※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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E-5 ケンカを売りに来ました

 彼の姿が見えなくなった頃に不可視化のシモベ達が静かにナーベの下に集まる。

「アイテムの使用は確認できたか?」

「……いいえ」

「……感知と探知以外の魔法は確認できません」

「……洗脳、支配系であれば障壁に反応があるはず。……それも確認できませんでした」

 複数のシモベの意見にナーベは頷く。

「アインズ様への報告はアンダーカバーに影響を及ぼすおそれがあるが、私に何かあれば独自に判断して良い。それまではこのまま任務を続行する」

「……了解いたしました」

「……ナーベラル様、バスパ様は我々の敵なのでしょうか?」

「……分からん。だが、警戒は怠るな」

「……畏まりました」

「……冒険者ギルドは国に関わる事に冒険者を使うことを禁じているのは確かなようです。……王都の時のように特例を認めない限り、戦争への参加は本来、認められていないもようです」

「では、嘘は無いのだな?」

「……はい。……私見でございますが、よろしいでしょうか?」

「許可する」

「……はっ。……バスパ様は何らかの方法で冒険者として戦争に介入なさるのではと愚考します。……話しぶりからはアインズ様を陥れるとは……、到底思えない内容だと……」

 戦争に介入するのはナーベの中では普通に行くのかと思っていた。しかし、冒険者ギルドの規則では戦争に冒険者は参加できないことになっている。

 その点は自分でも受付嬢などで確認を取る必要があるだろう。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ナーベと別れたヤントラは集合場所に到着した。

