ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
近くに来て化け物の正体が見えてきた。
フランベルジュを
顔に肉は無く。眼球も無い。
殺戮の本能のみで動く凶悪なモンスター。
兵士達の知識には無いが、それは『
ボロボロの外套をはためかせているせいで動く姿はまさしく漆黒の暴風。
生者を見下ろす顔に慈悲などあるはずがない。
「隊列を組め~! 相手は一体だ!」
そう命令するが防御が何の役にも立たない、とそれぞれの兵士は理解している。
訓練されたとはいえ、これほどのモンスターと戦った経験が無い者たちばかり。
隊長とて、それは同じ。
勝てる見込みが不明の相手。
強さの基準でよく使われる『王国戦士長』より強いのか、弱いのか。
その程度のことしか浮かばなかった。
自分達は誇り高き兵士。モンスター一体に恐怖している場合ではないのだ。
村人を虐殺する外道が騎士道を
このモンスターを
どんな攻撃にも一回だけ
あくまでも主人を守る盾以上の使い道は無いに等しい。
そんなモンスターなので攻撃を引き受ける事も特殊能力として存在する。
だが、ここはユグドラシルではない。
未知の脅威はどんなものにも等しく恐怖を与える。
高レベルプレイヤーなら何の問題も無い攻撃が彼ら兵士にとっては対処できないレベルになっている。
もし、ここに凄腕の冒険者でも居れば彼らの命はまだ保たれていただろう。
驚異的なスピード。と、彼らには見えているが本当にそうだろうか。
人間を両断しているのだから勝てないほど強く見えるのも理解出来る。
少しだけ考えた方を変えよう。
彼らは
モンスターレベルは35程度。対する兵士は10にも満たないとしたら。
そんな低レベルの兵士が殺戮しているのだ。
自分たちが強いと信じて疑わない誇り高き兵士。
その程度の実力で人を殺しているのだ。仮に実際のレベルが20だとしても。
人を殺すような人間にモンスターを恐れる資格は無い。
まっとうなプレイヤーなら20レベルでも
斬撃無効。殴打武器無効。遠距離攻撃無効。炎耐性。などの弱点を無効化するような特殊能力でも無い限りは。
受け流しさえ出来れば防具が貧弱でも対応できる。
攻撃力が足りない。速さが足りない。それはただ単に戦場に出る強さが無いだけだ。
レベルも高くない。
対する兵士は一人ではなく訓練を重ねてきた熟練者が十人。これで対応できない方がおかしい。
ユグドラシルの一般プレイヤーが見たら笑われてしまう。
死を振り
一人も逃がす気は無い。
最初の一振りで二人の兵士の首が地に落ちた。何の防御対策もせずに恐怖しているからだ。
とはいえ、殺意を振り撒くモンスターが信じられないスピードで
だが、それは言い訳にしかならない。
相手は確実に殺しにかかっている。
殺されない努力くらいは誇り高き兵士はすべきだろう。
死んだ人間は
再生能力があるわけではないので動く肉塊も自然と沈黙する。
「う、うあ……」
生き残った兵士たちは戦いを放棄し、四方に逃げようとした。
ゆっくりと距離を詰め、相手の出方をうかがっている。
たった一歩、
人間側は三歩は進まないといけないのではないかと
荒れ狂う暴風が静かに
「た、助け……」
声を出すのも命取り。それでも命乞いをせずにはいられない恐怖が目の前で静かに
隊長は味方を
これで自分が助かると一瞬でも思ってしまった。
「鬼畜は鬼畜か……」
という誰かの言葉の後、隊長の首は半分だけ切り裂かれた。
血が噴き出す。
引き倒された兵士は振り返る。
そこに見えたのは血を噴き出しながら倒れゆく隊長と返り血を浴びない黒い人影。
吹き出した血とは反対方向に居る、ということまでは理解した。
「全員を殺す手間が
新たに現れたのは全身に返り血を浴びた暗殺者。隊長の返り血は浴びていないけれど、血まみれ。
逃げるなら今。のはずなのだが足腰が震えて身体がうまく動かない。
村人をたくさん殺してきた自分が恐怖に怯えるとは思いもしなかった。
「短剣じゃ分が悪いか。まあいいや。準備運動も終わったことだし。リハビリがてら相手をしてくれるか?」
声の感じからは男性なのだろうが、顔つきは幼さのあるものだった。
今のところアサシンと思しき人物は襲ってこない。
