※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

56 / 213
E-4 昇進試験

 イビルアイは褒美の入った包みを壁際に移動させようとしたがかなり重かった。

 重さから金貨などの貨幣がかなり入っているかもしれないと思った。

「……レエブン侯、よくこれを持てたな……」

「いや、ただのやせ我慢だ。兵士に運ばせよう」

「ヤントラ様。このような茶番にお付き合いくださり、感謝いたしますわ」

 ラナーの発言に場が静まり返る。

「では、お父様。本題を」

「そ、そうか。一昨日、帝国から布告官(ふこくかん)が来たのだ」

 レイブン侯は懐から羊皮紙を取り出し、ヤントラに渡そうとしたが彼は文章がろくに読めないことに気づき、イビルアイに渡した。

「イビルアイさん、代わりに読み上げてください」

「はっ。では、バハルス帝国は大魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウン……魔導王(まどうおう)? 魔導王率いるナザリックなる組織を国として認め……、国家として同盟を……」

「続けて下さい」

「……エ・ランテル近郊はアインズ・ウール・ゴウン魔導王の占領していた土地であり、リ・エスティーゼ王国は現在不当に占拠している。そのため……」

 あまりにもバカバカしい内容のためか、イビルアイが両手を震わせて読み上げる。

 帝国はアインズ・ウール・ゴウン魔導王に協力し、王国に侵攻を開始し、領土を奪還する。

 そんな内容だった。

「王国領内なのは明らかのはずなのに暴論も良いところですね。皇帝陛下が考えたのかな?」

「だが、今回はそれを口実にした戦争となる」

「エ・ランテルの割譲。帝国は今回の戦争でこの都市を手に入れるでしょう」

 噂が現実味を帯びるとラナーもヤントラを甘くも軽くも見ることが出来なくなる。

 今まで形の無かった不安要素に形が出来のだ。

 早めに対策すれば良いことがたくさんあったのだろう。それらを自分達で拒否してきたツケが襲ってきた。

「脅迫されて宣言文を書かされたのでしたら帝国も気の毒でしょうね。貴族の皆様方はこのような相手を引き入れた方がよろしいとお考えでしょうか?」

「ふん! こんな狂人魔法詠唱者(マジック・キャスター)など要らぬわ!」

「私もアインズ殿を引き入れた方が良いのかと悩みましたが……。どちらが良いのか判断できませんでした」

「さて、ここまでヤントラ様のご忠告どおりに事態は運びました。これから我々は何をすればよろしいでしょうか?」

 床に顔を向けているヤントラにラナーは尋ねた。

「私が救えるのはほんの僅か。何をすれば、と言われても兵士の数を減らす以外に方法はございません」

「バカを言うな!」

「じゃあ、言いません。お好きに議論すればいい」

「ご主人、悪魔騒動から疲れが取れていないのではないですか? 何か気がかりでも?」

「……疲れているように見えますか?」

「はい」

 イビルアイの言葉にヤントラは軽くため息をつく。

 確かに疲れているのかもしれない。

 

