※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

55 / 213
E-3 六大貴族が現れた

 辺り一面が魔物で埋まったところで目的地に着いたのだとヤントラは思った。

「ここでいいか……。さて、ここからが本番だ」

 武器をしまい、軽く頬を叩いて活を入れる。

 近づくモンスターをガントレットで殴り倒す。

「〈天使召喚(サモン・エンジェル)〉」

 スクロールにより呼び出すのは上位天使が一体。

 

 『意思の座天使(ソロネ・チャリオット)』

 

 悪魔の群れから溢れ出るように上空へと浮かび上がるのは巨大な燃え盛る車輪に無数の目を持つ天使。

 身体の大きさは直径百メートルは超えているだろう。

「悪魔どもを一掃しろ。とにかく雑魚は片っ端にな」

 この天使がこれから放つのは『天雷光輪(グローリィ・オブ・ウィル)』というもの。

 天使の身体を包むように外側に巨大な光輪を出現させ、身体にある無数の瞳から標的を射抜く龍(りゅう)のごとき雷(いかずち)をあまたの悪魔に放つ。

 天の裁きのごとく悪魔達を射抜いていく。

 おびただしい数の悪魔から雷に変わっていく光景は目蓋を閉じなければ失明するのではないかというほど、強烈なものだった。

 『意思の座天使(ソロネ・チャリオット)』の身体にある瞳は二百を超えるだろう。

 悪魔の一部が攻撃しようとするが天使は巨体にも関わらず身軽に移動した。

 天使の身体にぶつけられた低位の悪魔は滅びた。

 街への被害も少なくするように命令されているのか、回転はするが水平移動と少しだけ浮き上がる程度でモンスターを体当たりで攻撃していた。

 座天使(ソロネ)の魔法は瞳一つに一回。放った後の瞳は身体の中に溶け込み、見えなくなる。

 二回目が放てるのは数十分後となる。

 普通ならば。

 更に上空に上がりつつ意思の座天使(ソロネ・チャリオット)は身体を反転させる。城などにぶつからないように配慮しているのだろう。

 そして、身体の周りに光輪が再度、現れる。

 そこには先ほど同じように無数の瞳が地上の敵を見据えていた。

 もう一度『天雷光輪(グローリィ・オブ・ウィル)』が放たれる。

 二度の稲光(いなびかり)。耳をつんざく轟音。

 それらが静まる頃には見晴らしの良い夜空が広がる。

 天使は姿を消し、地上には力尽きて倒れているヤントラが居た。

 目と耳に慣れたクライムは辺りを確認する。

 建物を避けてくれたのか、火の手はあまり見当たらなかった。ただ、焦げ臭い煙が充満していた。

 今の攻撃に耐えた悪魔が居るようだが、ブレインはすぐさま駆け出して切り伏せる。

「雷耐性のやつが居たか」

「ヤントラ殿は!?」

 今の攻撃でかなりの悪魔が居なくなったはずだ。

 すぐに駆け出していくと倒れたヤントラを発見する。既に眠ってしまったようだ。

 周りを警戒しつつガゼフはヤントラを担ぎ上げて撤収していく。

「あれが花とは……。恐れ入る」

「これほど一人で戦われる事に特化した人間は見たことがありません」

 一緒に居れば巻き添えになっていただろう。

 一人だからこそ出来る戦い方にクライムは改めて驚かされた。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 空に居た小悪魔(インプ)達の姿はほとんど見えなくなり、地上には雷に耐えた悪魔が冒険者と戦っていた。