持っていた短剣を素早くしまい、ほぼ同時に黒い剣を二本取り出した。
長い剣を納める
黒い剣は細身のショートソードという事くらいしか兵士には分からない。
「剣もいいが……。う~ん。まあいいか。考えても仕方ない」
と言い終わった時には駆け出していた。
尋常なスピード、というわけもなく兵士の肉眼でも追いつける程度の速さ。
間違いなく、
そう思った。
他の兵士が見ても同じ感想に行き着くだろう。
もしかして
自信満々に突撃したし、と言いながらも必死に戦いの場から離れる。
結果として
「………」
突きと言っても兵士の自分では
兵士はただのバカだったか。という感想しか浮かばなかった。
「……ああ!」
次に
怒りに身を任せている。
痛みよりも怒り。
剣もやはり地面に叩きつけるように投げ捨てた。
アサシンとしては自信満々に突っ込んだわけではない。
ただ、己の身体が脆弱だっただけだ。
レベル的には
ほぼ全裸でいるのと同じくらいに。
出来ることならしっかりした装備で身を包みたかった。しかし今はそれが出来ない。
手持ちの武具でやりくりするしかない。
あまりにも脆弱すぎて怒りが収まらない。
腕からの出血は少しずつ治まっているが、怒りは治まらない。
そんな彼の心情とは関係なく、
兵士としても彼を助ける義理は無いし、隊長を殺した人間だ。
「ふん。腹が立つな……。本調子ではないとはいえ……」
と言いつつ、彼はケガなど気も留めずに
普通なら盾に阻まれるはずが、どういうわけか彼の蹴りが邪悪な騎士の腹部に突き刺さる。
ドズン。
そんな音が兵士の耳に届いた。それから
何枚かのスクロールを取り出し、ボロボロにした後、ポーションを一本飲む。
そして更にスクロールを出す頃には腕が再生を始めていた。
流れるような作業は熟練の冒険者だった。
剣を二本回収した後、転がっている自分の腕は蹴り捨てて新たな武器を出す。
それは腕を二周りは太くしたような無骨なガントレットだった。
相手に休む機会はもう与えない。
凶悪なモンスターに全く怯まない
盾で防御したはずだが、
重い一撃。先ほどの蹴りよりも重いかもしれない。
強固なタワーシールドが凹んだ。
一撃を与えた後、休むまもなく
どういう力が加わっているのか、
「本来はこうでなくちゃ」
と、言い終わる頃には
一撃では倒れない。だから二度、叩き込んだ。
はた目には普通に殴ったとしか思えない攻撃。特別な技があったようにも兵士には見えなかった。
ただ殴って、頭を粉砕しただけだ。それだけで
こう表現すると
もちろん腕を斬り飛ばされたところも見ている。
「!?」
斬り飛ばされたはずの腕がある事に兵士はやっと気付き、驚いた。
混乱する頭では異常事態に映ったのかもしれない。
しっかりと教育を受けた兵士ならば回復アイテムで欠損した部位が再生するくらい習っているはずだ。
それが今は判断力が低下しているため、何も理解できなかった。
物理攻撃は装備が貧弱であろうとも彼の方が上。何の不思議もない。
彼は戦士職の人間種なのだから。
素手で
それに彼が装備していた物は全てユグドラシルの店で簡単に買えるものばかり。
最上級は多少は持ち合わせているだろうが、それは自分が強者と思ったモンスター相手なら使うだろう。
ちゃんとした装備なら苦戦すらしない。
割りと大きなガントレットが彼の胸部に吸い込まれるように消えていった。
「ふ~。いい運動になった。ったく、誰だ。
兵士は今なら逃げられると思った。しかし、身体は頭ほど優秀ではないようで、ガタガタと震えていて立てない状態だった。
運動をしていた
「君は……邪魔なんで……。どこに捨てようかな?」
どういう力なのか、片腕で
武器を取り上げられ、そして、兵士は無造作に投げ捨てられる。
「さてと邪魔者が居なくなったし、次は何が出てくるのやら」
生き残っている兵士は既に逃亡を始めたが彼は追わなかった。
皆殺しにする気は無く、これ以上の殺戮に興味をなくしただけだ。
正直に言えばエンリを置いてきた事を思い出したので、事態が収集するまでは警戒しておこうと思った。
首を何度か
一目で受け止め切れないと判断した彼は頑張って避けた。
地面に激突した武器は黒い大型の斧。バルディッシュと言われる武器だった。