 鉄心のリーダー『パンコラット・ハーノン』と他四名が装備の確認作業をしていた。

 無防備というわけにもいかないので、軽装鎧と剣を一振り腰から下げる程度にとどめた。

「逃げ出さずに来たな」

 と、リーダーは言った。

 試験を途中で抜け出すと半年は再試験を受ける資格を失う。

 順当に試験を受けていけば誰でもアダマンタイトになれそうだが、ランクアップするごとに手に負えない案件が出てくるらしく、白金級以上は激戦区となっているらしい。

「仕事の再確認だ」

「はい」

 予定時刻にはまだ少し早いが依頼内容を改めて確認する。

 エ・ランテル近郊の調査と共に前回、冒険者が吸血鬼に襲われた場所の近くにあるという野盗のねぐらも探索する。

「別の野盗が居るかもしれないが、無理なら撤退だ。我々は調査を第一の目的とし、戦闘は出来る限り避ける」

「了解」

「分かりました」

 生きて報告することが今回の依頼の重要なところだった。

 移動には馬二頭で引く幌馬車(ほろばしゃ)が使われる。

 ヤントラの弱点の一つである馬車移動。これが一番の強敵かもしれないと本人は思った。

 馬車を引くのは専門の御者(ぎょしゃ)が行う。ヤントラは御者の隣りに座り、辺りを確認する任務に就いた。

 夜間の移動なので周りは真っ暗。

 馬車についている永続光(コンティニュアル・ライト)が数メートル先を照らす程度だ。

 ガタガタと馬車が揺れる中、荷台では冒険者達が武装の手入れを行っていた。

「……吸血鬼は出ませんよね?」

 恐る恐る御者は隣りに座っているヤントラに尋ねた。

「それを調査するのが仕事なので」

「そうでしたね」

 たわいも無い話しをしつつ一時間が過ぎた。

 夜間に出没するのは小さな獣類。

 大抵は馬車の音に驚いて逃げ出していく。

 更に一時間が経過したとき、馬車は止められた。それは予め指定された場所。

 冒険者達はそれぞれ馬車から降りて点呼を取る。

「あ~、着いた……」

「馬車が苦手なんですか?」

「ガタガタと揺られるのは……、慣れないようです」

 頭を振りつつ屈伸運動してからヤントラは鉄心のリーダーの後ろについていく。

 街道調査の半分ほどから森の探索に移動する。

 野盗のねぐらは事前の調査隊が吸血鬼を恐れたために途中で打ち切られた。なので、どんなモンスターが出るのかは不明なままだった。

「そこら辺にベアトラップがあるかもしれねーから気をつけろよ」

「はい」

 声は潜められたが注意深く進んでいく。一人はエ・ランテルへの緊急連絡要因として離れていた。

 暗がりでも進めるのは装備に付与された『闇視(ダークヴィジョン)』の効果のお陰である。

 一人の時は探知など使わずに構わず進んでいたけれど、今は周りを気にしながら進まなければならない。

 モンスターと戦うより難易度が高そうな気がする。

 仕事は大変だからこそ給金が支払われる。けれど、今のところは楽をさせてもらっている気がする。

 盗賊(ローグ)系の特殊技術(スキル)を動員し、罠を感知していく。

 戦いが続いたため、様々な特殊技術(スキル)の使用を身体で覚えていった。

 頭脳労働よりは覚えやすい。

「五歩先にベアトラップ。……すみません、気が散ってしまう質(たち)のようで……」

 静かな世界ではヤントラの言葉でも大きく耳に届く。

 それぞれが停止し、地面に伏せる。

「五歩とは……、危ないな……」

「……ありました」

 少し先行した仲間が罠を発見する。

「盗賊系の特殊技術(スキル)があるのか」

「普段は一人なので連絡に慣れてなくて、すみません」

「……なるほど。ヤントラさんは仲間と冒険するのが苦手な人なんだ」

「そうかもしれません」

 罠はそのままにして移動を開始する。