 自分は何をしているのだろうかと考えても答えが出ない。

 楽しい冒険を潰されたからかもしれない。

 沸点は高い方だと思っていたが、結構なところまで怒りが溜まっているのかもしれない。

「かの皇帝の宣言を受け入れることは困難。戦争しかありますまい」

「どの道、帝国にエ・ランテル近郊を差し出すことは出来ないのでしょう」

 ラナーがそう言うとボウロロープ侯達は一斉に頷いた。

「かといって数で押し切れる相手ではありません」

「こちらは二十万。押し切れないわけがありません」

「かの魔法詠唱者(マジック・キャスター)といえども一人だけなら問題はありますまい」

 言うだけ無駄だと思っているのか、ヤントラは黙っていた。

 レエブン侯は危機を肌で感じている。

 この戦いがまともな戦争になるわけがないと。

 歴戦の冒険者達でさえ悪魔達を討伐するのに苦戦したのだ。それをヤントラただ一人が覆している。

 それよりも強いのがアインズ・ウール・ゴウンなのだ。

「仮に戦争せずに領土を差し出せば犠牲は無くなりますね」

「……王女。冗談を言っている場合ではありませんよ」

 大人しいヤントラの側にイビルアイは駆け寄り、彼の肩を揉む。

「ご主人はお疲れのご様子。我々はここで失礼させてもらってもよろしいか?」

「アインドラ卿。そなたはどうすれば良いと考える?」

 王が直接、尋ねてきた。

「無力な私にはどうすることも出来ません。それが答えかと……。権力があったとしても私はアインズとの戦闘は避けるでしょう。満足な戦力があればまた違った選択をするのでしょうが……」

「腰抜けが」

「……そういうわけではないのですが……、強者と戦うにはそれなりの準備や人材が必要なのです。数で押し切れるバカなら私も忠告は致しませんよ」

「ヤントラ殿の予想で構わないがアインズ殿が戦場に出してくる戦力はどの程度だと思われる?」

「数百体ほどかと」

 数万体以上を予想していた貴族やレエブン侯は思ったよりも少ない数に驚く。

「数百なら撃退も容易いではないか」

「数百体で我々を撃退できるモンスターなのでしょう。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)ならありえない数ではありませんし」

「一般兵士に倒せるモンスターかと言われると難しいでしょうね」

「そもそも戦場にモンスターを引き連れてくるのか?」

「モンスターは出さない、という約束は取り付けられませんか?」

「急には無理ですね。ですが、良い案だと思います」

 冒険者を参加させないのだからモンスターも参加させないようにすることは交渉の材料には出来るだろうと一部の貴族は思った。

「ヤントラ様が様々な意見を出されても我々は素直に受け入れられません」

「戦争に勝つ方法が知りたいのだ。敗走などありえん!」

 イビルアイはヤントラの背中をさする。

 貴族の言葉を聞くたびに小さなため息が聞こえてくる。

 ヤントラの言葉が通じない。そのために呆れているのかもしれない。

「戦争に勝たなければ無条件で今後も領土を奪われる。ご主人の気持ちはありがたいが……、どこかで挽回しなければならないだろう」

「ヤントラ様はアインズ様に勝つ方法はご存知なのでしょう? ですが、それを実現するには多くの人材と時間が必要……。それも数年単位といったところかもしれません」

「つまり目先の戦いは無視しろと?」

「現状ではどうあってもアインズ様には勝てない。それが分かっているから撤退を選ぶしかない。無駄な血を流すより、次回にかけることも大切かもしれませんね。それにヤントラ様は戦争後から武器を持たない戦いが始まるとおっしゃっていたではありませんか」