 二度の砲撃とはいえ悪魔側に甚大な被害を与えていたが、同時に街にも少なからず魔法の攻撃により破壊された箇所がある。

 弱い悪魔を貫通した結果だろう。

 市民に被害が出ていなければ今は我慢してもらうしかない。

 帰る途中でクレマンティーヌと合流し、ガゼフのみヤントラと帰ってもらい、クライム達と悪魔討伐に向かう。

「よろしくお願いします、クレマン……ティーヌ様」

「よろしくねー。それにしても凄かったなー。スレイン法国にもあれくらいの天使、居たかな?」

「俺はブレインだ。あんたの噂は知ってるぜ。あんたでも悪魔には苦戦するんだな」

 彼女の身体には無数の擦過傷が出来ていた。

「いくら私でも大勢で襲い掛かられたらたまらないってー。四方から火炎。上空からとか。はー、大変だったよ」

 意外と耐久力のある悪魔が壁となり、武技でも対応しきれなくなる。

 尚且つ悪魔達は実に統率が取れていたことを思い出した。

 最初こそは無秩序だった悪魔が攻め込むほどに賢くなっていく。

 何者かの命令を受けているのは戦ってみて身体で感じた。

 空からの援護が無ければ撤退をすぐに選んでいただろう。

 武技とはいえ無限に使えない。

「止(とど)めは少年にやってもらうからさ、簡単に死なないでよ」

「はい」

「ブレインは赤い目のやつをお願いね」

「了解」

 クレマンティーヌは体勢を低くして前方に居る魂食の悪魔(オーバーイーティング)に狙いを定める。

「いっくよー」

 ヤントラから貰った剣を握り締め、彼女は駆け出した。

 劣勢だった冒険者が盛り返す頃、イビルアイ達はヤルダバオトとモモンの戦いを見守っていた。

 空からの攻撃には驚いたが、それぞれ魔法に対し防御体制をとった。

「モモン様! ご無事ですか!?」

「ああ、こちらはなんとも無い」

「……いやはや……、あの方は怒らせると怖いですね」

 モモンは内心、自分にも攻撃が来るのではないかと焦ってしまった。

 高位の天使の攻撃は今のモモンに『普通』にダメージを与えてくるからだ。

 属性耐性をしっかりしていれば脅威にはなりえないのだが、今の自分には脅威なのだろう。

 第十位階の天使であれば自分でも撤退するかもしれない。あれはもはや手加減できる雑魚モンスターではない。

「こちらもそろそろ決着を付けたいところだがな」

「それには同意します」

 服がボロボロになっているヤルダバオトは軽く仮面に触れる。

 二人の戦いが激しくてイビルアイは助けに入れない状態だった。

 相手の悪魔はイビルアイのほとんどの魔法を無効化するほどの高位の存在。

 囮や盾くらいしか出来ない。

 イビルアイがモモンのそばに居る理由はただ一つ。

 『一目ぼれ』だった。

 ヤルダバオトが現れ、戦闘になり、魔法が通用しない強敵に苦戦している時に颯爽と駆けつけて来たのが漆黒の英雄モモンだった。

 プレートこそオリハルコンだったがアダマンタイト以上の実力を目にし、ヤントラ以外で頬が赤くなる存在だった。

 確かにヤントラは優しくて強いのだろうが、モモンはとにかくかっこよかった。

 黒い全身鎧に包まれているとはいえ、男を感じさせるオーラのようなものをイビルアイの『女』の部分が感じてしまった。

 素顔は美形とは言いがたいが嫌いではない。

 代わりに自分は仮面は外せなかったが、親密になれば見せても良いかもと思ってしまった。

 ただ、目下の問題としてはモモンに付き従う美姫ナーベが物凄く睨んでいることだろう。

 私のモモン様に手を出したら殺す、という無言の圧力をかけているようだ。

 静かな女の戦いも始まっていた。

 

