※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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E-6 メイド達の活気に満ちた顔

 長く話し込んでしまったので、検問で止められている人たちが騒ぎ出すのも時間の問題だった。

「エンリの身元について疑いがあるかもしれませんが、こちらでもっと有名な人に頼んで調べさせます。それでただの村娘だと分かったら謝ってくださいね、彼女に」

 『ただの村娘』と言い続けるのも悪い気がしてきた。

「今はただの村娘だが、将来は凄い村娘になるかもしれませんよ」

「ううっ。わ、分かりました」

 大人しくなった魔法詠唱者(マジック・キャスター)の肩にヤントラは手を置いた。

「さっきのスクロールで欲しいものがあれば数枚あげますよ」

「なんと!」

 欲深い人間なのか遠慮なしに欲しい魔法を言ってきた。

 ヤントラはスクロールの使い方を説明して十枚渡すことになった。

「試しに一枚、使ってみてください」

 渡したものではないスクロールを一枚、魔法詠唱者(マジック・キャスター)に渡した。

「で、では……。〈飛行(フライ)〉」

 スクロールに書かれた魔法を唱えると羊皮紙は燃え上がった。そして、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の身体が浮いた。

「おおっ! 第三位階の魔法が使えとる」

「それらは大事な時に使ってください。金貨数百枚相当ですが、タダであげます。……ニセものかは鑑定魔法で調べてくださいね」

「う、うむ。大事にする」

 調べずとも本物である確信はあったが念のために後で調べることにした。

 儲かったと思ったが、エンリの顔を見て申し訳ない気持ちになってきた。

「おほん。そ、そなたを疑って悪かったな。もう通ってよいぞ」

「ありがとうございます」

「許可は我々が出します」

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)は兵士の一人に外に連れ出された。

 ヤントラ達は無事にエ・ランテルの中に入ることが出来て安心した。

 エンリは馬車を中央区画まで進めた。

 空は真っ暗だが街は永続光(コンティニュアル・ライト)で照らされて明るかった。

 夜間営業の店が活気を生んでいる。

「すっかり夜になってしまいましたね。エンリは寄りたいところとかあるのか?」

「友達の店はもう閉まっていると思うので、宿屋に行こうかと」

 幌の中でヤントラは装備品を片付けていた。

 エンリに預けていた大剣も回収している。

「友達というのはンフィーレアという若者かい?」

「はい、そうです」

「王都からは遠いが利用させてもらっているよ。エ・ランテルはカルネ村に近いからね」

 そんな話しをしながらエンリは自分が使っている宿屋に馬車を止めた。

 街の至るところに馬車を止める場所があり、銅貨数枚程度で借りることが出来る。

 宿泊費などはヤントラが出すことにし、エンリは相部屋で記帳する。

 その後、鍵を受け取り、深夜営業の飲食店に向かうことにした。

「明日は別行動で構わないか? それともカルネ村まで一緒に行こうか?」

「ヤントラ様にも用がおありでしょう。私は一人で帰れますよ」

「エンリ。うちの家族をよろしくお願いします」

「は、はい。こちらこそ、今日は色々とありがとうございます」

 お互い頭を下げた後、飲食店にて様々なものを食べて料理方法などを質問した。

 お腹を満たした後は宿屋に戻り、部屋を確認する。

「……二人っきり」

「結構な出費だった気がするな。エンリ、強く生きてくれよ」

「は、はい」

「風呂で身体でも洗ってやろうか?」

 ヤントラは睡眠を取ったばかりなので眠るには早い気がした。

 女体観賞という言葉を思い浮かべつつ、彼女を労おうと思った。

 今まで散々迷惑をかけていたので身売りしてもおかしくないのだから風呂くらいは我慢しなければと思い、申し出を受けることにした。

 早速、エンリは服を脱いで風呂の支度を始める。

 この宿屋は各部屋に風呂が完備されている。

 数分後にヤントラも入る。

「おお、良い眺めだな」

 年頃の女性の裸が目の前にあった。背中を向けていたが。

「まあ、まずはこっちを向きなさい」

「え、ええ……」

