝠の翼のような羽。身体は筋肉質であり爬虫類の鱗。長い尻尾。手には巨大な大金槌(モール)を持っている。

 『鱗の悪魔(スケイル・デーモン)』

 軽く呼吸を整えてから『飛行(フライ)』を唱える。

 バルディッシュを肩に担いで、特攻する。

 大金槌の猛攻をガントレットで迎撃する。

 辺りに響く金属音。それだけで全てのものが静止する。それは人間だけではなく悪魔などのモンスターも。

 通常であれば人間の手が砕ける攻撃だが普通ではないヤントラは対等以上に渡り合う。ストライカーの一撃とはいえ軽い人間であるヤントラには少し不利だったようだが、すぐさま再迎撃に移る。

 強いモンスターと遊んでいるわけにもいかないので、さっさと勝負をつけることにした。

 身長差があるので一撃とはいかないが、倒せない相手ではない。

 ナザリックに居る『魔将(イビルロード)』クラスでもない限りは。

 そこらのモンスターとは違い、身体が硬い。

「……弱体化か……」

 まだ少し余裕がある筈だが、素のままでは苦戦しそうだとヤントラは判断する。

 地上に降り立つ、ついでに辺りに居た者達に回復魔法をかける。

 魔法もそうそう使えない状況になってきた。

 寝不足さえなければ判断力も少しは高かっただろう。

 一旦、バルディッシュをしまい、無防備になる。

 少し精神統一しようとすると前方から炎の吐息が襲ってきた。

 炎耐性の外套をまとい、身を包む。

「もうひと頑張りしますか……」

 手には複数のスクロールがあり、それらをばら撒く。

 ばら撒かれたスクロールは次々と燃えてなくなる。

 飛行(フライ)のスクロールを燃やし、巨大モンスターに一気に詰め寄る。

 ガントレットの一撃に対応できなかったモンスターは腹部に打撃を受け、身体をくねらせる。それからすぐにヤントラがモンスターの頭部に一撃を見舞って地面に落とした。

 そのまま『魔剣キリネイラム』を取り出してすぐに投げつける。

 驚異的な腕力によるものか、モンスターの背中に易々と突き刺さる。そのまま剣を引き抜き、新たなスクロールを抜き出すのと同時に傷跡に手を突き入れる。

 モンスターの身体の中に灼熱の魔法が放たれるが、それで攻撃は止まらない。

 キリネイラムを振りかざし、モンスターを横凪に吹き飛ばすように攻撃した。

 決して反撃を許さないヤントラの攻撃。

 弱い部位を狙い、モンスターの身体を解体していく。

 確実に当て、確実に身体の体積を減らす。

 キリネイラムからバルディッシュに変更し、叩きつけるようにモンスターの身体を滅多切りにしていく。

 中位モンスターだけあって丈夫な身体をしていた。

 少し時間がかかりすぎるのが厄介だ。

 最後に遠心力を生かした一撃を頭部に叩き込む。

「……これはまずいな……」

 残った部位に『魔法の矢(マジック・アロー)』を叩きこみつつ、他のモンスターの元に向かう。

 モンスターの数が増している気がする。

 何者かが召還しているのか、低位と中位がほとんどとはいえ討伐がはかどらない。

 持久戦は睡眠さえ取れれば得意なほうだが、今は急ぐ必要がある。

 スクロールもあまり消費するわけにはいかないし。

 ヤントラが目指すのは敵地のど真ん中。

 一番、モンスターが多く居る場所だった。

 冒険者を狙う者はミスリル級、オリハルコン級に任せても大丈夫だろう。

「ご主人。ご苦労様ー」

 暢気に声をかけてきたのは黒髪のクレマンティーヌだった。

 ところどころ火傷を負っていて、片目が潰れるほどの引っかき傷。そこから血が垂れていた。

 武技を持つ彼女も苦戦していたことは分かった。

「結構……、苦戦したよ。さっきのデカブツ、よく倒せたね。さすがだよ」

「君も随分と頑張ったようだね」

 見れば左腕が二の腕から先が食い千切られたように無くなっていた。

 武器を収める場所には彼女の左手首だけが武器を握ったまま納まっている。

 