 戦いは呆気なく終わる。

 優勢と思われたモモンにヤルダバオトは撤退を提案してきた。

 王都を攻撃しない代わりに見逃せ、という。

 悪魔はアイテムが回収されない限り、無限に呼び出せる。被害は増すばかり、という脅しが付いてきた為だろう。

 強大な悪魔を一体でも居なくなれば負担はかなり軽くなる。

 モモンはヤルダバオトの提案を受け入れるがイビルアイは納得出来ない。

「分かっていないですね。私を倒しても悪魔達は消えたりしませんよ」

「イビルアイ。我々は態勢を立て直さなくてはならない」

 多くの被害者の事もあるし、モモンの意見ももっともだと判断し、従うことにした。

 蒼の薔薇として王都の平和を守るのが仕事である。

「モモンさまに従いますが……、次は殲滅する!」

「楽しみにしておりますよ」

 そう言ってヤルダバオトは飛び去っていった。

「我々は凱旋(がいせん)と行きましょうか」

「そうはいかない。我々はこれから王都を巡り、被害状況を調査しなければならない。モモン様は先に城へ向かってください」

「ん……。分かりました」

 敵を追い払ったのだから、凱旋で良いのではとモモンは思った。

「多くの市民がさらわれたのです。凱旋などすれば市民から批判を浴びてしまいます。それに……、脅威が去ったわけではありません」

 モモンは思っていたことと違う展開にただ黙って従うしかなかった。

 モモン達を城に向かわせている間、イビルアイは王都の様子を見て、大きく叫んだ。

「うわあぁぁぁ!」

 両手を上げて咆哮する。

 周りに居た冒険者や市民。離れていたモモン達にも聞こえるほどのノイズ交じりの咆哮。

「ヤルダバオトは追い払った。だが、我々は多くを失いすぎた。申し訳ない」

 イビルアイは深く謝罪する。

 冒険者の多くは拍手で出迎えるが市民は冷たい視線をイビルアイに向ける。

 家族を失ったもの。家を破壊されたもの。理由はそれぞれあるが素直に喜べない結果だ。

「だったら手伝ってくれよ」

 市民の一人が言った。

「貴族のお偉いさんはどうせ、何もしないんだろ」

「人手が……足りない。すぐには動けない。我々も疲弊している」

「休んだら来てくれよ」

「悪魔どもを消し飛ばした天使、凄かったぜ」

 一部ではあったが応援の声が上がる。

 休息を交えて王都は多くの冒険者達と共に復興し始める。

 残っていた悪魔もオリハルコン級冒険者達の尽力により殲滅された。

 決して小さくない被害ではあったが脅威は去った。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 数時間も経てば街に活気が戻り始める。

 モモン達は次の仕事があるためにエ・ランテルに帰ってしまったがイビルアイ達は働いていた。

 悪魔召還のアイテムも『八本指』の拠点の倉庫から見つかったらしい。

 ヤントラの言葉通りの姿に誰もが驚いていた。そして、手に持つ宝石は凄まじい力を有していることも魔術師ギルドの調べで判明した。

 悪魔を圧倒的に討伐したヤントラは目覚めるとすぐに顔を洗う。

 眠気が解消され、MPも満タンなヤントラは家の中を散策する。

 外は既に日が暮れ始めていた。

 自宅の床にはたくさんの虫の死骸があったので、まずはそれらの掃除を行う。

 うちには床を裸足で歩く女性がいるのだから綺麗にしておかなければ。

 一階が終わり、二階に行くとたくさんの書類が積まれていた。

 執務室も一部の荷物が持ち込まれている。

 家の中は静かなので蒼の薔薇の面々は外で活動しているだろう。

 とにかく一階部分を終えて、軽く昼食を食べる。

 一息つく頃に外へ出る。

 やはり虫の死骸が散らばっている。

 シモベの一部のものだろうけれど、虫を内包したシモベなんて居ただろうかとヤントラは首をかしげる。

 エントマはメイドなので床を汚すような事はしない、はずだ。

 辺りに顔を向けるとあちこちで煙が見える。

 王都の四分一近くが悪魔の襲撃を受けていた。

 死傷者は数千人に達するだろう。

 行方不明者も数百人規模。

 集められた冒険者も死傷者の中に入れられる。

 家屋の損壊も目立つ。

「旦那さん、おはよう」

 物陰から出てきたのはニンジャのティア。ティナかもしれない。

「ご苦労様でした。今はみんな片付けにまわっているよ」

「書類とかはどうなりました?」

「ティナが隠れ家で打ち合わせしているよ」

「大変なときに眠ってしまって、申し訳ない」

「謙虚(けんきょ)だねー。旦那さんも頑張ったんだし。街は大変な事になってるけどみんなで建て直しを手伝っているから」

 軽度の負傷者も手伝えるものは立て直しに協力していた。

 クレマンティーヌも食料の配達に出ているらしい。

「クレマン、身軽だし。技術もあるから助かっているよ」

 ティアは現在、悪魔の出現が無いか警戒していた。

 余裕があれば手伝いもする。

 