遠くからターゲットを目掛けて投げたとすれば間違いなく強者だ。
「お、ま、え、かぁぁ~! 貴様がアインズ様のアンデッドをぉぉ!」
怒声を撒き散らし地面を砕きつつ走ってくるのは漆黒の全身鎧を身にまとう悪魔。
角の生えた
漆黒の鎧の胸部は盛り上がっていたので女性の装備だと分かる。
「一段とレベルアップしてきたな」
先ほどの
多くのモンスターと戦ってきた経験からも薄々は分かる。
迫ってきている黒い悪魔は強いと。
そして、着ている鎧は『とても見覚えのある代物』だった。
すばやく黒い剣を取り出し、臨戦態勢に入る。
「倒すのは……無理そうだが、やってみるか」
自分の知る者ならばある程度の実力は知っている。だから、勝てるか勝てないかはだいたい分かる。
この悪魔は強くて勝てない。
でも、戦ってみたい。そんな思いが彼の中にはあった。
走りこみつつバルディッシュを拾い、襲い掛かる女性型悪魔。
受けきれないのは百も承知。武器が壊れないように慎重にバルディッシュを受け流す。
単純な攻撃力で言えば戦えないわけではない。
ただ、防御が計り知れない。
彼女の鎧は記憶違いでなければ
バルディッシュが地面に落ちれば爆音と共に大きな穴を作る。
「いてて。この野郎。バカ力は一人前だな」
「こぉの、クズがぁぁぁ!」
高レベルのモンスターともなると一撃が重く、次の攻撃に間が開くといった時間差が短くなり攻められなくなる。
自然と己も相手より先に動いたり、隙をうかがったりしなければならなくなる。
高難度のダンジョンでは強いモンスターが無数に居るのでソロプレイヤーにとっては大変な苦行と化す。
それでもモンスターは普通、
目の前の敵は違う。
弱点を補った最強最悪の敵だ。
相手は更に特殊な
超位魔法を一日三回は喰らっても無傷というとんでもない
「死すら生ぬるい……」
怒りのせいか、攻撃が先ほどから大降りで小回りにまで気を回していないようだ。
ただ、一撃一撃が爆撃並みで地面が穴だらけになっていく。
とても気を緩められる状況に無い。
当たれば粉々のミンチハンバーグの出来上がりだ。
製作には全てレアもののアイテムとレアものの素材が必要で難易度も桁違いに高い。
ナザリック地下大墳墓の守護者達は貴重な装備品を与えられて強化されている。
並々ならぬ努力で作られているものだけに滅多に装備して戦線に送り出したりはしないものだ。
「ミンチにして回復魔法で癒して~! ミンチにして回復魔法で癒して、を永遠にっ!」
「あ~分かった分かった。喋るか攻撃するか、どっちかにしろ」
声量がありすぎるので耳が痛く感じる。
攻撃を受け流すといっても既に武器は三つも破壊されていた。
壊れるたびに新しい剣を出す。
尋常ではない力はなかなかに厄介だった。
彼は受けに回っているが、攻撃はしない。それは反撃の
鉄壁の防御を誇る相手を倒すにはそれなりの攻撃魔法、または
「かぁとぉせいぶつがぁぁぁ! 私の敬愛するアインズ様のぉぉぉ!」
一段と攻撃が激しくなっていく。
順調に強くなっていった成果か、レベル差はあるが
決定打に欠ける以上、既に勝敗は見えている。あとはそれまで相手の力量を計ることくらいしか思いつかない。
一撃でも受けようものなら身体の部位は簡単に砕け散るだろう。
かする程度でもダメージが蓄積していくような感覚がある。
丸裸でレベル百に挑むようなものだ。
手ごわいボスモンスターと戦っているような気がした。
本来なら離れて見物したいところだ。
滅多に戦う事の無い相手だ。このまま観賞していたい気持ちが強かったが、そろそろ終わりにしなければならない。
陥没した穴に足を取られるようなマヌケを演じる相手でもないのは理解した。
無秩序に見える攻撃でも己の立ち位置はちゃんと把握している。
こちらも油断はしていないが、体力的にも分が悪い。
少しずつ村長たちと距離は取っているが、なかなかどうして。
楽しくて仕方が無い。
だが、悠長に楽しむのもここまでだ。
「完全武装の君に勝つのは骨が折れるね、きっと」
「砕け散れぇぇぇ!」
「……ヘルメス・トリスメギストスをいつまでも見ていたいが……、ここまでにしようか」
「!?」
その小さな呟きは決して聞き逃してはいけないと悪魔の全身が反応する。そして、地面に落ちるバルディッシュがピタリと止まった。