 一般的に罠はそのままにするのが基本。回収任務を帯びた者に仕事を任せるためでもある。

 一般人が利用する道ならば回収するが、野盗相手の場合は無視することにしていた。

「……ベアトラップ以外は……無いようですね」

 わき道にいくつか点在しているのが分かった。

 野盗が襲われたのであれば新たな罠を設置している可能性は低い。

 新たな罠があれば新たな野盗が居る可能性は高まるが、今のところ前方には見当たらない。

 森の中を慎重に進んでいるので時間はあっという間に過ぎていく。

 二時間ほどかけて進むと開けた場所に出た。

 野盗は洞窟を根城にしている。

 森の中にはいくつか小高い丘のようなものがあり、洞窟もあるようだ。それらは自然に出来た、というよりは野盗たちが作り上げたものと言った方が良いのかもしれない。

「ようやくたどり着いたが……。ここからが本番だ」

 『闇視(ダークヴィジョン)』のお陰で真っ暗な世界でも洞窟は視認出来た。

 洞窟に松明は無く、周りに罠もない。

 最後尾の人間は木に登り、ヤントラ達を監視する役目を負っていた。

「モンスターも居ないとは……」

 冒険者達は松明を洞窟内に設置していく。

 森の中で使わないのは山火事の危険性と野盗が逃げ出すおそれがあったためだ。洞窟内ならば隠れる必要も無い。

 鉄級とはいえ夜間の仕事は怖い。まして灯り無しでの仕事は特に。

 洞窟内を照らし始めて彼らは安堵する。

「冒険者救出で一度は調べられたらしいが死体の回収まではされていないと聞く。動死体(ゾンビ)とか潜んでいる可能性がある」

「一度は入ったんですね」

「調査は中断されたが……。その時はモンスターの姿は無かったそうだ」

 罠に注意しながら洞窟内を移動する。

 ほぼ手付かずの状態だった。

 侵入者を迎撃するバリケードなどが壊れたままになっており、白骨化した死体もいくつか転がっていた。

 奥の進むと広い空間が現れた。

「殺戮の後のようだな」

 野盗の死体が散乱していた。

 ほぼ手付かず。

 この広場から放射状に細い副洞が出来ており、罠の有無を確かめてから冒険者達はそれぞれに向かった。

 モンスターの気配は無く、残ったヤントラは広場を掃除し始めた。

 いつも持ち歩いている掃除用具。これはたまたま持っていただけで役に立つとは思っていなかった。

 死体からアイテムを回収し、広場の中央に移動させる。

 この世界の死生観(しせいかん)は身近な者の死は手厚く埋葬(まいそう)するようだが、それ以外の野盗やモンスターは特別な理由が無い限り、放置が多い。

 特別編成された調査隊が回収の任に当たる事はあるようだが、一介の冒険者は手荷物が多くなるので戦利品以外は持ち帰らなくて良いとされる。

 それぞれの副洞(ふくどう)に行っていた冒険者が戻ってくる。

「お宝発見」

「こっちは脱出口があった」

 それぞれ発見した品物を中央に置く。

「モンスターは無し」

 全員の所在が確認されたところで一休みすることにした。

「この死体は回収するんですか?」

「報告次第では回収するんだろうが……。それは国が決めることだな」

「何も出てこなくて良かったが……。誰も居ないとはな」

 別の野盗が住み着いてもおかしくないのだが、誰も居なかった。

 死体を見て逃げたか、吸血鬼騒動に恐れを抱いたか。

 話しは鉄心に任せて、回収するものを風呂敷(ふろしき)に乗せていくヤントラ。

「ヤントラさんの欲しいものはありましたか?」

「……めぼしいアイテムは無さそうですね」

 所有者不明のアイテムは見つけた冒険者の物に出来る規則になっている。

 これらは一旦、回収し、ギルドで精査されることになるだろう。