 これだけの騒動にもかかわらず貴族からの支援は無く、今も城で責任問題でもめているらしい。

 今回の功労者に対する褒美なども検討されているらしいが、ティアも詳しいところは分からないもよう。

 イビルアイはモモンの事を考えているらしく、珍しく仕事に集中できていないのだとか。

「あれは一目ぼれだね」

「恋愛は自由です。ただ、後悔しないように、と」

 ティアは一つ頷き、仕事に戻っていった。

 王都悪魔襲撃事件が収まる頃、イビルアイ達は書類の整理と密輸品の整理が一段落した。

 突貫(とっかん)で行ってきたのでイビルアイ以外はぐっすりと眠り込んだ。

「……疲労しないはずが……、疲れた……」

「お疲れ様」

 ヤントラは温かいポタージュをイビルアイに渡す。

「……ご主人はモモン様にうつつを抜かす私を軽蔑(けいべつ)しているのだろうな」

「そんなことはないですよ」

 ヤントラとモモンは仲がよくない、という雰囲気をイビルアイは感じていた。

 自分が慕(した)うモモンのこともヤントラは知っているのだろうが、聞くに聞けない。

 恥ずかしくて顔が赤くなる思いだ。

「正直に言ってほしい。モモン様とお付き合いした方がいいのかどうか」

 彼の即答を待つ。

「やめた方がいい。私はそう言いますね」

 予想通りの結果。それはどこかで感じていた。

「恋愛は自由だ。それを止めることはしない。……仲間ならば……止めなければならないんだろうな」

 真面目な顔のヤントラ。それは嫉妬心ではなく、モモンという人物と付き合うと良くない結果が待っている、という意味なのだろう。

 隣に美姫ナーベが居るのだから付き合いはやめた方がいいのかもしれない。

「……確かにわが身は人を好きになる資格が……」

「そういう事じゃないよ」

「………」

 ヤントラはイビルアイを背中から抱きしめる。

「ただの憧れならば私も見守ろう。それ以上、踏み込めば……、後悔するよ」

 身も心もヤントラに捧げると言ったのだ。それを今更覆せるわけがない。

 それでもモモンという人物は目が離せない存在になっていた。

「私にまた心臓を開かせるようなマネはさせないでほしい」

「……ご主人……」

「この話しはやめておこう」

「ん。ご主人の言う通り、気をつけておくよ」

 イビルアイの頭を撫でて自分の席に戻る。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 今回の悪魔騒動でヤントラに対する刑罰はイビルアイ達は何も聞いていない。

 多くの冒険者の反感を買ったのだから数日中には何かしらのお達しが出るだろう。

 それまでは大人しくしておこう。

 夜中にメンバーが戻ってきた。

 それぞれボロボロの格好になっていたが回復魔法をかけて、沸かしておいた風呂に入っていく。

 翌朝にヤントラは被害にあった場所に向かう。

 多くの市民は仮設の建物で寝泊りしつつ建て直しに奮闘していた。

 人員が不足しているので瓦礫の撤去作業がはかどらないようだ。

 家の半壊には自分にも責任があるだろう。

 大半のMPをかけて天使を召還し、片付けや荷物運びはやっておこう。

 天使以外で力仕事が出来そうなモンスターが手持ちに居ない。探せば出てくるかもしれないが思いつかなかった。

 片付けの手伝いを終えて帰宅すると多くの兵士や冒険者が外で飲み食いしていた。

 彼らに食事を提供するのはイビルアイ達だった。

「お帰り、ご主人」

「荷物整理の続き。今は休憩」

「交代で街にも行っているから大丈夫」

 ティアとティナから簡単な説明を受けた。

「家の周りの虫は掃除した。あれは何だったんだろうな」

「皆さん、ご無事でなによりです」

「ありがとう」

 兵士の一人言うと他のものも倣(なら)って言いはじめる。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 二日後に密輸品や書類の整理が終わり、街もだいぶ復興してきた。

 ヤントラは荷物運びを手伝いつつ日々をすごしていた。

「生きる気力を失ったような顔してるね、ご主人」

 クレマンティーヌが微笑みかけながら言ってきた。

「冒険を邪魔されたから、かもね……」

「それは私にはどうしようもないなー。あっ、武器、もらっていいんだっけ?」

「いいよ。クレマンティーヌも数には負けるか」

「負けるねー。しかも相手は統率が取れてたから、なお厄介だったよ。ほんと、いやらしい敵だった」

 ヤントラは彼女の左腕を軽くさする。

 顔のほうもひどいケガを負っていたが今は傷跡も残っていない。

 それでも多くの冒険者や市民を守った彼女に深く感謝した。

「腕がもげたり、顔をズタズタにされるのって漆黒聖典時代でも普通にあったよ。そういえば、知ってる? スレイン法国は信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が多いんだ。だから、ケガしても治してもらえる」