 エンリは恐る恐るヤントラの方に顔を向ける。

 筋肉質の胸板が見えた。

 ヤントラはエンリの顔を掴んで下を向かせる。少しずつ力を入れて痛がらないように気をつけながら。

「きゃ、きゃー!」

「何が見えるかな?」

 咄嗟(とっさ)に顔を隠すエンリ。

 手で顔を覆ったせいでエンリの胸は丸見えになる。

 形の良い大きさの胸にヤントラは素直に感心する。

「ほら、目を開けて。何も心配はいらないよ」

「そんなことを言われても……」

 見ることができないならと、エンリの手を引っ張りヤントラはの股間を触らせる。

「きゃー!」

「何かあるかな?」

 その言葉にエンリは指を動かす。

 感覚的には何かが無くてはならない。それが無い。

「?」

 思い切って顔をヤントラの下半身に向ける。

 そこには何も無かった。出っ張りも穴も。

「……無い。ええっ!?」

「この身体は元々性別が無い。変な想像をしなくていいよ。それとも胸でも揉ませてくれるのかな?」

「嫌です。……ですが、とても信じられない……」

 エンリは改めてヤントラの頭から足元まで眺めた。

 不思議な身体をしているとは思っていた。更に謎が深まったような気がする。

 男性だと思えば男性に、女性だと思えば女性に見えてしまう。

 どう表現すればいいのかエンリには分からない。

「前から洗おうか、背中から洗おうか?」

「せ、背中をお願いします」

「エロいのだよ、私は。あと、女性の身体の扱いはだいぶ勉強している。力を抜いて楽にしなさい。頭も洗ってやろう。その代わりに、私の身体も洗ってくれよ」

「……はい」

 ヤントラは本当に優しく背中を洗ってくれた。

 力加減がとても気持ちよく感じられる。

 背中のあとは腕と足まで洗ってもらうほどだった。さすがに前面部は自分で洗った。

 髪も丁寧に洗ってくれた。

 洗い終わった後はエンリがヤントラの背中を洗おうとするが彼のように優しくは洗えない。

 何故だか、女性として負けた気がした。

「あの角笛のアイテムで君にけっこう迷惑をかけてしまったね。アインズの代わりに私が謝罪しよう」

「い、いいえ! ヤントラ様が謝るのは……、なんか違う気がします」

「……ここ最近はアインズの尻拭いをさせられている気がしてね。それから、金銭的価値に換算しないように。高価だからあげたわけじゃないだろう。それを間違えていけないよ」

「はい」

「もし会う機会があればアイテムについて聞いてみるといい」

「分かりました。……それにしてもアインズ様のこと、随分と……、お知り合いなのですよね?」

「腐れ縁だ。お互いのことはだいたい分かるケンカ友達みたいなものだよ。……私の名前を出すと不機嫌になるけど、気にしないように」

 苦笑するヤントラ。

 アインズとヤントラは確かに不思議な存在だとエンリは思う。

 村の発展に多大な尽力を傾けてくるアインズと比べると規模は小さいかもしれないが、決して小さくない恩が出来た。

 風呂に一緒に入るくらい我慢できる。というか、男でもないけど。

 風呂上りに水気を拭き取って寝巻きに着替える。これは予め買っておいた私物ではあるが、エンリにも渡した。

 女性物の下着類は何かと必要だと感じ、持っている。

 突然嘔吐したり、血尿を出す事態を想定したものなのだが、エンリにも役に立つようだ。

「普通の下着類だ。どれでも好きなのを選んで良いよ」

「ありがとうございます」

「うちは女所帯だからね。血まみれになったり、下水で汚れたりするものだから、ほぼ必需品になっている」

「……その女性達って?」

 脳裏には『愛人』という言葉が浮かんだ。

「『蒼の薔薇』という王国の冒険者だ」

 エンリはあまり冒険者については詳しくなかったのでメンバーの顔は全く浮かばなかった。

 下着を選び、エンリは二つあるベッドの片方を選ぶ。

「……しかし、アインズの名前が出るたびにスレイン法国と関係があるのか、と言われるのうんざりする。なんとかならないものだろうか」

「……そうですね」

「というか、私がなんであいつのことを考えたり心配しなきゃならないんだ? あ~あ、面倒くさい……」

 ふてくされ方がとても可愛く感じた。

 エンリは眠る前にお礼を言って就寝する。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 翌朝になり、しっかりと睡眠を取ったせいか、気分は晴れやかだった。