 風呂敷を畳み、ものの数秒で消え去る。

「うわっ!」

「お宝が消えた」

「うるせーぞ。それはマジックアイテムにしまったんだろう。慌てるな」

 リーダーは冷静に場を収める。

「ただの銅プレートじゃねーって話しは本当のようだな。お前ら、隠し金庫が無いか、もう一度調べ直すぞ」

「お宝はどうするんですか?」

「ギルドで分ければ良いだろう」

「こいつが持ち逃げするかもしれないし、とぼけられたら……」

「その時はギルドに報告すれば良い」

 リーダーはヤントラのことについてある程度の説明は受けているようだ。

 昇進試験を受けに来て逃げる理由は無いのかもしれないが、他の仲間たちは急に宝が無くなって元気をなくした。

 

 ヤントラも隠し金庫や隠し部屋の捜索を行い、一時間後に広場に集まる。

 めぼしい宝は発見できず。

「これで無事に帰れば仕事は終わりだ。改めて聞くが、報酬は少なくてもいいのか?」

「銀貨数枚程度と言ったところでしょうか。金銭で揉めるのは嫌なので」

「分かった。野郎共、帰るぞ」

 鉄心のリーダーは仲間を引き連れて洞窟の入り口に向かう。後ろに居たヤントラは松明などを処分していた。

 仲間たちは宝が気になるのか、ヤントラを睨むような目で見つめた。

 それも数分経てば収まる。

 ここで宝を巡って争う事態になればチームを解散。最悪、殺し合いになるかもしれないとそれぞれ脳裏に浮かべたからだ。

 自分達の実力では野盗になっても生きていけるとは思えないと思ったのだろう。

 洞窟を抜けると不穏な空気は発散される。

「脱出口は日を改めて調査隊が調べるだろう。我々の仕事はここまでだ」

「分かりました」

 来た道を引き返すときは永続光(コンティニュアル・ライト)で道を照らして帰る。

 後続の仲間への合図になる。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 エ・ランテルに戻る頃には日が昇り、商店が店を開けていく。

 誰一人欠ける事無く冒険者ギルドに戻ることが出来た。

 早速、ギルド二階の応接室で冒険者組合長『プルトン・アインザック』立会いの下で調査報告が始められる。

 テーブルに戦利品として野盗の宝が乗せられる。

「死体しか無かった。モンスターも居ないし、安全といえば安全だろう」

「分かった」

「こいつのお陰で宝で殺し合いにならなくて良かったよ」

「吸血鬼が現れなかったようだが、よく無事に戻ってきた。所有者不明の宝は君達に報酬として提供しよう」

 報酬の一部はギルドの資金として徴収される。

 ヤントラは規定の報酬を受け取りはしたが宝は鉄心達に任せた。

「仕事を無事をやり遂げたヤントラ殿の昇進試験も合格だ」

 プルトンは用意していた鉄プレートを入れた箱をヤントラに渡す。

「おめでとう。更なる精進を期待する」

 鉄心達も拍手でお祝いしてくれた。

 銅から鉄プレートの冒険者となった。

「それより、これらの宝は要らないのか?」

「ミスリルになったら考えます。それまでは聞かない方がいいと思いますが」

「む……。君が良いなら、そうさせてもらう」

「では、皆様。失礼致します」

 銅プレートをプルトンに返納し、ヤントラはそのまま退出した。

「欲が無いとは……」

「真面目なんですね」

 真面目というか正直者なのだろう、とプルトンは思った。

 欲深い冒険者達の中では異質かもしれない。けれども弱くは無い事は報告で聞いている。

 謙虚な部分が気になるが、特別な依頼でも受けてくれれば話す機会が出来るだろう。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 仕事を終えたヤントラはカルネ村に向かった。