 スクロールの『大治癒(ヒール)』や回復魔法で回復させ、彼女にポーションも飲ませた。

 布巾で血にまみれた顔を拭く。

 念のためにオリハルコン製のガントレットも渡した。

「信仰系が居ないとつらいって思ってたところだよ。これでまだ少し頑張れそう」

 再生した左腕や目の具合を確かめる。武器を握っていた手首は防具を回収した後は後方に投げ捨てられる。

「敵の中心地は分かるかい?」

「敵地はもう少し先だねー。物凄く強そうな黒い鎧を着たモンスターを一匹見かけたよ。見慣れない奴だったけど」

 一体で居るモンスターは大抵が強者に含まれる。

「君は他の冒険者の援護を。無理して敵地に飛び込まないこと」

「そうだね。敵も強くなってきたし。一旦、彼らの護衛に着けばいいんだね?」

「頼むよ」

「りょーかい。ご主人も気をつけてね。愛してるよー」

 投げキッスするクレマンティーヌ。

「ありがとう」

 受けたキスを自分の唇に当てつつ苦笑するヤントラ。

 すぐにお互い、それぞれ駆け出していく。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 敵の大部隊が集結するところに向かうと太鼓が鳴らされた。

 何かの合図なのだろうが、ヤントラは分からなかった。

 随分と離れたところから聞こえたので駆けつけることは難しそうだった。

「ご無事かヤントラ殿!」

 後から駆けつけてきた者はガゼフ・ストロノーフだった。

 あまたのモンスターを倒してきたのだろう。クレマンティーヌほどではないが傷だらけになっていた。

 その後でクライムとブレインも駆けつけてきた。

 集まってきた者の中で軽傷なのはヤントラだけ。それは彼が信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)だからだろう。