「……いずれは行ってみたいな」

 元気が無いように見えるヤントラの首筋にクレマンティーヌは大きな胸を乗せる。

「ご主人も……、落ち込むことがあるんだね」

「あるよ」

「悩み事は尽きないと思うから、今のうちに睡眠をしっかり取ったらいいよ。それとも女体観賞?」

 ヤントラの服の中に手を滑り込ませる。

 少し厚めの胸板。

「はけ口の無い身体って……、苦痛じゃないかな?」

「自制心を養うには都合がいいのだけれど……」

 クレマンティーヌはヤントラの頬に吸い付くように口づけする。

「ご主人も命を捨てるようなら私たちが拾ってあげるよ」

「……その時は諦めよう。君の言う通り、しっかり眠るよ」

「添い寝してあげる」

 ヤントラは自室のベッドに潜り込むと全裸のクレマンティーヌも着いてきた。

 如何(いかが)わしい行為はせず、純粋に女の身体の温(ぬく)もりだけを与える目的だったようた。

 性欲はあるのだろうが、こちらから求めない限りヤントラには何も出来ない。

 それが分かっているから一人では味わえない温もりを与えようという、ただ純粋な気持ちから添い寝しただけだ。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 翌日、城からヤントラに王からの命による招待を受けた。

 いよいよ何らかの刑が確定したのかなとヤントラはうなだれる。

「私も一緒に行くぞ」

 イビルアイは言った。

 供を連れてはいけないとは言われていないようで、イビルアイも着いていくことにした。

 出かける前に食料や執務室の様子を確認したり、口唇蟲の餌やりも行った。

 使う以前に愛玩動物のようになってしまっている。

 大人しい生き物とはいえ、風呂場で身体を揉んでやったり、排泄できるのか確認したりとかいがいしく世話をしてきた。

 これで女の子の声だったら可愛げがあるのだが、アインズの声だから眉根を寄せてしまう。

 イビルアイはモモンに会いたくて仕方が無いような日々を送っていた。

 彼らの拠点はエ・ランテル。王都からは離れているので復興が終わるまでは移動は出来ない。

 恋は盲目、という言葉を実感する。

 ヴァランシア宮殿に入った後はヤントラは一言も喋らずに歩み続けた。

 そして、彼の顔には何の表情も無い。

 イビルアイは何か言わなければ、と思っても言葉が出ない。

 これからヤントラは自らの死を覚悟しているように見えたからだ。

 殺気も無く、淡々と刑罰を言われれば素直に聞いてしまうような気がした。

 何処からでも取り出せるというマジックアイテムがあるとはいえ、今はほぼ無防備に近い。

 特別な防具はイビルアイの目から見ても何も無い状態だった。

 そのまま謁見の間の扉の前まで来てしまった。

 扉の左右に居た護衛の兵士が扉を開ける。

 無言のままヤントラは進む。その後をイビルアイは黙って付き従う。

 本来ならば彼の背中でもさすってやるなり、押してやるなりすればよかった。

 室内には王とラナー王女が玉座に座り、床の青い絨毯を挟むように貴族が三人ずつ立っていた。

 計六人の貴族が六大貴族と言われる者達。

 イビルアイは一目で理解する。

 レエブン侯もその内の一人だが、他の五人はヤントラ達を下賎の者を見るような目で見ていた。

 片側に王派閥の三人。

 ブラムラシュー侯。もっとも豪華な衣装をまとう人物。歳は四十代手前。領土にミスリル鉱山などを持ち、財力は王国一と言われている。

 ペスペア侯。六大貴族の中では一番の若手。

 ウロヴァーナ辺境伯。六大貴族の中で歳は一番上。

 反対側は貴族派閥の三人。

 ボウロロープ侯。大貴族の中でもっとも広い領土を持ち、顔に傷を持つ戦士風の盟主。

 リットン伯。六大貴族の中では評判が良くない人物。

 レエブン侯。

 本来なら第一王子と第二王子も同席する予定だったが別室に控えていた。

 次代の王と目される第一王子『バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ』

 第二王子『ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ』

 それぞれに様々な表情でヤントラを見据えている。

 イビルアイは壁際に移動し、その場に平伏する形を取る。

 ヤントラは六人の間をただ真っ直ぐに進み、王様から一定距離を保ったところで片ひざをつく。

「ご招待に預かり、参上いたしました」

「よくぞ参った、アインドラ卿。こたびの騒動で多大な働きをしたと聞く。いくつかの褒美を用意した。受け取ってはくれまいか? そなた達への褒美は度々、突き返されて困っておるのだ」