 エンリの朝は早く、ヤントラはまだ眠っているようだった。

 身支度を終える頃にヤントラが目覚めた。

「おはようございます」

「エンリ……、おはよう。朝か……」

「はい。今日はご一緒に朝ごはんを食べましょう。お代は私が出しますよ」

「……分かりました」

 ゆっくりと起き上がるヤントラ。

 寝起きは身体の動きが遅いが、顔を洗う頃には機敏になっている。

 朝食は宿屋の一階で食べることが出来る。一般の食堂よりは値段も安く、身体に吸収されやすいメニューが揃っていた。

 エンリもよく利用する宿屋なので、店主とは顔なじみだった。

「家ではどんなものを食べているんですか?」

「食材を買ってきて自分で作って食べる。メイドや執事は雇っていないので」

 お金持ちは豪華な料理ばかり食べているとエンリは思っていた。

「貴族らしい暮らしはしていないよ。冒険者としてここに居る時点で質素なことは分かると思うが」

「そうでしたね」

 本来ならば自宅で食事をしているところだろう。

 ヤントラは自分達と同じものを食べるごく普通の人間。

 少なくとも特別な世界に生きるような存在には見えなかった。

「検問は数日は我慢してもらわないといけないが……、君の友達は助けてくれないのか? エ・ランテルでは有名な薬師なのだろう?」

「そうですよね。この後、行ってみます」

 そういえば、とエンリは頼るべき相手を今の今まで忘れていた事に気づいた。

「私は寄る所があるから、ここでお別れだ。その後はまた戻ってきて冒険者の仕事探しだ。……あ、一旦は自宅に帰らないといけないな。エンリの身辺調査を依頼しなければ……」

「何から何までご迷惑をおかして申し訳ありません」

「今度は胸でも揉ませてもらおうかな」

「むっ。……お代……としてなら遠慮無くどうぞ」

 腰に両手を当てて胸を突き出すエンリ。

「その調子だ。元気な娘さんでいてくれ」

 食事を終えた後でヤントラはエンリと別れて次の目的地に向かう。

 本来向かうべき次の目的地はナザリック地下大墳墓。

 戦争の準備に入ったとはいえ、あいも変わらず監視の目が集中している。

 迷彩柄の外套で身を包み、仮面を付けて正体を隠してみた。不可視化はしなくてもいいだろう。

 入れ替わりにレンジャー(野伏)でも雇っているのか、ご苦労なことだと感心する。

 ログハウスに異常は無いが、裏手はすごいことになっていた。

 整然と並ぶ大木が生えている。

 大木の下は畑になっていて汚物処理の一環なのは分かったが、本格的に開拓されると綺麗なものに見える。

 見晴らしの良い平原に場違いな大木。

 こんなことが出来るのは高位の森祭司(ドルイド)かもしれない。

 ログハウスに入るといつも居るユリの姿は無く、人気は感じられない。

 それでも中に入れるのだから不可視化や不可知化で姿を隠している者が居るのだろう。

 手近な椅子に座り、仮面を外す。

 頻繁に利用するのはヤントラくらいだろうか。それはそれで仕方がない気もするが、一般に開放するすべがあればどうなっているのだろうか。

 数分待っていると奥から老人が現れた。

 がっしりした体型で厳つい顔。執事服を着た存在。

「お待たせして申し訳ありません」

 丁寧な挨拶。まごうことなきセバスだった。

「体制が変わり、私が対応させていただくことになりました」

「王都では世話になった。その後は関知していないが……、書類などはどうなった?」

「あれらは分量が多いので精査中でございます。物品類の整理は比較的早く終了いたしました」

「そうか。それより、このところ私はアインズの尻拭いをさせられている気がするのだが……、気のせいだろうか?」

「気のせい、だと思われます。アインズ様と敵対されているとはいえ、バスパ様もナザリックを考えての行動であることは我々も理解しております」

「……そう言ってくれると恥ずかしいな。敵対と言っても性格的な不一致だ。それから、生まれながらの異能(タレント)の影響からか、アインズの能力に危機感を覚えての行動は自分でも驚いている。どうにも私は運命に操られているのかもしれないな。君達に迷惑がかからないようにしたいものだが……」