本来なら慣性の法則で激突していてもおかしくない勢いを、黒い悪魔は止めた。
動きが止まった事を確認した後、彼は武器をしまった。
「降参だ、アルベド。やはり君にはまだ勝てそうに無いな」
「なっ……。な……。そんなバカな……」
首を傾けたり肩を軽く動かしたりしている彼、ヤントラは自分の身体を改めて見下ろす。
かなりの擦過傷があり、返り血なのか自分のケガなのか分からないほどになっていた。
バルディッシュを取り落とした黒い悪魔、アルベドはその場に崩れ落ちる。
両膝を付きつつヤントラの顔を兜越しに見つめる。そして、女性らしいしぐさで両手で頬を押さえる。
「……バスパ……様なのですか?」
「ちょっと死にかけたぞ、アルベド。お前は相変わらず元気そうでなりよりだ」
興奮していたとはいえ知人に攻撃を仕掛けてしまったのだ。
アルベドの脳内では様々な言葉が浮かんでは消えていく。
アルベドは兜を取った。
金色の瞳に縦に割れた瞳孔。艶やかで長い黒髪。頭部には牛の角のようなものが生えている。
種族は
防御に優れた実力者でもある。
感動に打ち震えて涙を浮かべそうになるアルベド。というか散々戦って全く気付かないところは仲間というよりは敵の意識が強かったのかもしれない。
カルマも極悪だし、とヤントラは思った。
「聞くまでも無いかもしれないが……」
「はい!」
手を合わせて元気よく返事をするアルベド。
ゲーム時代は表情などの変化が無かったNPCも動いていると可愛いものだなと思えてくる。
「あいんず、というのは『あいつ』のことか?」
「モモンガ様が先ほど名を変えられまして。アインズ・ウール・ゴウンとなられました」
ギルド名を自分の名前にする。
普通はあり得ない。
あり得ないが、名乗るだけの理由が出来たのだろう。
ヤントラ自身はどんな名前に変えようが止める権利は無い。
「まあ……、予感はしていたがな。私はこの村に
「下等生物に慈悲を与えるとモモンガ様、今はアインズ様がおっしゃられて。先ほど村娘らしきものを救っておられました」
エンリは私の敵だ。と言いそうになったが飲み込んだ。
あの娘にはまだ少し生きていてもらわなければならない。絶望から這い上がる人間の強さはとても魅力的なのだから。
色々と事情を説明しようかと思ったがやめた。
村の惨状をどうにかする方が先だろうから。
「兵士を数名、逃がしたようですが?」
「追うなよ。全滅は村にとって不味い事態だからな。生き残りが居たほうが都合がいい」
危険度で言えば全滅させた方が危険である。
村に送った部隊が全滅したとなればカルネ村自体が危険な村と判断されてしまう可能性が高まる。
生き残りを逃がしておけば村に関係の無い用心棒あたりが蹴散らした、と思われて村よりはヤントラ達に向かってくるだろう。
「分かりました。それからアインズ様がもうすぐ来られると思います」
従順なアルベド。
いま少し彼女の正体は隠した方がいいと判断し、ヤントラ自らアルベドに兜をかぶせる。
正式メンバーではないとはいえ、知り合いに兜をかぶせられたアルベドは全身鎧のままモジモジと動いた。
金属のすれる音がしたがヤントラは指摘しなかった。
アルベドの言うアインズが来るまでの間、
無限とついているが限界があるらしい。途中で水が出てこなくなった。
魔法もそうだが一日に使える容量が決まっているのかもしれない。明日になればまた並々と水が出てくるのかもしれないが、ヤントラはこのアイテムを複数所持しているので特に問題は無かった。
全ては奪われることを想定した結果だ。
アルベドは置いといても大丈夫そうだが、問題は大量の肉塊と化した死体をどうするか。
正直に言って触りたくない。
ヤントラはアンデッドが嫌い。特に腐りかけのソンビとか。
スケルトンはまだ我慢できる。
アンデッドが嫌いだからモモンガが嫌い、という訳ではない。
元々、アンデッド系は苦手だっただけ。
予想していたとはいえ、モモンガが居るとは驚きだ。
同時期の転移を考えればアルベドの他のNPCも一緒かもしれない。
「ナザリックは無事なのか?」
「はい。現在は
「それは良かった。私の隠し金庫があるからな。少し諦めていたところだったよ」