 ラナーはレエブン侯を見据えて微笑みながら言った。

「……おかしいな……」

 と、ヤントラは呟く。

「ご主人? 何か気がかりでも?」

「合法的に土地を取得する書物を渡したはずなのに……」

 土地を買う金が無いから奪う、ということだろうか。

 理由としては納得しているのだが、そこまでして戦争に参加するのは何かがあったということだろうか。

 ラキュースの意見を聞くことにしたのか。それを理由に覇道を歩むことにしたのか。

 いけ好かない人間の考えは理解したくないが、いい迷惑だと思った。

「ああもう! むかつくなあいつ! ……なんで一緒に来ちゃったんだろう……」

 叫びつつも床に頭を打ち付けるヤントラ。

 やることなすこと邪魔される。

 お互い殴り合っている気分だった。

 のんびりと異世界を満喫するためにお膳立てしてやったのに、台無しにしやがって、と強い憤りを感じる。

 黙って冒険者モモンとして活躍していればいいのに。

「……ご主人はこれ以上は……。我々はこれで失礼させていただく。度重なる非礼を許していただきたい」

「アインドラ卿の要望を受け入れられず、私も心苦しい思いだ」

 王の言葉に顔を上げるヤントラ。その額から少しだけ血が垂れた。

 特別な防御対策は取っていないので普通にケガをした。その血はイビルアイが布巾で拭った。

 絨毯の下は多少、ひび割れているかもしれない。

「帝国の布告官は口頭で一ヵ月後に開戦する旨(むね)を伝えてきた」

 レエブン侯はヤントラにそう言った。

 彼ならば何かやってくれるのではないかと淡い期待を抱いて。

「王に他の皆様、あまりお力になれず申し訳ありません」

「帝国に勝利し、凱旋を期待しておくのだな」

 ヤントラはそれぞれに頭を下げ、イビルアイでも持つのが困難だった包みを片手で持ち上げて、懐に入れる。

 包みは懐に入るような小さなものではない。それが一瞬で消えたのだから王と貴族たちは驚いた。

「では、皆様。ご武運を」

 改めてヤントラは深く頭を下げて退出した。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 イビルアイは表情を表さないヤントラの後ろをつかず離れずについていった。

 自宅に帰り、イビルアイと共に執務室に入る。

 頂いた包みを取り出して、中を確認する。

「金貨の方はイビルアイに任せる。必要経費も入っているだろう。……我が家の資金管理も君達に引き続きやってもらいたい」

「分かった。出来るだけ無駄遣いはしない」

 様々な調度品で結構な額を消費している。

 クレマンティーヌの経費もヤントラが肩代わりしていた。

 せめて食費くらいは自前の隠し財産で払ってほしかった。というかこっそり悪党の資金を懐に入れているのをイビルアイ達は見抜いている。

「……これで良かったんだろうな。無様な姿を見せて申し訳ない」

「ご主人は民のためを思って言ったのだろう? 私は応援する立場だ」

「結局は自分のためだよ。……一人で戦局を変えようとすると様々な弊害があるものだね。戦争とは後味の悪いものだ」

「我々は出来る限りご主人の力になろう。……汚れ仕事も……、内容次第だが……」

「開戦の日取りが決まったようだし……、こちらはこちらで準備を整えますか」

 一旦、ヤントラは休息することにし、イビルアイは通常の仕事に戻る。

 日が暮れる頃に蒼の薔薇のメンバーが執務室に勢揃いした。

「何が起きるかは未知数だが、協力してくれるかな?」

 イビルアイとティアとティナは頷いた。

 ガガーランとクレマンティーヌは首をかしげる仕草を取る。

「クレマンティーヌは戦争に加わるかい?」

「ご主人が望むのであれば」

「人殺しではなくて兵士たちを救いに行くんだよ。それでもいい?」

 と、ティア達は同時に言った。

「んー、私の思っているのと違うってことかな」

「そうかもね」

「ガガーランは兵士達の救援物資でも配ってもらおうか。君を一人寂しく家に置いていくわけにもいかないだろう」

「脳筋を盾として使えない?」

「雑魚モンスターの相手なら頼めるが……。たぶん犠牲の数が増えるだけだ。地面に穴を開けるとしても他の兵士の邪魔になってしまうだろう。通常の戦争とは違う形になるだろうから」

「一人で留守番するよりかは参加したいけどな」

「カッツェ平野に出るアンデッドの始末や監視をしてもらおう」

 王国とは別口で戦争の準備が始められることになった。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 戦争に必要な買い物を女性陣に任せて、ヤントラはエ・ランテルに向かった。