 ヤントラは外に出た時は自由に冒険できると思っていた。

 それがアインズ、モモンガの出現で全てが台無しになる、という危機感に支配されてしまった。

 ユリから生まれながらの異能(タレント)の事を聞くまでは考えもしなかった事だ。

「人間種というよりはこの世界に最適化された事で自分でも制御できない事態に陥っているのかもしれない。それこそ世界級(ワールド)アイテムの影響のような……」

「バスパ様が危惧なさる通り、我々はこの世界のことをもっと勉強すべきなのかもしれません」

「布石を打ったつもりが全ては何者かに操られていた、というオチもあるかもしれないな。私一人が裏切ったところで問題は無いだろうが、君達は仲良くしていてほしいよ。……多少のケンカはガス抜きとしては有りだがな」

「バスパ様のお優しさ、胸に染み入ります」

「王都で悪魔が出るのは予想外だったが……。あれで私の評判はガタ落ちになったかもしれない。それとも私をいよいよ始末しに来たのか?」

「それは無いかと……。私どもも聞いておりませんでしたので」

「そうか。ツアレさんは元気か?」

「はい。ペストーニャにメイドの仕事を教わっているところでございます」

「生まれながらの異能(タレント)能力でアインズに迷惑をかけてしまったのなら、申し訳ないと思う。それで、アインズは……、今居るのか?」

「バハルス帝国に行ってしまわれました」

 立て続けの質問に対し、セバスは一つ一つ丁寧に答えていく。

「アインズの名前が出る度にスレイン法国と関連付けられるのだが、名前を四つにするとか……、出来ないよな……」

 ヤントラが頭を抱えたのでセバスは少しだけ心配になった。

「私にとってもアインズ・ウール・ゴウンは特別な名前なのに……。知らない国と関連付けられても困る」

 不機嫌になったヤントラの為にセバスは果実水を用意した。

「お怒りは重々承知いたしました。こちらのお飲み物で落ち着かれてはいかがでしょう」

「ありがとう、セバス。……それにしても合法的に土地を取得せず、奪い取る方を選ぶとは……。思い切ったことをするものだ」

「アインズ様の崇高なお考えは私共には推し量れませんので」

 ヤントラはある程度の推測は出来ていた。

 

 帝国による請負人(ワーカー)侵入の責任を取らせるためにあえて帝国の後ろ盾となり、宣戦布告する。

 王国の領土を要求するが全ての責任は帝国に押し付ける、という内容だろうと。

 それをアインズ一人が考えられるはずもなく、デミウルゴスの助言があるはずだ。

 王都襲撃もその辺りが関係しているのかもしれない。

「……それもまたタレントの能力か……」

 自分でも驚いている。よく回る思考に。

 特に考えたくない相手のことばかり。

 本来ならアインズとは関わりあいたくない。それが紐でも付いているかのごとく引きずられている。

「そういえば、留守にする時はログハウスはどうしているんだ?」

「入り口を固めて石動像(ストーン・ゴーレム)などに守らせております。念のために死の騎士(デス・ナイト)を二体、中に待機させております」

「戦闘になって壊されたらアウラががっかりするだろうな」

「また建て直すとおっしゃっておいででした」

 階層守護者がなんでもないと言ってもセバス達は心苦しさを感じていたのでヤントラの心配に少し安堵する。

「いつも綺麗にしているから、もったいないなと思って」

「ユリに伝えておきましょう」

 飲み物を飲み終えて、セバスから転移の指輪を受け取る。

 セバスに一礼して第九階層へと向かう。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 そこは戦(・)場(・)だった。

 メイド達の活気に満ちた顔、顔、顔。

 第九階層の中でも開けた広場には無数のアンデッドが占拠していた。

 普段は第十階層の大図書館に居るはずの骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)や死の大魔法使い(エルダーリッチ)達。