 横からレエブン侯が大きな包みをヤントラの側に置いた。

「色々と思うところがあり、大変失礼致しました。……ですが、生活費以外の報酬は望んでおりませんでしたので……」

「陛下から金貨と戦利品を賜(たまわ)った。後で確認するといい」

 控えていたイビルアイが包みを持とうとすると、結構な重さを感じた。

「悪魔騒動において私は……、王都に多大な被害をこうむりました。まして他の冒険者に反感も買ったことでしょう」

「反感どころか、貴様が王都に悪魔をばら撒いたからではないか?」

 ブラムラシュー侯は不満を隠さずに言った。

「ヤルダバオトと言ったかな。あの悪魔と結託し、帝国を利する為の裏工作なのではないですか?」

「帝国を利するとしても彼に何の益があるのですか? 自分の領地も持たず、かつ『蒼の薔薇』のお世話をしてきたという彼に……」

「イビルアイさん。何か言い分があれば発言してください」

 ラナーが促した。

「おそれながら……。我々は王都の民のために働いております。ましてリ・エスティーゼを裏切る事などいささかも考えておりません。ご主人の命令があったとしても恩ある王国をすぐには裏切れません」

「蒼の薔薇は彼に篭絡(ろうらく)されたのだろう? そんな輩の言葉など信用できるものか」

「そのご意見に反論は出来ません。我が身はご主人の所有物。全てを捧げてしまいました。命令があれば皆様方のお命を頂くことも……、あるかもしれません」

 イビルアイの言葉に六大貴族が呻(うめ)いた。

「……所有物……ですか」

「お恥ずかしい限りでございます。自らの不始末で命を粗末にしてしまい、ご主人に救われたもので……。皆様方に笑われても文句は言えません」

「ラキュースに続いてイビルアイ殿までも……」

「アダマンタイト級冒険者が聞いて呆れますな」

「……もしかして他のメンバーも身も心も彼の所有物となったのか?」

「私ともう一人……、だけだと思います。あえてリーダーを含めれば三人かと」

「半数がヤントラ様の所有物……。残りも頑張って下さいな」

 にこりとラナーが微笑むとヤントラは苦笑した。

「その話しはおいておこう。ラナーから聞いたがアインドラ殿、つまりはラキュースの復権だが……、無罪放免とはいかんだろうな」

「国家を危機に晒した罪人に復権などありえん!」

 力強くボウロロープ侯は言った。

「ラキュースが手引きした結果が悪魔を呼び寄せる事になったのではないのかね?」

「悪魔を召喚するアイテムを君が『八本指』なる組織に売り渡したのではないのか?」

「アイテムの情報をもたらしたのは確かにヤントラ殿ですが、情報を持っている者を疑えば何も知りえなくなってしまいます」

「冒険者を集めて何か情報を聞こうとして、言った人が犯人だと言ってしまうと何も情報が集まりませんね。それはそれで困りますわ」

「名声が無くとも彼は多くの情報をもたらし、いらぬ犠牲を出さずに済んできました。それは評価しなければいけないでしょう」

 悪魔騒動の時、悪魔以外の異形による被害はほとんど無かった。

 兵士からの報告によれば悪魔が現れた途端に姿を消し、騒動が収束した後に現れて木箱を城の近くまで運んでくれたという。

 他の大貴族は知らないが蒼の薔薇と約束していた関係書類も持ってきたらしい。

 悪魔が出てくる少し前まで友好的だった事も聞いていた。それが急に裏切るというのもおかしな話しになってしまう。

 荷物を運んでいたモンスター達が攻撃には参加しないように命令を受けていたのであれば姿を消すことにも納得できる。

「皆の者、落ち着くのだ。彼ばかり犯人扱いしても仕方がなかろう」

「モンスター退治の為に王都に悪魔を召喚したのかもしれませんぞ」

「わざわざ自宅のある王都に召喚するのは……」

 レエブン侯は秘密裏に色々と情報は集めているがヤントラが王都を襲撃する理由が見当たらない。

 ラキュースの復権の為だけに大がかりな陰謀を企てた、という暴論を立てられなくは無いが納得は出来ない。

 自ら依頼して呼び寄せた『漆黒』のモモン達も疑う必要が出てしまうが、それについては誰も指摘しない。

 それとも自らを不利な立場に立たせることでよからぬ事でも企んでいるのだろうか。

 ヤントラは本気を出せば王都を滅ぼせる相手、ではないかと個人的には思っている。

 巨大な天使を召喚するほどの力は確実に持っていることは報告でも自分の目でも確認していた。

「ヤントラ殿。何か言い分があれば発言してほしい」

「信用の無い人間に反論するすべはありません」

 そう言われるとレエブン侯も助け舟が出せなくなる。しかし、どこまでも正直な男だと思った。

 聞かれれば答える。

 嘘をつくのが嫌いなのかもしれない。

 個人的には好きな人間ではある、とレエブン侯は頷きながら思った。