 傷だらけの三人に回復魔法をかける。

「睡魔に勝てなくて……。思うように行きません」

「相当、お疲れのようだな」

「……他人を気遣いながらの戦闘は苦手です。それより私なんかに声をかけていて良いんですか? 悪魔は市民をさらっているようですよ」

 大きく息を吐きつつヤントラは屈伸運動を始める。

 何かしていないと眠ってしまいそうだった。

「モモン殿とヤルダバオトが戦っているそうです。我々は周りの悪魔たちを討伐し、市民の避難誘導をしています」

 クライムの言葉にヤントラは頷いた。

「じゃあ……、大きな花を咲かせて私は眠ります……」

「冒険者の皆さんが感謝していましたよ」

「感謝すると後悔しますよ。私は悪魔みたいな奴らとグルですから」

 その言葉の意味はガゼフとクライムには理解できた。

 ヤントラはアインズ・ウール・ゴウンとは旧知の仲であることを。

 言い逃れできない立場に居る。

 疑われても仕方が無いだろう。

「さらわれた人間は取り戻せないか?」

「ここまで大規模となると絶望的ですね。私でもお手上げです」

「ガゼフ。そいつを捕まえておくのはどうだ?」

 黙って聞いていたブレインは言った。

「人質の価値はないですよ。……たぶん。あいつならうるさい人間を王国が処分してくれて感謝する……。感謝するだけかな、きっと……」

 王の命令があればガゼフはヤントラを捕らえるだろう。

 だが、ヤントラは周り全てが敵だ。そんな人間を捕まえても利用価値は本人自身が言うように無いのかも知れない。

 冒険者を敵に回し、悪魔とグルだという事になれば誰も彼の味方は居なくなる。

 蒼の薔薇は仕方が無いとしても。

「彼は王国に仇(あだ)をなすような人物ではない。こちらの方が迷惑をかけているくらいだ」

 銅のプレートを斬った事は今でもガゼフは後悔していた。

 王の御前でメイド服を着て挨拶もした。

 王国を滅ぼす、と言っていたが臣民に害をなしたことは無く。

 『八本指』の壊滅も手助けしてくれた。それ以前に人外の者達と争わずにいたのは誰のおかげだろうか。

 王国に既に潜伏している強大なモンスター。それらと戦闘にならず、協力まで取り付けられた。

 ガゼフ個人としてはヤントラとは良いお付き合いをしたいと思っている。

「目覚める頃には晒し首になってるかもしれませんね」

 今日が最後の日になるかもしれない。

 色々な計画を立てていたが、ここで頓挫することもありえない話ではない。

 用意されたものを無駄にすることになるが、それは申し訳ないと覚悟しておこう。

「……途中で倒れてたら家まで運んでください」

 ヤントラは三人に軽く頭を下げた。

「は、はい。分かりました」

「……役に立たない人間のそばに居ないで、救助や避難に行ってください」

 本来ならば引き止めるところなのだろうが、出会った冒険者の話しを聞くとここまでヤントラ一人で敵を撃退しつつ回復魔法を行使してきたという。

 周りが混戦すれば足手まといになる、そういう勢いがあったのだろう。

 ガゼフにも経験はある。

 一人で戦えば苦境に立たされる。それを彼は未だに見せたことが無い。

 これから睡魔に倒れてしまうのが本当だとすれば、今こそ手伝う機会なのかもしれない。

 睡魔さえなければヤルダバオトすらもたった一人で討伐してしまうのではないかと思わせる。

 彼の戦いぶりを見なければ決して信じなかっただろう。

「貴殿が倒れれば助太刀してもよろしいか?」

「出来れば……、逃げてほしいですね。散るのは結構だが、戦力が落ちますよ」

 この戦いの次に待っているのは戦争だ。

 それを言っているのであれば撤退するしかないだろう。

「約束しよう。無理はしないと。クライムもブレインも撤退の準備をしてくれ」

「その時になったらな」

「分かりました」

 三人の言葉を聞いてヤントラは安心したのか、にこりと微笑んだ。

「言うことを聞くなら精神耐性、即死耐性の装備をすること。いいですね?」

 クライムはそれがタレントによるお告げだと感じ、何度も頷いた。

 睡魔と戦うヤントラは歩き出す。

 起きられるのも後十分程度かもしれないと自己分析する。

「私が先行しますが……、三人は後方とか……、えっと……、なんでしたっけ?」

「冒険者の様子や避難誘導は任せてください。市民の捜索は既に始まっていますので大丈夫です」

 判断力が鈍ってきたヤントラは頷いてから駆け出す。

 既に目的地まであと少しだった。

 ガゼフ達は少し遅れて周りに意識を向ける。

 何処から沸いて出るのか、地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)が追ってきた。それらをブレインは一刀の下に切り伏せていく。

 別方向から地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)を攻撃する者も居た。

 黒髪のクレマンティーヌだった。打ちもらしは彼女の他にも蒼の薔薇や冒険者が担当するようだ。

「ヤントラ殿! 後ろは我々が引き受けた!」

 ガゼフの声にヤントラは何も反応しなかった。

 返事を返せるだけの余裕が無いのかも知れない。

「あんなんで大丈夫か?」

 ヤントラの前方に現れるのは地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)とは違う気持ち悪い悪魔達。

 それらを苦も無く屠って駆けていく。

 魂食の悪魔(オーバーイーティング)。朱眼の悪魔(ゲイザーデビル)。その他もろもろが純白のバルディッシュの餌食となり、滅びていく。

 眠気におそわれているとは思えない奮闘振りにブレインは軽く口笛を吹く。

 確実に頭を潰していく。それが少し滑稽に見える。

 ヤントラのそばに近寄るモンスターは全て勝手に滅びているように見えたからだ。

 ガゼフ達三人はヤントラから距離を置いて横から出てくるモンスターを倒していった。

 数が段々と増すが前方はやけに開けている。

「よくお一人で進めますね」

「空に居るやつらは無視しているようだが」

「何か考えでもあるのか、我々に任せているのか……」

 ヤントラとて地上と空中全てに対応は出来ないのだろう。

 ガゼフ達の後方には弓兵も魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)も居ない。

 取り囲まれれば足手まといになる。

 自分が進めるギリギリまでは移動するが、その後は撤退するしかないだろう。

 ヤントラが魔物の巣窟に飛び込むのを確認した後はガゼフは撤退を選び、市民や冒険者の避難誘導に動く。

 助けには行けないだろうが、無事を祈る。

「これ以上は余計な犠牲だ。引くぞ、クライム」

「……はい」

「俺はここでギリギリまで粘ってみるよ」

「無理はするなよ」

 ブレインにそう言って、ガゼフとクライムは引き返していく。

 

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