本装備は全て隠し金庫に保管している。しかし、NPCの様子を見る限り、ナザリックの帰還に問題が生じるかもしれない、という予感があった。
表情と感情が豊かなNPCだ。部外者に容赦しない事もありえる。
覚書が通用しない事も覚悟しなければならない。
そんなことを考えていると前方から怪しげな人物が歩いてくるのが見えた。
黒いローブをまとい、ガントレットをはめて仮面を付けている。
杖はヤントラも見かけたことがあるが正式名称をど忘れした。
確か『スタッフ・オブ・何とか』だ。
「アインズ様! 申し訳ありません……。
「ほう。そこに居るやつがやったのか?」
「……はい。その……」
「まあ良い。あの程度の雑魚モンスターはいくらでも作れる。それより村の生き残りのところへ」
仮面越しに見ている人物こそがアインズ。というか他には誰も居ない。
雰囲気はヤントラの知るモモンガと同じだ。
何度も頷きつつ、モモンガことアインズを眺める。
挨拶せずに立ち去ろうとするアインズにヤントラは特に声はかけなかった。
ただ、アルベドは気になったのかアインズに尋ねた。
「バスパ様に何か言わなくてもよろしいので?」
「この村に来たのは奴に会いに来たのではない。村を救いに来たのだ」
「慈善活動とは珍しいな、モモンガ」
アインズの後姿にヤントラは声をぶつけた。
「アインズだ。アインズ・ウール・ゴウン。アルベドから聞いたのだろう? そう呼べ」
「長い。まあしかし、アインズか……。敵の名前だものな。覚えておこう」
アインズは振り返らずに小さく苦笑した。
「それよりなぜ顔を隠した? 聞くまでも無いと思うが、怪しい魔法使いにしか見えないぞ」
「……うるさい。
ヤントラはアインズの考えをある程度読む人間だ。
それを分かっているのでいちいち説明は求めない。
近くにあった死体を改めてアインズは
死体に黒い粘液が絡み付いて変質させるのだが、どういう原理で巨大化し、フランベルジュとタワーシールドが出てくるのかヤントラは疑問に思った。
兵士たちの武装に大きな武具は存在しなかったからだ。
「運動がてらに倒してしまったが……。悪かったな、アインズ」
「少し驚いたがな」
会話が短いことにアルベドは首を傾げる。
自分には分からない事が多くて色々と聞きたかった。
アルベドにとってヤントラは『至高の御方々に連なる者』という認識が強くなっていた。
現に彼は自分を創造したタブラ・スマラグディナと仲が良い。そんな相手を
アルベド達NPCは姿が変わる前のヤントラを知っているし、バスパという名前で呼ぶことも許されている。
そんな相手に攻撃して何も言われないのが、少し怖かった。
「あ、あのアインズ様!」
「んっ?」
アルベドはその場に片膝をついた。
「気付かなかったこととはいえ、バスパ様に刃を向けた私めに罰を」
「そ、そうか。しかし、今は村のことが重要だ」
「いやいや、君と戦えてとても有意義だったよ。それにヘルメス・トリスメギストスをまとう君の姿はとても美しい。それだけでお腹がいっぱいさ」
両手を広げてヤントラは言った。
アインズとしてもヤントラが嬉しがっているのだからお咎めは無しで構わないなと判断した。
「よい。許す」
「話しは変わるが、この兵士どもはどうして村を襲ったんだろうな。私は今日、村娘のエンリと一緒に町に行く予定だったのに……」
「それはこれから調べる。それでお前はどうするんだ?」
「どうもこうもないから、お前についていくよ。あと、話しを合わせた方が都合がいいだろう? ついでにナザリックで装備品とか詰め替えたいし。というかナザリックはどうなった?」
歩きながら喋るアインズとヤントラ。
「内部に変化は無い、と思う。外が……、草原になっていた」
「そっか……。でもなんで私は外に飛ばされたんだろう? 馬車に轢かれたぞ」
「……いつものことながら災難だったな」
「PKに比べればマシなレベルだ」
至高の御方の会話についていけないアルベドはただ黙って小動物のように後を追うことしか出来なかった。
アルベドは死体から装備やアイテムを回収する。
ヤントラはアルベドの作業を眺めつつモモンガのことを考えていた。
正確に言うならばナザリック地下大墳墓を拠点とするギルド『アインズ・ウール・ゴウン』という名をかたる者のことを。