 王都からエ・ランテルの道程は長く、往復するだけで貴重な日時が失われてしまう。

 到着してすぐに宿屋に直行。口唇蟲の様子を見る。

 もう少し長持ちしてくれると良いが贅沢は言っていられない。

 人知れず、声の調子を確かめる。

 喉を切り裂いてねじ込むのだから普通の人間には扱えない。

 確認作業を終えた後は薬師(くすし)の店に向かう。

 宣戦布告により兵士の動きが慌しくなる。ポーションや薬草類がどんどん買われていく事態だと店に居たンフィーレアは言った。

「回復アイテムはどんどん売れて品薄状態なんです。冒険者に依頼して薬草をかき集めているんです」

「儲かっているということか」

「おかげさまで。でも、薬草を取りつくしてしまわないか心配で。カルネ村は先日行きましたが平穏でした。新しい仲間として人食い大鬼(オーガ)とか居ましたけど」

「王都は悪魔騒動で大変だったよ。それで……、今回も回復ではなく病気類に利くものが欲しいんだけど……」

 需要の少ない薬草類はまだ在庫が残っていたので、テーブルに広げていく。その間にも客が回復ポーションを求めてくる。それらは祖母のリイジーが対応していた。

「そういえば私も冒険者になったよ。用を済ませたらギルドに行く予定だが……、仕事を受けられるか心配だ」

「それはおめでとうございます」

 ヤントラは銅プレートを見せた。

「ゆっくりと頑張っているよ。……ところでモモンという冒険者は今でも凄い活躍をしているのかい?」

「は、はい。王都から戻ってきたらアダマンタイトプレートを授与されたそうで。三組目のアダマンタイト級として噂が広がっています」

「ついになったのか……。こちらはゆっくり次を目指すよ」

 必要な薬草類を手に入れた後は軽く街を散策する。

 兵士の数がとにかく多い。

 徴兵された農民たちが兵士用の防具でも身につけているのだろうか。

 活気は無く、うなだれている者がほとんどだ。

 飲食店には昼間から酒を飲む者は居たがケンカ沙汰は見当たらない。

 