 それらが一心不乱に羊皮紙に文字を書き込んでいた。

「ば、バスパ様。ようこそ。こちらはとても込み合っておりますので……」

 メイドの一人が恭しく頭を下げてきた。

「そのままでいいよ。忙しくしている仕事風景は嫌いではない。……この調子ではラキュースも忙しいだろうな」

「ラキュース様は睡眠を取っておられます」

 死の大魔法使い(エルダーリッチ)とて書き損じが出るようで、足元には羊皮紙の失敗作が丸めて捨てられている。それらのゴミはメイド達が邪魔にならないように回収する。

「羊皮紙がもったいないな。字は消せないのか?」

 スクロールと違い、インクならば水につけるなりすればいいだろうと思った。

「それらは水源の第四階層に運び入れて、乾燥は第七階層で燃えないように慎重に行(おこな)っております」

 第四階層はヤントラにとっては進入禁止のエリアなので様子見が出来ない。

「ナザリックの有効活用だね。素晴らしいことだ。資源を無駄にしないことは大切だ。破かないように厳命しておきなさい」

「……私共にはその権限がございません」

 メイドは申し訳無さそうに言った。

 ヤントラは一堂が見渡せる場所に向かい、手を叩く。

「作業中に悪いが手を止めてくれ」

「おお、バスパ様」

 メイド達も手や足を止める。

「スク……、羊皮紙は有限な資源だ。丸めるのは良い。出来るだけ破かないようにしてくれ。先ほどメイドから聞いたが再利用の作業を行っている。相手は皮だから縮むおそれもあるだろう。……破かずに扱ってくれ。書き損じについては想定内だ。恐れずに、丁寧に作業してくれれば良い」

「畏(かしこ)まりました!」

 全アンデッドが声をそろえて返事をした。

「メイドさん、乾いた羊皮紙はどうなっている?」

「ご指摘のように縮むものが出ているもようです。縮みを防止する方法も練られている次第でございます」

「そのまま自然乾燥では駄目だろうな。重しを乗せて水気を切るしかないだろう」

「既に動像(ゴーレム)で実験中でございます」

 別のメイドが答えた。

「数日かかることを見越して作業すれば良いだろう」

「分かりました」

 メイドと別れてヤントラはラキュースの眠る部屋に向かった。

 部屋の入り口に待機しているメイドが静かに扉を開ける。

 中にもメイドが居て、しっかりとした肉付きの良いラキュースの手足を揉んでいた。

 少ししかなかった金髪の髪の毛も伸びていたがロールにするにはまだ程遠いだろう。

 彼女の為に買っておいた薬草類を棚の上に置いた。

「……眠ったばかりなのでしばらくは起きないかと」

「君達にまかせっきりで申し訳ないな」

「いえ、滅相もございません」

 メイドを一旦、下がらせた。

 静かに寝息を立てているラキュースは見る度に違う様相を見せてくれる。

 腕は筋肉で太くなり、腹筋も見事に割れている。

 額に手を置くと熱は無かった。

 鍛錬は欠かさずに続けているのだろう。それでも今は連れ出すほどの用意は整っていない。

 メイドの代わりにヤントラがラキュースの身体をほぐす。

 腕と足は無反応だったが肩を掴むと身体をよじる。くすぐったいのかもしれない。

 全体的に太くなったというよりは枯れ木から元に戻ってきた、という印象のほうが強いだろう。

 食事もしっかり取っているのだろう。とても血色が良い。

 大きく盛り上がった胸は形を保ったままかすかに揺れている。

 寝返りを打つと胸の重さで一気に倒れるのではないかと思うほどだ。

 割れた腹筋は呼吸のたびに膨らんだりしぼむが溝は消えない。

 既に身体全体は綺麗に洗われているようだ。

 部屋の方に顔を向けると掃除も必要の無いほど。

 手足の姿勢を整えて、薄い掛布団を乗せる。

 