自らの名を変える。プレイヤーとしては複雑な思いがある。
思い入れのある名前は捨てるに捨てられないし、よほどの恥ずかしい名前でもない限りは基本的に最後まで使うものだ。
ヤントラも前はバスパと名乗っていたが、これは略しすぎていたことと初心者としては別に思い入れも無く、上達したら変えようと『最初から決めていた』ことだった。
アインズ・ウール・ゴウンはギルドメンバーが苦心して名付けた名前。
軽い気持ちは入っていない。それはヤントラも知っている。というか聞いた。
「そういえば、兵士の死体はどうするんだ? 村人と混ぜるのは良くないと思うが?」
「死体はナザリックに持ち帰ってアインズ様の実験に使われる予定になっております。村人のものはもちろんここに残していきます」
死体処理するのはアルベドという女性にとっては汚れ仕事。
それを任せるのは胸が痛むなと思った。
村人を殺戮した兵士の死体を燃やそうが食べようが気にする価値もないのだが、平然と殺戮する人間という生き物は同じ人間種である自分としてはどう表現すべきなのだろうか。
大義名分があっての殺戮なのだろうが、かくも人はここまで愚かになれるものだと感心すら覚える。
「他のNPC達は……、無事なのか?」
「はい。守護者各員。戦闘メイドに至るまで、ほぼ全て異常なしとの報告を受けています」
「……ナーベラルが居るのか……」
「彼女が何か?」
兵士の生首を持ったアルベドが小首を傾げる。
「会ったら
「一応、バスパ様のことは伝えますが……。それは仕方がありません。人間は下等生物。それがナザリック地下大墳墓を守護する我々の共通意識なのですから」
ナザリック地下大墳墓を拠点とするNPC達はカルマの殆どが悪に傾いている。
人間的な姿をしているが人間は虫けら。生かす価値も無く、
極端な教育を受けている。だからといって外に出て人間を殺しに行く者は居ない。
あくまでナザリック地下大墳墓を守るのが第一目的なのだから。
命令されれば殺戮もするかもしれない。
メンバーの考えが反映されたNPCは異形種にのみ愛が注がれる。
NPCの中には人間種も居るのだが、ナザリック愛があれば特段のトラブルは起きない、らしい。
ヤントラが人間種である理由。
プレイヤーの選択は自由なのでどれを選ぼうが文句を言われる筋合いは無い。
集めたメンバーが異形種好きだから。
そんな理由もあったのかもしれない。
それはそれで別に構わない。
異形種とはいえ彼らは一流どころの凄腕プレイヤー。
ギルドの発起人であるたっち・みーは最高峰の『ワールドチャンピオン』になった男だ。
そして、ヤントラをユグドラシルに誘った人でもある。
元々はたっち・みーと二人で遊んでいたのだが、彼は実力をつけていき。ヤントラは操作方法になれるのに時間がかかった。
プレイ時間は彼の二十分の一も無かっただろう。
懇切丁寧に教えてはくれたのだが上達は遅かった。
気が付けば彼は世界で九人しか居ない『ワールドチャピオン』になってしまった。一人抹消されたらしいので今は消された者を含めて十人なのかな。というか運営が終わったから関係ないかもしれないが。
強くなった責務としてPKで悲しむ初心者の救済に努めるようになった。
戦力外のヤントラも応援だけはした。
クズプレイヤーに言葉は通じない。正義の鉄槌を下すことに最初だけためらいはあったのかもしれない。
異形種狩りをして楽しむのだから仲良くなる気も起きないだろう。
異形種を駆る条件でなれる職業があるらしく、多くの異形プレイヤー、主に初心者が狙われた。ほぼイジメに近いだろう。
見た目が
たっち・みーが仲間を増やして『最初の九人』となる頃にはヤントラもソロプレイヤーとして必死に頑張った。
もともとパーティとか人付き合いが苦手だったこともあり、別に仲間になりたいとは思ったことが無い。
ゲーム以外なら仲間達の話しを聞く分にはやぶさかではなかった。
そんな時代をすごした自分はあれからどれくらい成長したのだろうか。
今でもパーティプレイは苦手だが。率先して話しかけられるほどには成長しただろう。
丁度いいサンドバッグが居てくれたからかもしれない。というかサンドバッグにされる方が圧倒的に多かったが。
どちらでも構わない。