「積もり積もった褒美にラキュースの復権を与えたほうがよろしいのではないでしょうか?」

 ラナーは言った。

「悪魔騒動に動員させた冒険者全ても同罪となってしまいますが……。皆様はよろしいのですか?」

「そ、それは……」

「おそれながら。モモン様が撃退したヤルダバオトはまた襲撃に来ると言っていました。ご主人を失うのは王都にとって損失かと思われます」

「ふむ。貴重な戦力を失うわけにはいかんな」

 王が納得するように言うと貴族の一人が不満を口にする。

「こやつは帝国に情報を漏洩した疑いがありますぞ」

「何故そう思われる?」

「我らの情報網ではアインドラ卿が帝国領内に招かれた事が分かっている。それに対して何か弁明はございますかな?」

 勝ち誇ったようにブラムラシュー侯は言った。

「それはまことかアインドラ卿?」

「バハルス帝国皇帝ジルクニフ陛下に会いました。それは間違いございません」

 六大貴族のほとんどがどよめいた。

「王国で申した通り、アインズについて同じ事を説明いたしました。そして、戦争を回避させ政治で決着するように頼みましたが……。物別れに終わりました」

「政治決着させることがアインドラ卿の望みか」

 王としても無駄な血を流さずに済めば良いと考えていたので、ヤントラの言葉に不思議と安心することができた。

「回避できないのなら兵士全てを私が倒してしまえば良い、とまで思ったのですが……。今後の冒険が出来なくなるおそれがあるので諦めました」

「あらあら」

 ラナーはクスクスと小さく笑う。

「ヤントラ様は帝国の兵力を見せていただいたのですか?」

「ざっとですが。数万人程度といったところですね」

「王国は勝てそうですか?」

「無理ですね」

「こちらは二十万の兵力が集まっているのだぞ! 数万程度ならば撃退できよう」

 力強くボウロロープ侯は言った。

「数では勝てぬか」

「軍事国家に農民が戦いを挑むのです。数で勝てるとは思えません」

 この意見に王やレエブン侯は納得する。

 数を増やしたところで犠牲が増えて国力が減退する。

「その前に……、帝都はアインズ様の逆鱗に触れて竜(ドラゴン)をけしかけられ、四騎士の一人を含む多くの犠牲者を出したと聞きますが」

 ラナーの言葉に再度、場がどよめく。

「それは……初耳ですね」

 と、ヤントラは言った。

「私が行った時は何も問題が無かったように思いましたが……。皇帝との対話も問題なく終わったと聞いていたのだが……」

 帝都に竜(ドラゴン)をけしかけられたのはいつの話しだろうか。

 ヤントラが倒した四体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が復活して帝都を襲ったのだろうか。

「入れ違いで制裁(せいさい)を加えたのかもしれませんね」

「……それは……、ありえますが……。なんだか気の毒に思えてきました」

「ヤントラ殿は帝国に寝返る気持ちはおありか?」

 レエブン侯は聞かれた事に素直に答える事を期待して質問してみた。

「寝返る……。何に対してですか? いえ、敵国に引っ越すという意味かもしれませんが……。どう言えばいいのでしょうか」

「漠然としすぎていたな、申し訳ない。例えば戦力として帝国に引き抜かれるとかだよ」

「急にそんなことを言われても困りますね」

 ヤントラは苦笑する。

 簡単そうな冒険者登録までの道があまりにも遠かったため、本来の目的が分からなくなっていた。

 女体観賞に仲間を得ること。

 寝床となる拠点。

 ヤントラは大きな野望は持っていないので、次に何をすべきかはあまり考えていなかった。

 戦争を終えることが大きなことかもしれない。

「よい武具やアイテムを得られるのであれば……、考えてしまうかもしれません」

「つまり裏切る要素はあるわけだ」

「仮に今欲している武具はどんなものだろうか?」

 ヤントラは両手を広げ、それぞれに顔を向ける。

「用途用途に使い分けられる様々な属性対応の武器や防具……、というところでしょうか」

 ヤントラは懐から『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』を取り出し、その場に浮かせる。

「これらにそれぞれ異なる属性を付与させたものとか。というより、こういう武器はどうやって手に入れられるのでしょうか? 誰が作っているのか気になるところです」

「それらは専門の職人にアイテムや資金を提供して作り上げられる場合が多い。神々が持っていた物が伝わったりする場合もある」

「そんなものより権力とか女とか財産などで寝返らないのかね!」

 ブラムラシュー侯は怒鳴るように言った。

「生活費があればいいし、女性は間に合っています。権力は面倒事が多いので勘弁願いたい」