 冒険者ギルドに向かうと大きなハムスターが居た。背中に鞍が乗っている。

「いつぞやのハムスター。元気だったか」

「むっ、その声はナーベ殿と共に居た不思議な御仁でござるな」

「名前は決まったのかな?」

「んっふっふっ。拙者(せっしゃ)は『ハムスケ』という名を殿(との)から頂戴したでござるよ」

 自信満々に名乗るハムスター型モンスターのハムスケ。

 大人の背丈ほどもある巨体だが、愛くるしい顔は健在だった。

「なんと拙者は武技も習得したでござるよ」

「……むぅ。私も何か……。ん……、遊んでいる場合ではないな」

 ハムスケが外に居るということは中に『漆黒』が居るということかもしれないが、気にしても仕方が無いだろう。

「いずれ上に乗せてもらいたいものだ。失礼する」

「うむ」

 扉をくぐり、中に入ると近くのテーブルに見慣れた二人組みが居た。

 一方は黒い全身鎧をまとい、壁際に大きなグレートソードが二本立てかけられていた。

 もう片方は粗末な外套をまとい、黒髪ポニーテールの女剣士。

 他の人間たちの中に見知った顔は無いようだ。だが、一人で入ったせいか、みんなの視線が集まっているような気がした。

 そのどれもが厳しい視線のように見えるのは気のせいかもしれない。

 通り過ぎようと思ったがプレートを確認しなければならないことを思い出し、仕方なく黒い全身鎧の冒険者『モモン』の近くに寄ることにした。

 予(あらかじ)め、手を上げて近づく。そばに居る美姫『ナーベ』は椅子から立ち上がりかけたが硬い表情のまま座りなおした。

「?」

 モモンが首をかしげる仕草をしたが気にせず、彼のプレートを確認する。

 前回とまた違った色だった。

 最上級のアダマンタイト。クレマンティーヌを除く蒼の薔薇のメンバー達が首から下げている物に似ていた。

「なんだい、あんちゃん。アダマンタイト級に用かい?」

 後ろから別の冒険者の声が聞こえてきた。

「これがアダマンタイト?」

「そうだ」

 尋ねるとモモンが素直に答えてくれた。

「興味本位で失礼した」

 それだけ言ってヤントラはカウンターに移動する。

 確認作業とはいえ、モモンに用事は無い。

 いつものように掲示板を眺めるが、いつもより張り紙が少ない。

「戦争が近いから仕事も少ないとか?」

「朝市で薬草採取の仕事に出払っているだけですよ」

 親切な受付嬢。

 王都とエ・ランテルの二つだけだが、割りと顔なじみになっている。

「そういえば、ヤントラさんは昇進試験の資格を得ていますね」

「都市が変わっても受けられるものなんですか?」

「はい。メンバーカードに記載されていきますから」

「内容次第ですが、受けてみたいです」

 受付嬢はヤントラを他の冒険者達が座っている場所に待機させて、二階へ向かった。

 数分後に受付嬢がいくつかの書類を持って戻ってきた。

「ヤントラさんへの昇進試験の内容ですが、他の鉄クラスの冒険者と共にエ・ランテル近郊の調査に当たってもらいます。……吸血鬼騒動のあった場所ですが、いかがですか?」

「受けます」

 即答したヤントラに受付嬢と隣りに居たもう一人の受付嬢。後ろに居た何人かの冒険者がどよめいた。

「は、はは……。さすがですね」

 乾(かわ)いた笑いを浮かべる受付嬢。躊躇(ためら)いの無い返事はアダマンタイト級では、と思ってしまった。

「……念のために聞きますが、飛び級はしませんよね? 地道に登りたいので」

 声を潜めて尋ねてみた。

「飛び級しそうですが、それらはギルド長がお決めになることなので」

「分かりました。頑張ります」

「では、二階に案内いたしますので」

 ヤントラは受付嬢の後ろについていき、部屋の一室に入った。

「しばらくお待ちください。他の冒険者を呼んできますので」

「分かりました」

 受付嬢が居なくなると部屋の中は静かになった。

 冒険者が現れれば、すぐに賑やかになるだろう。

 

 自分の実力ではアダマンタイト級は難しくないだろう。ただ、仕事内容は未知なので自分にとって向き不向きを知る良い機会になる。

 パーティプレイは苦手。

 下手をすれば他の冒険者のやる気をそぐかもしれない。

 かといって手加減して騙(だま)すのも悪いだろう。

 少しでも仕事になれておけば『蒼の薔薇』の扱い方もうまくなるかもしれない。

 銅プレートに支配されるアダマンタイト級というのも聞こえが悪いだろう。

 それと同時にアダマンタイト級になれるまで生きていられるかも疑問ではあるが、それを考えてしまうと前に進めない。

 仕事をして給金を稼ぐ。

 モンスター退治しか出来そうに無いが色々と勉強しなければならない。

「お待たせしました」

 受付嬢が数人の冒険者を引き連れて戻ってきた。

 鉄プレートの冒険者は五名。

 全員が男性だった。

 異性が混じるとトラブルの元になりやすいと言われているらしい。

 主に男女間の色恋沙汰が原因だろう。

「野郎一人か」

「パンさん、こいつ『漆黒』にケンカを売ったカッパーですよ」

「ケンカというか……、色々と事情があるみたいで。もちろん示談は成立していますから」

 苦笑しながら受付嬢は言った。

 今日、受付嬢が見ていた範囲では漆黒のモモンとは特にトラブルは起こしていない。

 