 一睡もしていないことは村の門に到着してから気づく。

 小鬼(ゴブリン)達が後ろで騒いでいたが、気にするほどのことは無いだろう。

 入りにくい村になって移住者が増えるとは思えないが、良いアイデアがあるわけではないので今は諦めることにする。

 門が開くと『エンリ・エモット』が出迎えてくれた。

「気軽に入れない村になっているね」

「すみません」

 彼女の案内で門をくぐる。

 そこには屈強な兵士がたくさん、居るわけもなく。

 村の中は至って平穏だった。

 壊された家屋もほぼ建て直しが済んでいた。

「帝国の使者が謝罪に来られたようですが、ヤントラ様のお口添えでしょうか?」

「アインズ様かもしれませんよ」

 ヤントラは苦笑する。

 エンリは妹の事を思い出し、ヤントラが口添えしたのかもしれないが名前は伏せた方がいいと判断することにした。

「そ、そうですか。それで今日はどのようなご用件でしょうか?」

「家族に会いに。それと、人食い大鬼(オーガ)が居るそうですね。この村はどうなっていくんでしょうか。食料とかは大丈夫ですか?」

「皆さん、よく食べるので……。正直、困っています」

「おっ、バスパ様!」

 と、元気の良い声が聞こえてきた。

 家の屋根から飛び降りてきたのは赤い髪を三つ編みツインテールにした元気な女性だった。

 軽い足取りでヤントラの下に駆けてくる。

「こんなところで会うとは奇遇っすね」

「そうか? それにしても村を要塞化しているようだが、移住者が寄り付かなくなるんじゃないのか?」

「いろんな事情がありまして……。立ち話しで、すみません」

 エンリはヤントラを促す。

 村の中に居る小鬼(ゴブリン)達はエンリの合図で姿を見せ始める。その中には人食い大鬼(オーガ)なども含まれる。

「武装をしているようだが?」

「他のモンスターの襲撃とかの対策っすよ」

「物々しいな」

 ヤントラはエンリ達と別れアインドラ夫妻の家を訪ねた。

 慎(つつ)ましやかな生活を送れると思っていた夫妻には要塞化する村は居心地が悪いのかもしれないとヤントラは危惧した。

「婿殿、我々は大丈夫ですぞ」

 明るい口調で言われては何も言えなくなる。

 二人は外の喧騒(けんそう)とは無縁に平和に暮らしていたという。

「小さな野菜畑で作物を育てているが、土いじりは結構楽しいものでな」

「そうですか。こちらは病気に効く薬草類です。薬などはどこも品切れのようで……」

「ありがたく頂戴するよ」

「蒼の薔薇とは仲良くさせてもらっています。家のほうは問題ないかと。彼女達の為に冒険者として頑張っています。アダマンタイトまでは時間がかかると思いますが」

 その後は差し障りの無い世間話しで場の雰囲気を和ませ、夫婦に頭を下げて退出する。

 元気そうな顔が見られただけでヤントラも不思議と安心した。

 外に出ると小鬼(ゴブリン)達が忙しく動いていた。働いているよりは筋力増強の為の鍛錬をしているようだった。

「ルプー」

「はいは~い」

 ヤントラの呼びかけにルプーことルプスレギナは姿を現す。

 彼女は普段は姿を隠しているようだ。

「ナザリックから食料を調達できないか? 村人だけでは限界があるだろう」

「そうっすか?」

「平和な農村の食い扶持(ぶち)は限られていると思うがな。アウラ達に頭を下げにいくか……」

「ええっ!? バスパ様が頭を下げるくらいなら私が行きますって」

 ルプスレギナの声に道行く者達が驚きで振り向いてきた。

「ついでに様子を見に行くつもりだからさ」

「食料問題は彼らにやってもらいましょうよ」

 と、言いながらルプスレギナは小鬼(ゴブリン)達に手を向ける。

「小鬼(ゴブリン)達に出来るのか?」

「……ううっ」

「外敵から守るだけで手一杯なんだろ? それから……、この村は麻薬とか栽培してないだろうな?」

「作ってないと思います」

「作ってたら蒼の薔薇が焼き払いに来なければならなくなるからな。生活のためとはいえ……。だが、犯罪に手は貸せないぞ」

「了解っす」

「人食い大鬼(オーガ)が居ても良いが……。カルネ村は小さなナザリックになるんだろうか。それはそれで楽しそうだが……」

「なるかもっすね」

 村人と小鬼(ゴブリン)達は仲良く作業をしているように見えている。

 ヤントラにとっては敵は倒すだけで全てのモンスターと仲良くなる気は無い。

 知性の無いモンスターは特に。

 それは自分の冒険に関わらなければどんなモンスターだろうと討伐対象にしかなりえない。

 もちろん討伐には人間も含まれる。

 自分にとって敵か味方か。この二つでヤントラは判断しているに過ぎない。

 無理して倒すほど憎んでいるわけでもないので他人からは慈悲を与えているように見られているかもしれない。

 本来、ヤントラに味方は居ない。

 たっち・みーとも戦う時は殺す気で戦う。

 ルプスレギナとも必要とあれば殺し合いをするだろう。

 ナーベと戦ったように。

「出来るだけ村人たちを守ってほしいが、ルプーは守れるかな……」

「守れますよ」

 か弱きものを救う行為は殺戮や蹂躙を嫌うヤントラの正義だ。

 狩り尽すほど憎しみがあるわけではない。

 ゲーム時代はゲーム的な思考でのみ戦っていた。

 今は原住民達の為に力を振るうことも良しとしている。それは守る者の居なかったゲーム時代では考えられないことだ。

 守る者が出来たからこそヤントラは弱き者達を気遣える。

「あ、あの……」

 振り向けばエンリが居た。

 走って来たのだろうか、呼吸が荒かった。

「どうかしましたか?」

「こ、これ……」

 エンリは腰に下げていた角笛をヤントラに差し出す。

 気が付けばルプスレギナは姿を消していた。

「これがどうかしまたか? その前に落ち着きなさい」

「はい」

 無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)を渡すとゴクゴクと思いっきり飲み、すぐに咳き込んで吐き出す。