「貴族の皆様、ヤントラ様は大それた野望はお持ちで無いようですわ」

 イビルアイは少し安心した。しかし、女性が間に合っている、というのは自分も含まれているのだろうかと思った。

「玉座が欲しいとか言っていたではないか」

「……皆さんは何を焦っていらっしゃるのでしょうか?」

 ヤントラは首を傾げた。

「ヤントラ殿は我らのような大貴族になる野望はお持ちか?」

 権力は面倒と言っていた事を思い出したが、あえて尋ねてみた。

「いいえ」

「他の貴族から珍しいアイテムとか貰えるかもしれませんよ」

「私は実践で使わないものは必要としないので。……実際に見て判断することはありますけどね」

「つまり美術品などに興味がないと」

「彼女達の見栄えをよくするものであれば……、考えるかもしれませんが。私個人は質素で充分です。多少、派手な武具には興味がありますが……」

「ご主人。私は可愛い服など着ないからな」

 力強く否定するイビルアイにヤントラは苦笑する。

「皆様方の懸念を表現するならば……」

 『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』が六大貴族に刃を向ける。

「貴族の首を帝国に差し出す……、ということでしょうか?」

「そ、そうなるかな」

 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)は一本にまとまり、ヤントラの近くに降り立つ。

 それを懐にしまうと周りから安堵(あんど)の吐息が聞こえる。

「冒険を始めたばかりなのに野望も何もないと思うのですが……。私はじっくりと取り組みたいのです。急いで支配者になろうとは思いませんよ」

「気を悪くされたのなら謝ろう。欲のない御仁は珍しいのでな」

「性欲はありますよ。あと、多少の物欲。国を売るほどかと言われると、どうなのでしょうか」

 自分達が思っているほどヤントラは権力や金にこだわりは持っていない事は分かった。

 物欲も普通。

 帝国に寝返るという話しは行き過ぎたかもしれないとレエブン侯は反省する。

 質問している自分達はヤントラに寝返ってほしいと聞こえてしまう。

 彼自身は冒険者になれて順調に仕事をしているのだろう。それを邪魔してはいけないだろう。

 貴族からの支援が受けられないと知った市民たちにヤントラは微力ながら手伝いをしている。

 報告では一軒ずつ建て直しのためにモンスターというか天使を召喚し、後片付けをしたり、蒼の薔薇の面々に食料を配ったりしているという。

 根は優しい彼を非難する理由はどこにも無いのかもしれない。

「寝返ってほしいと思われますが、急に引越しするにも向こうの土地は取得していませんし、カルネ村に義父達を残しているので……」

「こちらが悪かった。その話しはやめよう」

 家族を大事にするところはレエブン侯も共感できる。

「悪魔騒動で私は信用を更に無くしました。別に私は悪者で構わないのですが、彼女たちは責めないでほしいです」

「今、ヤントラ殿を罰すれば臣民からの批判は更に強まってしまいます」

「レエブン侯。君はいやに彼の肩を持つじゃないか。弱みでも握られているのかね?」

「アインズ・ウール・ゴウンの貴重な情報を持っているのです。おいそれと無下には出来ますまい」

「私事で恐縮ですが、彼らナザリックと敵対することは控えて頂きたい。王国の益にならないばかりか犠牲だけが積み重なります」

 そうイビルアイは平伏したまま言った。

「今回の悪魔はご主人が言うところの低位のモンスター。ヤルダバオトの再襲来に彼らの助力が得られれば被害を少なくすることが可能かと存じます」

「その悪魔とナザリックが同じ組織、という考えは無いのかね?」

「おそらく同じかもしれません。ただ、命令系統が複数存在すれば現場が混乱するのは必定。彼らにも事情があるのかもしれません。そこは交渉で解決していくべきだと私は思います」

「部下が勝手にやったことだと言われるかもしれません。人間の気持ちが分からないモンスターのやることですから」

「では、討伐隊を……」

「討伐できるのですか? 戦争を控えているこの時期に」

 ラナーは言った。

「蒼の薔薇は異形種と交渉が出来るようです。穏便に済めば良し。悪ければ……倒してもらいましょう」

「話しの通じる者がおります。多少なりともきっかけ作りくらいは可能かと。忠誠心の厚い者達なので、一筋縄とはいきませんが……」

「イビルアイさんに悪魔騒動を預けて、この一件はお開きに致しましょう」

 ラナーの言葉にそれぞれが唸って、頷いていく。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。