 案内された冒険者達は椅子にそれぞれ座る。

「俺は『鉄心』のリーダー、パンコラット・ハーノンだ」

「ヤントラです。よろしくお願いします」

 メンバー全員が黒髪だった。

 女性冒険者は髪を色々と染めるが男性は地毛が殆どだった。

 受付嬢は何枚かの羊皮紙をテーブルに広げる。

「今回は調査依頼と同時にヤントラさんの昇進試験でもあります」

「ふん。吸血鬼(ヴァンパイア)に臆(おく)するやつはうちのチームには居ないぜ」

「白金(プラチナ)クラスからじゃないと勝てないってパンさん。無理して命を落とすのはリーダーだけにしてくださいよ」

 他のメンバーに諭されるとパンコラットは唸りながら眉根を寄せる。

「いわくつきの場所なので難度も高めになっておりますが、吸血鬼がもし現れても倒さなくて結構です。出会ってしまったら逃げてください」

「その吸血鬼は漆黒のモモンさんが倒したんだろう? なら大丈夫だろう」

 リーダー以外は元気をなくしているように受付嬢には見えた。

 依頼内容はエ・ランテル近郊の見回り。

 吸血鬼騒動で一時期、誰も依頼を引き受ける者が居なかった。

 漆黒のモモンの活躍で強い吸血鬼が討伐された、とはいえ不安を抱いた冒険者は高額な報酬にも関わらず受けたがらなかった。

 高額であればあるほど危険度が増す。

 先日、王都での悪魔騒動で吸血鬼への脅威が下がったのか、鉄クラスの冒険者がやっと名乗り出てくれた。

「報酬は高額ですが、安全が確認されれば次回は減額されるでしょう」

「おいしい話しには裏があるのは分かっている」

「彼と折半になるんですか?」

「私は言い値で結構ですよ。代読料に毛が生えた程度でも構いません」

「そ、それはさすがに不味いと思いますよ」

 受付嬢が慌て始める。

「ミスリルまでは勉強する気でいるので、報酬は二の次なんです。王都やモモンさん達に迷惑をかけてますし……。仕事が出来れば充分だと思うので」

「謙虚(けんきょ)ですね、ヤントラさん。報酬の交渉も立派な仕事なんですよ」

 冒険者になってすぐに血まみれになったり、美姫ナーベを撃退したりと色々と噂になっているヤントラではあるけれど謝っている印象が強いせいで、凄さが分からない。

 モモンのような迫力は無く、謙虚。

 モンスター退治になると鬼になること意外は真面目な人という意見が多い。

「報酬は仕事が終わったら交渉しようじゃねーか」

「分かりました。とにかく頑張ります」

「では、この書類に署名をお願いします」

 ヤントラは羊皮紙に名前を書いた。

 完全ではないけれど文章も少しずつ理解出来るようになり、メモは必要だが飲食店のメニューも読めるまでになってきた。

 受付嬢は羊皮紙を丸めて紐で縛る。

 一般的な羊皮紙は積み上げず、丸めるのが基本。インクが移る可能性があるからだろう。

「ところでこの街の墓地は殆どアンデッド生産工場のようになってますが……、放っておいていいんでしょうか?」

 ヤントラの疑問に受付嬢は苦笑した。

「そういう街ですから、としかお答えできませんね」

「冒険者育成に一役買っているんだからいいんじゃねーか」

「金(ゴールド)クラス以上の冒険者が揃っていますし、大丈夫だと思います」

 街の事も心配するヤントラは優しい人だと受付嬢の中では高感度が上がっていた。

 彼と共に冒険した者達は厳しくも優しい人と感想を述べている。

 銅プレートなのに、と付けられていたが。

「仕事開始は夜間となっております。装備をお確かめの上、頑張って下さい」

「はい」

 受付嬢が退出した後、依頼内容の羊皮紙だけ残された。

「調査の仕事にしては破格な報酬だが……、大丈夫だろう」

「……本当に代読料に毛が生えた程度でいいんですか?」

「その話しは仕事が終わってからにしましょう。無事に帰ってきて昇進出来れば文句はありません」

「分かりました」

 鉄心のメンバーと集合場所を決めて解散した。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 宿屋に戻る前に保存食の買い込みを行い、宿屋に戻る。