 ラキュースの事はメイドに任せてシズを捜索する。

 階層守護者と違って戦闘メイド達は特別な命令が無い限りは第九階層に居るはずである。

 ユリは自室で羊皮紙の整理をしているだろう。

 各戦闘メイドにも個人の部屋が与えられており、長期不在の多いナーベラルの部屋も定期的に他のメイドに掃除されていた。

 シズの部屋に向かう前にメイドの一人に口唇蟲の世話を頼んでおいた。

 改めてシズの部屋に向かい、扉を数回ノックする。するとすぐに扉が開けられた。

「やあ、シズ。今は忙しいかい?」

「……銃器の確認中。……急ぎでなければ少しだけ時間を頂きたい」

「では、その間に食堂にいるよ」

「……了解」

 受け答えは全て無表情。

 それがシズ・デルタ。

 彼女の部屋の壁には無数の銃器が飾られている。

 定期的に分解掃除をするのが日課である。

 スペアパーツ製作の為の図面作りも行(おこな)っている。

 ヤントラは食堂で久しぶりのナザリック料理を食べることにした。

 先ほど口唇蟲の世話を頼んだメイドには風呂にも入れて綺麗にしてもらうように命令しておいた。

 賑やかなナザリックは久しぶりかもしれない。前回はお葬式(そうしき)ムードだった気がするが、明るい表情のメイド達の方が良い。

 第九階層は階層守護者も利用し、彼らの個室も存在する。

 アルベドや悪魔系の対策でラキュースは一定距離離れている必要がある。それは慣れでは解消できない問題だった。

 定期的に防具を入れ替えて対策を講じているようだが、重装備はまだ必要なようだった。

「……一人で考えても仕方ないか……」

 何人かのメイドが自分達の食事を持ってヤントラを見据えていた。

「ご、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「いいよ。シズが来るまでだが」

 三人のメイド達は喜びながらヤントラに相席するが決して密着はしない。

 大盛りの食事を運ぶ腕力にもヤントラは感心していた。

 彼女達のレベルは1だが、潜在的な能力を秘めているのかもしれない。

「急に忙しくなったようだが、終わったら暇になるかもしれない。私から何か仕事を与えたいところだが……、ちょっと思いつかないな」

「バスパ様にお考え頂くなんて……。ですが、お気遣い感謝いたします」

 三人のメイド達はそれぞれ頭を下げた。

「死の大魔法使い(エルダーリッチ)を九階層に上げているようだが十階層はどうなっている?」

「他の死の大魔法使い(エルダーリッチ)、死の支配者(オーバーロード)の方々がいらっしゃるので大丈夫かと。仕事量は減っても良いとのことなので」

「無人にするとフールーダさんを残すことになると思ってな。彼のお世話は誰か側にいるのか?」

「はい。監視要員もいらっしゃるようです」

「……バスパ様が様々なことをご心配されているわよ」

「……そ、そんなことは分かってるわよ」

 小声でメイド達が話していたがヤントラの耳には届いている。

 盗賊(ローグ)系の特殊技術(スキル)のお陰が、短距離の会話はだいたい聞き取れる。

「私はアインズとは仲が良くないが、ナザリックは大切な場所だと思っている。自分の家のように心配してしまうのさ。その辺りはナザリックに属さない部外者としてアインズには良い顔はされないがな」

「いえいえいえ! バスパ様のお優しい気持ちは我々も重々承知しております」

「ナザリックに属さないという点はありますが、人間種でありながら親身に接して下さる気持ちはありがたく思っております」

「階層守護者の皆さんも会話の端々にバスパ様の事を出されるのですよ。先日はデミウルゴス様がバスパ様に叱られるのでは、とおっしゃっておりました」

「……他人の会話を簡単に漏らしたら駄目だよ、君達。……特に階層守護者たちの話しはね」

 そう言うとメイドの一人が顔を青ざめた。

「聞かなかったことにする。……もしデミウルゴスに私の事を聞かれたら『仕方のないこともあると理解している』と伝えてくれ」

「は、はいっ!」

「本気で敵対してたらどうする気だったんだろうか……、あのヤルダバオトという悪魔は」

「そんな名前の悪魔って居ましたっけ?」

「居るようだよ。デミウルゴスに聞くといい。メイド諸君、このところ私はアインズの尻拭いをさせられている気がする。労(ねぎら)ってくれ、人間の私を」

「は、はい。では……。バスパ様、今日もご苦労様でした」

「お風呂でお背中を流して差し上げますよ」

「じゃあ、私は全身マッサージかな。ラキュース様には好評なんですよ」

「みんなありがとう。要件を済ませたらお風呂にマッサージを頼もうかな」

「私達は今日が非番なので……」

「もしお忙しくなければお世話させていただきます」

 それぞれにお礼を言う頃、シズがやってきた。

 残った食事を食べ終えて、食器を食堂のカウンターに運ぶ。

 