 それは咎めずにヤントラはエンリの背中をさする。

「慌てん坊だな」

「すみません……」

 ふと視線を遠くに向けると姉の様子を心配そうに見つめるネムの姿があった。

 ヤントラに近づくのは危険と思っているのか、眺めるだけだった。

「エ・ランテルの……、検問でこれが金貨数千枚と言われまして……。それほどの価値があるアイテムとは知らずに使ってしまいました」

 エンリが持っているのは『小鬼(ゴブリン)将軍の角笛』というマジックアイテム。

「価値のあるアイテムは使うのに躊躇(ちゅうちょ)しますよね」

 消費アイテムなら尚更だ。

 ヤントラの所有する高い位階のスクロールもここぞという時以外は使いたくないものだ。

「弁償しなければならないでしょうか?」

「貰ったのなら弁償しなくて良いんじゃないですか」

「でも……。金貨数千枚と……」

 この世界の人間はミスリル製を持っているだけで疑われる。

 その経験を思い出し、ヤントラは苦笑した。

「それより誰に貰ったとか言われたと思うけど、どう答えた?」

「あ、はい。アインズ・ウール・ゴウン様に貰いましたと答えましたが、スレイン法国の者かと疑われてしまいました」

「………」

 苦笑するしかない。

「よし。一緒にエ・ランテルに行こう。本当は寄るところがあったが、いつまでも検問所で止められるのは忍びない」

「ええっ!?」

「……それともいつまでも疑われたままがいいか? 私も経験があるのだが、面倒くさいぞ」

「ま、また止められてしまうのではないでしょうか? 前回は漆黒のモモンさんが助けてくれたのですが……」

 知った名前が出てきてヤントラは苦笑する。

「私の案内役ということで行ってみましょう。いつまでも疑われたままだと街にも行きにくいでしょう」

「はい。ですが……、薬草類は売ってしまったので持っていくものがありません」

「案内する役で結構でしょう。エンリに本来頼んでいた仕事です」

 確かにいつまでも疑われたままでは商談しにくい。

 エンリは一旦、家に戻ることにした。その後で小鬼(ゴブリン)達がヤントラの下に集まってきた。

「姐さんは疑われているんですか?」

「ミスリルを持っていても疑われる。この国はどうしようもない」

「バスパ様はお人よしっすね」

 屋根の上からルプスレギナは言った。

「そうでもないのだが……。女性に弱いんだろう」

 数十分後にエンリが戻ってくるとルプスレギナは姿を消した。

 用意を整えたエンリと共に馬小屋に向かう。

 馬車移動に慣れないのはアバターのせいだろうか、と思う。

 成長しているようにも思えないが、数ヶ月程度では変化は分からないのかもしれない。

 エンリが扱う馬は軍馬に匹敵する見事な体格のものだった。

 小鬼(ゴブリン)達を乗せるようなので一般の馬では潰れてしまうだろう。

「……連続で馬車移動か……」

「馬車は苦手でしたか?」

「揺られるのは慣れない。それより一睡もしてなかった。中で眠るから着いたら起こしてくれ」

「はい。わかりました」

 エ・ランテルまで数時間程度の旅。とはいえ到着する時は日が暮れているだろう。

 アバターでも具合が悪くなるのは分かったが、途中で吐いた事は無いな。

 何処かで世界のルールに縛られているのかもしれない。

 元の身体はとても脆弱だが性別不明では子孫を残せない。

 性行為もろくに出来ないのだが、出来たら出来たで魔法の乱用に励むんだろうな。

 仮に子供が出来たとしても養う当てが無い。

 今のように地盤固めをしてから伴侶を得なければ酷い人間の出来上がりだろう。

 何もしなくても鬼畜で残忍、狡猾な人間かもしれないが。

 養子を取る方法もいずれは勉強しなければいけないな。

 ある意味、元の世界より充実しているかもしれない。

 あまり考えたくは無いが、どれくらいこの世界で生活できるだろうか。

 様々なことを考えているうちに熟睡し、次に少女の声で目が覚める。

 叩き起こされる事が多かったが今回は軽い揺さぶりだった。

「ヤントラ様、着きました」

「……あ~、そうですか。今は……、どの辺りですか?」

「入り口横です」

 軽く伸びをして首を何度かひねる。

 無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)を飲み、エンリにも渡す。

 外は既に夜空が広がっていた。

「完全装備で行きますか……」

 まずエンリに巨大な剣を背負わせてみた。

「重いかい?」

「少しだけです」

「エンリ、私を信じてくれますか?」

 この言葉に素直に答えられなかった。

 得たいが知れない。人を殺す人。

 様々な想いが思い出される。

「正直に言えば信じられないし、今でも怖いと思っています」

「そうですか」

「元は私が悪いので、反省すべき事だとは思っています。妹を傷つけた。それが今でも私の中で怒りとして燻(くすぶ)っているのは確かです。ただ、それでもあなたは村を救ってくれた。たぶん、ゴウン様よりも先にお礼を述べるべき人かもしれません」

 精神的におかしくなっていた妹を救うすべが無く、ヤントラの方法で治ったのなら礼を言うべきだろう。それがたとえ腕を切断する行為だったとしても。

 その後に様々な方法で村に恩恵をもたらしてくれた事は忘れていない。

「自分の中では整理がつかないのです。それはどうかご容赦願いたい。本来ならばこの身を捧げても足りない慈悲を頂いたにもかかわらず無礼ばかり……」

「慈悲かな……。私も罪悪感で君に謝罪したいのかもしれない。恩は感じるよ、悪人たる私でも。それに義父達も世話になっているからね」

「アインドラさんでしたよね?」

「そう。結局は自分のためさ。楽しい冒険のためなら君達を利用する人間だ。そういう意味ではお互い様かもしれないね」

「……ヤントラ様は苦手な人かもしれません」

「さすがは私の敵だ。次が楽しみだよ」

 エンリは軽く唸ったが、すぐに苦笑を見せる。

 