 ギルドを出るとき、漆黒のメンバー二人の姿は無く、ハムスケも居なかった事に気づいたのは宿屋で食事をする時だった。

 彼らに用は無いけれど、少しだけ気になる。

 アダマンタイト級の仕事の内容などが。

 そんなことを考えながら食事を終えて、口唇蟲に水や少しの食料を与えて長期の仕事に備える。

 早めに就寝し、寝不足を解消しておく。

 今回は誰にも邪魔されずにしっかりと眠ることが出来た。

 日が暮れた頃に起きて身支度を整え、外に出る。

 夜空がとても綺麗だった。

 少しだけ眺めた後、深夜営業の飲食店に向かう。

 新しい料理の勉強の為に。

 自分は飲まないが酒を飲むメンバーのお土産に何本か買い込む。

 カルネ村に居る義父達にも会わなければ、と色々と忙しく考えた。

 他人の為に考えると出費が嵩(かさ)む。

 自分ひとりだけならば何も用意しなくて良いのだが、資金は必要なのだろう。

 銅プレートの収入は微々たるもの。ミスリル以上は減り続けるのだろう。

 仮にラキュースを戻せば全部を任せてしまいそうだ。どの道、任せることになるのだろうけれど。

 色々と考えておくのは無駄ではないはずだ。

 集合場所に向かう途中に美姫ナーベが一人で待ち構えていた。

「監視は付いているが構わないか?」

 ナーベの方から声をかけてきた。

 ヤントラは頷き、狭い通路に向かう。

 辺りは暗く、兵士も狭い通路は使わないが、人通りが無いわけではない。

 人が多く集まるところは何かと治安が悪い。

 様々な人種が秘密の情報をやり取りするのに使うので、確認できるだけでも五人ほどが少し離れたところで何かを話しているのが分かった。

 念のためにナーベは監視者に合図を送り、ヤントラは感知や探知妨害をかけてみた。

「アダマンタイトプレートになった。これは問題ないか?」

「問題は無い」

「一ヵ月後に戦争が始まるそうだが、私はどこで待っていればいい?」

「このエ・ランテルのあの宿屋で落ち会おうか?」

「承知した。それで……、具体的には何をすればいいのだ? アインズ様を攻撃するのではないだろうな?」

「まあ、分かりやすいところでは『漆黒の英雄』のそばに居てくれればいい。多少、スクロールを使ってもらうかもしれないが……」

 ナーベは首を傾げた。

「漆黒の英雄とは……アインズ様の……?」

「当日になれば分かる。冒険者は国に関わる事に参加は出来ない。だから、戦闘することも出来ない。その点は前回、確認したし、用意も出来た」

 ヤントラはナーベを抱きしめた。

 周りを警戒していたとはいえ、敵意の無い動きで捕まってしまった。

「!?」

「君にとっては辛い選択だろう。何しろ私の命令を聞くのだから。アルベドの命令として処理することも出来るのだろうが、それもまた私が頼んだことだ」

「ん……」

 つまりアルベドはヤントラの要望を聞き入れて命令を下した、とナーベは思った。

 それはアルベドが離反(りはん)した、ということにならないだろうか。

「アルベド様が……、裏切る? ありえん!」

 引き離そうとしたがヤントラは強く抱きしめて離さない。

「裏切りではないよ。先を見据えた計画なんだから。ただ……、君が納得するのに時間がかかるだろうとは思う」

「分かるように説明を求める」

「帝国にアインズは行くんだってな」

「ああ。皇帝じきじきに参戦するように頼んできたからだ。……それより離せ」

「ナーベを抱きしめるくらいさせてくれ。いつも君に睨まれるのは結構傷つくんだよ」

 魔法職のナーベの拳がヤントラの腹部に当たるがダメージ的には低いようでビクともしない感じだった。

 実際には結構なダメージは受けている。

「今はこうしている方が都合もいいだろう。顔も見えないし」

 ナーベは唸りながら観念した。

 ここで暴れても得が無いと理解したからだ。

 これが普通の人間なら蹴り飛ばしているところだが、相手は自分よりも強い存在だ。

 それに今は重要な指令を受けてここに居る。

「帝国にアインズ。王国に漆黒の英雄モモン。戦争で派手に活躍させてやろうと思ってな。ただ、モモンは側に美姫ナーベが居ないと格好が付かない」

「うむ」

「モモンの側に居てくれ。戦争が終われば色々と分かることもあるだろう。アルベドはアインズというかモモンガを裏切らない。誰よりもモモンガのことを考えている」

「……そ、そうか」

 ヤントラはナーベの後頭部を撫でた。

 本当ならモモンに撫でてほしかったがナーベは我慢した。

「それと戦争の地に現れても罰則が無いように取り計らってもらった。その点は心配要らない。あとは開戦を待つだけだ。ナーベにとってはアインズ以外の命令を受ける事になって心苦しいだろうが……。モモンの側に居てほしい」