 転移の指輪で第六階層に訪れ、三つの金庫を開けてもらう。

「銃器の整備は部屋では狭くないのか?」

「……弾の整理が大変」

「第三の金庫はユリに報告し……。それは後で考えておく。メイドの部屋を汚くするのは忍びないからね」

「……申し訳ありません」

 第三の金庫にある銃器はシズに任せて、アイテムを物色する。

 金貨が一気に減っているのが第三金庫。

 他の金庫よりも黄金色の山が小さく見えた。

 七百万枚ともなると目減りが激しいのだなと改めて驚いた。

 金貨に埋もれていた貴重なアイテム類が顔を出してきたので御の字としておこう。

 もちろん大事なアイテムを隠蔽(いんぺい)する一環であり、第一と第二も金貨の奥に様々なものが仕舞われている。

 そういうことをする理由は『危機的状況に陥ったら現れる』ようにしているからである。

 余裕のある第二金庫に武器類を移動させ、銃器類のみ第三金庫に残すことにした。

 どんどん少なくなっていく自分のアイテム類。

 数ヶ月も経っていないのに、と残念な気持ちになる。とはいえ第三金庫はもともとアイテム数が少ないので金貨が減ると寂しく見えるものだ。

 武器破壊は受けていないのだから、絶対数はそれほど減っているわけではない。スクロールも高位のものが数枚程度。

 今回持ち出すのはアクセサリー類と多少のスクロール。武器は戦争後に考えることにした。

 第一は確認だけして第二金庫に移動し、持てるだけのアイテムを回収する。

「シズ。何か持っていきたいものがあるのか?」

「……銃弾を少し」

 シズが手にしている弾は金貨と混ざるように散らばっていた。

 本来はちゃんと整頓していたはずだ。

 銃弾の管理はおろそかに出来ない。

「混ざらないように整頓しろよ。金貨の山でも崩れたか?」

 課金で作られた金庫は空中で広がり、地面に落ちる演出の仕様なのだが、中に振動が一切伝わらない。

 だから開けても金貨がこすれあうことも音を出すことも無い。銃弾が整頓されたまま維持されている。

「……足に当たって……、次に金貨の山が崩れてしまった」

「今回はお預けにして閉めるぞ。後で命令を出しておくから」

「……ごめんなさい……」

 無表情のシズも少し俯き加減で謝罪してきた。

 ヤントラは彼女の頭を撫でた。

 シズにこれまで消費したポーション瓶と金貨二百枚ほどを渡す。そして、金庫を閉じる。

 それからシズには第九階層に帰ってもらった。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 次に向かった第六階層は闘技場の他に広大な森林地帯の『ジャングル』がある。

 階層守護者であるアウラとマーレが主に生活している場所でもある。

 もちろん様々なモンスターが配置されている。

 闘技場には動像(ゴーレム)が居るが今回はジャングルに用があった。

 樹海(じゅかい)のような様相(ようそう)を呈(てい)していて、何も知らないものにとっては畏怖(いふ)する場所である。

 底なし沼。蠱毒(こどく)の大穴。湖。他にも様々な特色のある場所がある。

 この階層の中央には第四階層に比べればとても小さな湖があり、周りが草原になっている憩いの場のような場所がある。

 ヤントラはまずその場所に向かっていた。

 普通ならトラップが発動するのだが、侵入者が居ない今、それらは発動しないようになっている。

 トラップの発動には経費がかかる。

 アインズの命令次第ではヤントラとて巻き添えにされるが、今は無視されていた。

 それはつまり『通しても良い』ということだ。もちろん進入禁止エリアは存在し、ヤントラとて入れば迎撃される。

 『飛行(フライ)』で一気に飛ぶが、本来なら多数のモンスターが迎撃に出てくる。

 ここは既に敵地である。

 ジャングルの中央は平原になっているので数十分も飛べば迷う事無く到着することが出来る。

 ひと時の憩いの場の周りには魔獣系モンスターが徘徊している。

 レベル的にはヤントラに倒せないほどではない。死霊系の非実体に比べれば戦いやすい。

「グウゥゥ!」

 森から音も無く姿を見せる魔獣。

 全長十メートルをゆうに超える巨体。黒い身体を持つ獰猛な獣。

 アウラのお気に入りの魔獣『大地の狼(フェンリル)』のフェンだった。

 もう一体のカメレオンとイグアナを融合させたような『イグアナの家(イツァムナー)』のクアドラシルの姿は無かったが擬態して隠れているかもしれない。

「フェン。元気にしてたか?」

 ヤントラが手を振ると物凄い速さで突っ込んできた。

 駆ける音は無音。

 静かなる巨獣はヤントラの目の前でピタリと止まった。

「お前のご主人様のところまで案内してくれ。背中に乗せてくれるのか?」

「クゥン」

 ユグドラシル時代は大抵の魔獣にも襲われている。

 フェンがヤントラに大人しい態度を見せているのはアウラ達の創造主『ぶくぶく茶釜』が仲良くするように命令している為だ。

 最初こそは命令が無かったので数回はヤントラの身体を食い千切っている。

 

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