 大剣の他にはブロードソードを一本だけ腰に下げさせて御者台に戻ってもらった。

 幌(ほろ)の中でヤントラは結構な重装備に着替える。

 アダマンタイトとオリハルコンで身を包む。でも、プレートは鉄。

 王国は世界を嘗めている。それを思い知らせるべきだろう。

 幌馬車がエ・ランテルの門に近づく。

 検問の為に兵士達が寄ってくるのだが、御者台に居る少女の格好に驚く。

 前回来たときは武装していなかったのに今回は背中に大きな剣と思われるものを背負い、腰にも剣を下げていた。

 ただの村娘が武装して戻ってきた。

 更に馬車は今回、幌で覆われていた。怪し過ぎる。

 警戒態勢が取られ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)を呼びに兵士の一人が駆け出した。

 エンリはいつものように規定の位置で馬車を止めて御者台から降りようとした。背中に大きな剣を背負っているので落とさないように注意しながら降りる。

「……ふぅ」

「今回は武装してきたんだな」

「はい。でも、これは私の武器ではありません。もう一人、連れが居るので……。その方の持ち物なのです」

「もう一人?」

 すぐさま、兵士の一人が幌馬車の荷台に向かう。

 中を確認すると武装した何者かが佇んでいた。

「うわっ!」

 普通の兵士にはお目にかかれない凄い装備に思わず大声を上げてしまった。

「と、とにかく、降りてくれるか?」

 武器に手をかけてみたが歯が立たない気がした。

 相手は無言で頷き、軽い足取りで荷台から降りた。

 ガシャン。という大きな金属音が響く。

 夜とはいえエンリの後ろにはまだ検問を待つ人間がたくさんいた。それらが一様に驚いた。

 見たこともないような豪華な装備。

 仮面をつけていたが並みの武装では無い事は分かった。

 エンリも驚いていた。

 軽装姿しか見たことがなかったので、しっかりした武装をまとうヤントラは正しく戦士に相応しい姿だった。

 誰もが唖然(あぜん)としていた。

 とにかく凄いの一言に尽きる。

「ま、まずは詰め所に来てもらおうか」

 ヤントラに向けられた言葉だったが、エンリが代わりに返事をした。

 全身鎧の漆黒のモモンという冒険者の姿は見た事があるが、それよりも遥かに凄い格好に見えてしまった。

 白銀というか黄金というか。表現できない煌びやかな色彩に彩られた姿だった。

 夜間に現れた太陽とも言うほど輝いている。

 詰め所までエンリとヤントラは大人しく移動し、それぞれ用意された椅子に座る。

 前回の問題など頭の中から抜け落ちるほどの衝撃が目の前に居る。

 兵士は『なんなんだ、こいつは』と混乱する頭で叫んでいた。

「ま、まずは名前からだな」

 エンリは前回と同様に自分の名前と出身の村の名前を告げた。

「次は……。そ、そちらの名前と出身は?」

 正直、声をかけたくなかった。しかし、仕事なので頑張って声を出す。

「出身ではなく、出発したところを言えばいいんですか?」

 普通に聞き返された兵士は首をかしげる。

 どこかで聞いた声だなと思った。

 つい最近も聞いた気がした。

「……ま、まさか! アインドラ卿っ!?」

「ふふっ」

 口元に手を当ててヤントラは薄く笑った。

 エンリはアインドラ卿という言葉に首を傾げた。

「カルネ村から来ました。ヤントラ・サルヴァスパ・デイル・アインドラです」

 エンリは初めて聞くヤントラのフルネームに口をあけて驚愕する。

 アインドラ家に縁のある人だと聞いてはいたが改めて聞いて驚いてしまった。

「お、脅かさないで下さいよ……」

「この子が困っていたのでね。今日は助太刀に来たんです。身体検査の為に完全武装してきました。……調査代くらい出しますよ」

「ええっ!? ち、調査代が出るなら、……銀貨四枚ですが……」

 一応、値段を告げるとヤントラは普通に銀貨四枚を出してきた。

「こんな武装は彼女のためなので、すみません。今日はご迷惑をおかけします」

 ヤントラは深く頭を下げた。

 低姿勢のヤントラに兵士も呆れつつ銀貨を受け取った。

「分かりました。確かに我々も彼女のことはまだ疑っていましたからね」

 兵士は他の兵士に魔法詠唱者(マジック・キャスター)を呼ぶように命令を下す。

「調査費なら私が出したのに……」

「これは迷惑料です。私も少し興味があったもので。……魔法詠唱者(マジック・キャスター)がどんな顔で驚くのか」

「……性格悪いですね」

「ありがとう」

 二人が話し終わる頃に魔法詠唱者(マジック・キャスター)と思われる人物が詰め所にやってきた。そして、ヤントラの武装を見て物凄く驚いた。

 魔法を使う前から叫びだす。

「なんじゃあ! こ、この輝きはっ!」

 兵士もここまで煌びやかな武装をする人間は初めてなので苦笑するしかない。

 ミスリルは兵士たちも知ってはいるが、ヤントラの武装はオリハルコンかアダマンタイト並ではないかと思った。

「この娘は前に来た者ではないか!?」

「改めて身体検査をと……」

 改めて、と言われても背中に背負った大剣がとても気になる。

 明らかにケ(・)ン(・)カ(・)を(・)売(・)り(・)に(・)来(・)た(・)としか思えない。

「彼女はこちらの方の武器を持っているだけだそうです」

「そ、そうか。それにしても大きな武器だ」

「あ、あの……。よろしくお願いします」

 エンリは魔法詠唱者(マジック・キャスター)に深く頭を下げた。

「う、うむ。では、〈魔法探知(ディテクト・マジック)〉」

 エンリの全身を探るように魔法が唱えられた。そしてすぐに魔法詠唱者(マジック・キャスター)は呻きだす。

「うはぅあっ! なんということじゃ。とんでもない魔力を秘めた武器ではないか!」

 腰に付いている剣は背中の大剣よりも魔力は少ないが、並みの武器ではなさそうだった。

 年寄りくさい言い方だが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の外見年齢は二十代ほど。しわがれた声で年寄りに聞こえるので兵士は奇妙に聞こえた。