「も、モモンさ……んの側に居るのは当たり前だろう」

「それは戦争の地であるカッツェ平野にも来てくれるのか?」

 ナーベはまた首を傾げた。

「モモンさんが行くならば……」

「私の頼みを聞いてモモンと共に来てくれるか?」

「? 下等生物(コオロギ)……、お前の言うことが理解できないのだが……。それはどういうことなんだ」

「開戦まで時間がある。もう少しだけ熟考してくれていい。様々な条件はクリアしてある。あと、戦闘行為はしないし、冒険者の規則に触れるような事はさせない」

「……分かった」

 ヤントラの中ではナザリックのNPC達とこの世界の住民達が仲良くなってくれれば嬉しい。

 アインズほどではないが、ナザリックの悪評は広めたくないと思っている。

 自分に出来る範囲の応援には限界があるが、やらないよりはましだろう。

 

 ナーベを開放する。

 彼女は柔らかい身体をしていた。

 戦闘メイドとしての姿だったら防具の硬さを感じられるが、今は軽装のため打たれ弱い印象を受ける。

「そうそう。モモンガとは仲が悪いが性格的なものだ。私もナザリックのみんなが平和に暮らせることを考えている。支配者はモモンガで構わない」

「貴様がナザリックと敵対しているのではと思うことはあるが……」

「モモンガ個人とは敵対かもしれないが、ナザリックとは敵対したくない。君達と原住民を仲良くさせたいとは思っているよ。……でないと討伐依頼を出されるおそれがあるからさ」

 討伐と聞いてナーベは唸る。

 自分達が異形種であり、人間を見下していることを自覚しているのでありえない話しではないと思った。

 そうすると今行っているアンダーカバーにも影響が出るかもしれない。

「昇進試験にナザリックの偵察とか受けたくないよ、私は。それに……、死刑にした筈のラキュースが見つかると不味いからね」

「……そうだったな」

「不本意だが……、ここ最近はアインズの尻拭(しりぬぐ)いをしている気がして冒険が思うように出来ない。だから、少しは協力してほしいな。アルベドやエントマもその点では利用させてもらっているが……、ナザリックやアインズを裏切るようなことはさせないよ」

「何かのアイテムで洗脳という線は……、いや私にも洗脳系を使っているのではないか?」

「仮に洗脳されてもNPCの状態を管理するアルベドが気づくだろう。それに君たちが洗脳系の支配を受けるとは考えられないが……」

 高レベルNPCを野に放つのだから対策くらいアインズはしている。逆に対策せずに野に放つ場合は囮としている事が考えられる。

「監視を置いているなら問題は無いだろう? 何も対策せずに君たちを自由にするのは私にとっては考えられないことだが……。それとも何かあったのか?」

 この指摘にナーベは再度、唸る。

 至高の御方々に連なる者はなんて鋭いのだろうと驚いた。

 タレントの能力が関係するかもしれないが、一つ一つの指摘が身体に突き刺さる。

「ナザリックで何が起きているのかは本来、私は関知しない立場だが……。気になるなら遠慮は要らないぞ。蒼の薔薇もよほどの秘密でもない限りは対話に応じるだろう」

「分かった。……王都へは単独では行けないが参考にする。それから計画の参加については後日、返答する。アルベド様にも確認を取らせてもらうが、構わないな?」

「構わないとも。……そろそろ仕事に向かう。それから、私とてモモンの仕事の邪魔をする気は無いからな。エ・ランテルはナザリックに近いから来ているだけだ」

 ナーベに背を向けてヤントラは立ち去った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。