「少なくとも前のマジックアイテムに匹敵するかもしれん。正体を暴いてやるわ〈道具鑑定〉……、むうぅ! うおぉぉ!」

 前回以上に叫びだす魔法詠唱者(マジック・キャスター)。

「ま、魔剣じゃとぉ!? 腰の方はアダマンタイト製じゃな!」

「ついでに私の装備の鑑定もお願いします」

 ヤントラの方に向いて魔法詠唱者(マジック・キャスター)は魔法を唱える。

「ほわぁぁ! す、凄まじい! アダマンタイトとオリハルコンっ! なんなんじゃ、これは! その仮面も並みのものではないな」

「これでも質素な方なんですけどね。ついでにもう一つ鑑定してもらおうかな」

 懐から真っ白なバルディッシュが現れる。

 エンリを含めて全員が驚いた。

 懐に収まるような小さい物ではなかったからだ。

「これも調べてみてください。銀貨一枚追加しますから」

 と、兵士に銀貨を渡す。

「私も知りたい。どうかお願いします」

「う、うむ」

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)は謎の白いバルディッシュに魔法をかける。

「なんじゃこりゃあぁ!」

 興奮のあまり魔法詠唱者(マジック・キャスター)は鼻血を吹いた。

 ヤントラは布巾を取り出し、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の鼻血を拭った。

 それは今まで出会ったことも無い神聖な武器。というところまでしか分からない。

 伝説級の武器かもしれないほど。

 自分が鑑定できる限界を超えているかもしれなかった。

「なんということじゃ……。金貨数万枚では足りないかもしれん」

「それほどまでに凄い武器なんですか!?」

「伝説の代物じゃろうな。いやはや、長生きはするもんじゃ」

 お前まだ若いだろう、という言葉を兵士は飲み込んだ。

 ヤントラはバルディッシュをしまい、エンリに渡した腰の剣もしまった。

「武装のどれもが金貨数万枚を超えておる……」

「もう一つ見せてあげましょう」

 ヤントラは懐から分厚いスクロールの束を取り出した。

「これで金貨数千枚分かと思いますが、どうですか?」

 エンリ達は再度、驚いた。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)もスクロールの内容を見て、一枚ずつめくってみたが本物だろうと思った。

「た、確かに……。金貨数千枚分は……、あるかもしれん」

 というよりこれだけの枚数のスクロールをじかに見るのは初めてだった。

 金貨数千枚どころではないかもしれない。

 第三位階までの魔法がこれほど豊富に揃っているのは見た事が無い。

「エンリが持っていた角笛のアイテムは私の知り合いが自衛の為に差し上げたものです。金貨何枚かの価値ではなく、命を守らせるために渡したのでしょう」

「し、しかし、金貨数千枚ほどの価値あるアイテムを簡単に渡すものか」

「渡すでしょう。小鬼(ゴブリン)程度を召喚するアイテムですよ。村娘に渡すものとしては妥当かと。悪魔を召喚するアイテムに比べれば可愛いものだと思いますが」

 そう言われると兵士も少し納得してしまった。

 小鬼(ゴブリン)より強いモンスター、竜(ドラゴン)などなら渡さないかもしれない。

「では、アインズ・なんとか・なんとかという人は何者なのですか?」

「私と同じ異邦人です。無名の魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですから知らないのは無理もありませんよ。あと、スレイン法国とは無関係です。名前が三つだから関連付けているのでしょうけれど、本来の名前はもっと長いんです。省略して三つになっているだけです」

「そうなんですか! これは失礼しました」

「私も知りませんでした」

「たまたま危機に陥っていたカルネ村を救ったとはいえ、アインズは今は帝国に居ます」

「帝国!?」

「異邦人が帝国に行っても問題はないでしょう。王国と敵対する事になってしまいましたが、カルネ村とは仲良くする気はあるようですね」

「では、彼女は敵国のスパイということですか?」

「いいえ。諜報活動自体は両国共に行っているでしょう。彼女一人をスパイに仕立てても仕方がありません。蒼の薔薇も色々と調査していますから」

「『蒼の薔薇』といえばアダマンタイト級の冒険者……。そういえばアインドラ卿とはお知り合いでしたね」

「うちで留守番を頼んでおります。王国領内の村の調査もしているそうですから。エンリのことを知らないはずがありません」

 実際のところは名前しか知らないかもしれないとヤントラは思う。

 極秘任務の調査で村人一人ひとりから話しを聞いているとは思えなかったからだ。

「むぅ……。確かに……、そうですね」

 エンリは話しが物凄い事になってきて恐怖を感じていた。

 自分はこれからどうなってしまうのだろう、と。

「ミスリル程度で大騒ぎする国だと帝国が知れば笑われますよ。あっちは全身アダマンタイト装備の騎士が居るそうです」

「そ、そうですね」

「エンリはエ・ランテルとこれからも商売をするようなので、お手柔らかに頼みます」

 ヤントラが頭を下げたのでエンリも頭を下げた。

「あの……、ついでに知りたいことが……。漆黒の英雄モモンさんとはどういう関係ですか?」

「えっ? あっと、私の知り合いが依頼で連れてきた冒険者の一人、でした。まさか、有名な人とは知りませんでした」

 エンリは両手を振りながら説明した。

「そうでしたか」

「私は鉄プレートですよ。ほら」

「この格好で鉄プレート!?」

 見せられたものは確かに鉄プレートだった。

 アダマンタイトやオリハルコンを装備する鉄級冒険者など聞いたことも無い。

 

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